政治連合、進歩改革勢力の相生の道

特集 | 3大危機を乗り越え、3大危機論を乗り越えて

 

 

 

李南周(イ・ナムジュ) lee87@skhu.ac.kr
聖公会大学校教授。著書に『中国市民社会の形成と特徴』、『東アジアの地域秩序』(共著)など、編著に『二重課題論』(創批談論叢書1)などがある。
 
 
 

1. 民主主義、危機から復活へ?

 

 李明博(イ・ミョンバク)政府が出帆して以来、わが社会で民主主義に対する関心が再び高まりつつある。つい先までも「民主主義で飯が食えるのか」と、民主主義は冷笑の対象となったりした。進歩改革勢力のなかでもこのような雰囲気の形成を手伝う場合があったということが、過去と違うとしたら違う点である。権威主義を克服するための民主化段階は終わったし、これからは社会経済的不平等を解決するための実質的民主主義を推し進める段階へ入ったと主張する「ポスト─民主化論」は民主化の成果を脅かす要因に対する警戒心を弱めることに一助した。   崔章集(チェ・ジャンジプ)教授の「20年前だったらわかりませんが、もう民主化になったのじゃありませんか。なのに何の民主対反民主の構図があるでしょうか。これからは政策と内容で政党を評価すべきだと思います。内容面でヨルリンウリ党(開かれたわが党)とハンナラ党との違いは、それほど大きくありません」(中央日報 2007年2月21日付のインタビュー)といった発言は、当時、相当廣い共感帯を持っていた。2007年6月8日、圓光大学校名誉博士授与式の講演で廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が「民主主義のための闘争、清算と改革は相当な水準に達したようです。今特権を主張する人々は過去の権力機関ではなくて、専ら言論一つが残っています。市場支配権力はまだよく現れていないだけでしょう」(http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0000415297)と語ったことも政治的民主主義に対する楽観的態度を示している。 そういう中で2007年12月の大統領選挙と2008年4月の総選挙で「失ってしまった10年」と「実用」というスローガンを掲げた保守陣営が圧倒的勝利を収め、民主主義は益々悪化されていった。これと同時に民主主義の危機と関連した議論が活発に進められた。民主主義が現実では逆戻りしているが、談論空間では復活しているわけである。

このような変化の直接的な原因は、政権交替以後、繰り広げられた政治変化の幅が人々の予想から外れたところにある。保守陣営が執権しても1987年6月の民主化運動以後進められた手続き的民主主義の成果、特に権力機構に対する民主的統制が危機に直面するだろうと予想した人は多くない。一方、両極化が現実的で至急な懸案として登場しながら、問題は政治的民主主義より社会経済的課題だと考える人々が増えたのである。これは前へ進もうとする希望の混じった判断であった。人間らしい扱いが受けにくい、21世紀の韓国と全然似合わない権威主義の時代に逆戻りすることを誰が望むだろうか。しかし希望だけでは現実を変えることはできない。李明博政府の出帆とともに政治的主導権を握った保守は、人々が期待していた保守とは掛け離れていた。   筆者は20071211創批週刊論評を通じて発表した民主主義に対する脅威はすでに始まったでこれに対する不安感を「歴史的に見る際、解放後40年余りの間、民主主義のための最小限の制度的保障を完璧に拒んできた勢力が相変わらず強力に存在しており、彼らがわずか20年を過ぎたばかりの、それも骨の折れる歩みを繰り返してきた民主主義を無くす可能性は、非常に現実的なものである。つまり民主化にも関わらず、韓国社会で守旧同盟を作り出すための条件は所々に存在しているし、今回の大統領選挙を迎えて本格的な稼動段階へと進入しているのである」と明かしたことがある。彼らはあらゆる手段を用いて行政府、立法府、国家情報院、そして言論と司法府まで政権の道具としようと試みたし、去る20年間進められた民主化の成果を早く崩していった。これは韓国社会に二つの次元の深刻な問題を来たしている。

一番目、行政府の暴走を牽制する制度的装置が働かないようにした。行政府の任期は5年であるが、その決定が社会に及ぼす影響は任期の制約を受けないので、これは非常に深刻な問題である。4代江事業はその代表的な事例である。制度的にこれを統制するため世論監督、環境評価、国会審議など色んな装置が存在するが、どれ一つもまともに働きにくい状況である。二番目、手続き的民主主義が機能するための前提だと言える政治空間における公正な競争も難しくなった。言論は言うまでもなく、学術文化領域でも批判機能を去勢するための試みが露骨的に進められており、市民社会にも公安手段を動員した、いわば外科手術式の打撃を与えている。ゲームの規則も勝手に作り、相手の手足を縛り付けておいた状況をそのまま置いておいて正常的な政治発展を期待することは、緣木求魚と変わらない。

従って民主主義の危機という話頭が登場したことは、当然な結果である。しかし危機対応に乗り出す前に、どうして進歩改革勢力のなかでさえ、政治的民主主義に対する楽観的な態度がそのように廣く拡散されたかという問題は見てみなければならないだろう。

 

 

2. 民主化の段階は終わっていない

 

民主主義の逆戻りがこれほど早く、全面的に進んでいるのは、単に李明博政府を率いる何人かの行動と態度のためだけではない。中央執権的政治制度と政治文化を考慮すると、大統領を中心とする権力部の行動と態度が政治と社会全般に及ぼす影響は見逃せない。しかしこれだけでは権力機構に対する民主的統制が相当進展されたとされていたわが社会で、民主主義の規範を無視する態度があまり牽制なしに殆んどすべての権力機関へと容易く拡散されることとなった現象を説明することは難しい。

実際、長く見て20年余り、短くは10年の民主化を通じて民主主義が定着できると信じたことは、民主主義発展を余りにも楽観したことである。民主主義制度の発展を先導したという西欧でも、民主主義の定着は相当の時間を必要とした。ブルジョア民主主義が漸進的に形成されたイギリスはさておいても、18世紀後半、ブルジョア民主主義革命を経験したフランスとアメリカでも民主主義的制度が社会に根を降ろすまでは100年以上の年月、それもこれを否定しようとする勢力と、守護しようとする勢力との間の対立と闘争の時間が必要であった。    1910年、殆んどのヨーロッパ国家で選挙権は成人人口の14~22%にのみ与えられていた。サンドラ・ハルぺリン(Sandra Halperin)はこれを根拠に20世紀始めにヨーロッパで民主主義が全面的に実施されていたという考えは、西欧民主主義の神話だと指摘した。サンドラ・ハルぺリン『ヨーロッパの資本主義:自生的発展なのか、従属的発展なのか』、チェ・ゼイン訳、龍の森、2009、7章。フランスの場合だけを見ても、20世紀初、1894年から1906年との間に進められたドレフュス事件を経て始めて王政復古主義者、極右主義者、人種差別主義者たちの影響力が顕著と弱化され、共和制がある程度定着することとなった。 もちろん18、19世紀の政治変化と21世紀の政治変化を単純比較することはできない。国民主権の原則が受容され、国民の教育水準が高まり、物的土台が強化された条件で民主主義はより早く定着できるだろう。しかし21世紀だからといって民主主義の発展に有利な条件だけがあるのではない。特に、われわれの場合、分断体制という制約を考慮しないでは民主主義の発展を論じることはできない。

今年で韓国戦争勃発60周年を迎るが、3年余りの激しい戦争が残した傷と、休戦協定という不安定な「平和体制」のもとで維持された冷戦体制は、韓国社会の理念的スペクトルを民主主義的規範を受容する進歩─保守の分布から外れさせ、民主主義的規範に敵対感を示す理念的傾向が大きな影響力を発揮できるようにした。これは左右両側から共通的に現れる問題ではあるが、特に反共イデオロギーを基盤として国家建設が進められた韓国では、守旧冷戦的保守理念の影響力が政治的にも社会的にも過剰代表されてきた。民主化が進むにつれ、韓国政治が冷戦イデオロギーの制約から少しずつ脱してきてはいるが、社会を構成する基礎単位では状況はそれほど大きく変わっていない。従って分断体制下の既得権勢力が上層権力を掌握するやいなや、社会所々に根を降ろしていた守旧冷戦勢力が積極的に反応しながら民主主義的原則を露骨的に否定する行動と態度が可能となったのである。

もちろん分断体制下でも民主主義が進展できないわけではない。韓国の現代史がよく示しているように、分断体制下の既得権勢力を制御するための努力は絶え間なく進められたし、また相当な成就を成し遂げたりもした。特に1987年6月の民主化運動は民主化の重要な転換点を作り出したし、以後2000年6·15宣言へと続きながら分断体制を揺らがせ、その克服の道を早めた。しかし相変わらず分断体制の制約は厳然としており、民主化の成果を脅かす既得権勢力の政治的・経済的力量も進歩改革勢力より優位に立っている。

また短い民主化の歴史で草の根民主主義が充分発展できなかったが、これもまた民主主義が現在、退行的反撃に無気力な原因である。これまでの民主化はエリート政治水準での変化が中心であったし、市民社会の発展も主に中央政治を相手に声を上げる活動に頼ってきた。このような現象も分断体制と密接な連関がある。分断体制下で過度に発達した中央執権的権力構造を正常化することが、去る時期における民主化の主な課題であったため、地域的次元ではその成果が蓄積されにくかったのである。それに加えて反共イデオロギーによって労働運動など、階級運動の発展が遅滞されたし、労働運動が発展期に入った直後、産業構造が急激に変化し、構造調整の圧力に直面して成長に制動がかけられたことも、民主主義の組織的土台を弱めさせた。従って10年間の民主政府のもとで民主主義の進展は主に中央政治次元の制度改革を媒介に、市民団体と民主政府が相互作用しながら進められたのである。

ところが、民主政府という軸がなくなると、市民社会は自分の議題を貫くための他の手段や基盤が弱いという点が露になった。問題の深刻さはすでに2006年の地方選挙で明かされたところである。参与政府に対する中間評価的性格が強かったとはいえ、区役所長25名全員、ソウル市議員116名中の102名の当選者がハンナラ党候補だったという状況は、民主主義が正常的に働いているとは見がたい結果である。もちろん状況が絶望的なばかりではない。キャンドル抗争が示したように、新しい類型の草の根組織がずっと発展してきたという点が確認された。だが、彼らが代議政治の発展と善循環を織り成すまでは時間がもっと必要である。

分断体制の制約下で、冷戦守旧勢力の過剰成長と草の根民主主義の脆弱性などに対する認識は新しいものではない。政治的民主主義に対する過度な楽観は、このような要因が韓国で民主主義発展を長期的で複合的課題とさせているということを見過ごしたことから始まった。もちろん民主主義の危機を語りながら、行き過ぎた悲観論に陥ることも警戒すべきである。先に、民主主義の危機という現実が談論空間で民主主義を復活させる面があると指摘したが、民主主義の復活は単に談論の水準でのみ進められているのではない。これをよく示していることが去る2年間、民主主義の危機に対応する市民の手強い力量である。議会内で多数を先に立たせた一方主義を阻止することは容易くないが、このような政策の非民主性に対する抵抗が今も社会所々で持続的に活発に進められている。解放後における民主化闘争の遺産、特に去る10年間の民主化が積み上げた成果が一日に崩れるはずはない。それだけでなく、民主主義の地平も大きく広がった。1987年以前は民主化運動は主観的意志とは無関係に「軍司独裁の終息闘争」に制限されるしかなかったが、現在はこれまでの民主化運動の成果で確保した様々な政治的・社会的空間で、民主主義を進展させようとする動力が創り出されたし、その実践が続いている。これは民主主義の進展を求めることが「民主対独裁」の戦線への退行を意味するのではないという根拠でもある。

従って私たちは相変わらず民主主義を進めようとする力と、民主主義を後退させようとする力との力比べがぴんと続いている局面に処しているのである。ところで国民の政府と参与政府の10年間には、政治的民主主義に対する楽観論が高まって進歩改革勢力が民主主義の成果を守り、これを発展させるための協力には疎かになったまま、自分の議題だけを主張する分裂的動きが盛んとなった。一方、現在は状況を悲観的に見て、民主主義の進展のための小さな成就が得られる機会を諦めて、同じく自分の議題だけを主張しながら政治的な分裂を促進する恐れが高い。この力比べの局面は偶然的に、あるいは一時的に出現した状況ではなく、分断体制の制約下で構造化されたものである。もちろん、このような局面を発展的な方向へと転換させるために努力することが私たちの課題である。私たちの努力如何によって、その転換速度を早めることができよう。しかしこの段階を飛ばしてある政治的・社会的目標を成し遂げようとすることは非現実的発想である。

 

 

3. 反MB連帯と変革的中道主義

 

最近、民主主義の危機は反MB連帯の必要性を高めている。これは特に選挙で重要な意味を持つ。今のように野党圈が分裂した状況では地方選挙で勝利することは難しいので、その必要性は誰もが否定できない。一部では相変わらず「何かに反対する」という政治目標では有権者たちの支持を導き出しにくいと主張したりもする。しかし反MBという掛け声にすでに成長第一主義に対する反対、民主主義的規範の守護、4代江事業のような破壊的開発に対する反対などの価値が集約されているという点に注目すべきである。政治的掛け声が反MBに留まってはならないという問題意識は大事であるが、現在、反MBが民主主義の危機に対応するための、下からの政治的力動性を創り出しているという事実を無視することは、自分が立ち上がるための足場を自分で取り下げてしまうことである。

反MB連帯をどのような方向へと発展させるかは重要な問題である。これと関連していわゆる民主連合論と進歩連合論との間の論争が再び出現している。しかし今のところ、その中のどれも反MB連帯が進むべき方向とはなりにくい。反MB連帯と言うと、一応、民主大連合が浮かび上がる理由は、その一次的な目標が民主主義の逆戻りを防ぐことであるからである。だが、反MB連帯が過去の「民主対独裁」といった政治戦線への回帰を意味するのではなく、わが社会が直面した複合的課題を解決するための連帯となるべきである。先述したように、韓国で民主主義を発展させるための実践が、もう独裁反対という目標に集められることはできない。それだけでなく、私たちの前には民主主義の危機以外にも民生の危機、南北関係の危機など、3代危機の克服という課題が置かれているのではないか。一々並べると、危機は3代危機のみに留まらないであろうし、差し当たり4代江事業による生態の危機、そして反則とひるがえしをしょっちゅうする権力者たちの行動と態度による道徳の危機も付け加えることができる。従って連帯の目標が民主主義危機の克服だけに制限されると、連帯の動力は弱まるしかないし、その目標を達成することも難しくなるだろう。民主党のような自由主義的改革勢力にのみ依存してはこのような課題を解決することはできないし、民主主義、生態、民生、南北の和解と協力などの価値を追い求める勢力がすべて力を合わせる連帯を作っていくべきである。

進歩大連合も反MB連帯が進むべき方向とはなりにくい。理論的にのみ見ると、民主大連合と進歩大連合は必ずしも対立するものではない。民主と進歩とはコインの両面のようなものだからである。大衆の参与を強める民主主義が前提されなくては、進歩的政策が実現できる道はない。逆に進歩的政策が実現されないと、民主主義の土台も弱まるであろう。現在の危機は後者の状況とある程度関わっている。民主政府10年の間、両極化が深まるなど、民主と進歩との間の連結が弱まったことは否定しがたい。だからといって民主主義という目標を放棄することは方法ではない。だけでなく両者間の関係が完全に断絶されたり民主主義が分配の定義に否定的な影響だけを及ぼしたと断定することもできない。

民主政府の時期、基礎生活保障制度が導入されるなど、社会保障制度の基本枠が作られたし、社会保障関連の財政支出もずっと増加した。このような変化は民主主義の進展なしには得難い成果である。現存する制度を強化する方が制度を新たに作ることよりは易しいので、この時期に社会福祉制度の基本骨組みを構築したことは、長期的に進歩的価値を実現していく上で重要な橋頭堡を設けたわけである。問題は世界化と技術革新による産業構造および雇用構造の急激な変化に、まともに対応できなかったことである。社会保障制度の構築と財政支出の増加も、このような新たな変化によって触発された両極化の趨勢を阻止するには力不足であった。特に両極化と雇用不安定の問題に対する積極的な対応の必要性が高まる時点で、韓米FTAという議題を出して焦点を誤魔化し、進歩改革陣営の内部分裂を加速化した点は批判を免れがたい。だが、この問題を解決していく上でも民主主義は重要な意味を持つ。現在、新自由主義反対を掲げる進歩勢力も、この問題に説得力のある代案を提示したとは言いにくい。現実社会主義体制の崩壊以後、進歩的価値を実現するための政策手段を探すことは、ある先験的で総体的な社会経済モデルに頼れない状況である。大衆の参与を保障する新しい民主的空間を作り、その中で新しい主体たちと生のモデルを形成していくことで問題を解決すべきである。その過程で進歩的政治勢力もまた、自己革新が必要である。政治的民主主義の進展は、このような実践のための環境を助成するに決定的意味を持っている。

すなわち、反MB連帯は民主主義を促進すると同時に、その成果を基に韓国社会が直面した多様な課題を達成していくための、多様な政治勢力が力を合わせる戦略となるべきであって、民主大連合や進歩大連合の中のある一つとして帰結してはならないし、そうなっては成功することもできない。このような複合的課題を解決するための方案として提示されたのが「変革的中道主義」である。新自由主義の克服のための変革を追い求めつつも、分断体制の制約を考慮しない非現実的な主張を掲げることは、真の変革に役に立たない。と同時に変革的展望を最初から持っていない自由主義的あるいは順応主義的改革戦略が既得権の獲得を超えて根本的で複合的な課題解決へと進むことを期待することもできない。     白樂晴(ぺク・ナクチョン)『どこが中道でなぜ変革なのか』、創批 2009、322頁。 変革的中道主義は分断体制の制約を考慮し、私たちの前に置かれた複合的課題の解決のための現実的な道を探す方式で、進歩陣営の空虚な急進主義を克服すると同時に、韓国内の改革を分断体制の克服(再び強調するが、「無条件的統一=分断克服」ではない)という変革的課題の解決を促進する動力として作っていきながら、自由主義的改革勢力の不徹底性を克服していくことである。反MB連帯はある一つの価値で他の価値を否定することではなく、それぞれの価値が健康な緊張関係を形成していきながら、共同の課題を解決する道を開くべきである。多様な勢力がこのような変革的中道主義の道へと結集してこそ、反MB連帯は維持できるし、成功できる。   変革的中道主義の概念は、白樂晴が2006年、創批ホームページに発表した「6·15時代の大韓民国」(http://www.changbi.com/webzine/content.asp?pID=399 , 2006.1.1)で始めて用いられて、2006年5月出版した社会評論集『韓半島式統一、現在進行形』に載せられた「変革的中道主義と韓国民主主義」(2006.3)でより詳しく説明してある。

 

 

4. 政治連合は相生の道である

 

反MB連帯が変革的中道の道を開くためには、これを最後まで推し進める組織的土台があるべきである。もし反MB連帯が自由主義改革勢力である民主党にのみ利益となるならば、直ちに中道の道とは掛け離れることである。進歩大連合を主張する人々のなかでこのような憂慮が少なくない。差し当たり6月の地方選挙を控えて政治連合の議論が活発に繰り広げられており、反MB勢力が効果的に連合できなければ、進歩改革勢力全体が支離滅裂となる可能性が高いということが明確であるにも関わらず、政治連合が実質的に進展されていない重要な原因中の一つである。

事実、政治連合とは弱者が強くなるための重要な政治的手段の一つであり、強者の武器だけではない。政治領域で力の劣勢を優勢に切り替えた最も劇的な事例は、毛澤東が率いた中国共産党である。中国共産党は中国国民党との二回に渡る合作を通じて自分の政治的影響力と基盤を拡張できたし、結局中国国民党に政治的・軍事的勝利を勝ち取ることができた。特に1936年の第2次国共合作がなかったならば、中国共産党は延安という偏屈な地域から脱しがたかったであろう。政治勢力には理念的純粋性を維持することも重要であるが、それに劣らず理念を現実的な政治力量として転化させることも重要である。そのような点で政治連合が有力な通路となれる。それにも関わらず、進歩陣営内で政治連合を否定したり、消極的な傾向が現れる理由は何なのか。まず、民主党のような自由主義的で機会主義的政党は克服対象であって、連合のパートナとはなれないという理念的反対論がある。このような立場を堅持すると、政治連合に対する議論は進展されにくいし、有権者たちの選択によって自分の主張を検証する道しかない。そうだとしても、少なくともこのような実験は決して新しいものではなくて、去る20年間余り続けられてきたものであるにも関わらず、政治的側面で足踏みしている原因は何かに対する省察は必要であろう。特に政党という現実政治に参与した勢力としてこのような現実に顔を背けて、その責任を外部のみへと回すことは自己の位置を否定することと変わらない。

李明博政府の出帆以後における変化された状況は、このような原論的な否定論を弱化させている。しかし進歩陣営には民主党のような機会主義的勢力が政治連合の成果を一人占めするだろうという被害意識が相変わらず大きい。このような不安感は政治連合に能動的に乗り出すことを遮ったり、乗り出しても消極的な態度を取ることにする。彼らの被害意識に根拠が全くないわけではない。特に新しい政治を掲げて自由主義政党に合流した人事、あるいは勢力が既存の保守的政治文化と政治路線を変えることに失敗して既得圈構造に吸収される姿を多く見せたのである。だが、このような被害意識は誇張された側面がある。

これまで進歩政党の成長と民主党のような自由主義政党の発展はゼロサムの関係ではなかったし、自由主義的改革政党と進歩政党の勢力拡張と後退は類似のサイクルを描いてきた。例えば、2002年の大統領選挙と2004年の総選挙では両者の勢力拡大が同時に進められた。自由主義的改革勢力が拡張される際、つまり民主主義に対する脅威が弱まる時、進歩的政治勢力が活動できる空間も拡大された。逆に2007年の大統領選挙と2008年の総選挙の結果が示すように、保守主義的政治勢力が強化され自由主義的改革勢力が弱化される時は、進歩政治勢力も同時に萎縮した。   87年体制下におけるこのようなメカニズムの作動については、金鐘曄「87年体制論の観点から見た社会体制論争」、『民主社会と政策研究』2010年上半期号、80頁。  これは政治連合が必ずしも進歩勢力の政治的進出に不利なわけではなく、むしろこれを促進する手段となれるのを示している。

しかし進歩政党は意識的に自由主義的改革政党と政治連合を積極的に推し進めた場合が殆んどなかった。彼らは選挙で自分の政治的基盤を拡張することに焦点を合わせてきた。その結果、殆んどの選挙で両者間の競争関係だけが存在して、その過程で自由主義政党が進歩勢力の政治的進出を遮る主な障害物だという認識が拡散されてきた。しかしこれは政治連合の結果ではなく、かえって政治連合がまともに成され得なかったことから始まった問題である。従って実際に成されなかった政治連合をもって、進歩政党の発展に肯定的であったか、否定的であったかを問い詰めること自体が滑稽なことである。

もちろん、すべての政治連合が進歩政党の発展に役立つわけではないし、それに適した戦略と方法を見い出すべきであろう。少なくとも現在は相生の道を探すことが何時もより有利な政治地形であると言える。進歩政党を含めた少数政党は、地方自治団体や地方議会に殆んど進出できずにいる。一方、民主党は政局主導力の回復のために主要広域自治団体長選挙での勝利が切実である。少数政党の政治的進出と民主党の主要利益を交換する方式の連合が可能な状況なのである。もちろん色んな他なる、現実的な理由でこれに対して懐疑的な視角もある。だが、われわれにも政治連合の経験は少なくない。近くはDJP連合、廬武鉉─鄭夢準連合がある。限界がなかったわけではないが、少なくとも1990年の3党合党とは違って、公開的な方式、あるいは世論を収斂する方式で成されたという点で進展したものであったし、選挙でも大きな効果を発揮した。今回、政治連合が成されるならば、過去より一歩進んだ意味を持つ。まず、連合の過程で政策に対する議論が以前より活発に進行できるし、その成果が蓄積されると、今回の地方選挙を超えて次の総選挙、それから大統領選挙にまでより効果的で発展的な政治連合を作り出すことができよう。さらに保守勢力を取り入れた連合や自由主義的改革勢力間の連合とは違って、今回は進歩的政治勢力、自由主義的改革勢力、市民運動との間の連合となるはずだが、これは韓国政治史における始めての事件だと言えるし、変革的中道主義の道により近づくことである。

 

 

5. 感動の政治が必要である

 

政治連合を実現することは非常に難しい作業である。勝者一人占めの現行選挙制度下ではその方法を探すことが難しいからである。なので政治連合の活性化のため選挙制度の改革を政治改革の核心課題としようという主張が積極的に提起されてきた。  これと関連しては比例代表制の導入や比例性を大幅に強化することが重要課題として提起されている。チェ・テウク「何のための政治連合なのか」、『創批週刊論評』2009.11.9。その他にフランス式決選投票制の導入を提案する場合もある。しかし今年の地方選挙に新しい選挙制度を導入することは不可能な状況だから、現行選挙制のもとで政治連合を実現させる方法を模索しなければならない。これと関連して最近、候補推挙における国民陪審制の導入、共同地方政府の構成など色んな方案が活発に出されている。だが、これまでは如何なる方案も幅広い合意を作り出してはいないでいる。

まず、国民陪審制推挙を提起する人々は、政治連合の主導権が政党に渡されて市民社会が周辺化されることを防ぎ、市民社会の政治的役割を強化し、新しい政治の流れを作り出す可能性に注目する。  バク・ウォンスンが2009年11月18日のある討論会で国民公推挙を提案しながらこれと関連した議論が始まった。コ・ウォンはこれを市民社会の全国的選挙戦略として提示した。コ・ウォン「連合政治の可能性と市民社会─政治社会の関係変化」、希望と代案・希望政治研究会共同主催シンポジウム「韓国民主主義発展の新パラダイム模索:連合政治と市民政治運動」(2009.11.26)。これと関連してはキ厶・デホ「2010希望の新風を吹き込んでくる〔国民陪審制連合推挙〕運動の提案」、『よい政治フォーラム』(2009.12.23, http://goodpol.net/ progress.board/entry/296)も参照。   しかしこの方案に対しては市民社会が政党の機能を取り替えることとなる副作用を憂慮する見解が多い。だけでなく、全国的次元でこれを推し進めることは、地方選挙を前にして新しい政党を作ることと同じほどの決断を必要とする。市民社会の力量がこのような変化を作り出すほどでもない。ただ、この方案を制限的で選択的に推し進めることはできる。例えば、民主党が自分の得票畑であり、代案的政治勢力がある程度基盤を揃えた地域では、政党推挙を諦めて国民陪審制推挙を選挙法の枠のなかに導入するならば、相当な関心を集めることができよう。またハンナラ党の強勢地域でも反ハンナラ党陣営の連合を促進する方式で採択できよう。しかしこれもまた全国的次元で政治連合が進められた場合、その効果を最大化することができよう。

共同地方政府の構成は政治連合の成果を共有する主要方案の一つとなり得る。   この議論は丁世均(ジョン・セギュン)民主党代表が2010年1月7日の新年記者会見で共同地方政府を提案しながら始まった。   これは政治連合を議席配分のような機械的結合から、政策を共同執行し、その責任と成果を共有する化学的結合として発展させる通路となれる。また、一歩進んで地域次元で新しいガバナンスを作っていき、新しい社会経済的実験をすることで社会進歩を促進することもできるだろう。   このような実験は現在、社会経済体制の問題点を抜本的に解決する代案モデルを探索する勢力にとってより重要な意味がある。すなわち、国家や中央政治の次元では政治勢力間の関係、マクロ経済的環境などの制約で彼らの問題意識が実行されにくいが、地域次元では新しいガバナンス構築や新しい社会経済モデルに対する実験が相対的に易しく試みられるし、その成果が蓄積されてこそ、進歩的・変革的主張が国民の幅広い同意を得ることができよう。 しかし政治連合に参与する勢力間の信頼関係が弱い場合、このような方案は実現可能性が低く、共同政府が構成されても効率的に機能できなくて長期的に政治連合に否定的な影響を及ぼしうる。なのでこれもまた、国民陪審制と同じように選択的に試みるには値するが、直ちに政治連合のための普遍的モデルとなることは難しい。

従って現在、政治連合で核心的な問題は、参与する政治勢力が全国的次元での選挙共助方案に合意を見い出すことである。これから政治連合と関連しては次の三つのシナリオが予想できる。

一番目、早期協議を通じて選挙連合を成し遂げ、地方選挙に共同対応することである。おそらく最も合理的な方案であろう。ここには候補単一化以外の国民陪審制、共同政府構成などの方式がすべて含まれ得る。このためにまず、民主党は自分の得票畑を他の政治勢力に開放する勇断を下ろすべきである。自己犠牲があってこそ、民主党が掲げる政治連合の掛け声の真情性が認められるし、同時に自分達が死活をかけて望む地域では選挙共助に有利な環境を助成することができよう。それから民主党以外の政治勢力は今回の地方自治選挙での目標を現実的に調整する必要がある。候補決定と調整で最も客観的な基準は支持度であるしかない。もちろん民主党が選挙の象徴的勝利を最も必要とするという点で単に支持度のみを勘定するのではなく、他の勢力により多くの配慮をする必要はあるが、だからといって政治連合が現実的な力の分布を完全に無視する方式で進行されるのは難しい。従って民主党以外の政治勢力は現実政治への進入と政治新人の育成を目標とすべきであろう。これもまた、民主党以外の政治勢力がどれほど真摯な態度で政治連合に望むかを判断する試金石となるだろう。

もちろん、このような原則だけで問題を解決することは難しい。例えば、民主党が得票畑を開放するとしても、他の政党がよい候補を出せない場合、無所属などで出馬した落薦候補者、場合によってはハンナラ党候補に勝てるという保障はない。民主党があまり可能性のない地域のみを開放する場合にも、連合が成果を上げることは難しいだろう。従ってこのような協議に弾力を持たせるためには漠然とした原則に対する議論を超えて、民主党も他の政治勢力に開放できる地域をもう少し明らかに提示する必要があり、同時に民主党以外の政治勢力も候補の支持基盤などを考慮して連合がなされる場合、選挙勝利の可能性が高い地域を選択して民主党の譲歩を求めるべきであろう。国民はこの目録を見てどの政治勢力が政治連合により真情性があるかが判断できよう。

二番目、各政治勢力が独自的に選挙に参加し競争するなかで、選挙過程で候補単一化などの共助を模索することである。最初のシナリオは少数派政治勢力が自分の可能性を検証する機会を失うことになるという点で、彼らにとっては容易くない選択である。特に一部地域では人物を通じた突破という可能性を簡単に諦めることはできないだろう。これに対しては少数派政治勢力の選択を尊重してあげる必要がある。この場合にも最善の方法は、あらかじめ候補単一化の方式と時点に対して先に合意をして選挙運動に臨むことである。候補単一化の方式と関連してはすでに去年10月の安山補缺選挙の時、民主党、市民社会、そして民労党、進歩新党、創造韓国党が共同で支持を宣言したイム・ジョンイン候補などが合意した単一化方案が活用できる。イム・ジョンイン候補の事前発表が原因となって実現され得なかったが、誰が単一化により適合しているかを問う適合度調査と、単純支持度を問う支持度調査を結び付ける方式で支持度の低い政党の候補にも機会を与える方式であった。このような合意が成され得るならば、選挙運動は別途に進めても、一番目の早期協議のシナリオに近いものだと言える。

このような合意なしに選挙運動に突入することもできよう。この場合、少数派政治勢力が可能性に対する挑戦を選ぶことは自由であるが、このような選択が支払うべき費用を認識する必要もある。すなわち、事前に連合方案に対する一定の合意なしに選挙戦に突入すると、支持度で勝っている候補に譲歩を要請しにくいであろうし、候補配分の協商は非常に難しくなるだろう。選挙の最後に共同政府構成のような方式で候補単一化を行うことが残った方法となるだろう。それから政治的合意には含まれがたいが、比例投票と地域区投票で非民主党候補に補償投票が成される政治環境も作り出すことはできよう。

三番目のシナリオは政治勢力間の選挙連合が成されないで結局有権者たちの判断に任せることである。この場合も悲観的なばかりではない。有権者たちがMBに反対する最も有力な候補に票をまとめて与える方式で政治連合の効果を収める可能性もある。だが、進歩改革勢力内のすべての政治勢力がこのような状況となるまで傍観するならば、彼らに政治的未来はなかろう。

現在、主要政治勢力間の連合が成され得るかに対する懐疑的視角が多い。制度の不備、信頼の欠如、リーダーシップの不足などが政治連合に懐疑的な主な理由である。しかし何より民心が望んでいる。2008年4月の京畿道教育監選挙、4月の再補缺選挙、10月の再補缺選挙など、キャンドル抗争以後すべての選挙で大変な政治環境であったにも関わらず、ハンナラ党と李明博政府に反対する流れは続いてきたことがその証拠である。このような動きは李明博政府の独走を阻止するに決して少なくない成果も収めた。一部では国民は関心がない、連合をしても勝利の可能性はないという主張をする場合もあるが、彼らがどこで民心を確認しているのかはわかりにくい。もちろん問題がないというわけではない。しかし問題は国民や民心にあるのではなく、確認された民心をどのように収斂していくかにある。政治的転換期に信じて進むべきものは民心であり、一時的な成敗と関係なしにそこから新しい可能性が開かれるだろう。そして、感動はある大きい掛け声から出るのではなく、民心に応じて自分の既得権を出しておく決断から出るものであり、これを行動で示す政治勢力の前に未来は開かれるだろう。 (*)

 

訳=辛承模
季刊 創作と批評 2010年 春号(通卷147号)

2010年3月1日 発行
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