창작과 비평

4大江事業、どこへ行くか

特集 | 李明博時代の折り返し地点、ガバナンスの危機

 

 


朴昌根(バク・チャングン)   ckpark@kd.ac.kr
関東大学校土木工学科教授。(社)市民環境研究所所長、大韓河川学会副会長。著書に『持続可能な水管理政策』『水管理、如何にすべきか』(共著)などがある。

 

 

社会基盤施設(SOC)は道路や港湾、鉄道のように、生産活動に直接的に使われはしないが、経済活動を円滑にするため必要な施設物を意味する。このような施設物に対する投資は、その規模が非常に大きく、その効果は社会全般に及ぶため、一般的に私企業の次元で進められず、政府や公共機関が国民の税金を財源にして、公的な価値を持った事業として推し進める。4大江事業もまた、その目的が水の確保、洪水の予防、それから河川水質の改善という公的価値を持っているので、政府の次元で事業を遂行するのは当然である。

しかし効率性が裏付けられずに、環境的にも深刻な悪影響を及ぼすなら、また社会的合意に基づいていないなら、この事業は妥当性を喪失する。不幸にも現在推進中の4大江事業は効率性もなく、大規模な環境破壊を呼び起こし、国民の80%位が同意していないにも関わらず、政府は24時間、昼夜をおかず電光石火のように推し進めている。命をかけた速度戦で、もう取り返しが付かないという点を強調しようとする意図だと思われるが、このような無理な進行そのものが4大江事業はそれほど妥当性を備えていないという事実を認めることである。

 

命名の実体

 

「4大江蘇生事業」という命名は、「死んでゆく河川」を生き返らせるというイメージを植付けようとする名付けであった。「蘇生」という単語は、国民に4大江事業があたかも正しく、必要な事業であるかのように感じさせる。4大江事業は洑の建設と大規模の浚渫、それから河辺に公園を作ることなど、四つの大きな河川にありきたりの、似たり寄ったりの事業を進行している。漢江を「幸せの河川」、洛東江を「経済の河川」、錦江を「文化の河川」、栄山江を「生態の河川」と命名して、この事業が完了すると、あたかも幸せが満ち溢れ、経済が回復し、文化が栄え、生態が蘇るようなイメージを伝えようとする。

このような命名は人々の「思考の枠」を一つの方向に固定させ、その本質的な姿を隠す役割をする。4大江事業にあまり関心のない人々は、この事業を「死んでゆく河川を生き返らせること」だと認識するだろう。4大江事業が取り返しのつかない環境破壊を呼び起こすという厳然たる事実に対して、政府は敢えて顔を背き、この事業の問題点を指摘する市民社会団体と専門家たちを「反対のための反対」をすると責め立てる。そうしながら政府は4大江事業を行なったら、洪水が防御され、水が確保されるし、水質が改善されるといったバラ色の画を提示する。それにも関わらず、4大江事業に反対する世論が激しくなると、それは広報が足りなく疎通がうまくできなかったためだと主張する。

広報は事実と真実より「何とかうまく包装して伝えることが重要である」という意味を孕んでいる。 金蒼浩、『再び進歩を考える』、ドンニョク、2009、167頁。 事実と真実を孕んでいない一方的な広報は、一時的に人々を騙すことはできるが、結局はその虚構性が現れるだろう。また疎通は利害当事者たちの間で、透明な条件下で事実と真実を確認し交換する手続きである。政府がこれまでどんな疎通の姿勢を示してきたか疑問に思わざるを得ない。このような点を念頭に置いて4大江事業の進行状況を見てみると、「蘇生」という尤もらしい名づけで否定的な要素を隠し、もとの姿とはかけ離れた加工された資料を一方的に広報することにのみ熱中している。4大江事業の真実を明かにする疎通の空間はどこにもない。

水の流れを停滞させて水質を悪化し、魚の移動を防ぐ洑の建設、生物の産卵處と棲息の場を河川から抉る大規模な浚渫が4大江事業の主な内容であるが、これが河川「殺し」であることは明確である。だから4大江「蘇生」という言葉は、「言語の冒瀆」「言語を汚染すること」だという評価さえ出てきている。 金丁勖、「4大江事業の問題点と真の河川蘇生」、『環境と生命』2010年春号、161~75頁。

 

4大江事業の概要

 

現政府の緑(日本で言うエコロジーのこと─訳注)ニューディール 政府は低炭素エコロジー成長のビジョンを実現するための方案として推し進めている緑ニューディールの具体的目的が「緑(Green)とニューディール(New Deal)を共に推進することによって、潜在的な成長動力だけでなく職場の創出など、具体的成果が得られる政策として昇華・発展すること」であると明かしている。(国務会議報告資料、2009.1.6)。   における一番目の核心事業として選定された4大江事業に対する中間発表の事業概要が去年の4月27日、国土海洋部と環境部の報道資料の形で発表された。これによると、「4大江活性化を通じた国土の再創造」を目標として、①水の確保、②洪水の防御、③水質の改善と生態復元、④住民と共にする複合空間の創造、⑤河川中心の地域発展という5代核心推進課題を選定した。

これに対する細部事業の計画を、2008年の「4大江整備事業」と比較してみると、次のようである。22兆ウォンが費やされる、壇君以来の最大の土木事業であると評価される4大江事業が、六ヶ月という絶対的に足りない期間に密室で準備された。長くて六ヶ月、短くは40日ぶりに予算が14兆ウォンから22兆ウォンへと、8兆ウォンも増加したという事実一つから見ても、この事業がどれ程粗末に進行されるかがわかる。「河道整備」という名目で進行される浚渫は5.4億m3として2.6倍増加したし、河辺に親水空間を設けて平時には湿地として利用し、洪水時は水を一時的に貯蔵する施設物である「河辺貯溜池」は、当初の21個から4個へと、大幅減った。また運河へと移行できる決定的な河川構造物である洑の数が当初の5個から16個へと、大幅増えた。

 

水確保論の虚構性

 

4大江事業の核心は16個の洑の建設と、大規模の浚渫であると言えるが、政府はこれを水確保と洪水防御、それから水質改善を兼ねた多目的事業だと主張する。一度に三匹の兎を捕えるといったものであるが、世の中にそんなタダはないばかりでなく、特に土木分野では想像もできぬことである。もしそれほどよい事業ならば、なぜこれまで洑の建設と大規模の浚渫を行わなかっただろうか。

先述した国土海洋部と環境部の報道資料(2009.4.27)によると、「近い将来にやってくる水不足と日照りに対処できるよう、洑・ダムの建設、農業用貯水池の開発などを通じて充分な用水(13億m3)確保」を4大江活性化の一番目の目的として提示した。しかし政府の主張で「近い将来」は明確な説明なしに抽象的な概念として使われている。

4大江事業の計画を始めた2008年を基準にして「近い将来」である2011年度における韓国の水事情がどうであろうかを見てみよう。(表1) 河川法における最上位の計画である水資源長期綜合計画によると、2011年度の水不足量は3.4億m3であるが、4大江事業で13億m3の水を確保する計画である。それに韓国の場合も、先進外国のように2016年を頂点にして水の使用量が減ることと予測している。水が不足であれば開発しなければならないが、 去る政府で韓国の水確保政策の基調は、ダム建設などで新規の水資源を開発することではなく、水需要を管理して水使用の効率を高めることであった。参考として韓国の漏水率は約12%に及ぶが、老朽管路の改善などで水確保のような効果が得られる。 あまりに過度である。

 

<1> 4大江事業の水確保の方案 (単位: ㎥)

 

区分

水資源長期綜合計画

2011年の水不足

4大江事業の水確保

合計

(浚渫を含める)

ダム

農業用貯水池

確保量

確保量

確保量

漢江

0.42

0.5

3

0.4

 

 

12

0.1

洛東江

(+)0.11

10.2

8

6.7

3

2.5

31

1.0

錦江

0.61

1.1

3

0.5

   

31

0.6

榮山江

蟾津江

2.37

1.2

2

0.4

   

22

0.8

合計

3.40

13.0

16

8.0

3

2.5

96

2.5

 

またより細部的に見てみると、洛東江圈域の場合、2011年にはむしろ1100萬m3の水が残り、2016年に至って2100萬m3ほどの水が不足となると分析した。このような状況で4大江事業を通じてここに2級水、10億2000萬m3を確保するとのことである。また政府は4大江事業とは別途に、洛東江圈域の釜山取水源を南江ダムに、大邱取水源を安東ダムへと移転する事業を準備中である。これには約2兆ウォンの予算が費やされる。不必要な水を、それも綺麗な水を充分開発したならばその水を使えばいいのに、別途に取水源を開発するということは、社会的共感帯を形成しにくい。このように無理な事業を推し進めること自体が4大江事業における「水確保論」の虚構性を示すものである。

一方、2011年に水不足が最も深刻な地域は、榮山江・蟾津江圈域である。しかし4大江事業によると、榮山江・蟾津江圈域で2012年まで確保する水の量は1億2000萬m3であるが、水不足量は2億3700萬m3に及ぶので、4大江事業の一番目の目標である水確保の真正性に深刻な疑問が生じる。2011年に予想される水不足に効率的に対処しようとするならば、洛東江圈域よりは榮山江・蟾津江圈域で水をより多く確保することが妥当である。

1990年代以後、日照りによって2回以上、水不足を経験した常習日照り被害地域は62個市・郡で、山間農村地域と島嶼海岸地域である。4大江事業が進行される地域で水が不足して制限給水を行った事例は、少なくとも去る30年間なかったし、洛東江地域で水が毒物などで汚染されて飲み水を円滑に供給できなかったことがあるだけである。韓国の水問題の核心は水量確保ではなく、水質改善であり、特に関心を注ぐべき地域は、国家の支援から相対的に疎外されたり、常習的に水不足を経る所である。

より根本的な問題は4大江事業で確保した水を利用する計画が、全く樹立されていないという点である。異常気候で水不足が予想されるため水を確保するというのが政府の論理である。だとしたら、わが国土のどこに、水がどれ程不足なのかを分析し、それを確保するための様々な工学的代案を設けるべきである。それから各代案が経済的に妥当なのか、環境的に健全なのか、社会的に受容可能なのかなどに関して綿密に検討した後、最適の水確保の方案を確定することが教科書的なる手続きである。しかし4大江事業の水確保は浚渫と洑の設置をやっておいてみたら、水が8億m3確保されたという論理に基づいている。 2009年6月24日、国会立法調査所で筆者は4大江マスタープランの作成責任者である韓国建設技術研究員のキ厶・チャンワァン博士と4大江事業と関連して一対一の討論を行った。この際、彼は「洛東江に浚渫しておいてみたら、(洑の設置とダム建設などを合わせて)10億トンの水が確保された」という要旨の発言をした。 4大江事業で水を確保するという目的は、その妥当性を失っていると評価できる。

 

洪水の防御は本流ではなく支流で

 

洪水調節能力を9億2000萬m3増大させて、洪水から安全な国土を作るというのが4大江事業の二番目の目標である。これのために大規模の浚渫、ダム建設と農業用貯水池の開発などを推し進めるとの計画であるが、これは洪水を防御するという総論的次元では適切であるが、細部事業は現実と掛け離れている。韓国防災協会によると、国家河川 河川法第7条によると、国家河川は「国土の保全上、または国民経済上、重要な河川として国土海洋部の長官がその名称と区間を指定する河川」を言う。4大江事業は国家河川の一部区間で進められている。2002年と2003年に台風で洪水が発生した際、4大江の本流で水が溢れ出して堤防が流失される洪水の被害はなかった。   で発生する洪水の被害額は、全体の3.6%に過ぎず、被害の殆んどは支流で発生する。しかし現在進行中の洪水防御事業は4大江の本流に集中している。従って4大江事業は洪水が本流より支流で頻繁に発生するという反対論理に直面した。これに対する政府の主張は、本流で洪水の水位を下げると、支流でも防御となるというものである。つまり、支流洪水を防止するため、本流の水位を下げるという論理である。このような方法は工学的に極めて間違ったものである。世界どの国でもこのような論理で支流の洪水を防御する計画を樹立した場合はない。思うに、4大江事業を進めながら急造された理論に過ぎない。

本流の水位を下げると、支流の水位もある程度下がるのは事実であるが、その範囲は限定的であり、長くても合流点から支流方向への2km内外である。それに本流地点で水位が下がると、接合部で流速が早くなってコンクリートなどで補強しない場合、堤防が崩れる危険が生じる。これを防ぐため、洛東江92個支流と本流の合流地点に、河川底の高低の差による侵食を防止する落差工(Sohlenstufe)を設置する計画だと言う。また、洑直上流地域に位置した支流の場合は、本流の水位が上昇するにつれて、却って支流洪水の危険を加重させることもある。消防防災庁は国土海洋部に送った公文(2009.3.23)で「4大江の本流のみ整備する場合は、背水位(本流で水位が上昇すると、支流でも上昇する現象)の影響で築提高(河川に沿って築いた堤防の高さ)が低い小河川の区間に被害が予想」されると、検討意見を提示したことがある。

洪水を防御する教科書的な方法は、支流で発生する洪水量を下げて本流の洪水負担を下げてあげることである。支流で各種の開発事業で洪水量が増加すると、貯溜池などを支流に設置して増加した洪水量を相殺させてこそ本流が安全となる。去る盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府では2006年、洪水割当制を施行する計画を打ち立てたことがあるが、洪水割当制とは支流に洪水量を割り当て、開発などで洪水量が増加すると、支流の次元で増加した洪水量を低減させて本流に影響が及ばないようにする政策である。

 

逆行する水質改善と生態復元

 

国土海洋部は水質改善のため汚染度の高い34個流域を重点管理するなど、2012年まで4大江の90%以上を「よい水(2級水)」へと改善するという三番目の目標を提示した。しかし4大江事業に16個の洑が設置されるとの内容が発表されるやいなや、洑の設置時、流速が遅くなって水質が悪化するという評価が相次いだ。これに国土部と環境部は2009年4月28日の解明資料で「洑を設置することだけで水質が悪化するわけではない」としながら、流量と汚染源の流入量によって水質が左右されると説明した。だとしたら、流量と汚染源の流入量が一定な条件で、洑を設置しない場合と設置した場合の水質を比較評価することが妥当である。こんな根拠に欠けた政府の解明資料は、「他のすべての条件が同じである場合、洑を設置すると水質がより悪化する」ということを認めたものに過ぎない。あまりに常識的な論理を敢えて弁明している政府の姿が気の毒なほどである。

洑が設置されると水質はかえって悪化するという研究結果は、政府の研究機関からも出たことがある。去年の4月15日、環境部の内部会議である「4大江河川健康性回復対策会議」で国立環境科学院は、4大江に洑を10個余り立てる場合、水質が悪化するとの分析結果を報告した(『朝鮮日報』2009.4.22)。国立環境科学院は国土部の依頼で4大江整備事業のマスタープラン樹立の研究用役を担った韓国建設技術研究院から水質予測分野の一部を渡され、遂行した。研究結果によると、洑を設置すると、豊富となった水量が汚染物質を薄めて汚染度を下げる肯定的な効果もあるものの、それよりは水の流れが遮られて汚染度を高める否定的効果がより大きく現れた。

最近、4大江事業関連の裁判過程で国立環境科学院は既存の立場を180度変えた。約1500頁に及ぶ環境影響評価書のなかでせいぜい4頁を割愛して、4大江事業を完了すると水質が改善されるという結果を提示しているが、そのまま信じてほしいとのことである。洑を建設すると水深が深くなってかえって水質がよくなるという荒唐な論理は度の過ぎた歪曲である。洛東江の場合、栄養物質が豊かであるため、水を停滞させる場合、富營養化が発生し、水深が深くなるほど停滞時間が長くなって水質はむしろより悪化する。滞った水は腐るに決まっている。

 

外国から見た4大江事業

 

4大江事業に対する外国専門家たちの立場は、一言で言って冷ややかである。科学専門誌の『サイエンス』(Science)は去る3月26日、「復元なのか、破壊なのか」(Restoration or Devastation?)というタイトルで4大江事業に関する特集記事を載せた。アメリカ科学振興会(AAAS)から発刊する『サイエンス』は、イギリスの『ネイチャー』(Nature)と双璧を成す世界的な科学雑誌であり、読者は約100萬名に及ぶ。この記事によると、韓国における論難の種である4大江事業は、生態界を変更させ、緑(エコロジー)ニューディール運動の象徴としてその輝きを失っていると主張しながら、次のような問題点を指摘した。①16個の洑の設置と、大規模な浚渫を行うと河川は湖へと変わり、②河川に棲息する多くの生物種は消えるだろうし、③4大江事業は先進国で推し進めている河川管理の方式ではなく、④事業のためにデータを歪曲して、無駄な大規模の建設事業を正当化していると判断している。

一方、筆者は2010年4月22日、国連環境計画(UNEP)のアヒ厶・シュタイナー(Achim Steiner)事務総長と面談したことがあるが UNEP事務総長との面談は、環境財団の要請で三成洞コエックス(coex)で成された。その際、筆者を含め6名が参席した。   彼は「UNEPは一国の個別プロジェクトに賛成も反対もしない」と明かした。またUNEPが4大江事業を賛成するかのように見なされるのは間違いであり、李明博(イ・ミョンバク)大統領と李萬儀(イ・マンイ)環境部長官にも4大江事業に対して国民と充分な意思疏通を行うことを要請したと言及した。一方、『サイエンス』のボックス記事は、韓国の緑ニューディール関連の支出のなかで莫大な規模が4大江事業のためのものであり、そもそも100億ドルだった予算が後で190億ドルに増えたと傳えた。また、この事業は全く環境親和的ではないと批判されているにも関わらず、李明博政府はUNEPが4大江事業に対して承認したと主張していると報道した。実際、4大江事業推進本部から出た報道資料は、「UNEPが韓国の画期的なエコロジー成長事業を認証したし、韓国は4大江事業を通じて再誕生するだろう」と明かしたことがある。

このように現在進行中の4大江事業は国内外からその妥当性を認めてもらえないまま、大規模の環境破壊と血税浪費を惹き起こす国策事業である。4大江事業に対する根本的な再検討が議論されるべきである。

 

4大江事業の個別工事に対する評価

 

河川を美しく飾り、きれいに整備しようということに反対する人はいない。政府の4大江事業を細部的に検討してみると、すべてが不合理なわけではない。下水処理場の拡充、放流水の水質強化のような水質改善事業は正しいし、拡大して推進する必要がある。しかし4大江事業の核心には16個の洑の建設と大規模な浚渫がある。河川に洑を設置すると(他のすべての条件が同一だという前提下で)、水質は悪化する。悪化した水質を回復するためには追加で天文学的な予算 4大江事業の水質改善効果を検定した機関は国立環境科学院で、4大江事業の完了時、水質が改善されるとの結果を提示した。細部内容を見てみると、2年間約37兆ウォンを投入してやっと水質が改善できるが、これは現実的に不可能なことである。 を投入してやっと改善できる。さすって褒める水質政策だと評価できる。

河川にある砂は水質浄化の働きをし、魚の棲息処と産卵処となってくれるし、魚の餌となる底棲生物の巣ともなる。このような砂を浚渫するのであるが、洛東江の場合、その規模は想像を絶する。釜山から安東まで320kmの事業区間に沿って幅230m、深さ6mとして掘り出すが 、 浚渫の幅が変わると、浚渫の深さも変わる。例えば、浚渫の幅を半分にすると(230m/2)、浚渫の深さは二倍となる(6m×2)。   その浚渫物の量は4億4000万m3に及ぶ。一箇所に積んでおくと、ソウル南山の9倍に達する莫大な規模である。

河川でこのような大規模の浚渫が成されると、河川の生態界はほとんど絶滅状態に至るであろうし、河川は洑によって流れが遮られ水深がほとんど一定なる湖沼 水質および水生態界の保全に関する法律によると、湖沼はダムや洑、また堤防などを築いて河川あるいは渓谷に流れる水を塞き止めておく所であると定義する。   へと変わるだろう。河川が湖沼に変わると、生態界は非常に単純化し、河川生態界が保有した生物多様性は深刻に毀損される。

政府の主張によると、洑の建設と大規模な浚渫は水確保として帰着するであろうが、先述したように4大江事業で水確保は論理的妥当性がない。現在進行中の4大江事業が大運河の前段階の事業として疑われている所以であるが、大運河事業の前段階でないならば、洑の建設と大規模の浚渫計画を廃棄したり、規模を大幅縮める真正性を示すべきである。

4大江事業で残りの細部事業に対する評価を要約すると、 <表2>のようである。評価基準は技術的に適切なのか、環境的に健全であるか、経済的に妥当なのか、社会的に合意可能であるかに置いて、これに基づいて「賛成」と「反対」「再検討」として区分した。「反対」には洑の建設と浚渫、それから排水閘門の増設が挙げられるが、このような事業は直ちに止めたり、大幅減らすのが正しい。一方、河川環境の整備、水質改善対策、河辺貯溜池の助成などは「賛成」として分類できるが、拡大推進する必要がある。それから事業の妥当性が明確でない細部事業は、もう少し広範囲な議論に基づいて社会的合意を経て推進可否を決定すべきであろう。

 

<2> 4大江事業の細部事項評価

 

区分

評価

判断根拠

反対

廃棄・施行中の洑橋脚は撤去(原則)

浚渫

反対

骨材需給/水質改善事業として大幅縮小

農業用貯水池

再検討

目的の不分明な貯水池は除外

自転車道路

再検討

基礎自治体の意見収斂後、代案を設ける

堤防の補強

条件付き賛成

自然堤防は維持、親環境的堤防工事

河川環境の整備

賛成(拡大)

河辺に生態森を助成、旧船渡し場の復元事業など

水質改善対策

賛成(拡大)

国費支援の比率を拡大

河辺貯

賛成

洪水防御/生物多様性の確保用として積極推進

排水閘門の増設

反対

洪水量を過大算定してその根拠を設けたので

ダムおよび洪水調節

再検討

ダム建設の妥当性が検証されていない

 

緑(エコロジー)成長と持続可能な発展

 

最近、わが社会では「緑(日本で言うエコロジーのこと─訳注)成長」という単語を含めずには経済や開発について話しさえできないような有様だ。4大江事業もまた、緑成長として包装しているが、まず緑成長の含意について見てみよう。 尹順眞、「低炭素緑成長パラダイムの新再生エネルギー政策と炭素減らし計画、何が問題なのか」、韓国環境社会学会・環境正義研究所主催の討論会「緑成長なのか、灰色成長なのか」(2009.2.9)発表文。

持続可能な発展は「環境保護」と「経済成長」、それから「社会正義」の三つの軸で構成されており、緑成長は「環境保護」と「経済成長」の二つの軸を持つので、緑成長は持続可能発展の下位概念だと言える。つまり、緑成長と持続可能発展という二つの概念の根本的な差異は、社会正義の考慮可否にある。経済成長の実を誰が持っていくのか、環境保護のための費用を誰が支払うかに対する解答を探す方法は、持続可能発展が提示する社会正義に基づいて提示されるべきである。このような社会正義は世代間および世代内における公平性に因らなければならないので、環境搾取に基づいた今日の経済成長は次の世代に対する影響を最小化しなければならず、その成長の実は疎外階層にも配られ得るような分配構造を備えるべきである。しかし緑成長は社会正義に対する基準がないので、緑成長を解釈し損なって適用すると、社会的不平等を深化させるかも知れない。

一方、われわれの生態界はその領域が有限に与えられているので、生態界は無限と膨張できる経済界をいつまでも孕むことはできない。すなわち、ある程度経済成長となると、結局、生態界との衝突が生じるしかなく、従って経済成長と環境保全は永遠に同伴できる価値ではないのである。市場経済に基づいた緑成長は、結局経済界の外延を広める方向へと進むはずなので、経済界が生態界と釣り合いを取るためには市場経済に任せておくわけには行かず、環境税導入と環境規制のような国家の積極的な介入が必要である。このように経済成長と環境保護が衝突する際、社会正義がその解決の道しるべとなりうる。従って、私たちが追い求めるべき価値は緑成長ではなく、持続可能な発展であろう。もし緑成長を国家の新しいビジョンとして選択する場合、経済成長と環境保護が相反しないように、社会的装置が必要であるが、それは衡平性に基づいたものであるべきだ。

実際、緑成長という概念は、持続可能な発展概念に慣れていないものの、成長する必要がある低開発国家を対象に、環境的に持続可能な経済成長という意味を明確に傳えるため考案された。持続可能な発展と緑成長の差異に対しては、知識経済部が発刊した「知識・革新主導型緑成長のための産業発展戦略」にまとめられている(知識経済部、2008)。

 

<3> 持続可能な発展と緑成長の比較

 

区分

持続可能な発展

成長

機構

UNCSD

UN ESCAP

胎動

Our Common Future (1987)

UN 亜・太環境開発長官会議(2005)

対象

全世界の国家

亜・太地域の国家

背景

成長の結果である環境汚染の復旧

成長段階における環境汚染の防止

目的

経済成長、社会発展、環境保護の同時追求

貧困克服と環境的持続可能性の確保

 

持続可能な発展は経済成長の結果である環境汚染を復旧するため導入された概念として、全世界の国家を対象に経済成長と環境保護、それから社会発展を同時に追求することを目的とする。それに対して緑成長は経済成長の段階で環境汚染を事前に防止するため、貧困克服のための経済成長と環境保護を同時に追い求める。国際エネルギー機構(IEA)の統計(2008)によると、2006年現在、経済規模が世界12位、購買力指数で世界14位である韓国に緑成長を適用することに問題があるかも知れない。韓国はすでに貧困から脱して成長してしまった状態なので(もちろん追加で成長する必要はあるが、絶対貧困から脱した社会となったので)、経済成長の結果である環境汚染を復旧すべき位置に置かれているからである。華やかな服を着て登場した緑成長は、社会正義に基づいた持続可能な発展概念を孕んでいないし、むしろこれまでわが社会の新しい価値として落ち着いた持続可能な発展から退行したと評価できる

 

正しい河川管理の方案

 

私たちは未来の河川の姿を「河川と人間の関係回復」から見い出すべきである。人間の必要を満足させるため堤防を築いて河川の空間を利用することから自然と人間の不和が始まったし、結局自然は間歇的ではあるが持続的な厳重「反撃」を人間社会に投げかけている。われわれはもう自然の反撃に注目しなければならない。人間中心の河川政策は河川を無視することで一時的利益が得られるかも知れないが、河川を生命として尊重するならば、洪水と日照り、それから水質汚染が緩和できる道が自然と開かれるだろう。人間の科学技術がいくら発展するとしても、洪水と日照りのような自然を変化させることはできず、人間はただそれを緩和し、それに適応するという謙遜な心を持つべきである。

4大江事業が持続可能性を持つためには、生命の河川からその解答を探すべきであろう。河川を人間の空間ではなく自然の空間として復元し、生物の多様性を確保する整備事業には高度の技術が求められるが、これが取りも直さずエコロジー技術となれるし、河川における「ブルーオーシャン」へと繋がる。生物の多様性を確保する河川整備こそ、究極的に次の世代により多くの可能性を提供することだと理解するならば、「生命の河川」は河川における緑成長を超えて持続可能な開発の糸口を与えてくれるだろう。

人間と自然が調和している「生命の河川」を作るためには、「河川により多くの空間を与える」(room for the river)方向へと政策を樹立すべきであり、そのために次のような計画が裏付けされなければならない。一番目、洪水防御のためにはダム・堤防を主とすることから河辺貯溜池の拡充へと転換しなければならない。二番目、充分な河川空間を確保する必要がある。春の端境期があった時代には、河川に堤防を築いて農耕地を確保することが黙示的な合意であったが、もうわが社会は人間が持ってきた水の空間を、再び水に返してあげるほど余裕を持つようになった。そのような余裕が究極的に人間の生を豊かにしてくれるだろう。

三番目、砂河川を復元すべきである。モンスーン(monsoon)気候である韓国の河川は、夏期の洪水と冬季の渇水を経る過程で自然と河川空間に広闊な砂場を含めている。漢江綜合開発事業で見るように、河川の砂を掘って骨材として利用し、河川を直江化して宅地を開発し、河川敷を公園として活用することによって河川は元の姿を失ってしまったまま、不自然な姿となった。砂場の復元は底棲生物の棲息地と産卵所を提供し、河川の水質を改善し、消え去った河川文化を取り戻す出発点となるだろう。

現在進行中の4大江事業は、先進国の事例とは反対に進んでいる。よく発達した砂場を河川整備という美名のもと、浚渫し、巨大なる人工貯水池を助成している。歳月が経って河川の豊富な生態界がわれわれに与えてくれる価値をまともに評価できるほど認識が高くなった際、今の4大江事業とは逆に河川復元事業が繰り広げられるだろう。復元事業は毀損事業に比べて工事費が10倍以上費やされるというのが通説である。

四番目、「よいガバナンス」(good governance)の復元が必要である。水が足りないと水を確保しなければならず、水が汚れると河川を綺麗に管理すべきであり、洪水の危険が高くなると、それに対する対策を立てるのが国家の基本的な責務である。水の確保、水質の改善、洪水の防御のため政府が事業を進めようとすると、意思決定のための最小限の手続きを守らなければならない。それは現状把握、代案の検討、経済性および環境性の分析、正しい代案の選定として要約できる。このような意思決定の過程が信頼性を確保するためには関連情報が公開され、利害当事者たちの実質的な参加が保障される「よいガバナンス」に基づくべきである。このような観点から評価するならば、現在政府が推し進めている4大江事業は「悪いガバナンス」(bad governance)に基づいた、原則のない大規模土木事業であると言える。事業計画を密室で樹立し、如何なる資料も外部流出を禁止し、形式的な公聴会と彼らのみの審議委員会を経る過程で公開と参加は失踪された。言葉通り、4大江事業が河川「生き返らせる」事業となるためには、今でも「よいガバナンス」を回復すべきであろう。

政府は今4大江事業を中止すると、より大きい副作用が発生するから、続けて進行させるべきだと主張するが、この事業を完了した際得られる便益はほとんどないので、維持管理費さえ当られない。従って洑の建設と浚渫を一時でも早く中断したほうがむしろ利益である。インドのガンジーは「方向が間違っていると、速度は意味がない」と語った。否、方向を間違えた速度は危険である。政府はこの時点で4大江事業の持続と中断のなかで何が利益なのかから評価すべきである。工事を一時中断し、社会的合意を成し遂げた後、工学的に検証された事業を順次的に進行してこそ、その副作用を縮め得る。

去る地方選挙で4大江事業反対を公約として掲げて当選した広域団体長たちが本格的な歩みを始めようとする時点で、国土海洋部傘下の地方国土管理庁は該当の広域団体長たちに「4大江事業の推進可否」を明らかにしろという脅迫性の公文を発送した。これに対し忠清南道は「4大江(錦江)事業再検討特別委員会」で9月末まで新しい代案を設ける計画だと明かしながら、「葛藤を惹き起こしている洑の建設と大型浚渫事業に対しては工事保留を要請」した。一方、慶尚南道の場合、答弁期日が差し迫っているのでこれを延ばしてくれることを要請し、直ちに「洛東江事業特別委員会」を出帆させて精密分析の作業を始めた。慶尚南道もまた、社会的論難となっている洑の建設と浚渫を中止させようとする立場であり、洛東江事業が慶南道民の生活と財産を保護し、地域経済に実質的な助けとなる事業になるよう現実性のある代案を設けようとしている。こういう中で、民主党は去る8月4日、「4大江事業の問題点分析と真の河川蘇生の代案報告書」を発表しながら、4大江事業に対する疏通の空間を設けてほしいと要請したが、政府与党は黙りこくって答えないまま24時間、工事を強行している。百年の計の事業であり、それほど妥当性のある事業ならば、なぜ疏通の空間を閉めて憂慮の声から顔を背いているのか。

河川を生き返らせることは2~3年のうちに成され得ないし、永遠に完成できぬ事業であることを念頭に置くなら、一度位顧みる余裕を持つ必要がある。河川を美しく綺麗に整備する方案は何なのか、開かれた心で省察してみなければならない。次の世代がどのように受け入れるか熱い胸で苦悶してから、今日、私たちが河川に何をすべきかを決定しなければならない。われわれは旅人であるが、河川は明日も相変わらず流れなければならないからである。 (*)

 

翻訳 = 辛承模

季刊 創作と批評 2010年 秋号(通卷149号)
2010年 9月1日 発行

 

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