창작과 비평

進歩の危機と批判的知識人の進路

論壇と現場東アジア連帯のための認識共同体を形成しよう

 

裵泳大(ペ・ヨンデ)balance@joongang.co.kr 中央日報文化部学術記者
 
 
 

1、進歩陣営の苦悩と三つの道

 

2006年5月31日の地方選挙における与党・ウリ党の敗北は予見されたものだったが、その敗北の強度は予想をはるかに越えた。現政権に対して相対的に親近感を示してきた進歩的・批判的知識人らの苦悩は、今回の地方選挙における惨敗以降、さらに深くなった。進歩の苦悩とは何か。二度の大統領選挙での勝利を通じて、進歩陣営が政治的パワーを確保した分、はたして韓国社会の制度や国民の暮らしは進歩的な理想に近くなったのかということである。何よりも5・31 地方選挙の惨敗は、そのような苦悩を無意味にしてしまうほどに強力であった。きたる2007年の大統領選挙の展望を暗くすることはもちろん、進歩勢力の存在意義自体も脅かすほどである。

このような中で進歩知識人たちが開催した、それぞれに異なる3つの学術大会は、今後の進歩陣営の進路と関連して比較・分析するに値する。5・31選挙直後の 6月9日・10日に創批(創作と批評社)とセギョ研究所が共同主催した「東アジアの連帯と雑誌の役割」(以下「東アジア」)、6月22日に民主社会政策研究院が主催した「韓国の人文社会科学の主体化、いかに可能か――「私たちの中の普遍性」と学問主体化の新たな模索」(以下「主体化」)、また6月29日に民主化運動記念事業会が主催した「六月民主抗争と韓国民主主義の現住所」(以下「現住所」)などがそれである。

3つの学術大会はともに共通して、与党の地方選挙惨敗の雰囲気を基調に進められた。しかし、主催機関や行事の中心メンバーがそれぞれ異なったために、互いに見解の違いを示した。その違いは、今後の知識人らの進路にとって大きな違いとして考えられるかもしれないという点で注目に値する。時代環境の変化による進歩陣営の分化の流れと読むこともできる。この論文では、この3つの学術大会のそれぞれの特色を手短かに比べ、「東アジア」のシンポを中心にした批判的知識人の進路について考えてみたい。

「現住所」シンポは、進歩運動圏の70~80年代のような討論の主題や方式に相対的にもっとも近い学術大会だった。崔章集(チェ・ジャンジプ)教授の基調提案を中心に総合討論が進められた。崔章集は与党の5・31 地方選挙での惨敗の原因を「政治の失敗」に求め、進歩政権のアイデンティティに対して疑問を提起した。彼が見る時、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の政治の失敗は、新自由主義的な傾向が激しくなる流れを制御するどころか、むしろそれを強化させながら、社会的格差を深化させたというところにある。この見解を支持する知識人たちは、今後の伝統的進歩の視角をもう少し鮮明に強調するものと思われる。

「主体化」シンポは、現在の時局に対する進歩知識人たちの苦悩の深さを示した学術大会だった。発表者である曺喜昖(チョ・ヒヨン)、李炳天(イ・ビョンチョン)教授は、進歩知識人たちがこれまで無視してきた主題である成長動力に関する議論に言及した。70年代の朴正煕政権の経済成長主義の副作用を主として批判してきた人々が、その経済成長の肯定的要因を進歩の観点から求めようという試みを見せたのである。産業化や民主化の成果をみな肯定しようというこのような試みは初めてではないが、肯定の主体が進歩陣営であるという点で注目を集めた。「私たちの中の普遍性」とは、私たちが抱いているものがよく考えてみれば真珠だったというようなものだが、このようになると、進歩と保守を分ける境界を新たに構成すべき必要性が提起されるかもしれない。

 

次に「東アジア」のシンポは、進歩知識人らの議論の領域を、韓国から朝鮮半島全域に、さらに進んで東アジア単位へと拡張させた。『創作と批評』創刊40周年を記念して準備された国際シンポジウムであるという点で、創批を中心にした一群の批判的知識人たちが、現在、どのあたりに考えの力点をおいているのかがよく分かる大会だった。創批の方も先に言及した「現住所」や「主体化」のシンポで提起されたのと同様、進歩陣営の長年の苦悩を共有する。しかし、創批が見る時、それは分断体制が強要する現実と認識の限界に閉じ込められた苦悩である。創批は新たな展望を示そうとする。それは東アジアの平和と連帯の共同体を市民社会が積極的に押し動かすものである。ならば、既存の進歩陣営で提起してきた長年の課題、たとえば格差解消や各種不平等の問題は、解体あるいは解消されたのだろうか。東アジア共同体が形成されれば、そのような既存の問題が解決されるのだろうか。これに対する回答の違いが、創批とは異なる進歩知識人たちの間の見解の違いである。今回のシンポジウムでもそのような見解の違いは見られた。

 

この時代に進歩とははたして何か。80年代のように進歩の目標が明らかに設定され得ない混沌と解体の時代に、また現政権の各種の失政と相俟って、進歩陣営全体の危機が公然と議論される時代に、私たち社会の批判的知識人たちは上の3つの道のうち、どれを選ぶだろうか、あるいはもう1つの道を切り開いていくのだろうか。
 
 

2、変革的中道主義と東アジア共同体論

 
 
創批は2006年の初頭に、白楽晴(ペク・ナクチョン)編集人の新年の辞を通じて、創批が進む道を「変革的中道主義」であると定義した。この時代の進歩の動力を中道主義に見出そうというものである。単に真ん中を志向するのではない。この時代の進歩の問題意識を共有し理解するという点で「変革的」という修飾語を付けている。どうして中道を標榜するのか。創批は分断体制の克服がこの時代の最優先の課題であるとした。朝鮮半島の対峙状態を平和体制に変えて統一に進む過程は、大多数の国民の支持があってこそ可能であるから、極端な急進主義を排除し、自由主義と市民民主主義を志向する広範な勢力と連帯するしかない。これに加え地域的には東アジア共同体の形成を志向する。朝鮮半島の分断体制の克服と東アジアにおける平和共同体の建設という2つの課題をともに解決しようというのが創批の志向するところなのである。今回のシンポジウムで創批は、この2つの課題が別途の事柄ではなく、互いに緊密に関連しているという点を強調しようとしていた。

 

「東アジア」の国際シンポは、創批の変革的中道主義の路線を具体的に示す初めての大規模な行事だった。日本、中国、台湾や韓国の批判的な雑誌メディアの編集委員をつとめる知識人らが集まり、東アジアの平和のための市民社会の越境的な連帯をともに模索するという点で、様々な方面で意味の深い場であった。参加者らは大会の性格に共感し意味を付与しようと、単に一回だけで済ませるような行事にとどまらない方案を見出すべく努力した。中国や台湾など中国語圏4誌、日本語圏5誌、韓国4誌と、計13誌の編集陣16名が提案と討論に参加した。10万部の発行部数を誇る中国の代表的雑誌 『読書』の汪暉(ワン・フイ)主幹、現在、形成途上であるという中国市民社会に拠点をおいた最初の雑誌 『民間』の朱健剛(チュ・ジェンカン)編集委員、人文学や社会科学の領域でアジア全体を包括する最初の国際誌 『インターアジア文化研究』(Inter‐Asia Cultural Studies)の陳光興(チェン・グァンシン)編集委員、日本の代表的月刊総合誌『世界』(岩波書店)の岡本厚編集長らが参加した。

 

このシンポジウムで李南周(イ・ナムジュ)教授(『創作と批評』編集委員)が創批の立場を代弁して発表した。彼は東アジアの市民社会間の協力の必要性を強調しながら、これを創批の変革的中道主義の路線とつなげて主張した。だが、変革的中道主義が朝鮮半島の次元を越えて、いかに東アジア地域の連帯へと拡張しうるだろうか。

 

今回のシンポジウムを通じて、創批は変革的中道主義の普遍的適用の可能性を試みたいようだった。李南周は、朝鮮半島と東アジアの連帯の輪を、アメリカ的標準をめぐる対立が熾烈に展開する地域であるという点に求めた。彼は「朝鮮半島の分断体制の克服は、東アジアにおいて新たな秩序の形成と緊密に関連しながら進むだろう」とし、「朝鮮半島における変革的中道主義は、朝鮮半島という地域的範囲を越え、東アジアや地球的な次元で進歩の躍動性を強化し、東アジアの地域的連帯を豊かにする展望を提示している」と診断した。このような診断に対する根拠として、彼は「現在、韓国、または朝鮮半島が、アメリカの全的支配の拡大か、あるいはアメリカの全的支配を乗り越える新たな協力秩序の形成かを分ける、とても厳しい戦いが、他のどの地域より熾烈に進む舞台になっている」という点をあげた。

 

だが、創批の変革的中道主義がそのまますべて受け入れられたわけではない。2日間にわたって開かれたシンポジウムで、変革的中道主義は終始、熱い論争の種だった。特に国内の参加者らから多様な指摘や批判を受けた。初日に聴衆席のある参加者から、「南北統一が地域平和にとって必ずしもいいものだろうか?」という挑発的な質問が提起された。これに対して陳光興は、「南北統一が東アジア地域にとって悪いことかもしれないという言及は初めて聞く。もしかしたら同時通訳が間違って通訳したのではないか?」と聞き返していた。このような反問のように、海外の参加者たちは、朝鮮半島の統一と東アジア地域の平和を緊密に連携させて思考しているようだった。しかし彼らは、東アジアの平和に対する創批の全般的な構想に原則的なレベルで同意しているのであって、韓国の進歩陣営の危機と進路に対する具体的な討論には、あまりよく理解できていないようだった。

 

変革的中道主義をめぐる議論は、第2日の総合討論でより緻密に展開された。李炳天(イ・ビョンチョン)教授(『市民と世界』編集人)と金明仁(キム・ミョンイン)教授(『黄海文化』 編集主幹)が討論者として参加し、この変革的中道主義を集中的に批判し、それに対する再反論がつづいた。金明仁は「分断体制克服のパートナーとして現在の北朝鮮の体制指導部の進歩性を信頼することはできず、分断体制が克服されてもアメリカの標準を越えることはできないように思える」とし、「6・15宣言以後、南北の和解・協力が活性化することで、全般的に過大評価されたようだ」と指摘した。李炳天は「「統一時代」への突入にもかかわらず、民衆の暮らしはますます苦しくなっている」とし、「変革的中道主義は、1987年以後の民主化体制が新自由主義に投降する姿を正当化してしまうのではないか」と批判した。

 

韓国を初めて訪問したという朱健剛は、このような雰囲気に対して「東アジア各国間の文化的な違いが大きい。言語の違いも大きい。かなり討論が熱いが、何の話をしているのかよくわからない。変革的中道主義というから、社会変革を促進する少し柔らかい方法かと思ったが、そうでもないようだ」とイライラしていた。実は韓国の知識人らも、創批が今年になって示した「変革的中道主義」という概念の意味に対する理解が容易でない状況で、外国人らがこれをきちんと理解するのを期待するのは無理だっただろう。最初の酒に満腹にはなれないように、このような出会いと疎通の過程が積み重なって、互いに対する理解も深くなっていくだろう。その理解の幅と深みの分だけ、東アジアの協力の水準も向上するだろう。総合討論の司会をした白永瑞(ペク・ヨンソ)教授(『創作と批評』主幹)の指摘のように、東アジアの平和と連帯のためには、何よりもまず「東アジア的な脈絡で、各国が直面する問題が互いにどのような関連を持つかに対する緻密な理解が要求される」という。結局、東アジアの平和のための相互理解の第一歩は、創批が今回、国際シンポジウムの目標として掲げた「認識共同体」へと近付いていく道なのだろう。
 
 

3、「認識共同体」に向けた東アジア共同の空間

 
 
見解と理解の共有は、平和共同体へと進む前提条件である。「東アジア」のシンポジウムに集まった参加者たちは、すでに有利な条件を備えている。それぞれのメディアがあるからである。問題はそのメディアをどのように活用するかということである。言語の限界を乗り越え、それぞれのメディアを相互疎通の空間として活用する方法を模索するべきだろう。これに対する問題提起は、第2日の発表者だった汪暉が提起した。彼は「各地域の批判的諸集団の間に安定的な対話の通路を樹立し、それを地域に根づかせ、同時に(言語を含む)民族国家の境界を越える空間を新たに創出しなければならない」と主張した。東アジアの批判的知識人らの意思が疎通し、各国の状況が伝わる共同の空間を作ろうという提案に参加者はみな同意した。これによって早いうちに各国の批判的雑誌のコンテンツがインターネットを通じて交流する共同の空間が準備されるだろうと思われる。この空間が「東アジア共同の家」を建てる礎になるかどうかは、その空間を活用する人々の力量にかかっているだろう。

 

東アジアの協力と連帯における最大の障害物は何だろうか。参加者たちは各国の排他的民族主義や覇権的国家主義を主要な障害物としてあげた。特に中国の強大国化と日本の右傾化が地域平和をおびやかす要因であるとされた。東アジア地域の平和と連帯に言及する場に常に登場する「韓国の役割」論は今回も登場した。討論者として参加した徐京植(ソ・ギョンシク)教授(『前夜』編集委員)は、東アジア各国に住む朝鮮民族ディアスポラの条件を活用することを提案した。彼らに対する差別克服の方途を求めるところから、東アジアの平和を始めることができるというものである。

 

今回のシンポジウム参加者として沖縄から参加した岡本由希子(『けーし風』編集長)の発表は、近代国家主義の画一性が私たちの無意識をいかに支配しているかを考えさせる事例という点で特記に値する。彼女は発表文を通じて、「沖縄は日本だろうか?」と問い返した。日本帝国主義によって強圧的に日本人に同化させられた沖縄人の独立性を訴える彼女を、今回のシンポジウムですら単に「日本人」として紹介した限界を皮肉っていた。多くの参加者たちが彼女の発表を通じて、「沖縄は日本ではない」ということが分かったと告白した。

 

そして、シンポジウムを通じて初めて紹介された中国の季刊誌 『民間』との出会いは、新鮮な経験だった。中国において環境運動のような市民運動を展開する初めての雑誌だという。中国の変化を実感させる部分である。

 

また、汪暉は大衆性確保の問題を提起した。ひょっとしたらこの部分がもっとも重要な問題かもしれない。いくらいい雑誌を作っても大衆が求めなければその限界は明白である。彼は「批判的な雑誌は厳しい挑戦に直面している」とし、「各自の社会でいかにしてさらに広範な大衆の支持を獲得できるか。いかにして社会運動と関連を結び、エリート文化の限界を越えてレベルの高い討論の質を保障できるか。これらはみな深刻に悩まねばならない問題」であると指摘した。シンポジウムに参加した雑誌編集人ら全員の胸中奥深くにある苦悩を代弁した発言だった。

 

今回のシンポジウムで、創批の変革的中道主義や東アジアの協力の方途に関する議論が、自画自賛の内部的な集まりにとどまらないのは、それに対する批判の声にも門戸を開けてあるからである。東アジアの協力のための各国の批判的雑誌の間に作られる共同の空間の問題以上に、国内的にも意思が疎通する常時的な空間が必要だろうということを考えるにいたった。

 

この論文を創批の編集チームに渡す時点で、東アジアの国際情勢にまた新たな突発的事態が発生した。北朝鮮の挑発的なミサイル打ち上げ実験の強行は、東アジアの批判的知識人らの力量を試している。朝鮮半島をめぐる東アジアの国際情勢がどれほど厳しい状況であるかを改めて感じさせる。南北朝鮮の民間交流の限界を痛切に感じるという声があちこちで出ている。東アジアの協力と平和へと進む道は遠いが、荷物はますます重くなっていくようである。

 

 

 

 

 

 

 

季刊 創作と批評 2006年 秋号(通卷133号)

 

2006年9月1日 発行

 

発行 株式会社 創批

 

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