国家情報院のリプライ工作と情報社会の危機
1.国家情報院のリプライ工作犯罪
キ厶・ハヨンの犯罪は警察により積極的に縮小され、歪曲されて大統領選挙に大きな影響を及ぼした。金用判(キ厶・ヨンパン)ソウル警察庁長はその翌日の12月12日から権垠希(グォン・ウンヒ)水西警察署捜査チーム長の捜査を妨害したし、最後の大統領選挙候補テレビ討論会が終わった直後である12月16日の夜11時に急に中間捜査の結果を発表しながら、国情院職員の犯罪嫌疑を事実上全面否認した。権垠希は2013年8月19日に開かれた国情院国政調査2次聴聞会に証人として出席して、金用判がこの事件に対して押収捜索をしないように不当な圧力を行使した事実を明かし、ひいては中間捜査結果の発表は大統領選挙に影響を及ぼそうとする不正な目的があったことが明らかであると証言した。金用判は証言宣誓さえ拒否することで、事実を隠蔽しているということを自ら明白に示した。2013年6月14日、検察は元世勲と金用判を公職選挙法違反などの嫌疑で不拘束起訴した。その三日後の6月17日、民主党の朴範界(バク・ボンゲ)議員は金用判と権寧世(グォン・ヨンセ)駐中大使(当時、朴槿恵候補選挙本部の綜合状況室長)、バク・ウォンドン国情院国益情報局長とが事件当日の12月11日から12月16日の午後まで数回通話したという情報を公開した。そして、実際に検察は9月9日にその期間における国情院、警察、セヌリ党間の通話内訳の資料を情況証拠として裁判に提出した。9月11日、民主党の「国情院の大統領選挙介入真相調査特別委員会」は「国情院勢力と警察、セヌリ党という三角編隊の巨大な陰謀が続々と現れている」としながら、権寧世に対する召喚調査を促した。こういうふうに夏を過ぎながら国情院のリプライ工作の政治的実体が現れるかのように見えた。ところが、9月13日、元世勲と金用判に対する選挙法起訴排除の外圧に悩まされていたと知られた蔡東旭(チェ・ドンウク)検察総長が結局辞退し、10月17日、ユン・ソクヨルソウル中央地検特別捜査チーム長がツイッターに5万件を超える選挙・政治関連の文を載せた三名の国情院職員たちを逮捕した直後に、突然職務排除されたある専門家は削除された文と大統領選挙当日のツイートの大幅な増加から推し量ってみた際、500万件を超えたことと推定した。(『メディア今日』2013.10.23)。。このように捜査を正しく押し進めていた二人の責任者を事実上、強制に退かせたので、政権の次元でこの事件を有耶無耶に覆おうとするという疑惑はより大きくなった。
2.反民主独裁化の展開
国情院のこのような犯罪行為に対して、大きく三つの側面に注目すべきである。一つ目、その影響について見てみる必要がある。数年間行われた数百万件にまで推定されるリプライとツイートの影響は非常に大きかっただろう。そして、金用判庁長の中間捜査結果の発表もまた、事実上国情院のリプライ工作犯罪を隠蔽したこととして、大統領選挙に非常に大きな影響を及ぼした。世論調査期間であるリアルメーターのイ・テクス代表はゴールデンクロス(支持率の逆転)の地点で開かれたこの緊急記者会見の翌日、再び朴槿恵候補の優勢局面へと回っていったと明かした『ポリーニュース』2013.7.25。。また一つの世論調査機関であるリサーチビューの2013年10月19日の世論調査では、警察が真相をきちんと発表した場合、朴槿恵候補支持者の8.3%が文在寅候補を支持したであろうこととして現れた『メディア今日』2013.10.28。。金用判の中間捜査結果の発表は国情院とセヌリ党のもう一つの工作だという疑惑を受けている。
二つ目、如何なる組織的体系で行われたかという問題である。これと関連して検察は2013年11月4日のソウル中央地方裁判所刑事21部(裁判長イ・ボ厶ギュン)審理で、証人である国情院心理戦団職員の黃某氏が検察調査の当時、「院長さんの指示があれば、(李鐘明イ・ジョンミョン)次長、(ミン・ビョンジュ)局長、課長(パート長)の段階的会議を経て、(指示が)具体化して第一線の職員に伝達される」と陳述したと明かした『ハンギョレ』2013.11.4。。要するに、国情院が院長の指示に従ってリプライ工作の犯罪組織へと転落したのである。その上、それが「心理戦団」によって「心理戦」の名で成されたのだから、国情院は国民を相手に犯罪を犯したのみでなく、戦争を敢行したわけである。こういう点で国情院のリプライ工作は自由民主主義の根幹を揺さぶる、まことに重大な国家紀綱紊乱の犯罪である。
三つ目、作成されたリプライの内容である。これらのリプライが持った特性の中の一つは、反民主性である。その核心は文在寅候補に対する誹謗と、朴槿恵候補に対する称賛である。このことは国情院のリプライ工作が大統領選挙で朴槿恵候補の当選のため世論を操作する目的で行われたことであるのを明白に示す証拠である。二番目は反人倫性である。これらのリプライは湖南の人々を「洪魚」と呼んだり、野圏の人士を「左赤」と侮辱し、計略に陥れる道徳的低劣性を如実に見せてくれた。三番目は反文化性である。彼らは「ネムルヒョン」(廬武鉉元大統領を罵って言う言葉)、「厶ンジェイン」(文在寅候補を罵って言う言葉)、「バクウォンスン」(朴元淳ソウル市長を蔑んで言う言葉)、「ガンチャルス」(安哲秀国会議員を蔑んで言う言葉)など、卑劣な表現は勿論のこと、「コウモリ奴」のような悪口もずけずけと言って、厳選された国家情報機関の要員だとは見られない文化的浅薄性をそのまま露にした『ハンギョレ』2013.10.20。。人権を無視する反民主性は結局人倫的低劣性と文化的浅薄性によって支えられるしかないのである。
四つ目、リプライ工作が成された方式の側面である。国情院は「オユ」(今日のユーモア)、「イルベ」(日刊ベスト貯蔵所)、「ディーシー」(ディーシーインサイド)、「マ厶ズホリック」(妊娠・出産関連のインターネットカフェー)などのインターネットコミュニティー、ダウム(daum)やネイバー(naver)などのポータルにリプライをつける一方、ツイッターもまた積極的に利用することで世論を操作した。これに付け加えて、国軍サイバー司令部と在郷軍人会が国情院と連帯して同じ活動を繰り広げたという事実が明らかとなったし、国軍機務司令部と情報司令部もまた、同然だという疑惑も提起された。それだけでなく、セヌリ党のSNS団長であったユン・ジョンフンが主導した「十字軍アルバイト団」が国情院と連係して活動したという事実が明かされた。統一部と報勳處が安保教育に事寄せて活用した政治偏向的映像物を製作したところが国情院であるという疑惑も大きくなっている。甚だしくは政府が保守団体の大統領選挙介入活動に資金をまで提供した『ハンギョレ』2013.11.7。。付け加えてKBSとMBCは政府の一方的な報道資料をそのまま報道して、このように深刻な犯罪と疑惑を歪曲・隠蔽したという批判を受けている。こういう点で2012年の第18代大統領選挙を総体的、全面的不正選挙だと非難する声が高まっているのである。そして、その核心にまさに国情院が居座っている。
いったい李明博政権はなぜこのような夥しい犯罪を犯したのであろうか。彼らは江殺しのような極度に間違った政策を強行して、国土を破壊し、血税を蕩尽し、腐敗を蔓延させたので、自分の安危のため手段と方法を構わず、政権を再創出しなければならなかっただろう。そこで李明博政権は大統領の「兄貴」である崔時仲(チェ・シジュン)を放送通信委員長にして、放送を掌握して世論を糊塗すると同時に、大統領の心腹である元世勲を国情院長の席に座らせて、インターネットを悪用して世論を操作する活動を繰り広げたと言える。政治的側面から見る際、李明博政権の国政運営方式は明白に「反民主独裁化」に当たるものであった。独裁は単に暴力だけでは成されない。独裁の真の基盤は世論を抑圧し、操作することによって設けられる。
民主主義は身体の自由と思想の自由から始められる。人々が肉体と精神を自由に動かしうることが民主主義の基礎なのである。精神の自由は思想の自由を意味し、このことは必ず表現の自由を伴う。西欧でもジョン・ミルトン(John Milton)が『アレオパジティカ』(Areopagitica, 1644)で、ジョン・ミル(John Stuart Mill)が『自由論』(1859)で、そしてジョン・ビューリー(John Bagnell Bury)が『思想の自由の歴史』(1914)で繰り返し強調したところである。独裁はこの根源的な自由を抑圧し、操作することから始まり、維持される。ジョージ・オーウェル(George Orwell)は『1984』でこのような独裁の特徴を印象深く提示した。李明博政権が強行したことは単に不正選挙ではなく、「反民主独裁化」であった。国情院のリプライ工作犯罪は民主主義に対する根源的な脅威なのである。
国情院のリプライ工作は国情院を始め、主要政府機関が大々的に組織的に連係して犯した政府犯罪、または国家犯罪である。世論の歪曲を通じて政治的選択の結果を歪曲したという次元をずっと越えて、政府に対する国民の信頼を大きく弱化させたという点でまことに痛嘆すべき犯罪である。政府は法律の執行者として信頼の保障者であるべきだ。そうでないと、政府は最も危険な合法的詐欺師、窃盗犯、暴力犯となってしまう。政府をこのように堕落させるのが韓国保守の実体ならば、あまりに嘆かわしくて哀れな現実である。政府がまともに作動するように働きかけることは、真の保守の最も基本的な課題である。
3.情報社会の危機
情報社会学的な視角から見ると、国情院のリプライ工作犯罪はそれこそ新紀元を成した事件である。情報社会は情報技術を廣く活用する社会である。情報社会という概念は西欧でテレビが廣く普及し、政府と企業でコンピュータが活用され始めた1960年代始めにアメリカで作られた。これが1990年代以後、インターネットの大衆化とともに本格的な実体を得ることとなったと言える。情報社会は誰でも正しい情報をもって疎通して、正しい決定ができる社会という理想的な意味を持っており、インターネットはまさにこのような情報社会の理想を相当なほど具現できる革新的な情報通信媒体の性格を持っているのである。ところが、今回の国情院のリプライ事件は情報社会を根源的に再省察するように仕向けた。
今回の事件を情報社会学と関連して見てみるためには、まずインターネットの利用に従う二つの危険に対して語る必要がある。一番目、市民に対する不当な監視である。監視の問題は何よりアメリカの「エシュロン」Echelon, 1947年に構築が始まった情報監視網で、1988年、イギリス記者のダンカン・キャンベルがその存在を暴露した。と「プリズム」PRISM, 2007年から施行された情報監視網。2013年、CIAとNSAで勤務したコンピュータ技術者のエドワード・スノーデンにより知られることとなった。という、地球全域に渡って構築された情報通信の盗聴・傍受網としてよく知られている。この施設を運営するアメリカの国家安保国(NSA)が一般市民の電話、ファクシミリ、電子メールなどを盗聴・傍受するだけでなく、ドイツのメルケル総理を始め、各国首脳たちの携帯電話をまで盗聴・傍受したという事実が最近明らかとなった。「ビッグデータ」(big data)の時代はより強化された「ビッグブラザー」の時代である。
二番目、表現の自由に対する不当な制約である。このことは情報社会で大きく弱化されはしても、無くなりはしない。それは大きく三つの脈絡で成されるが、一つは文化的なもので大体ポルノに対する規制であり、二つは宗教に対する批判を防ぐものであり、三つは政治的なもので権力に対する批判を防ぐものである。どれも表現の自由と言論の自由という基本権を侵害し、権力の監視と抑圧を強化する問題を抱えている。このような自由は民主主義の根幹なので、すべての民主国家は憲法でこれを保障しており、その実際的な保障の度合いは一つの国家の成熟と発展の度合いを評価する核心指標だと言える。
韓国は世界的な監視国家であった。朴正熙(バク・ジョンヒ)政権が帝国日本の満州国の手帳制度を模倣して導入した住民登録制は、世界的に比類を見ない市民監視制度であった。また、朴正熙政権は中央情報部、保安司令部、治安本部を動員して総体的監視を駆使した。自由を極度に抑圧した余り、「冬の共和国」という汚名まで得た。この無惨な独裁が惹き起こした問題は、1987年以後、拡大された民主化によって大きく改善された。民主化の成果は何より人権を保護し具現することである。しかし、李明博政権の5年間、市民に対する監視と表現の自由に対する抑圧がすべて大きく強化された。国際的に「インターネット監視国家」であり、「部分的言論自由国」として評価されたことは当然な結果であった。
フリーダムハウス(Freedom House)のような国際団体の発表によく現れるように、李明博政権は韓国をインターネット監視の面で中国と同じような水準を作り、言論自由の面でアフリカのマリより劣る国家にした。ここからより進んで国情院を中心に、いろんな政府機関が市民を仮装して世論操作のためのリプライ工作を繰り広げたことは、言葉通り世界最初の事件である。情報社会学の教科書を初めから書き直さなければならない状況となったのである。われわれは今回の事件を通じて、政府の大々的な情報通信技術の利用がもたらしてくる問題が不当な監視と抑圧のみでなく、情報の操作と洗脳でありうるということをはっきりわかることとなった。これからは情報社会に対する観点そのものを変えるべきである。長い間、情報化は民主化を促進するものとして思われた。だが、民主化がまともに成されていない社会における情報化は、大衆に対する監視、抑圧、操作、洗脳へと続く。
サイバネティックス(Cybernetics)を創始したアメリカの数学者ノーバート・ウィーナー(Nobert Wiener)は、正しい情報の処理が個体の維持に必須的だという事実を立証した。例えば、ゲ当帰(毒草)の根を当帰の根と間違って認識して食べると、死ぬこともある。正しい情報の提供は政府の存在理由である。しかし、李明博政権は情報通信媒体を悪用して間違った情報を流布した。これで李明博政権はナチの宣伝相であったゲッベルス(J. Goebbels)が定立した原理、つまり大きい嘘を繰り返し続けると、人々は結局信じることとなる、だから国家がすべての権力を用いて反論を抑圧することが決定的に重要だという考えを充実に実行した。このような反民主、反人類の犯罪を「理念戦」として包装し、これを批判する市民を「非国民」として攻撃することは、事実、ナチと帝国日本の大衆操作手法と非常によく似ている渋谷重光、『大衆操作の系譜』、剄草書房、1991参照。。
2013年10月中旬に外交部から「2013年世界サイバースペース総会開催」を知らせるメールをもらった。「開放され安全なサイバー空間を通じたグローバル繁栄」を主題にして、87ヶ国、18個国際機構などから約1600名が参加して、経済成長と開発、社会・文化的恵沢、サイバー保安、サイバー犯罪、国際安保、力量強化など、総6個議題に対する主題発表と討論を行うという内容であった。本当に呆れ返る「遺体離脱」の行事だと言わざるを得ない。政府はサイバー空間を極度に汚した国情院のリプライ工作犯罪に対して深く反省し謝るべきだ。しかし、今この政権は事実をまともに明かすことさえ防ぎながら、サイバー空間をより暗澹たる泥沼のなかへと落とし入れているのではないか。
翻訳:辛承模
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