[対話] 戦争はすべての人の敗北である――ウクライナ戦争と国際秩序の変化 / 李東奇·尹錫俊·諸成勳·黄琇暎
李東奇(イ・ドンギ)江原大平和学科教授。著書に『秘密とパラドックス』『現代史モンタージュ』『朝鮮半島平和繁栄論の新たな構想』(共著)など。
尹錫俊(ユン・ソクチュン)聖公会大東アジア研究所・社会融合自律学部政治学専攻教授。共著書に『ヨーロッパの他者たち――差異化の歴史と政治』『世界大戦と欧州統合構想』『博物館で見る欧州統合史』など。
諸成勳(チェ・ソンフン)韓国外大ロシア語科教授。共著書に『新朝鮮半島体制実現のための米・中・ロの世界戦略研究』『ロシアのウクライナ侵攻と交錯する世界』など。
黄琇暎(ファン・スヨン)参与連帯平和軍縮センター・国際連帯委員会チーム長。
李東奇(司会)お会いできて光栄です。今号の「対話」のテーマは「ウクライナ戦争と国際秩序の変化」です。2022年2月24日、ロシアがウクライナを侵攻した後、戦争が続いています。すでに多くの被害者を出し、状況がどのように進むのか混迷しています。戦争の背景や展開過程、結果や影響に対する予測と診断、また今回の戦争が、朝鮮半島にどのような影響を及ぼすのかとともに、私たちにどのような意味として迫るのかなどを考えてみたいと思います。司会を務める私は西洋現代史を専攻し、江原大大学院平和学科で冷戦と平和政治、平和思想と理論を研究しています。それぞれ自己紹介をお願いします。
諸成勳 韓国外大ロシア語科でロシア政治・経済を講義しています。以前は国策研究機関である対外経済政策研究院でロシア・ユーラシアチーム長として勤務し、現在はロシアの対外政策を主に研究しています。
黄琇暎 参与連帯平和軍縮センターで活動しています。参与連帯平和軍縮センターは、朝鮮半島・北東アジアの平和、軍備縮小などを目標に、平和軍縮キャンペーンや国防・外交政策についてのモニタリング活動を行っており、ウクライナ戦争勃発後は、様々な市民団体がともに「ウクライナ平和行動」を結成し、3月から「金曜平和キャンドル――ウクライナに平和を」文化祭や集会などを進めており、戦争中断を促す声を集めています。
尹錫俊 聖公会大学で国際政治学を教えています。2000年代初めから半ばに、現代グループで金剛山観光、開城工団などの南北経済協力事業の戦略企画業務を担当しましたが、この時の現場経験をもとに、結果中心的な「統一」よりも過程中心的な「統合」に対する学術的議論がより必要であるという問題意識を持って、欧州統合と開発協力を主に研究しています。
ウクライナ戦争の原因と背景
李東奇 ウクライナ戦争が始まって2か月が過ぎ、ロシアの主張によると第2段階に入ってから1か月が過ぎています。交渉に進展はなく戦争が長期化するなか、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)の衝突の可能性も大きくなっています。これまでロシアとウクライナとの間の歴史で葛藤はありましたが、関係が悪化してもすぐに戦争に帰結することはありませんでした。この戦争がなぜ起こったのかについて考えてみたいです。
諸成勳 今回の戦争はロシアとウクライナの戦争ではなく、ロシアと西側、特にアメリカとの戦争です。ウクライナは戦争の舞台に過ぎません。その原因を、ロシアとウクライナ両国の葛藤、またはロシアのプーチン大統領(V. Putin)の精神状態に見出すことは、本質を誤って把握することです。今回の戦争は、脱冷戦期に続いた米ロ間の葛藤、より具体的には、アメリカの覇権戦略であるNATO拡大と、ロシアの覇権戦略である脱ソビエト地域統合プロジェクトの間の衝突が背景です。アメリカは、冷戦が自分たちの勝利に終わったので、世界秩序の独占的な主導権を持つと考える一方、ロシアはともに脱冷戦時代を開いたのだから、その主導権を共有する資格があると考えました。特に2000年代初中盤にロシアの経済力が回復し、そのような考えがより強くなりました。2013年末に触発されたウクライナ危機で本格的に両者の衝突が始まり、過去8年間続いたドンバス内戦も、今回の戦争の前兆でした。ですから私は、ウクライナ戦争を、脱冷戦機の世界秩序の主導権のための覇権戦争と解釈するのが最も適していると思います。
尹錫俊 冷戦終結後、短期間の一極時代が過ぎ、多くの人々が新しい世界秩序を、アメリカと中国が主導するG2時代として規定してきました。しかし、今回の戦争は依然として過去と現在の秩序が共存していることを赤裸々に示しています。私たちは北東アジアにいるので、アメリカと中国の葛藤構造にのみ注目することになりますが、ヨーロッパから見ると西欧とロシアの葛藤は常に潜在してきました。NATOの東進によってこの葛藤構造が徐々に活性化し、ウクライナとロシアの国内政治の諸要因も相俟って、戦争に至ったかと思います。欧米とロシアの葛藤構造において、アメリカとともに1つの軸を構成してきたヨーロッパが、戦略的な自律性を確保していけば、現在の極端な構図が少しは緩和されるだろうと思いますが、現在としてはそれほど希望的に観測することはできないでしょう。
黄琇暎 今回の戦争は明らかにロシアの先制攻撃であり主権侵害です。何よりも今回の侵攻は、武力ではなく外交を通じた問題解決を追求してきた、国際社会の努力を破壊する行為です。ロシアが感じている安全保障の脅威を、外交的に解決する機会が十分あったにもかかわらず、アメリカを含む西側諸国は戦争を阻むことができませんでした。「対話で問題を解決することができ、少しずついい世界を作ることができる」と信じる人々にとって、今回の戦争はあまりにも大きな絶望を与えています。今後、特に懸念されるのは軍事主義の勢いです。今回の戦争で、いくつかの国家で軍備増強を予告していますが、これは全人類に悪影響を及ぼすでしょう。気候危機ですでに世界が苦しんでいます。コロナ感染症で多くの人が世を去り、数千万人の難民がいろいろな紛争や戦争で生活の場を失いました。このような緊急の危機を解決するために使用すべき資源を、各国が戦争準備に浪費することが懸念されます。特に気候危機は各国が緊密に協力して解決すべき問題ですが、軍備競争と陣営対決が深まれば、効果的に対応しにくくなるでしょう。軍事活動で排出される炭素の問題もあります。一日も早く休戦し、ロシア、ウクライナ、NATO所属の国々が1つのテーブルに向かうことが喫緊の課題だと思います。
李東奇 しかし、過去30年間、アメリカとロシアの関係は常に悪いときばかりではありませんでした。1990年代、ロシアのエリツィン大統領(B. Yeltsin)の時期はかなり関係が良好でしたし、9・11テロ直後にもロシア独自の理由で、アメリカの対テロ戦争を支持し協力しました。もちろん、アメリカとNATOの政策に対するロシアの不満は、ずっと以前から表出しており、アメリカ内の現実主義的な政治学者の間でも、NATOの東進がヨーロッパを不安定にするだろうという予測はありましたが、どうしてこの時期にこのようなことが起こったのでしょうか。一部の学者たちは、アフガニスタン戦争で明らかになったアメリカの世界戦略上の欠陥や後退の様相が、契機になったのではないかという見方も示しています。
諸成勳 もちろん米軍のアフガニスタン撤退の影響もありますが、もっと直接的な理由は、ロシアがウクライナ問題をこれ以上放置できないという結論を下したからだと思います。昨年11月初めからロシアは軍事的な示威を行いましたが、最初の目的はウクライナのNATO加盟阻止でした。ウクライナはユーロ・マイダン革命(2013年11月、ウクライナのEU加入を要求して起こった市民革命)以降、2017年の改正憲法に、NATOおよびEU加入を国家目標として明示して積極的に進めてきました。これに対してロシアは、ウクライナのNATO加入を放棄させる一方、NATOとの敵対関係を清算して、安保的な脅威を取り除こうとしました。第2の目的は、2014年から8年間進められてきたドンバス内戦と関連して、ミンスク協定(2014年4月に勃発したドンバス内戦の停戦協定)の履行を促し、ドンバス地域の特別な地位を保障して、ウクライナへの影響力を維持することでした。しかし、軍事的脅威にもかかわらず、この2つの目標の達成が困難になりました。まず、ロシアが今年1月中旬に、アメリカとNATOにそれぞれ安保条約および協定草案を伝えましたが、アメリカはこれを徹底的に無視しました。同様の状況だった1997年と2002年には妥協策を提示しましたが、今回は不思議なことにアメリカはいかなる妥協策も提示せず、むしろ侵攻予想日を指摘しながら、ロシアの侵攻を既定事実化しました。また、NATOが名目上加入を希望する国を止めることはできないという開放政策にこだわるなかで、ウクライナもNATO加入を明示的に放棄しませんでした。フランスのマクロン大統領(E. Macron)が妥協案で中立化を提示し、アメリカとNATOが派兵しないと公言したにもかかわらずです。ウクライナのゼレンスキー大統領(V. O. Zelenskyy)は、むしろ侵攻以前の2月19日、ミュンヘン安全保障会議でロシアに対する高強度の制裁を要請し、これを促すために核兵器放棄の再考を暗示する発言まで行いました。2月17日を起点にドンバス地域の交戦が激化し、ウクライナの軍事的攻勢が続きましたが、ウクライナ政府はミンスク協定の履行についても一切言及しませんでした。ロシア政府としては、370万人に達する親ロ派の住民を残して、再び撤退せざるを得ない状況になりました。その時点でプーチンはこう確信したと思います。まず、アメリカ・NATOとの交渉で進展が期待できず、ウクライナもNATO加入を放棄しない。またウクライナはミンスク協定を履行するつもりはない。このまま時間が流れればウクライナの軍事力はより強くなり、民族主義は強固になるだろう。その場合、ロシアの選択肢は2つです。外交的解決に期待を寄せるか、ウクライナを軍事的に迅速に制圧して西側と交渉するかです。残念ながらロシアは後者を選択しました。
李東奇 今回、侵攻が行われない可能性もあったと思いますか。
諸成勳 私は、ドンバス地域で交戦が激化しても、ロシアが制限的に介入するだけで、このように全面侵攻はしないと予想していました。いくつか理由がありますが、まずロシアの優先目標がウクライナ、特にその国民を包摂することにあると見ていたからです。この目的からプーチンは2021年7月に「ロシア人とウクライナ人の歴史的統合について」という論文をロシア語とウクライナ語で発表しました。第2に、人口が4000万人に達し、領土もヨーロッパでロシアに続いて大きなウクライナを、ロシア軍が完璧に掌握することは不可能だと考えました。第3に、過去8年間、アメリカの支援を受けて、ウクライナ軍の戦闘能力がかなり高まったため、ロシア軍の犠牲は少なくないだろうと考えました。最後に、ロシアが持続的に提起したNATO拡大の不当性と、ロシアが遂行した対応措置の正当性が、国際社会の共感をある程度得ていたため、侵攻がなされればその正当性を失うだろうと考えました。実際に侵攻直前まで、ロシアの数多くの高位人士が侵攻を否定し、本当に知らなかった可能性も大きいと思います。だから私は、この侵攻の決定は、プーチンを含むきわめて狭い範囲の重要な人士らによって決定されたと推測しています。
李東奇 異なる側面から原因を見てみると、1987年に脱冷戦のムードが作られて以来、代案的なヨーロッパの安全保障秩序に関する議論が盛んになりました。当時、ソ連のゴルバチョフ共産党書記長(M. Gorbachev)は「ヨーロッパ共同の家」構想に言及しました。ドイツ統一を契機にEUができる時、このような構想が実現されず、ヨーロッパの安全保障秩序の流れがNATOの東進に帰結したことが、重要な問題として指摘されるべきではないでしょうか。
尹錫俊 過去半世紀にわたって進められてきた欧州統合は、2度の世界大戦の後に戦争なき大陸を作るという省察に基づいています。ですが、ゴルバチョフが提案した「ヨーロッパ共同の家」は、事実、当時、ヨーロッパで幅広く共感を得ることができませんでした。欧州統合の過程で「果たしてヨーロッパの境界はどこまでか?」について多くの議論がありましたが、地理的・文化的・政治的ないかなる定義においても、ロシアはヨーロッパに含まれなかったからです。さらに、ヨーロッパ社会の一角にひそかに内在している「ルソフォビア」(ロシア嫌悪)を考慮すれば、ロシアを受け入れることはさらに容易ではなかったでしょう。平和と繁栄を目指して奔走してきた欧州統合の旅程は、厳密に言えば、冷戦期には西ヨーロッパ諸国だけのプロジェクトであり、脱冷戦以降に東ヨーロッパ諸国にまで拡張されたものです。そこで私は、今回の戦争が、過去半世紀にわたって欧州統合を通じて進捗させてきた、ヨーロッパの平和プロジェクトの失敗というよりは、アメリカとロシアとの間の根本的な葛藤構造の中で、ヨーロッパが戦略的な自律性を十分に確保できなかった限界を示したものだと思います。
李東奇 だからといって、アメリカの責任だけを強調することは、1989~91年の脱冷戦当時と、1990年代の様々な「失われた平和の機会」を無視することになるのではないかと思います。当時、ヨーロッパ内のいくつかの政治勢力が、新たな安全保障や平和体制に対して多様な主張を繰り広げたにもかかわらず、ヨーロッパ諸国は依然として、NATO中心の安全保障秩序に執着し、NATOの東進を望んでいました。NATOが今回の戦争勃発の重要な文脈であると見るとき、現在の状況を、アメリカの一方的な問題として見るのも、やや無理ではないかと思います。また、ドイツ、フランスなど、ヨーロッパの主要国家が、ウクライナに武器を供与すると言っていて議論になっていますが、直接参戦するわけではありませんが、これは戦争により深く踏み込むものであり、状況をさらに悪化させることです。EUは平和プロジェクトとしてはヨーロッパ領内の平和を追求しましたが、同時に「平和の列強」を自認してきました。ウクライナ戦争にEUの主要国が武器を供与すれば、そのような指向とアイデンティティが動揺するのではないでしょうか。
諸成勳 私も、今回のNATO拡大の動きによる状況の悪化には、ヨーロッパ諸国の責任があると思います。もちろん、不安定な東ヨーロッパをじっと見守ってばかりもいられず、ロシアの潜在的な脅威も阻止すべきだったので、アメリカ主導の既存の安全保障秩序を維持することに同意したのでしょう。
尹錫俊 ヨーロッパを他の大陸の国家や地域と同じように考えると、しばしば誤解が生じると思いますが、この地点でもそうです。ヨーロッパの政治には二重のレベルがあります。第二次世界大戦直後からこれまで、欧州統合が深化・拡大してきて、今日のEUにつながった欧州レベルの政治があり、また、個別の加盟国の主権国家レベルの政治があります。NATOの東進と関連して「ヨーロッパに責任がある」とすれば、ヨーロッパを過度に単純化・一般化する問題が生じます。たとえば、フランスのマクロン大統領は、今回の事態解決のための外交的な契機を作ろうと、今年から継続的に努力してきた一方、最近、4選に成功したハンガリーのオルバン首相(V. Orbán)は、ウクライナ戦争はハンガリーの仕事でもヨーロッパの仕事でもないと言っています。国によって異なる考え方をしています。欧州統合はむしろ、このように主権国家の多様な利害関係のために、戦争が起きた過去を克服するために作った、超国家的な政治動学の結果物です。欧州レベルの外交・安保政策が初めて制度化されたのは、1993年のマーストリヒト条約からであり、これがより安定的に整備されたのは、2009年のリスボン条約発効からです。EUにつながってきた欧州の平和プロジェクトは、半世紀以上にわたって域内の平和を作ることに注力してきました。今回の戦争は、ヨーロッパがいまだ準備できていない状況で、試験問題を受け取った状況だといえます。
黄琇暎 ですが、武器の問題は確かに心配です。2014年のロシアによるクリミア半島の強制合併後、すでにEUはロシアへの武器輸出禁止などの制裁を決定したことがあります。ですが、最近の報道によると、2015~20年にフランス、ドイツ、イタリアなど10か国が、約5千億ウォン規模の軍事装備を輸出したといいます。クリミア半島の合併後もヨーロッパ諸国はロシアの戦争準備を助けたわけです。今回の戦争を名分に、ヨーロッパ各国とアメリカで、各種武器の導入や国防予算の増額を公式化し、軍備の増強を予告している状況も懸念されます。この戦争で誰が利益を得ているのかが、ますます明確に示されています。防衛産業の株価が連日上昇していますが、たとえば対戦車ミサイルのジャベリンなどを生産してきたロッキード・マーティン社の株価が14%上がり、タレス社は38%、レイシオン社は14%の株価上昇率を記録しました。武器供与で戦争を止めることができるでしょうか。休戦のための仲裁よりも武器支援を進めるのは、戦争を激化させることにしかなりません。
李東奇 戦争の背景を論じるとき、外部的要因だけでなく、ロシアとウクライナの歴史的関係を見る必要もありそうです。両国の複雑な関係、内部的な要因も背景になっているようですが、いかがでしょうか。
諸成勳 まず、ソ連解体後、ウクライナは、国民国家として統合された国家アイデンティティを形成することに失敗しました。ウクライナは南東部地域と北西部地域の差が大きいのですが、歴史的に南東部地域はロシア帝国に早期に編入されて、かなり「ロシア化」され、両地域の間に宗教的・産業的な差異も存在します。2つの地域で考える国の未来への志向も異なります。このようにアイデンティティの統合も達成できていない状況で、ロシアとアメリカの覇権戦略が衝突して紛争が始まりました。ロシアは2010年代に入って、政治的・社会的にかなり保守化し始めます。過去には、自らのアイデンティティを、西欧文明、特にヨーロッパに見出そうとしたとすれば、2010年代からは、独自の文明とアイデンティティを強調し始めました。2020年に改正されたロシア憲法が端的な事例です。憲法に最初に「神」という言葉が登場するかと思えば、結婚を「男性と女性の結合」と定義し、「ロシアはソ連の継承者」であるとも明示しました。このように保守主義が拡大するなかで、自分たちが考える文明的国境が、物理的な国境と異なるという問題に直面します。ロシア語で「ルスキミール」という、いわゆる「ロシアの世界」の境界は、今の国境よりも広いもので、この観点からすれば、ウクライナは「ルスキミール」に「復帰」しなければならないのです。こうした認識が対外的には新修正主義として表出され始めます。ロシアは、脱冷戦期に西側が修正した世界秩序を再び修正しなければならず、ウクライナへの地政学的野心は、つまるところ、物理的な国境と文明的な国境の違いを克服するための、新修正主義的な努力であるというわけです。
李東奇 時期的に、2010年代がロシアの保守化の分岐点になる特別な理由がありますか。
諸成勳 まず、2008年のグローバル金融危機以降、アメリカの覇権が動揺し始め、またNATOの継続的な拡大や、欧州ミサイル防衛体制(MD)の構築など、外部的な脅威が続きました。2012年5月にプーチンが大統領職に復帰し、長期執権を正当化するために、ロシアの文明的特性を強調した影響もあったと思います。過去において「冷戦の設計者」と呼ばれたジョージ・ケナン(George Kennan)が、NATOの拡大が「おそらく熱戦に終わる新冷戦を引き起こし、ロシアにおける民主主義の機会を奪う」と警告したのが、現実のものになるようです。
李東奇 少し異なる観点から、平和を保障する道は、より積極的に軍事的な対応をすることだ、と言う方もいます。ウクライナがもっと早くNATOに加入していたら、これほどまでにはならなかっただろうという主張についてはどう思われますか。
諸成勳 一応、現実的に、ウクライナのNATO加入は困難な状況でした。NATO加入のためには、民主主義のレベル、腐敗の問題など、国家の安定性の基準を満たす必要がありますが、ウクライナはそのレベルに達していませんでした。また、NATOは軍事同盟なので、既存の加盟国の関与リスクを防止するため、戦争または軍事紛争の可能性が高い国は受け入れません。ロシアとの葛藤が目に見えているのに、加入を受け入れたのでしょうか。2008年当時、アメリカの粘り強い説得があったにもかかわらず、フランス、ドイツなどがウクライナの加盟国入りに反対した理由もここにあります。
黄琇暎 おっしゃる通り現実的にも難しいですが、もしウクライナがNATOに加入したら、むしろ問題がそれだけ早く発生した可能性もあると思います。「ウクライナはNATOにいなかったが、NATOはすでにウクライナにいた」という評価があります。すでにNATO諸国がドンバス内戦当時、武器や軍需物資を支援し、ウクライナ軍とともに軍事訓練をするなど、さまざまな役割を果たして、紛争地域の軍事的緊張を引き続き高めてきたのは事実です。ミンスク協定はきちんと実施されていません。正しいか間違っているかを越えて、互いの安全保障の利害や双方の立場は異なるものですが、これを平和的に導けなかったのが最も痛い点です。NATO加盟国の拡張問題からわかるように、軍事同盟がある限り、同盟の枠外にある国家が存在せざるを得ず、敵と「私たち」を区別することになります。これまでの歴史でも、軍事同盟を強化し、軍事的優位を確保する方法では、実際に安全は保証できませんでしたし、保証していくこともできません。私は、軍事同盟に頼るよりも、各国の安保利害を考慮しながら、軍事的手段ではなく平和的手段によって調整すること、対話と制度に裏付けられた、一種の「共同安全保障」を追求して軍備を縮小する方が、より現実的な方法だと思います。一例として、プーチンが核兵器の使用に言及して脅かしていますが、それも、プーチンが正気でないと言うべきではありません。国際的な核軍縮体制自体の問題を考えるべきです。特定国家に大量破壊を目指す武器開発を許可し、当該政府の「善」の意志や運によってのみ制御される、無責任な軍縮体制が、このような結果を生み出しました。今回の戦争を通じて、戦争には勝者がなく、軍事的対応は答えではないという事実を、みなが目撃していると思いますが、各国の解決法が、主として武器支援、軍備増強のような形で出ているのが残念で、安全をどう保障するかについての根本的な視点の転換が重要だと思います。
「新しい戦争」をどう見るか
李東奇 今回の戦争を世界秩序の中でどう理解するかを考える必要があります。冷戦構造が崩壊し、一部地域の国民国家が解体し、国家が専有していた武器が民営化され、これをもとにその地域に実効的な支配力を行使する武装集団が登場しました。9・11テロを起点にイスラム原理主義勢力のテロリズムが頻繁になり、アルカイダ、イスラム国(ISIS)などの超国家的集団が、武力紛争や戦争の行為者として登場しました。このように国家間の葛藤が周辺化され、新たな種類の葛藤が明らかになりましたが、国際政治学者のメアリー・カルドー(Mary Kaldor)が「新しい戦争」と名付けたこのような状況が、1990~2000年代に大きく問題視されました。ですが、最近、これまで少なくとも暫定的に解決されたとされてきた、国家間の葛藤や伝統的な対決も、様々な場所で再現されています。ウクライナ戦争もこの文脈で理解すべきだと思います。
黄琇暎 21世紀にあった様々な紛争や戦争から、人類は一体何を学んだかという疑念もあります。ロシアの侵攻が始まった直後、国際平和運動ネットワークの活動家たちと話を交わしましたが、みな敗北感や絶望感を大きく感じているようでした。去る3月23日、フランシスコ教皇は「戦争ですべてが消えます。戦争には勝利はありません。すべてが敗北するだけです。主よ、あなたの霊を送り、戦争が人類の敗北であることを悟らせてください」と語りましたが、改めて共感しました。すでに世界は、イラク、アフガニスタン、シリア、イエメンで、勝利のない現実を如実に目撃してきました。アメリカ主導の対テロ戦争が残したものの1つがイスラム国だったことを見ても分かります。
諸成勳 事実、人類に敗北感を与える出来事は、これまで数えきれないほどありましたが、今回ほど、関心が集中することはありませんでした。特にヨーロッパ諸国が声を高めるのは、ヨーロッパで、いわゆる「白人たち」の間に戦争が起きているからだと思います。ある意味で、ここでも西欧中心主義、ヨーロッパ中心主義を垣間見ることができます。アメリカがイラクやアフガニスタンに侵攻した時、アフリカ内戦で数多くの人が死んでいても、西側が民間の犠牲にこれまで注目することはありませんでした。
尹錫俊 韓国社会もやはり、今回の戦争に特に注目するのは、現在、韓国社会がこの戦争を過度に「西欧の目」で見ている点で、それに対する省察が必要です。国際政治はそれぞれの立ち位置によって異なって見えざるを得ないのですが、韓国のマスコミ報道は、西欧の社会やマスコミの視点に過度に同調化しています。私が国際政治学の授業で、イギリス、フランス、ドイツだけでなく、中東、中国、ロシアの国際放送の映像をともに使用する理由もそういう点にあります。この戦争を眺める世界各地の視線がかなり違うんです。ですが、韓国社会は西欧の立場から、善悪の構図であまりにも単純化して認識しているのではないかと思います。
李東奇 グローバル化以降、交通手段や情報通信が発達し、世界を認知する方式や対応が、以前と大きく変わった影響もあるようです。新たな情報を受け入れる環境と人々の超国家的な関係によって、他の地域や国家で起こった暴力や葛藤をリアルタイムで認知し、積極的に介入できるようになりました。特に9・11テロ以降、世界中で発生する様々な種類の緊張状況への接近可能性が高まり、それに伴って、世界社会の一員として、世界各地の問題を私たちの問題として見る受容の感受性が高まったのではないかと思います。韓国内外の市民社会次元で行われている反戦・平和運動も、多様な声を出しているように見えますが、いかがでしょうか。
李東奇 まず、参与連帯は、ロシアの侵攻を糾弾し、兵力撤退と即時休戦を要求し、さらにどの戦争でも軍事的解決は不可能で、外交的・平和的に解決せよという声を持続的に出しています。今回の戦争は、韓国内外の市民社会でも、戦争の原因、終戦方法、経済制裁、飛行禁止地域の設定、武器支援など、様々な争点から異なる意見が多いようです。とにかく、現在、最も重要なのは休戦要求です。強力な経済制裁によって、当面は産業に打撃を与え、戦争費用の調達を困難にして、ロシアを圧迫できるでしょう。ですが、経済や金融全般に対する広範な制裁、人権理事会からの除名などで、ロシアを国際社会から孤立させることは、結局、長期的には否定的な影響を及ぼすと思います。ロシアは制裁を迂回する方法を見つけるでしょうし、多くの人々が懸念するように、世界の経済構造が、陣営論理によって分離される現象が深まれば逆効果も大きいでしょう。歴史的に見ても、平和的な結果は、敵対や孤立ではなく、対話、交渉、軍縮条約から始まりました。しかし、ウクライナと連帯しようとする人々の中で、このように考える人は少数だと思います。軍事的支援が解決策になり得ないということを、受け入れられない方も多いようです。他の紛争問題に比べると、一般市民の参加が多くて関心も高いですが、「戦争をどう終わらせるか」については意見が大きく分かれています。
李東奇 反戦・平和運動の契機となった、ベトナム戦争やイラク戦争と比べると、侵略国家を明確に規定し、平和の名で抵抗する大きな流れを作り出すため、今回の戦争は性格上難しい面があるようです。マスコミの西側偏向的な報道で「平和の敵」が明確なように見えますが、実際の平和運動の領域で見ると、今回の戦争は、ある一方の立場に同調して介入するのが困難な点があります。
黄琇暎 戦争という極端なスペクタクルがすでに広がってしまった状況なので、「では、ウクライナ人は黙って死ねというのか」と抗議する方々もたくさんいらっしゃいます。ですが、武器を支援すれば、人命を1人でも多く生かすことができるでしょうか。武器を支援するということは、命をかけてさらに戦うということでしょう。ウクライナの国民が、各国に武器を支援してくれと要請するのは、理解し尊重されるべきですが、他の国家の立場で武器を支援することは別問題だと認識する必要があります。また、当然のことながら、すべてのウクライナ国民の考えが単一なわけではありません。ウクライナの平和団体「ウクライナ平和主義者行動」(Ukrainian Pacifist Movement)は、双方の即時休戦と平和会談を促す声明を発表しました。
尹錫俊 私たちが戦争を見るとき、国家中心的な視点で考えやすいですが、それでは重要な点を見逃すことになります。今回の戦争についても、マスコミや論壇では、まるでチェスのゲームを中継するように、今、戦況がどの国に有利かという視点が主流になっています。ですが、私たちがより重要に語るべきは、まさに戦争で被害を受けている民間人の問題です。戦況の詳細な情報伝達や分析は、一次的に戦争を取材するマスコミや分析する専門家の役割です。市民社会はこれに受動的に従うよりも、戦争に対する言説を根本的に国家中心から人間中心に変える役割をすべきだと思います。そうすれば、民間人たちの被害に対する関心を高めることができ、民間人を苦しめる戦争は起こってはならないという、またすでに起きた戦争ならば、一日も早く終えるべきだという共感帯が形成されるからです。
ウクライナ戦争が国際秩序に与える影響は?
李東奇 戦争が長期化の兆候を示しています。民間人の犠牲と、より大きな被害を防ぐためにも、一度止める必要があり、さらに進んで、即刻、戦争が終わらなければなりません。戦争はいつどのように終わるでしょうか。
諸成勳 昨年3月29日、イスタンブール平和会談でウクライナが提案した事項を見ると、かなり多く譲歩していることがわかります。ですが、数日後、ブチャ地域の民間人虐殺問題が提起され、これを契機にウクライナの立場が非常に強硬になり、交渉も正常に進みませんでした。それ以降の展開過程を見ると、まるで平和会談を妨害する勢力がいるのではないかと思えるほどです。まず開戦当時、ロシアは早く戦争を終えるつもりだったと思います。ドンバス地域とクリミア半島に緩衝地帯を作り、ウクライナ首都のキーウ(キエフ)に進撃して降伏を勝ち取り、政権を交代させるつもりだったのでしょうが、戦争が長期化すると、平和交渉で一部の目的だけでも達成しようと方向を転換したようです。ですが、予期せぬ出来事が引き続き起こり、交渉が進展しないので、ロシアの目標がまた変わりました。ウクライナ南東部地域の親ロシアベルトを復活させ、最大限の領土を占領して、交渉で優位を占めることが目標となりました。一方、ウクライナは、戦争拡大を甘受してでも、戦争で完全に勝利したいと考えているようです。アメリカはこの戦争が続いて、ロシアが経済力と軍事力を完全に使い果たすことを願っています。先に申し上げた通り、今回の戦争が、アメリカとロシアの覇権戦争であることを考慮すれば、米・ロ両国の決断なしに戦争を終わらせることは困難だと思います。
黄琇暎 去る3月、ポーランドでアメリカのバイデン大統領(J. Biden)が、プーチンを狙って政権交代を示唆しました。プーチンに対して猛烈に批難するのを見て、バイデンは休戦や仲裁を望んでいないのではないかとも考えました。戦争中断のために戦略的に行動する主体がないように見えるのがもどかしいところです。フランスやトルコなどが努力していますが十分ではありません。本当に終わらせたいのであれば、バイデンとプーチンが直接対話すべきです。ウクライナにミサイルを支援するよりも現実的な方法です。戦争が起きた以上、すでに勝者はいないということを互いに認識し、交渉の契機を作り出してほしいと思います。
李東奇 今回の戦争が、ウクライナがアメリカの代理戦を行なうものであるとすれば、EUやヨーロッパの特定国家が、仲裁者の役割を果たすことはできないのでしょうか。
尹錫俊 状況が長期化すれば、マクロンの外交的な仲裁努力が変数になるだろうと思います。去る4月の大統領選挙で再選に成功したので、6月の総選挙で勝利して、少なくとも大敗しなければ、それ以降にマクロンが本格的に仲裁に出るでしょう。フランスが積極的な役割を果たすと思われるのは、戦場がモルドバにまで拡大する危険があるからです。ウクライナに隣接するモルドバ地域であるトランスニストリアにも、親ロシア派の未承認国家があります(「沿ドニエストル共和国」)。ドンバス地域と同様の状況です。ですが、モルドバはフランス言語・文化圏諸国の集まり「フランコフォニー国際機関」の加盟国で、フランスと緊密な関係を維持する国です。モルドバにまで戦争が拡大すれば、ウクライナと同様の状況が展開されるでしょうが、フランスはこれを望んでいません。ですから、現在の状況では、きわめて残念で、またそうならないことを望んでいますが、フランスがウクライナの分断を認める方向で、仲裁案を持ち出すこともあると思います。
李東奇 今回の戦争は国際秩序にも大きな影響を及ぼすように思います。冷戦体制の解体後、30年を経て、国際秩序の大きな転換が始まっているような現在、最も大きな関心事は、今回の戦争が新冷戦を構造化する契機になるのかという点です。どのようにお考えですか。
諸成勳 私は、今回の戦争が、世界秩序の変化を引き起こす重要な出来事と考えています。まず、今回の戦争は、アメリカの単一覇権体制に対抗して、主要強大国が遂行する、最初の軍事的な挑戦です。これまで米・中の葛藤が深まっても軍事的衝突はありませんでしたが、ウクライナ戦争は、代理戦の形式を取ってはいますが、アメリカを相手にしたロシアの実質的な軍事的挑戦です。これが「新冷戦」になるのか「世界大戦」になるのかわかりませんが、アメリカ・ヨーロッパvs中国・ロシアの対立構図が本格的に出始めました。また、規範的な次元では、今回の戦争が、軍事的手段を通じて主要強大国間の葛藤を解決しようとする試みであることに注目する必要があります。これまでは強大国間の緊張が高まっても、一定の妥協がなされましたが、今回はそうではありませんでした。なので、軍事力の使用が頻繁に行われる、いわゆる「野蛮の時代」が復活するのではないかという憂慮もあります。
尹錫俊 私も新冷戦の分岐点になりうるという認識に共感します。ただ、新冷戦を規定する際、過去の冷戦期の構図にもとづいて、アメリカvsソ連から置き換わったアメリカ・ヨーロッパvs中国・ロシアの構図だけで議論するよりは、1980年代以降から本格化した新自由主義のグローバル化と、それによる相互連携性の強化の面を見逃してはならないと思います。中国とアメリカの関係をG2と規定し、武力衝突を含めて複数の葛藤が噴出しうる見通しがあったにもかかわらず、それがほとんど現実化していないのはこのためです。新冷戦に入っても、このような相互連携性を考えると、過去の冷戦とは異なる様相が展開するのではないかと思いますし、このような理解にもとづいて新冷戦を規定し対応することが必要だと思います。もう一方では、西洋のアイデンティティが亀裂している地点により注目する必要があります。私たちは冷戦を単にアメリカとソ連の対立と理解していますが、実はアメリカとヨーロッパがともに「ザ・ウェスト」(the West)として対応しました。つまり、民主主義と市場経済を基盤とする西側自由陣営という、単一のアイデンティティブロックがあったのです。脱冷戦後は、このような単一のアイデンティティが少しずつ弱まってきており、特に前回のアメリカのトランプ政権(D. Trump)に入って、気候変動や自由貿易に関して、アメリカとヨーロッパが異なる歩みを示しながら、慣性的に作動してきた単一アイデンティティに亀裂が生じました。ドイツのメルケル元首相(A. Merkel)が任期の後半に「私たちヨーロッパが他者に安保を依存していた時代は終わった」と語ったのが記憶に残ります。ですが、今回の戦争で、再びアメリカとヨーロッパが西欧としてしっかりと再結合する様相が示されています。フィンランドやスウェーデンはNATO加盟の意思を積極的に表明し、デンマークはEU共同安保防衛政策(ESDP)に参加するために国民投票を実施する予定です。
諸成勳 私は、アメリカとヨーロッパの同盟が再び強まっているという視点には疑問があります。長期的には、むしろアメリカの覇権基盤の弱化が、この戦争で加速しうると見ています。まず、アメリカのリーダーシップに対する疑いが拡大しているようです。アメリカは今回の戦争をやめさせようという何らの努力もせず、兵力派遣なども直接的に支援することなく、むしろロシア牽制のためにウクライナを犠牲にしました。そしてヨーロッパ諸国に向かっては、ウクライナを支援して対ロシア制裁に参加するよう事実上強要しています。ほとんどのヨーロッパ諸国は大規模戦争に巻き込まれることを恐れています。そのために、アメリカが非常に危険なギャンブルをしていると見る向きが多いと思います。次に、アメリカの経済的覇権の基盤も動揺しています。今回の戦争でアメリカが、一時的には天然ガスや武器を輸出しながら、経済的利益を得ることがあるでしょうが、ドル表示の資産の信頼性が打撃を受けました。ロシアに対するアメリカの経済制裁は、アメリカの対外政策によってドル利用が制限されうることを示したわけです。貿易代金の決済でもドルへの依存から脱却する試みが本格化しました。果たして今回の戦争は、アメリカ主導の自由主義経済秩序が独占的な影響力を維持するのに役立つでしょうか。私は違うと思います。その場合、西側の亀裂が徐々に可視化することもあります。
李東奇 戦争が世界に及ぼす影響のうち、もうひとつ考えるべきは難民問題です。20世紀以降、戦争の歴史はまさに難民の歴史でもあります。今回の戦争で発生した難民の数は4月29日現在で530万人を超えました。
諸成勳 現在、ウクライナ難民の半分以上の約300万人がポーランドにおり、他のヨーロッパ諸国にも多くの難民が流入しました。これらの難民の多くは、戦争が終わってもウクライナに戻ることができない、またはできない可能性が高い人たちです。今後ヨーロッパでウクライナ難民の問題が大きな問題になると思います。
尹錫俊 ヨーロッパの難民受け入れの態度の二重性に注目する必要があります。前回のシリア難民の問題に対してやや保守的な態度を示したヨーロッパが、今回のウクライナ難民は相対的に歓迎する雰囲気です。特に政治家たちよりも市民たちのなかに、このような温度差がはっきりしているのですが、ここには宗教的・文化的要因が大きく作用していると思います。ヨーロッパは第二次世界大戦以来、平和と繁栄のために、民主主義、人権、法治など「価値」中心的な統合を展開してきました。しかし、そのように統合されたヨーロッパの境界がどこまでなのかについては、キリスト教的な歴史と文化を共有する「アイデンティティ」を重要な基準として考えてきました。このような文脈で、ヨーロッパがウクライナ難民に対して、シリア難民とは少し異なる見方を示しているのです。ですが、問題は、これらの難民の数があまりにも多く、戦争が長期化し、ポーランドを中心に難民受入国の疲労度が急速に高まっているという点です。避難民の相当数が戻らなかったり、戻れないという状況になれば、そのときヨーロッパがどのような態度を示すのか、あらためて見守るべきかと思います。
李東奇 ドイツはこれまでの経験があり、市民の受容度が高いようです。たとえば、平和都市として知られるオスナブリュックでは、戦争が発生すると、すぐに市民500人余りが自ら難民定着プログラムを施行すると市役所に提案したそうです。ドイツ語教育、職業教育やインターンプログラム、サッカーなど、様々な発議があったそうです。難民の受け入れと共生の問題は、国際規範を越えて、ハイブリッド社会の現実的な生活の要求でもあります。たとえば、ドイツ内の既存のウクライナ移住民だけでなく、ロシアに対する恐怖を持つポーランド移住民にとって、現在の難民問題は、隣人や親戚を保護するためであれ、自分の生涯と重なっているからであれ、緊急の問題とされています。韓国にも難民受け入れを促す声が国際的な次元でも社会内部でも高くなっていますが、現在、韓国社会が難民を円満に受け入れられるでしょうか。
黄琇暎 韓国は一応、難民協約加入国なので、責任を分担する義務があります。今回の戦争勃発直後、法務部で韓国内に居住するウクライナ人を対象とした、人道的な滞留措置をすぐに発表しました。韓国の難民受容度が低いのはそうですが、国連難民機関の難民に対する認識変化の調査によると、2018年以降の理解度は上昇し続けているそうです。昨年「特別寄与者」の名目で受け入れたアフガニスタン難民の蔚山での定着過程のように、いい事例も多く生じています。今、まず必要なのは、韓国の海外公館に難民が来たらすぐにビザを発行し、韓国内のウクライナ移住民が難民保護を要請する場合に、迅速に難民の地位を付与することです。難民関連の人道支援を増大させることも必要です。国連難民機構の難民再定着プログラムによって、韓国も2015年から年に30人前後の再定着難民を受け入れてきましたが、この規模も増大させるべきです。在韓ロシア人、ベラルーシ人の中にも戦争反対の運動をする方がいますが、この戦争の反対で難民保護措置が必要な場合があります。これも政府が積極的に受け入れるべきです。
尹錫俊 韓国社会の難民受容度はいまだ道半ばだと思います。済州島にイエメンの難民が来たとき、彼らがイスラム教徒であるという理由で、多くの人々が拒否感を示しましたが、ウクライナ難民に対してはヨーロッパの場合と同様に、受容度が相対的に高いだろうと予想されます。ですが、ウクライナ難民の受け入れ問題を議論するとき、このような二重性について私たちも省察が必要だと思います。また、難民問題が「嫌悪」と結びついて、国内政治に悪用される状況を警戒しなければなりません。ヨーロッパでも国内の政治構図が難民受け入れに影響を及ぼしてきました。フランスでも極右政党「国民連合」が主要な政治勢力になりましたが、人種主義やファシズムに基づいた極右政党は、難民問題を国内政治の次元に争点化し、嫌悪を助長することが多いようです。韓国でもこのような悪用の流れがいつでも出てくる可能性があり、警戒すべきです。最近、障害者の移動権デモに対する政界の対応でも、そのような憂慮の端緒を確認することができました。
黄琇暎 イエメン難民を受け入れる当時、多くの議論があり、実際に嫌悪の流れがありましたが、とにかく多くの市民が難民問題に直面し、その観点について議論する契機になったという点は肯定的に考えたいと思います。アフガニスタン難民を受け入れる当時、韓国に寄与した人だけを連れてくるという選別的な受入政策を施行したのは批判の余地がありますが、それでも先例を作ることが重要だったと考えています。今、これについて議論すべき理由をもう一つ言うならば、韓国が、アメリカの対テロ戦争支援のために派兵した国家として、責任を果たさずにきたということを指摘したいと思います。私たちは、イラク、アフガニスタン、アラブ首長国連邦への派兵に対する、国家レベルの反省的洞察や評価過程を一度もきちんとやったことがなく、高まる国際社会の影響力をよそに、政府や議会もこれらの戦争による難民問題に無関心です。最近、韓国の武器輸出の規模が世界9位にまで上がり、それだけ韓国が知らずに関与する紛争や軍事的緊張状況も増えています。ですから、私たちが単に先進国だから、善良な気持ちで受け入れるという考えを越えて、責任感を持ってこの問題を考えるべきだと思います。
李東奇 韓国社会が難民に対して当面の受け入れの可否を議論するにとどまらず、長期間にわたる平和・共生プロジェクトを通じて、多様に議論し合意する学習の過程が必要です。去る3月、蔚山広域市の教育監が、蔚山のアフガニスタン難民の中で初めて学校に行く学生たちと、登校に同行したことはとても印象的でした。このように、政治と行政が受け入れと支持を明確に表明する、勇気や断固さも必要です。そうしてこそ、市民社会がそれを受け、難民受け入れと共生が、21世紀の世界社会の基本的な実践課題であることを知り、集団的学習を主導できるでしょう。共生のための努力が続くことを願っています。
朝鮮半島の平和はどこに行くのか
李東奇 今回の戦争で、朝鮮半島の平和も大きな挑戦を受けています。ウクライナ戦争が朝鮮半島とそれを取り巻く国際情勢に、どのような影響を及ぼすのでしょうか。
諸成勳 まず、北東アジアにおいて、アメリカ・日本vs中国・ロシアの対立構図が明確になりました。それだけ韓国の外交的な自律性は減りました。過去30年間の政権交代とは無関係に、韓国政府は、北方の三角(北・中・ロ)と南方の三角(韓・米・日)間の対立構図の弱化を進めてきましたが、これが水泡に帰す危機にあります。私たちがロシアとの関係をあまりにも簡単に放棄すれば、この対立構図がさらに深まるでしょう。第2に、北朝鮮の核兵器放棄の可能性がほとんどなくなりました。朝鮮半島の非核化のための努力に、ロシアと中国が神経を使う余力も当分はないと思います。なので、朝鮮半島の平和プロセスのコンセプトが変わる必要があるでしょう。たとえば、北朝鮮の核兵器保有を「事実上」前提とする平和プロセスも考えるべきです。最後に、いわゆる「野蛮の時代」が到来し、韓国社会で「均衡外交論」が力を失い、「同盟強化論」が圧倒的な影響力を持つ可能性が大きくなりました。戦争を防ぐためには、2つの論理の間のバランスが重要だと思います。
尹錫俊 ですから、韓米首脳会談の開催時点が早すぎるという気もします。マスコミの一部では、歴代大統領の就任後、最も早く韓米首脳会談を行うことを肯定的に報道しましたが、十分に準備されていない状況で、首脳会談に取り組むのではないかという懸念の声も必要です。ウクライナ戦争に関連して、武器支援や対ロシア制裁強化などの要求が議題化される可能性に備え、先取的に大規模な人道支援を議題化するのもいいだろうと思います。
黄琇暎 私も、今の状況で、韓国の外交・安保政策の軸が韓米同盟の方に片寄るのを警戒することが重要だと思います。アメリカがNATO首脳会議に韓国を招待しようとすることも、市民社会では深刻に受け止めており、応じてはならないと言っています。倫理的・平和的な次元まで行くこともなく、現実的にもロシアと対話を続けるべきです。開戦後、韓国が制裁に参加する途中でも、去る3月、韓国とロシアの北朝鮮核問題の首席代表間の有線協議があり、ロシア軍と韓国軍が、海・空軍の直通網の開設を控えています。ロシアは防空識別圏の概念を認めておらず、私たちに通報せずにカーディズ(KADIZ、韓国防空識別圏)に進入することがずっと問題になっていましたが、数年間の交渉を通じて問題を解決する端緒を作ったのです。このように、ロシアは簡単に関係を切れない国であり、切ってはいけない状況です。
諸成勳 ロシアと国境を接している国は14か国です。その中で、今回の戦争を契機に、制裁に参加している国が8か国で、アジアでは韓国が唯一です。当時国であるウクライナとEU加盟国であるフィンランド、そして韓国を除けば、制裁に参加した国はいずれもNATO加盟国です。ロシアと国境を接している状況で制裁に参加したのは、国際社会で韓国がある程度責任ある役割をしようと努力しているということです。ですが、ウクライナに武器支援まで行うのは本当に危険な試みです。朝鮮半島の状況を考えると、ウクライナ、そしてアメリカおよびNATOが武器支援を促したからといって、何も考えずに受け入れてはなりません。そしてウクライナの立場は残念ですが、現実的には今の状況が私たちにとって、機会として作用する余地もあると思います。伝統的にロシアは、ヨーロッパで圧迫が激しくなると、北東アジアに目を向けてきました。今でもアジア・太平洋地域、特に北東アジア諸国と経済協力の拡大を望んでいますが、アメリカと強い同盟関係にある日本との関係はすでに破綻しており、中国への過度な依存は長期的には不安材料になりうるので、韓国との協力をさらに拡大したいと考えています。ロシアがすぐに制裁参加国をみな「非友好国」と規定し、ビザの簡素化措置を中断しながらも、韓国だけを例外としていることに注目すべきです。他の国々との関係によって、性急に動くことは困難ですが、さまざまな次元で、ロシアとの関係を発展させる可能性は開いています。そういう意味で、現在は、これまで以上に慎重な外交が必要な時です。
李東奇 ウクライナ戦争が続く渦中で行われた前回の大統領選挙の当時、尹錫悦大統領は、先制攻撃を語るかと思えば、北朝鮮の非核化優先を主張したりもしました。新政権の対北朝鮮政策や東アジアの平和の展望にも、ウクライナ戦争が影響を及ぼすでしょうが、どのように診断されていますか。
黄琇暎 緊張を高める発言や態度が、思った以上に危険になることを、今回の戦争を通じて実感します。尹錫悦大統領が選挙中にアメリカの外交専門誌『フォリン・アフェアーズ』(Foreign Affairs)に寄稿したものを見ると、「平和」という言葉が一度だけ出てきます。平和をどのように作るか、具体的な青写真がないのではと懸念しました。特に新政権の国防・外交分野の人的構成を見ると、李明博政権の人士が多数復帰しているようですが、その時の対北朝鮮政策目標「非核開放3000」は失敗しました。少なくとも板門店合意以前のレベルに戻ってはなりません。今回の戦争を見ながら、戦争はある日突然起きるのではなく、社会的・国家的にいつでも戦争する準備ができている時に起きるのだと思いました。以前から敵対関係が続けて強化されてきて、軍備支出が増え、アメリカがウクライナの武装を支援するなど、戦争準備をしてきた結果が、今の状況ではないかと思います。情勢や地政学的要素、動学が異なるため、現在の戦争の背景を朝鮮半島にそのまま適用することはできませんが、「平和守護」という憲法上の大統領の義務をよく守り、「成功する」政権になるように、市民社会でも役割を果たすべきだと思います。
尹錫俊 新政権は、戦争が起こる可能性が高くない「構造」を形成するために努力を払うべきです。単純に言えば、戦争が発生すれば、損害を被る行為者の範囲が大幅に増えるように、また戦争が起こらない場合に発生する利益を共有する行為者と、その利益の規模が増えるようにすべきだということです。たとえば、ヨーロッパでは冷戦期にも環境協力を進めていた事例が数多くあります。北欧で大気環境の汚染物質の問題が発生すると、ソ連がイギリスと北欧諸国間の葛藤を助け合いながら仲裁し、環境協力を現実化した場合があり、冷戦期から脱冷戦以降まで、地中海沿岸を中心に行われた環境協力もあります。国際政治学的な概念で言えば、「絶対的利益」と「相対的利益」の違いですが、安保協力は相対的利益の論理が支配する構造なので、協力が成り立ちにくいということが、理論的に一般化された認識です。ですが、環境協力のような場合は、絶対的利益が作動しうる構造なので、冷戦期にも可能だったということです。朝鮮半島でも、絶対的利益がさまざまな行為者に作動しうる構造を形成する必要があります。
諸成勳 事実、私は今回の戦争を見ながら、私たちが「合理性」をあまりにも過信していないかと、少し悲観的な立場に戻りました。ひょっとすると私たちが考える「合理性」を、相手も共有していると勘違いしているのかもしれません。戦争が始まる前に、ヨーロッパ諸国とロシアはエネルギー協力を通じて大きな経済的利益を得ました。脱ソビエト諸国はロシアからいわゆる「友好価格」でエネルギーを供給され、ウクライナの対ロシア貿易規模も相当なものでした。このように経済的な相互依存性が高かったのですが、結局、戦争が起こりました。今回のケースはもちろん、ロシアと経済協力水準の低いアメリカが、変数として作用したと言えますが、経済的利益がいくら大きくても、安保ジレンマの状況では、結局、戦争を決定することがあることを確認しました。これを南北朝鮮の関係で考えてみるならば、南北朝鮮間の経済的な相互依存性を高めても、安保ジレンマが持続すれば、ある瞬間に戦争が起こるのではないかと思います。言い換えれば、外交的に誇張された修辞を使用して緊張を高めることが、相手に間違ったサインとして解釈される余地があるということです。国内の政治的利益のために「先制攻撃」や「非核化優先」のような強い表現を使うと、きわめて危険な状況を招く可能性があることを確認するべきです。
尹錫俊 南北朝鮮間の相互依存性を考えると、金大中政権と盧武鉉政権で展開した、対北朝鮮包容政策に基づく南北経済協力事業で足りなかった部分は、この協力事業で利益を得る行為者がとても制限的だったということです。このような歴史を踏まえ、相互依存性の強化のための協力案を考えるべきで、たとえば、非軍事的な生態・環境の領域で協力をはかる「グリーンデタント」を考えることもできます。李明博政権の「低炭素グリーン成長」という遺産や、文在認政権が主唱した「グリーンニューディール」の政策的遺産もあるだけに、実用的にこれらの間の接点を見つける必要があります。戦争が起こらない状況が、南北朝鮮だけでなく、周辺国の政府や企業にまで利益となる構造を形成することが、平和構築に役立つでしょう。簡単なことではありませんが、新政権が大局的な次元で衆知を集めてほしいと思います。最後に、国家間の勝利と敗北の構図で戦争を見ることは、結局「私たちが勝てる」という可能性を前提とするため、根本的に戦争の誘惑と危険から抜け出せない観点だと思います。人間中心に平和の議論に接近する言説が広がり、「戦争による勝者はいない」という認識が普遍化されなければなりません。市民社会がまずこれらの言説を先導し、学界とマスコミが協調するべきです。このことが現在、ウクライナ戦争が、世界中はもちろん、朝鮮半島に送っているメッセージだと思います。
李東奇 今年の初めでさえ、ウクライナ戦争が実際に起こると予想することは困難でした。戦争が勃発しないだろうと予想できる合理的な根拠があったにもかかわらず、21世紀にも依然として容易に戦争が起こりうることを、私たちが直接目撃しています。1960年代後半から始まった米ソと東西ヨーロッパとの間のデタントは、様々な限界や欠陥があったにもかかわらず、成就しました。両陣営は、敵対的な紛争状況を非敵対的な対立関係に転換し、和解協力の実験場を構築しました。そのときもつねに危機的な状況はありましたが、1989~91年に脱冷戦という意味ある成果を出しました。成功した葛藤調整の歴史的成就と、その記憶の共有があったにもかかわらず、ウクライナ戦争が勃発するのを見て、平和とは最終的に、何度かの劇的な行為や一時的な調整で容易に達成されるものではないという事実をあらためて痛感します。脱冷戦後、安保同盟や共同の経済利益にのみ注目する、平和秩序の根本的な再創出の機会を逃したことが今となっては残念です。葛藤と危機が自家上昇するよう放置してはならないという点も、この戦争がよく示したと思います。これは朝鮮半島にも同様に適用されるものです。葛藤の盛上りと敵対的な雰囲気を抑える装置を、新しく多様に発見し、発明しなければなりません。和解や平和は、敵対や葛藤と異なり、簡単に発生することもなく、一度開始されたからといって、そのまま自家上昇することもありません。それでも、私たちは西ドイツのヘルムート・シュミット元首相(Helmut Schmidt)が語った警句、「100時間交渉して何の成果がなくても、1分間銃を撃つよりはいい」という言葉から、再び出発せざるを得ないと思います。これまで一緒に議論して下さった先生方に感謝します。(2022年4月29日/創批西橋ビル)
訳:渡辺直紀