[時評] 天安艦、時代の話頭になる
黃俊皓 (ファン・ジュンホ) anotherway@pressian.com
『プレシアン』国際チーム長、共著として『天安艦を問う』『丁世鉉の情勢トーク』などがある。
天安艦事件に関して、2010年の下半期に実施された2回にわたる世論調査は、重要な意味をもつ。一つは、ソウル大学の統一平和研究所が、韓国ギャラップに依頼、実施して9月27日に発表した「2010統一意識アンケート」である。この調査において、回答者の35.7%は、政府の天安艦事件の調査結果を「信じない」と答え、「信じる」との応答は、32.5%、「半々である」は、31.7%であった。10月19日に発表されたアサン(牙山)政策研究院の「年例懸案世論調査2010」においては、質問を変えて調査したが、「天安艦事件が、北朝鮮の仕業と思うのか」と質問したら、68.7%が「そうである」と答え、「北朝鮮の仕業ではない」と答えたのは、8.5%であった。「誰の仕業であるかわからない」とは、22.8%である。
世論調査の政治的な目的や偏向がないとは言えないが、そうしたことをまずは排除して、二つの調査結果をまとめてみると次のようである。「天安艦事件に関する政府の調査結果を国民の3分の1は信じるが、北朝鮮の仕業と思う比率は国民の3分の2である」。「政府の調査結果」とは、すなわち、天安艦が北朝鮮の魚雷に爆沈されたということであるため、これは矛盾である。世論調査において、論理的に説明できない結果が出る場合はよくあるが、重要なことは、たとえそれが矛盾であるとしても、それも明確な現実であることだ。天安艦が北朝鮮により破壊されたと考えても、そういった結論を作り上げるために政府が出した証拠と論理はデタラメだと思っているのだ。
こうした現実を考慮した上で、一つ仮説を立てて考えてみた。もし、天安艦の「民軍合同調査団」(以下、合調団)が、5月20日の調査結果を発表した際に、次のように説明をしていたらどうなったのか。「大統領の指示にしたがって、すべての可能性を想定し調査するのに、2ヶ月もない調査期間は短すぎる。「非接触水中爆発」という4月25日の中間報告は、未だに有効であるが、爆発原因を明らかにするのに、最小数ヶ月、最大数年がかかると考えられる。その間、水中爆発実験を一回実施し、船体に吸着されている物質を分析したが、数多くの可能性の中で、一つの可能性だけを想定した実験であった。結論の発表を、わざと遅らせているとの疑惑が出てくるかもしれないが、誰も否定できない証拠を集めることがもっと重要である。したがって、今は、結論を下すことができなく、時間がもっと必要であることを理解していただきたい。ただ、15日の爆発原点の付近で、魚雷推進体を一つ引揚したが、軍当局は、すでに確保している北朝鮮の魚雷の設計図と似ているために、天安艦との関連性を精密に調査している。」
合調団が、もし上記のように発表していたら、北朝鮮に対する報復措置の内容を取り上げた李明博大統領の対国民談話(5月24日)はなかったのであろう。もし行なったとしても、その内容が異なっていたはずだ。それでは、6月2日の地方選挙は?もしかしたら、実際とは最も異なる結果になったかもしれない。また、この時点では、天安艦事件が北朝鮮の仕業だと思う国民が、10月のアサン政策研究院の世論調査の時よりももっと多かったのであろう。なお、政府は、たとえ結論を留保したとしても、保守言論は魚雷推進体の引揚を根拠に、北朝鮮による爆浸を既定事実化しながら、世論をもっと強く責めたてたと考えられる。そうであったとしたら、地方選挙で天安艦事件が、どの政党に有利に作用したかを考えてみることは、難しくないのである。
しかし、合調団と李明博政府は、そうしなかった。結論を先に下してから証拠を集めるような方法で、北朝鮮の仕業であることを主張した。「調査期間も短く、立証しないといけないことが多くあるのに、まさか北朝鮮の仕業と決めつけるのか?」との多くの予想は、外れた。合調団の発表の4日後、大統領は、ヨンサン(龍山)戦争記念館で、悲壮な表情で談話を発表した。そうすることで、天安艦事件は、国内政治と世論地形、南北関係のみならず、東北アジアの情勢に最も影響を与える話頭となった。ハンナラ党の地方選挙の惨敗は、その過程から生まれてきた一つの現象に過ぎなかった。
「試験台」になった大韓民国の常識と合理性
天安艦沈没は、北朝鮮の仕業と思いながらも、天安艦沈没が北朝鮮の仕業であるという政府の結論は、信じないという矛盾。これを招いたのは、他ならぬ政府である。5月20日、合調団の未熟な発表と、それに続いた対北措置は、地方選挙を前に政治的に企てられたことがわかる。政府が、その局面を主導したことは、実は、政府発表の信頼度を大きく下落させた。政府に対する疑いは、合調団発表後、専門家と言論が、数多くの問題点と証拠の間の不一致を明かしたことで、もっと拡散された。
合調団の発表に対し問題提起をしたグループは、大きく三つに分けられる。一つ目のグループは、ソ・ゼジョン(徐載晶、アメリカ・ジョンホップスキンズ大学、政治学)教授、イ・スンホン(李承憲、アメリカ・バージニア大学、物理学)教授、ヤン・パンソク(梁判錫、カナダ・マニトバ大学、地質学)地質科学科分析室長、パク・ソンウォン(朴善源、アメリカ・ブルッキングス研究所)招聘研究員など、アメリカとカナダの韓国人学者のグループである。彼らは、「吸着物質」と代表される科学論争を作り上げた。合調団が天安艦と「北朝鮮産」の魚雷推進体の関連性を主張するために提示した核心根拠を無意味にさせ、合調団の発表内容に潜められている論理的な弱点を暴露した。二つ目のグループは、イ・ジョンイン(李鍾仁)アルファ潜水技術公社代表とシン・サンチョル(申祥喆)サプライズ代表など、船舶及び海難事故に関する現場専門家たちである。彼らは、天安艦が座礁などの他の原因により沈没したと主張し、スクリューなど船体の変形と魚雷推進体の腐食状態などに注目した。三つ目のグループは、言論3団体(韓国記者協会、韓国PD連合会、全国言論動労組合)が構成した「天安艦調査結果言論報道検証委員会」であるが、ノ・ジョンミョン(盧宗勉)前YTN労働組合委員長が率いた。言論検証委員会は、前の二つのグループとその他の言論が提起する問題点をまとめ、政府を追及する一方、爆発原点の座標、白翎島(ペクリョンド)の哨兵の陳述歪曲などを集中的に提起した。
絶えず提起される反論に、間欠的に対応していた合調団は、7月30日に公式解散し、国防部が作成主体になった最終報告書は、何度も延期されてから9月13日に「天安艦被撃事件:合同調査結果報告書」という題目で公開された。
これに対して、言論検証委員会は、10月12日「天安艦総合報告書:これ以上、「バブルジェット」はない」を発表した。検証委員会は、この報告書において政府の結論は、六何原則にも合わないとした上で、大きく五つの誤謬を指摘した。しかし、言論検証委員会は、天安艦沈没の原因に対しては特定な判断を下していない。ただ、「最小限、バブルジェットはなかったし、天安艦は、事件が発生した後も一定時間の間、起動した」という制限的な結論だけを下し、国政調査を通じた真実糾明を促した。
在米学者らも、10月の17日から22日にわたり発表した三つの論文を通じて、国防部の報告書をまとめ反論した。合調団の5月20日の発表は、北朝鮮の魚雷説を立証するのに失敗したとした在米学者らは、最終論文において、「国防部の最終報告書は、魚雷説をむしろ否定する」としている。また、天安艦は、機雷による遠距離非接触の爆発で破壊された可能性があるという見解を明かした。彼らは、特に国防部の最終報告書に収録されているデータを再解釈することで、自身の主張を跡付ける根拠として活用する方法を取った。
争点は数多く存在するが、やはりポイントは吸着物質の問題であった。ヤン・パンソク博士は、民主労働党のイ・ジョンヒ委員が確保した天安艦の吸着物質を直接分析した。その結果、ヤン博士は、吸着物質が「非結晶質バスアルミナイト」という結論を下した。バスアルミナイトは、常温や低温において生成される水酸化物質で、高温の環境を作り出す魚雷爆発とは無関係である。天安艦及び魚雷推進体に吸着された物質が、魚雷爆発で生成された非結晶質酸化アルミニウムという国防部の発表とは正面で配置されることである。
ヤン博士の分析結果が、言論検証委員会の最終報告書を通じて知られると、国防部は「定量的分析結果なしに、特定の物質として断定することは非科学的」であるとし、「アルミニウム添加爆薬の爆発なしでは、バスアルミナイト内のアルミニウム元素成分の出処を説明できない」と反論した。しかし、ヤン博士は、定量分析と定性分析をすべて実施した点からみても、国防部の反論は、事実関係さえも外している。また、天安艦において、アルミニウムが使用されるところは数多くある事実を知らなかったように、「爆薬にはアルミニウムが使われる。したがって、吸着物質にアルミニウムがあれば、それは爆薬から生じたものである」という論理的な誤謬を犯した。
吸着物質の問題以外にも、北西側から閃光を観測したという白翎島の哨兵の陳述を、南西側で発生したと爆発の水柱の証拠として持ってきた点、天安艦が事故に遭い推進力を失った状態においても強力な潮流と正反対の方向へ移動したとしかみることができない座標と動画など、国防部の最終報告書にあらわれた問題点は非常に多かった。しかし、国防部は、いくつかの争点に関してのみ、「東問西答」(的はずれな答え)式の反論を提示しただけで、他の重要な矛盾点については口を閉ざした。
政府の調査結果が信じられないという世論は、こうした論争の過程において広まった。ここで注目すべきことは、専門家と言論団体の問題提起がこのように威力を発揮できた理由が、果たして何であったかという点である。彼らは、政治的なこととは、徹底的に距離をおいた。また、天安艦の本当に沈没の原因については早い段階での予断を警戒した。「北朝鮮の仕業である可能性をあえて否定する理由はない。しかし、政府の発表においては、科学と常識で説明できない部分が非常に多い。にもかかわらず、あのように適当な説明だけを並べておいただけで、それを信じろということは、まさに国民を騙すことであろう。しかし、だからといって、情報が遮断された状態において、沈没の原因を明らかに立証できる方法はない。明確なのは、立証責任は政府にあるということだ。」専門家たちと言論団体は、こうした立場を一貫して取っていた。ただ、彼らは、政府の発表に問題が多いとのことを話しただけであった。そこで、もう一歩進んで、政治的意図を分析しようとする彼らは、論争の舞台において淘汰された。
専門家と言論団体の攻撃鋭鋒を挫こうとする政府と与党、保守勢力の論理は弱かった。彼らは、主に、「北朝鮮ではなかったら、誰の仕業であるのか?」と繰り返し問いながら、強く提起される反論を制圧しようとしたが、これは、「それを明らかにし立証できる責任は、政府にある」という言葉の前においては、成立されにくい論理であった。そうすると、結局、彼らが動員したことは、「白黒論理」と二分法、「色分け」であった。10月、国会の国防委員会の国政監査において、ハンナラ党委員らが、天安艦疑惑を提起する野党委員らに、「だとしたら、北朝鮮の仕業ではないということなのか?」と攻撃する姿は象徴的であった。しかし、専門家たちと言論団体は、天安艦問題を、未だに常識と合理性、科学の問題として位置づけられることで、政治攻勢を効果的に無力化している。科学的な問題提起と色分けが衝突する構図は、これからも継続されるだろうが、ノ・ジョンミョン委員長の言葉通り、大衆が「自己判断を明確にしなければならない瞬間」と遭遇した時、専門家と言論団体の主張は、重要な判断の根拠になると考えられる。
(「天安艦取材エネルギー、いつかは噴出されるはず」『プレシアン』2010.10.15)
東北アジアにおける地政学的変化の「信号弾」
天安艦は、この時代の大韓民国における常識と合理性を問う「国内的な」話頭に過ぎなくなかった。対外的な影響も莫大的であった。南北関係にのみ限られるイシューでもなかった。天安艦事件は、東北アジアにおける地政学的な葛藤構図を「天安艦以前」と「天安艦以後」とで区分するほど、国際政治に大きな波紋を及ぼした。
2010年の初、東北アジアのホットイシューになったことは、アメリカと日本との葛藤である。2009年、日本の政権交代を成し遂げた民主党の鳩山由紀夫前総理が、沖縄の普天間基地移転に関して、アメリカとの既存の合意を破ろうとすることによる両国の衝突がニュースの中心であった。鳩山政権は、「東アジア共同体」を主張し、「脱米還亜」の意思を見せた。東北アジアの「地殻変動」を同盟国の日本が主導すると、アメリカは神経質的に(敏感に)反応した。2002年、小泉純一郎政権の当時、日本の総理の電撃的な訪北した頃、2次北朝鮮の核危機が浮上した時を連想させる。
しかし、変化の兆しを一挙に中断させたのが、他ならぬ天安艦事件であった。普天間問題でアメリカの圧力を耐えられなかった鳩山前総理は、5月22日、沖縄を訪問しこのように話した。「天安艦事件が発生したため、朝鮮半島の情勢が良くない。東アジアの安保環境には、「不確実性」がたくさん残されている。選挙の公約を守ることができなくなって申し訳ない。」このように、天安艦は、アメリカが鳩山の意思を挫折させるために掲げた名分であり、鳩山も自身の失敗を隠すために取らざるを得なかった名分であった。鳩山が「白旗」を掲げたのは、合調団の調査結果発表の二日後であり、それから10日後、彼は総理の座から降りてきた。その後、東北アジアは、「韓・米・日対北(朝)・中」という、いわゆる「新冷戦構図」へ急速に回帰した。韓国とアメリカは、北朝鮮を意識した大規模の海上合同軍事訓練のための協議を始め、7月末、東海(日本海)で実施された合同軍事訓練には、日本の海上自衛隊の将校らが、史上初めて参加した。
そうすると、中国がつい「屈起」した。中国は、西海と東中国海などで軍事訓練を何度も実施、そのことを積極的に公開し、韓国とアメリカの西海の合同訓練を反対するという立場を繰り返し明らかにした。一方、胡錦濤・中国国家主席は、5月と8月に金正日・北朝鮮国防委員長と首脳会談を行うことで、韓・米・日の対北圧力を北・中の連帯で突破し無力化するという意思を明らかにした。胡錦濤主席は、9月27日、メドヴェージェフ・ロシア大統領にも会い、国際問題において戦略的な協力関係を強化することに合意した。
このように中国が東北アジアだけにおいては、自己行動にブレーキをかける意思はないことを明らかにした。そうすると、アメリカが動き始めた。ヒラリークリントン・米国務長官は、7月にベトナムアセアン地域安保フォーラム(ARF)で、南中国海の制海権問題を取り上げながら、直接中国を刺激した。また、アメリカは、9月の初めから再び浮上した日・中間の尖閣諸島をめぐる領土問題と、日・露間の北方四島の領土問題に、積極的に介入することで、東北アジアにおける葛藤の中心軸は、アメリカと中国の間にあることを見せた。「天安艦」以後、東北アジアで発生した様々な領土・制海権の問題、西海訓練をめぐる韓・中間の外交摩擦などは、アメリカと中国という二つの強大国が、この地域をおいて繰り広げる局地戦の他ならなかった。このように、天安艦事件は、その間、断続的にのみ表われた東北アジアにおける米・中の葛藤が、可視的かつ常時的な葛藤の状態にした「分岐点」になったようだ。
真実は閉じ込められていない
天安艦が作り上げた国内外的な亀裂構造は、真相究明を通じてのみ解消できる。国内的には、科学者・言論人が参加する再調査を国会の主導で実施し、国際的には、南・北・米・中の四カ国の合同調査のような方式を取ってその真実を明らかにすべきである。再調査が行われ、ひいては軍の中からいわゆる良心宣言があるとしても、事故の本当の原因を明らかにできるかどうかについては、懐疑的な意見もある。たとえば、「軍が責任を逃すために、わざと情報を捏造した」、あるいは「政府が選挙に利用しようとした」程度の制限的な結論は可能かもしれないが、それ以上は調べることが難しいことである。科学的にも容易くないこともあるが、政治的な抵抗もあると考えられるからである。もし、「異なる真実」が明かされたら、李明博政府はもちろん、韓国の保守陣営全体が崩され、アメリカ政府も深刻な打撃を受けることは当然である状況において、真相究明を阻止しようとするエネルギーは強力であるとみられる。しかし、だからと言って、真実を永遠に閉じ込めておくことにはいかない。交信記録と航跡情報だけでも公開されるのであれば、我々は天安艦の真実に一歩近づけることができるのであろう。二つの核心的な情報が明確にされないことは、何かを隠していることを裏付けている。李明博政権は、誰がみても政治的であった5月20日の発表のように、大きな敗着を打っているかもしれない。
〔翻訳〕=朴貞蘭(パク・ジョンラン)
季刊 創作と批評 2010年 冬号(通卷150号)
2010年 12月1日 発行
413-756, Korea