창작과 비평

[巻頭言] 本物のカルテルはどこにあるのか/白智延

創作と批評 201号(2023年 秋)目次


本物のカルテルはどこにあるのか


白智延

文学評論家



この夏にも相変わらず襲ってきた猛暑と水害は、季節的な自然災害を越えて類例のない苛酷な災難事故で深い傷痕を残した。中部地方の水害と五松地下車道の惨憺たる水没事故、海兵隊の安全事故で市民が貴重な命を失った。自然現象の不可避さだけでは簡単に片付けられない人災に近い事故だった。梨泰院惨事が発生してわずか8ヵ月しか経っていないという点を喚起すれば、問題の深刻性はより高い。災難状況を社会的な惨事にしてしまう政府の行政的無能と安全不感症が繰り返される中、「2023セマングム世界スカウトジャンボリー」大会まで跛行を繰り返し、今は国家運営の総体的不良と混乱に全面的に向き合っているという感じさえする。

国家が災難事故を予防し収拾する過程は、国民の生命と安全を保護する実質的な任務であると同時に、一つの社会を運営する問題と直接関係する。気候危機を含む各種災難が日常化した生活の中で、私たちはいつでも事故が起きうる現実を生きている。災害の復旧と再建は、そのような点で社会の政治的本質をあらわす過程でもある。しかし今、政府は災難にいかなる責任も負わないという決然とした態度を取っている。むしろ彼らは対象も不明な利権カルテルを捜し出し災難事故の責任を問うと脅かし、腐敗したカルテルを探し出して彼らが受けてきた補助金を廃止し、その金で被害復旧をするというとんでもない対策を発表した。

このように最近の大統領と政府の発言に時々登場するこの「カルテル」という用語は、敵対的政治戦術を通じて公共的責任を回避する意図で使われている。しっかりと清算しなければならない本当の腐敗した組織は、それを発火させる主体であるにもかかわらず、おかしな道具として機能している。そういえば利益を独占し既得権を維持するために不当に結託する組織を意味する「カルテル」ほど、現政権の誕生基盤とアイデンティティを見せてくれるはっきりとしたキーワードもない。いわゆる政界と法曹、マスコミ、軍部、学界を網羅する広範なエリートカルテルこそ、体制化された分断現実の土台で機能してきた集団であり、彼らの基盤と同調の中で今の政府が生まれたのではないか。白楽晴は、キャンドル革命以後、最も大きく変わった集団として現在の与党の変化を指摘し、彼らがキャンドル大抗争で敗れた後、それこそ必死に自分の利益を追求する集団に変貌したという点を指摘する(白楽晴「2023年にすべきこと:今まで通りの生き方は止めましょう」、『創作と批評』2023年春号、p.18)。

政府は今年初めに労働、教育、年金のあり方を改革するとし、主題が異なる事案を次々と関連づけて「利権カルテル」と命名してきた。検察組織と捜査機関が動員されたカルテル撲滅作業は、前政権を含め、自分たちの利権推進の妨げになると見られる共同体を弾圧する標的捜査につながっている。「反カルテル」を叫ぶものの、彼ら自身が徹底したカルテルの胴体であるわけである。敵対的戦線形成と標的捜査を掲げるカルテルの政治において最も問題になるのは、マスコミを抑圧して統制し、民主主義の基盤を脅かし、核心的な公的議題を隠蔽するという点である。

今この瞬間もカルテル論争の中で国の運命を左右する重要な政治的争点がマスコミにまともに報道されず、今後も埋もれる勢いだ。8月18日に開かれる韓米日首脳会談の主要案件である日本の汚染水の海洋放出問題と軍事同盟問題などに対する本格的な報道と批判的分析はほとんど見当たらない。国家機関が総動員され法的手続きも無視したまま推し進める公営放送の掌握、翻訳出版関連機関に対する不当な告発と監査もやはりカルテルフレームをかぶせて悪意的に強行している。建設カルテルの清算を云々して労働に関連した議題に蓋をしてしまう行動も深刻である。

何よりも既得権勢力が駆り立てるこの乱暴な政治的情動は、不安と敵対の構図を通じて絶えず社会的嫌悪を作り出す。地下鉄と路上、教室で私たちが出会った恐ろしい暴力は突然突出した事件ではなく、まさにこのような嫌悪と不安を食べて育った世界だと言える。この世界は現実の残酷な生存体制を強調し、各自の生き残りだけが唯一の出口であるかのように煽り、どうせ世の中は危険なところだからあなたは「今まで通りの生き方で生きなさい」とささやく。しかし、敵を作って自分だけの生存を図るフレームが約束する安全な未来は実在しない。それは私たちの目と耳を一時的に塞ぐだけである。敵対と嫌悪を唯一の滋養分として汲み上げるこの根強い不信の壁を越えて、新しい政治の視野を作り出す生活の場が緊急に求められる。

公的に正当に使われるべき国家予算を不当な利権の疑いで削減し、社会的弱者の生存基盤を脅かす今の政治状況は逆説的に韓国社会が切迫した変化の頂点に達していることを示しす。カルテルの政治が野蛮な実体をあらわにすればするほど、それを作り出した基盤の脆弱さもその本質を見せる。各自の実践的な生活をもとに、真に立ち向かうべき改革の対象とは果たしてどのようなものなのか、一緒に考え、悩む時もまさに今である。暴走する利権争奪の政治をどう止めるのか。賢明な話し合いと各自の力を結集する時が迫っている。

昨夏、通巻200号を記念した『創作と批評』は大転換の志向を具体化する実践的な課題を抱え、再び新しい一歩を踏み出す。201号からは特集企画にふさわしい各論を簡明な分量と広い視野で盛り込みたい。そこで現実問題に迫り鋭く批評する作文を多様な方式で試みる。今号の特集は「韓国という叙事」をテーマにし4本の論文を掲載した。文明転換時代の韓国をどう思惟するのかに対する言説的診断と批評をもとに社会政治、文学史、韓国学、東アジア論に至る幅広い領域にわたって、韓国が持つ叙事的可能性に対する創造的な進路を模索する論文である。李南周は、これまで韓国が成し遂げた発展と成就が新しい文明転換時代の課題と結びつくべきであると強調し、韓国に対する言説的思惟の活路を模索する。現在、政府が主導するグローバル中枢国家言説と外交安保政策が根本的には分断体制の再強固化の企画と深く結びついていることを鋭く分析し、多極化するグローバル秩序の中で政府が固執する冷戦式両者択一の政治的企画が韓国の発展空間を縮小する危険性を喚起する。この論文は、究極的に分断体制の克服が韓国の文明転換課題において重要な問題であると説得力を持って表明し、このような土台から韓国の可能性を新たに作っていくことを提案する。

姜敬錫は、最近韓国文学研究と批評で盛んな文学性に対する議論に注目し、脱民族主義と近代文学終焉論の見解を背景にしたこれら議論の問題点を鋭く分析する。特に文学性懐疑論につながる最近の主流文学史研究が「断絶論的清算主義と自己時代の特権化」に埋没している部分を指摘し、伝統と現在を創造的につなげながら、文明転換期に新しく書いていかなければならない韓国文学史の可能性を提案する地点が緊要である。

鄭憲穆は、韓国学に対する既存の研究が共通して内包する本質主義の問題点を批判的に省察する。世界的な文脈において韓国的なことを新たに理解することを求める雰囲気の中で、文化的成就を越えて今の韓国を作り出した過程を客観的に省察し、外部からの質問に答えるための韓国学の新しい課題を強調する。

白池雲は、急変する米中間覇権競争体制の危機の中で、韓半島から発信できる東アジア言説の現在性を探る。李泳禧の極東アジア論に対する議論を経由して過去冷戦の二分法から抜け出そうとした転換時代の論理を省察し、現在東アジアの文明論的議題が現実に新しく介入する可能性を打診する。

「対話」欄は最近、熱い社会の争点になっている福島汚染水の海洋放出問題を扱う。南相旭の司会でソン・ギホ、呉殷政、李憲錫が参加して汚染水海洋放出の起源となる原発事故の裏面と核産業の本質的性格、汚染水放出の実質的争点を多角的に議論する。韓国社会の壊れた災難対応システムと民主主義の危機をどのように克服するのか悩み、国際社会の連帯を促す重要な討論として注目すべきである。

「論壇」の徐載晶は、韓半島の軍備競争が新たな局面に入った危機状況を扱う。「先制打撃」ドクトリンが勢力を伸ばし、韓米日vs.北中露の陣営化が構築される緊急な現実を喚起し、このような状況を打開するためには何よりも韓国が「先導的」に緊張緩和措置を取り、「一方的」な軍備凍結と軍事訓練凍結を宣言し実践することを切に要求する。「現場」欄では崔時賢が家事・ケアユニオンの崔ヨンミ委員長に会い、家事勤労者法が施行された1年の間に起きた変化と外国人家事人材の導入にともなう最近の論難及び家事・ケア労働のプラットフォーム化まで多様な主題について話し合う。家事・ケア労働に対する社会的認識の変化を促し、価値としてのケアと労働としてのケアを共に考えてみる意味深い論文で一読を勧める。

「作家スポットライト」欄では、済州と韓半島現代史の根が込められた力作『チェジュドウダ(済州島です)』を出版した玄基栄作家を本誌編集委員の白英瓊が訪ねた。済州の近現代史を総体的に扱った作品の現在的意味を実感する一方、消えた済州共同体と哀悼共同体を乗り越え、オルタナティブな人生を作ることができる叙事的想像力に対する深くて真剣な対話が交わされる。

「文学評論」欄で林洪培は「父の解放日誌」がおさめた成就を紹介しながら、過去史に対する新しい叙事的解釈と地域叙事の現在的可能性を高く評価する。特に父親を通じて描かれた社会主義者の形像が持つ文学的意味にスポットライトを当て、破壊的な暴力に屈しない人間性の再現に対する深い感動を伝える。創批新人評論賞受賞者の権寧斌は、崔ジニョンの小説を中心に韓国社会の死を巡る支配的な情動を把握し、死のリアリティが消えた現実に対する抵抗として作品が見せる固有の哀悼方法を新しく読み解く。

今号の「文学フォーカス」欄は、新しいレビューの形で読者を訪ねる。金伶熙、鄭珠娥、宋鐘元が参加して今シーズンの詩、小説、評論で意味のある作品を選定し繊細な読み方と鋭い分析を見せてくれる。批評的作文の活路を見出そうとする「文学フォーカス」欄の企画に持続的な関心をお願いする。

ホ・ウンの散文は、分断国家の民主化と南北の平和統一のために一生を献身した史学者である故姜萬吉先生の生涯をじっくり振り返る。反植民民族主義者、共同体を重視する社会主義者、反戦平和主義者の信念に基づいた姜萬吉歴史学の現在性を洞察する論文で心に響く。「私の住む所」の連載には極地で動物を研究するイ・ウォニョンの論文が掲載された。10年間南極の科学基地を行き来しながら冬を過ごす筆者の生活と南極で会える生態の話が目を引く。今号の「寸評」欄も多様な分野の洋書を選定し、充実した品格のある構成になっている。温かい激励と叱正を送ってくださった読者の声にも深く感謝する。

「創作」欄も豊富である。詩欄では14人の詩人が多彩な詩的個性で輝かせてくれた。創批新人詩人賞受賞者イ・ハユンの詩とともに、特別寄稿を通じて東日本大震災後の災難を詩的に形象化した金時鐘の作品を紹介することになり意味深い。新鋭作家特集で構成された小説欄では、金ギテ、金ジヨン、チョン・ジヨン、チュ・ヨンハの作品に出会うことができる。前号から連載を始めた金錦姫の長編が2回目を迎え、一層熟した話を展開しながら小説欄の豊かさを増している。

さらに、第41回申東曄文学賞を受賞した詩人イ・ドンウと小説家イ・ジュヘにお祝いを贈る。今回の秋号では、万海文学賞の最終審大賞作も見ることができ、冬号に引き続き発表される受賞作にも多くの関心をお願いする。

長い夏の終わりに多くの人の苦労と情熱が込められた一冊の雑誌を編む心は格別である。社会の各所に解決しなければならない問題が山積している現実が至難に感じられるが、本を出版しながら出会った希望や模索の動きを通じて新しいエネルギーを集めて前に進む可能性を実感する。いつにも増して共同体の協力と知恵が緊要な時に本誌も誠心を尽くして努力することを約束し、読者の皆様にも変わらぬ声援と厳正な助言をお願いする。

訳:李正連