창작과 비평

変革と中道を考え直すべき時

『ハンギョレ』(2007.6.16)

白楽晴 | 文学評論家、ソウル大名誉教授。

 

 

1987年の6月民主抗争は一言で言って南韓社会において成功した市民革命であった。もちろん、成果には限界があり、これに対しての真剣な検討は必要であろう。しかし6月抗争は4•19革命から始まった釜馬(釜山[ブサン]・馬山[マサン])抗争、光州(クァンジュ)民主抗争から受け継がれた南韓の独裁打倒運動の努力がようやく報いられて実を結んだ画期的な事件であった。全国的な民衆参加の規模においても1960年の4•19革命を上回り、何よりも5•16(1961年)や5•17(1980年)のような軍事独裁への反転のない「民主化20年」の新たな歴史を作り出した。

 

6月抗争、又はその結果として成立された いわゆる87年体制の限界が何であろうが、この基本的な事実に対しての認識とプライド、そしてそれに伴う使命感を忘れてはならない。しかし6月抗争を卑下するような態度は却って進歩を自負している人々の間でよく見られる。手順を踏まえた民主主義と実質的な民主主義を機械的に区分し、87年以降前者が達成されただけで、後者は却って後退、若しくは6•29宣言という欺瞞的な術策のため、目前にあった民衆勝利を逃してしまった、というのが彼らの主張である。


 

一方、6月抗争に対してもう少し積極的な意味を与えた場合にも87年体制の進歩性は97年の国際通貨基金(IMF)救済金融事態によって消尽しきったため、今は新自由主義による民衆弾圧が主潮をなしている「97年体制」に値するという解釈もある。

このような主張はそれぞれ真実が含まれているだけに87年体制の限界は厳然たる事実であろう。しかもこの体制が20年過ぎた今日においてもうまく噛み合ってると信じている人は殆んどいない。何か新たな突破口を通して次の段階へと跳躍する必要性を多くの人々が痛感しているに違いない。

 

要は87年体制の成就と失敗を、より正確且つ総合的に把握する方法を見つけることである。論文の最初に筆者は6月抗争を南韓社会の成功的な市民革命と規定したが、この場合「南韓社会」が分断国家として持っている特性と限界に対する認識が伴わなければならない。それは全国的な抗争であった3•1運動と比較すると一目瞭然である。

 

6月抗争が1953年休戦協定以降、本格化された韓半島(=朝鮮半島)の分断体制を揺るがし始めたということは事実であるが、87年体制は53年体制の代替となったというよりはその大きな枠の中での新たな段階を開いたに過ぎないという限界を直視すべきである。このような事実を指摘することは、何事においても分断のせいにしてしまう「分断還元論」でも、統一さえすれば全てが解決するという「統一至上主義」でもない。

 

資本主義世界体制の新自由主義的な局面という全地球的な次元の現実を考え、統一という韓半島的な課題も南韓での6月抗争と87年体制が成し遂げた成就をしっかりと踏まえて、問題点をそれなりに一つ一つ解決していく過程と結合することにより可能であり、分断「体制」の克服という内容を含むことができるということを強調するしかない。

 

このような意味での韓半島的な視覚は韓国社会を分析するにおいて必須的な条件であるにもかかわらず、以外にも学界では殆んど論議されていない。従って「先進化」を強調する側では南北対立が持続している状況下で南韓だけの先進化が可能であるという幻想にとらわれ、南北の和解協力を無駄な親北行為として罵倒し、「平和」や「平等」を主張している進歩勢力の一角では南北の再統合過程をうまく推進させたり管理しなくても、韓半島の平和や両極化の解消が可能であるかのようにあらゆる非現実な主張と単純論理を繰り広げている。さらにはまるで分断韓国に正常的な政党政治が既に確立でもしたかのように、与党の失敗は明らかであるから野党が執権するのは当たり前のような「原則論」を主張したりもする。

 

本当に重要な問題は先進化、平和、民主主義と平等といった最も大切な価値を分断された韓半島の現実の中で具体的に実現することではないだろうか。そのためには南北を問わず、その目標の実現に決定的な制約となっている分断体制を「変革」するという目的意識を持って、分断体制の実情とかけ離れた単純論理により分裂された多くの勢力が新たに力を合わせ、真の「中道」を探し求めるべきである。そのような意味において「変革的な中道主義」が得票戦略に偏っている政治圏の「中道統合」論とは当然区別されるべきである。同時に進歩路線としても分断体制の変革作業を疎かにしたまますぐに世界体制を変えたり、若しくは市場論理の克服を夢見る急進路線とは違い、南北それぞれの内部的な変化と改革を疎かにしたまま一気に統一国家を建てようとする立場とも違う。

 

しかし2007年度の韓国の政治現実は、急進勢力や穏健改革勢力よりも、これまで53年体制に安住していたにも関わらず特に87年体制に不満を抱き、今年の大統領選挙を通して「先進化」体制を新たに出発させようとする勢力が優勢な状況である。筆者は彼らが選挙で勝利をおさめたとしても(一部の強硬論者らが大言したように)、去る10年間の改革の成果を完全にひっくり返したり、6•15共同宣言を廃棄する恐れはないと思う。それよりも87年体制を克服するどころか、 その残った命を延ばして消耗的な南南葛藤と南北対決を一層促す可能性が大きいと思われる。

 

真の「進歩論争」ならば、もちろんこのような現実的なリスクから出発し、その原因を突きとめ、対応策を考えなければならないのだが、政権の失敗なのか改革勢力の失敗なのかを初めから問い詰めるといった感じの出発では誰にとっても役に立たないだろう。

 

最後に、「変革」と「中道主義」という一見相反するかのような概念の結合が可能であるのは、我々が韓半島式の統一という特有の歴史の真ん中に位置しているからであることを想起してもらいたい。南北は6•15共同宣言を通してこれまで如何なる分断国家も歩めなかった平和的で漸進的で段階的な統一への合意がなされている状態であるだけに、この合意の実践に両極端の排除された広範囲な勢力が加わった時、戦争や革命ではない、漸進的な改革が積もり重なって真の変革へと向かうことが出来ると思われる。6月抗争20周年を迎えた韓国社会がこのような改革と変革のための大統合を成し遂げることができるよう、筆者は心より願っている。

 

[訳 : 申銀児]

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