代案体制の模索と「韓半島経済」
特集│新自由主義、正しく捉えて代案を探す
徐東晩(ソ・トンマン, 1956~2009) 尚志大教授、政治学。主要著書に『北朝鮮社会主義体制成立史1945~1961』『韓半島平和報告書』(共著)、訳書に『韓国戦争』〔原書:和田春樹著『朝鮮戦争』〕などがある。
1. 代案体制の模索
大統領選挙を控えて進歩改革勢力に対する支持率がそれほどの上昇をみせないなかで、金大中(キム・デジュン)−盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府に対する評価が様々なレベルで行われている。特に経済分野に関心が集中しており、これら二つの政府は市場主義 本稿においても新自由主義より市場主義ないし市場万能主義という用語を使用することにする。これについての適切な説明としては、金基元「金大中―盧武鉉政権は市場万能主義か」、細橋研究所シンポジウム「新自由主義時代、代案はあるのか」(2007.7.13)発題文参照(本誌本号の特集として収録されている ― 編集者)。 の流れに対処することに関しては大きく不足していたとする判断で、多くの論者の意見が一致している。さらには進歩改革的な研究グループおよびシンクタンクでは、市場主義に対処する様々な代案体制を模索する動きが現われている。
これらの模索については、たとえば「生態・平和社会民主主義国家論」「新進歩主義国家論」「労働中心統一経済連邦論」「社会投資国家論」「社会連帯国家論」などをあげることができる ハンギョレ新聞が進歩学界の代案モデルの模索を企画連載として整理·報道し、本稿もこれを土台として扱うことにする。これら内容を見られる著作としては、申栄福·曺喜㫟編『民主化 ― グローバル化「以後」の韓国民主主義の代案体制模型を求めて』(〈一緒に読む本〉社、2006)、韓半島社会経済研究会『韓半島経済論 ― 新たな発展モデルを探して』(創批、2007)、朴世吉ほか『新しい社会を開く想像力』(時代の窓、2006)、進歩政治研究所『未来攻防』2007年3·4月号、イム・チェウォン『新自由主義を越えて社会投資国家へ』(ハヌル、2006) 参照。 。政治的地形からみるなら、こういった模索は概して民主労働党支持ないし与党圏支持だといえ、過去の韓国資本主義論争におけるNL、PD系列の脈を引き継いでいるか、それらの間で中道的立場を標榜しているといえる。
これら諸議論のうち、南韓経済のみを独自的単位で設定する一国的モデルが三つと多数をなしており、そのなかでも南北関係の位置は副次的だ。ところが南北関係に関連して新進歩主義国家論が「韓半島経済論」を、労働中心統一経済連邦論が「統一民族経済論」を提示しているという点で、他のモデルとは対照的である。ここで特に新進歩主義国家論は、韓半島経済論を前面に押し出しつつ南北関係を示す表題をモデルのブランドにするという点で、これを最も重視しているという印象を与える。ただ、中身をみてみると、韓半島経済論ということで、その名称にふさわしく体系の有機的一部として南北経済関係を扱っているかといえば、不足した点が少なくない。むしろ南北経済関係が新進歩主義国家に接合されているという方が率直な感じだ。韓半島経済論はようやく出発したところであり、これから進化していく道のりは今なお遠い状態だからだろう。
これに比べて、内容的にはむしろ統一民族経済論のほうが労働主導型経済モデルの中で、より大きな割合を占めているという印象を与える。これは、統一民族経済論が連邦制に近接した枠組みを、韓半島経済論が国家連合の枠組みを前提しているという点に関わることだろう。ところが統一民族経済論は積極的な意欲と多くの有用なアイデアを含んではいるものの、まだ専門的研究に進むことはできていない状態だ。
本稿では、「韓半島経済論」を主な対象として論じていく。これには、その名称から経済活動空間を中心に「韓半島経済」という分析枠組みを提示した点に重要な意義があり、これを持続的に発展させる必要があるからだ。この立場は白楽晴(ペク・ナクチョン)の「分断体制論」に立脚した南北関係の論理を土台に、統一過程での南北連合を想定している。理論的な基盤をみるなら、自由主義国際政治経済学の経済統合論、新地域主義国際政治学の地域協力論、制度主義経済学の体制移行論、自由主義ないし批判理論の国際関係論などに基づいた総合的研究といえる。
概して進歩学界の性格は経済関係においては偏差があるが、政治関係では韓半島の平和および南北和解·協力の基調にほとんど異見はないようだ。南北経済関係や南北経済統合を扱わないモデルも、少なくとも韓半島の平和を自らが志向する「一国的モデル」が実現されることを核心的な与件として前提しているのだ。また、一国的モデルとはいっても、これらの論理のうち一部は労働中心統一経済連邦論や新進歩主義国家論よりも南北経済関係と一層親和的になる潜在力をもっているものもある。 李廷雨はヨーロッパ型社民主義のモデルが韓国経済にとって最も望ましいと主張し、その根拠として南北問題の解決を勘案する際にも政治地形的には社会民主主義モデルが相応しいとみなしている。李廷雨·崔兌旭「挑戦インタビュー: 韓国社会、市場万能主義の罠にかかる」、『創作と批評』2007年夏号。
2.「韓半島経済論」の 課題
先に「韓半島経済論」の意義を積極的に評価してみたものの、この立場は一定の限界を抱えてもいる。韓半島経済論というブランドを前面に押し出すほどに、それは理論的体系や認識的前提を備えているのか、という問題である。韓半島経済論は理論枠組みとして分断体制論を前提としている。しかし、分断体制論の経済的側面、すなわち「分断経済体制論」ないし「分断体制資本主義論」が抜けおちているという限界を抱いている。 朴玄采の民族経済論は、分断経済の克服を通じて統一民族経済を志向するという前提下で分断経済を体系のなかに含もうとする意欲をもっていた。しかし、それが学問的体系として整っているとは思われない。これに関する唯一の研究として在日同胞学者である鄭章淵の作業をあげることができるだろう。鄭章淵『韓国財閥史の研究 ― 分断体制資本主義と韓国財閥』(東京:日本経済評論社、2007)。鄭章淵は南北の経済的断絶のほかに植民地時代に形成された日本との経済的分業関係の断絶もまた「分断体制資本主義」形成の核心的契機とみなしている。しかし鄭章淵の作業も、南韓経済に限定された端緒の段階にあり、北朝鮮経済まで含んで南北全体を包括する体系にはまだ進みえていない。
分断体制論の論理は世界体制、南北それぞれの二つの体制、これを媒介する分断体制など、政治·経済·社会·文化を包括する総体的な次元で構成されているが、その主な関心事は政治的分野だったといえる。韓半島核問題の画期的進展が予想される現時点で、分断体制論が経済分野に拡大されるべきだということは、時期適切な課題だ。
分断経済体制論ないし経済分野の分断体制論は「分断還元論」に流れていかない線で、分断による南北の歴史的経済経路を分別していく作業を意味する。これは経済史的な事実確認および因果関係の整理になるが、総体的な次元において分断による犠牲またはコストを計算して見るということだ。該当時点で一国的経済を乗り越えるのにかかる機会コストを考慮することも、コインの裏表のように切り離すことのできない課題になるだろう。こういった作業は、今後の平和統一過程で念頭に置かねばならない政治戦略との有機的連関の中で南北の経済的連携を復元および形成していく糧になるだろう。
分断経済体制論の土台として特に重視されるべき学問分野は地理学であり、生態学はこれと重なり合いながら新しく結びつけられるべき認識的土台だといえる。まず、分断された南北から韓半島へと経済的·政治的空間を拡大することによる南北の連携に盛り込んでいくべき具体性は、地理学(政治·経済·社会·文化·地域的次元)の「復権」から見出さねばならない。分断とは、もっとも原初的には南北の地理的分節であり、一国体制が自然なもののように見えるように分断が体制化されることによって、社会科学も一国的な学問になってきた。この点でもっとも致命的な影響を受けた分野が地理学であり、分断体制の下でもっとも立ち後れた社会科学分野になったのである。韓国経済学において地理学的思考が自らの位置づけを確立できなかったのも、このような背景が作用したからだ。
韓半島経済論だけではなく、南北経済協力や経済統合論議は、ほとんど全面的に制度改革および統合の次元で扱われてきた。南北の異質な体制と制度を結びつける作業は、当然にしてまた必要なことである。しかし、南北経済協力ないし経済統合は、互いに分離した異なる二つの国家や体制を単に結合させることとは違った性格をもつ。韓日·韓中·韓米の経済関係と南北関係の違いは、南北が歴史的に長期間にわたる分業的連関の中で経済生活が営まれてきた空間だったという点にある。制度と体制の統合次元のみが扱われるのなら、この本質的差異は簡単に無視されてしまう。韓半島経済空間の「復元」ないし形成は、「物質経済」の連携および統合の次元を重視するという点で、経済人類学および経済地理学の観点を要求するのである。
物質経済の次元からみるなら、南北それぞれの経済水準および段階を考慮して水平·垂直的関係を含んだ複合·重層的分業関係の創出のためには、韓半島経済地図の作成が前提とされねばならないだろう。この経済地図を通じて、南北の産業はもちろん自然環境·国土·気候·資源·植生などを総合的に反映した韓半島住民たちの生産と消費生活が把握されねばならない。ここには、市場的連携を重視しつつも、現時点の南北間市場的連携が非常にわずかな水準であるだけに、これを越えた物質的関係が内在せねばならない。現在はグローバル化の流れが国際的分業関係にも圧倒的な影響を及ぼしており、より生産コストの低い地域へと生産設備を移転したり、できるだけ安価な地域で原料や部品を調逹したりするグローバル・アウトソーシングが全面化している。しかし、現時点の韓半島経済地図を作成し、これを土台に未来の韓半島経済地図を構想していくなかで、韓国経済のグローバル・アウトソーシングがどのように変わりうるのかを計算してみる作業は、必ずや通るべき過程である。
また、物質的連携には必ず生態学が結びつけられねばならない。これは、60年以上にわたった分断によってゆがめられた生態と破壊された環境を正すためであるのみならず、地球温暖化といった全地球的生態危機に直面している21世紀の時代的要求でもある。特に、南北の経済的連携が市場論理のみに委ねられる場合、南北の圧倒的経済格差はもちろん、すでに個別的発展を成したそれぞれの独自的単位の問題は、是正されることのないままにその矛盾を一層深化させる可能性がある。市場主義の弊害を是正するめにも経済地理的観点と生態的観点は重要であり、市場主義の支配が及びにくい地点もまさにこの観点の中にある。
冒頭で市場万能主義を緩和するか克服するための代案モデルの模索として、韓半島経済論が提示された点を指摘した。旧ソ連と東欧の体制転換の過程はもちろんのこと、国家管理のもとで体制移行が進められている中国の最近の変化を見る時、南北経済協力および統一は、露骨な市場万能主義が拡がる機会になりやすい。北朝鮮体制は立ち後れた経済水準を成長させていくための開発と、破綻に陥った国家社会主義体制の市場改革化という二重の課題に直面している。北朝鮮体制が外部から押し寄せる激しい市場の圧力に耐える力を、自らのうちに見出すのは困難に思われる。
南北の経済的連携は、まさに北朝鮮が直面した市場形成という課題とIMF 経済危機以後に南韓が直面した市場制御という課題が互いに結びついて善循環関係をなす、拠点経済圏の創出を志向する方向に進まねばならない。また、グローバル化および市場主義に対応する地域協力方案として、東北アジアないし東アジアの地域協力が議論されているが、この地域協力につながる韓半島経済圏の形成こそ、除くことのできない連結点なのだ。
3.分断経済体制の様相と韓半島経済圏の創出
経済的側面からみれば、韓半島の分断とは、長い歴史の過程で形成された地域的分業関係が断絶した状態で、南北それぞれが経済を遂行してきたことを指す。現在の南北韓経済は、45年当時の分断を所与の条件にした初期発展に持続的な制約を受けている。しかし、分断が長期間続いて体制化されるなかで、高速·圧縮成長が実現され、南北双方の分断とは、初期条件に対する「超克体制」だというほどに変貌した 超克体制とは、普通では乗り越えにくい条件を普通ではないやり方で飛び越えたという意味において、得るものが大きいほどにそれによる矛盾も劣らず大きい体制という意味である。。自ら分断を意識しえず、一国的発展がむしろ自然に感じられるほど相互断絶が固定化したのだ。
経済発展において先んじた北朝鮮は、典型的なスターリン主義的社会主義の工業化戦略によってアウタルキー(Autarkie〔自給自足〕)的発展経路を選んだ 北朝鮮の「自立的民族経済」は、当初ある程度の水準の国際分業を否定するものではなかったが、「主体経済」を主張する段階になってから、ほとんど自給的な閉鎖体制に他ならないほどに極端になった。。ここには初期条件として日帝時代以来の重化学工業という基盤が重要な土台となった。外延的発展段階においては中央集中的命令経済が威力を発揮するものとされていたし、戦後の50∼60年代にわたって北朝鮮は急速な経済成長をなし、短期間のうちに社会主義工業国家に変貌した。ただ、一国的完結体制を好む伝統的なスターリン主義的経済観が支配していたこと、そこに対外自主路線が結びついたこと、そしてなおかつ70年代中盤のオイルショックによる外債支払い停止にともない世界経済との断絶を選択したことで、人為的かつ過度なアウタルキー経済家形成された。
マイケル・ポーターの理論を適用するならば、南韓は初期段階の「要素主導型」発展から「投資主導型」発展への進展に成功した。しかし「革新主導型」発展へと進む過程で、重大な障害にぶつかっている。さらに、革新主導型発展へと本格的に進むことができなかった段階で「資産主導型」発展が重なっている。投資主導型発展段階において過度の対外志向的発展による国内産業間の連関性が不足したことが、革新主導型発展に限界として作用していると思われる。
南北の発展段階の格差を考慮するとき、経済的相互連携に際しては水平的·垂直的分業の両面を考慮せざるをえない。垂直的分業関係においては、北朝鮮の労働力と土地空間といった生産要素の供給は、南韓経済の活力素になりうる。南韓の資本主義が北朝鮮の市場改革および発展の触媒になるような、共存協力関係の造成が課題になる。もちろん、南韓経済の必要による後発部門の構造調整および設備移転だけが支配的な誘引になることに対しては、北朝鮮だけではなく南韓内でも、その問題性が指摘されている。したがって、垂直的分業だけではなく、先端産業の形成を期する水平的分業関係創出も劣らず重要な課題である。
4.市場万能主義と南北関係
したがって、南韓経済において圧倒的に作用する市場論理だけでは、南北経済協力および韓半島経済は成立しえず、これは南北それぞれおよび南北共同の政治戦略に立脚した経済政策を土台に形成されねばならない。とりわけ韓半島の平和とともに拡大するであろう南北経済協力は、北朝鮮経済に対する産業政策的な考慮なくしては、北朝鮮の経済基盤の完全廃棄につながる完全再編論へと進む可能性が大きい。資本主義市場の価値基準からすれば北朝鮮の産業施設はほとんど採算性がなく、市場論理だけに委ねた場合、北朝鮮の経済基盤が全面崩壊に陥ることも考えられるからだ。
5.経済地理的観点
しかし、南北それぞれは分断状態の下で断絶された部分を各自が独自に補うために無理な完結体制を志向した面があり、その反対に核心要素を簡単にあきらめた面もある。70年代、南韓の輸出志向的重化学工業化に伴う国内の産業的連関性の欠如が代表的だ。反対に北朝鮮は、無理やりに食糧自給をはかったあげく、狭い耕地面積を確張するために70年代に大自然改造事業に乗り出し、これは一時的に北朝鮮農業の一定の発展をなしはしたが、結果的は農業を破綻させた。また北朝鮮産業は、対内的連関性は確保したものの対外連関性が極度に欠け、かなりの高コストおよび非効率的な体系を脱しえていない。
経済地理的観点から見るなら、生産分野における南北経済協力は、一次的には南北の同一産業を比較して相互に連関づけるところに見出すことができる。現在の南北の経済段階および技術格差を勘案する時、北朝鮮の非鉄金属を中心とした地下資源以外に、南韓経済に直接的な利益になりそうな価値ある分野は見出しがたいことがわかっている。最近の南韓の軽工業物資支援と北朝鮮の地下資源開発の結合は、このような北朝鮮経済の実態を考えて、難しいながらも探し出した善循環方式といえる。しかし、その他にも技術および労働力、工場敷地といった生産要素の諸側面で、南北の同一産業間の連関関係の利点を見つける必要がある。
6.生態的観点
南北の工業一辺倒の発展がもたらした生態的結果も深刻だ。南韓の都市過剰集中は不均衡発展政策に主な原因があるが、分断による住居および産業空間の不足も大きく作用したはずだ。それに南韓では農·山村に対する都市資本の支配、建設資本の過剰による超土建国家化が地域の乱開発を拡げていった。南韓の不動産価格の暴騰は、誤った住宅政策に起因したところも大きいが、分断による国土空間の奇形的活用とも一定の連関があるだろう。
南北の自然条件を越えた開発もまた、南北間に相反した結果をもたらしている。南韓のゴルフ場およびスキー場建設は環境破壊の側面を一旦おくとしても、気候および地理的条件で限界にぶつかっている。一方、北朝鮮は土地の無理な農地化で豊かな観光および山林資源を破壊している。これと反対に、地理的条件のうえでは南側の農地化、北のレジャー施設建設が、より適合するかもしれない。 最近政府が出した農地転用半額ゴルフ場建設案は、南北韓全体を視野に入れた国土空間活用という観点から全面的に見直す必要がある。同じく平昌冬期オリンピック誘致計画の場合も、国土空間はもちろん気候条件まで考慮するならば、南韓の単独開催は無理なプロジェクトだ。
したがって、南北環境協力は、南北関係が生態的観点からみれば運命共同体であることを確認させてくれる最も核心的分野である。もちろん南北環境協力には他のどんな分野よりも莫大な費用が必要となるだろう。また、後れた北朝鮮の経済開発に対する意欲は、南韓や外部からの環境保護圧力と相反する素地が大きい。京都議定書をめぐる先進国と開発途上国間の利害関係の衝突が、南北関係においても先鋭化する可能性がある。微弱ではあるが北朝鮮の植樹運動などですでに確認されたことだが、北朝鮮の破壊された自然を回復する作業には莫大な費用がかかることと予想される。
7.加えて ― 韓米FTAと「都市型通商国家」
訳 : 金友子