[対話] いまの経済成長論、何を語るべきか / 印兌淵·田炳裕·鄭大永·朱尙榮
朱尚栄(チュ・サンヨン)建国大経済学科教授。国民経済諮問会議マクロ経済分科議長。著書に『マクロ経済学』、『憂鬱な経済学の帰還』など。
田炳裕(チョン・ビョンユ)韓神大社会革新経営大学院・教養大学教授(経済学)。著書に『多重格差』(全2巻)、『韓国の民主主義と資本主義』(以上、共著)など。
印兌淵(イン・テヨン)大統領府自営業秘書官。韓国中小商人自営業者総連合会常任会長(座談会時)。
鄭大永(チョン・デヨン)ソンヒョン経済研究所長。韓国銀行金融安定分析局長およびフランクフルト事務所長、韓国金融研修院教授など歴任。著書に『観点をたてる貨幣金融論』、『韓国経済の代案探し』など。
田炳裕(司会)文在寅政権がスタートして1年3か月余りが過ぎました。現政権では南北朝鮮の関係は改善していますが、国内問題、特に経済領域ではこれという成果を上げられずにいます。雇用だけでなく、消費、投資、また成長率まで、下方修正されている状況です。政府は政府で、大統領府の経済首席秘書官を交代し、様々な経路を通じて規制改革と革新成長に触れる頻度が高まりました。これに対して今年7月に300人余りが参加した「知識人宣言ネットワーク」が、「文在寅政権の大胆な社会経済改革を促す知識人宣言」を発表するなど、進歩知識人の社会でも批判的な声が提起されています。文在寅政権のこれまでの経済政策を評価して、今後の政策方向について語る場を準備することになったというのが、これまでの事情です。文在寅政権は就任以降、所得主導の成長を主要政策の基調としてきました。ですが、これが果たして韓国の経済によく作動するだろうかについて、主流経済学界の批判が多数提起され、しかも所得主導の成長が具体的にいかなるものなのかに対する社会的論議もやはり続いています。これと関連して、今日、いらしている先生方の率直な討論を期待します。まず読者らのために、各自の最近の活動や関心事をご紹介ください。政府が所得主導の成長という経済政策の基調の準備で一翼を担われた、朱尚栄先生のお話しをまず聞いてみましょうか?
朱尚栄 私は6、7年前に、賃金主導成長(wage-led growth)という概念に初めて接しました。主流経済学の教科書では一般的に賃金を費用として見るので、当時はこれが成長につながることがすぐに納得できなかったのですが、関心を持ってさらに見てみると、これがケインズ的な思考から始まっており、このことを研究している学者もいるということを一歩遅れて知ることになりました。それで韓国の状況に適用し、きちんと研究してみることにしました。ですが、実際に所得主導の成長論が新政権の経済政策の核心基調として登場してから、一方では喜びを感じながらも、他方では相当な負担と責任感を持つことになりました。国民経済諮問会議の委員に委嘱され、さらに具体的に考えることになりました。これまで数十年間、韓国の経済成長論がかなり供給中心、利潤中心に流れており、それによる弊害が過度に累積しました。所得主導の成長という言葉は、事実、厳密な表現ではありません。韓国より先を行く先進国でも、必ずしもそのような名前を前に出さなくても、着実に国家が分配に関心を持って介入する政策を展開しました。韓国の分配構造がかなりおかしくなっているので、単に福祉だけを増やすよりは、所得を通じた1次分配に力点を置きながら、それ以外の通常の成長政策を併行することが必要だという立場で臨んできました。
田炳裕 おっしゃった通り、所得主導の成長は、韓国経済がこれまで20数年間、市場で所得分配が悪化したということ、すなわち労働分配率が減少し、大企業と中小企業との間の賃金格差が拡大したという事実から出発しているようです。これと関連して、韓国銀行で30数年間勤められた鄭大永所長の意見も、今日、お聞きしたいと思います。
鄭大永 私は韓国銀行で2012年に退職し、ソンヒョン経済研究所を作って研究・執筆し、政策提案をしながら過ごしていますが、最近ではますます韓国経済が簡単ではないと考えるようになっています。私は6月に忠清南道・牙山(アサン)の道高(トゴ)というところに住居と事務室を移したんですが、韓国経済で最も難しいことの一つが地方と農業です。この問題にさらに近く接しながら、長い呼吸で韓国経済について検討してみようと思います。それと関連して、もう一つの関心分野が酒です(笑)。酒造産業は経済的な側面で農業と緊密につながっています。農産物を高付加価値化できる分野です。私たちは酒を楽しむ民族ですが、韓国の酒といえば、値段の安い焼酎やマッコリが大部分でしょう。ですから、きちんとした韓国の酒を作って普及しながら、酒造産業や文化を変えようと努力しています。すぐにうまくいくことではないでしょうが、面白くやりたいと思います。所得主導の成長は家計の所得を高め、これを通じて消費や投資などの内需を増加させる政策であるという点で方向は正しいと思います。ですが、革新成長、公正成長、包容成長など、他の成長言説と同じように使われて、国民が混同して信頼できなくなったように思います、
田炳裕 今日の議論の核心である所得主導の成長において、必ず考慮しなければならない部門が自営業です。最近、小商工人らがきわめて厳しいといわれていますが、現場から離れていると判断が容易ではありません。財界や労働界に比べて、声に直接接する機会が相対的に少ないと思います。大統領府が新設する自営業秘書官に、印兌淵会長が候補として議論されているのを、マスコミの報道を通じて接しましたが、うれしいかぎりです(この座談会以降、8月6日に正式に任命――編集者)。
印兌淵 私は中小商人自営業者総連合会という団体に属しています。2013年に南陽乳業の職権濫用の事態が炸裂して、フランチャイズ、複合ショッピングモール、賃貸借のような弱者の問題を解決するための政策が必要だという思いで活動してきました。自営業者が統計庁の調査だけで600万人内外です。そのうち150万人程度が社員を雇用しています。見積もりですが、これらが平均1.5人だけ雇用するとしても、被雇用人が200万人です。それだけではなく、一緒に仕事をする家族の数が100万人を超えると言います。これに無登録者まで入れれば、およそ1000万人が自営業部門で暮らしていると言えます。その家族まで入れれば2000万人を超えることもあります。このように人口学的にも途方もない領域ですが、自営業の困難が社会的に対応すべき問題であるという認識が、これまで充分でなかったようです。私が何年か前、所得主導の成長という概念が議論されるのを聞いて、1000万人に達する自営業部門が、この議論に必ず参加すべきだと思いました。大統領府で自営業秘書官を置くといったことも同じ脈絡だと思います。
田炳裕 私は主に雇用問題と不平等、韓国経済などについて、研究と政策諮問をしています。にもかかわらず、最近、話題になっている最低賃金や所得分配の問題に対して、社会的に発言することが本当に気の重いところです。今日、みなさんのお話しを聞いて、自らの考えを整理する機会になればと思います。
新政権1年余り、経済事情はどうだったか?
田炳裕 それでは本論に入ります。文在寅政権の所得主導の成長政策は一つの実験ともいえます。この言説と理論を、実際に国家レベルの成長戦略として採択して現実に適用した海外の事例も、なかなか見つけるのが難しいですが、業務引継委員会を経て、一貫した政策パッケージとして設計する過程を持てないまま、施行して見たら様々な論議が避けられなかったように思えます。このような状況を含めて、これまで1年余りの状況について全般的な評価をお聞きしたいと思います。
鄭大永 経済状況が昨年に比べてかなり悪化したとよくいいますが、事実、2017年は特別な年でした。経済と直接関連するわけではありませんが、ろうそく革命や弾劾政局を経て新政権がスタートし、相当な期待心理がありました。権力乱用の問題の緩和、正規職の拡大、非正常の正常化などが議論されながら、消費心理がよくなりましたし、これに加えて不動産景気と輸出がよかったです。そして成長率が少し高く出て、今年の方がよくないように見えるのです。韓国の経済は2000年代初期から状況が悪化してきました。雇用の質が特に悪化しました。すでにその時から不平等・格差の問題が深刻に議論され始めました。そうするうちに、2008年の世界金融危機を経て成長自体も鈍化しました。最近さらに浮上している自営業者の問題も、新しい問題だけではありません。盧武鉉政権の時も食堂事業主らが釜を投げるデモをしましたし、李明博・朴槿恵政権の時はさらに状況がとても悪く、抗議する力もないといわれるほどでした。そのような状況で最低賃金が急激に上がり、泣きっ面にハチのような状況です。現在の状況はおおよそこのように要約できるでしょう。
田炳裕 一般的に2000年代後半以降は、低成長格差の基本的な流れが維持されました。おっしゃった通り、2017年には統計指標を見ると若干よかったと思います。半導体輸出の好調と建設景気の好況で、経済成長率が久しぶりに3%台を超えました。そうして今年に入って、まだ指標上では大きく下落したわけではないのですが、現場の体感景気はかなり冷えているようです。
朱尚栄 おっしゃった傾向に私も同意します。労働の側面から見る時、韓国の人口増加傾向はこの15年間ずっと鈍化していました。生産可能人口も減少し始めました。実物資本の側面では、これまで私たちが投資の重要性を強調してきたことで、資本蓄積はかなり大規模に行なわれました。国民所得に対する経済全体の実物資本の量、すなわち資本産出係数、または資本深化度ともいいますが、これが2000年代中盤から先進国水準の3.2~3.3程度にまで到達しました。他国も同じですが、この値が上がる間は物的資本の蓄積による高成長が可能です。ですが資本に対しても、結局は収穫逓減の法則が作動します。要するに今は、労働力増加による成長、資本蓄積による成長、ともにその余地があまりないという状況に達しました。その影響を数値で正確に現わすことは困難ですが、おおよそ毎年の経済成長率の0.1~0.2%のマイナス効果をもたらしたと見るべきです。昨年、半導体の好況、建設需要などを通して、3%以上、成長しましたが、特別な好材料がない以上、また本来の通り低成長傾向になりそうです。
田炳裕 人口と資本の側面で、構造的な長期の沈滞局面に入ったという面に共感が形成されているようですが、自営業の現場でも同じように感じられるでしょうか?
印兌淵 自営業者らにとって、今、最も重要なイシューは最低賃金ですが、昨年、かなり上昇した効果が今年から現れるでしょう。昨年は何が何だかわからずに過ぎたと思います。ですが最低賃金が急騰し、自営業者らがかなりひっくり返るだろうといいますが、原因をそこだけに求めると問題が解決できないと思います。それでは最低賃金を上げてはならないという結論だけが出てきます。最低賃金をそのままにすれば、自営業者らは大丈夫なのでしょうか? 私は両方の側面を見るべきだと思います。自営業者らが最低賃金の引上げに対して持つ負担感の根本的原因は何かをよく考えて、それにともなう構造的解決策を検討する必要があります。現在の状況において、零細自営業者らに対する実効的支援方策はどのようなものかについてもです。困難に直面した自営業者の要求、そしてもう一つの社会的弱者である、労働者らの生存権的要求を調和させる方向を作り出すべきです。
田炳裕 韓国経済が昨年のように相対的にいい時でさえ、自営業は構造的な問題のためにほとんど差がないという見方でしょうか?
印兌淵 構造的な問題が解決されなければ健全化も困難です。基本的に加速化する大企業の市場独占化に勝ち抜く方法はありませんから。事実、自営業が一種の社会のセーフティネットの役割をしている側面があります。IMF危機の時、仕事を失ったあの多くの労働者らが、自営業市場で再起できなかったとすれば、国家自体が完全に動揺したでしょう。そして実際に97年から10年ほどは大丈夫でした。企業に勤める人が解雇されたり退職しても、フライドチキンの店を一つやれば何とかやっていけました。これが変わったのが2006年頃からですが、必ずしも国際的不況や過剰進入のためというよりは、根本的には財閥が進出してきて状況が深刻化しました。
最低賃金の引上げと自営業の危機の間
田炳裕 最低賃金の問題を取り上げて論じて下さいましたが、普段、学界では最低賃金引上げは景気のいい時にやってこそ、否定的効果が小さく出て、肯定的な効果が大きくなるといいます。だとすれば、今回の最低賃金引上げが、最近の景気不振の原因ではないとしても、タイミング上は適切でなかったと評価できるのではないでしょうか? 鄭大永先生が「泣きっ面にハチ」と表現されましたが。
印兌淵 自営業者の立場では、あごの下まで水が来ているような状況なので、引上げの影響が小さな水準であっても、危機感が醸成されるのは時間の問題です。過去は営業不振を単に個人の責任と考えましたが、最低賃金のイシューが提起されると、これが政策の問題であると考えるようになって、絶望と怒りが生じるんです。この問題を克服するためには、根本的には、構造改革を通じて首まで漬かっていた程度を、一気に低くする措置が必要です。
田炳裕 いい比喩だと思います。
印兌淵 この状況をどのように克服するのか……。水泳が上手な財閥大企業は大丈夫ですが、そうでない零細自営業者らは大変危険です。
朱尚栄 「職場安定資金」[1.最低賃金引上げにともなう小商工人、零細中小企業の負担を緩和し、労働者の雇用不安を解消するための制度で、30人未満の事業場で、月報酬額190万ウォン未満の労働者を雇用した事業主に、労働者1人あたり月最大13万ウォンの政府補助金が支給される。]の効果はあまりないでしょうか?
印兌淵 どんな支援策でも必要ないものはありません。しかし一つの支援策だけで零細自営業者らの危機状況それ自体を打開することは不可能です。職場安定資金は直接支援という画期的方策として私は歓迎します。ただ自営業者らの顕在的な危機を保護して、労働者らの最低賃金を安定させる意図に合わせて、もう少し範囲を拡大し、金額も増加してもらえたらと思います。また、その他、間接支援の形態も開発し、実質的に役立てる各種の方策を見出すべきでしょう。
田炳裕 ですが、職場安定資金の導入については、これがひょっとして自営業の過当競争と「ブラック企業化」を煽らないかという憂慮も提起されています。
印兌淵 なぜ自営業に過剰進入するのか原因を考えるべきで、過剰進入したから出て行けとばかりは言えません。その多くの人材をどこに移動させるか検討しなければなりません。構造的な問題のせいでしょう。相当の割合が大企業で勤務していた人々です。事実、この案でも退職希望者は半分くらいになると思います。みなさんが道を歩いていてきちんとした店を見ると、それでもあの人々はきちんと暮らしていると思われるかもしれませんが、よく考えてみると、多くの方々が莫大な借金を抱えています。どうにかして投資金や権利金だけでももらってから出て行くべきで、そのまま出て行ったら借金がそっくり残って元に戻れなくなります。こうした方々が別の生きる道を探せれば、過当競争も解消されるでしょう。
田炳裕 私たちが実際に、現実を忠実に把握する必要があるだけに、印会長のお話しをもう少し聞いてみたんですが、他の方々は最低賃金の問題についてどう思いますか? 2017年(16.4%、7530ウォン)に続き、今年もやはり2ケタの引上げ率(10.9%、8350ウォン)を記録しました。
引上げの適当なラインはあるのか
鄭大永 私たちが果たして、どれほど儲けるのが正常なのかを確かめる作業が必要だと思います。各家計で経済状態が違うように、国家によって経済力が違うからです。韓国の経済能力で報酬をどれほど受けるべきなのか、すなわち多い人はどれほどもらい、少ない人はどれほどもらうのが適当なラインなのか、このことに対する研究が行なわれるべきです。そうしてこそ最低賃金をいくらまで上げるのか、そして仕事をどのように分配するのかなどに対する解決方法を見出せるのではないかと思います。ですが、このことについてまだ議論も関心も見出しにくいのが現状です。あまりもらえない人の問題は、結局、ひっくり返せば、誰かがかなり多くもらっているためです。それはまず財閥と賃貸事業者でしょう。その次に私たちがいい職業だと考える、若い求職者らが主に希望する職場です。公務員、公企業、医師のような専門職、大企業正規職、正規の大学教員……このような職業群が韓国の経済能力以上に、すなわちアメリカやヨーロッパのようなところよりも多くもらっています。キム・ナクニョン教授の研究結果を見ると、韓国は上位10%が全体所得の48%、上位20%が全体所得の78%を占めるとされています。これもほとんど課税されない住宅賃貸所得はきちんと反映されていない数値です。したがって残り80~90%人々は、いくら努力しても報酬が少なくならざるを得ない所得分配の構造です。大多数の人が生かす殺すの競争をしなければならないのです。事実、印会長のおっしゃった問題は、他の見方をすれば、韓国経済についていろいろと検討している人ならば、原則的には大部分知っています。それでもこの構造を打破できずにいるのが問題でしょう。もう一つの問題は、このような職業間の過度な補償格差を支える高費用の構造です。韓国の物価が安定しているとはいいますが、その水準はかなり高めです。住居価格はさらに言うまでもなく、大学の授業料などの教育費、賃貸料、食料品価格、通信費などが高い国です。こうして見ると、平凡な勤労所得者らの生活が当然苦しくなるでしょう。こういう問題がともに解決されてこそ、韓国経済に長期的な希望があると思います。
田炳裕 最低賃金を上げる正当性の重要な根拠が、韓国の低賃金労働者の比重が非常に高いということでした。中位圏の賃金の3分の2レベルに至らない賃金の労働者を低賃金労働者といいますが、この割合が23%水準で、OECD加盟国のうち1、2位を争っています。このような労働市場を改善すべきという意志が強く作動したのとともに、その背後には、さきほどおっしゃった問題、言うなれば、「労働市場の二重構造」が考慮されたようです。たとえば大企業の正規職と零細企業の勤労者との間の格差がかなり大きいという問題です。またもう一つは、この問題を検討するために可能な政策がいろいろありますが、社会のセーフティネットがそのうちの一つです。高費用構造を緩和できます。こういう問題に対する体系的な検討が足りなかったようです。
朱尚栄 今年の初めに最低賃金の論議が本格化しながら、保守マスコミ中心に攻撃が続きましたが、最低賃金の適当なラインがどの程度かといった時、その基準をいろいろ置くことはできるでしょう。ただ最低賃金をもらいながらフルタイムで仕事をした時、貧困に陥ってはならないということが最小限の基準として提起されます。韓国の最低賃金はすでに本人1人で暮らす水準を越えています。私はそこから一歩進んで、自分だけでなくもう1人くらい扶養できる水準にすべきではないかと思います。現在、2人世帯の最低生計費を通じて逆算するならば、それに該当する時間あたりの賃金が8000ウォン台の中盤程度になります。であれば、韓国の適正な最低賃金は、現在の時点で1万ウォンを少し超える程度と考えます。だから8000ウォン台の中・後半程度を短期目標として置いて、その後、韓国経済が成長する速度や名目成長率がおよそ4~5%になるならば、その道を行くのが無難ではないかと思います。所得主導の成長が政権の主要政策ではありますが、最低賃金の議論だけが先行するのも望ましくはありません。今回、勤労奨励税制を拡大しましたが、失業保険だけでも韓国の制度はOECD諸国と比べるとかなり少額です。こういうことも同じような速度で一緒に進める必要があります。
田炳裕 前回の大統領選挙の時、最低賃金を1万ウォンに上げるという公約が各陣営から共通して出ましたが、これがなぜ1万ウォンでなければならないのかについては、十分に議論されることがなかったようです。過度に過剰政治化された議題になってしまい、様々な社会的イシューを作りました。最低賃金は価格を調整する政策なので多様な領域に影響を及ぼします。言及された通り、高賃金グループと低賃金グループがあり、大資本があるかと思えば中小企業や零細自営業者もあり……この経済主導者の間で利害関係が相反するので、最低賃金の引上げにともなう負担と責任を、互いに押し付け合う様相が見られます。なので現在、乙対乙の問題になっているのは誤りであり、甲と乙の問題として接近するべきだという主張も提起されます。
印兌淵 2015年に私たちの団体が民主労組と政策協約をして、最低賃金の引上げに対する支持宣言をしました。その後も持続的に協力して対話したところ、労働団体で自営業者らに対する信頼を持つようになりました。今回の最低賃金引上げの議論の過程でも、民主労組と韓国労総が中小自営業者らのための政策を立てろと政府に要求し始めました。これはとても意味のあることだと思います。以前は労働者らが自営業者らの悪口をいうのに忙しかったんです。立場がよく分からないから、とにかく人を雇用する中産層なのに、アルバイトや低賃金労働者らを収奪しながら、それを上げないという先入観があったんでしょう。自営業者らはまた彼らなりに労働界に対して、あの人々は自分たちの月給だけを上げろと言っていると考えていました。労働者と自営業者らがこのように仲違いばかりしていては、大韓民国の前途はかなり険しいと思いました。にもかかわらず、金額はまだ敏感な部分ですが、私はこの状況さえも、自営業者ら、労総、青年労働者らが深く対話して、政府でもこれらを主体として、問題がどこから始まるのかを把握する過程で、さらに根本的で具体的な方案を作ることができるだろうと思います。
田炳裕 今日午前、雇用労働部が来年度の最低賃金の告示をしました。最低賃金の引上げは自営業者の立場では現金が出て行くことです。反面、賃貸料やカード手数料の引下げのような自営業者の支援政策は、いつ支給されるかわからない手形なんです。こういう部分に対する調整を、来年、最低賃金委員会でやれば、乙同士の対話が可能だとお考えでしょうか?
印兌淵 私は、告示された来年のことだけを考えるより、今年から対話を始めようという立場です。必ずしも最低賃金委員会のことだけを考えているわけではなく、公式的なテーブルではなくても、可能な部分で対話が必要だという趣旨で、私たち連合会のレベルで、民主労組、韓国労総と三者討論を企画して、今月末あたりに集まってみようと議論中です。社会的な合意の過程をきちんと踏んだことのない、韓国社会の風土を変える必要があります。
鄭大永 今回の最低賃金の論議の核心は、引上げ自体でなく、一度にかなり大きく上がったということです。事実、予測可能で安定的に引き上げることがみなにとっていいことです。労働者の立場でも1、2度大きく上がって次に上がらないよりも、少しずつでも着実に上がる方が長期的によく、企業主の立場でも衝撃が少なくあらかじめ対処できていいと思います。そして最低賃金の体系や決定方式などに対する議論も必要だと思います。例をあげれば、地域別に住居価格・家賃や生計費など、最低賃金を決める要因が異なるので、分権化時代に合わせて、最低賃金の決定権限を地方自治体に引き渡す問題も考えられると思います。
田炳裕 お話しを聞いていると、最低賃金のように、全国的な水準で多様な階層に差別的な影響を及ぼしかねない政策は、その水準と決定方式を定めるにあたって、専門家の分析や社会的対話、妥協など、すべてが重要だという感じがします。
「○○成長」の実体は?
田炳裕 最低の賃金引上げに対する保守マスコミの攻撃があり、他方では今の雰囲気はむしろ改革後退ではないかという指摘が出ている状況で、政府が最近では所得主導成長から包容的成長という言葉に乗り換えたように思えます。イム・ジョンソク大統領府秘書室長が、去る6月、ユン・ジョンウォン新任経済首席秘書官を紹介して、「所得主導の成長・革新成長・公正経済は、包容的成長のような概念であるという所信を持った方」(『中央日報』2018.7.17)と包括的な概念で整理したことがあります。最近は何が何だかよく分かりません。政府がどこかに方向を定めたのか、あるいは、既存の政策基調を維持しながら部分的に変更するのか。朱先生が少しご存じかと思います。
朱尚栄 私も正確には分からないです(笑)。所得主導成長というものの必要性は大部分認めながらも、どうしても馴染みのない概念でもあり、進歩的な観点が出てくるので、政政権のスタート初期からこの試みを頓挫させようという動きもあったようです。なので革新成長という言葉に変えようとする試みがあったと思います。かなり陰謀論的な推察かもしれませんが、最近、包容的成長という、もう一つの新しい言説を持ってきて、今後、所得主導成長論はなかったことにしようという意図もなんとなく伺えます。とにかく包容的成長というのは、よく考えてみれば曖昧な概念です。反対語を考れば排除的成長ですが、そういうことを主張する人はいません。国際機構で低開発国を相手に「包容的な成長方向に向かうべき」と勧告する時に使う概念として適当ですが、韓国くらいの国で包容的成長を語れば何らの内容もないいう印象です。私はそれでも最初出ていた所得主導成長が、今後、少なくとも数年は推進する価値があるという立場です。かと言って、すべての成長政策をみな、所得主も趣旨に合うように組むべきだと主張するわけではありません。賃金政策、雇用政策のような核心的ないくつかは、所得主導成長という旗印の下で継続的に推進しながら、中道的観点における成長戦略、すなわち資源配分の効率性を高め革新を促すという方向は、相変らず有効だと思います。
鄭大永 基本的な考えは私も朱先生と似ていますが、成長論の種類が韓国ではとても多いと思います。所得主導成長、同伴成長、緑色成長、革新成長、公正成長など……。ですが、「成長」の前に何かの用語を置くのは、私が見るところ、成長に自信がないので、あれこれ良さそうな言葉を持ってくるようです。そのまま「成長」と言ってしまばいいんです、「成長」というものが、経済学教科書に見れば、いかにして可能かよく出ています。供給、需要、産業の3つの側面で成長政策を作ることができるでしょう。このように原論に忠実であればいいのですが、聞こえのいい政治的スローガンを作ろうとして問題が生じるようです。政府が最近持ち出した包容的成長については、OECDから出た資料を見ると、成長以外にも不平等や環境や生活の質のような問題に、さらに関心を持とうということのようです。当然の話です。現代のきちんとした政府はみなそのようにします。ですから私は、包容的成長をなぜ持ち出したのか理解困難です。そして、経済学では成長といえば、結局、国民所得を大きくすることをいいます。所得主導成長も所得を増やして成長するということですから、事実その通りです。問題は、核心の政策が最低賃金だけに埋没しているところにあります。家計所得を上げられるところは多様です。私が見るところ、最低賃金は小さな部分です。異なる道も模索するべきです。何よりも、いい職場の創出が重要です。職場が増えれば当然所得が増えることになります。医師などの専門職の定員拡大、信用協同組合やセマウル金庫、地方銀行などの新規設立の許容、探偵・独立金融相談社など、韓国にない職業の開発など、探してみるといろいろとあります。また法と制度の公正性・透明性を高めること、庶民金融の活性化など、金融接近性を高めること、住居価格・家賃を下降安定化させることなども、直・間接的に所得を増大させる政策です。言ってみれば、現政権が自ら所得主導成長の範囲を狭めてきたのが問題の状況ですから、これ以上、右往左往せずに、きちんと発展させ広げていく道を見出すのが望ましい方向だと思います。
田炳裕 政府が包容的成長という話を持ち出したのは、ドライブ要因があるようです。一つは、既存の所得主導成長論は市場での分配改善に焦点が合わされていますが、現在はここに再分配を結合する方がさらに効果的であるという主張が提起されています。賃金を高めるだけでなく、福祉を拡大する形でです。もう一つは、韓国の経済が長期沈滞の局面を迎える場合、どのような手段でそれを緩和できるかといった時、新しい産業政策が必要だとか、規制を緩和して革新をしなければならない、などという方向が考慮されました。朱先生にお聞きしたかったのが、実はこういう状況でして、どこに重点を置くのが望ましいとお考えか、相変らず分配改善を通じた所得増大に優先順位があるのか、ということでした。
朱尚栄 また申し上げますが、所得分配の改善だけをすべきだという立場ではないという前提で、現段階ではそれが必ず含まれてこそ、健全な構造に進むことができるという考えです。
田炳裕 それでは、結局、包容的成長と同じことではないでしょうか? 包容的成長の中にも、そのようにいろいろと入っているように見えるんですが。
朱尚栄 所得主導成長において、所得というものは労働所得、もう少し拡張すれば家計所得のことをいいます。ですから、家計所得主導の成長として理解すればさらに明瞭だろうと思います。家計所得の他は実質的に企業所得です。利潤です。アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスなどの主要先進国を見ると、GNI(国民総所得)で企業所得が占める割合が15%内外、家計所得が70%以上です。残りは政府所得です。ですが、唯一、韓国と日本は企業所得が占める割合が25%ぐらいになります。家計所得は60%序盤です。韓国と日本は経済発展の段階は違いますが、企業所得の比重が上がって家計所得の比重が落ちたこの20年余りの間、日本は長期沈滞、韓国は成長率の急激な下落現象を経験しました。家計所得と企業所得は互いに適切な割合を維持しなければなりません。企業所得の比重がとても低ければ企業の活力が落ちる問題がありますが、だからといって、家計所得の比重がとても低くなれば、経済全体的に需要不足の問題に直面することになります。生産した物を購入するのは、結局、家計部門です。日本の生産力が優秀だということは誰もがみな分かっています。人々も相変らず誠実に仕事をします。にもかかわらず、そのように長い間、沈滞に陥っている理由は何でしょうか? 企業競争力を向上すべきという名分の下に、家計部門が過度に自らの持分を譲歩したためです。成長の果実が家計部門に十分に戻ってきて、はじめて経済がいい循環をします。家計に所得があってこそ消費があり、消費があってこそ企業の投資展望も明るくなるのではないですか? こういうことを見る時、私たちもこの構造をある程度正さなくては、慢性的な沈滞から抜け出せないこともあるということです。
田炳裕 だから長期沈滞の主な要因は需要の側面にあるとお考えですか?
朱尚栄 そうです。
田炳裕 供給の側面の政策では限界があるということですか?
朱尚栄 供給の側面に対する政策も当然必要です。ただそちらは実は国家が出るからといって、以前のように成長率を高める効果があるわけでもありません。韓国は財政支援をする時、これまでは主に企業に与える方法を取ってきましたが、現在は人に与えるべきだと思います。職場安定資金のようなものも、企業や自営業者に与えるものも必要になりますが、結局、仕事をする人本人に、直接賃金を保全する方式を伴ってこそ、実効性があるだろうと思います。
田炳裕 所得主導成長でも包容的成長でも、政策のパッケージをどのように設計するか、政策の優先順位と資源配分をどう設定するかが重要のようです。最低賃金政策をかなり孤独なワントップに持っていったのがよくないというお話しもありました。これと関連して、公正経済の問題に移ってみたいと思います。
公正経済への道
田炳裕 さきほど印会長が、これまで深化してきた財閥の独占化の問題を提起されましたが、包容的成長という話を強調している昨今において、政府の動きを見ながらどのようなことをお感じか気になります。
印兌淵 自営業者らが最近はとても敏感です。包容的成長という言葉に曖昧な感がありますが、実際に政府要人らがどのように動くかを見た時、万一、財閥中心の歩みを示すならば、財閥を包容する成長になるだろうと憂慮して、反対に異なる様相を強調するならば、弱者を包容する成長になりそうだと感じるということです。最近、文在寅大統領が休暇中にもかかわらず、中小商工人、自営業者などとビールミーティングを持ちました。そして大統領府首席会議(7.23)では「自営業を企業と労働だけに分類できない、もう一つの独自の産業政策の領域としてみるべきだ」と強調しました。その様子を見ながら、文在寅政権がスタートする時に持っていた、所得主導成長が持つ価値の中に、韓国の自営業者らの存在が生きていると思いました。そうなるように願っています。
田炳裕 これまで1年余りの間、キム・サンジョ公正取引委員長をはじめとして、政府が公正経済を作るためにかなり努力したようですが、その部分に対して現場で実感しているのか気になります。私が見るところ、政府は段階的に接近しているようです。すぐに財閥改革を強力に推進するよりは、市場の独占・寡占や権力構造のような具体的な問題の改善に優先順位を置いていると思われます。
印兌淵 現場ではキム・サンジョ公取委委員長の努力を認める雰囲気があります。しかし多くの方々が、まだ公取委の役割が足りないと感じる限界もあります。そのような状況で公取委の退職者らが大企業に再就職できるよう特典を与え、疑惑を受けた、チョン・ジェチャン前委員長とキム・ハクヒョン前副委員長が、先月逮捕されました。果たして韓国の零細事業者らが公取委に期待するだろうかと疑問視されるような事件です。結局、公取委が人的清算なく、きちんとした機能ができるだろうかという疑念を抱かせます。
朱尚栄 韓国に権力関係があまりにも蔓延しているので、本当に公正に取引できるようにするなら、公取委のような組織が全国的にある必要があります。地方自治体別に分散してです。
印兌淵 大きな問題、たとえば財閥循環出資のような問題は中央で担当して、権力関係で衝突するような相対的に小さな問題は地域で担当する形に分散する必要があります。
田炳裕 公取委の専属告発権廃止と地域水準の公取委を作ろうという提案は、すでに討論会をはじめとして、様々な経路で十分に提示されていると思います。ただそれを実践できるかが問題でしょう。
鄭大永 さきほど申し上げた、成長を可能にする三つの側面、すなわち需要、供給、産業の中で、今、私たちに最も大きな障害要因が何かを考えると、私は供給の側面における生産性の制約だと思います。革新成長でも包容的成長でも何にしてもです。ここで重要なのは、今、韓国経済の生産性を制約することで、規制の問題もあるでしょうが、何より法と制度の公正性・透明性が欠如している問題が深刻です。スイス・ダボスの世界経済フォーラムで発表した「世界競争力報告書」を見ると、政策の不透明性、偏向的で非効率的な官僚、司法制度の信頼性低下などが、韓国経済の競争力を落とす主要因として指摘されています。このようなことが国民経済全体の生産性を落とし成長率が低くなるのです。韓国経済は、経済規模も大きくなり、ほとんど先進国レベルの入口に来ています。ここでもう一歩踏み出して、ドイツやフランスほどの先進国になるためには、資本と労働を増やしたり技術を開発するだけでは限界があります。私たちがこういうスタイルでこれまでは成長してきましたが、今後は生産可能人口は減っていきますし、資本も飽和状態です。こういう状況では政治や経済、社会全般のシステムが、どれだけ公正で透明に確立されるのかが持続成長の核心です。そして不平等問題も不公正な制度と深くつながっています。公正で透明な法と制度が備われば、社会的信頼の水準と国民の正直さが高まります。こうなれば、経済全体の生産性や効率性も高まって成長がうまくいき、分配状態も改善されるだろうと思います。企業部門も同じなのですが、企業が基本的にうまく経営できる環境というものは、現在は他でもなく、政策が公正で透明に執行されるということです。経済領域だけでなく、韓国において、公正でない権力関係の弊害は、あちこちにどれほど広まっているでしょうか。このようなことが公正に行なわれる枠組を作る仕事が、現在、韓国の経済が越えるべき峠であろうと思います。
朱尚栄 私は所得主導成長の必要性をずっと話してきましたが、それを説明するスタイルについて考えがちょっと変わったのが、私をはじめとする支持論者らがどう思うかも重要ですが、これを他の人らがどう受け入れるかもまた重要だろうと実感しました。私は所得主導成長という言葉がちょっと馴染みがないので、1年前でさえ概念を明らかにするために、このことが分配改善を含む総需要の拡大政策であるという風で説明しました。振り返ると、そのことを聞いている人たちは、ならば短期的な景気浮揚策ではないかと批判したようです。本来の意図がそうではないのにです。ですから、現在は分配改善に加えて、公正な分配、人に対する投資……このような形で所得主導成長の趣旨をさらに豊富に生かして説明すれば、専門家を含めて多くの人々が、もう少し共感できるのではないか考えるようになりました。
南北朝鮮の経済協力を考える
田炳裕 分配を改善しながら深刻な不平等問題を解決していく方向とはまた別の課題として、韓国経済がいわゆる「ビッグプロジェクト」を通じて突破口を準備する必要があるという主張も提起されます。今、韓国の製造業に長期的なビジョンがあまり見られないようです。最近、米中間の貿易紛争も表面化していて、「ニューノーマル」のもとでは世界貿易がこれ以上大きくならないだろうという展望もあります。また、製造業「リショアリング」(reshoring)といって、先進国が製造業部門を自国にまた持っていく環境が作られています。中国も「製造2025」といって、製造業の先端化を国家戦略として推進しているようです。これまでの東アジアの分業体制下で競争力を持った、財閥大企業中心の製造業パラダイムが時効を迎えたという指摘です。このような状況で、韓国は、どんな産業ビジョンや産業政策戦略を持てるか、ご意見をおうかがいします。一方では、南北朝鮮の経済協力が新たな突破口になるという希望もあります。南北朝鮮の関係が大きく進展して、経済協力が行なわれる可能性が高くなったように思われます。私たちの今日の座談会も、そろそろ終盤になりましたが、このような「大きな」話をお聞きしたいと思います。
鄭大永 朴正熙政権の時代までは、産業政策に明確な意味がありましたが、その後は順次効果が減少しました。金大中政権の時、ベンチャー企業をかなり支援しましたが、産業政策まで行ったというよりは、当時の世界的なITブームの影響が大きかったようです。今、韓国が競争力を持つ産業といえば、電子、また文化領域の韓流くらいを挙げることができると思いますが、これが政府の産業政策とどれほど密接な関係があるかはよくわかりません。世界12~13位程度に規模が大きくなった大韓民国の経済で、どの産業が未来の牽引役になるのかを、政策当局が、公務員たちが、学者らがきちんと判断できるでしょうか? 私は容易ではないと考えます。自動車産業を見ると、株式市場で現代自動車の株価が過去の最高額に比べて半分以下に落ちていますが、これは自動車産業の危険性が反映された結果でしょう。この産業の未来がどうなるのかを判断することは容易ではありませんが、利害関係者らに対応を要請する信号を与えるものだと思います。そのために私は、構造調整を含めて、ある産業で何か再編するのは一次的に民間の領域だと思います。もちろん政府も社会セーフティネットの拡充など、適切なラインでやるべき仕事はやるべきです。だとしても、これらは国家経営のレベルで真の核心課題ではないということです。国家は別にやるべき仕事が数多くあります。私がさきほど強調した、法と制度を公正かつ透明に正す問題、それを通じた持続成長と分配改善のようなことが特に重要です。
南北朝鮮の経済協力は、当然意味のあることで、経済的にも役立つでしょう。南北の平和共存体制の構築に寄与するという面でもとても重要です。しかし、冷静に経済的にだけ考えれば、過去に私たちが経験したベトナム特需や中東特需、中国特需とどれほど違うのか、考えてみる必要はあります。民族和合と平和という問題は、値段を付けられないほど重要なことですが、純粋に経済的価値だけを考えた時は、私たちが実際に得ることができる恩恵が、思ったより多くないかもしれないということです。私たちだけの場になるわけでもありません。中国、アメリカも入ってきますし、日本、ロシアも参加するでしょう。ですから私は、南北経済協力もまた、該当する部署で適切に行なえばいいだろうと考えます。要するに、産業政策も南北経済協力も、国民経済の構造を変えるレベルとしての重要性はやや落ちるだろうと思うんです。
朱尚栄 革新成長と関連したお話しですが、これまでそうだったように、特定産業、企業を確実に把握して選別・支援するスタイルから脱却するべきです。現在はシステムやネットワークに投資する方法を取るべき時です。例をあげるならば、中小企業に支援すると言った時、中小企業専用研究開発センターを作って、関連の研究者らが自由に参加できるようにシステムを作るような形でです。
田炳裕 おっしゃった通り、産業政策が現在、インフラやネットワーク生態系を作る側に進んでいる面はあります。ただその中でも、どのような大きなビジョンを持っているかは見守る必要がありそうです。南北経済協力に対してはどうお考えですか?
朱尚栄 開城(ケソン)工業団地の事例を見ると、北朝鮮の低賃金労働力を利用することによって、結局、私たちの利益だけを重視する側面の方が強かったようです。また南北経済協力が行なわれるならば、今度は私たちにもよく北朝鮮にもいい方向に進んでこそ、持続可能ではないかと思います。かなり大きな将来設計図の下で、秩序ある投資と協力を模索するべきです。あらかじめ準備する必要があります。北朝鮮の立場では、低開発国家として内需も育てるべきですが、より大きく跳躍するために輸出主導成長が必要だと考えるならば、一次的には中国という巨大市場を攻略することが重要だと思います。私たちが万一、南北経済協力に産業政策的に臨むならば、そうした点に神経を使うべきだと思います。
印兌淵 北朝鮮を以前と同じ視角で見れば、そこでひたすらビジネスすることを考えるかもしれません、でもこれからは違うと思います。北朝鮮の人々がこれまで市場についてかなり学びました。それに加えて、彼らが開城工業団地の時は政治的な理由で譲歩しなければならないことがありましたが、今後、南北経済協力が経済的価値を中心に組まれるならば、たやすく後退したりはしないでしょう。そういった時、私の考えでは、自営業者らがさらによく協議して協業できる部分があります。特定の大企業中心でやって独占するよりは、数多くの自営業者らの感覚が発揮される余地が明確にあるでしょう。
田炳裕 韓国経済の立場で、北朝鮮も一種の海外市場であると言えそうです。韓国がベトナム特需、中東特需、そして中国特需などに成長の契機を見出した経験がありますが、今は特に中国とベトナムに代表される東北アジアと東南アジアの生産ネットワークの変化に、北朝鮮がどう入ってくるべきかについても検討する必要があります。ただ過去の海外特需は主に財閥中心の成長につながりましたが、南北経済協力だけでなく、北朝鮮を含めた東アジア生産ネットワークにおける韓国経済の革新成長が、自営業の所得保障と最低賃金引上げの順調なランディングなど、所得主導の成長政策の成功のための契機になればと思います。
今日、みなさんに韓国経済の現実と展望について、いいお話しを数多く伺うことができ、今後、進むべき方向とその課題について、ある程度の設計図が描かれたようです。周辺環境は相変らず不確実性が高く、景気回復の契機を見出すことも容易ではない状況です。さらに経済主導者の利害衝突の調整が容易でない状況において、文在寅政権が対応すべき長・短期の経済政策の諸課題が数えきれないほど山積しています。このような時であるほど、韓国経済の未来ビジョンを具体的に提示するリーダーシップが、より一層重要だと思います。文在寅政権がこのような難局を打開しながら、安全で順調な成長経路を取り戻し、「人中心の経済」の実現に成功するよう祈りたいと思います。猛暑のさなかお越しくださったみなさんに感謝申し上げたいと思います。(2018年8月3日/於・創作と批評社西橋ビル)
訳=渡辺直紀
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