韓国経済、その生存戦略はいかに
2012年 秋号(通卷157号)
鄭大永(チョン・デヨン) ソンヒョン経済研究所所長、韓国金融研修院教授、韓国銀行金融安定分析局局長および人材開発院教授を歴任。著書に『韓国経済の意図的怠慢』『新リスク管理論』などがある。dyj@bok.or.kr
1.はじめに
韓国経済には問題が多い。社会のほとんどすべての分野で格差が拡大し、まともな雇用が不足し、物価も不動産価格も高騰、家計負債の急増と不動産市場の不安、賃貸所得者や高所得自営業者の脱税、相互貯蓄銀行の破綻など金融産業の立ち遅れ、経済の過度な開放、中小・中堅企業の脆弱化と財閥への経済力の集中、国家財政の健全性の悪化など、大枠だけ見てもこれほどの問題がある。さらに2013年以降、国内外の与件も予断を許さない。
まず、世界的に景気が悪化している。2008年の世界金融危機は、ゼロ水準への金利引き下げ、果敢な財政拡大政策などの追い風を受けて1929年の大恐慌のような金融市場の崩壊と深刻な景気後退につながりはしなかった。しかし収拾過程で主要国の財政赤字と政府負債が、手に負えないほど大きく増加した。特にギリシャ、ポルトガル、スペインなど、南欧諸国は経済の基礎与件が脆弱なところに、ユーロという単一通貨の使用によって政策に制約がかかり、財政危機を迎えている。今回のヨーロッパ財政危機は、ある程度予想されていたことではあるが、適切な対応策をとることが難しく、短期間で終わるようには思われない。
韓国の経済成長率は経済面で無能さを見せた盧武鉉政府下でも、経済大統領を自任していた李明博政府下でも、世界の経済成長率とほとんど同レベルで推移してきた。商品輸出の増加率もまた、為替レートが安定していた盧武鉉政府の時期も、高レート政策を使ってきた李明博政府の時期も、どちらも世界の商品交易増加率と同じような水準である。ヨーロッパの財政危機、中国経済の後退などによって世界の経済成長と貿易が委縮すればするほど、韓国経済も悪化の途を辿るしかない。
次に、李明博政府が問題解決を後回しにしたり、当面は表面化しないように押さえつけている韓国経済のリスク要因が暴発する可能性が大きくなった点である。ハウジングプアに代表される家計負債と住宅市場の不安、非正規労働者の量産、電気料金など公共料金の引き上げ圧力、金融疎外階層の増加と庶民向け金融機関の委縮、公企業と政府負債の累増などが代表的である。
最後に、南北分断は韓国経済の過度な開放とも絡み合って、継続的な制約要因となる。韓国経済は食糧・エネルギー、部品素材などの海外依存度が高いうえに、金融の開放度も高く、南北関係の変化に直接的・間接的に影響を受ける。マレーシアなどの東南アジア諸国に比べて相対的に韓国の国家破産の危険が高く、為替レートの変動性が大きな理由はまさにここにある。韓国の金融機関と企業は、財務状況などに比べてより高い借入金利を支給したり、時には営業自体が困難に陥りもする。経済規模が世界第15位ほどで、人口約5000万に達し、一人当たりの国民所得が2万ドルを越えて先進国の敷居をまたいだとはいえるが、このような困難のなかで経済を率いていくのは簡単なことではない。これに加えて、国民の期待水準は高く、我慢強さがないうえに、経済にたいする診断も処方も人によって大きく異なる。このような点に鑑みて、以下、三つのパートに分けて論じていきたい。第一に、韓国経済の核心的な問題にたいする認識を共有するための議論であり、第二に、政策基調の転換と経済構造の改善といった基本的な政策方向を提示し、第三に、生活と直接つながりをもつ具体的かつ重要ないくつかの提案をしたい。
2.何が核心的な問題か
韓国経済の問題解決が難しい理由の一つは、人によって原因と解決法をどう考えるのかが大きく異なるところにある。これは保守と進歩の両陣営の間だけではなく、いわゆる進歩または改革勢力と呼ばれる人々の間でも、食い違いを見せている。簡単なことではないが、まず、格差拡大、雇用不足、継続的な政策失敗の原因というように、三つのテーマを論じて問題意識を共有していきたい。
格差拡大の原因はネオリベラリズムにあるのか
格差拡大がいかに深刻かについてはほとんどの人が同意するだろう。そして、多くの人が格差拡大の根本原因をネオリベラリズムの拡散だと考えている。ネオリベラリズム原因論は、一面において妥当ではあるが、格差拡大の本質を完全に説明することはできず、とりわけこの論理では問題の解決が見いだせない。非正規雇用、零細中小企業と小規模自営業者、農民、求職者などは、何に保護されるわけでもなく生死をかけた競争に追いやられており、これらが抱える困難は、あきらかにネオリベラリズムと深く関係している。しかし、これらの反対側にいる財閥など一部の大企業や、銀行などの大型金融機関、医師などの専門職と公務員、公企業・大企業の正規労働者は、むしろ過保護のなかで高収益と高い報酬を享有している。これはネオリベラリズム的な競争と効率、規制緩和というよりは、さまざまな優遇措置と利権、独占・寡占的利益のほうに深く関係していると考えられる。
こうなったのも、1997年のIMF金融危機を経てネオリベラリズム的改革が経済的弱者にのみ適用され、そこに留まったことに加えて、盧武鉉政府期に脱権威主義的な雰囲気の片隅にまぎれて財閥・専門職・官僚・労働組合・メディアといった中間権力集団が跋扈し、利権を強化したからである。経済面で韓国は新しい形の封建主義国家になったといえる。こうして広がった格差を緩和するためには、弱者層への支援と福祉の拡充など、反ネオリベ的政策がある程度効果的だが、新封建主義を打破するには力不足という点で、片面的政策にしかならない。すなわち、財閥・銀行・官僚・専門職などにたいする過保護を差し引いていく政策を同時に推進してこそ、格差拡大をきちんと解消できるのである。特権・利権集団にたいしてはむしろ、公正な競争と進入拡大など、自由主義の原則を適用することの方が必要な状況である。
投資拡大は雇用創出のための最善策なのか
これまで雇用創出の中軸となってきた政策は、住宅建設や建設工事の拡大、金利引き下げと税制面での減免措置による投資の活性化、財界人との会合を開いて投資を要請するなど、ほとんどが投資の拡大に関連するものだった。李明博政府は投機助長に近い住宅景気の押し上げ策、環境破壊をものともしない大規模建設工事とともに、企業の違法・脱法を容認することで投資拡大を図ってきたが、雇用状況は改善されていない。韓国の投資はGDPに占める投資の割合、企業の投資形態、道路・空港など社会間接資本の活用度などを総じてみれば、不足しているとは言い難い。特にGDPに占める建設投資の割合はアメリカ、ドイツ、日本に比べて約2倍ほどであり、過剰状態である。韓国の雇用不足は、投資不振のせいではない。投資と輸出の増加が雇用拡大につながらない経済構造と、政策の失敗のせいである。1990年代半ば以前のように、投資が増えれば経済も成長して雇用も自然と増えるという良き時代は過ぎ去ったのである。
また現在、韓国経済の構造上、企業の急激な投資拡大は経常収支の赤字を誘発する可能性が高い。韓国は国内総投資率が30%代に上るが、総貯蓄率はこれより少し高い31~32%を維持しており、経常収支の黒字基調が維持されている。他方で家計の純貯蓄率は3~4%と低く、国内貯蓄のほとんどを企業貯蓄に依存している。こういった状況で企業投資が大幅に拡大すれば、当該企業としては内部留保が充分なので持ちこたえられるが、国民経済全体としては問題が生じうる。すなわち、家計貯蓄が大きく伸びないかぎり。国内総投資率が総貯蓄率を上回ることになり、1990年代半ばのように経常収支は赤字へと転換せざるをえない 。 国民所得の支出と処分の恒等関係(Y=C+I+G+X-M=C+G+S→S-I=X-M)によって総貯蓄率が総投資率を上回る(S>I)と、純輸出(X-M)がプラス、すなわち経常収支は黒字となる。これとは逆に、国内総投資率が総貯蓄率を上回る(I>S)と、経常収支は赤字になる。拙著『韓国経済の意図的怠慢』ハンウル、2011年、84頁。(Y:国民所得、C:消費、I:投資、G:政府消費、M:輸入、S:貯蓄)さらに、ヨーロッパの財政危機などによって海外需要は減少傾向にあり、無理な投資拡大は経常収支の赤字基調を固定化し、経済を危険にさらすことにもなりうる。
政権が変わっても政策が失敗し続ける理由
盧武鉉政府と李明博政府とでは支持階層と志向点は全く異なるが、物価不安を除いて国民が感じる経済的苦痛の面ではそれほど大差ない。すなわち、まともな雇用の不足、格差社会化の進行、住宅価格および住宅賃貸価格の不安、零細自営業者の困難などは、政権が変わっても続いている。
第一の理由は、政治勢力と政策当局が、経済構造改革や利害集団の説得を必要とする根本的な方策よりは、安易で一過性の効果しかない場当たり的な政策に終始したことである。前方・後方の連関効果を高める産業構造調整、労働市場の不均衡の緩和、投資資金フローの正常化、農業・金融など立ち遅れた産業の競争力強化などは、スローガンや関連研究はあったが、実質的な執行はどちらの政権でもきちんとなされなかった。その代わりに主に推進されたのは、金利引き下げ、為替レート引き上げ、不動産景気の底上げ、建設工事の拡大、特定分野への財政支援拡大、インターンや公共機関での雇用の拡大などの手軽な政策だった。
第二に、このような政策が利益共同体と化した官僚と一部の御用学者によって推進されてきたという点である。彼らは政権が変わろうが経済危機が来ようが、若干の浮き沈みを経験しただけで、実質的な経済政策の樹立者・執行者だった。一例として、1997年の経済・金融政策の最重要責任者としてIMF金融危機の責任を取るべきだった人々が、盧武鉉政府や李明博政府でも長官・委員長・総裁などの地位を得て経済政策をリードした。すなわち、悪い面で政策の一貫性を維持したわけである。これにたいする責任は、まずもって、無能さと専門性の不足、業務怠慢を見せてきた政界、すなわち政党と国会議員にある。これに加えて官僚組織は行政府をはじめとする政府組織を掌握しているだけでなく、民間金融企業を実質的に支配し、企業・メディア・政治・大学などにたいする影響力も絶大である。これをもとにした官僚組織の情報力と業務推進力のせいで、政界は短期的な成果をだすために官僚組織に依存していき、官僚は自分の意のままに政策を樹立・執行できるようになったのである。さらに官僚集団は、財閥や金融などの財界と互いに甘い汁を吸う共生関係を強固に構築し、誰も統制できないほど巨大化した勢力の軸の一つになった。今や新政権初期のわずかな期間を除けば、官僚が国のオーナーのようになってしまっている。真の経済民主化のためには、官僚にたいする国民の統制が、財閥改革に劣らず喫緊の重要な政策課題である。
3.経済構造改善のための政策方向
雇用の創出、格差社会の解消など、国民経済を改善するためには政策基調の転換と経済構造の改善に向けた努力が何よりも重要である。そのためには様々な政策の調合が必要であるが、利害当事者の反発などによって推進が難しいこともあるだろうし、また効果を発揮するのに時間もかかるだろう。しかし、巨大な船の方向転換のように、最初は多大なエネルギーがかかるが、一度流れを掴めば効果は長期間持続する。その課題のうちまず必要なマクロ経済的政策目標の転換、輸出・投資・消費間のバランス回復、労働市場の構造改善、投資資金フローの正常化という四つを提示していきたい。
マクロ経済的政策目標の転換
マクロ経済の政策目標の中心を成長と輸出から国民の経済生活に直接影響する雇用拡大と物価安定に転換せねばならない。これまで、成長よりも物価と雇用を重視していくという意志は何度も表明されたが、結局のところスローガンに終わった。また、一部の学者や政治家は今も1960~70年代のように、物価が10%、20%ずつ上がって成長率も10%くらいになってこそ、雇用が生まれて経済がきちんと軌道に乗ると主張する。この種の主張は、韓国経済を40~50年前の開発初期のレベルに戻そうと言っているのと変わりない。先進国の敷居をまたぎつつある韓国が、再び後進国へと戻るわけにはいかない。先進諸国の年間消費者物価の上昇率は、たいてい2%を越えることはなく、経済成長率も2~3%ほどである。韓国は購買力を基準にすれば一人あたりの国民所得が3万ドルを越えており、人口も停滞状態に入ったので、成長率を上げるには限界がある。2008年と2011年に物価が約4%上昇したが、庶民の苦痛は大きかった。物価が10%、20%も上がれば、韓国経済の基盤は壊れてしまう。
今後、政策目標を雇用拡大と物価安定へと確実に転換しなければならない。雇用創出が最良の福祉政策であり、物価安定こそが真の分配政策の始まりだからである。アメリカ中央銀行(FED)の設立目的もまた物価安定と最大雇用であり、他の先進国の経済政策目標もこれに類似している。現在、韓国の失業率統計は雇用の現実を全く反映できていない。2011年の韓国の失業率は3.4%であるが、OECD加盟国のうち最低水準で、先進国の基準としては完全雇用状態と言ってもよく、これはむしろ深刻な人材不足状態にあることを意味する。この数値は現実とかけ離れすぎている。マクロ経済の政策目標の転換は象徴的な面が大きいが、スローガンに終わらずに、各種政策の実際の樹立および執行過程に反映されるのであれば、国民の経済生活を長期にわたって少しずつ向上させる梃子になるだろう。
輸出・投資・消費間のバランス回復
韓国経済は輸出がGDPに占める割合が50%、輸出入依存度も100%を越えており、都市国家や中継貿易国家を除けばほとんど世界最高水準である。また、投資がGDPに占める割合は29%ほどで、ドイツ、日本、台湾の約20%よりも大幅に高い。他方で消費がGDPに占める割合は53~54%で、アメリカの70%、日本の59~60%、ドイツの58~59%、台湾の60%内外よりもかなり低い。すなわち、輸出と投資の割合は高く、消費の割合は低いのである。このような経済構造は、韓国経済を世界経済の状況に敏感に反応させるだけでなく、指標景気と体感景気のギャップを大きくする。
韓国の輸出は国内付加価値誘発比率(2010年)が0.563で、日本の0.834(2005年)、ドイツの0.686(2007年)よりも大幅に低い。就業誘発係数(10億ウォンあたりの就業誘発人数、2010年現在)も輸出が7.9人で、消費が16.0人、投資は12.6人と低迷している。これは輸出が国内生産や雇用創出にそれほどつながらず、為替レートの上昇によって輸出が増加しても、消費などの内需が委縮すれば雇用状況は悪化の一途を辿りうることを意味する。これによって、最近は輸出よりも投資と消費を押し上げて輸出と内需のバランスをとるべきとする声が高まっている。しかし、輸出・投資・消費間のバランス回復は簡単ではなく、ともすれば危うくもあり、きちんと整えるためには大きな努力が必要である。
まず、単純な投資拡大は、先に説明したように、経常収支の赤字をもたらし、韓国経済を不安定化させうる。次に、消費拡大は家計の消費余力がないために家計の所得増大が前提されねばならず、無理に推進してしまうと2002~03年のように、家計負債を増やすことにしかならない。したがって、短期的には適切な福祉制度の確立によって輸入誘発効果が小さい低所得者層の消費を少しずつ伸ばし、これと共に過剰状態にある建設投資を減らす政策を使うべきである。
根本的には、輸出の国内付加価値誘発比率を高める方策を講じて日本やドイツくらいの輸出規模を確保することで、国内生産や雇用を増やしていくようにせねばならない。これが輸出と内需のバランスを正常にする政策である。そのためには、基礎・基盤技術が発展し、部品素材産業の競争力を高めねばならない。もう少し具体的にいえば、科学技術の育成のための教育制度、医師よりも科学者や技術者の方が好待遇を受ける保証システムの構築などが必要である。また、有能な人材が公務員や大企業の会社員に流れていくのではなく、中小企業を創業し、これを中堅企業、さらには大企業へと育てていけるような与件を作る政策が切実に求められる。
労働市場の構造改善
韓国の労働市場は専門職と公共部門への過度な選好、職業別の労働の需要と供給の深刻なミスマッチ、非正規雇用の比率の高まりと低い報酬、一部の正規労働者の長時間労働と高賃金など、多くの構造的問題を抱えている。この構造は、労働市場の効率性を低め、雇用創出を阻害する核心的な要因の一つであるが、その改善は非常に難しい。専門職集団、公務員組織、正規労働者の労働組合、企業などの利害関係の対立が先鋭化し、一歩間違えば大規模ストライキなど、大きな混乱も起こりうる。しかし、優先順位を決めて粘り強く推進すれば、不可能な課題ではない。
第一に、教授・医師・公務員および公企業と大型金融機関の社員のように、報酬や職業安定性などの総合的な補償水準が非常に高い部門の待遇を低める政策である。すなわち、専門職の場合、人員拡大(弁護士についてはすでになされている)、国公立大学の教授や公務員の報酬凍結と透明化、そして年金改革、公企業および大型金融機関の社員の報酬凍結などである。同時に、仕事内容に比べて報酬の高すぎる官僚などとの癒着の場となっている各種団体・協会の長および人員、公企業の社長と人員、金融機関の監事、企業の社外理事などが直接的・間接的に受け取る報酬について、国民が納得できるレベルにまで大幅に削減することが必要である。これは李明博政府の初期に少しだけ推進されたが中断されてしまった。こうして減らした費用を追加採用や定年延長のための財源の一部として利用すれば、一石二鳥の効果が得られるのではないか。
第二に、雇用保険をはじめとする四大保険に加入することもできない低賃金労働者や非正規労働者への支援と保護システムの構築である。すなわち、一定の所得以下の低賃金労働者にたいする社会保険料の財政支援を拡大することである。支援範囲は財政状況を見て考えねばならないが、雇用主の負担を実質的に減らすくらいの線が必要である。非正規労働者にたいしてはまず「同一労働・同一賃金」の原則を非常に厳格に適用せねばならない。そしてこれが企業の便法などによって定着しないのなら、非正規労働者の使用制限、正規労働者への強制転換といった直接的な規制が必要となる。
第三に、大企業の正規職労働者の労働時間の短縮と賃金安定、そしてワーク・シェアリングを目標とする労働組合・企業・政府間の大妥協を促す政策である。この方策は、実行するのも簡単ではないし、推進にあたっても慎重にならねばならない。韓国企業の最大の競争力の一つが、労働者の長時間労働と強い業務集中度であることに鑑みるなら、別の政策がある程度定着した後で実施する方がよいかもしれない。特に医師などの専門職と公共部門の報酬を低めないうちに大企業正規労働者の報酬が下がれば、優秀な人材の理工系離れ、民間企業離れを後押ししてしまうことになりかねない。
第四に、韓国経済の高費用構造を改善することである。専門職、公共部門の従事者、大企業正規労働者など、韓国の高所得者も生活が楽なわけではなく、余裕がないのは一緒である。理由はさまざまにあるだろうが、住宅費と教育費に代表される高費用構造のせいである。韓国は巨額の家賃収入を得るなどの大規模資産保有者、大型金融機関の経営陣、高所得専門職、退職後が保障される官僚集団など、一部を除いては経済的に楽ではない。公教育の正常化、住宅・賃貸価格の引き下げ安定化は、韓国社会の安定と国家競争力の強化のために絶対譲歩できない政策課題である。
投資資金フローの正常化
投資資金が、①工場設立など生産的投資、②株式や預金など金融資産にたいする投資、③不動産や骨とう品にたいする投資の順で流れるように、これらの間の収益性・安定性のバランスを整えねばならない。上記三種類の投資対象の間の資金フローを正常化することは、投資者の道徳心ではなく、政策当局の意志と実践の領分である。韓国の不動産部門はこれまで収益性・安定性が高かったため、資金が集中して市場が過熱気味であった。その後遺症として家計負債やハウジングプアといった現象が今、韓国経済の難題となっており、不動産市場は過度に上昇した住宅価格の調整が上手くいっていないことから、取引が滞っている状態である。住宅価格が追加的に調整されるか、金利引き下げや株式市場の沈滞によって市場与件が変われば、いつでも不動産景気は復活するだろう。不動産にたいする国民の執着が強く、投資所得にたいする課税や相続・贈与時の納税負担も金融資産より未だ有利なことに加えて、李明博政府になってから、不動産投資を規制することがほとんどなくなってしまったからである。
こういった状況において、現19代国会与野党は、個人の少額株式売買差益にたいする課税と、金融所得総合課税の対象金額の引き下げを 株式売買差益の課税や金融所得総合課税の強化は、手軽な政策としては代表的なものであり、やる気さえあればいつでも施行できる。ただ、囲碁の手順のように、不動産への税制が正常化してから実施すべきである。推進しているが、その意図は理解しかねる。どちらの政策でも、期待していた税収アップの効果は特になく、不動産市場への資金流入が増えるだけであるとの見込みが強いからである。今、この状況で投資資金の流れを正常化するためには、難しくても譲渡所得税の強化、賃貸所得への透明かつ徹底した課税、商店街と住宅の賃貸人保護の強化などをとおして不動産投資の期待収益を低めて、企業家精神の回復によってどんどん投資へ誘引していくことが正しい道である。そして金融資産にたいする投資は、不動産投資と生産的投資の中間でバランスをとるべく調整せねばならない。
4.具体的かつ重要ないくつかの政策
韓国経済のさまざまな問題を解決し、生活の新たな糧を探しだすためには、先述した経済構造の改善とともに、多くの具体的な政策が必要である。まず、家計負債問題を不動産政策とつなげて、対応方策を練ることが喫緊の課題である。スペインの経済危機の拡大過程と比べてみれば、韓国はより危険だといえるからである。家計負債と不動産問題は金融機関と債務者、銀行と非銀行、住宅所有者と賃貸人との利害関係が複雑に絡まり合っている。金融と不動産、破産法と福祉など、多様な分野の専門家の知恵を集めてこそ、現実的な対案を出すことができるであろう。次に、電気料金の段階的引き上げと新・再生エネルギー産業の振興、医療法・弁護士法といった雇用創出を阻害する法制度の改革、伝統酒製造業などの農産物加工産業の育成も重要な政策課題である。
本稿では連帯保証制の廃止による企業家精神の回復、庶民金融の活性化と金融産業の競争力強化、北朝鮮での新たな産業の発掘の三つの政策を簡単に提示しようと思う。財閥改革は重要な課題ではあるが、既に具体的な方策がいろいろと議論されているので、ここでは論じない。
連帯保証制の廃止による企業家精神の回復
中小企業の活発な創業とそれらの中堅・大企業への成長は、景気回復、雇用創出、輸出と内需のアンバランス解消、大企業への経済力の集中緩和などのために必須である。歴代政府は中小企業にたいして金融税制上の優遇措置、技術開発と海外市場の開拓支援、大企業との公正な取引の確立など、多様な支援政策を施行してきた。それはそれで意味があり、今後も必要である。しかし実質的に最も重要な政策は、企業経営者が事業に失敗した時に極貧層へと転落することを最小化し、再起可能性を開くことである。そのために会社の代表理事など実際の経営者の連帯保証制廃止がまずもって必要である。韓国では会社が融資を受けるには、代表理事など実際の経営者の連帯保証が義務化されている。したがって、事業が失敗すれば、代表理事などは個人所有の財産まで会社の債務返済にあてられることになり、隠し財産でもない限りは野宿者になる危険がある。このような連帯保証制度は企業の借入を容易にする面もあるが、有限責任会社という株式会社の基本精神に反し、モラルハザードや逆選択を引き起こして、企業の創業と発展を制約する要因となる。
第一に、代表理事や大株主は会社が間違ったときに個人所有の財産まで奪われてしまうと考えて、会社のお金を私的に利用したり、外部流出の誘惑に負けやすく、そうすることに道徳的抵抗感を感じなくなる。第二に、連帯保証制度は法を無視する人には実効性がなく、むしろ法を守る人が損しうる逆選択が発生する。一部の相互貯蓄銀行経営者や悪徳企業主のように、会社のお金を事前に第三者や外国に流出させる人は、事業が失敗しても贅沢な暮らしができるが、法と原則に則って会社を経営した人は個人財産を守ることができない、第三に、連帯保証制は企業家精神を減退させる要因となり、企業の創業と発展の障害になる。事業失敗時に脱法行為をしなければ個人財産を守れないというプレッシャーが、有能で良心的な人材の創業の壁となっているのである。また、企業がある程度成長してからの、技術力や経営能力をもった人材の受け入れが難しくなる。さらに、一部の企業家には会社をたたんでから、貯め込んだお金で不動産投資のような手軽な道を選ぶようになる理由にもなる。
連帯保証制にはこういった弊害があり、これを廃止することで金融機関の損失増加などの副作用は予想されるが、景気回復、雇用創出、中産層の崩壊防止といった肯定的な評価の方が何倍も大きい。また、住宅担保ローンの抑制、中小企業保証制度の改善などの補完対策とともに推進すれば、副作用は大幅に減らすことができ、施行時の財政負担も特にかからない政策である。
庶民金融の活性化と金融産業の経済力の強化策
金融はそれ自体が一つの産業として付加価値と雇用を生み出すのみならず、資金を流通させることで実物経済の円滑な発展を支援する。韓国の金融産業は大型銀行が数兆ウォンの純利益を出すなど、一見、非常に優秀に見えるが、実際は相互貯蓄銀行やローンスターの問題のようなあきれた事態が生じるなど、いくつかの面で遅れている。第一に、零細企業、新設企業、信用力の低い人など、資金を切実に必要とするところにきちんと供給されず、金融の基本機能が働いていない。第二に、2008年の世界金融危機のように、金融不安の時期には外貨の面で資金調達機能をきちんと遂行できない。第三に、電子・自動車・建設などの実物経済の領域とはちがって、銀行・証券・保険・クレジットカードなど、どの金融機関も世界市場で競争力をもつことができていない。
このような状況を招いたのは、政策当局の逆差別と無関心によって信用協同組合やセマウル金庫などの庶民金融機関が各自の役割を果たせていないうえに、銀行が新規設立禁止などの過保護のせいで努力もなく独占・寡占的利益を享有しているからである。加えて、監督当局はゆがんだ組織体系や間違った運営によって専門性・中立性・責任性など基本的な資質を備えていない。金融疎外階層の縮小と金融‐実物経済のバランスのとれた発展のためには、庶民金融機関の育成、金融機関設立の拡大、金融監督システムの全面改編という三つの政策課題がまず必要である。
第一に、零細企業や新設企業にたいする資金支援を長期的に執り行うためには、マイクロ金融やサンシャイン・ローンといった庶民政策資金の拡大よりも、信用協同組合やセマウル金庫といった既存の庶民金融機関がその役割を果たせるように支援・育成することの方が重要である。庶民金融は少額・短期取引なので管理費用が大きいうえに、信用度が低いために銀行のようなところと競争するためには預金と出資金にたいする税制優遇措置を、少なくとも現在のレベルで相当期間維持しなければならない。同時に、預金小切手の発行、ファンド販売の許容など、業務規制を緩和しつつ、巨額与信などの健全性規制は強化し、破産の可能性を小さくせねばならない。さらに信用協同組合中央会やセマウル金庫連合会を、農協中央会、水産業協同組合中央会のように、特殊銀行化して幅広い金融サービスを提供できるようにしなくてはならない。
第二に、銀行などの金融機関設立の拡大をつうじて、金融部門の過保護をやめ、実質的な経済システムを構築することである。これは金融産業の競争力を強化すると同時に、独占・寡占的な超過収益を縮小することによって金融消費者の厚生増進および雇用創出といった効果を期待できる。まず、財務健全性が良好で金産分離規定に抵触しない相互貯蓄銀行を地域別に選別して銀行に転換させることである。相互貯蓄銀行は規模が小さいだけで業務形態は銀行に近く、転換の際の時間も費用も節約できる。また、銀行への転換許容は、優良な相互貯蓄銀行にたいするインセンティブともなり、相互貯蓄銀行の経営健全性を長期的に高めていく一助にもなる。
次の段階として、銀行に転換した相互貯蓄銀行が無理なく銀行業を営めば、転換対象を拡大して、証券・保険・外国銀行の現地法人などの設立を漸次許容する。長期的には金融機関設立認可を、特別措置ではなく、地方工団に工場設立を認可するのと同じように、公共サービスとなるように運営しなくてはならない。このように、金融機関設立拡大政策を成功させるには、金融監督当局と中央銀行がそれぞれの役割をきちんと果たせねばならない。
第三に、金融監督システムを全面的に再編しなくてはならない。まず、金融委員会と金融監督院に分離している組織体系を統合して、責任性・中立性を確保できるようにするべきである。そして政策機能を企画財政部に移管して、特にマクロ健全性政策は、企画財政部・韓国銀行・金融委員会の三者間の協議体を新設して担当させる。同時に、金融消費者の保護組織は金融委員会と金融監督院から切り離さなくてはならない。
北朝鮮での新たな産業発掘
南北分断状況は、地政学的な危険性の増大と軍事費の負担などとして韓国経済の制約要因になってきた。しかしより積極的な姿勢で北朝鮮を活用すれば、機会にもなりうる。韓国は建設投資の比率が過大なうえに、不動産沈滞が長期化しており、国内の建設市場の見通しは明るくない。困難に直面している韓国の建設業者にとって北朝鮮は新たな突破口になりうる。北朝鮮の社会間接資本への投資だけでなく、隣接するロシアや中国地域を連携して開発すれば、市場ははるかに大きくなるだろう。すなわち、北朝鮮の隣接地域で中国やロシアは土地を、韓国と日本は技術と資本を、北朝鮮は労働力を提供する産業団地を建設するとなれば、政治的安定化を図れる一方で、世界的な競争力をもった経済特区ができるかもしれない。
些細なことに見えるかもしれないが、北朝鮮住民と韓国企業の実質的な役にも立ちそうな協力事業もある。北朝鮮住民のウサギ飼育 北朝鮮住民のウサギ飼育支援および開城工団のウサギ毛皮加工工場設立は、サミャン毛皮㈱のイ・ヨンイル代表のアイデアを基に整理した。を支援し、開城工団などに韓国企業がウサギの毛皮の加工工場を建てることである。
韓国はウサギ、キツネ、ミンクなど、世界的にも優秀な毛皮の加工技術をもっているが、原皮はほとんど全てを輸入に頼っている。もっとも安いウサギの毛皮については、過去にも中国で飼育・輸入していたが、最近は中国も競争力を失って、主にヨーロッパから原皮を輸入し、中国で一次加工した後に韓国で製品化している。フランス、ベルギー、スペインなどではウサギの肉を食べるので、副産物として毛皮を輸出できるのである。ウサギの生皮は、1枚で2ドルほどであり、国内最大の毛皮加工企業の年間輸入量は約400万枚である。
具体的には、南北経済協力基金を利用してウサギ飼育場と繁殖用の種ウサギを北朝鮮住民に支援し、開城工団にウサギ毛皮加工工場を建てて北朝鮮住民が飼育したウサギの毛皮を全部買い取ることが考えられる。ウサギは繁殖力が高く、生育期間が短い。また、主な餌が草なので、北朝鮮住民の食料と競合することもなく、北朝鮮経済の与件で簡単に育てることのできる家畜である。ウサギ飼育は北朝鮮住民の所得増大とタンパク質供給源の確保、韓国企業の収益増加という一石三鳥の効果がある。中国もウサギ毛皮の輸入国なので、北朝鮮の飼育地域が拡大して加工工場が増えれば、関連産業は南北朝鮮の輸出産業に成長しうる。また、韓国の嗜好に合わせた調理法が開発されれば、ウサギ飼育は韓国の肉類輸入における海外依存度を低める策にもなりうる。長期的には価格が一般のウサギの10倍ほどにもなるレッキス、さらには70倍ほどのキツネやミンクの飼育へと発展するかもしれない。レッキスの飼育は現在中国がリードしている。キツネとミンクの飼育は北欧の先進国が主導する先端畜産分野であり、中国が次なる産業として狙いを定めている状態である。
2013年以後、産業は情報通信、生命工学や新・再生エネルギーといった先端産業から生み出されるであろうが、ウサギ飼育のように周辺の小さな分野にも見いだせる。そして、先に示したように、国民経済の多様な分野で改革と変化が続けば、新たな産業を探し出すことも、それほど難しくはないだろう。
翻訳:金友子
季刊 創作と批評 2012年 秋号(通卷157号)
2012年 9月1日 発行
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