창작과 비평

[特集]分断体制の政治とK-民主主義 / 李南周

創作と批評 2026年 春号(211号) 目次

特集


分断体制の政治とK-民主主義


李南周(イ・ナムジュ)政治学者、聖公会大学教授、『創作と批評』編集主幹。著書に『中国市民社会の形成と特徴』、共著に『21世紀の朝鮮半島の構想』『東アジアの地域秩序』『百年の変革』、編著に『二重課題論』など。lee87@skhu.ac.kr



1 なぜK-民主主義なのか

 

政治における核心の問題は「民主主義」であり、韓国の現代政治も民主主義を主題として変化してきた。民主主義の意味をめぐる論争は歴史が長く今も続いているが、冷戦体制の解体後は、西洋の代議制民主主義が民主主義の実現を可能にする制度としてその地位を確固たるものにした。フランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)の「歴史終焉論」で、そのような変化が象徴的に確認される。彼は西洋の自由民主主義が人類の理念的進化の終着点であり、統治の最終的な形式として普遍化する段階に達したと見て、よりよい体制へと向かう歴史の過程が終結したと主張した。フクヤマによれば、自由民主主義とは自由主義と民主主義の結合であり、ここで民主主義とは人民(people)が秘密選挙に基づく定期的な多党制選挙を通じて自らの政府を選択できる統治モデル、すなわち代議制民主主義を意味する1。韓国における民主主義の議論も、基本的には韓国にどのように代議制民主主義モデルを適用するかに焦点を当てて進められた。このようなアプローチでは、韓国の政治は「先進」モデルに比べて常に遅れたものと映り、その認識は最近まで大きな変化がなかった。

しかし、韓国政治の遅れた側面を否定できないとしても、韓国の政治変化を西洋の先進的モデルを受け入れる過程としてのみ説明するならば、私たち内部のダイナミズムを捉えることが困難なだけでなく、その意義を実りある形で評価することもできない。韓国が民主化の過程において西洋モデルの受容にとどまらず、その限界を超越する可能性と、よりよい民主主義のための方向性を理論的にも実践的にも築いてきた点に注目する必要がある。韓国の民主化の流れにおいて最も顕著な特徴・成果は、民が持続的に主体として登場した点である。1894年の東学革命から1919年の三・一運動まで、1960年の四・一九革命から1987年の民主化運動まで、そしてキャンドル革命に至るまで、民主主義を実現し進展させる過程がこれほど長く持続し、その全過程において民が中心的な役割を担い続けたことは世界史において類例を見ないことである。したがって、このような力がどのように可能となり、その過程でどのように新たな思想資源が生み出されているかを問うことが、K-民主主義の議論で明らかにすべき核心的な課題である。さらに、韓国政治がこれまでのような変化の経路を歩むことになった最も根本的な要因は、南北朝鮮の分断によって引き起こされた分断体制であり、民主主義の新たな地平を切り開く動力も分断体制に基づく政治力学の中で形成されてきた。したがって、K-民主主義に関する議論は分断体制に対する認識を経由しなければならない。

 

2 分断体制の政治力学と変革的中道

 

1987年の六月抗争で民主化が始まる以前まで、韓国政治はしばしば非民主的な政治体制である権威主義体制と説明されてきた。権威主義体制は社会的要請が制度政治を通じて代表されることを制約し、労働者など主要な社会勢力を政治から排除した。その結果、多様な社会的要請は制度政治の外で表明されざるを得ず、在野や運動圏と呼ばれる制度外の政治が活発に展開された。このような権威主義体制は韓国だけでなく開発途上国で広く出現したが、経済の発展段階と同様に政治の低発展状態と見なされた。これに伴い学界や言論界でも、政治の低発展を招く要因を分析し、これを解決する戦略を提示した。韓国の場合、分断という特殊状況が権威主義体制を成立・持続させるうえで大きな影響を与える変数の一つとして説明されたが、民主化が進むにつれて分断の政治的規定力も決定的に弱まると見る見方が多かった。分断を体制として認識せず、政治制度の変化によってその影響力が大きく変わる外生変数として扱った結果である。

六月抗争以降、手続的な民主化が始まると、制度政治内の改革を通じて政治の権威主義的属性を弱め、民主主義をさらに進展させることが主要な課題として提示された。これに伴い、西欧の「成熟した」代議制政治モデルが積極的に参照された。すなわち、異なる理念と社会的利益を追求する政党が有権者の支持を得るための競争を経て、国家単位の集合的意思決定および実行体制を構築すべきだというのである。しかし、分断体制の政治的規定力を軽視し、西欧の政治モデルを韓国にそのまま移植しようとするアプローチでは、韓国政治の動学を正しく把握することは困難であった。分断体制は例外状態を常態化する政治メカニズムを絶えず作動させるからである。ジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben)は、西洋の民主主義のうちに緊急事態あるいは非常事態のように法的・制度的秩序を守るために、法律の効力を停止させねばならないアポリア(難題)が内在しており、今日ではこのような例外状態が次第に例外的な措置を超えて統治術として登場するだけでなく、「法秩序を構成するパラダイムとしての本質」まで露呈していると見た2。自由民主主義的な秩序の中で絶えず例外状態が呼び出されてきた事態を考慮すれば、彼が近代民主主義の本質的側面の一つを鋭く捉えた点を認めざるを得ず、分断体制はこうした説明が最もよく適用できる歴史的状況である3

例外状態に依存する分断体制の既得権益は、民主的ガバナンスを実現しようとする過程を「分断体制の統治性に対する脅威」と見なし、新たな例外状態を継続的に創出してその脅威を消滅させようとした。私たちが目撃した李明博政権期の天安艦事件(2010.3)への対応、朴槿恵政権期の守旧派の「ロールバック」戦略と漸進的クーデターの試み、そして尹錫悦の分断体制再強化と内乱企図(2024.12)などが、このような分断体制の政治力学の主要な構成要素であった4。特に12・3戒厳宣布の正当性確保のために、北朝鮮側に無人機を潜入させ軍事的対応を誘導しようとした行為が最近の端的な事例である。したがって韓国におけるよりよい民主主義への模索は、分断体制の克服という変革的目標と連携して進められるべきである。

変革的目標を持たない改革勢力は、これまで分断体制の既得権勢力の反撃に無力な様相を示す場合が多かった。分断体制の克服と結びつかない「保守―進歩」の枠組みにおいて、韓国の政治の地形を再編しようとする試みも問題だったが、分断体制の克服に貢献しうる政治的動力まで「進歩」から排除する非現実的な政治路線は、むしろ自らを周辺化する結果を生んだ。こうした問題を解決するための思考方法として提示されたのが「変革的中道」である。これは分断体制の実態から乖離して単純な論理で分裂している諸勢力が、分断体制の「変革」の目標の下で新たに力を合わせ、真の「中道」を見出すべきという要請である5。すなわち多様な志向の政治勢力が協力し、分断体制の既得権益を決定的に弱体化させ、進歩的実践の空間を広げていくことを核心的課題として提示する。実際、民衆のエネルギーは守旧既得権益の反動的行為を制圧し、民主主義を前進させ、分断体制克服の地平を開いていく方向へと集まってきており、キャンドル革命がその努力の新たな局面を開いた。尹錫悦の内乱の企図を挫折させるにあたり、民主党を中心に制度政治圏が初期から積極的に対応して重要な役割を果たしたことは大きな変化であり、これもまたキャンドル革命の効果であり、「変革的中道の時」が来たことを示す重要な根拠である。

ここでわかるように、分断体制克服のための変革的中道は回顧的企画ではなく、朝鮮半島の次元において、あるいはグローバル次元において新たな地平を開いていく展望的な企画である。分断が植民地からの解放という歴史的過程が残した遺産であるため、分断体制の克服もこれまで完遂できていない、遅滞した課題としてのみ考えがちである。しかし分断体制は、単に統一と対比される概念としての分断とは異なり、具体的な歴史的局面を指す。分断体制は資本主義の世界体制が朝鮮半島で機能する様式であると同時に、南北朝鮮で既得権益の統治性を再生産する様式でもある。したがって分断体制の克服もまた、南北朝鮮が単一国家として統一を達成することではなく、朝鮮半島と地球的次元でより持続可能な社会へと進むことを阻む要因を克服する過程を意味する。その過程で民主主義の新たな地平が開かれる可能性がある点は強調される必要がある。キャンドル革命はその可能性を現実化し、K-民主主義に対する思索を触発する出来事である6。このような文脈をよく理解するためには、現在、グローバル次元で民主主義が直面している問題はいかなるものであり、分断体制の下で道を切り開いてきたK-民主主義が、これらの問題の解決にどのように貢献できるかを考察しなければならない。

 

3 民主主義を再考する

 

最近、グローバルな次元で民主主義の問題、特にその衰退が重大な議題として浮上している。民主主義の拡散と衰退は過去にも周期的に見られたが、以前は主として発展途上国における問題として議論されていたのに対し、現在では成熟した代議制民主主義を運営しているとされる国々においても民主主義の衰退が顕在化しつつある。これは民主主義の歴史においても非常に意味深い変化であり、民主主義に対する根本的な省察を求める事態である。

まず民主主義の本来の意味を点検することから始めよう。長い間、民主主義はその本来の意味に括弧を付けて議論されてきたが、それが現在の民主主義の窮状を招いた主要な原因の一つである。ギリシャ語のデモクラティア(demokratia)に由来する民主主義(democracy)は「デモス(demos、民)の統治」を意味するが、これまでの議論は民の統治が持つ意味を事実上無効化する方向で行われてきた7。周知のように、その概念が登場して以来、長い間民主主義は望ましい統治形態ではなく、むしろ危険な統治形態と見なされてきた。規範的正当性を獲得した現代に至って、民主主義に対する否定はほぼ消え去ったが、その代わりに民主主義の「不可能性」が民主主義の意味を変容させる主要な根拠として活用された。現代国家において民の統治を実現する方法がなく、民が国家統治に必要な資源(時間、情報、知識など)を備えることも難しいという主張が台頭したのである。その結果、民の統治は理想に過ぎず、民を「代弁」する者たちによる統治のみが実現可能であるという認識が民主主義の議論を支配するようになった8

これは民主主義の本質に関わる問題の解決ではなく、代議が適切に機能し得るかという新たな問題を生み出した。しかし西洋における代議制民主主義の定着は、その問いが議論の場に入ることを長らく成功裏に封じ込め、民意の統治不可能性への認識と、民主主義を実現し得る唯一の制度としての代議制民主主義の地位は次第に強化された。しかしその過程で、民主主義が自由主義によって専有されるにつれ、代議制民主主義の限界はより鮮明になった。フクヤマは自由主義と民主主義の関係が親和的であると主張したが、個人主義を基礎とする自由主義と多数支配を基礎とする民主主義は、本来相容れない政治理念である。伝統的にも民主主義に対する恐怖は、かなりの部分が「民主主義が個人の自由と権利に対する抑圧につながる」という懸念に起因していた。代議制民主主義は、民意の統治不可能性の問題を解決する制度としてのみ発展したのではなく、民主主義を自由主義と結合させる企画として実現されたため、民主主義に限界を画する方式でもあった9。結局、代議制民主主義は民主主義が普遍的規範として受容されることに貢献したが、逆説的に今日、民主主義がその本来の意味から遠ざかる限界を露呈した。「代議」は必然的に民意の意志を濾過する過程を伴うため、この過程を統制するエリートの統治にも繋がる可能性を内包していた。これに加え、自由主義的原理は民意の統治を制約するより強力な制度的装置を民主主義に刻み込んだ。いわゆる「法の支配」がそれである。司法府に対する民主的統制が適切に行われない場合、法は少数エリートの支配を正当化する装置へと転落してしまう。

現在、西洋社会が直面している民主主義の危機と展望の欠如は、こうした問題をよく表している。しかし、これを代議制民主主義に対する省察の契機とするよりも、外的要因による危機と見る視点が依然として優勢である。経済的不平等が最大の問題だと指摘するケースが代表的である。これはもちろん重要な課題だが、民主主義の問題を離れて民衆や民生の問題を論じる努力には限界があり、不十分な処方箋につながる可能性も大きい。今こそ代議制民主主義の下でなぜ不平等が深刻化したのか、さらに現在の代議制民主主義自体が問題を引き起こす原因ではないのかという問いが、より重要に議論されるべきである。

事態がここにまで至って、しばらくの間、西洋で代議制民主主義モデルが比較的うまく機能した背景には、特殊な状況的要因が作用したのではないか、という次元の疑問も提起してみる価値がある。代議制民主主義は歴史的制度として、歴史的状況との相互作用を通じて形成され変化してきた。代議制民主主義はその発生時から「排除」に基づいており、選挙権という側面から見れば、代議制民主主義が定着してから100年に満たない。その過程がヨーロッパの帝国主義的拡張期と重なったのは偶然なのか、それとも内在的な関連性があるのか?

比較的に領土的帝国主義が弱かったアメリカでも、代議制民主主義の発展は拡張主義政策と並行して進んだ。両者の関連性に注目した人物の一人がシェルドン・ウォーリンである。彼はアメリカが建国後「政治参加を経済的機会と自立に、平等を競争に置き換えた」と指摘し、「ごく短期間、拡張は民主主義を促進するように見えた。地理的拡張は(それが中央集権化する技術の支援を受けたり、一国市場という枠組みに統合されたり、中央政府に依存しない限り)地域の民主的自己統治が実現される空間を提供し得た」と主張した。そしてアメリカはこれまでずっとこうした「開拓」的態度を堅持してきたが、そのような拡張は対象となった者たちに大きな苦痛をもたらしただけでなく、今やアメリカ国内で民主主義を崩壊させ、「転倒した全体主義」が出現する結果を招いたと診断した10。「成熟した」あるいは比較的包括的な代議制民主主義の制度が可能だったのは、何よりも資本主義世界体制における既得権的な地位を通じて、自国に経済的利益および新たな政治的機会を提供することで、多数の国民を馴致させることができた状況と結びついており、これらの国家の国民も、重要な政治的決定をエリートが「代弁」する体制に、概ね満足できた状況と関連しているという推測は根拠がないわけではない。このような分析は、民主主義を、国家単位を超えて世界体制の中で考えるという点でも意味がある。帝国的膨張の果実を享受してきたヨーロッパやアメリカにおいて、権力と富の均衡を図ることのできる実践方式を作り出せずに、エリート支配が深化するにつれて、それに対する不満が暴力的かつ逸脱的な方法で表出しているのが現在の状況である。代議制民主主義がこのように帝国的拡張とともに進行した現象であるならば、そのような拡張が困難になった今、代議制民主主義が直面する問題はいかなるものなのかを考える必要がある。

このような問題提起が民主主義の達成を無視し、歴史を逆行させようとする主張につながる理由はない。代議制民主主義は資本主義の発展とともに形成された制度であると同時に、その民主的性格を強化しようとする民衆の努力の結果でもある。選挙権拡大のための運動、労働権運動など、民衆の権利を拡大するための動きと努力がなければ、西洋において代議制民主主義と呼べる制度が出現することは困難だったであろう。したがって、その成果は維持すべきであるが、代議制民主主義のエリート統治的な性格を克服できる民主主義を模索することが急務である。このような地平を開くことに貢献するとき、K-民主主義に関する思索は意味を持ちうる。

 

4 キャンドル革命と民主主義の新たな地平

 

代議制民主主義に対する批判的介入がこれまでなかったわけではない。この試みは概ね、現代民主主義内に存在する排除を克服することを主要な課題としてきた。代議制民主主義の制度は民意の意志が結集できないように抑制する要素を内包しているだけでなく、政治的行為もまた権利を持つ国民と持たない非国民との区別を前提に行われる場合が多い。したがって、よりよい民主主義への模索は、民がこれまで排除されてきた領域を包括しつつ、自らを政治の実質的主体として作り上げていく持続的過程であると言える11。ただし、これをいかに可能にするかは別の次元である。制度によって包括が保障されるべきだが、制度は常に何らかの境界を設定し、これはまた別の排除の原理と装置を作動させる基盤となる。とはいえ、制度を否定すれば行為の持続性を担保できず、権利の保障も流動的な状況に依存せざるを得なくなる。この問題を解決できない限り、批判的議論を超えて民主主義を機能させる構成的な力を生み出すことは難しい。

チン・テウォンはこれについて、エティエンヌ・バリバールの議論を参照点として提示する。彼によれば、バリバールの民主主義理論は、民主主義の蜂起的性格(あるいは解放の運動としての民主主義)を放棄せずに、同時に民主主義の構成的性格(あるいは手続と制度としての民主主義)を重視する強みがある。チン・テウォンは、制度内における努力と制度外における努力を通じて「民主主義の民主化」を実現すべきだと主張したバリバールの主張が、民主主義の言説の場に重要な貢献をしていると評価する12。一方、前述のウォーリンは「逃亡する民主主義」(Fugitive Democracy)にそのような可能性を見出そうとした。彼は民衆の政治は断続的で逃亡的にならざるを得ないが、民主主義の生存と繁栄は自らを民衆として形成しつつ、自らの行動を通じて民衆として存在する者たちにかかっていると主張した13

こうした議論は民主主義への理解を拡大させるが、今より注目すべき点は、その可能性が国の民主主義実践においてより現実的に見られることである。すなわち、西洋の議論への参照を超えて、民主主義の新たな地平を切り開く私たちの実践と思考を振り返り展望することが重要である。

何よりも民の主体性が大きく高揚した。現代史の重要な転換期のたびに、民の参加が決定的な役割を果たしてきたことを意味深く評価すべきである。代議民主主義の最大の問題は、代議がうまく機能しない場合に、これを解決する装置が内部に存在しない点である。代表者が主権者の意志に従って行動させる最も重要な装置は選挙であるが、選挙において主権者に与えられる選択肢の幅は非常に狭い。また、選挙が持つ評価と審判の有効性をある程度認めたとしても、いったん選出された後の権力に代議を忠実に守らせることはさらに難しい。この問題の解決がなければ代議制民主主義はエリート支配に転化しやすくなるが、韓国では民衆の主体的な参加と介入によって対応してきたのである。

同時に私たちは代議制民主主義と対立せず、あるいは単に脱走に満足せず、民意の主体性を制度政治に反映できる創造的介入方法を探ってきた。2016年後半のキャンドル抗争の際、この抗争がどのような方法で終結できるかを事前に計画していた者はいなかったが、結局は弾劾という憲法に明記された方法を見出した。当初は弾劾手続に消極的だった政治界も、下からの圧力によって弾劾を推進することになった。2022年に尹錫悦が大統領に当選すると、キャンドル革命に対する様々な懐疑論が出現し、今でも2024年12月の戒厳令宣布という偶然の事件がなければ、民主主義の危機が深刻化していたという認識が少なくない。しかし戒厳令宣布という自滅策も、2024年4月の総選挙で民意の意志が野党の変化を牽引し、圧倒的勝利を促進して尹錫悦政権に大きな打撃を与えた結果と見るべきである。この民意の主体性は、今も韓国社会がキャンドル革命の磁場の中で変化していることを証明している。

キャンドル革命は長い抗争史の一局面ではあるが、韓国で手続的民主主義が制度化され始めた後に現出した、「よりよい民主主義に向けた実践」であるという点で新たな局面でもある。韓国の民主主義は特定の制度内の慣習化された様式を固守するのではなく、民意の主体性実現のための持続的実践を通じて機能し、制度の内と外の政治が建設的に相互作用しうる空間を作り出している。したがって――キャンドル革命期の市民的抵抗を完全に否定する議論は論外として――非常事態への非常対応としてのキャンドル革命の肯定的役割を認めつつ、問題解決の望ましい方式ではないとか、一回限りの出来事に過ぎないという視点は、キャンドル革命の意義を正しく捉えた評価ではない14。興味深い点は、2016から2017年のキャンドル革命に対して批判的だった、すなわち韓国政治の非正常性に注目していた欧米メディアが、2024から2025年の「光の革命」については、民主主義の回復弾力性(resilience)を示す稀な事例として積極的に評価していることである。ただし、こうした評価も限界を露呈する特定の民主主義モデルを前提とするだけで、キャンドル革命が開く民主主義の新たな地平に対する認識が欠如していないか、検討すべき問題である。

このような視点から、韓国における極右現象をどう見るべきか。今日の極右現象は、私たちにとって新たな問題であると同時に、実は馴染みのある問題でもある。暴力的な方法で他者を排除しようとする欲望と行動様式は、分断体制と深い関連性を持つ長年の問題だからである。1945年の解放後、分断体制が固定化する過程で、解放政局の極右的暴力は国家権力機構による体系的な抑圧に置き換えられたが、分断体制が揺らいで守旧既得権益が弱体化する局面を迎えると、その極右的暴力が再登場し始めた。もちろん最近顕在化する新たな様相も無視できない。最大の違いは、極右的言説が青年層においてかなり広い共感を獲得している点である。グローバルな次元で雇用および住宅問題による生活の不安定性が極度に高まり、現体制で不安定性が解決されるという期待が低くなるなか、青年たちがフェミニズムや移民など他者にその責任を転嫁する右翼に吸収されたり、蓄積された危機を解消しようとする資本の試みに捕らえられるケースが増加している。

しかし、西欧の民主主義危機と韓国の状況を単純に同一視すべきではない。韓国の極右は、その寄生的な性格ゆえに、若者が直面する問題をどう解決するかという自らの綱領を提示できず、西欧極右の論理を強引に輸入したり嫌悪感情に依存している。より重要なのは、韓国の民主主義が政治的主流へと進出しようとする極右の試みを挫折させただけでなく、極右勢力の拡大を抑制できる力を持っているという点である。極右に対する漠然とした不安感を煽るよりも、それに対応できる主体の能力を客観的に評価し、対応策を構築していくべきである。過度な危機意識ではなく、よりよい民主主義への想像力が重要なのである。

私たちは南北の分断体制下で制度政治の限界に対する感覚を培い、分断体制克服のための実践の過程で民主主義の新たな地平を切り開いている。さらに遡れば、19世紀末の東学からこのような道程が始まった。すなわち、植民地、南北分断、朝鮮戦争などの苦難を経験しながらも、民の主体性が持続的に表出できたのは偶然の現象ではなく、思想的な力によって支えられたのである。このような思想的資源を積極的に発掘し、民主主義に対する新たな思索と結びつけることが、K-思想とK-民主主義の議論の主要な課題である。

 

5 何をするべきか

 

よりよい民主主義へと進む過程には、複数の次元の実践が結びつかなければならない。先に述べたように、経済的・社会的不平等が民主主義を弱体化させる主要な原因として提起されていることから、これへの対応も急務である。問題は、伝統的な社会福祉政策だけでは、青年世代に大きな影響を与える住宅および雇用問題を解決することが難しい点にある。朴槿恵政権によって乗っ取られた後、言説の場で消耗されて消え去ってしまった「経済民主主義」を再び呼び起こす価値がある。経済民主主義とは、具体的な経済政策を「民主的な方式」で決定するという意味ではなく、民主主義を支え持続可能な社会を築くことができる経済構造を作ることである。大企業および首都圏集中を解決することが最も重要である。大企業集中は経済成長の恩恵を少数に集中させ、大多数の国民の生活の質を悪化させる主因であり、首都圏集中と相俟ってこうした格差が増幅されてきた。今後は経済成長の議論に経済民主主義の要求を反映すべきである。当面の成長に固執して結果的に問題を悪化させる政策は、民主主義の基盤を揺るがし、社会の持続可能性を脅かすことになる。

このような転換を促進するためにも民主主義の進展が必要である。まず市民の政治参加を活性化できる制度を作っていくべきである。市民議会など国の主人としての役割を強化するための様々なアイデアが積極的に提起されるのは、キャンドル革命の局面における重要な現象である。白楽晴は国民主権を超え、民衆自治へと進むべきという方向性を提示した。代議民主主義を否定するのではなく、代議民主主義と並行して建設的に相互作用しうる、多様な領域とレベルにおける直接民主主義を実現すべきというのである15。主権を持つ者が主権の行使(統治)を他者に委ねる以外の選択肢がないならば、それは民主主義とは言えない16。民の統治という精神を現実に合わせて実現することは、民主主義を進展させるうえで核心課題である。ただし民は統治するだけでなく統治も受ける独特な主体であるため、統治から自治へと進むことが民主主義をより高揚させる道である。

代議制民主主義の制度が市民参加に基づいて機能できるよう、政治改革の推進も必要である。国会議員数の拡大、選挙法改革、国会運営方式の改善などを通じて、少数派の声が制度政治から排除されないようにすべきである。憲法改正も必要である。憲法だけが一連の議論において事実上神聖不可侵の地位を享受するのは民主主義の精神に合致しない。憲法が時代の変化と民主的合意によって修正され得るようにすべきである。改正要件を緩和しようという提案17もすでにあったが、修正内容に応じてその要件を変更させる方法も考慮する必要がある。

司法改革が主要議題として提起されたこともキャンドル革命の重要な成果である。法の支配は本来、多数の独断によってマイノリティや個人の権利が抑圧されるのを防ぐための装置として導入された。しかし現実では、司法府が少数者の権利を保護するよりも既得権と結びつき、共同体の重要な問題を既得権の利益に合わせて決定する役割を果たす場合が少なくなかった。司法府も熟議を通じて集められた多数の意志を尊重すべきであり、そのためには司法府内の民主的運営はもちろん、司法府に対する民主的監督を強化しなければならない。

最後に、韓国における民主主義の進展は南北の分断体制の克服と並行して進められなければならない。分断体制と民主主義の関係は様々な次元で確認されているが、両者を結びつける思考には消極的な場合が多い。この問題は主に、分断体制の克服を伝統的な統一フレームと同等視して考えることに起因する。その延長線上において、北朝鮮の「敵対的二国家」論も分断体制克服をより困難にする変化としてのみ認識されがちである。しかし、すでに以前から国家連合のような複合国家モデルが分断体制克服の主要な経路として提示されてきたことから、ここには二国家関係も受け入れる余地が存在する。もちろん敵対性は管理され解消されなければならない。私たちがこれをうまく成し遂げられれば、そして先に述べたように代議制民主主義の限界を超え、新たな道を切り開くことができれば、展望的な企画として分断体制克服の可能性はさらに大きくなるだろう。

〔訳=渡辺直紀〕

 

 

 

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  1. Francis Fukuyama, The End of History and the Last Man, The Free Press 1992, xii(序文)、p.43。フクヤマは自由民主主義に挑戦した諸イデオロギーの失敗に説明を集中させ、肝心の自由民主主義については曖昧かつ簡略に説明しているため、民主主義の理論家と見なすことは困難である。
  2. ジョルジョ・アガンベン『例外状態』キム・ハン訳、セムルゲ、2009年、23頁。
  3. 拙稿「李明博政権の統治危機」『創作と批評』2010年秋号、18~19頁。
  4. これに関する説明は、前掲文および拙稿「守旧派の「ロールバック戦略」と市民社会の「大転換」企画」『創作と批評』2016年春号;「文明転換時代、「韓国」をいかに思考するか」『創作と批評』2023年秋号などを参照のこと。
  5. 白楽淸は、2006年の新年コラム「6・15時代の大韓民国」で初めて「変革的中道主義」を提唱し、2025年の新年コラム「「変革的中道」の時が来た」では、その後の中道路線の発展と現時点での意義を明確に説明した。変革的中道に関する詳細な議論は、白楽晴『変革的中道の時が来た』(創批、2025)を参照のこと。
  6. 筆者は事件としてのキャンドル革命の意味を論じ、このような市民抵抗が繰り返された歴史は制度政治の遅滞を意味するのではなく、「国民(人民)主権という代議民主主義の形式で消化できない、さらに資本主義体制と容易に和解しにくい根源的な解放の要求を継続的に問題化した過程」であると主張したことがある。拙稿「三・一運動、キャンドル革命、そして「真理の出来事」」『創作と批評』2019年春号、70頁。
  7. キム・ミンチョルは、18世紀のブルジョア革命以降、改革者たちが「人民が国の主人である点を反映する制度を設計しようと努力する一方で、人民が国を治めることが起きないように苦心した」とし、「主権の原則としては人民主権論を肯定するが、統治の準則としては民主政(すなわち民治政)を否定した」と主張する。キム・ミンチョル『誰が民主主義を恐れるのか』創批、2023、19頁、強調は原文。
  8. ロバート・ダール(Robert Dahl)は、複数の政治主体が競争的な選挙を通じて代表者として選出され統治する「多頭政治」(polyarchy)を現実的に可能な民主主義の形態として提示した。しかし後期には多頭政治の問題点を認め、経済民主主義、政治的平等などの主題を積極的に論じた。ロバート・ダール『政治的平等について』フマニタス、2010;『経済民主主義について』フマニタス、2011参照。韓国の政治学界に大きな影響を与えたシャットシュナイダー(E. E. Schattschneider)の「半主権人民」(the semisovereign people)論も、この系譜の上に民主主義を論じた。彼は「私たちが(人民による統治のような)民主主義に関する一般的な定義から出発するなら、現代社会では民主主義を実行できないという極めて悲観的な結論に達せざるを得ない」と指摘し、「民主主義とは指導者や組織が公共政策に対する代案を持って競争することで、一般大衆が政策決定過程に参加できるようになる、一種の競争的政治体制である」と定義した。その過程で、代議制が単にエリート政治に堕落しないために、政党の(動員の)役割と参加の重要性を強調した点は、ロバート・ダールとの相違点である。E・E・シャットシュナイダー『半分の人民主権』ヒョン・ジェホ・パク・スヒョン訳、フマニタス、2008、210、222頁。
  9. 民主主義が自由主義によって専有される過程に関する説明は、キム・ミンチョル、前掲書、238~40頁参照。
  10. シェルドン・ウォーリン『これが民主主義と呼べるのか?』ウ・ソギョン訳、フマニタス、2013、359~66頁。
  11. 排除と包含を主要概念として民主主義を論じた事例としては、チン・テウォンの議論を参照する価値がある。チン・テウォン『乙の民主主義』グリーンビー、2017。
  12. チン・テウォン、前掲書、162~64頁。
  13. シェルドン・ウォーリン、前掲書、390~91頁。
  14. 運動政治に対する否定的な立場を持つ論者たちは、広場で表出される政治的エネルギーが政党と代議制に収束されなければ危険なものと見る。たとえばチェ・ジャンジプは運動政治を志向する者たちが「キャンドル市民」や「目覚めた市民」を偶像化すると述べて次のような論旨を展開する。「このことが制度的な様相として具現化され表現されたものが、直接民主主義とポピュリズムである。直接民主主義の興隆とポピュリズムの危険は、前述した世論による統治とソーシャルメディアのようなコミュニケーションメディアによって促進された「動員された多数の専制」という危険を招きうる」。チェ・ジャンジプ「ふたたび韓国の民主主義を考える」『韓国政治研究』29巻2号、2020、16頁。チェ・ジャンジプがこの論文で、キャンドル革命はもちろんキャンドル抗争という表現を使わず、キャンドルデモと呼んだのも、こうした認識に基づく選択であろう。
  15. 白楽晴新年コラム「光の革命と国民主権時代」『創批週刊論評』および「白楽晴TV」2025.12.31.
  16. キム・ミンチョルは、主権と統治のこのような分離が、民主主義(キム・ミンチョルの表現では「民主政」)の本来の意味からの逸脱であり、民主主義とは、民が相当な程度で直接統治に参加する政府形態を指すと説明する。キム・ミンチョル、前掲書、22頁。
  17. 白楽晴・李南柱特別対談「2025年体制、どう作るか」『創作と批評』2025年夏号、81~85頁を参照。