창작과 비평

グローバル資本主義と韓半島の変革

特集 | 韓半島における近代と脱近代

 

 
 

李南周(イ・ナンジュ) lee87@skhu.ac.kr

聖公会大学校中語中国学科教授、政治学。 著書に『中国市民社会の形成と特徴』 『東アジアの地域秩序』(共著) などがある。

 

 

 

1. 保守によって専有された進歩アジェンダ

昨年の大統領選挙は保守の圧倒的勝利と進歩の支離滅裂した敗北でおわったが、最近まで進歩の危機に対して議論が続いているのは、その当然の帰結である。しかし、このような議論のなかで留意すべき事柄は、今回の大統領選挙で国民が進歩勢力に対する失望感を確かに見せつつも、進歩〔派〕の未来まで否定したわけではないという点である。

これは、進歩は結局勝利するであろうことを漠然と信じていたことによる判断では決してない。1月1日付けの『ハンギョレ新聞』に掲載された世論調査によれば、政党の理念的性向に対する選好度は進歩、中道、保守がそれぞれ28.8%、17.2%、27.9%を記録している。同じ方法で2004年に調査した結果と比べると、進歩に対する支持度が15.5%落ちてはいるが、依然として高い水準だ。また李明博(イ・ミョンバク)候補を含むすべての政治勢力が大統領選挙の過程で両極化[貧富格差社会]解消といった進歩的価値に関連するアジェンダを重要な問題として提起したという点も、国民の選択を、単純に保守的価値に対する支持とみなすことのできない根拠である。先の世論調査でも、社会福祉がよく整備された社会と経済的・物質的に豊かな社会に対する選好度はそれぞれ67.2%と31.6%であり、前者に対する支持が圧倒的に高かった。

このような要素を考慮するなら、李明博候補の圧倒的勝利は、単に保守的価値を全面に掲げた結果ではなく、彼が「実用的」というレトリックによって進歩的アジェンダを専有することができたからこそ可能だったといえる。そして、私たちは保守の政治的勝利と進歩的アジェンダの浮上という奇妙な組み合わせのうちに、李明博政府に内在する危機と進歩〔派〕の課題を見いだすことができる。

まず、李明博政府は両極化をアジェンダとして浮上させたが、これに対する解決策を準備することはできていない。大統領職務引継ぎ委員会においても、規制緩和といった財閥・企業寄りの政策に関する議論は多いが、両極化問題を真剣に扱う議論はなかなか見えてこない。李明博政府の解決策とは、「成長」を通じてすべてのことを解決できる、というものだ。ところが、新政府が発足するその前に、大統領選挙過程で核心公約として提示した7%の目標成長率を6%に低めるしかなかった現状況は、漠然とした成長主義的アプローチの限界を早くも露呈している。両極化の主要原因のうちのひとつが、成長が雇用の増加に結びつかない「雇用なき成長」(jobless growth)であるという点で、成長を通じた両極化解消という論理は非常に脆弱である。去る1月16日、韓国銀行が発表した報告書によると、1995~2006年の間の就業者増加率は7.4%で年平均0.6%の増加にとどまった。これは、同期間の平均経済成長率4~5%と大きな差をみせており、両極化が成長政策だけによっては解決できない問題であることを示している。李明博政府は今後、保守的価値のために自らの成長主義を支持した庶民を裏切るか、さもなくば保守的価値を裏切って庶民の要求を満足させる方向に進むのか、その間で選択を避けることは困難だろう。もちろん、李明博政府の政策の傾向は前者の方に傾く可能性が高く、それによって進歩陣営が国民と疎通することができる空間は拡がるだろう。

問題は、このような客観的状況が進歩の危機を自然に解決してくれるわけではないという点だ。なぜ進歩的アジェンダが保守的な解決の仕方によって専有されるのかという問題に対する解答を見つけることができなければ、進歩陣営は再び失敗を繰り返すことになるだろう。これに対して真っ先に浮かび上がる答えは、大統領選挙の敗北は進歩勢力の失敗ではなく盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府の失敗を背負ったせいである、という主張だ。これは真の進歩を区別できない国民の見る目のなさを問題視するものである。しかしこの間、国民が進歩勢力の各種代案に接する機会が、制限的であるとはいえ継続的に増加していた状況で、盧武鉉政府に対する失望が、進歩的な勢力に対するより一層の支持に繋がらなかった点に留意せねばならない。

これは、国民が自分なりに進歩勢力全体に対する評価をあわせて下したものと受けとめてこそ妥当だろう。国民はかつて進歩的アジェンダとされていた問題を解決するための処方として進歩勢力の代案を受け入れずに、李明博候補の「成長言説」の方を解決策として選択したのだ。進歩的アジェンダを保守の解決法が専有しえたことこそ、進歩の危機をもたらした最も核心的な問題である。

 

 

2. グローバルな資本主義と新自由主義の攻勢

本稿でいうグローバル資本主義は、1970年代以降に現われた資本主義発展の新しい段階を意味する。それは生産過程における国際分業の急速な発展、金融自由化によって推し進められたグローバル化とともに出現し、ソ連および東欧社会主義体制の崩壊と中国などの改革政策を通じて地域的にその影響力を大きく拡張させてきた。これは、1970年代後半から影響力を増加させた新自由主義と緊密に連関する現象でもある。したがって、長期体制としての資本主義世界システムとは区別して使っている。

それではどうして進歩的価値に対する支持と進歩勢力に対する支持が分裂したのか? 進歩主義が代案としての魅力を喪失したことは、特に韓国のみに見られる現象ではなく、世界的な次元では少なくともここ20年以上持続している現象だ。むしろ、韓国において最近まで進歩言説の影響力が強化されてきたことのほうが例外的だといえる。このような例外的状況が、かえって進歩勢力の自己省察能力を弱めた側面がある。したがって、韓国における進歩の危機も、世界的な流れとの関係の中で理解されねばならず、とりわけ進歩の再構成はグローバルな資本主義と新自由主義が出現した背景およびその影響を明確に認識することから出発せねばならない。

もちろんこれに対する議論が全くなかったとはいえないが、それがさらに悪いかたちの資本主義であり闘争の対象であるという点だけが浮き彫りにされたのみであり、その影響力が拡大した原因を分析し、これに対する具体的な対応方針を提示するには至らなかった。実践的な側面においては、過去の解決策によって現在の問題に対応することにとどまったのである。しかし、グローバル資本主義と新自由主義の攻勢がもつ次の二つの特徴から、資本主義に対する伝統的対応の限界はもはや明らかになっている。

第一、進歩的代案が一国的なレベルで実現する可能性が大幅に縮小した。これは、ウォーラーステイン(ImmanuelWallerstein)が世界システム論で強調した点であるが、彼は一国革命モデルの失敗が1968年の「68運動」を契機に姿を見せ始めたと主張した。すなわち「68運動」を「反国家主義」の出発点とみなしたのであるが、これは西欧の資本主義国家のみにとどまらずソ連などマルクス−レーニン主義的革命モデルによって出現した現実の社会主義国家に対する幻滅から始まったというのである。マルクス−レーニン主義的革命モデルは 第一段階で国家を掌握し、第二段階で国家権力を活用して新たな種類の制度を作っていくという「二段階革命」戦略だといえるが、1980年代末から1990年代初頭までのソ連および東欧社会主義体制の崩壊は、その最終的失敗を意味した。すなわちマルクス−レーニン主義的アプローチによって権力をつかむことには成功したが、このような成功はすぐさま国家間システムと資本主義世界システムの制約によって変形されるか挫折するしかない運命にあったのである。イマニュエル・ウォーラーステイン『アメリカ覇権の没落』, 韓基煜ほか訳, 創批 2004, 322~23頁. グローバル資本主義と新自由主義は、このようなモデルの失敗、代案の不在を契機にさらなる拡張を果たしえたのだ。

第二、保守主義が革新的理念へと進化した。保守主義の革新は1980年代の初めからイギリスのサッチャーとアメリカのレーガンによって行われた。これらは新しいことを疑いつつ過去のものを好んだり、個人と共同体に対する国家の干渉からの自由を追求するような静態的保守主義ではなく、革新と成長の動力としての保守主義、未来指向的保守主義を旗印とし、保守革命を推進した。このような変化を導いた主要動力のうちのひとつが新保守主義だった。新保守主義の大御所論者クリストル(Irving Kristol)は、新保守主義を回顧的で退屈なものではなく未来指向的で活気に満ちたアメリカ式保守主義であるとしてバーク(Edmund Burke)流の大陸式保守主義と区別した。そして減税政策については減税が持続的な経済成長を導くことができるという点に注目しつつ、減税を個人の財産権保護という側面からアプローチしていた自由至上主義との違いも強調した。これは、減税−経済成長−所得増加および財政能力の強化という善循環を成しうるというレーガノミクス(Reaganomics)の核心論理だった。 Irving Kristol, “The Neoconservative Persuasion,” The Weekly Standard, August 24, 2003.このような保守主義は、社会民主主義やケインズ主義の危機を乗り越えることができる代案として大衆の支持を受け、進歩主義は福祉国家の枠組みのなかで形成された既得権構造に安住し変化を拒否する勢力だという枠組みに閉じこめられていった。そして1989年からのソ連および東欧社会主義の崩壊を経つつ、このような新たな保守主義の影響力は全世界に拡がり始めた。

このような危機状況に直面してアメリカとヨーロッパではそれぞれ「ニュー民主党」(New Democrat)と「第三の道」といった、進歩主義を再構成するための試みがなされた。これは進歩陣営内で多くの論争を呼び起こしてきたが、少なくとも新しい環境のなかにあっては進歩言説に活力を与えるのに大きく貢献した。しかし韓国の進歩陣営においては、このような変化に対する積極的な対応が不足しており、そのことによる問題点が明確に現われた代表的事例が韓米FTA反対闘争である。

韓米FTAの推進によって盧武鉉政府内に存在した経済社会政策の均衡錘が新自由主義的方向に移動し、「韓米FTA 反対闘争」には他のどの争点よりも幅広い勢力が参加した。ところが盧武鉉政府がこの問題を「閉鎖か開放か」という対立構図へと押し込み、韓米FTAの正当性を確保しようと目論むや問題は複雑になった。これはあらかじめ答えの決まった対立構図であり、論争の構図は決して韓米FTAに賛成するのか反対するのかといった問いになりえなかったにもかかわらず、韓米FTA反対陣営の論理を貧しくするのに大きな効果を発揮した。韓米FTA反対勢力は、これに対して開放そのものに反対するのではなく、開放の速度とやり方に反対するという方法論的次元の論理を動員した。韓米FTAに対する反対論を集めた報告書でも「国益という言葉と同じく開放という言葉も具体的に定義されないのなら、それはイデオロギーにすぎない。常に問題になるのは、いかなる開放なのか、何に対する開放なのかである」と強調されていたが、韓米FTA推進勢力のみならず進歩勢力にとっても、本当にどのような開放なのかが問題になっている。韓米FTA阻止汎国民運動本部政策企画研究団編『韓米FTA国民報告書』, グリーンビー 2006, 9頁.

しかし問題は、進歩勢力が、急速なグローバル化の進行の中で、個別的事案に対する反対闘争を超えて、どれくらいの速度とどのような内容の開放を追求するのかを国民に積極的に説明することができなかったことにあった。このため、国民は進歩勢力の韓米FTAに対する批判を、代案およびビジョンとは距離のある情勢的対応とみなしたのであり、結局、韓米FTAという現実を受け入れる方向に世論が動いた。進歩勢力はグローバル資本主義と新自由主義の攻勢に対して単なる反対闘争を越え、ビジョンと代案を提示することができてこそ未来指向的政治勢力であると認められるだろう。

 

 

3. グローバル資本主義に対する「適応」戦略

グローバル資本主義と新自由主義の攻勢に対する対応は、追随・脱出・適応の三つに分けることができる。

第一、「追随」は積極的な動機からであれ消極的な動機からであれ、グローバル資本主義と新自由主義をグローバル・スタンダードとみなし、これを満たすことを基準として社会変化を追求するものである。これは「追随戦略」と名付けることができる。ところがこの種の戦略は、輸出を通じた経済成長という成功的経験とその過程で形成された韓国経済と世界経済との深い連関性によって韓国社会において大きな影響力を発揮しており、これは自由主義的改革勢力のうち一部が陥りやすい誘惑だ。

しかしこの戦略はグローバル資本主義と新自由主義がすでにもたらしている深刻な問題から目を背けてこそ正当化されうるだろう。現在、韓国社会で最も深刻な問題だと指摘されている雇用不足と両極化の解決が、このような枠組みの中では不可能であるということは、他の国の経験からもよくわかる。そして、むしろアメリカなど新自由主義を主導する国で新自由主義的グローバル化の問題点に対する問題提起と代案模索についての議論が活発に進んでいることとも相反する対応である。アメリカの代表的多国籍金融企業の支援を受けて作成された「The Financial Service Forum Report」も、少数に過失が集中するグローバル化の副作用に対して強い警戒信号を送っており、グローバル化によってより大きな収益を得た人々に対する課税強化、再教育強化、医療保険改善など積極的な補完政策を提案している。The Wall Street Journal, July 26, 2007.

第二、「脱出」はグローバル資本主義の外に出ることを追求する戦略である。しかし、国家次元での脱出という代案の場合、社会主義陣営の崩壊と現実の社会主義体制の変化によって、その妥当性に根本的な疑問が提起された。にもかかわらずグローバル資本主義との関係から自由ではありえない国家からの脱出あるいは国家を迂回して脱資本・脱国家的解放空間を作ろうとする試みは続いている。脱近代的志向とみなすことのできるこのような試みは、近代というプロジェクトがもつ画一性と抑圧という問題を露わにし、資本主義の彼方に向かう想像と実践を豊かにしてくれるという点で肯定的意味がある。

しかし、このような実践戦略は去る20年の間、新自由主義的プロジェクトによって資本が国家や公共性を侵食しつづけることを阻止するための適切な代案を提示しえなかった。このような戦略はむしろ「私たちが経験する日々の生においては、何人かの人がボタンを押す位置にある一方で、他の大多数の人は理由も名文も分からないままそれらのボタンが押されることを受け入れざるをえない位置にあるという事実が無視」されており、アリフ・ダーリック(Arif Dirlik)『全地球的〔グローバル〕資本主義に目覚めること』, 薛俊圭ほか訳, 創批 1998, 102頁.統制と抑圧の総体性の前に諸個人を断片化して武装解除する結果をもたらす。柳在建(ユ・ジェクォン)も脱近代的共和主義、アウトノミア運動など国家を迂回するような実践戦略に対して「韓半島と東アジアの代案的発展モデルの構想や模索がありえず、生の現場で現実として作動する権力関係に対する分析や矛盾を解決する代案的体制構想を出すことが困難だ」と指摘したが、これも同じ文脈で理解することができる。柳在建「歴史的実験としての6・15時代」『創作と批評』(2006年春号)283頁.

第三、追随と脱出という方法を棄却した後に残るのは「適応」である。適応は受動的意味で解釈されることもあろうが、中短期的にグローバル資本主義にとってかわる新しい世界体制や制度の建設は難しいという限界を受け入れるか、こういった目標設定自体が問題だと判断するなら、むしろ最も能動的な対応だといえる。すなわち、適応は制約された条件の下で生存空間を拡大すると同時に、その中でグローバル資本主義の問題点を乗り超えることのできる数々の萌芽の形成を促進する対応だといえる。前者が近代プロジェクトの枠組みの中にあるものなら、後者は近代克服の可能性を模索するものだといえる。白楽晴は近代適応と近代克服の二重課題に対して、それは「二つの同時的課題ではなく両面的性格を持った単一の課題」を意味するものであり、「適応」と「克服」の間に先とか後とかいう関係はないと説明した。白楽晴「再び知恵の時代のために」『韓半島式統一、現在進行形』創批 2006, 115頁(脚注13)。筆者もまたこのような見解に同意しつつも、同時に実践戦略を説明する場合、適応と克服を分けるよりは「適応」という概念をこの両者の意味をあわせもつ意味で使うことによって混乱を減らすことができると考える。その際、二重の課題は他の場所で使われているように「近代(化)と近代の克服」として提示することができるだろう。もちろん適応という実践においてはグローバル資本主義という環境の中で、可能ならば望ましい生の空間を作ろうとする試みとグローバルな資本主義を越えようとする解放的ビジョンとの間に矛盾と緊張が現われることを避けることができないが、それでもふたつの課題を両立することは不可能だと断定するのは妥当ではない。

近代のプロジェクトと近代克服の解放的ビジョンとの間に存在する緊張と矛盾のみを認めて両者が統一される可能性を否定することは、近代を矛盾と亀裂のない同一性として規定し、近代と近代以後を断絶した段階として捉える発想である。私たちは、特定の近代性プロジェクトや啓蒙と理性の抑圧的使用を批判することはできるが、これを近代性一般と同一視することには注意する必要がある。近代性そのものが矛盾と亀裂をはらんでいるからだ。そして、近代を克服するという展望も、近代が消滅した後の段階に現れるのではなく、このような亀裂のうちに見出すことができるのである。

実際、近代そのものに内在する亀裂を活用して近代と近代克服の課題を結合しようとする模索は、そう新しいものでもない。ムフ(Chantal Mouffe)は、合理主義・普遍主義・啓蒙主義に反対して脱中心的主体と差異に対する承認を要求する脱近代的展望を積極的に受容しながらも、近代以後への跳躍ではなく民主主義の急進化、自由主義と民主主義の新たな結合を通じて、そういった展望を実現する政治的プロジェクトを追求し、これを「近代的であると同時に脱近代的な」プロジェクトだと規定した。シャンタル・ムフ『政治的なるものの帰還』李ボキョン訳、フマニタス 2007, 25頁.〔日本語訳『政治的なるものの再興』千葉真, 田中智彦, 土井美徳, 山田竜作訳, 日本経済評論社 1998〕またウォーラーステインが、現実的に自由主義を失敗した近代のプロジェクトだとみなすと同時に「自由主義中道派に、彼らが愛用する理論(自由主義−引用者)を履行させよう」と提案したのも、このような亀裂含みの要素を活用する例と言える。彼は自由主義的要求の拡張はグローバルな資本主義を限界に直面させ、また最小限自分のした約束も実践できない自由主義勢力の虚構性を示し、新しい代案に対する模索の可能性をより一層拡大することができる結果をもたらすと考えた。ウォーラーステイン, 前掲書 344~46頁. 両者は追随や脱出とは異なり、現在に忠実ながらも新しい未来を想像することを可能にする最も現実的な戦略だといえる。そして社会経済体制の構想において最も重要な変数だといえる「市場」と「グローバル化」に対しても、このような観点からアプローチすることができる。

 

 

4. 「反市場−反グローバル化」の枠組みを超えること

現在、グローバル資本主義に対する対応は一般的に「新自由主義反対」という掛け声を中心に展開されている。しかし、新自由主義への反対の彼方に何があるのかが明確に提示されることはない。このような曖昧さは、多様な政治的志向をもつ人々にこの掛け声をともに叫ばせるという肯定的な側面もあるが、同時に新自由主義反対運動が代案をもった運動へと、そして意味ある政治勢力へと発展することを妨げる効果ももっている。最近の新自由主義批判の言説は、保守勢力にまで受け入れられるほどに広く浸透したが、進歩〔派〕がこの問題を解決しうる代案として選択されていないこともまた現実だ。1月 17日付けの『中央日報』記事「実用主義の過剰を警戒する」という金永煕(キム・ヨンヒ)記者のコラムでは「新政府が自由競争と適者生存の新自由主義へと後退するなら、去る10年の間、平等の善きも悪きも味わった多くの韓国人たちは再び混乱に陥るだろう」とし、新自由主義を現在の主たる問題として言及した。

このような傾向は、実際、現実社会主義の崩壊と変化による代案の不在がもたらした現象である。資本主義に対する代案とされていた中央集権的計画経済、生産手段の私的所有廃止に基づく経済社会体制を、もはや全面に掲げることはできなくなったのだ。したがって、進歩陣営のなかでは新しい代案を提示し、これを実現することができる能力を示すよりは、とりあえず新自由主義がもたらした問題点を暴露することに焦点を合わせる実践戦略を採ることが多かった。このような戦略は、市場やグローバル化と進歩勢力の関係を非常に曖昧なものにし、進歩的想像力を「反市場−反グローバル化」という枠組みに閉じこめる結果をもたらしている。

しかし、新自由主義反対は必ずしも「反市場−反グローバル化」を意味する必要はない。新自由主義は1970年代中盤から表面化したケインズ主義の危機を背景として、社会民主主義とケインズ主義的政策の下で自己の利潤追求が社会・政治的に制約されるしかなかった上位階級が、その制約をとり除いて資本の利潤追求活動に絶対的自由を付与するために採択した政策パッケージである。ハーヴェイ(David Harvey)は資本と労働間の「階級妥協」を通じて国家が完全雇用、経済成長、福祉などのために市場に介入することができた政治−経済的組職を「根付いた自由主義」(embedded liberalism)とみなし、新自由主義と区分した。デヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義――簡略な歴史』チェ・ビョンドゥ訳, ハンウル 2007, 27~28頁.〔日本語訳『新自由主義――その歴史的展開と現在』森田成也訳, 作品社 2007〕これは、社会と経済の区分を否定し市場を経済問題のみならず社会問題の解決手段にするという点で、市場根本主義とも呼ばれる。新自由主義という概念の曖昧さによって新自由主義よりは市場万能主義という概念が好まれる場合も多い。金基元(キ厶・キウォン)「金大中-盧武鉉政権は市場万能主義か」『創作と批評』 2007年秋号 173~75頁.しかし、新自由主義のより本質的な特徴は、資本と社会との間の力の均衡を資本に傾けさせ、国家を資本の無制限な利潤追求の道具にするところにある。このような政策はすでにグローバルな次元で、あるいは一国的な次元で上位階級への富の集中と両極化を深化させ、企業らの道徳的な弛緩と無謀な投資による経済・金融危機を周期的に発生させており、むしろ市場経済の基盤を崩壊させる結果をもたらしている。

このような新自由主義の問題点を正確に理解するには、ブローデル(Fernand Braudel)の資本主義に対する説明が非常に役に立つ。ブローデルによれば、資本主義は市場経済と区分される領域であり(彼はここに日常生活という領域を追加し三段階の図式を提示した)、資本主義は(競争的で透明で開放的な交換領域としての)市場経済に対する排除が実現する領域であるという意味で反市場的なものであり、したがって必ず権力の位階構造と国家の保護を要するものである。フェルナン・ブローデル 『物質文明と資本主義 II−1: 交換の世界 上』, 朱京哲訳, 鵲 1996, 323頁.ブローデルは資本主義と現実社会主義の双方が、創造性と革新の源泉である諸個人の生産と交易の自由を除去し、資本の独占や国家の独占に帰結したと考える。フェルナン・ブローデル『物質文明と資本主義 III−2: 世界の時間 下』, 朱京哲訳,  鵲 1997, 868~70頁.ウォーラーステインはこのようなアプローチに対して「ブローデルがいう「市場」を擁護することは、結局、世界の平等化を志向することにつうじるように思われる。(…)またそれは、私たちの視角を結局のところ逆回しにする。ある意味(ブローデルのいう)市場の勝利は、もはや資本主義体制の兆候ではなく世界社会主義の兆候だということが判明するかもしれない」と指摘した。イマニュエル・ウォーラーステイン『社会科学からの脱皮』成白庸訳, 創批 1994, 269頁.〔日本語訳『脱=社会科学――19世紀パラダイムの限界』本多健吉訳, 藤原書店 1993〕

したがって新自由主義への反対は、市場を否定するのではなく、資本の独占を強化する政策とゲームの規則を修正することに焦点を合わせねばならない。すなわち、独占化傾向を統制するための政治的・社会的制度と市場経済を結合する社会経済モデルこそ、新自由主義的モデルや現実社会主義の経済モデルの問題点を克服することのできる、ブローデル的な意味での市場経済を強化しうる代案となるだろう。これが調節市場経済や社会的市場経済に対する模索が続いている理由、そして今後とも必要な理由である。

グローバル化の場合にはより複雑な側面があるが、やはり同じ文脈で理解することができる。現在のグローバル化にとっては、新自由主義的プロジェクトが重要な動力になっている。しかしながら、グローバル化は新自由主義と等しいものではない。ヘルド(David Held) などは、グローバル化を、各地域の人間たちの間の相互連結性が増大する過程を指すものと規定したうえで、新自由主義的グローバル化は、その熱烈で忠実な支持者または批判者たちがよく示唆するほどに確固とした実体ではなく、グローバル化は新自由主義的プロジェクトの限界およびそれに対する反発がますます明確になる過程でもあると指摘した。デヴィッド・ヘルドほか著『全地球的変換』趙孝濟訳, 創批 2002, 679頁.〔日本語訳『グローバル・トランスフォーメーションズ―政治・経済・文化』古城利明, 滝田賢治, 臼井久和, 星野智訳, 中央大学出版局 2006〕

実際のところ、グローバル化に内在するこのような矛盾した諸要因によって、新自由主義的グローバル化は自らを脅かしうるグローバル化の趨勢を強力に統制しながら進まざるをえない。まず、新自由主義は独占的利潤を下支えする政治・軍事的基礎としてアメリカの覇権に寄り掛かっているのであるが、このような覇権体制の動揺は、すぐさま新自由主義の危機に直結するだろう。また、移民問題も新自由主義的プロジェクトを脅かす非常に重要な要素であり、これに対する強力な統制・管理体制が作動しない場合、中心部の蓄積構造も危機に直面する可能性が高い。したがって、新自由主義的プロジェクトは独占的国家権力をより積極的に動員せねばならない運命にある。ところが最近、イラク戦争を前後してアメリカの覇権の危機が深まっていることと不法移民問題がアメリカ大統領選挙の最も重要なイシューのうちのひとつとして浮上していることなどは、このようなプロジェクトの運命があまり順調ではないことを示している。グローバル化の中に存在する新自由主義的動力と、これに対する抑制力との間の矛盾関係をいかに活用するのかによって、グローバル化は単に新自由主義的プロジェクトのグローバルな拡散ではなく、人類社会をより人間的な社会に変えると同時に脱近代の展望を押し広げていく媒介になりうるのである。

したがって、市場とグローバル化は進歩的価値と両立しえないという枠組みから脱する必要があり、新自由主義反対運動は市場とグローバル化に対して、より人間らしい社会を形成していく動力、近代と近代克服という二重の課題を追求する動力という積極的な意味を付与して、代案をつくりだしていかねばならない。

 

 

5. グローバル資本主義と変革的中道主義

市場とグローバル化の積極的な側面を活用して新自由主義の攻勢に対応することは、「第三の道」構想の核心的内容である。「第三の道」の具体的内容に対して、少なからぬ批判が提起されたが、このようなアプローチの仕方そのものを否定することは容易ではない。例えば「第三の道」、とりわけブレア (Blair)の政策を強く批判したホール(Stuart Hall)も、市場と公共善、個人と共同体の関係を再調整するにあたって「第三の道」と共有できる部分は多いと認めている。スチュアート・ホール「何が変わったのか」、エリック・ホブズボウム(Eric Hobsbawm)ほか著『第三の道はない』魯大明訳, 当代 1999, 54~55頁.

韓国で最近になって「第三の道」が政治的レトリックとして多用されるのも、このようなアプローチの仕方がもつ魅力を示している。問題は、これらが主張する第三の道が、いかなる哲学的基礎をもっているのかが不明であり、ただ過去の進歩〔派〕と自らを区別するためのレトリックとしてのみ活用されるケースが多いという点だ。とりわけこのようなレトリックが実用主義と結びつく場合、問題はさらに明確になる。実用主義の積極的な意味は、目標を効果的になしうる手段を見つけるための方法論にあるといえるが、志向と目標が明らかではない状態で実用主義のみを強調することは、進歩派のアイデンティティの喪失に帰結するだろうからだ。そして「第三の道」を韓国に適用して政策目標を決める際には、韓国の特殊性を考慮する必要がある。

まず、「第三の道」は強力な福祉国家あるいは社会民主主義システムが構築された状況において、福祉国家システムの硬直性を打破し経済の活力を強化するためのプロジェクトである。ところが韓国はすでに成長至上主義の発展国家モデルから脱して福祉体制を作っていく段階にあり、両極化問題が深刻化している状況にある。よって、別のアプローチが必要だ。すなわち福祉の強化、それも質的な側面だけではなく量的な側面での福祉サービス拡充と所得分配構造の改善が優先的かつ明確な政策目標として提示されねばならない。

しかし同時に、福祉体制強化のための税負担率の増加をどのようになすことができるのかという問題に対して現実的代案を提示しなくては、この目標を果たすことはできないという点も認めなければならない。ここ何年かの間、「増税論」が本格的に議論される前に座礁した状況から分かるように、税率引き上げに対する抵抗心が強い状況においてこれは決して掛け声によって解決できる問題ではない。このようなジレンマを乗り越えるために、財政を先に投入して福祉の恩恵を増加させてから増税を追求するという、逆の発想も提起された。鄭勝日「新自由主義と代案体制」『創作と批評』2007年 秋号。

しかしながらこれは、少なくとも次の二つの問題に対する具体的な解決法とともに提出されなければ、無責任な代案とみなされる可能性が高い。第一、福祉を強調することが成長や革新と対立するわけではないという点を説得しなければならない。実際、福祉と成長、革新という目標が対立するものではないということは、北欧諸国の事例によって確認することができる。ゾ・ヨンチォル「アメリカモデル、ラインモデル、ノルディックモデルの経済成果比較評価: アメリカモデルは追うに値するモデルか?」『動向と展望』2007年夏号。にもかかわらず、これらが互いに対立するという印象を与えることは、客観的能力を超えた無理な目標設定や市場に対する規制のみを強調するアプローチがもたらした結果でもあるが、より根本的には、両者をいかに結びつけるのかについての真摯な代案や検討がなされないことに原因がある。第二、予算の増加がすなわちサービスの質を保障するのではないという点で、需要者の要求を満たすことのできる福祉サービス体制を作らねばならない。例えば需要者がサービス提供機関(民間機関を含む)を自分で選択できるようにするバウチャー(voucher)制度の導入について、それは福祉サービスの市場化に帰結することで多くの副作用がもたらされる可能性が大きいという点で論争を呼び起こしているが、福祉体制強化と結合することができるのであれば、無条件に反対すべきものではない。これには、単に保守勢力との妥協の可能性だけではなく、福祉需要者にも選択権を与えるという視角でアプローチする必要がある。

また「第三の道」構想を韓国に適用するためには、必ず分断体制というプリズムを通さねばならない。分断体制は、進歩的で実現可能な政策を作るのにあたって必ず考慮されねばならない変数である。雇用政策、福祉政策などを分断体制という状況との連関なしに論じることには無理がある。例えば現在、移住労働者50万人時代が雇用構造に大きな影響を及ぼしているが、今後、北朝鮮の労働力という変数を考慮することなくして韓国の雇用政策を樹立することは難しいだろう。そして、福祉の目標を定めるにあたっても、北朝鮮との社会統合のレベルと経路を考慮する必要がある。昨年、進歩政治研究所から「社会国家」という志向を基礎に政策提言をまとめた本が発刊された。これは議論が理念と価値にとどまるのではなく、政策的領域まで進んだという点で肯定的意味をもっている。しかし個別の争点に対しても討論すべき点が少なからずある。なかでも全体的に南北韓の平和体制問題のみを簡単に言及するにとどまっており、南北関係の変化が南韓内の社会経済体制に及ぼしうる影響、南北関係の変化を契機に南韓を含む韓半島が社会・経済的により望ましい姿になるような提案は全く見当たらなかった点が目についた。このような問題点から、果たして社会国家に込められた諸政策が今後の10年の変化に効果的に対応できるかどうかに対して疑問を提起せざるを得ない。進歩政治研究所編『社会国家、韓国社会再設計図』、フマニタス、2007年。

さらに重要なのは、進歩的目標を達成するのに有利な方向へと分断体制を克服していくことが重要な意味をもっているという点だ。具体的な方法については「複合国家論」「ぬらりくらり統一論」などが提起されてはいるが、ここで詳述することは避けよう。議論の詳細は白楽晴(前掲書)参照。ただ、分断体制が変革の展望に対して肯定的な役割を果たしうる二つの側面を強調しておきたい。

第一に、成長戦略における意味である。先述したように、進歩が反成長主義になってはならないし、韓国内でどのような新しい成長動力を探し出すのかについての、進歩なりの代案を提示せねばならない。これに関していえば、北朝鮮との経済協力は新たな可能性を提供してくれるものであり、これに対して進歩陣営内でのより積極的な議論が必要である。

第二に、分断体制の克服は新自由主義に対する積極的な対応であり、変革の地平を広げる契機を提供してくれる。まず、新自由主義の政治・軍事的基礎であるアメリカの覇権主義に新しい亀裂を生じさせ、変革の地平を広げることができるだろう。また、現在、東北アジア諸国の間でおこなわれている熾烈な競争は、東北アジアにおいて新自由主義的言説が急速に広がっていく重要な原因として作用しているのであるが、もし分断体制の克服によって東北アジア内で和解と協力の基盤を広げることができるなら、新自由主義に対するより積極的な対応の基盤をつくるのに有利になるであろう。

白樂晴(ペク・ナクチョン)は、分断体制を克服できる、そしてこれを通じて新自由主義の攻勢に対応することができる方法として民衆主義勢力、民族解放勢力そして自由主義的改革勢力の三者結合を可能にする「変革的中道主義」を提案した。三者結合のみがこのような目標を実現させる動力を形成しうるのであり、ある一勢力や二者の結合だけではこの課題を解決することはできないとした。白楽晴「変革的中道主義と韓国の民主主義」(前掲書)。実際、先の二つの主要目標が幅広い勢力の連合を要するという点はあまりにも明白である。ギデンズ(Anthony Giddens)も第三の道を説明するなかで「急進的中道」(radical middle)というアプローチの仕方を提示していた。アンソニー・ギデンズ『第三の道』, 韓相震ほか訳, センガゲナム, 1998.〔日本語訳『第三の道―効率と公正の新たな同盟』, 佐和隆光訳, 日本経済新聞社 1999〕両者は空虚なラディカリズムを拒否し、現実的制約の下で実現可能な進歩的路線の探索を強調するという点と、急進主義的あるいは変革的な目標の達成は少数の先導による闘争ではなく幅広い合意を通じてこそ可能だというところで認識を同じくするという共通点をもっている。

しかし、ギデンズの急進的中道における急進という表現が、左派的価値との連続性を強調する概念だと考えるならば、変革的中道主義における変革性は単なる左派的価値との連続性ではなく、分断体制のなかにあって韓国の中道主義がもつであろう躍動的作用を強調するという点で、さらに積極的な意味をもっている。すなわち「第三の道」が近代のプロジェクトを超えるという展望を全く提示しえないのとは異なり、変革的中道主義は分断体制の克服が新自由主義により大きな亀裂を生じさせ、新たな変革の実践空間を拡大する可能性に注目するという点で、近代克服の展望を内包しているのである。

 

 

6. 李明博政府の登場と進歩勢力

最近、進歩陣営の進路模索に関する討論のなかで「創造的」分化の必要性が提起されている。進歩陣営は自由主義的改革勢力との違いを強化してこそ、進歩勢力の発展が可能だという判断に基づくものと見受けられる。盧武鉉政府の失敗が進歩の失敗だと規定される状況に対する反応ともいえる。

このような論理は、制度圏内の自由主義的改革勢力が韓米FTA などの新自由主義的傾向に投降的態度を見せることや、地域主義・縁故主義的政治行動を見せることに対する批判として使われるのであれば肯定的な意味があるだろう。しかし、創造的分化が中道の知恵を放棄する方向へと向かうなら、これは発展ではなく退歩というものだ。進歩に必要なのは、勢力の分化と分裂を加速化することではなく、より多くの人を自らの周りに結集させることができる路線を定立することである。

実際、これまで創造的分化論を通じて線引きしようとする自由主義的改革勢力と進歩の間に、区分がなかったわけではない。制度圏の内側だけを見ても、統合新党と民主労働党の区分が存在してきたし、国民の政治的選択もこのような違いを考慮してなされてきた。 問題は、統合新党などの自由主義的改革勢力に失望した国民が、だからといって民主労働党のような進歩勢力の支持には向かわないという点だ。より進歩的なアジェンダの不在、進歩と自由主義的改革勢力の未分化が問題ではなく、進歩勢力も自由主義的改革勢力も新自由主義に効果的に対応することができる代案を欠いていたことが問題なのである。ただ、このような失敗によって民主労働党、統合新党(大統合民主新党)あるいは他の政治勢力の間に、新たな進歩を主導するための競争がいつになく活発に進められる政治的環境がつくられはした。しかし現在までこのような課題に対処する進歩内の議論は「創造的」分化とはかけ離れているようだ。民主労働党内での新しい方向に対する議論は「従北主義」か「反北主義」かという退行的論争へと転落したが、このような論争の構図は、今後とも進歩陣営の足かせになる素地が大きい。従北主義というものが存在するなら、これは当然批判し乗り越えるべき対象である。しかしその克服は、また別の偏向に向かうのではなく、南韓〔韓国〕内の改革課題と分断体制克服という課題を統一しうるビジョンと代案を提示し、この目標のために団結できるすべての勢力を結集させることを通じてのみなされうる。そしてその方法は、変革的中道主義から大きく脱するものではない。

結論をいおう。進歩勢力は、市場と開放が進歩的価値と衝突するという自らに内在する先入観を乗り越えると同時に、分配、福祉、分断体制克服などが成長および革新と衝突するという保守的枠組みを壊すという、二つの方向性へと進歩理念を再構成し、このために団結可能なすべての勢力との連帯を追求せねばならない。もちろん、その中で多くの目標の間の衝突は避けがたく、また、このような努力がどれほど根本的に世界を変えることができるのかという疑問からも自由になりえずにいる。しかし変革的中道は、このような緊張に耐えながら進むことを要求するのだ。これは、かつてのユートピアを今・ここで実現しようとしてきた実践によって、新自由主義というさらに極悪な形の資本主義出現の道が開かれたこととは反対に、中道的な道こそむしろ、長期的に近代克服の基盤をつくっていくために、より肯定的な役割を果たしうるという信頼に基づくものである。(*)

 

 

 

訳=金友子
季刊 創作と批評 2008年 春号(通卷139号)
2008年3月1日 発行
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