창작과 비평

韓国文学の新たな現実を読む

特集 | 2000年代韓国文学に読む時代的徴候

 

 

 

韓基煜(ハン・ギウク)englhkwn@inje.ac.kr

 

文学評論家、仁済大英文科教授。主要評論に「地球化時代の世界文学」、「大衆文化の中の小説と映画」、「同時代の愛・性・環境の話」などがある。
 
 
 
 

1.新たな現実と時期区分の問題

 

2000年代の韓国文学はこの時代の新たな現実をどのように読みとっているのだろうか? この問いには、何がこの時代の新たな現実なのか、そして新しくなった我々の文学が、この新たな現実をどのように読みとっているのかという二重の問いが内包されている。この難しい問いを投げかけるのは、2000年を前後して新しい傾向をもった新鋭作家が大挙して登場し、90年代以前の文学世代もまた注目に値する芸術的自己刷新を見せていること、つまり我々の文学の地形が大きな変貌を遂げてきているのだが、それが今の時代の新たな現実と無関係ではないと感じるからだ。そこで本論では、我々の文学の展望について検討することで、議論の足がかりにしたい。展望の問題は新たな現実と新たな文学の双方をどのように見るのかに関わる問題だからだ。

2000年代の文学の地形変動を肯定的に評価するならば、我々の文学に暗い展望をもつ理由はないだろうと考える。90年代以後の文学世代だけをみても、我々の文学史において今のように作家たちの層が厚く、個性的なスタイルの作品が多く生み出されたことがあっただろうか、と思うからである。もちろん、2000年代の文学の展望を手放しに楽観視しているわけではない。文学をとりまく環境がますます悪くなっているのは厳然たる事実であり、特に資本主義の商品論理が極まで高まったように見える時代にあって、2000年代の自由奔放な文学が、これというオルタナティヴなビジョンを提示しえていないと思われるからである。2000年代初盤、金明仁(キム・ミョンイン)が多少極端なかたちで韓国文学を圧迫する「二重の悪夢」を論じた理由もそのためだろう。「外から来る悪夢」が、映画やインターネット・コンテンツといった「文学ではない他のものが、これまで文学が占めてきた文化的威儀を食い荒らしている」状況なのであれば、これを自ら招いた「内から来る」 悪夢は、「断片化、矮小化、瑣末化として要約さるであろう文学の自己萎縮あるいは自己侮蔑」と診断する金明仁「単子、商品、そして権力」、『自明なものとの決別』、創批、2004年、239‐40ページ(初出『月間建築人 ポア』、2002年5月号)。。金明仁がこのような診断を下した当時は、2000年代文学の地形変動を充分に考慮できていなかっただろう。

問題は、2002年の金明仁だけが悲観的なのではないというところにある。2000年代の「若い」小説に並々ならぬ愛情をもっている金亨中(キム・ヒョンジュン)と金永賛(キム・ヨンチャン)といった若手批評家たちもまた、意外なことに韓国文学の展望を暗く見積もっている。これら評論家たちが暗い展望をもつようになった最も重要な要因は、歴史や現実を見る目が小さすぎるか、あるいは大きすぎて中間値の視野が捉えられないからではないかと思われる。たとえば、これらは商品論理が深く浸透した2000年代韓国の(大衆)文化的現実を鋭く捉える微細な目をもつ一方、現実の様々な層を分けて見ずに、ひとつにまとめて「資本主義」(あるいは「後期資本主義」)という通称で呼ぶ。金永賛が「歴史の狡知」の代わりに「資本の狡知」あるいは「後期資本主義の苛酷な狡知」を論じながら金永賛「2000年代文学、韓国小説の想像地図」、『文藝中央』2006年春号。40、51ページ。、資本主義の強大な現実的・言説的な力と「無力な個人」を対比するのがまさにそうである。そして、金亨中が「韓国現代小説史の百年をひっくるめてみても、今のように小説が危機に瀕した時代はなかった。というのも、最も力強い敵、資本主義がまさにその危機の原因だからである」金亨中「進め、批評!――2000年代小説言説にたいするいくつかの断想」、『文藝中央』、2005年冬号。21、22ページ。と警鐘を鳴らすのもまたそうである。

 


ここで、資本主義という普遍的体制のみを問題視するのは観念的だろう。具体的にいかなる資本主義なのか、が重要だからだ。ここで言われる(後期)資本主義が「韓国資本主義」を指し示すのなら、それは韓半島の南側にだけ該当する話だ。2000年代には、注目に値する作家たちが、想像の地平を北東アジアへ、世界へと拡大しているのに、このような狭小な視角には問題があるのではないか。また一方、これが「資本主義世界システム」を指し示すのなら、あまりに視野が広すぎて、それが韓半島や北東アジアにおいてどのように作動しているのかが、やはり目に入ってこない。ところが、こういった視野の死角地帯において、今、重大な変化が起きているというのが厳然たる現実なのだ。半世紀の間維持されてきた分断体制が崩れてきているのである。これこそ、我々の文学の将来にとって重大な変数になるのではないだろうか。要するに、今の時代の文学がもつ可能性をバランスをとりつつ診断しようとするなら、韓国の分断現代史にとって画期的な2000年 6月事件の重大な意味を見逃すことはできず、これを除いて「新たな現実」を論じるのは難しいということである。

 


実際、この問題は「2000年代文学」という用語を使うさいに提起される問い、すなわち 2000年代文学の基点にあたる歴史上の契機を何であると把握するのかという問いに直結する。1990年代と2000年代を分かつ決定的な事件として、1997年のIMF事態と2000年6月の南北首脳会談および6・15共同宣言を挙げることができるだろう。両者ともに衝撃的な事件である。しかしながら、韓半島の南側に住む人の日常生活を直撃したのは前者だが、韓半島住民全体の将来にとってより決定的な事件は後者であり、それだけに後者を2000年代文学の基点にするのが妥当ではないかと思う。両者は互いに無関係な別個の事件ではないという点も付け加える必要がある。IMFという国家的財政破綻に直面した南側の人々は、危機克服に力をあわせ、相当な出血を甘受することで困難はありつつも危機を脱したが、この時に発揮された国民的底力を土台として、南北関係において画期的な6・15宣言を成し遂げたのである。深刻な危機をこのように驚異的な成功へと転化させた歴史的過程が2000年代の現実を開く契機になったという事実は、2000年代文学を論ずるうえでも念頭に置かなければならない事項だ。

 


2000年代の韓国文学全般に「直接的」な痕跡を多く残したのはもちろん、IMF事態がもたらした結果の方だともいえる。たとえば、IMF 金融危機以後、新自由主義政策が施行されることで韓国経済は資本主義世界経済により深く編入されたが、それによる両極化〔格差社会〕の深化・固着化現象を2000年代文学のなかから確認することはそう難しくない。たとえば、突然の解雇事態と非正規職の頻繁な登場も、IMF事態の余波が反映されてのことだろう。2000年代文学に頻繁に現われる社会の険悪な雰囲気や登場人物の苛酷な心理状態も、IMF事態が及ぼした影響と無関係だとはいえない。これに比べて、6・15共同宣言が2000年代文学に直接的に残した痕跡は制限的だ。この宣言の結果として、南側の人々が訪北する機会が増えているが、南北の境界を越える事はまだ日常生活とは距離が離れている。それだけに、これを素材にする作品もあまり多くはないが、最近になって徐々に増える趨勢にあることは確かだ。

 


より重要なのは、このような素材主義的観点を越えて、韓国文学の深層で起きている変化を6・15の観点から振り返って見ることである。6・15によって始まった韓半島全体の歴史的変化は、南側の人々がもつ日常生活の実感を越えているがゆえに、もう少し深層的な分析とレベルの高い議論を必要とする。ここでは一つ、二つくらいの事例をとりあげよう。得てして、南側の人々(特に若い世代)には、IMF事態の方が6・15宣言よりもはるかに衝撃的だと感じられるのが常である。しかし、二つの事件による中長期的な変化を比べるなら、6・15宣言の方がはるかに深刻だろう。ただ、すぐに表層に現われる変化は氷山の一角であるがために、南側の人々が変化の深刻さを充分に実感することができていないのかも知れない。しかし、芸術家や作家の場合、このような深刻な変化に、知ってか知らずか反応している見込みが高い。

 

 もう一つ注目すべきは、6・15事件そのものがもつ破格さ、あるいは転覆性だ。到底侵すことはできないと思われていた――侵せば直ちに国家保安法で捕まっていった――南北の境界を、南北のトップ自らが突破したこの事件は、既存の考え方では想像不可能な破格さをもつと同時に劇的な転覆である。最大のタブーが、突然にして最高の成就へと化ける事件だったからである。6・15が南側の人々の思考と想像力を大きく刺激したのは明らかであり、ある意味で、我々内部の抑圧的境界を再考させる契機になったのではないだろうか。分断と境界を当然視してきた既存の歴史が、一瞬、嘘のように変わってしまうこの経験を経た後には、少なくとも、想像力で越えられない境界はないのである。

 


そうはいっても、民族と国家の境界を越えることは、緻密な思考と冷徹な現実的判断を要するものである。というのも、南北の境界を正式にきちんと越えるなら平和と共存になるが、自分勝手に越えるなら今はまだ戦争と共倒れを呼びおこしうるからだ。実際、6・15宣言に盛りこまれた合意文の骨子は、南北の境界を賢く越える方法だといえるし、統一をあせらずに今から始めてゆっくりやろうということに他ならない。ひそかに進められる統一の過程だけが、韓国社会内部の幾多の抑圧的境界を突破させ、生の質を高める民主主義改革を可能にするからだ。韓国社会内部の抑圧的境界を突破することで改革を遂行することは、韓半島の住民が統一後にどれほどよりよい生を享受するようになるかを左右する一大事であり、6・15時代の核心課題のひとつである。

 


境界に対する思考と想像力の鍛錬は、韓国社会内部のあらゆる境界を乗り越えるさいにも、カギになると思われる。移住労働者が増えることで生み出される人種主義的境界、男女差別を持続させ隠蔽する家父長制や、主流文化と下位文化を分かつ文化的境界を越えることにも、それなりの想像力と思考の鍛錬が要求される。2000年代文学においてこのようにあらゆる境界に対する思考と想像力が目だって現れているのなら、その意味を「6・15時代」という歴史的観点のなかに刻みこむことこそ、深い意義と実利のある作業になるだろう。本論は、このような作業に対する一つの小さな試みであるにすぎない。2000年代文学のほんの一部分を、それもいくつかの注目すべき小説を中心に簡単に検討する本稿が、その可能性の一端だけでも見せることができれば幸いである。
 
 
 

2.文学的地平の拡大と2000年代の若い小説がもつ「新しさ」

 
グローバル化の潮流とも無関係ではないが、6・15の 経験以降、我々の文学において越境にたいする関心が高まっていることは、外形的にでも確認できる。我々の作家たちが小説の空間を東南アジアやヨーロッパなどへと広げていくことによって、その思考と想像力の地平が多くの国境/境界を越え大きく拡張され、そうすることで韓半島の南側の半国的な視野からものすごい速さで脱しているのである。このなかには、パン・ヒョンソクの 「存在の形式」(2002)、イ・テファンの『赤い鯨』(2004)、コン・チヨンの『星の野原』(2004)、全成太の「国境を越えること」(2004)、「コリアン・ソルジャー」(2005)「川を渡る人々」(2005)、金衍洙の『夜は歌う』(2005年、『パラ21』に連載)、鄭道相の「小小、雪だるまになる」(2006)のように、外国の経験を通じて分断の傷とその境界を越えることの意味を意識的に捉えかえす作品も少なくない。

 


南北分断や国家の境界を特別に意識して書かれたとはいえないが、6・15時代に示唆するところが大きい小説もかなりの数にのぼる。たとえば、金英夏の『黒い花』(2003)、ペ・スアの『エッセイストの机』(2003)、金衍洙の 『私は幽霊作家です』(2005)と金仁淑の『その女の自叙伝』(2005)、そして小説空間の国籍が不明であったり意図的に曖昧に処理されているペ・スアの『フル』(2006)や、現在連載中の金衍洙による『リナ』などもまた、国境や内面の様々な境界を越えることに関わる意味深長な響きをもっているといえるだろう。

 


我々の中の外国だともいえる移住労働者の問題を扱った小説も一つ、二つと出始めている。この問題は、国籍や言語が異なる外国人と韓国人、あるいは言語は同じでも国籍は違う海外僑胞と韓国人の結婚と、またそれによる混血二世と多人種・多民族・多国籍家族の問題とが重なっている。こういった現象は、主にグローバル化時代における韓国資本主義経済の発展・生存戦略によって招かれた人種的・国民的・民族的境界の横断に関連している。この多層的境界をきちんと越えることが将来、統一韓国の国家的・民族的性格を決める重要な要素になるという点から、6・15時代にとって格別の意味を帯びている。移住労働者問題を反グローバル的・エコロジー的観点から描き出したパク・ポムシンの『ナマステ』(2005)、障碍者問題と重なりあいを見せるイ・ミョルランの『私の異母兄弟』(2004)、民衆的観点から掘り下げるキム・チェヨンの『象』(2005)、そして南韓の男と結婚した中国朝鮮族女性の悲劇を扱ったチョン・ウニョンの『さよなら、サーカス』(2005)など、これらは少なくとも素材面で新しい地平を開いた作品である。

 


もちろん、この三つの部類のうちどれに属すものであれ、素材やテーマ上の革新性が作品の芸術性や同時代性を自動的に保障してくれるわけではない。あくまでも卓越した言語と想像力、深みのある思考が作動してこそ、様々な境界によって紡ぎだされた今の時代の新たな現実に的確に対応する新しい芸術に値するものになるだろう。このなかでも注目に値する作品は後に検討することにして、ここでは2000年代の新人作家たちがもつ文学的特性や「新しさ」に目を向けていく。これらの作家たちの作品をひとつひとつ論じるのは私の能力と紙幅を越えてしまうので、これらについて立場をはっきりと明らかにした何人かの評者たちの見解を論評する方式を取ることにする。2000年代文学の特徴を「無重力空間の誕生」に見出そうとする李光鎬の見解を、まずは検討してみよう。

 

2000年代に入って公式的に執筆を始めた作家たちの場合、相対的に政治的罪意識と歴史的現実の重力とは無関係な位置から、書くということの存在を設定できるようになったように見える。たとえばこのような新しい書き物の位置を「無重力空間」と呼ぶことができるだろうが、この時、「無重力空間」は90年代文学の諸主体が文化的に闘争していたような仕方の「何から」の幻滅と抵抗の戦線を設定しない。李光鎬「昏鐘的物書きあるいは無重力空間の誕生――2000年代文学の別名」、『文学と社会』2005年夏号、167‐68ページ(以下、本文にページ数のみを記す)。

 

 これが2000年代に文壇に登場したかなり多くの作家たちの内面性向や心理状態を記述したものであるというなら、説得力のある話だ。ところが、「書くことの存在を設定」するというおかしな論法から感知されるように、この発言の要点はそうではない。「無重力空間」とは、2000年代に文壇デビューした作家たちの心理的空間にとどまらず、「2000年代文学空間」という(彼の表現によれば)「言説的現実」だというのだ。このように、2000年代作家たちの世代論的な心理傾向をぼやかして2000年代文学の特性として借用するやり方は、便利ではあるだろうが作品を読解するさいにかなりの先入観として作用することもありうる。2000年代の文学作品を、実際以上に脱現実的で脱歴史的な脈絡で読んでしまいやすいのである。

 

 たとえば李光鎬が2000年代の有望作家として挙げている金重赫、片惠英、ソ・ジュヌァン、ハン・ユジュ、金愛爛、チョ・ハヒョン、チョン・ミョングァンのうち、まず金愛爛は、その発想に全く合わない作家であると指摘する必要がある。IMF以後、韓国社会の苛酷な現実を金愛爛ほど実感を持って深く描き出した作家はほぼ皆無である。また、ここで彼による有望作家リストに入っていない朴玟奎を取り上げることもできるだろう。金愛爛は80年代式のリアリストとは異なり、溌剌とする想像を見せてくれるが、これをもって「無重力空間」を連想するならば、お門違いもいいところである。金愛爛は、想像が現実の構成要素でもあるということを見せてくれてはいるが、だからといって想像と現実の境界を自覚しえていないというのではない。むしろその逆である。「歴史的現実の重力」を全身で感じながらも、その圧迫に臆することない想像力を見せてくれるのが金愛爛小説の魅力ではないか。

 


金重赫のほうが李光鎬の発想により適合する作家に違いない。金重赫の小説が「メディアの世界に対する文明的次元の『クールでありつつも真摯な』想像力」を見せてくれるものであり「環境と文明、そして人間存在をめぐる手強い『真摯な主題』を無国籍的な想像力で扱って」いる(169ページ)ことも、ある程度は事実だ。しかし、「このような小説的問題設定は、韓国的なるものの特殊性とほとんど無関係」(同ページ)だとする主張には同意できない。金重赫のエコロジー的なオルタナティヴの模索が、成長第一主義で一貫してきた韓国社会にとって緊要なものであり、作家はその点を意識していると思うからだ。「無用の物の博物館」と「エスキモー、ここが果てだ」は、この時代の視覚中心・人間(自我)中心の文明のなかで私たちが喪失した感覚や、錯覚しているものなどを柔軟な想像力で悟らせてくれる意味深い小説として読むことができる。彼の小説の根本にエコロジーの問題意識とともに近代/脱近代の境界に対する思考と想像力が作動しているのだが、欠点をあげるならばこのような脱近代的な思考と想像力も、近代世界システムにいくらでも包摂されうるという自覚が充分でないという点である。彼が無国籍的/韓国的という境界をあまりにも簡単に越えてしまうことも、このことと無関係ではない。

 


金永賛の評論が見出した新しさは、第一に2000年代の若手小説の多数が「大衆文化のコードそのものに全身を載せている」金永賛「小説の傷跡、大衆文化という症状」、『パラ21』2004年春号、74ページ。という現象である。この現象に対する金永賛の分析は適切で、若手作家たちの小説を批評的に読み解く、彼の鋭く均衡取れた読みには説得力がある。ところが彼が2000年代の若手文学の可能性として「脱内面の想像力」をうち立て、これを可能にする前提として「無力な自我」あるいは「貧困かつ倭小な主体」を強調することには首をかしげざるをえない。「脱内面の想像力」という逆説的可能性がいくら大事だと言っても、姜英淑、ユン・ソンヒ、金愛爛、朴玟奎、李起昊、孫洪奎、片惠英、金重赫、パク・ヒョンソ、キム・ユジンなどを幾列にも取り上げて彼らの主体を十把一絡げに「無力」と規定することには納得できない。「2000年代の若手文学の自我は、概して、はじめから自分自身の現実的・精神的無力さを一種の運命として内面化している自我」金永賛「2000年代、韓国文学のための批評的断想」、『創作と批評』2005年秋号、309ページ。であるとする金永賛の主張は、部分の性向を全体の性格へと拡大し、半分の真実を立証された事実であるかのように提示しているように見える。2000年代の若手文学の「脱内面の想像力」という可能性を採るために「2000年代文学の自我」に、一様に「無力さ」「倭小さ」「貧困さ」のレッテルを貼った感があるとでもいおうか。彼は最近の論考でも「無力な主体」あるいは「無力な個人」を幾度にもわたり論じているが、語法上の微妙な差がある。たとえば、金愛爛の「編集症的ユーモア」に言及しつつ、次のように語っている。

 

 

 

若手作家たちのこの編集症的ユーモアが、自我を押さえつける威圧的な現実の威力を距離化し分散させてしまう無力な主体の特徴的な想像戦略のうちの一つだということは、ここで特別に喚起しておく必要があるだろう。それは、2000年代の若い文学の想像力が、現実の重力を自分なりに耐え、消化しながらその中に自我の位置を描くという文学的方式の一つなのだ。金永賛「2000年代文学、韓国小説の想像地図」、50ページ。

 

「威圧的な現実の威力」に、これほど正面から対抗できる主体に「無力」という荷札をあえてつける必要があるのだろうか。金永賛が「無力な/強力な主体」をどのように考えているのかは「人には寄りかかることができるいかなる観念的拠点も、現実とぶつかる冒険的情熱も、自己破壊的な抗議も、嘲笑うことができる余力も、またこれを支えることができる自我に対する強い信念もない」金永賛「2000年代、韓国文学のための批評的断想」、301ページ。と述べていることに表れているが、この時、「強力な主体」が「無力な主体」よりも必ずや望ましいかといえば疑問である。「観念的拠点」も「自我に対する強い信念」も、錯覚であるなら捨てたほうがましではないか。金愛爛と朴玟奎の小説の語り手の「無力な」自我は、観念的な気の抜けた自我であり、自らを絶えず凝視し自覚する自我でもある。自己と他者と世界に対する確信を持つことはできないが、自分なりの奇抜な想像力を発動させ、自分の内外を絶えず打診する好奇心に満ちた自我でもある。もちろん、このような自我だといっても、それが威圧的現実の威力や編集症から逃れうるという意味ではない。しかし「無力」に見える自我に、このような重要な裏面があるからこそ、いわゆる「脱内面的想像力」が可能なのではないだろうか。たとえば金愛爛「永遠の語り手」の、次のような独白を振り返ってみよう。

 

 

 


私は、私がどんな人間なのかについてよく想像してみる。私は、私からあなたぐらい遠く離れているから、私がいくら私と言っても、私を想像せねばならない人だ。私は、私が想像する人、しかしそれが私の姿であることが奇妙なので、しきりにあなたの想像を借りてくる人だ。(『走れ、父よ』、創批、2005年、136ページ)

 

このような自我を「無力な自我」あるいは「編集症的な自我」であると一面的に規定することができるのだろうか? 小説の文脈で自然に読ませる台詞だが、よく読みこんでいくと「私」という千変万化した我相に対する認識と、自我と他者の関係/境界に対する思考は非凡なものだ。こういった自我は、自己修練がかなりの水準に至った自我であるといえる。資本主義の苛酷な現実や周辺部的な生の横暴に全身をさげすまれながらも恨みに捉われず、くじけることもないほどの「中心」を持った自我だということだ。朴玟奎と金愛爛の他にも、無力だとか編集症的であるかのように見えはするが、実際には自己省察の境地が高い自我に、2000年代若い小説のなかからたびたび接することができる。金愛爛と朴玟奎といった若い小説家たちが「今、ここ」で新自由主義的資本主義という「歴史的現実の重力」を全身で経験しながらも、そのシステムの論理にたやすく包摂されない主体を見せてくれたということが、何より意味深い。資本主義システムも一つの境界だといえば境界であるが、この境界が当分の間、崩れそうにもないとき、それに対応する新しい方式を見せてくれるという点で、この作家たちが成したことは非常に稀有だといえる。

 

 2000年代に文壇デビューした新人作家たちは、南北の境界や国境を越えることよりは、主に我々の社会の内部にある文化的・階層的・世代的境界に鋭敏な反応を見せているようだ。たとえば、朴玟奎の小説や黄炳承の詩は、既成の主流文化と非主流のサブカルチャーの間にある境界に対するこれらの対応を勘案しなくては、その妙味を充分に理解できないだろう。そして、このような種類の境界を越えることが6・15時代にいかなる意義を持つのかを解き明かそうとするならば、より複雑で精巧な論議が必要となるだろう。こういった課題は次の機会に先送りし、次章では90年代に文壇デビューした作家たちが、いかなる越境の書き物をしているのかを検討してみよう。
 
 
 

3.90年代文学世代の自己刷新

 
 2000年代に90年代文学世代がおさめた自己刷新の成果を見定めるためには、多くの作家の作品を満遍なく検討すべきだが、ここでは全成太と金衍洙のいくつかの短編を検討することで満足しなければならない。多くの作家がいる中でこの二人を選んだのは、性向とスタイルが対照的な二人の作家が、互いに違う方向から国境/境界を越えながら文学と歴史、人間に対する探求を行なっている点が興味深く、この作家たちの作業が 6・15時代の文学のなかで格別の意味をもつと考えるがゆえである。

 


全成太の変貌は注目するに値する。卓越した言語駆使力と細密な描写力が逸品だったのだが、郷土的リアリズムの限界をきっぱりと乗り越えることはできていなかった『梅香』(実践文学社、1999)の全成太が、今の時代の生における多様な境界を省察する非凡な芸術家に変貌したのだ。小説集『国境を越えること』(創批、2005)の冒頭の小説「存在の森」は、このような驚くべき変貌の裏面で、彼がどのような芸術的境界を突破したのかを見せてくれると同時に、今日のリアリズム文学の限界と可能性を鋭くつく意味深い作品である。「言葉が口をついて出てくるのに、生に踏み出せずにいた状態」(11ページ)に直面したコメディアンである語り手に占い師が聞かせる忠告の核心は「まっ暗な生」に踏み出してみなさいというものであるが、これは「ぬかるみに転がって」どん底の生を経験することとは違う。占い師はむしろ、そんな時に生ずる「自己憐憫は不必要に無理強いになるのがオチ」(13ページ)であると警告する。今日のリアリズム文学の問題点をこれほど鋭くつくのは難しいだろう。だからこそ、「まっ暗な生」とは素材的な次元で私たちの社会の「暗い生」を意味するのではない。それはどこまでも「生」に根拠するが、これまで誰も足を踏み入れたことのないある領域を意味するのだ。いわば存在的な次元で見慣れた世界の境界を越え、見慣れぬ世界へと踏み出してみろと注文しているのである。

 


「存在の森」がすぐれているのは、このような芸術的限界を突破する敍事と、語り手がヨッコルデクの小屋を訪ねていくときに経験する幽霊の話をうまく結合させているからだ。前部で説話的雰囲気を醸し、巧みな伏線(「以前、ここに寄った青年のひとりが鬼に憑かれて狂っていった」)を引いておくことで、後になって「ブリキの家のお婆さん」が、実はヨッコルデクの鬼であることが判明するという反転を経ながらも、このような超自然的経験が途方もないことだとは感じられない。しかし、この作品の焦点は幻想/現実の境界を越えるというところにあるというよりは、ヨッコルデクの息子の話が自分自身の話になる次元(占い師の言葉によれば「切実ならば他人の話は自分の話になること」)に置かれる。語り手が幻想/現実の境界を越えてヨッコルデクの鬼に会うのは、その息子の立場からヨッコルデクの話に耳を傾けた結果にほかならない。語り手は、複数の物語がまさに「存在の森」になるという、今まで経験することができなかった「まっ暗な生」に踏み出してみたのだ。

 


「退役レスラー」は、一個人の過去に対する枯れることなき記憶も加工される可能性があるということを見せてくれる小さな物語から出発する。人生の黄昏時に入って故郷を訪ねた退役レスラーは、たまねぎのにおいを嗅いで幼年時代の美しい記憶を思い浮かべるのだが、たまねぎのにおいが彼の幼い頃の過去とは無関係であることが判明するのだ。このエピソードが深い意味をもつのは「強烈な自己暗示は時に嗅覚までもを欺くことができる」(41ページ)という事実、すなわち身の感覚を通じて記憶された過去も虚構でありうるというところにある。これは、身体の言語/記憶を神秘化する言説に対する一忠告として読むことができる。二つめのエピソードは、このように加工された記憶が左派と右派の理念的対立によって屈折した韓国現代史と交差する地点で起きる。退役レスラーは、自分が「腹がへって」故郷を離れたと記憶しているが、事実は左派の「人々を突き出して」逃げて出たのである。記憶のこういった虚構性は、自身が故郷の人々を死に追いこんだ事実さえ歪曲されうるという衝撃的なものだ。それでも、このようなおびただしい歪曲のもっともらしさは、彼がレスラーとして成功し、国民的英雄になる人生行路そのものが70年代の反共開発独裁イデオロギーの産物であるという面があるからだ。この作品は個人史であれ民族史であれ、(いくらでも偽りでありうる)記憶やイデオロギーを通じて再構成されるという側面を鋭く捉えながらも、真実の準拠を放棄しないという点にその価値がある。たまねぎのにおいのエピソードのような個人史に関する「小さな物語」を、理念対立と開発独裁で歪んだ韓国の歴史という「大きな物語」につなげる腕前も逸品である。記憶あるいは歴史の構成性と真実の境界をどのあたりに設定するのかは、6・15時代における文学の重要なテーマだといえるが、全成太は自分なりのやり方でこのテーマを洗練された、そして高い水準をもって扱ったと思われる。

 


6・15時代の文学の最も直接的なテーマがあるとすれば、それは「国境を越えること」であろう。もちろんこれも素材主義を越えて存在的次元で扱う時にのみ、その核心的な重要性を立証できる。全成太の「国境を越えること」は、大きく分けて二段階の物語で構成されている。第一の物語は語り手である「朴」が日本人旅行客の一行とともにカンボジアからタイへと向かう国境を越えている途中、橋の欄干に弾痕を見つけて「誰かが背後で銃口を突き付けているかもしれない恐怖」(137ページ)に捕らわれ、その状況で警笛の音を聞いては怖気ついて落ち着きなく走り去るという事件だ。後に日本人一行の一人であるナオコがその理由を問うと、朴は「私たちにとって国境を越えることは死を意味しますから。おそらく、私の無意識の中にそういう国境に対する恐怖が潜んでいたのでしょう」(141ページ)と答えるが、朴は内心、自分のその言葉が「真実なのか疑問」であり、ナオコの前で自分を「包み隠したいという欲望」も作用しての発言だったことを悟る。全成太は、分断国でしばしば同一視される国民的/個人的アイデンティティの間にある隙間を、重要な空間として設定しているのである。

 


実際、二番目の話のなかで「朴とナオコの関係」の進展は、国民的/個人的アイデンティティの間の隙間をある程度確保し、韓日間の国家的・民族的境界をどれだけ越えることができるのかにかかっている。このような脈絡において、二人の男女が双方ともに桜が好きで「桜のために負った傷」があるという状況設定は若干作為的だが、隙間の確保と境界を越えるという作業が少しは進展したという信号として読める。しかし、二人の間の関係に立ちふさがる内面の境界が崩れなかったことは、ナオコとの初情事を終えた後、朴が自分の内面で感知される一風変わった「充実感」の正体を追求するところに表れている。

 

 

 


肉体の悦楽と関係なく彼の意識の中で咲き始めた充実感は、なんだか不穏だが魅惑的な感じで流れた。ナオコ。日本の女。まさに彼女は彼の生において到底想像さえもできなかった見慣れぬ存在だった。それは情緒的にもそうだった。最も遠くにあり、最も堅苦しい女と、彼は愛を分かち合っただけのようだった。彼は何かを飛び越えたように感じた。外部のある世界ではなく、自分の内部を飛び越えたようだった。しかし彼は、この不穏な快感が肉体の悦楽と同等に置かれることを望まなかった。そんな快感がその身を大きく育て、襲ってきたら、彼は自らも耐え切れないほどに荒廃していくようだった。すると、心の片方でまた別の嫌悪感が湧き上がってきた。何かを飛び越えたと思ったが、考えてみればもとの場所である自身を見つけるような気分だった。(156‐57ページ)

 

「肉体的悦楽」とは関係のない「充実感」の正体は、最初は最も「見慣れぬ存在」との関係を成就したことからくるものとして感じられる。いわば存在的次元で「何かを飛び越えたように感じた」のだ。しかし充実感が不穏な快感として正体を現わすことで、朴は自分の内部の民族的・国家的境界をきちんと飛びられなかったことを自覚することになる。要するに、朴は国籍と関係なく見慣れぬ存在であるナオコと真正な関係を成すことができなかったのである。しかし「一風変わった充実感」の正体をきちんと把握し、内部のある境界を飛び越えたという錯覚を絞り出したということは、ある面で相当な進展だといえる。

 

 このようなな進展にもかかわらず、二回目の情事の後、彼らの関係が再び悪くなるのは、朴が境界を越えるという行為をきちんと遂行できなかったせいもあるが、指輪に象徴されるナオコの個人的次元を理解し尊重することができなかったせいもあるだろう。その次元が簡単に納得されにくいのは事実だ。朴が引き止めたにもかかわらず、ナオコは失くしてしまった指輪を探そうと慌てふためき、その行動は朴が国境を越えたが落ち着きなく走る行動と対称をなすかのようだ。「その指輪は私が投げ捨てようと思っていたものだったのよ。こんなふうに失くしてしまってはならない指輪だったの。あなたに何がわかるというの?」(165ページ)というナオコの見当もつかない発言は、日本人の恋人との関係を清算しようとの意図だと推測されるが、作品の意味層を曖昧にさせる。それゆえ朴が立ち去ろうとするナオコに「お前はただの小娘だ」と叫ぶ時、それが国籍と関係ない見慣れぬ少女であるだけだという意味なのか、日本の女が自分を無視したことに対する腹立ちなのか、曖昧である。朴が自認するように「はっきりしない」状態なのだ。指輪事件が釈然としないことは、それが韓国と日本のはっきりしない関係に配慮した装置だという側面があるように感じられるからだ。この点でこの作品が「国境を越えること」という重要なテーマを存在的次元で根気強く押し進めるという珍しい成果をおさめたにも関わらず惜しさが残る。

 


金衍洙の最近の小説群が6・15時代に意味深長なのは、全成太と正反対の方向から歴史、民族、国家、文学(テクスト)などに対する探求を推し進めているからだ。いわば全成太がリアリズムから出発して世界/歴史の虚構的・構成的側面に対する悟りを経て真実へと進んでいくならば、金衍洙はポストモダニズムから出発し世界/歴史に関する実証的資料の再構成を経て真実に向かって進んでいく様相を見せるのである。全成太が大多数のリアリストたちと違い、既存の境界を越えて見慣れぬ存在の領域に足を踏み入れてみようとする勇気を持っているなら、金衍洙は大多数のポストモダニストたちと違い、真実/真理に迫っていこうとする強烈な欲望を持っているのである。金衍洙と全成太が、時に非常に近接しながら互いを照らしあうことができるのは、まさにこのためだ。もちろん、金衍洙が「簡単に終わらないであろう、冗談」や「伊藤博文を、撃てない」でそうしたように、歴史や愛における「偶然」の役割を強調すればするほど、二人の距離は遠くなるであろうが。

 


金衍洙の最近の小説集『私は幽霊作家です』(創批、2005)において何より目をひくのは、歴史に対する思弁的物語と恋物語がともに登場するという点と、テクスト(地図/言葉/文学)の真実とは何なのかという問題がこの間にしばしば介入するという点である。それぞれの作品の小説的効果は、この三つの要素がいかに併置・交差・結合しながら真実の探求がなされるのかによって変わっていく。「プノンシュオ(不能設)」において、歴史と愛の真実探しは一種の矛盾語法から出発する。中国人民支援軍として砥平里戦闘に参加した語り手は「戦争には真実があるが、戦争物語には少しの真実もない」とか「生とは生きていくものであって、語るものではない」(61ページ)と発言しながらも「それではどこから話し始めようか? 雨の話なんかどうだい?」(57ページ)と話を始める。また「運命は絶対に言葉で表現できない。語った瞬間、その運命は変わるから。プノンシュオ、プノンシュオ。けれどもそんな馬鹿みたいな仕業をここで一度やってみようか?」(61ページ)ともいう。テクスト(地図/言葉/文学)に対するこのような矛盾と逆説の発想が金衍洙小説の根底に敷かれていることは、多くの作品からも明らかであるが、それでも口に出された物語がどれだけ真実に近接しているのかは作品ごとに異なる。

 


「戦争/生/運命」の真実は語りえないという「プノンシュオ」の語り手が言わんとするのは、真実は書物に記録された公式の歴史から見出しえず、ひたすら人間が全身で体験したことからのみ見出せるということだ。たとえば「プノンシュオ。プノンシュオ。歴史というものは本や記念碑に記録されるんじゃない。人間の歴史は人間の体に記録されるんだ。それだけが本物だ」(70ページ)という主張だ。朝鮮戦争が南北で互いに非常に異なるかたちで記録されていることを勘案するなら、これはもっともな話だ。しかし、人間の身体に記録された歴史は、どれほど真実を語りうるのだろうか? 戦争に参加した語り手が聞かせてくれる「プノンシュオ」という戦争と愛の話はどうなのか? 雨と血、そしてセックスと死で満たされた悽絶な愛/戦争の物語は、語り手が全身で経験した鮮やかな体験記であるかのような感じを与える。語り手が経験した戦争と愛の悽絶さと、公式の歴史のイデオロギー的な冷ややかさが対比される効果がある。その一方、非常に悽絶でじめじめした主観的経験論にかたよっているのではないかという疑心も起こる。悽絶さがすなわち真実ではなく、真実により近いという保障もない。また、その身に記録された歴史だといって、その全てを信じることができるわけでもないことは、「退役レスラー」がすでに見せてくれたところだ。もちろんはじめから「戦争には真実があるが、戦争の話には少しの真実もない」と前提しているので、ある程度は兔責されるだろう。しかしこの作品では、揺るがされた公式の歴史の境界を正面から突破した点については高く評価されてしかるべきだが、真実の追求を最後まで押しすすめ、新しい境地に進んだという感じはない。また、愛/戦争の物語が編みこまれていることは明らかだが、悽絶だという以外に特別に互いを照らしあうという効果もほとんどないという点も、これと無関係ではないだろう。

 


この小説集で断然目立っている作品は「またひと月進みて雪山を越せば」だ。何よりテクスト(書くこと)の境界、愛の境界、世界の境界、生の境界など、すべての境界を越えて究極の真実を見つけようとするひとりの人間の徹底的な奮闘が、奇妙な感興を醸すからである。いわば主人公「彼」が求道者のようでもあり「きちがい」のようでもあるのだ。どちらにしても、あらゆる「境界を越えること」の決定版のようなこの物語は、どのような意味をもっているのだろうか。まず「存在の森」が見せてくれたように「まっ暗な生」に足を踏み入れてみること、すなわち既存の境界を越えて見慣れぬ存在の領域へと進みゆく物語であるという点だ。たとえば主人公「彼」が「とても奇妙で独特で不可解なものと向き合う勇気」(111ページ)を持って「これ以上進むことができない所から、もう少しだけ分け入っていくこと」(112ページ)を実行に移す話である。「存在の森」の語り手がほんの少しの間鬼に憑かれたように、この小説の主人公「彼」もまた高所恐怖症で狂ってしまったのかもしれない。こういった類似点は、既存の境界を越えて新たな存在領域へと進む際に引き起こされる狂気の危険を暗示する。

 


ところがこれを勘案しても、「彼」は進みすぎた。「彼」は「まっ暗な生」に足を踏み入れるにとどまらず、「希望なしに絶望を受け入れる」感覚で「必ず死の地帯を経ねばならない」(141ページ)という、ある見慣れぬ領域まで進んだのだ。まるで世界の果てにある境界まで行き、その身を飛ばしてしまったかのように。「彼」のこのような行為が生と死の境界さえも突破したのか、それとも「境界を越える」ことにあまりにも魅了され、いたずらに死を招いたのかは曖昧だが、この作品の魅力はここにあるのではないだろうか。それゆえ、彼の行為が真理の悟りなのか狂気なのかに関係なく、語り手である「私」が想像する「彼」の終わりは奇妙で哀切で、おぼろげなのだ。

 


こういった極限の感興と曖昧さの効果は、成功的なプロットに負うところが大きい。すなわち、二人の女性との愛と様々な(歴史的/小説的)テクストの真実を世界の果てまで追跡しようとする主人公の奮闘がナンガ・パルバットの登頂に収斂されるプロットが、小説の劇的な効果を高めてくれているのだ。これは、作品に混在している多様なポストモダン技法と数々の装置が的確に作動することで光りを放っているからでもある。たとえば、テクストのミステリーは「彼」のガールフレンドが残した遺書からその意味を解読できずにつらい思いをする「彼」が書き始める小説へと、さらにはナンガ・パルバット登頂を夢見る彼が熱心に解読しようとする『往五天竺国伝』へと、果てなくめぐりながら移動する。このすべてのミステリーが収斂される場が、まさに「またひと月進みて雪山を越せば」というテクストだ。愛のミステリーもここに接続される。「彼」はガールフレンドの気持ちを理解できず、「彼」と「私」は互いに愛しあうがその事実を確認することができない。愛の真実は文字のいくつかが消された慧超の『往五天竺国伝』ほどに完璧な理解が不可能で、ひたすら推測することができるのみだ。

 


こういった手法よりも注目すべきは、特異な主人公/語り手の運用である。作家は語り手である「私」と主人公である「彼」を、判断がつかないようにすることで、パズルに対する時のように読者の知的欲求を刺激する。たとえば、読者の立場からすれば作品初盤に登場する「彼が、私は果たして分かっているかと考える頃、バスは宿所に到着した」(114ページ)という文章の意味はつかみにくいが、この奇妙な文章が後に行くと完璧に話として通じるようになるのだ。語り手「私」が『往五天竺国伝』の注釈本を書いた大学教授であり、「彼」はこの本の愛読者であることが明確になっていく頃に、「私」が「彼」に濃厚なキスをする場面が登場し、その時まで「私」を男だと仮定していた読者を当惑させる。読者は同性愛関係を疑うが、数日後に「私」が夫と子供をもつ女性であることが確認される。しかし、このような知的興味を誘発し、完成度の高い意外性の面白さを付与することは、副次的な効果だ。

 


このような特異な主人公/語り手の運営がもつ芸術的効果は、「彼」の話が実際には語り手「私」が「彼」の手紙と登山日誌などを土台に再構成したものだという点が確然としていくことで、充分に感じることができる。すなわち「彼」の話は「私」の観点から再解釈されたものであり、それゆえより虚構的で曖昧なものになるのだ。したがって「またひと月進みて雪山を越せば」というテクストのミステリーは、よりいっそう深まっていく。しかし、それゆえにこの小説は、テクスト(文学/歴史)と愛の真実を最後まで追求する際に到着することになる極限の地点へと私たちを連れて行ってくれるような効果を発揮する。金衍洙の力量が感じられる秀作だ。

 

 

 

 以上、2000年代の新人作家たちと90年代文学世代のいくつかの小説を論評し、検討した。2000年代の新人作家たちによる作品を全て扱うことができなかったために、これだけをもって2000年代文学を6・15時代の観点や「境界を越えること」に注目して読むことが的を得ていると主張することは一定の限界があるだろう。しかし、全成太と金衍洙の小説にたいする議論を通じて、今の時代の文学における新たな現実を深く掘り下げる越境の書きものが試みられていることは、ある程度明らかになったと思う。もちろん、多様なスタイルと性向の作家たちに、このような「境界を越えること」を書くことや6・15時代の観点がどれだけ有効なのかは、個々の「モノ」を持ってきて細かく検討してみなければならない問題である。また、本稿が我々の文学の展望と可能性を明るいものとして見ることができるような根拠を確かに提示したとも言い難いだろう。しかし、本稿を書く過程で、我々の文学の作家層がいつになく厚くなっており、かれらの視野が急速に広がっていることを実感することができた。今の時代の新たな現実に、実に多様な声と技法、あらゆる敍事的想像力で反応している2000年代文学は、その活力と芸術的豊かさこそあれ、萎縮しているとか矮小化してはいないと考える。先立って2000年代文学の「新しさ」をある敍事的類型や世代的心理や感受性のなかから見出そうとする何人かの評者たちの立論を批判したのは、彼らの議論自体がそのような面を浮き彫りにする効果もあると判断したがゆえである。もちろん、批評において重要なのは、ある効果を計算するという次元にはない。全成太や金衍洙の作品がそうであるように、存在的次元で作品に向き合い、私心なしに評価することである。2000年代文学をめぐる議論がそのような次元でつながり、我々の文学に大きなプラスになることを期待する。

 


 


訳‧金友子

 

季刊 創作と批評 2006年 夏号(通卷132号)
2006年6月1日 発行
発行 株式会社 創批
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