〔対話〕 4・11総選挙以降の韓国政治
白楽晴(ペク・ナクチョン)ソウル大名誉教授、『創作と批評』編集人。著書に『2013年体制作り』『どこが中道か、どうして変革か』『白楽晴会話録』など。
尹汝雋(ユン・ヨジュン)韓国地方発展研究院理事長、平和財団平和研究院長。第16代国会議員、環境部長官歴任。著書に『大統領の資格』など。
李海瓚(イ・ヘチャン)民主統合党常任顧問、第19代国会議員当選者。第13~17代国会議員、教育部長官、国務総理歴任。著書に『広場で道をきく』(共著)など。
白楽晴(司会) お忙しいところお集まり下さりありがとうございます。今回の「対話」では4月の総選挙後の韓国政治と社会の進路について点検してみようと思います。尹汝雋理事長は政官界の経験が豊富なうえ、現在は現役政治家ではないので、より一層自由にご発言できるだろうと思います。最近ではステートクラフト(statecraft、治国経綸)や大統領の資格についてのご著書も出されました。李海瓚民主党常任顧問は、選手と評論家を兼ねた政治家でいらっしゃいます。『創作と批評』誌がお二人を迎えることにした時、李先生は、国会議員の当選は確定した後でしたが、党代表出馬説が出てくるよりも前の話でした。とにかく民主党を代表する立場ではなく、あくまでも個人的な意見をお聞きしたいと思います。まず、4・11総選挙が終わり、第19代国会の輪郭ができあがりましたが、今回の選挙結果で最も注目すべき部分は何か、お伺いしたいと思います。
野党はきちんと反省しているか
李海瓚 選挙を始める時は、各党が130議席内外で勝負がつくだろうと考えました。うまくいけば130~40議席、いかなければ120議席くらいだろうと考えましたが、結果はセヌリ党152議席、民主統合党127議席でした。最初に指摘すべきことは、セヌリ党の方が選挙の期間、うまく管理をやりました。162議席の巨大な党が分裂せずに、言ってみれば以前の親・朴槿恵(パク・クネ)連帯のようなものが出てくることもありませんでしたし、脱落者も無所属出馬をほとんどしませんでした。2つ目はやはり地域主義と小選挙区制の限界でしょう。ただし釜山(プサン)・慶尚南道地域の野党得票率が40%だったというのは肯定的な現象だろうと思います。全国単位の選挙としてはかなり比率が上がった方ですし、おしなべて40%台が出たという点は、地域主義が徐々に氷解しつつある兆しでしょう。また全国的に全野党陣営の得票数は汎与党とほとんど差がありませんでした。大統領選挙の構図として見るならば、勝敗が予測を許さない得票数を示していたので、総選挙では政治的に完敗でしたが、大統領選挙についてはこれまでにやったどんな選挙よりもいい状況だと思います。
尹汝雋 李先生のお話しに全面的に共感します。野党が、総選挙では負けましたが、大統領選挙の前哨戦という性格で見ると、大統領選挙でかなり有利な位置にあることを確認する契機になりました。セヌリ党では、朴槿恵という強力な大統領選候補が前面に出て選挙を行いました。ということは、セヌリ党の得票率の上限がこのあたりだということです。そのように見ると、むしろセヌリ党に警告のメッセージになったといえるでしょう。もうひとつ私が注目したのは、金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の10年と李明博(イ・ミョンバク)政権の4年間に、進歩的価値が急速に広がって、多くの国民がこれを受け入れましたが、それが当該勢力に対する支持につながらなかったという点です。
白楽晴 言い換えれば、そのような勢力の形成に失敗した野党の責任ということになるでしょう。さきほど李先生は、セヌリ党はうまくやったと言いながら、民主党が失敗したとはおっしゃいませんでしたが(笑)、どうお考えですか?
李海瓚 民主党には2つの現象が見られました。1つは統合の過程が遅れて内部秩序が完成しないまま、戦争を体験しなければならなかったことです。またリーダーシップが確立されないまま、公認作業と選挙を行いました。もう1つは、今、おっしゃった進歩的な価値が広く大衆化しましたが、それを具体化する履行プログラムを提示できませんでした。進歩的価値の内容に民生や雇用の問題を反映し、明確な政策として示すべきだったのですが、一言でいって、未来のビジョンが見えなかったんでしょう。
尹汝雋 私が見ても、脆弱なリーダーシップが致命的な敗因のようです。政権審判論だけを繰り返しただけで、代案を語ることはありませんでした。一部では民主党の「左旋回」が原因だという指摘が多かったと思いますが、私は左旋回自体よりも、民生と関係のない左旋回をしたのが失敗ではなかったかと思います。左旋回をやっても民生を取りまとめる方向でやれば効果的だったでしょうが、大きな話だけをするので、支持を組織化できなかったんです。
李海瓚 一例として、「金持ち減税」が年間16兆ウォン近くになります。年間3万ドルの所得の雇用を50万ほど提供できる予算です。純粋に金持ち減税だけを白紙にしても、健全な雇用(decent job)を年間50万ほど創出できるのですが、これに対する明確な青写真や財源、雇用の性格を提示すれば、無償給食よりはるかに大きなビジョンになったと思います。
尹汝雋 私は今回の選挙過程を見守りながら、以前はハンナラ党が選挙戦略をうまく組めずに、ただ人が集まることしかできないのが情けないと思っていましたが、今回は意外と民主党の方にヤキモキしました。そして、その戦略がみなどうなっているのかと思いました。李先生が自分の選挙区だけに専心して、党の選挙には関与しないのだろうか、とも思いました(笑)。
白楽晴 世間で、総選挙の結果に対して様々な分析が出てくるなかで、共感できる部分についてもおっしゃいましたし、左旋回の議論のようなものは、そのような形で見てはいけないという意見もありました。その他にもこのような部分はそのように見てはいけないと異議を提起できる部分はありませんか?
李海瓚 左旋回か中道かというのは観念的な話に過ぎません。大衆にはさほど伝わらない内容でしょう。歴代の選挙過程を見ると、前回の地方選挙では無償給食が具体化された政策でした。2002年の大統領選挙では行政首都移転、2007年にはニュータウンや「747公約」〔減税、規制緩和、法治主義確立、年間経済成長7%、年間所得4万ドル、世界7位の経済を達成しようという、当時の李明博候補の公約―訳者〕がそうでした。このように政策は具体性を帯びてこそ大衆に伝わりますが、選挙が終わっても観念的な話が同じように続くならば、民主党としても格別実益がありません。もっとも重点的な政策を1つか2つ提示して具体化するべきですが、そのような能力が党内でかなり弱くなりました。
白楽晴 野党の勝利を期待した国民の立場では、民主党に対する願望と怒りが積もって、反省しろという話がかなり出ていますが、全般的に痛烈な反省の雰囲気は、民主党に足りないようです。一部では負けたわけではないという声も聞こえます。負けることは負けたが、希望を見出そうと言うのと、負けていないというのは天と地の差です。今回の選挙が野党として希望があるというならば、むしろ勝てる選挙を、野党が失敗して負けたということでしょう。最善を尽くしたのに負けたのならば、さらに出てくるものもあるでしょう。ですから、敗北を徹底的に反省することが必要だと思います。
ただ、反省は誰もがみなすべきであって、民主党の広報紙で反省しろと言いながら自らに免罪符を与えるのも困ります。私自身も、外からあれこれ入れ知恵して、未来に対する構想を描きながら、総選挙で勝てると考えましたし、さらに勝ってこそ、私が言った「2013年体制」が確保されるとも言いましたが、予想が違ったのは、占いではないのでそのようなこともあるでしょうが、総選挙で敗北した場合に、2013年体制の建設がどうなるかについて描いてみせることがなかったのは深刻な問題点だったと思います。なぜそうだったのか考えてみると、私の胸中に総選挙での勝利に執着し、安易な道を選ぼうとする気持ちがあったんです。
私が4月総選挙に必ず勝つべきだと主張した理由の1つは、総選挙で朴槿惠(パク・クネ)委員長に一撃加えておけば、大統領選挙がうまくいくだろうと考えたからですが、あまりにも安易な計算でした。もう1つは、2013年体制といえるような新しい時代を開くためには、行政権力だけではだめで、立法府が重要なのですが、それをセヌリ党が掌握すれば困難になるという考えからでした。相変らず強力な論理ですが、ただ2013年体制を作るという大統領ならば、反対党の力を現実として認め、それを土台にセヌリ党とも交渉し疎通するのが、本当に新しい時代を開く道でないかと思います。
とにかく、第19代国会は、議席分布を見た時、ある程度、合議制的な運営がうまくいかなければ効率的な国政は困難でしょうが、新しい国会がどう運営されるべきであい、またどうなるだろうと展望されますか?
第19代国会の運営一新と優先課題
李海瓚 4月末現在、セヌリ党150議席、民主統合党と統合進歩党を合わせれば140議席、自由先進党5議席、無所属が野党側に2人、与党側に3人います。16の常任委で与党がすべて過半数を占めているわけではありません。自由先進党を含めれば16議席差ですから、そのようなこともあり得ますが、自由先進党を除けば、5つの委員会は過半数にならず同数になるんです。勝手なことはできない状況になっています。
もう1つは、ちょうど第18代国会で国会先進化法を作り、運営委を通過して再論されていますが、朴槿惠非常対策委員長が国会本会議を再開して通過させるべきだという立場なので、職権上程のようなものは事実上不可能になった状況でしょう〔この法案は5月2日本会議で通過―編集者〕。第19代国会では久しぶりに相当な合意、または善意の交渉を達成する可能性がかなり高まりました。少なくとも大統領選挙前まではそうなるでしょう。気を付けなければなりませんからね(笑)。大統領選挙が終わっても維持されるかどうかわかりませんが、今年の年末までは合意的に運営されるはずで、それがきわめて重要だと思います。2013年体制に必要な法と予算があるべきです。普遍的福祉には予算がつくべきですが、福祉予算をめぐって立場が相反するものの、窮極的に国家予算において比重を高めようという合意は、新たなパラダイムを形成していく重要な契機となります。それは国民の価値観にまで影響を及ぼします。今のような建設業中心の観点から、生活の質の観点への価値観の変化がきわめて重要であり、まさにそれが2013年体制の骨格になりうるんです。
白楽晴 李先生のおっしゃる通り、大統領選挙までの期間があって、大統領選挙後はまた、野党が勝利した場合と与党が勝利した場合では異なりますが、そのような場合の数によって、国会運営がどのように変わるのか、展望するとどうなるでしょうか。
尹汝雋 勝敗によって一方が崩壊するならばそれは別個の問題ですが、そうでないならば、たいした変化もなく進むことはあると思います。今回の総選挙では議席数の差が大きく拡がりませんでした。過去には数的に大きな差が生じる時、多数党が常に力で押し通そうとして、反対党の猛烈な抵抗を引き起こしました。特に政府与党が多数党である時は、過去には大統領が党の総裁であり、総裁でなくても、つねに政府与党を通じて国会を支配しようとしました。今の与党が野党であった時と、野党が与党であった時も似たような様相でした。なので、国会で極限対決がありましたし、韓国の民主主義の発展が深刻なほどに歪められるだろうとも感じました。ですが、今回の議席分布を見て、それが現在は不可能だろうと思いました。ならば、とにかく与野党の間で妥協するべきではないでしょうか。ですが、韓国の政界には妥協の伝統がなく、その点はとても未熟だと思います。なので、初めは少し大変でしょう。ともすると、何も結果が残らないという懸念もありますが、だとしても、そのような過程は、一度は経験することが必要だと思います。また以前は、政界で妥協すれば、すぐに野合したと否定的に見る視線がありました。民主化時代の習慣のためですが、今は国民もそのように考えません。与野党が妥協し折衝して互いに戦わないことを願っているようです。ですから、このように議席数に大きな差がない時、対話と妥協の伝統を作るべきです。国会で作れなければ、韓国社会のどこでいったいそれが可能でしょうか。
白楽晴 ですが、第18代国会はそのような国会になることもなく、多くの葛藤が累積しました。今後、合議制で運営するにしても、合意できない案件がかなり山積しています。李先生はまず、来年度予算案が1つの試金石であるとおっしゃいました。合意して予算案を作る可能性がいくらかあると考えられても、第18代国会で、たとえば野党側が提起した問題が解決されず、調査もできずに山積していることなども、第19代国会で解決できるでしょうか?
李海瓚 すでにセヌリ党がやったことがいくつかあります。民間人査察や選管委D-dos攻撃特検がそうで、内谷洞(ネゴクトン)ゲートも見過ごすことはできず、今回出てきた崔時仲パイシティ問題も、セヌリ党としては処理せざるを得ないでしょう。また期間があまりない法案とは異なり、予算案は年末までに必ず処理しなければならないのですから、可能性はあると思います。それが妥協の始まりになるのではないかと思います。
白楽晴 野党と市民社会で強力に主張してきた、4大河川事業の国政調査のようなものも可能でしょうか?
尹汝雋 4大河川事業はどうでしょう、わからないですね。他の懸案は国民が鋭敏に反応するイシューですが、4大河川はそうでもありません。またこのイシューについて間違っているかどうかを判断するためには、高度な専門性が必要で、一般市民が態度を決めることは困難です。これはさほど火のつくイシューではないので、どうなるか、よくわかりません。
李海瓚 李明博政権の様々な政策の中で、4大河川事業が最大の懸案と見ることができます。環境だけでなく、予算構造にまで影響を及ぼしたためでしょう。行政処理での強行、あるいは違法性の話も出てくるでしょう。ですが、敏感な政治的懸案が、その後、あまりにも多く出されているので、争点にならないこともあります。
尹汝雋 4大河川事業は予算が大きく、過程自体が違法だという点も問題ですが、李大統領の事業推進の姿勢が根本的に問題だと思います。広く知られてはいませんが、このような報道がありました。李大統領が4大河川事業推進本部を訪問し、「この事業は私が国家の百年の大計のために熟慮して決めた事業なだけに論争の対象でない」と言ったといいます。それを見て私は、この人は大韓民国憲法第1条第1項を読んだことはないのか、どの社会で大統領が決めた懸案を国民が論争してはいけないといっているだろうか、大統領が憲法精神に反することを、どうしてこのように躊躇なく言えるのか本当に驚きました。このように4大河川事業を推進する過程、姿勢、態度が、憲法精神を蹂躙しているのです。不正のようなレベルとは異なり、これをいつかきちんと追及すべきだと思います。
白楽晴 それは国会調査の対象というよりは国民的議論の対象でしょう。しかし大統領がそのような態度でこの事業を進めているから、推進の過程で当然、国会の調査を受けるべきことがずいぶん出てきました。まだ他の至急の懸案に埋もれて進められていないかもしれませんが、私はそれは出てくるだろうと思います。国政調査をやるべきか否かをめぐって与野党が議論するべきでしょう。
尹汝雋 これまでを見ると、与野党が国会運営の方式にあまり合意していませんでしたし、なされた合意もきちんと守りませんでした。ですが、今回、与野党の議席分布が拮抗していますから、国会運営に対する合意を達成し、守るべき伝統を作っていくべきではないでしょうか? これが守られなければ何もできません。李先生が党代表になられてはいかがでしょう。
白楽晴 尹先生は、李先生が次の党代表になられることを既定の事実でお考えですか?(笑)
尹汝雋 李先生のグループの方々が党の大株主と言っていたから、大丈夫でしょう(笑)。
民主党の役割分担論議、その背景は
白楽晴 ちょうどその大株主と、それよりは小さいけれど確固たる勢力を持った朴智源(パク・チウォン)最高委員が役割分担をすることになったために、今、かなり騒がしいところですが、どうなるでしょうか?
李海瓚 マスコミの方が、全く予想できないことが起こるので、少し慌てているようです。あのように団結ないし連帯が実現しようとは、全く予想できませんでした。実際にその前日も可能性はありませんでした。2つあります。全く予想できないところからくる当惑、もう1つは党内の競争者たちの困惑でしょう。その次に、保守マスコミや相手側の党としても、かなり大変な相手の登場として受け入れたのでしょう。ですが、実際の一般市民や直接の利害関係がない人たちには、比較的いい構図だ、これならば党に安定感ができて、大統領選挙を安定した形でやっていける、というような程度が一般的な世論だと思います。結果は、今後、院内代表選挙戦で出るでしょう〔5月4日、民主統合党の院内代表選挙戦で、決選投票のすえ朴智元議員が選出された―編集者〕。私の政治的経験から見れば、党内で親・盧武鉉/非・盧武鉉で対立構図を作り、マスコミにもそのように映れば、党が総選挙以降、整備されているという風には見られません。大統領選挙をやっていく時も、党内の統合がなければ困難です。ですから、まず、保守マスコミの親・盧武鉉/非・盧武鉉のフレームを壊す必要があり、また、党内の地域統合を達成するべきだと思いました。実際に今回の総選挙で、湖南(ホナム)〔全羅道地域〕の疎外感のために、投票率が低くなったという側面もあります。
尹汝雋 政治担当記者たちの話によれば、民主党版「3党合同」だと言っています。製作、脚本、監督、主演がすべて李先生だということです(笑)。
白楽晴 一般の国民が見る時はどうでしょうか? マスコミを見ると、否定的な報道が大部分です。逆風を受けるだろうとも言っていましたが、あれはマスコミ側の誇張でしょうか、あるいは相応の根拠があることでしょうか?
尹汝雋 マスコミの属性上、政界の動向、特に葛藤要素については若干の誇張が常に伴います。ですが、事実、国民はマスコミに登場する密室とか談合とかいう話を、ひとまず好みません。ですが、私も様々な人々に聞きましたが、民主党内でそのように構図が組まれることについて、大きな関心を持っているようではありませんでした。
白楽晴 私自身の立場については、これまでマスコミに言ったこともあり、このことと円卓会議は関係がないという公式声明も出ました。今日のこの座談会が雑誌に掲載されて発表されるころには、かなり過去のことになるでしょうが、お二人の合意以降に展開する事態を見ながら、これを円満にうまく処理したのか、いくらうまくやっても、この程度の副作用を甘受するほどの性格のものだったのか、あるいは、もっとうまくやれる余地があったのか、門外漢として判断しにくい問題ですが、いろいろ考えるようになりました。もしかしたら、お二人は当代最高の技術を持った政治家ですが、民心を充分に汲むことができないのではないか心配でもあります。基本的に私は、民主党全体に激しい自己反省が足りないなかで、このような「予想できないこと」が起こったこと自体が問題であると考えますが、今回、お二人の処理の仕方がいわゆる「旧態」と言われるような部分があるならば、それについても反省が必要ですし、また、無条件に二人の「談合」を批判することで、民主党の反省や責任が全うされるように考えるならば、それも反省が足りない大きな問題ではないか、とも思います。
韓国社会の進路について、もう少し大きな枠組の話をしたいと思うんですが、国会の合議制的な運営よりもさらに重要なのが、韓国の社会全体の政治社会的な統合ではないでしょうか。尹先生も『大統領の資格』(メディチ、2011)でこの点を非常に強調しておられましたが、その可能性をどのようにお考えになっていて、そのために私たちは何をするべきかについて、お話し頂ければと思います。
社会統合、いつどのように達成するべきか
尹汝雋 最近、みな「統合」が時代精神だといいますが、具体的にどう統合するのでしょうか。私は経済民主化なくして社会統合は不可能だと思います。不可能なばかりか、経済民主化をしなければ体制が耐えられないでしょう。庶民の不満もいつかは爆発するでしょう。現在、30~40代の人に会ってみると、怒りが臨界に到達していると感じるほどです。私たちが覚醒して力を傾けなければ、市場経済や資本主義が持続できない状態がくるかもしれません。それは国家的な不幸でしょう。経済民主化が最も至急かつ核心的な課題です。言い換えれば、経済民主化は体制を守るためのものだということです。それができなければ、統合どころではなく、共同体の解体が進むかもしれないという危機感さえ持っています。
李海瓚 盧武鉉政権の時、統合にかなり努力を傾けましたが、さほど格差の解消にはなりませんでした。資源配分や様々な面で格差を解消しようと努めましたが、解消された量はゼロに近いということです。李明博政権になって大企業集中を強化したので、その格差がさらに広がりました。たとえば為替レート政策や租税政策のようなものが、みな大企業、財閥中心になりました。なので、現在、30~40代の人たちの方が、私たちの世代よりも未来に対してはるかに不安に考えています。雇用も少ないし定年も早くなるし、「40代定年」という言葉もあるくらいですから、かなり不安です。子供の教育が終わる前に、仕事を辞めなければならない人も多くなり、非正規職も増え……私たちの世代は定年が50~60歳くらいになって、給与が安定した正規職として維持されたので、生活水準は低くても不安は少なかったと思います。ですが、今はそうではありません。将来が不安で格差もより大きくなるので、再生産もうまくいきません。社会協約を通じて統合を試みたオランダやアイルランドのような国は安定的に発展していく反面、統合できないギリシャやスペインのような国は窮地に立たされました。
韓国も2013年体制において社会統合ができるか否かによって、安定した福祉国家になれるか否かの結果が出ると思いますが、そうした点で次期大統領や政党のリーダーたちの役割がかなり重要です。社会統合というのは、結局、妥協です。社会的合意がなければならず、短期的にどの水準まで合意するのか、そして中・長期的にどのように実現していくか、優先順位や経路をどのように定めて制度化するのか、これらすべてが疎通と討論を経なければなりません。労・使・政委員会のレベルでなく、新しい社会統合委員会レベルの疎通が必要です。これが第19代国会で最も重要な任務だと考えるべきです。
尹汝雋 ですが、経済民主化のことを持ち出すと、すぐに財閥バッシングであるとか反企業情緒であると歪曲する人たちがいます。ですが、これはそのような次元でなく、公正に競争できるようにしろということでしょう。憲法第119条2項にある通り、国民経済をバランスよく安定させろとか、所得分配を適正にしろとか、市場の支配や経済力の乱用を防げとかいう具合にです。これを財閥バッシングや反企業情緒であると決め付ける方が問題でしょう。
白楽晴 経済民主化をすれば財閥規制をしないわけにはいきません。韓国財閥が過去において経済発展に大きく寄与し、現在でも途方もない役割を果たしていますが、現在は全体の経済発展や大多数の企業の健全な成長にとって、むしろ阻害要因になっているという分析が出ています。李明博大統領が「ビジネスフレンドリー」(business friendly)と言ったとき、中小企業を含む企業全体に友好的ならばいいのですが、これは事実は「財閥フレンドリー」です。ですから、企業風土自体の悪化に一助しているということです。
ですが、私は社会統合という大きな目標には同意しますが、その過程に対してははるかに党派的に考えています。言い換えれば、保守対進歩という通常の構図が問題ならば、両者の社会的統合は比較的たやすいと思いますが、韓国はそのような国ではないということです。植民地時代や分断時代を経て、不当な特典をかなり握って手離そうとしない守旧勢力、換言すれば、保守・進歩の理念を考える必要がなく、唯一自らの特権的な地位を守るためにあらゆる反則を辞さない、そのような勢力が支配してきた社会ですし、また最近4年間、特に激しくなりましたが、このような勢力が主導する守旧・保守同盟に真の保守主義者が大部分抱え込まれている構図なので、2012年の選挙を通じて、この構図を一度打破することがなければ、きちんとした社会統合は困難だろうという立場です。ですから、真の社会統合は2013年体制に課された「宿題」であって、ただちに達成することは困難だということです。守旧勢力のヘゲモニーを打ち破る作業が、4月総選挙で本格化するだろうを期待したのは、私の過度な希望でしたが、やはり大統領選挙を通じて、それが一度打破されるべきであり、2013年以降の新大統領が、セヌリ党の支配する国会と疎通して協力しながら、社会統合を主導していけるのではないかと思います。
ちなみに、個人的な注文ですが、「2013年体制」という用語は、李先生はこの表現を使っておられますが、尹先生はある討論の場で異議を出されたこともあります(細橋研究所・朝鮮半島平和フォーラム主催シンポジウム「「2013年体制」に向かって」2011年11月25日)。とにかく、概念自体に問題があるとお考えか、あるいは適切な補完・訂正を通じて活用できるフレームであるとお考えか、お聞かせ下さればと思います。
「2013年体制」は有用な概念か
尹汝雋 私の識見の限度内で申し上げれば、「2013年体制」は分析概念というよりは、実践意志を持った形成的概念、すなわちフォーマティブ(formative)な概念であると考えてきました。運動の観点から見る概念ならば、状況変化によっていくらでも修正して使用できる枠組ではないかと思います。
白楽晴 そうですね。87年体制論は87年が過ぎてしばらく後から出てきた概念であるのに比べ、2013年体制論は2013年になる前に2011年からすでに提出されていた概念なので、分析の対象がまだ存在していない状態です。
尹汝雋 ですから、私はこれを実践するリーダーシップが非常に重要ではないかと思います。ポリティカルリーダーシップをどのように樹立するかが大きな課題でしょう。もうひとつは、体制、レジーム(regime)という言葉は抽象度がかなり高い用語です。ですから、すべてのものがその中に詰め込まれる傾向があり、具体性がなくなれば運動性も喪失するのではないかとも思います。とにかく、平和、民主、福祉、このような課題が解決される新しい世の中のことをおっしゃっているのでしょう。新しい世の中についてはわかるけど、一般市民の琴線に触れるものなのか、これを理論と実践の両面で具体化する作業がともなって、はじめて効力があると思います。まず理論的には、これがどのような民主主義モデルかという点も明らかにする必要があるでしょう。実践の次元では、諸課題間の論理的関連性も重要ですが、戦略上の優先順位や具体的戦術の観点から、民生と結びつける具体的な代案が切実だと思います。ただし、ひとつだけ用心深く考えるのは、南北関係と関連することです。ひょっとして韓国と北朝鮮を等価に考えているのではないでしょうか?
白楽晴 ちがいます(笑)。
尹汝雋 もし等価に考えているのであれば、韓国社会ではかなり論議の余地がある、という程度に皮相的に考えました。
白楽晴 朝鮮半島の問題は少しあとでまたお話しすることにして、今日おっしゃられたことを聞くと、2013年体制を条件付きで容認されているようで、条件を満たせるように努力してみようかと思います。ですが、先日の討論会では、さらに根本的な問題提起もありました。用語上の問題でもありますが、87年体制というのは、87年に新しい憲法を作って成立したものですが、2013年体制は2013年に新しい憲法を作ろうというわけではないという指摘でした。その点はこのように言えると思います。憲法を持つのも重要ですが、現在の憲法を守ることも重要です。さきほど憲法第1条のこともおっしゃいましたし、119条2項のこともおっしゃいましたが、私たちはそれがきちんと実現されない時代を生きてきました。この4年間は特にそうです。ですから、憲法が実行されない時代から憲法を守る時代へと変わるならば、それがまさに新しい時代であると考えてもいいのではないかと思います。とにかく「2013年体制」自体が分析的な概念ではありませんが、87年体制に対するそれなりの分析に基づいた概念であって、政治的実践との関連では李明博政権の4年間を批判しますが、あたかもすべての問題が李明博にあるというように「李明博審判」だけを叫ぶ路線とは異なるということです。基本的に87年体制が持っていた限界が、時間がたつにつれて徐々にあらわになり、混乱した末期的局面に入り込んだのが、盧武鉉政権の中期以降のことです。ですから、今回の選挙で盧武鉉政権に直接関与した人々が李明博審判を叫ぶ時、庶民層では「いや、あなたたちがやっている時にも暮らしはよくなかった」という反応が出ましたし、「今回はどうやるというのか示してみろ」という要求にきちんと答えられなかったので、投票しようという気持ちが起こらなかったようです。
李海瓚 2013年体制というのは1つの希望的展望でしょう。87年体制が一定の成果を出したので、2013年体制もその後の2段階の成果を出そうという希望的展望があると思いますが、実際にこれが実現されるか否かというのも、今度の12月にどのような勢力が政権をとるかによって変わってくるんです。保守勢力が政権をとれば、2013年体制が発展する可能性が低くなり、民主進歩陣営が政権をとれば、民主、福祉、平和が強化され、2013年体制の内容が発展しうるでしょう。私が見るところ、得票率がどうなるかという問題も大きな影響を及ぼします。李明博政権がこのように無謀になったのには、大統領選挙の得票率で相手側と差がかなりあったという点も作用しました。反面、今回の大統領選挙では、得票率の差がかなり小さいだろうと思います。1997年や2002年ほどの僅差ならば、この次に守旧勢力が政権をとるにしても、大きく退行する状況にまで行くことはないでしょうし、また、進歩陣営が政権をとるにしても、議会権力は保守陣営ですので、勝手なことはできない状況です。2013年体制論は楽観的な展望から出たものですが、それでも全く不可能ではないと思います。現在はかなりの人々が絶対的な貧困を克服しています。そのために現在は、原則、透明、常識、このような価値観の方が重要になりました。絶対的な貧困状態の時は、透明でも原則でも常識でも、生存自体の方が重要でした。今はそうではありません。選挙運動をやっても、現在は以前より風土がかなりよくなりました。みなで食事をして各自1万ウォンずつ払うのを、最初はみな不自然なことと考えましたが、現在は当然のように考えます。冗談でも酒をおごれ、食事に連れていけ、とねだる人はいません。それだけ一段階上がったのであって、そうした点で福祉に対する国家の役割、安全に対する国家の役割を要求する声が高まりました。このような要求は市場や財閥では確保できません。国家の介入や役割が重要だということを人々が理解し始めたんでしょう。そのうえで南北関係も安定化させていけば、2013年体制の内容はさらに豊かになると思います。
南北関係、単純復元だけでは困難
白楽晴 時間がないので、次のテーマに移りたいと思います。お二人とも朝鮮半島の問題について格別な関心を持っておられ、私も自ら関心を持ち続けましたが、現在、南北関係はかなり険悪な状態です。ですが、当面の問題に埋没せず、2013年以降の朝鮮半島の問題がいかに解決されるべきか、そのために政治勢力がどのような準備をするべきだと考えるか、お話し頂ければと思います。
李海瓚 最近、かなり奇妙な話を聞いたのですが、それは「通中封北」、つまり中国と通じて、北朝鮮を封じるということです。李大統領がこう言うのを聞いて、本当にどれほど恥ずかしかったかわかりません。朝鮮半島や東北アジアの平和体制は韓国の特殊性です。そして実際に、様々な分野に及ぼす影響がきわめて大きいと思います。ですが、たいていこの部分を自分の人生と分けて考えます。そのような傾向をはやく克服するべきだという気がします。
そして朝鮮半島問題を6者協議という枠組でなんとか管理しようとして、李明博政権になってからほとんど5年を無駄な時間として過ごし、いやむしろ悪化すらさせたわけです。ですが、今年、韓国の総選挙と大統領選挙が終れば、他の国々もみな新しい体制になります。ですから、各国の新しいリーダーシップが6者協議という枠組をまた発展させる契機が来るだろうと思います。北朝鮮側もその対応をするでしょう。現政権とはやらないでしょうが、次の政権とはやろうとするでしょう。セヌリ党が政権をとるとしても、現状態でさらに悪化しえない構造なので、どちらの方向に行くかが問題であって、進展はするでしょうが、この時、南側政府の主導力がなければうまく進展しません。ですから、南側の政府がこれを主導する準備を急ぐべきです。盧武鉉政権の時は開始がかなり遅れました。次に誰が大統領になろうと、早く6者協議の復元に努力するならば、ある程度発展できるだろうと楽観します。
尹汝雋 最近、朝鮮半島の周辺海域で行われている列強の軍事力示威を見ると、朝鮮半島を中心に覇権競争が本格化していると思います。そのような状況で南北関係が今のように断絶したままでは、ややもすると民族の利益を守ることが困難な状況が来るだろうと思います。ですから、とにかく南北朝鮮が主導的に東北アジアの平和を導く役割をするべきなのですが、そのためには私たちが「封北」することなどあってはいけません。今、朝鮮半島で最も至急なのが、アメリカと中国が衝突する構図を避けることですが、そのような構図を作らないようにするためには、北朝鮮が現状打破をしようと何事かを画策することを阻むことです。「封北」をすれば北朝鮮がそうなってしまいます。そして、すぐに米・中対決の構図が作られます。これは韓国の国益にも民族にも有益なものではありません。そして、ずっとこのような状態で行けば、結局、北朝鮮をますます中国側に押し付ける結果にならざるを得ません。ですから、南北朝鮮が「ウィン・ウィン」(win-win)、ともに勝利するように解決していくべきですが、いわゆるエンゲージメント・ポリティクス(engagement politics)という交渉の一般原則、つまり、時によってアメも使いムチも使うという形の他に、他の先鋭なものがあるかもしれません。とにかく、南北朝鮮が主導的に東北アジアの平和を導く方向に進まなければ、民族の利益を守ることは困難です。次の政権からは本当にきちんとやるべきだという気がします。21世紀版の『朝鮮策略』〔駐日清国外交官の黄遵憲が1880(高宗17)年頃に著述した。ロシアの侵略に備えるために朝鮮、日本、清国が将来展開すべき外交政策を論述した。当時、修信使として日本に行った金弘集が著者から直接寄贈を受け、それを朝鮮に持ち帰って高宗に献上した―訳者〕のような、何か新しい対北朝鮮政策、東北アジア政策を展開するべきでしょう。
白楽晴 事実、南北関係に関しては、金大中・盧武鉉政権と続いてきて、解決法の基本の枠は用意されていると考えます。ですが、セヌリ党が大統領選挙で勝てば、李明博政権ほどではないにしても、果たしてその枠組をきちんと継承、発展させられるかは疑問です。野党で政権をとれば、継承は確実にやろうとするでしょうが、ただ単に継承するだけではいけないという事実を直視し、新しいバージョンにアップグレードする必要があります。それをやる準備をしているどうかわかりません。
さきほど南と北を等価的に見るのかと質問されましたが、事実、私が分断体制論を語るとき、そのような誤解をかなり受けます。保守陣営だけでなく統一運動家からも似たような指摘を受けます。大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国のうち1つを選べと言うなら、それは間違いなく大韓民国です。ただし、そのような形の二者択一だけで朝鮮半島問題が解決できるかということです。朝鮮半島には南北ともに分断体制というものがあり、これを維持しながら利益を考える勢力が南にも北にもいるという認識を備えるべきだということです。もちろん利益を見るスタイルが異なり、程度もそれぞれ違いますが、南北双方にある既得権勢力の敵対的共生関係をどのように破るかという研究なくしては、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の対決、そこでおまえはどちらの味方なのかという単純論理で接近してはいけないという立場です。ですが、このように言うと、統一運動を長くやってきて、民族主義的・反帝国主義的な意識が明確な方々は「北朝鮮にいくら問題があるとしても、自主的にアメリカと対抗しているのに、どうしてそのようなところと親米事大主義政権を等価的に取り扱うのか」と言う方もいます。反面、他方では、北も南もともに分断政権で悪いやつらだとすれば、自分は大韓民国の国民として問題があるという人たちがいますが、双方が分断政権であるという欠陥と限界を共有するからといって、みな全く同じであるというわけではありません。また、時期によってどちらかがどれほど悪いのかも変わったりします。私たち南側では、1960年の4・19革命以来、国民が血を流し汗を流して戦いながら変化を作ったので、国家というものは様々な利害関係が衝突しながらも、ある程度は多数国民の意思に合うように調整する場へと進化してきました。そのような民主的機能がこの4年間にかなり後退したというのが、李明博大統領に対する批判でもあります。北でも私たちの目に見えない葛藤調整の機能が発揮されてはいるでしょうが、韓国のような民主化闘争の歴史を持つことはなかったので、国家が民衆の生活像の欲求を反映する機能はかなり低いと考えるべきです。ただし、これをどのように解決していくべきかは別の問題です。どちらが悪いと指摘しあって解決するわけではありませんから。ですが、今回の総選挙では南北関係が大きなイシューではありませんでしたし、総選挙の性格上、そのようになることもあまりないのですが、大統領選挙の時はどれほど争点になるだろうとお考えですか?
李海瓚 これまで、この問題が大きなイシューになったことはありません。「北風」〔韓国で大きな選挙がある時に、北朝鮮で、あるいは南北朝鮮の間に起きる事件。その結果が韓国での選挙の動向に大きな影響を与えたりする―訳者〕のようなことがイシューになったことはありますが、朝鮮半島の平和体制や南北関係自体が大きな争点になったことはありませんでした。なぜなら、これよりも国民にとってさらに切迫した問題がまず先に提起されるからです。ですが、これも基本的なフレームでは、展望を一緒に出すべきでしょう。朴槿惠委員長が候補になれば、今、李明博大統領とはいろいろと見解が異なる案を出してくるでしょう。量的な差があるだけでなく、観点の差もあるでしょう。ですが、それが大統領選挙で大きな争点になることは困難だろうと思います。
白楽晴 2002年の大統領選挙では一番の争点ではありませんでしたが、戦争か平和かということが多くの影響を与えたと思います。李会昌候補が当選すれば、戦争の危険が増すだろうという懸念がありました。今回も、もし事態がさらに悪化して危険な状況になれば、一方では、だから確固たる安保態勢を取るべきだと保守側に傾くこともあり、他方、むしろそのような危機意識があるからこそ、平和的に解決する勢力を選択するべきだという流れに行くこともあります。ですが、問題がそのような形にならなければいいと思います。
李海瓚 北朝鮮側の動向を見ると、李明博政権との間にはないとしても、次の政権とは関係設定する姿勢を持っています。そのために、このことでこちらに冷戦守旧勢力が登場する口実を与えないようにしています。また、アメリカもオバマ政権が、はじめは対北朝鮮政策に時間を使う余裕がありませんでした。ですから、それを疎かにして、今はある程度、輪郭が定まってきたので、次の選挙が終われば、北朝鮮とアメリカの関係が進展する可能性があり、朴槿惠委員長も冷戦保守で推し進めるよりは、南北和解ムードをある程度作ろうとするのではないでしょうか?
尹汝雋 そうでしょう。私も大統領選挙でこの問題がそれほど先鋭なイシューになることはないだろうと思いますが、ただ、李明博政権の対北朝鮮政策に対する反省の土台の上に、どのように新しい政策を樹立するべきかをめぐって、与野党の間に若干違いがありそうです。
朴槿惠候補の権威主義リーダーシップ
白楽晴 大統領選挙に関して、もう少し具体的な話をしてみたいと思います。与党ではいわゆる非・朴槿惠候補が出ているものの、総選挙を経て、朴槿惠構図にだいぶ固まってきたわけですが、このまま行くだろうとお考えでしょうか。行くとすれば、朴槿惠委員長を大統領選候補としてどのように評価しますか?
尹汝雋 最近、セヌリ党の事情を綿密に調べていないのでよくわかりませんが、ひとまず表面的に見られる党内事情だけを見ると、朴槿惠委員長に勝てる人が現実的にいないでしょう。セヌリ党の中では朴槿惠大勢論が確実であると考えるべきです。しかも前回の公認を見ると、これは最初から考えてやったことです。ですから、一部の政治学者は朴委員長が前回の選挙戦で李明博に負けたのがトラウマになっているのではないか、だから、いかなる場合の変数や可能性も消滅させるつもりで、公認をしたのだろうと言っています。大統領選挙でもし失敗しても、ずっと党のヘゲモニーを握るという意志が見えると言われるほどの公認でした。党内事情だけを見ると絶対不動の姿勢です。
ですが、本選挙では朴委員長にも限界があります。特に首都圏での劣勢、「2040世代」〔主に野党の主な支持層である20代から40代のこと。40代は1980年代の学生運動の影響があり、20~30代は経済不況で格差が深刻化していることなどが、その形成背景とされる―訳者〕での劣勢の克服が核心的な課題ですが、さほど先鋭な方法があるようには見えません。ならば大統領選挙は絶対に楽観できないということです。しかも今回の投票率は54%程度でしたが、大統領選挙では最低でも10%程度高まると考えると、朴委員長が本選挙で楽観することは困難でしょう。
李海瓚 私がさらに心配なのは、朴委員長にそのような疎通能力があるようには見えないという点です。様々な重要な懸案に対処するスタイルを見ると、簡単に切ってしまうことがあります。大統領がそのようなことだと、誤った権威主義の枠組に閉じ込もることになります。民主党が公認の過程で失敗したという批判をかなり受けますが、公認内容を見ると、実はセヌリ党の方が質的にさらに劣ります。周辺の人々の品性や道徳性が、李明博大統領の周辺よりも特段よくなっているようには思えません。それが政権をとって、どのような様相を帯びるのか、一方では権威主義が形成され、他方では不道徳な権力集団が形成される可能性がかなりあります。次の政権は社会統合を達成せよという時代の要請を受ける政権ですが、社会統合どころか、権威主義と不正腐敗が蔓延すれば、社会協約というものを結ぶことはできません。信頼と疎通なく、時代的な価値とかけ離れれば、葛藤がさらに深刻になります。
そして結局は、野党がどれほどうまくやるかにかかっていますが、野党はある意味で97年や2002年よりは条件がいいと思います。それをどれくらい効果的に運営して成果を出すかという民主党力量にかかっています。民主党が運営をうまくできず、成果を出す展望が見えなければ、投票率は上がりません。たとえば2007年は、管理をきちんとできなかったので、有権者が最初から投票をせずに終わってしまいました。ですから、それを今から今年の大統領選挙まで用意周到に管理し、シナジー効果が出るようにするべきですが、そんなに容易なことではありません。先鋭で鋭敏な局面ですから、判断の誤りや遠心力が作用すれば水の泡になってしまいます。それをきちんと管理できる民主党の能力が国民の試験台に上がり、民主党候補、進歩党候補、安哲秀(アン・チョルス)という第3の人物〔医師、プログラマー、ベンチャー事業家、大学教授。1962年生まれ。ソウル大医学部卒。医大在学中にコンピュータに関心を持ち、その後、韓国最初のワクチンプログラムを開発、「安哲秀研究所」を設立し、医師をしながらワクチンを無料で製作・配布した。その後、研究所の代表理事、2011年からはソウル大融合科学技術大学院長、次世代融合技術院長を歴任、この間ソウル市長選出馬説もあったが実現しなかった。現在、各種の世論調査で次期大統領選候補の支持率1位を記録している―訳者〕、この3者が単一化される過程をきちんと経れば、投票率は60%を超えるでしょうし、そうでなければ冷笑主義に傾くでしょう。投票率が65%まで行けば、与党候補と今より格差が拡がるだろうと思います。そのような点で、今年の下半期の6か月が、韓国の現代史全体の行方を左右するとても重要な時期だと思います。
尹汝雋 私も朴槿惠委員長に対して、果たして時代的状況に合うリーダーシップなのか疑問があります。時代的な要求が統合であり、それを実現する指導者になるためには、基本的に民主的リーダーシップがなければ不可能でしょう。ですが、朴委員長が示しているのはきわめて垂直的で位階秩序を重視するリーダーシップでしょう。ですから、私は、中世ヨーロッパの宮廷政治でも再現しようとするのかと批判したこともありました(笑)。たとえばセヌリ党の非常対策委が構成されましたが、非常対策委は最高委員会を代行する最高議決機構でしょう。ですが、その非常対策委員として参加した人たちの話を時々聞いてみると、朴委員長の独断的な決定で意志決定構造が無力化される場合が多いらしいです。党でも同じですが、もし大統領になったとすれば、より大きな問題ではないでしょうか。ですから朴委員長が大統領選挙で幅広い国民の支持を受けるためには、今、示しているリーダーシップでは困ると思います。
白楽晴 私も朴槿惠氏がもし大統領に当選するならば、私たちが守旧勢力のヘゲモニーを打破し、弱めて、2013年体制の下で社会統合を達成していくのは本当に困難だと思います。権威主義のことをおっしゃいましたが、本当に帝王的な体質が身に付いてしまっているようです。それが優雅に見えることさえあります。李明博大統領は現代建設のCEOをやっていたといっても、事実、現代ではみなが故・鄭周永(チョン・ジュヨン)会長の召使いだったので、鄭会長の召使いをやりながら学んだ権威主義であって、自分が最高決定権者として作り上げた権威主義ではありません。ですから、本当に不安に思うことが多いです。
4月の総選挙に対する私の予想ははずれましたが、その前にこのように言ったことがあります。地形は野党に有利だが、兵力を見ると、あちらは確実な指揮官がいて、こちらにはそれがいないから、どうなるかわからないというものでした。今回も地形は有利だということは言われましたが、兵力がきちんと組織化できず、確実な候補がいなければ、また負ける可能性もありますが、私はそうなると、国が本当に困難に処すると思います。権威主義の問題もあり、また何といっても今回、地域主義的な旧習の復活に、朴委員長が大きく一助しましたし、その最大の受恵者でした。もうひとつ、彼女は南北関係について、李明博大統領よりはさらに慎重に管理するでしょうが、必要な時に思想攻撃を展開するのがかなり習慣化しているのではないか、朝鮮半島の問題は、4~5年前とまた異なる、新たな地平を開くべき状況ですが、それを主導するのはかなり大変だろうと思います。ひとつ付け加えるならば、私は野党が大統領選挙で必ず勝つだけでなく、豊かな票差で勝たなければならないという点を強調したいと思います。立法府をセヌリ党が掌握していますから、大統領選挙で楽勝したからといって独走できるだけではないわけで、反対に2013年体制を作るべきだという民意が確かに示されてこそ、セヌリ党の国会との円満な妥協も可能だろうと思います。
李海瓚 李明博政権に参加した人々の属性を見ると、おおよそ3種類でした。現代側とソウル市、そして党から出てきた人々です。その中で現代側はもちろん企業家で、市から来た人々は公務員出身でしょう。ですが、当選可能性が高くなるほど、さらに欲のある人が核心に入ってきます(笑)。朴槿惠陣営も同じことです。ここも主として国会議員、セヌリ党に長らく在籍している人々、ジャーナリストらが、当選可能性が高いほどたくさん入っていますが、現在入っている人々が李明博政権の人脈ほど良質であるとは思いません。そうであるだけに、候補や当選者がさらに失敗することになります。大統領はみな同じです。本人が報告を受けた範囲内で思考するので、それを越えるケースはさほど多くありません。
大統領選挙で野党連帯以前にやるべきこと
白楽晴 ですが、野党側はどうですか。まず政権継承政党として信頼されるために、両党とも革新して備える必要があり、さきほどお話ししたように、総選挙で選挙連帯が困難ななか、それでもなんとかひと山越えましたが、問題点がないわけでもありませんでした。大統領選挙における連帯は違う形で進むので、その問題もありますし、大統領選候補を選ぶ問題もあるでしょう。しかも今回は、民主党候補を選出しても、安哲秀氏が無所属で出てくれば、彼とどのように連帯するかなど、様々な難関があるでしょう。
李海瓚 その点が今後きわめて難しい課題です。基本的に連帯対象は安哲秀氏や進歩党候補になると思いますが、総選挙での連帯経験があるので、信頼関係は少しできました。冠岳(クァナク)選挙区のような場合が典型的です。私はそこで5回、選挙をやりましたが、ハンナラ党でどんな候補が出てきても、得票率が35%を下回ったことはありません。ですが、40%を超えたこともありません。なので、あちら側が当選することもない地域です。今回は野党無所属候補が出てきて分裂したので、セヌリ党が当選しましたが、最後に有権者が野党単一候補として出てきた民主労働党出身の進歩党候補に傾いたのです。とても意外な結果です。それを見ながら、有権者ははるかに成熟しているし、またそれだけ状況が切迫しているのだと感じました。ですから、おそらく大統領選挙でも、有権者は候補が単一化すれば勝てる、必ず勝たなければならないという流れになりそうです。ただ、それを受け入れる準備を、民主党でどのようにやるかにかかっていています。ですから、特にリーダーシップが正確でなければならないという気がします。
もうひとつは管理を厳格にするべきだということです。でなければ、遠心力が作用して乱れます。2007年はかなり混乱していました。党を2回も割って混乱の真っ只中で、私も自分がどの党に属しているのかわからないほどでした(笑)。名前もみな記憶できないほどです。厳格に管理して、感動的な単一化を達成し、有権者の切迫した要求があってこそ、大統領選挙にまで進むことができます。また、マスコミの環境も、2002年に比較すれば、SNSメディアがあり、早くて強いです。「ナコムス」のような場合が今回は限界を示しましたが、ものすごい波及力があるのは事実でしょう。それに比べて「綜編」はほとんど影響力がありません〔「ナコムス」はインターネット新聞『タンジ日報』で2011年4月末から週1回放送しているラジオ番組。主として李明博大統領を風刺したものが多いが、他の社会問題も扱う。その社会的影響力のために、これまで各種スキャンダル事件でもその存在が注目された。番組名は「私はみみっちいやつだ」という意味の韓国語「ナヌンコムスダ」の略。「綜編」は「綜合編成チャンネル」の略。2009年7月にメディア関連法が国会を通過し、新聞社や大企業が株式の多くを保有できるようになり、ケーブルテレビや衛星放送で放送されるようになった。ニュース・教養・ドラマ・娯楽などすべてのジャンルにわたる番組があるが、朝鮮日報、中央日報、東亜日報などがその事業者として選ばれたこともあり、全般的に進歩勢力からは批判が多い―訳者〕。新聞の影響力が落ち、放送の影響力は生きていますが、意外に「綜編」が全く影響力を行使できないので、2002年よりも悪い環境ではありません。また、政策に関する共有もかなり達成されました。これまで白先生が苦労して政策綱領をお作りになりました。
白楽晴 それを白先生が、と言われると困ります(笑)。円卓会議が中心になって、各党や市民社会が参加した作業でした。民主党と当時の民主労働党、国民参与党が積極的に参加しましたし、進歩新党も出帆する時は趙承洙代表が同意しましたが、後で脱退しました。
李海瓚 政策連合と共同政府の2つが達成されるべきですが、政策連合では、違いは違いとして、合意は合意として、それなりにうまくいきそうです。前回の草案があるからです。事実、民主党が草案綱領に合わせて比例代表を布陣させるべきでしたが、今回はうまきいきませんでした。共同政府の構成案についてはまだ議論がありません。進歩党側は今回の選挙で議席が増えたので成果があったと考えています。したがって連帯を通じて共同政府に参加できる方案が議論できそうです。また進歩党を主導するグループの力が総選挙前より強くなりました。民主党で信頼しうる共同政府構成案を提案すれば、ある程度は成立するでしょう。2002年の大統領選挙では葛藤関係でしたが、現在は友好的な関係なので、共同キャンペーンをするのもいいでしょう。6月9日の全党大会以降、進歩党との連帯をどのようにするかがまず議論されるでしょうし、候補単一化の問題は今年の秋ぐらいに、安哲秀氏や進歩党候補との単一化過程を経ることになるでしょうが、それをきちんと構想するべきです。
白楽晴 ここで進歩党に対して苦言を呈する人間は、私しかいないようです。李先生はあちら側と連帯しなければならない立場で、尹先生がおっしゃれば、保守主義者だからそうなのだとおっしゃるでしょうから(笑)。数日前に、進歩連帯、進歩党などの様々な進歩団体から招請を受けて、講演をしに行きましたが、私は3つのことをいいました。最初は、議席数は大きく膨らんだけれども、政党名簿得票率が第17代国会議員選挙に及ばなかったばかりか、蔚山(ウルサン)や昌原(チャンウォン)で全滅だったという点です。それは、公認で失敗したなどの政治工学的な問題もあるでしょうが、事実、労働する平凡な人々に、進歩党が自分のために一番よくしてくれる党だろうかという確信を与えることに失敗したのではないかということでしょう。政権奪取の可能性がないから、さらに積極的な要求を提起するけれども、政権をとって責任を負うことがないから、観念的で抽象的な最大限の主張だけをかかげて、むしろ労働者を説得できない面もあるのではないかということです。
2つ目は、選挙連帯戦略の焦点と関連することです。私は、進歩政党が国会で院内交渉団体として活躍することが望ましいと考えますが、「2013年体制作り」という大きな目標が先であり、院内交渉団体の構成もその脈絡で追求されるべきだと思います。「希望2013」のために、民主党と「勝利2012」を共同目標として設定し、その過程で20議席以上を得ればいいのであって、得られなくても国会法を改正して、たとえば10議席や15議席だけになっても院内交渉団体を構成できるようにしようという共同の選挙公約をあらかじめ掲げるんです。もちろん国会法改正というのは、セヌリ党も同意しなければなりませんから、簡単なことではありませんが、多数党になれば、いろいろとやりとりする中でその程度は可能でしょう。ですが、ひたすら私たちの党が20議席以上取らなければならない、そのために民主党を最大限圧迫して、一区域でも多く勝利するといって、少し過度に選挙戦を戦ったために、結果的に所期の成果を上げることもできませんでした。
もうひとつは、進歩党の中で主導するグループの力がさらに強くなったといいましたが、そうであればあるほど、組織文化の改善が必要だということです。進歩党だけでなく進歩運動団体が過去に闘争した時期の組織文化を相当部分そのまま維持しています。闘争は必要ですが、いまや国民の前にすべてをさらして国民を説得する組織になるべきなのですが、古いスタイルでどんな手を使っても勝って突破すればいいという、そのような文化は刷新するべきだ、このように3つのことをお話ししました。
尹汝雋 そうですね。今回の総選挙でも白先生が言及される、そのような点のために、多くの人々に、進歩党が危険な勢力であるという認識を抱かせました。事実、かなり損をしました。今後、進歩党が国民にさらに幅広い支持を受けるためには、組織文化を変え、さらに責任ある姿を示すべきだろうと思います。野党連帯は、総選挙よりは大統領選挙の方が自然ではないでしょうか? 連帯できるだろうとは思いますが、さきほど李先生がおっしゃったことが実現するためには、民主党の中に民主的な強力なリーダーシップが成立することが一番重要だと思います。政党を運営するためには、構成的な次元があり、道具的次元があるというです。空想的次元は党のアイデンティティに関連するもので、道具的次元は戦略に関連するものですが、2つを統合するのがリーダーシップですから、これがめちゃくちゃになれば、選挙をきちんとやり遂げることが困難であり、政党がきちんと運営されることさえ大変ですから、民主党のリーダーシップが一番重要な課題だと思います。
「安哲秀」変数をどう見るべきか
白楽晴 大統領選挙の局面のリーダーシップにおいて、党代表の役割がもちろん重要ですが、選挙はやはり候補中心で行きますから、特に李先生の立場では大統領選候補をめぐって、いろいろなことを言いにくいという点は理解します。しかも、最近、朴智元(パク・チウォン)最高委員との役割分担において、文在寅(ムン・ジェイン)顧問を擁立しようとしているという話まで出てきています。私が関知する党内事情や関係を見る時、それは話にならないと思います。文在寅擁立を前提に朴智元最高委員がそう言ったとすれば、それは完全投降ということですが、そうした感じでもなく、李先生や文顧問もその水準ではないと思います(笑)。
尹汝雋 新聞に出たのを見ると、朴智元委員が文在寅当選者に会いにいきましたが、ドアをあけなかったと言っていましたか。
李海瓚 孫鶴圭(ソン・ハッキュ)に会いましたが、手を握らず、文在寅に会いましたが、ドアをあけなかった、ということです。
白楽晴 今、議論されている人物に対する評価は、むしろ尹先生の方が自由にできると思います。
尹汝雋 立場は自由ですが、特に知っていることも多くありませんので。文在寅当選者は細橋研究所でシンポジウムをやる時、初めてお会いして、最後に握手して挨拶しました。個人のことを全く知らないので、何か言うのも注意深くなりますが、報道機関で受けた印象、言っていること、周辺の人々の話を聞いてみると、個人的な人柄はとても立派な方のようです。ですが、果たしてその方が悪魔的属性のある権力をきちんと扱えるのだろうかという疑問があります(笑)。今回少し失望したのは、選挙の最後の段階で「ナコムス」を選挙区に招請したことです。それを見ると、政治的な分別力に少し問題があるのではないか思います。
白楽晴 その他に、孫鶴圭前代表は世論の支持度は高くないけれど、常に話題の中心にいましたし、いわゆる潜在的な可能性では金斗官(キム・ドゥグァン)知事もいます。
尹汝雋 ええ。金斗官知事もずいぶんと話題になりました。私はよく知りませんが、潜在的な能力で見ると、文在寅当選者よりもいいと言う人もいました。孫知事は私も昨日、放送で言いましたが、なぜいつも重要な時期に現場を離れるのかわかりません(笑)。それも判断力の問題ではないでしょうか? また孫知事は何といっても、やはりハンナラ党を離党してきたというのが大きな制約ではないでしょうか? 李先生はどうお考えですか?
李海瓚 今はずいぶん払拭しました。前回、盆唐(ブンダン)乙区で出馬して、党代表に就任するなどの過程を経て、そうなったようです。その話は本来、私が先に言っていたことですが、今は私も問題にしていません。あの程度であれば認めるべきだというのが、おおまかな党内の雰囲気でしょう。
白楽晴 党内の具体的な人物評については、李先生が笑ってばかりおられましたが、そのような評価であるということにしましょう。今、党内の人物よりも、むしろより注目されているのが安哲秀氏です。彼は党外の要人ですから、ひとこと伺いましょう。
李海瓚 私はとても重要な要素になると思います。安哲秀氏個人でなく、安哲秀氏を中心にする、選挙工学的には浮動票といいますが、その票が参加するかしないか、これが選挙に大きな影響を及ぼします。基本的に安氏もそうで、彼の支持層の指向が穏健な進歩陣営なので、世代では20~30代に多く、健全で民主的な手続きを重視する人々でしょう。彼らが参加すれば選挙が躍動性を帯びます。安哲秀氏個人でない、彼の支持層が安哲秀という船を海に出したのです。その海面が高くなるか低くなるかによって、安哲秀が上がって下がったりしますが、その層と共感できる連帯なくしては、大統領選挙は容易ではありません。また、安哲秀氏本人もその現象を自分一人で勝手に投げ出したり、横領したりできないことはよく知っているようです。だから最後までとても重要な要素として作用すると思います。
白楽晴 その層を引き寄せるために、安氏が役割を果たすべきだと誰もが言いますが、その役割というのは、これまでやってきた形を繰り返してはいけないということではないですか?
李海瓚 それが実際の政治的な力として出てくるならば、安氏が候補レベルの人物になるべきです。無所属であろうが、創党をしようが、入党をしようが、どんな形でも候補レベルになってこそ、力が結集し、その力量と民主党候補が出会い、単一化過程を経て、選挙にまで行くことができるんです。
白楽晴 民主党に入党して候補になる可能性はないでしょうか?
李海瓚 少ないですね。
尹汝雋 私もそれはないと思います。
李海瓚 党を作って候補になるなり、ある集まりの候補になって、民主党候補と単一化の過程を経るべきでしょう。
白楽晴 民主党候補との単一化を前提にしていることについて、尹先生、他の意見があれば(笑)……。
尹汝雋 いいえ。セヌリ党と民主党の2つを考えれば、民主党の方に行く可能性が高いと見るべきです。
李海瓚 安氏自身がセヌリ党の前身であるハンナラ党に対して、拡張されてはならないと言ったことがあります。
決断を控えた安哲秀の複雑な算法
白楽晴 ソウル市長選の時、その話を明確にしました。ですが、総選挙前の全南(チョンナム)大での講演では、陣営論理を克服したいといって、人物を見て選べといいました。私はその部分で少し疑問に思いました。もちろんいい人物を選べということが間違っているわけではありません。陣営論理を克服せよというのも、与党、野党のグループを作って自分たちのやることは無条件に正しく、他の人々がやることはみなだめだ、というような論理に陥ってはならないというのは正しいですが、他の見方をすれば、安氏自身がソウル市長選の時、自分なりの陣営論理を展開したわけです。ハンナラ党陣営が拡張されてはいけないと。その立場から離脱したのかどうか、そのようなことが気にかかりました。
李海瓚 それは、大統領候補よりは総選挙候補を意識した話ではないですか?
白楽晴 そうです。ですが、いい人物を選ぶことはもちろん重要ですが、それぞれみな立派な人格者だと騒いでいるのに、誰が本当にいい人なのかわかるわけもなく、冷静に見た時、両方とも立派な人物でないこともあるでしょう。ではどうしろといっているのか、棄権しろといっているのか。安氏は棄権するのはやめようということでした。そうした点が矛盾するということです。だから、彼が両方ともだめだという論法・立場に後退したのでないかとも憂慮しました。総選挙が迫ったとき、ユーチューブにビデオをアップしたのがあります。アングリーバード(angry bird)の人形を持ち出して話をしているのですが、本来、ソウル市長選当時の一種の陣営論理をまた展開したのです。私の陣営論理とも通じますが、韓国社会に保守・進歩の二大陣営があるのではなく、きちんと陣営としての力を備え、政党だけでなく、各界各層に有利な立場にある、堅固な陣営はひとつしかないというのです。アングリーバードというゲームで、悪い豚が城砦を占領するのがまさにそれです。そして、こちらにはそのような城砦を持てないアングリーバードが、自らの体を投げ出して城砦を攻撃するというのです。安氏はそのビデオで、皆さんの一票一票がアングリーバードです、と言っています。そして、私と基本的に考えは同じだと安心しました(笑)。
尹汝雋 ですが、他人にはアングリーバードになれといいながら、自分がアングリーバードになれなければ困るのではないでしょうか(笑)。
白楽晴 最後までアングリーバードにならないだろうとお考えですか?
尹汝雋 そのように大言壮語はできませんが、私がこのように言ったことがあります。外郭をぐるぐる回るだけの粗雑な形態ではないか。これまでに言っていることを見ると、意志は明確にあるように見えますが、本人が持っている新鮮なイメージで場外を回り続けています。明確なビジョンや代案を提示するわけでもありません。このように行けば、国民は、彼が検証を避けようとしているという印象を持つでしょう。若い人にはたえず挑戦しろ、あきらめるなと励ましながら、なぜ本人は挑戦しないのかと考えると思います。若い人々に会うと、安氏からそのような印象を受けると言う人がずいぶん増えました。2学期には講義をしないといったので、まもなく政界に出てきそうな感じですが、政党を作ることはしないと思います。ご存じの通り、政党を作ることはそんなに簡単ではありません。安氏の立場では考えすらできないことです。しかも最近、朴世逸(パク・セイル)先生が政党を作って、無惨に崩壊するのを見ました。私は安氏が政党を作るとは思いませんが、ある種の運動体や結社を作ることはあるだろうと思います。
白楽晴 政党を作らずに参加するのは、朴元淳(パク・ウォンスン)モデルというものがありますが、それが大統領選挙の過程でどの程度、適用可能だとお考えでしょうか?
李海瓚 2002年に鄭夢準(チョン・モンジュン)候補は党を作って選挙戦をしました。別の方法がないので世論調査をしました。朴元淳市長は党を作らずに世論調査と現場投票でやりましたが、やはりその方法はそれほど躍動的ではありません。ナイーブです。実際に単一化して、本当にシナジー効果を出すためには党を作るべきです。党を作って両党が選挙戦をして単一化すれば、その党とも共同政府をまた作るという形でです。そのままグループでいるのと、党になって共同政府を作るのは全く違います。実際に政権交代して、共同政府を構成し運営するためには、党を作り、党の名で候補の単一化過程を経るのがはるかに躍動的であって、グループでやれば綱領や政策があるわけでもなく、候補個人の意見があるだけです。そのために共同政府の構成において、原則や方向の共有が困難です。
尹汝雋 市民団体の性格の組織を作り、党の候補とともに選挙をすることに、勝算がどれほどあるのかということについても、かなり用心深く考えています。
李海瓚 そのような点もあります。鄭夢準候補と盧武鉉候補も単一化議論を始める時は23対17で鄭夢準候補が6ポイント優勢でした。ですが、あとで結果を分析してみると、適合度世論調査をしましたが、民主党票は結集する反面、国民統合21は、党は党ですが、形式的な党なので結束度が落ちます。そのような点があるので、安哲秀氏は早く判断を下すべきです。
白楽晴 党を作ることは考えられないとおっしゃいましたが、党を作っても容易ではないということです。入党して民主党の選挙戦に参加するのも、ほとんど可能性がなく、朴元淳モデルも通じないようですし……。
李海瓚 通じることは通じますが、躍動性が落ちるんです。
尹汝雋 安氏本人のながらく悩んでいるのも、そのような点のせいではないでしょうか。また自分の口で、大統領選に出るのは選択でなく与えられるものだと言いました。受動的な姿勢でしょう。世の中に選択でないものはありません。しかも、国家の権力を勝ち取ることが与えられるものだというのでしょうか? 安氏と対話をしてみると、絶えず状況を点検して、これという確信がなければ動かないという傾向があります。なので、私が冗談で、そんなことならば政治をやらないでくれと言いました。政治指導者は状況を作っていく人であって、状況が作られるべきだといっていたら、一生待ってもそのような状況は来ないと笑いながら言ったことがあります。今でも選択ではなく与えられるものだと言うでしょう。それは本当に間違った考えだと思います。
李海瓚 こういうことでしょう。私も政治をやりながら感じるのは、絶えず押し寄せる荒波に乗るものだということです。状況は絶えず押し寄せます。一時も休まずにです。波に乗りつづけて越えなくてはなりません。越えれば、波の中に巻き込まれて、水を飲んで出てきたり、スムーズに越えられたりすることもあります。それを着実にやって目的地まで行くんです。そのまま浮遊して行くのではなく、絶えず波乗りをしながら行くので、本当に難しく、危険で、鋭敏なものです。それを避けることはできません。
尹汝雋 本人はそのことをだいぶ恐れていると思います。水を飲むことも恐れています。現実の政界を見ると、時には殴りあいもあり、襟首を摑んだり、汚水をかぶることもあるでしょう。あんなことを自分はできないと思うかもしれません。そして政治的状況というものは、いくら点検しても動き続けます。ですから悩みだけが長くなります。
李海瓚 考えてみて下さい。去年8月、無償給食の住民投票から始めてわずか8か月で、韓国の政治がどれほど変わったでしょうか。今後、6か月の間にも変化がないはずはありません。波乗りは続くでしょう。波を最後まで乗って、越えられる人が、ゴールインするでしょう。
尹汝雋 安氏はとてもいい船ですが、なぜあのように波乗りを恐れるのかわかりません。
白楽晴 そうですね。安氏が、状況が与えられねばならないと言うのは、状況が自ずから作られれば花御輿に乗るという話というよりも、波乗りをせざるを得ない状況がくれば、自分も波乗りをするという意味でもあるでしょう。
李海瓚 自分が勝とうとする意志がなければなりません。それでこそ勢力が結集し、シナジー効果が出てくるのであって、負けても勝ってもいいなどと言えばシナジー効果は出てきません。また政党というものは社会制度です。あってもなくてもいいものではなく、必ずなければならない社会制度であり機構です。それはいつも補充しながら発展させていくべきものでしょう。
尹汝雋 安氏も失うものが多いだろうという話ですが、果敢になりにくいということもあるでしょう(笑)。
2013年、大韓民国の再跳躍の別れ目
白楽晴 安氏のことは見守るしかありませんね。時間がずいぶん経ちましたので、最後に整理を兼ねて、有権者が2012年の大統領選挙をどう認識し、どんな基準で候補者を判断するべきか、個別の政治家だけでなく、政党や市民社会、知識人に言いたいことがあったらおっしゃって下さい。
李海瓚 2013年体制が今後、20年行くか25年行くか分かりませんが、2013年からおおよそ2030年まで、韓国社会が本当に暮らしやすい国として発展できるか、あるいはここで立ち止まってしまうのか、とても重要な歴史的時期がまさに現在です。なぜならば、ここで私たちが東北アジアの平和体制を作り、軍備を縮小しながら、ある程度、福祉共同体の内的構造を作って民主的秩序を確立すれば、ヨーロッパ水準以上の国になるでしょうし、それが作れずに保守的で冷戦的な要素がさらに強化されるならば、絶好の機会を喪失するということです。そうなると、進歩陣営は求心力が非常に弱くなり、回復の可能性も予測できず、守旧勢力はさらに猛威を振るい、予想外にもはるかに強くなる状況が到来することもあります。そうなると、さきほど話したように、葛藤はさらに先鋭になり、安定した社会から遠ざかる懸念が大きくなります。そのような次元で成立する権力構造の改編なので、本当にビジョンを持った、そしてそれを実践できる真正性ある候補を、私たちが選択するべきだという点が核心だと思います。
尹汝雋 私たちが当面する時代的課題は、権威主義を完全に清算し、民主的なポスト朴正煕(パク・チョンヒ)モデルを作ることです。特に強力な光と陰を伴うグローバル化の滔々とした流れの中でです。それがなければ持続的な発展も難しく、南北の平和統一も見通しが暗くなるだけです。今回の大統領選挙はそのような時代的課題に向かう第一歩ではないでしょうか。ですから候補を判断する時、私は生意気にもステートクラフトのことを申し上げましたが、複雑な国家機構をきちんと運営できる能力を見ることが重要です。そしてそのような能力の基礎をなすのが公共性です。公共性が李明博政権になって崩壊してしまいました。これでは到底、民主主義も実現できません。ですから、公共性が浸透するように考えているのは誰なのかを見るべきです。公共性の上に能力があるべきであって、公共性という基礎もなく、単に有能なだけであれば、ともすると国家に害を及ぼすこともあります。私は誰が最も公共性に透徹しているかを基準として考えてくれたらと思います。
白楽晴 その点は私も全面的に共感します。公共性とは、まず大統領になる人の個人的な性格の問題でもありますが、それを後押しする勢力と、基盤もないまま、たとえば、自分は李明博より公共心が強いから自分がやればいいと考える瞬間、私たちは誤った道に進むこともあるだろうと思います。また、真正性のことをおっしゃいましたが、、何のための真正性か。私は「希望2013」に向かう真正性でなければならないと信じているので、ずっと2013年体制の話をしようと思っています。87年以来とは異なる次元の朝鮮半島を作ろうという大きな絵を持ち、その絵に対してどれほど真正性を持つかによって、候補を判断するべきでしょう。
さきほど、朝鮮半島の問題が出て、時間の関係上、詳しい話はできませんでしたが、事実、87年体制は、基本的に1953年の停戦協定体制という土台の上に、軍事独裁を置き換えただけであって、53年体制の基盤は共有するものだったために、87年体制を越えてもう一度跳躍するためには、停戦協定体制が平和協定に変わるべきだと思います。もちろん、韓国の大統領の思い通りにできるわけではありませんが、事実、韓国の大統領が強い意志を持って、国民の同意を背負ってやれば、最低限、休戦協定を平和協定に変えるくらいのことは任期内にできると思います。大統領になるならば、いつまでに平和協定を結ぶと公約し、それに対する様々な反論に耐える準備ができていなければなりません。北朝鮮の核問題は見過ごすのか、ひょっとして南北を等価的に見ているのではないか、このような話が出てくるでしょうが、それに動揺しないほどの準備ができていなければなりません。
国民が正しい判断ができるように、党にいらっしゃる李先生も、本来はハンナラ党にいらっしゃいましたが、今は自由に活動しておられる尹先生も、ずっと市民社会で活動してきた私も、2013年以降はもう少し統合された大韓民国になるように最善を尽くし、その一助となられることを願います。長時間お疲れさまでした。ありがとうございました。(2012年4月28日/細橋研究所)
翻訳: 渡辺直紀
季刊 創作と批評 2012年 夏号(通卷156号)
2012年 6月1日 発行
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