[対話] 文在寅政権100日を評価する / 姜文大·金錬鉄·李哲煕·張允善
姜文大(カン・ムンデ)弁護士、「民主社会のための弁護士会」事務総長。著書に『教会、カエサルの法廷に立つ』など。
金錬鉄(キム・ヨンチョル)仁済大統一学部教授。著書に『協商の戦略』『冷戦の追憶』など。
李哲煕(イ・チョルヒ)「ともに民主党」第20代国会議員。著書に『李哲煕の政治舌戦』『一人者を作った参謀たち』など。
張允善(チャン・ユンソン)「オーマイニュース」記者。著書に『ソーシャルテイナー』『韓国の保守と対話する』(共著)など。
金錬鉄(司会)文在寅(ムン・ジェイン)政権が8月17日で政権出帆100日を迎えます。ろうそく革命を経て、高い期待を受けてスタートしましたが、政権移行期間もなく当選確定と同時に任期が始まり、いまだ少し不透明です。でも、格別な歴史的課題を抱える政権が、きちんと方向を定めているかに対する関心は、他のいつよりも高いと思います。このことについて、今日、『創作と批評』誌の「対話」コーナーを通じて、政権出帆100日を評価してみようと思います。それぞれ、国会、法曹界、および市民社会やマスコミで活躍しておられるお三方をお迎えしました。
まず、ろうそく革命以降、登場した新政権の歴史的課題と時代的意味を、どのように評価されますか? 国民の高い期待と客観的な政治的現実を合わせて考慮する時、文在寅政権が必ずや達成すべき核心的な課題はどのようなものか、まずは一言ずつお願いします。
新政権の時代的課題は?
李哲煕 文在寅政権が直面する時代的課題を簡明に表現すれば、民主共和政の完全な復元であるといえます。朴槿恵(パク・クネ)政権が民主共和政という憲法の骨格を踏みにじったので、ろうそく革命で弾劾されました。民主共和政は必ずしも政治的な意味だけの概念ではなく、社会経済的な意味も含むでしょう。簡単にいえば、結局、ともに決定して、みな同じようによく暮らそうという概念だと思います。暮らしの問題に押しつぶされた多くの人々の現実が、弾劾を引き起こした根本動力でした。もちろん、ろうそく革命が触発された契機は、影の実力者による国政蹂躙でしたが、その基底には、保守政権の9年の間、民生が深刻な水準で疲弊した状況にあったということです。そのような意味で、国民が民主共和政を取り戻すべきという意志を持ったことで、そのことが早期大統領選挙と文在寅政権のスタートとして現出しました。相当の期間、政治権力があまりにも深刻に民主主義を歪曲してきたので、現在、文在寅大統領が示す疎通の姿勢のように、政治の文化形態的な側面を正すことから始める必要があるでしょうが、結局、最大の宿題は、不平等や格差を解消して、普通の人々の疲労を解消することだと思います。
姜文大 似たような見解ですが、表現を少し変えていえば、国民主権を実現する政権になるべきです。憲法上、国民主権が宣言されているだけに、それが、政治をはじめとして、すべての領域で貫徹される基本原理であるべきですが、前政権のやり方を振り返ってみてもそうではありませんでした。朴槿恵前大統領のことを考えても、国民は消えてしまったのでないかという気がします。政策方向でも国民が排除されましたし、その後は国民がそうした点を実感する段階にまでなったといえます。それによって、国民の多数が、自分が直接出なくてはいけないという、切迫した状況を悟ることになるのです。そのような状況で国政蹂躙の事態が知られると、いちはやく国民の怒りや鬱憤が爆発したんです。国民主権を実現する時、核心的な課題は、国民の生存権を保障・保護することです。そのなかに様々に具体的な課題があるでしょうが、私の関心分野を中心にお話しすれば、現政権が最も得意で、また必ずやるべきなのは、まさに検察改革、司法改革、マスコミ改革です。これは、国民の主権と生命権を保障するための方途であり、その土台になる部分で、現政権でこれらの改革を、後にどのような政治勢力もひっくり返せないように、完全な形で実現しなければなりません。
張允善 寒い冬を過ごす22週間の間、1700万人の市民が週末を返上して、ろうそくを手に取りました。民主的で平和な方法によってです。これがまさに民主主義の回復です。1987年以降、政治的・制度的な民主主義が、相当部分、完成されたと信じて暮らしてきた国民が、国政蹂躙の事態を見ながら、どうして私たちの民主主義がこのように崩壊したのか、30年前への後退は容認できないという、終始一貫した気持ちで戦線を見守ったのだと思います。それゆえにおのずから、文在寅政権の核心的な時代的課題は、ろうそく革命が回復させた民主主義が再び後退しないように、阻止線を守るということだと思います。当時、「オーマイTV」が1週間も欠かさずに集会現場を生中継したんですが、全国各地から集まった市民をインタビューして最も多く出た反応が、自分の人生を変える大統領を望んで上京したということでした。単に大統領の名前だけを替える問題ではないというんです。これに込められた気風は、民主主義を回復して、国民の生活を今よりはるかによくするべきだということでないかと思います。そうすることで、公平で正しい大韓民国の像を樹立しなければなりません。
金錬鉄 お三方のお話しに共通分母があります。民主主義を、全体社会を作動させる疎通の手続きとして限定すれば、新政権に入って手続き的な正当性の問題は確かに改善されたように見えます。文在寅大統領が示す気さくな姿勢や、討論し協議して結論を出すリーダーシップの形は、朴槿恵前大統領と克明に対比されますし、そのような面に国民が歓呼しています。ですが、おっしゃった通り、格差や不平等などの民生の問題、すなわち生活の質をどのように改善するかは、相変らず容易ではなく、時間もかかりそうです。今の高い支持率が、はたしてどの程度まで、いつまで続くでしょうか。お三方の展望が気になります。
高支持率が維持される意味
李哲煕 文在寅政権に与えられた、時代課題と動員しうる権力資源を、おおよそ比較してみると、支持率70%を維持することは容易でないと思います。下降するでしょう。しかし、変化に対する熱望があまりにも大きいので、ある日、急降下することはないでしょう。重要なのは、どの程度の線で維持していくかですが、2つの基準を申し上げたいと思います。1つは、韓国の社会問題を5年でみな解決できないということです。10年、20年のスパンで解決すべき宿題が山積しているので、5年単位で視野を狭くするべきでないと思います。この政権で万事解決できるという考えで、性急になってはいけないということです。解決できることから、皮膚で感じられる成果を示しながら、少しずつ進めるべきです。政治や改革に正解はありません。どれが優先されるべきか、どこから成果が出てくるかは、各自、判断が異なる場合もあります。私は、優先順位や成果を判別する基準は、支持基盤を動揺させないことだと思います。改革というものは賛否が出るもので、反対勢力の声が大きくなりやすいんです。ある懸案に反対が多くなれば、成果を出すことが難しくなり、結局は全体的な改革が挫折せざるを得ません。政権の持続可能性とでもいいましょうか、文在寅政権を越えて、その後まで進歩政権を維持するならば、支持勢力を弱体化させる選択は自制する必要があると思います。
もう1つは、やはり国民が体感する変化を示すべきだということです。長期的な改革に対して多くの熱望がありますが、ある瞬間「祝祭」が終わった後に、自分の生活はよくなっていないと思えば、虚脱感を感じることになりますし、それが不満や抵抗として出てくることもあります。そのために、国民が生活の現場で体感できる改革課題と効果に集中するべきだと思います。政権出帆100日になりますが、もちろん100日間の支持率を、この程度で維持したのもすごいことでしょう。しかし、これからは、支持率の調停期間を経て、どのように私たちが希望する構図、持続可能で安定した多数の進歩連合(durable & stable majority progressive coalition)を維持し拡張していくかを、この2つの基準で検討しながら、国政運営を展開する必要があります。
姜文大 ひとまず、今の高い支持率には、大統領の脱権威的な姿勢や節制された言語、真剣な態度、共感の表情のようなものも肯定的に作用していると思います。課題を国会に押し付けたまま、虚しく歳月を送らずに、できることはすぐに処理しながら、信頼感を与えたこと、また民生を優先したのも影響を及ぼしたでしょう。非正規職の正規職転換、最低賃金の引き上げ、住居価格の安定化政策、健康保険の給与範囲の拡大検討のような課題にまず取り組みました。このような点が総合的に反映して、高い支持率につながっていると思います。今後、改革を行う過程では、既得権階層や保守層の反発を覚悟しなければなりません。支持層の内部で亀裂が生じうるという点も念頭に置くべきです。私は、自分が支持する政党とは関係なく、現政権の高い支持率が維持されることを切実に望みます。とにかく、大統領が様々な課題を遂行しているので、多くの支持を受ければいいと思います。
しかし、すでに意見が対立した争点が提起されているようです。私たちの民主弁護士会も、現政権のスタートを歓迎して、政権に大きな期待を持っていますが、今、THAAD〔高高度ミサイル防御システム。駐韓米軍が韓国南部に配置し、中ロが反発している――訳者〕に反対の立場で、大統領府の前で1人デモをしています。支持率が高いことを望みながらも同時に批判しなければならない、政治的には現政権を支持するけど、自分の生活の問題においては立場を調整すべき問題が、明確に生じるものです。ただ、そのような危険を避けるために、争点や矛盾、葛藤の要因を覆い隠すように進めるわけにはいかないので、大統領が、また現政権が、勇敢に問題をみな俎上にあげたらいいと思います。レトリックや宣言だけでは解決できないことを認めて、論理的な説得であれ、現実的困難に対する呼び掛けであれ、公開的に問題を討論して選択できたらと思います。私は、韓国民はすでに対話や討論、説得を通じて十分に疎通し、懸案を理解できると思います。論争を豊かにする市民社会の力量も十分に備えていると思います。現象的な支持率に執着せず、互いに深みあり豊かな論争をしていくことが必要です。
張允善 韓国ギャラップの調査によると、歴代大統領の就任初期の支持率は、文在寅大統領が最も高いです。最初の職務遂行評価で、金泳三、金大中が71%、盧武鉉60%、李明博52%、朴槿恵42%でした。文在寅大統領は6月第1週の初めての評価で84%でしたし、最近の調査である8月第1週も77%です。このように高い支持率は、市民の熱望が反映された結果だと思います。「この政権は絶対つぶれちゃいけない」「自分が参加して作ったろうそく政権だから、失敗してはいけない」ということでしょう。序盤100日間のプランは、候補の時期からあらかじめ立てられていました。「ニムのための行進曲」斉唱〔1980年代の運動圏歌謡だったこの曲は、5.18光州民主化運動記念日が国家記念日に制定された1997年から2008年まで、公式の追悼行事でも斉唱されたが、李明博、朴槿恵の両政権下では斉唱されなかった。2017年の文在寅政権下になって、また斉唱されるようになった――訳者〕、国定教科書廃止、仁川空港の非正規職の正規職化、石炭火力発電所の稼動中断、セウォル号事故で死亡した非常勤教員の殉職認定――これまで国民が、朴槿恵政権下で苦悩した問題をすぐに解決したんです。その後、人事問題に直面して支持率が少し落ちました。対外問題でもそのような可能性は見えます。国内政治は国民の目線でうまくやっていますが、外交安保問題で議論が強く炸裂し、うまく対処できないと判断されれば、支持率が下落することもあると思います。特に南北朝鮮の問題、周辺四大国との外交が重要でしょう。
李哲煕 姜先生が憂慮の話をされましたが、市民社会でイシューを明確に提起することと、政権がそこからどのようなものを取捨選択して、どこに優先順位を置くかという問題は、少し異なる線上にあるようです。現政権が、弾劾というきわめて例外的な状況で、国民の熱望を担って政権につきましたが、にもかかわらず、改革は民主的な方式の政治過程、特に立法と選挙を通じて解決せざるを得ません。いくらいい意図を持った政権でも、立法に失敗したり、選挙で負ければ、勢力が弱体化するしかありませんが、ご存じのように、立法には、議席分布に基づいた各党の利害関係が作動して、選挙には感性的な要因が入ってきて、とんでもない結果をもたらすこともあります。盧武鉉政権の時、補欠選挙や地方選挙で惨憺たる結果で負けました。今、与党が少数、野党が多数なのに加えて、「正しいこと」をする過程で出てきた様々な問題点のために、選挙で負けるのをずいぶんと見てきたので、怖くなってこう思うのかもしれませんが、正しい仕事をすることと、立法成功・選挙勝利は、ともに検討すべきだと思います。そうでなければ改革の持続は不可能です。当時、政権が変わらなかったとすれば、盧武鉉政権の5年間はあれほど罵倒されなかっただろうと思います。また申し上げますが、この政権が、すべてをうまくやると考えてはならず、市民社会にいろいろと大きな熱望があっても、うまく説得していくことが重要だと思います。
金錬鉄 新政権に対する期待が高いことは、韓国だけの状況ではなく、世界的な現象です。グローバル化の波で国内的な格差と不平等が深刻になり、政治に対する要求が高いんです。既存の政治に対する不信が深く、変化に対する熱望が高いんです。少しゆがんだ形ですが、トランプ現象もそのように説明できます。フランスでは「マクロン事態」(笑)も起きました。既存の政治を否定する大衆の熱望をになって、それこそ彗星のように登場したマクロン政権が、それに呼応できない様相を示して、支持率がバブルのように急降下しました。もちろん長年累積した格差や不平等を、一挙に解決することはできないでしょう。ですが、政権がただちにできることと、長期的に改革すべき課題を区分して、今、ただちに難しければ、今後、どうしていくかを提示し、同意を求め、合意を引き出す努力をすべきです。そうしてこそ、マクロンと同じような事態を体験せずに済むでしょう。
張允善 文在寅政権が歴代政権よりも特に努力すべき部分は、直接民主主義、または参加民主主義の要素をさらに多く反映する葛藤の管理だと思います。利害関係が尖鋭に分かれる領域で、たとえば新古里(シンゴリ)5・6号機の全面閉鎖を決める前に世論の調査を決めたように、さらに多くの市民の意見を聞いて、市民自らが合理的な代案を探していくなかで、決定された意見に肯定し合意できるように、葛藤管理をうまくやっていけたらいいと思います〔新古里原発5・6号機は慶尚南道・蔚山市に新規建設中の原発。2016年6月に着工され2023年に稼働予定だったが、文在寅政権が掲げる脱原発政策を踏まえて、「韓国水力原子力(韓水原)」が7月中旬に工事中断を決定した。――訳者〕。文在寅大統領が「李明博+朴槿恵」のような方法を取るはずはないでしょうが、そのような現象が他の部署に出てこないよう予防する努力も必要だと思います。何よりも今は以前と違って、マスコミよりもSNSの方がはるかに早いので、国民が1日の間にも数多くのイシューに対して直接確認しています。疎通とそれを通じた問題解決は容易でないでしょうが、できるだけそのような方向をうまく取っていくならば、文在寅政権が成功する可能性はきわめて高まるだろうと思います。
北朝鮮核問題、THAAD、アメリカ、中国――危機の朝鮮半島
金錬鉄 もう少し具体的な問題に入ってみましょう。現在、危機に直面している外交安保問題をまず話し合ってみようかと思います。文在寅政権は確かに困難な状況を受け継ぎました。金正恩(キム・ジョンウン)体制は、確実な核抑止力を持つという目標が明らかです。トランプ政権の対北朝鮮政策はいまだ不明ですが、韓国政府も対北朝鮮政策で混乱を繰り返しています。私はまず文在寅政権が単独では解決困難な悪条件の現実を考慮する必要があると思います。李明博・朴槿恵政権の否定的遺産も深刻ですが、いわゆる「南北関係ゼロ」の時代です。接触と協力の基盤が完全に崩れて、何の信頼も存在しません。また国内世論も対北朝鮮問題に対してかなり保守化しています。ですから、文在寅政権は注意深く接近せざるを得ません。しかし、時代的な課題を忘れてはなりません。政権がかかげる、平和な朝鮮半島という目標と現実の間に、距離があることは事実ですが、世論に短期的に縛られずに、長い観点で問題を解決していくべきです。現在、THAADが大きな争点になっていますが、政権の序盤に大きくなったこの懸案をどう処理するかが、今後、北朝鮮の核問題、韓米関係、韓中関係などに大きな影響を及ぼすでしょう。
姜文大 文在寅大統領は候補の時期に、THAADに対して明確な立場を提示していないと攻撃されましたが、支持層の方では概して了解する雰囲気がありました。支持率1位の候補が、安保と関連した尖鋭な問題に対して「戦略的曖昧性」を示すことを理解したのでしょう。実際に、文大統領が就任した後は、正確な報告をしていなかった国防部を叱責して、環境影響評価の実施など、適法手続きを強調する動きを示しながら、多くの人々が、現政権がひとまず時間を確保した状態で、南北関係を進展させ、中国やアメリカを説得しながら、THAADの問題を安定的に解決できるだろうと考えました。ですが、最近、北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)発射以降、政府はTHAADを、臨時ではあるが追加で配置するという方針を発表しました。最近、どのような事情があるかはわかりませんが、THAADと北朝鮮のICBMが直接に関連するものではないと考えれば、このような措置は納得しにくい部分があります。政府はその前日も、環境影響評価をまず実施するといいました。ひとまず適法手続きの面でも、現在のようにやるのは正しいものではありません。これに対して、私たちの民主弁護士会もその点を指摘しながら、反対の声を上げています。
張允善 私は、文在寅政権がTHAAD ジレンマに陥っていると思います。候補の時期には戦略的曖昧性を維持しました。次の政権にまかせろ。それがどういう意味かと記者が質問しましたが、結局、明確な返事をしませんでした。そうするうちに大統領に当選して、韓米首脳会談以降、THAAD配置が既定事実化の方向に定まってしまいました。チョン・ウィヨン大統領府国家安保室長が、韓米同盟次元の約束は不変であるといいましたし、カン・ギョンファ外交部長官も、同盟との決定を翻意する意図はないといいました。李明博政権の韓日軍事情報保護協定もそうですが、THAADも同盟国家としてアメリカと手を結んだものと評価せざるを得ません。ですから当然、中国が反発しています。もちろん弾劾で突然、スタートした政権なので、準備の時間がなかったとはいいますが、最低限、韓中関係に対する基本構想を持って、THAAD問題に接近すべきではなかったかと思います。文在寅大統領が7月初に、いわゆる「新ベルリン構想」で、南北関係に関する大きなビジョンを具体的に話しました。相互に敵対行為を禁止して離散家族を対面させ、墓参まで実現しましょうと。あらゆるパッケージを出して、ワンショットでことを成功させれば、THAAD問題も解決するのではと期待しましたが、そうはなりませんでした。外交的資産を総動員して南北関係を復元してこそ、THAAD問題も解決し、韓中関係も解決できるだろうと思います。
李哲煕 私は、政治体制であり社会経済的体制としての民主共和政のことを話しましたが、安保体制でも民主共和政は必要です。おそらく大統領は、安保イシューについても、国民に十分説明しながら疎通する過程が必要です。今、文在寅大統領はそうするだろうと思いますが、私は、THAADと関連して、必ずしも与党の国会議員だからというわけでなく、国会の国防委員会にいると、大統領の悩みが理解できます。外交の特性上、公開的に話しにくい部分が現実的にあります。大統領が新ベルリン構想で何かしようとしましたが、すぐにパートナーの一方である北朝鮮が、助けるどころか、ミサイルを、それもアメリカに向かって撃ったので、提案した側がしょげてしまった状況です。その射程距離がアメリカに到達するほどですから、アメリカが鋭敏に反応するのは当然です。まだ核を搭載できるかは分かりませんが、とにかく覇権国家であるアメリカの立場でICBMにさらされているというのは途方もないダメージです。一部で、アメリカが北朝鮮の挑発に対して過剰対応していると批判しており、私も一定部分、同意しますが、ICBMがアメリカを心理的に刺激する程度に考えれば、理解することができます。しかし、重要なのは、韓国の大統領や安保チームが、アメリカときちんと疎通しているということです。一部では、大統領がトランプと通話もせず休暇に行ったと批判しましたが、本質的な問題ではないと思います。中国とも、私たちは疎通のチャンネルを維持していますが、基本的にこの問題はアメリカと中国の覇権争いです。折衝は簡単ではありません。習近平とトランプが会って、意外な蜜月が成り立った時は、アメリカもTHAADについてしばらく圧迫しませんでしたが、また蜜月がダメになりました。そうするとアメリカの強硬派は、THAAD配置で圧迫しつづけ、中国は中国で自らの道を行くので、私たちは身動きの幅が大幅に減少しました。米・中に比べて、弱小国の韓国としては、アメリカをなだめながら行かざるを得ません。おおざっぱにいえば、韓米同盟という枠組みを維持しながら進めるべきだということです。なので、大統領がTHAAD臨時配置を選択したといえば、私はある程度、理解できます。候補時期の発言と相反する面があるのは事実でしょう。それが、短い準備期間や安保チームの不備によるものと解釈するよりは、私たちが統制できない状況変化によって、強制された面があるということを勘案する必要があります。もう1つ付け加えたいのは、THAADだけを見るのはやめようということです。安保戦略全体を再構成すべき状況なのに、THAADだけ目立っているかのように議論すれば、政府の身動きの幅がさらに狭くなるでしょう。THAADもまた全体的な戦略の一部門として見る時、余裕をもって対応しながら、あらためてこれをやめようといえる余地ができると思います。全般的な安保戦略をきちんと組むべき優先的な課題が政権にはあるので、文在寅大統領がそれに対してリーダーシップをきちんと発揮できると思います。そのような点を考慮してもらえればと思います。
張允善 政府が南北関係をうまく解決して、東北アジア情勢を一括妥結させる方向に考えた場合もありますが、北朝鮮の協力が見込めるものと、かなり楽観したのではないでしょうか。当時、専門家たちの間でも、大統領がかなり具体的に提案して、北朝鮮が受け入れなければ、その時はどうするのかという憂慮があっただろうと理解します。なので、私は、韓国政府が初めから、あまりに多くのことを具体的に出したのではないかとも思いました。
李哲煕 年末までは北朝鮮は簡単に対応しないだろうと思います。政府も北朝鮮が一度に受けるだろうとは考えなかったでしょう。その後を見るべきですが、そのためには、今、投げかける必要がありましたし、そのような布石はかなりうまくやったんです。
金錬鉄 新ベルリン構想は、状況が不安定ではありますが、長く見て、入口を用意する必要から出てきたものと考えます。THAADの問題については、李哲煕先生のお話しに一部同意します。状況論理もあっただろうと思います。朴槿恵政権で韓中関係が最悪だったのは、単にTHAAD自体のためだけでなく、信頼の崩壊も作用しました。文在寅政権はできれば中国に状況を説明して、両国間の信頼を回復するために努力するだろうと考えています。しかし、中国がTHAADの問題を、単に武器体系でなく、東北アジアの地域秩序の決定的な変形と考えているので、韓国の決定を受け入れにくいでしょう。結局、この懸案は、北朝鮮の核問題をどう解決していくべきか、その解決の過程で、韓中、韓米、米中などの様々な関係が、どのように相反しないようにするのか、そして、東北アジアの長期的な秩序をどう作っていくかなどが、集約的に込められた問題であるという点を理解しなければなりません。かなり難しく敏感な懸案なので、慎重に解決すべきではないでしょうか?
李哲煕 弁解のように聞こえるかもしれませんが、朴槿恵政権の時、THAADと関連してかなり進展が見られました。特定の日付は申し上げにくいのですが、今年上半期までに6基すべて配備するという合意がありました。これは国家的合意ですから、前政権のことで私たちは知らないというわけにはいきません。そのような状況で、私たちが使えるカードがさほどなかったという現実が明確にあったんでしょう。文在寅大統領がこれまでに取ってきた態度を見れば、国民を欺瞞しようとしたり、THAAD賛成論者に豹変したわけではないでしょう。長い目で見る必要があります。かなり賛否論争で単純化されるのはよくないと思います。
姜文大 これまでみな信頼して待ちましたが、今回のように突然立場を変えれば、THAADは必ずしも星州(ソンジュ)の住民たちだけの問題ではありませんが、一線で戦っている住民たちが理解できるでしょうか? 信頼と期待が大きいだけに、反対に失望と落胆も大きくなります。安保状況と関連したあらゆることを明らかにはできませんが、最低限、国民が信じて待つことができる事情は説明しながら、もう少し慎重に接近すべきではないかと思います。
金錬鉄 政府が、韓米間にどのような議論の過程があるかを、詳しく明らかにしにくい側面はあるでしょう。外交は相手があるので、すべてを公開することは難しいという点も分かります。悪条件を受け継ぎましたし、現在の状況で身動きの幅が狭いという点も理解します。しかし、この選択が、朝鮮半島と東北アジア秩序に及ぼす影響を明らかに理解すべきです。韓米同盟は重要です。しかし、韓国の国益と相反する時は、明らかに「ノー」と言うべきです。少し難しくても、韓国の立場を明らかにし説得して、理解を求めなければなりません。外交の舞台で少し堂々としていよう、私たちの運命は私たちが決めよう、というのが、ろうそく革命の市民の要求です。今の状況では、政府が正しく選択できるように政界でやるべき役割もあり、市民社会でも知恵を集めなければなりません。すでに失望した方々もおられましたが、あまり落胆されないで頂ければと思います(笑)。
張允善 特使派遣の話も出ましたが、目に見える明確な措置が出るように、南北対話に力を注ぐべきだと思います。
金錬鉄 はい、特使は必要です。ですが、今の状況では、メッセンジャーよりメッセージの方がさらに重要です。手紙があって初めて、郵便配達人がそれを運びます。対北朝鮮政策を整理する方が優先です。北朝鮮とアメリカがやりとりするゲームに、調子を合わせる必要はありません。私たちは北朝鮮の核問題の解決法を提示するべきです。過去の失敗した戦略を繰り返すほど暇ではありません。今は特使でなく、特使が持参する協議案から準備すべきだと思います。
挑戦に直面した脱核、そして公論化の実験
金錬鉄 かと思えば、国内的にも争点化されうる問題が多いと思います。なかでも最近の代表的なイシューとして、エネルギー政策を挙げることができます。新政権が掲げた脱核というものは、単なるエネルギー政策でなく、未来ビジョンとつながっています。なので、広範な既得権と葛藤が生じる素地が大きいでしょう。一般国民が懸案を理解する程度にも、やや足りない面があるようです。このような現実を総合的に見れば、反対世論を克服する次元を越えて、新たな代案をどう準備し、どう実現できるかというという部分につながります。
張允善 脱核は、代替エネルギーであるとともに、政権の哲学が込められた環境政策路線ですが、雇用、予算、その他の利害関係の調整など、調整が容易でない諸問題が互いに絡まりあっています。なので、大統領が候補の時期より一歩後退して、公論調査方式を提起したんでしょう。「新古里5・6号機公論調査委」がスタートして、近い将来、2万人程度を1次世論調査するなど、世論に問うというわけですが、賛否の意見が互角に分かれる時、政権がどのような選択をするかが、鋭敏な問題になりそうです。世論調査専門機関の韓国ギャラップが、8月1日から3日まで、全国の成人1004人を対象に、新古里原子力発電所5・6号機の建設是非を聞いた結果(標本誤差は信頼水準95%の±3.1%ポイント)、男性の50%が建設継続、38%が中断意見である一方、女性は29%が建設継続、46%が中断を望んでいました。年齢帯別に見ると、50代以上は「建設継続」、40代以下は「中断」意見が過半数を占めました。50代と60代以上では、建設継続の意見がそれぞれ50%、59%でしたが、その下の年齢帯では、中断意見がそれぞれ61%(30代)、58%(20代)、53%(40代)と高く出ました。もし未来指向的でこの路線が正しいと考えれば、政権がこのことを推進する力も必要だと思いますが、反対する人々をどのように説得するのか、今こそ、葛藤管理の能力が重要になるでしょう。
姜文大 現在の公論化委員会が対象にしているのは新古里5・6号機でしょう。これは政権が大きな枠組みで、脱原発の方針を原則的に決めることとは異なる次元の問題だといえます。脱原発の方針も国民の意思を聞いて決めるべきですが、それは長期的に徐々に進められる課題でしょう。新古里5・6号機は、すでに進行中の工事を中止させるかを決める問題なので、より一層、国民の意思を細心に確認するべきでしょう。現在、関係を結んでいる利害関係者も多いでしょうが、彼らの話も傾聴するべきです。この問題をうまく、大きな紛争なく解決できてこそ、長期的な方向で脱原発の方針を障害なく樹立できるでしょう。
金錬鉄 ですが、脱核を完成するためには、最低10年はかかります。中・長期的な国家戦略を推進するためには、当然、社会的な合意が重要です。社会的合意を形成していく過程は、結局、政界から始まるべきだと思います。
李哲煕 ドイツも脱原発の基調を最終決定するまで、政治的プロセスを経ましたし、私たちもそうするべきです。政権が脱原発の大きな下絵とスケジュールを描きながら、国民を説得する必要があり、そのような過程なく、新古里5・6号機稼動の有無だけにフォーカスを狭めたのが、残念な部分の1つです。公論化委員会で多くの討論をして、政府が立場を出すでしょうが、国会でも議論するべきだと思います。私は、公論調査をしても、結論を出さずに、来年の地方選挙の時、改憲国民投票をすることになるなら、その時、この問題を一緒に国民投票で問うのはどうだろうかと思います。熟考の民主主義で、社会各部門で情報を共有して十分な議論を経た後、国民が投票して方向を決めるのがいいと思います。そしてその過程で、エネルギー問題から私たちの生活の民主主義にどう拡張していくかも重要です。市民の参加自体もそうですが、ある問題を自らの生活のこととして検討し解決するのが、公論化の本当の意味でしょう。それが成功すれば、原発に頼って既得権を守ろうとする、いわゆる原発マフィアを十分に孤立させ解体できると思います。また、これは私の欲かもしれませんが、市民が政策的アジェンダを持って、民主的方式で意志決定構造に参入すれば、政治秩序の再編にかなり役立つでしょう。フォーカスをそこに置けばいいと思います。脱原発をするのかしないのか、電気料金が上がるのか下がるのか、というようなものだけで構図が固まれば、必ずこちらが勝つという保障はありません。たとえば、処理費用まで考えれば、原発の方が安いわけではないといいますが、一般人には難しい話でもあります。ある結論を持っていれば、そこに符合する情報だけが見えるでしょう。要するに、脱原発の問題は、単に賛否を決めるのではなく、韓国社会を変える再構成の契機にする戦略として進めるべきです。
金錬鉄 現代民主主義の宿題の1つは代表の危機だと思います。間接民主主義の限界を市民参加で補完する方案を、真剣に検討するべきでしょう。ただ、韓国の民主主義はいまだ利害関係の調整や葛藤の合理的解決の経験が足りないのも事実です。一応、政権がうまくやらなければなりません。原発の問題だけでなく、他の部分でも同様のことがいえそうです。非正規職の正規職化や、最近、政府が発表した不動産対策のようなものを見ても、政権の立場では、現実の可能性を十分に考慮して、今、できる措置であると発表しましたが、国民の水準では不十分で、もう少し根本的な対策を出すべきだという評価があります。国民の期待と政権が提示する対策の間に格差があります、主要な民生の懸案になると、その格差を狭める問題の方がより一層重要です。最低賃金の引き上げ、財政拡充を通じた雇用の創出、非正規職の正規職化などの様々なイシューが提起されている状況です。どのようにお考えですか?
政権の民生解決の意志は確かか
張允善 最低賃金の話からするならば、保守野党が「零細自営業者の問題はどうするのか?」として政府を揺さぶるなど、反発はありましたが、ある程度、沈静化の局面に入ったようです。7月17日に文在寅大統領が首席補佐官会議で「最低賃金1万ウォンは単なる時給の金額ではなく、人間らしく生きる権利を象徴する」と言った言葉が、本当に気に入りました。来年度の最低賃金を16.4%も引き上げた(6470ウォン→7530ウォン)理由は、人間としての生活を維持するための最低限を保障するということでしょう。そんなに自営業者は持っていけないだろうという憂慮もありますが、最低限、現在、インスタントライスで食事を間に合わせ、コンビニを転々とする若者が、食堂に行って6000ウォンのキムチチゲを注文できる水準に、民生構造を変えるという点から見れば、文在寅政権が民生問題と関連して最大限努力していると評価したいと思います。それだけでなく、雇用追加の経費も国会で紛糾しましたが、結局、合意しました。今、人々が最も苦しんでいる部分が、労働と雇用、格差の問題です。国政企画諮問委の「光化門1番街」が50日間、市民から政策提案を受けたところ、計15万件のうち、国民提案の最も主要なキーワードは、働き口、雇用、青年、女性などだったそうです。その他に、社会的弱者の福祉改善案、非正規職の問題解決などの意見も多かったといいます。それほど民生で核心的なイシューが労働なのですが、このうち、たとえば非正規職の問題をいち早く解決して、同一労働=同一賃金の時代が始まるにしても、文在寅政権の5年間はかなりうまくやったと評価されるのではないかと思います。
姜文大 零細・中小事業者や一部の中堅企業に、最低賃金引き上げにともなう困難があって、そうして政策を構成する時、その部分を考慮すべきなのはその通りです。ただ、韓国社会がこれまで、労働問題で企業親和的=労働犠牲的に接近した慣行を、文在寅政権がひとまず果敢に進路変更したことについては、高い点数を与えたいと思います。いまようやくきちんとした枠組みの上で競えるのではないかという期待を持ちます。ですが、政府の意志がどの程度なのか、さらに確認すべき点があって、政府の意志だけで可能な領域が制限的であるという点も認めなければならないでしょう。公共部門は正規職化が可能でも、民間部門で正規職化を強制する方法は適切ではありません。法律を改正すれば可能ですが、それも容易なことではなく、改正するといっても、企業の条件や状態、つまり支払能力を度外視したまま、一方的に押し付けることはできませんから。そのような状況で労働保護的な改革を行えば、さらに強い意志とさらに精緻な政策手段を持つべきです。社会政策の構造調整の過程で、既得権を失ったり損をする人々が出てくるでしょうが、彼らを改革抵抗勢力と決め付けて、無視したり敵対するだけではいけません。彼らを説得する論理、補完策などを講じるべきで、最低限、彼らの反発を抑える道徳的・政策的名分も、明確に樹立しておくべきでしょう。
李哲煕 私も企業親和型から労働親和型に移行すべきということには全面的に同意します。普段もそのように主張してきました。ですが、善意を持って解決しても、とんでもない結果を招き得るという点を忘れてはなりません。盧武鉉政権とウリ党の時期に、非正規職保護法を施行しました。当時、これが非正規職のためになると考えましたが、現場での結果は惨憺たるものでした。用心深い話になりますが、最低賃金制もへたをするとそのようなことになると思います。そちらに進むべきであるという点に異論はありませんが、その実行の方案と戦略に対する検討は、いまださほど熟していないようです。3兆ウォン程度の財政を投じるということですが、それでは答が出ないと思います。最低賃金が大きく上がれば、産業界や市場には変革的効果を呼びます。これにどう耐えられるのか、政府に準備がなければなりません。余力もないのに押し通せば、とんでもないダメージを与える可能性もあります。最低賃金引き上げのために、今、企業が海外に出て行く準備をしているともいいます。これが推測に終わらず、本当にそのような流れが明確に形成されれば、雇用がさらに減少する結果につながるでしょう。私の話は、ですから、こわいからやめてしまえということではなく、このような現象を防ぐ方法にどのようなものがあるのか、様々な対策をよく講じ、推進してこそ、希望的な結果が出せるのですが、いまだそのような準備はやや足りないようだということです。今からでも、緻密かつ用意周到に準備して対応するべきです。非正規職の正規職化だけでも、5年間、かかりっきりでも解決できないかもしれない、大きなアジェンダですが、少し性急だったのは事実です。一方で、そのような変化を要求する熱望が、それだけ大きかったために、もう少し待ってくれと言いにくかったこともあります。とにかく、これは、私たちが十分に準備して取り掛かるべき問題です。現在の非正規職の問題は、正規職化だけが解決法か、あるいはもうひとつの回答を見出す余地があるかという問いまで含みます。
個人的に、核心は、労働の力を育てることで、その中心は労組にあると思います。これはルーズベルトのニューディール改革が成功した核心的な秘訣でもありました。労組組織率を今より画期的に上げる制度的装置や誘引策を作る必要があります。その力を土台に、労働者が自らの主張を見出すようにするべきで、力のない状況でいろいろ与えるとしても、経済が少し困難になれば、原点に戻るのでなないかという心配があります。追加経費もすみやかに処理すべきというのが国民的合意だったとは思いますが、その内容のひとつひとつを見渡すと、不十分な部分も少なくありません。今は緊急性が重要ですから、十分にうなずけますが、今後の企画では、今よりはるかに深く広く検討し、緻密に進めるべきです。でなければ逆効果が生じるかもしれません。
姜文大 労働問題に対するいろいろな改革を行うにあたって、相互の利害がかなり衝突するでしょうが、今は問題の解決を、下限基準を調整する形で探るのはやめるべきだと思います。下の方の人、「城の外」の人々の犠牲や忍苦を土台に、問題を解決してはならないということです。労働の問題はまさに労働者の問題、すなわち人の問題だからです。これまで労働問題は、経済領域の辺境の問題くらいにしか認知されてきませんでしたが、その結果、労働者、すなわち人は失踪し、数字と図表だけが残りました。そのような状況では、実際に苦痛を味わう人を念頭に置いて、問題の解決点を探っていくのは困難です。今は、そのような人々が現実的に耐えられる下限線を決めて、その線は最大限保障する形で、問題を解決していくべき時だと思います。つまり、人間が生存に必要な給与条件と勤労条件の下方安全線を確実に設定する中で、それを最大限に保障する形で問題を解決しなければなりません。そうすれば、上層で調整すべき部分がかなり出るでしょう。それが以前より大きな反発を呼び、短期的に混乱を引き起こすことはあっても、今はそのようにしてこそ、安定的かつ持続的に問題を解決できるでしょう。
韓国社会は増税に耐える準備ができているか
金錬鉄 最低賃金や雇用、公共部門、非正規職、これらの問題をすべてきちんと解決するのは、全般的な産業構造や韓国社会のパラダイムを切り替える、大きな課題ともつながっていると思います。この場でそこまで語ることは困難ですが、ただ、最近、議論されている増税問題を、それと関連した1つの糸口として議論できないかと思います。政府が増税問題に接近するスタイルは、できれば抵抗を最小化しながら、多数の支持を確保するというものです。ひとまず疑問なのは、その程度でうまくいくのかということです。一方で理解はしながらも、さらに果敢に接近するべきだという要求があります。
張允善 「正しい政党」のイ・ヘフン代表が、「税金問題を、共感なく、力だけで押し通した政権が、成功したのを見たことがない」といったことがあるんですが、私は、文在寅政権の増税政策の方向は、確かに「富裕層増税」だと思います。富裕層増税に賛成するという世論が80%まで出ています。今、所得税と法人税の改編を進めていますが、法人税を22%から25%に上げることが、李明博政権の時に割り引いた部分を、盧武鉉政権の水準に原状回復する程度でしょう。もちろん、サムスンは5500億をさらに出すことになり、現代自動車が3422億ウォンをさらに多く出すことになりましたが、そのような企業は少数の財閥大企業です。所得税も年所得3億から5億の間の所得区間を1つ新設して、スーパーリッチ9万人に対して増税するといいますが、もちろんこの9万人は胸が痛むでしょうが、さらに多く儲ければ、当然、税金をより多く出すべきではないでしょうか。そのような面でこの路線は間違っていませんし、反発も多くないだろうという気がします。不動産政策と関連しても、多住宅所有者に譲渡税を強く賦課するといいますが、私はこれに加えて、保有税も強化すべきだという立場です。国土交通部は、保有税が、投機地域だけでなく、全国的にすべての住宅保有者を対象にする政策なので、すぐに決定できる問題ではないという留保の立場を表明していますが、実際に住宅を多く持っている人々は、家を売らずに譲渡所得税も出さなければそれだけだと思います。ですから、保有税を強化して、これ以上「住宅買い占め」ができないように、投資という美名の下に住宅を投機の手段として活用することを、基本的に封じ込めるべきだというのが私の考えです。
李哲煕 政権を見て、黙って言うことを聞けということですね(笑)。
張允善 こうしたことをするために、ろうそく革命で政権を樹立したのではないですか?(笑)
李哲煕 私も増税はやるべきだと思います。ただ、この問題も、準備なくとりかかるべきではないということです。富裕層の人々に税金をさらにかける問題は、私たちが社会的合意として当事者も受け入れるなかで、そうしようということであって、懲罰税ではないでしょう。私的な集まりでも、「おまえの方が私たちよりも多く儲けているから、食事代も多く出せ」といえば、気分が悪くなります。不当な富は調査を通じて厳正に断罪すべきですが、正当に蓄積された富ならば尊重されるべきだと思います。核心は、増税がなぜ必要かを、人々に十分に説得する必要があるということです。私たちは政治の効能感(efficacy)という言葉を使います。納税にも一種の効能感があるべきだと思います。税金が福祉に還元されるのが体感されてこそ、税金を上げると言った時、十分に同意されて、租税抵抗も少ないでしょう。ですが、はたしてこれまでの歴代政権が、そのような納税の効能感を育ててきたでしょうか? 学者は、福祉のためにこれくらい予算が必要だから、果敢にならざるを得ないといえるでしょうが、政権の立場はもう少し複雑にならざるを得ません。慎重に行くのは非難できないと思います。さきほど改革が選挙という過程を経ざるを得ないと申し上げましたが、増税も同じことです。タバコの値段を上げた人々がまた下げようといっているのを見て下さい。情けないといって笑いとばしたり、皮肉って済ませるだけはありません。進歩政権が20-30年続いてこそ、福祉国家を正しく作ることができるのですが、選挙を意識するなという話はきわめて危険な発想です。
張允善 今、反対の世論は多くないようですが。
李哲煕 盧武鉉政権で総合不動産税を導入した時、実際には納税対象がいくらもいませんでした。にもかかわらず、税金爆弾の言説で批判されたのは、必ずしも広報がきちんとできていなかったからではなく、総合不動産税の以前に課税標準を現実化しながら、相当数の人々が自分の税金が増えたと考えたからです。今でも、いくらでもそのような余地があるので、綿密に準備するべきですし、一種の増税の強迫観念に陥ってはならないということです。ひとまず突破口は開いたので、そのように進めて、福祉をきちんと体感できるようにしてから、「そろそろ税金をもう少し出したら」といえば、国民は同意するだろうと思います。ただ、その期間を長く取ってはなりません。最大限、短くするべきです。
姜文大 私は一線の政治におらず、よく分からない面もあるのですが、今でも国民を説得すればいいだろうと思います。プランを持って効能感を体得させてからやることも必要ですが、そのようにやっても反発はあるでしょう。今の富裕層増税よりも増税対象が多くなって、社会的な発言権の強い中産層も、その対象になる水準に達すれば、以前いかなる過程を経たとしても、反発は出てくるだろうということです。しかし、彼らの反発は、マスコミを通じて過大増幅される側面があります。彼らが報道機関の主な読者であるという点、記者が彼らと似た情緒を共有しているという点、また、彼らがSNSでも主軸であるという点などによって、実際より大きく話題になることがあります。このような声にも耳を傾けるべきですが、国民全体の利害がさらに重く考慮されなければなりません。かと言って、今、ただちに一挙に増税できないという点は十分に理解します。合意を経て、準備する過程が必要でしょう。ただ、今の富裕層増税が、そのような過程の初めのボタンであることを明確にする必要があります。政府が後日、計画に対しては全く明らかにしないまま、ひとまず現在の方針だけを発表しましたが、近い将来、長期的な計画も明らかにする必要があります。
金錬鉄 単に税金を増やすという次元を越えて、租税の正義をどのように正しく立て直すのかという問題もあります。執行の過程で多数の支持動力を維持しようとするならば、疎通と理解の過程が必要です。そうした点でマスコミの役割も重要です。
李哲煕 だからリーダーシップが重要です。こういう状況を突破するのがリーダーシップです。うまく局面を解決すれば、うまく突破できますが、機械的に対応すれば壁に直面するでしょう。
張允善 私は、増税であれ租税の正義であれ、明確な自らの支持基盤がどこにあるのかを見て動けばいいと思います。文在寅政権の支持基盤がスーパーリッチならば、富裕層の増税はしてはならないでしょう。多数の大衆、中産層や庶民が支持基盤ならば、彼らが望む方向で増税すべきだということです。税金を取り立てて、四大河川を掘って資源外交をすれば国民が同意しません。しかし、税金で公共保育施設を拡充して、公共性を生かす政策の展開に使うならば、誰が反対するでしょうか。自分が税金を出しただけ、補償を受けられる制度的な恩恵があるならば、増税は可能だと思います。
李哲煕 それが間違っているということではなく、西欧の福祉国家も政治的な妥協を通じて成立しました。軍事作戦や多数派が一方的に押し通して作ったわけではありません。そしてそのような国々は、大部分、比例代表制を採用しています。福祉国家は政治の企画、政治の産物です。この命題を肝に銘じるべきです。自分たちが政権を取ったから、ここまで押し通して、いつか彼らが政権を取れば、それをまた押し戻して……このようにしながら福祉国家を達成したところはありません。持続の可能性を考慮して、これくらいで行っても合意しながら行ったということでしょう。だから、私は改憲くらい、いや改憲よりもさらに重要なこのが、選挙制度を変えることだと思います。国民主権の憲法、その憲法を憲法らしくするためには、多数代表性から比例代表制に切り替えるべきです。今、同じ勝者一人占めの選挙制度の下では、選挙で負ければ単に権力を奪われるだけでなく、全体の政策の流れまで戻ってしまいます。ですから、よく検討して、時には果敢に、時にはゆっくりと、戦略を行なうことが重要で、それが結局、リーダーシップの問題だということを申し上げたいのです。
張允善 同意します。ですから、さきに申し上げた通り、最大限、葛藤管理をうまくやって、国民的な総意を集める過程の民主主義、集団知性の力、このようなものが大変重要だと思います。
100日以降の政治
金錬鉄 結局、改革課題を行なうためには、民主的な方式で、法律が定めたところにしたがって進めるべきです。当然、すべての要求や期待が、政界や国会に集中すると思います。そのなかではまた、与党の任務、野党の役割がそれぞれあるでしょう。ですが、政界がうまくやるべきだと慣性的に言うよりは、政界がうまくできるようにする、市民社会の役割も明らかに必要です。マスコミも同じです。このような現実を総合的に考慮するなかで、政府や国会でどのような努力が必要だと思いますか?
姜文大 国会先進化法というものがあります。これは事実、私が反対する政党が過半数以上の時は、私に安全弁として近づいてきて、反対に私が支持する政党が過半数を占めた時は、政策をきちんと推進させない、つらい制度のように感じられます。李哲煕先生がおっしゃるように、今、ゆっくり行っても、この枠組みのなかでも、何かをするべきだと思います。うまくいくようでもあり、いかないようでもありますが、結局、追加経費案も合意しました。もちろん、予算と法は異なるもので、法を変えることはさらに難しい面があるでしょうが、必ずしも、政党の議席分布が国民の意思をそのまま代弁するとは見られないでしょう。弾劾も、議席構造上では不可能でしたが、達成したではありませんか。国民の直接民主主義の活動が活性化し、それが国会に直接的な圧迫として作用すれば、現在の状態でも、国会議員が国民の世論を反映せざるを得ないのではないかと思います。そのようにして変えたものは元に戻しにくいんです。今は苦しく感じられますが、それでも、できるだけ改革を最大限達成させるべきで、それを可能にするのは、結局、国民が直接民主主義の要素を持って、国会をずっと監視、圧迫する活動だと思います。市民社会もさらに活性化して、中間で媒介の役割をするべきでしょう。
張允善 文在寅大統領の支持率がなぜこのように高いのかを考えた時、国会に牽制勢力がないからだということがよく指摘されます。自由韓国党のホン・ジュンピョ代表が、第一野党の代表としてかなり強気ではいますが、いつも当てが外れて足蹴りしているわけでしょう。今は民主党が50%以上のものすごい支持率を記録していて、大統領の国政遂行の支持度も78%を超えますが、来年、地方選挙があります。それが中間評価になるでしょうが、その時までに原発政策、租税政策、不動産政策など、評価されるイシューがかなり多いと思います。このイシューに対して、今年の下半期までにどのような評価が出てくるかによって、民主党の地方選挙の成績表が変わるだろうと思います。政府がいくらいい政策の方向を持っているとはいえ、それを国会の中で立法で現実化しようとするなら、民主党が今よりはるかに体力的に堅固になるべきだと思います。先日の弾劾政局で、チュ・ミエ代表が単独で、朴槿恵大統領との党首会談で問題を突破するといった時、民主党の議員たちが総会を開き、その方向はいけないと軌道修正をした事例を見ながら、集団の知性の力が発現する政党だという感じを受けました。そのような面で信頼を持っていますが、意外な変数に直面する時、何をもって突破するかは見守るべき問題だと思います。
李哲煕 私は多党の構図をうまく維持・活用するべきだと思います。韓国の選挙制度は両党制を強制する効果があります。今、4.5党体制です。院内政党が5つですが、正義党が交渉団体になれず、5党体制というよりは4.5政党体制と呼ぶ方が妥当だと思います。とにかく、今の構図は、弾劾の効果として作られたものです。弾劾の局面で「正しい政党」ができました。この多党の構図で活路を見出すべきだと思います。逆説的に、朴槿恵政権が非公式的な権力を通じて、凶悪を働かせたわけですが、望むところをすべて達成できなかったわけです。たとえば、自分たちが考えていた方向での労働法改正に失敗しました。過半議席を超えていたにもかかわらずです。私たちもそのことを反面教師とするべきです。政治は成果で語るべきだと思います。私たちが正しい仕事をすると主張するだけでは、成果が出ませんから、4.5党体制の中で、必要ならば、政策連帯・立法連帯もやって、地方選挙以降は、連合政権さえ検討する可能性を開いておくべきだと思います。国会で弾劾案を可決させる時、76%程度でしたが、前の大統領選挙の時も、自由韓国党を除けば、残りの政党の得票率がその程度になります。この76%ほどの「弾劾連帯」をどのように牽引していくかが重要だと思います。どの時点まで牽引していくべきかは、まだよくわかりませんが。文在寅政権がスタートする時は、強固な連帯の枠組みを作らないことにしましたが、地方選挙以降は、開いておいて考えるべきです。そうしてこそ、望ましい改革措置ができると、いや、改革の強度は思うようにならなくても、持続可能な改革のためにはそのように行くべきだと思います。
ならば、地方選挙の前に何をするべきか? できることを選択してやるべきです。根本的に社会を再編する立法は難しいだろうと思います。あちらで協力してこないでしょう。ろうそく革命の民心を反映するならば、当分は積年の弊害の清算に比重をさらに置くべき面もあります。積年の弊害の清算という、現在を正すアジェンダと、新たな大韓民国という未来を開くアジェンダを、どう混ぜ合わせてバランスを取るべきか検討しています。今、議会で民主党は120席、他の見方をすれば絶対的な少数与党です。議会が今のように生産性が落ちても了解できるマジノ線は、地方選挙の時までだと思います。私たちもその時までは国民に時間をくれといえますし、国民も了解するでしょうが、地方選挙以降、総選挙の時までそうしていたら、危機に陥ることもあると思います。
金錬鉄 政党は世論に敏感です。ただ、政界が事件を追いかけずに、時代の課題を1つずつ解決しながら、その結果として持続可能な支持を作っていくべきだと思います。最後の質問です。文在寅政権100日を迎えて、文在寅大統領に一言、どのようなことをおっしゃいたいですか?(笑)
張允善 初心を見失わないでほしいとお願いしたいです。2016年秋から冬、そして2017年春、1700万の市民とともに広場でろうそく集会を聞いた、その気持ちで、5年間をお過ごしになるならば、ともに広場を守った国民が政府を信頼し、あるいは間違ってもまた戻るまで待ってくれるでしょう。帰り道、南大門市場の屋台で市民たちと焼酎を一杯やる気さくな大統領になるといいましたが、本当に市場で大統領と会える日を待っています(笑)。
姜文大 曖昧性を払拭してくれるように願います。それとともに、対話を通じた疎通がさらに円滑になればと思います。文大統領に対する支持は、どのような問題に対しても私心なく開かれた姿勢と、合理的な態度で疎通できるという信頼から出ているといえます。これまでそのような信頼を得た大統領はほとんどいません。時間が過ぎても、国民が、今、持っている信頼にひびが入らないように、ずっとそのような姿勢と態度を堅持してくれればと思います。
李哲煕 英語にハネムーン(honeymoon)という単語があります。遠回しに言えば、私たちは今、ハネムーンでなく、「ハニー文」(honey Moon)、愛らしい文在寅大統領の時代を生きています。それだけ愛される大統領であっても、生活が困難な人々に多く会ってくれたらと思います。生活が楽でない人々まで、さらに多く会って、話を聞かれたらと思います。この場で1つの提案を差し上げるならば、文在寅大統領が、ユ・インテ前議員のような、経験が多く私心のないシニアを大統領特補に任命し、いつも助言を聞いて、外部の多様な意見が伝えられる通路にしてくれたらと思います。このようなことを言ったら、ユ・インテ前議員にひどい目にあうかもしれませんが。
金錬鉄 私は「広く長く見ることを」です。とりわけ外交安保は、短く見れば悲観的ですが、長く見れば楽観的に作ることができます。文在寅政権がろうそく集会の市民の熱望を記憶し、責任感と自信を持って、新しい時代を開くことを期待します。時代的課題のひとつひとつは容易ではありませんが、疎通し協議して、共感を広げながら、前に前進しなければなりません。猛暑のなか、長時間、「対話」にご出席下さりありがとうございました。(2017年8月4日/創作と批評社・西橋ビル)
(訳=渡辺直紀)