창작과 비평

[現場]パレスチナ問題の解決法と西欧の文明的な破綻

創作と批評 204号(2024年 夏号) 目次

(企画・現場)ガザ事態が投げかける問い



パレスチナ問題の解決法と西欧の文明的な破綻


韓基煜(ハン・ギウク)
文学評論家、仁済大名誉教授。著書に『文学の開かれた道』『文学の新しさはどこから来るか』、共著に『21世紀の朝鮮半島の構想』『英米文学の道しるべ』、訳書にコール『オープン・シティ』、メルヴィル『代書人バートルビー』など
kiwookh@gmail.com

2023年10月7日、ハマスのイスラエル奇襲攻撃後に始まったガザ戦争は、受難のパレスチナの歴史でもこれまでになく大きな犠牲を生んでいる。2024年5月1日現在、ガザ地区の死者数は3万4568人(うち子供約1万4500人、女性約8400人)に達する。住宅や商店街、学校や病院のほとんどが破壊され、崩壊して廃墟になったように、75-80%が難民であるガザ住民の大多数がふたたび避難の道についた。にもかかわらず、イスラエルのネタニヤフ政権( B. Netanyahu)は「テロリスト」ハマスを根絶するとして、人口230万の半分以上が集まるラファフに対する攻撃を公言している。予見される大惨事の前で、アメリカのコロンビア大学をはじめとする世界各地の大学や街頭で、学生と市民が「パレスチナ解放」と「ガザ戦争反対」を叫び、テントを作って占拠座り込みをするなど、親パレスチナの反戦デモが激しくなっている。大惨事を防ぐために急務なのは休戦だが、パレスチナ問題の根本的な解決法を、完全な解決策でなくても、既存の案より円満かつ持続可能な解決策について考えたい。

アルベルト・トスカーノ「オスロ解体」(Alberto Toscano, Undoing Oslo, New Left Review, Sidecar, 22 March, 2024)は、現在のパレスチナ問題の検討に重要な道筋を提供する。トスカーノはハイダル・イードの近著『パレスチナ精神の脱植民化』(Haidar Eid, Decolonising the Palestinian Mind, LeftWord Books, 2023)に対する書評を通じて、オスロ協定と「2国家解決法」の問題点を綿密に検討する一方、イードの見解についても骨のあるコメントをする。この過程は現在、ガザ戦争の根本原因をイスラエルとパレスチナの長い紛争の歴史の中で再照明する作業でもある。

「1国家解決法」と「2国家解決法」がパレスチナの歴史で本格的に台頭したきっかけは、1947年11月の国連総会で「パレスチナ分割案」が決議された時であった。イギリスの委任統治領だったパレスチナを、ユダヤ人国家とアラブ人国家に分けるこの分割案は、パレスチナの土地の56%を人口32%のユダヤ人に割り当てたうえで、特に地中海沿岸の肥沃な土地を」ほとんどユダヤ人側に編入したので、ユダヤ人側はすぐに受け入れたが、アラブ人側はこれを拒否した。人口比の不公平だけでなく分割自体に同意しない人々も多かった。双方の葛藤はすぐ内戦に発展し、ユダヤ人側は分割案に提示されたユダヤ人地域を武力で占領し、「イスラエル国家」独立を宣言する(1948年5月14日)。すると、周辺アラブ諸国のヨルダン、エジプト、シリア、イラクなどがイスラエルを包囲攻撃することで、イスラエル・アラブ戦争(第一次中東戦争)が勃発する。戦争の結果、イスラエルはパレスチナ委任統治領の78%に達する土地を占領するが、これは既存の分割案で割り当てられたものより広いものであった。西岸地区はヨルダン、ガザ地区はエジプトが占領した状態で、翌1949年に停戦協定が締結されたが、このときの休戦ラインが1967年の6日戦争まで維持され、「1967年の境界」と呼ばれる。

1948年のパレスチナ戦争(内戦とイスラエル・アラブ戦争)の間、イスラエルの軍隊がアラブ系の村々を「人種浄化」し、パレスチナ人1万5千人が殺害され、約75万人が難民になる「ナクバ」(大災害)が起きた。1967年の6日戦争でイスラエルはヨルダンから西岸と東エルサレムを、エジプトからガザとシナイ半島を奪って占領地を大幅に増やし、その地域に住んでいたパレスチナ人のうち30万人ほどをさらに難民にした。パレスチナ問題の真ん中に、いまだ終わっていない凄惨なジェノサイドと大規模な難民問題があるのである。イードのように、ナクバ以来のパレスチナ分割を認めない1国家解決法の論者たちが、1948年と1967年の戦争によるパレスチナ難民らの帰還の権利を最優先事項として掲げる根拠には、このような歴史的背景がある。

イードによると、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との間のオスロ協定(1次1993年、2次1995年)の多くの問題点のうち最も深刻なのは、パレスチナ人を虚妄な希望の迷路に閉じ込め、根本的な問題を直視させない点である。イードはオスロ協定で暫定合意された2国家解決法が、どうして実際にはパレスチナの解放を不可能にする足かせ(「鉄の鳥かご」)になったのかひとつひとつ検討する。まず1国家論者の立場で、オスロ協定の2国家論は、1967年の境界に基づいてパレスチナを、イスラエルを除く西岸とガザに縮小すること自体が問題である。さらにオスロの2国家解決法において「2国家」はまったく同格ではない。名実ともに国家として認められるイスラエル側に比べて、パレスチナ側は将来、独立国家になるという約束が与えられるだけで、イスラエル占領下のガザ、西岸、東エルサレムにおける部分的な自治権しかない状況で、2国家は非対称的な構図であった。イードのこのような批判は、「ガザは今「オスロの鏡像」」であるという彼の表現に端的に現れている。共存の約束があるだけで、パレスチナ難民が帰還する権利も、賠償や補償も排除するオスロの、体のいい平和プロセスのベールをはがすと、廃墟になった今日のガザの姿が赤裸々に現れるというものである。

パレスチナの地において、人種主義的な境界を越えて1つの世俗的な民主主義国家を建設しようというイードの一国家論は、正義の構想であることは明らかだが、どれほど「現実的な」案なのかはわからない。この地点で書評者であるトスカーノと著者の見解の違いがはっきりと感知できる。たとえばトスカーノは、イードの1国家解決法の実現可能性に問いを提起するかと思えば、ハマスがガザ地区という刑務所の「刑務官」に転落したというイードの見解に全的に同意することはない。

当初、パレスチナ解放という1国家的ビジョンを打ち出したハマスが、2006年の総選挙以降、1967年の境界に基づく「長期休戦案」を提示するなど、立場を異にしたことをめぐって、イードは「ハマスならではのユニークな2国家論」と評価を切り下げるが、究極の目標へと向かうための過渡的措置を提示したものと解釈することもできる。とにかく様々なバージョンの1国家解決法と2国家解決法が柔軟に検討されるが、そのときの基準はパレスチナ民衆の生に焦点が合わされるべきである。イードが既成の政治より草の根の現場の核心グループやBDS運動(Boycott, Divestment and Sanctions=ボイコット、投資撤収、制裁)に意味を置いたり、トスカーノが武装抵抗の役割と大衆的抵抗戦線を重視したりするのも、パレスチナ民衆解放の観点から解決策を見出そうとする努力であるとみられる。

ラファフ攻撃を前に崖っぷちに追い込まれたガザのパレスチナ民衆は、絶体絶命の危機を迎えている。だが、名分すら見出すことが難しいガザ戦争は、近代世界の局地的・例外的な状況ではなく、西欧植民主義の歴史の必然的な結果物であり、覇権構図の反映であり、特に言説的・道徳的次元における没落を示す本質的な出来事であり得る。イスラエルのジェノサイドやガザ戦争の問題自体よりも、これを明示的・暗黙的に支持する西欧の態度を深く検討する、F・ロルドンの「純粋の終末」(Frédéric Lordon, End of Innocence, New Left Review, Sidecar, 12 April, 2024)が意味深長に迫ってくるのはこの地点である。

ロルドンの直感的な記述方式に説得力があるのは、西欧近代の植民地の歴史、特にその精神史的なメカニズムと情動を正確に見抜いているためである。「魚は頭から腐る」という発言の比喩的・換喩的な意味を通じて、西欧近代文明の中枢という思惟の作動が腐敗する現象と、思惟の作動を管掌する規範かつ文明的な原則の崩壊までをも引き出しているところも評価できるが、西欧の強大国がイスラエルに感じる陰密な心理的同質感(「地下の親縁性」)を捉えているところも注目を集める。西欧の既得権層は、ジェノサイド的な暴力を行使するイスラエルに「純粋」な支配者の姿を見て、そこに魅了されるというのである。20世紀半ばまで、イギリス、ドイツ、フランスなど西欧強大国のブルジョアジーは、近代世界の周辺部を植民化しながら、抵抗する先住民たちを文明の名で悪魔化して無慈悲に制圧し、そのような抑圧と暴力を「純粋」として美化してきた。植民地「暴力」の表面が「純粋」として現れるために、ハマスを悪魔化して暴力を行使するイスラエルの支配者的な姿に西欧支配層が魅了されるのには、表裏不動の自我像に陶酔するナルシシズム的な面がある。

このような暴力/純粋の表裏不動性に注目するならば、西欧とイスラエルがガザ戦争の防御論理として愛用する「テロリズム」や「反ユダヤ主義」の誤用を、新たな次元で批判することができる。ロルドンの論法によれば、「テロリズム」という非難は、西欧人が自らの犯す暴力を直視しない否認の論理として、因果関係の思惟を阻むために設計された範疇であり、結局は「西欧の純粋を保護する盾」となる。「反ユダヤ主義」という非難は、表面上のユダヤ人に対する人種主義的な嫌悪を批判する言葉だが、実は西欧とイスラエルの「純粋に疑問を提起しようとするすべての人々の正当性を奪う意図」を内包する、それ自体が人種主義的な言行になる。このような文脈で記事のタイトル「純粋の終末」とは、ガザ戦争を迎えながら西欧の支配階級がもはや自らの犯す暴力を純粋として偽装できなくなったことを、そのような純粋を支えてきた西欧の文明的・道徳的な規範が崩壊したことを宣言するのと変わるところがない。

西欧植民主義の歴史においてパレスチナ問題を見るとき、パレスチナを1920年から1948年まで委任統治したイギリスが紛争の種を蒔いたならば、ドイツはホロコースト(ユダヤ人600万人以上を虐殺したジェノサイド)で数多くのユダヤ人のパレスチナ移住を誘発し、紛争の様相を拡大させた。皮肉なのは、1948年に建国を宣言したイスラエルがジェノサイドの加害者に変貌した点であり、そのようなイスラエルを、アメリカ、イギリス、ドイツを含む西欧が熱烈に支持してきた点である。占領地パレスチナ人に対する現イスラエル政府の態度も注目すべきである。先住民を生かしたまま搾取する西欧の伝統的な植民地とは異なり、この場合は「占領された人々の存在を消滅させようという望み」がより強烈である。西岸と東エルサレムにおいて、イスラエルの定住村が絶えず拡大していることを考慮するならば、実際のイスラエルの行動は、先住民を殺害してその土地を奪う「定着植民主義」を彷彿とさせる。この点でイスラエルは、アメリカ先住民を集団虐殺し、その土地を奪ったアメリカと歴史的な相同性を持つ。アメリカ建国の祖先の1人であるベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)は「インディアン+ラム酒=0」という方法論まで提示して、アメリカ・インディアンの絶滅を進めた。その結果、アメリカは「いいインディアンは、ひたすら死んだインディアンだけ」という言葉を興奮してつぶやく。しかし、死んだインディアンは無ではない。ガザでむなしく死んだパレスチナ人もそうである。彼らの共同墓地まで破壊するからといって、パレスチナ人の存在の痕跡やその怨魂までを消し去ることはできない。

イスラエルという戦略的要衝を失うなら、中東におけるアメリカの覇権は急速に崩壊するだろうし、その場合、厳しく維持されるアメリカの世界的覇権の防波堤をさらに維持することは困難だろう。そのような点でイスラエルは、より多くの負荷がかかるアメリカの世界的覇権を維持し、転がるように留めておく留め金なのである。だからアメリカは今回のように、イスラエルの明らかな反人倫的な戦争犯罪を先頭に立って支持せざるを得ず、ヨーロッパ諸国もこれに同調している。しかし、世界的に拡がる反戦デモに見られるように、アメリカとヨーロッパの地に落ちた文明原則をもって抵抗勢力を抑えるには限界がある。

ロルドンは、私たちが西欧の「道徳的自殺」を目撃しているという大胆な表現をする。かつて西欧の文明原則が普遍的なものとして受容したことがあったとしても、イスラエルのジェノサイド戦争の支持をきっかけに、その道徳的な資格はいまや余すところなく地に落ちた。西欧の植民地プロジェクトに対する象徴的な審判のときが近づいているのである。西欧近代史においてパレスチナこそが核心的な問題だが、その問題で西欧は文明的な破綻に直面しており、その事実を隠蔽し通すことができない。現在、リアルタイムで「全世界がガザの死を見守っており、全世界がガザを見守る西欧を見守っている」からである。

〔訳=渡辺直紀〕