창작과 비평

[特集] グリーンニューディール再考 ――緑色成長を越えて / 金湘顕

 

創作と批評 187号(2020年 春)目次

 

金湘顕(キム・サンヒョン)

漢陽大比較歴史文化研究所教授(科学史・科学社会学)。主要論文に「1960~1970年代初の韓国エキュメニカル運動と「近代化」と「発展」の政治」など。shkim67@hanyang.ac.kr

 

 

1、いかなるグリーンニューディールか?

 

 最近、韓国でも「グリーンニューディール」(Green New Deal)に対する関心が高まっている。グリーンニューディールは2008~2009年に刊行された、ヨーロッパ・国連環境計画(UNEP)の報告書などで初めて提示されたが、宣伝的なレベルを越えるものではなかった。その後、2019年2月にアメリカ・民主党の上院議員エドワード・マーキィー(Edward Markey)と下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio-Cortez)が「グリーンニューディール決議案」[1. Recognizing the duty of the Federal Government to create a Green New Deal, H. Res. 109, 116th Congress (2019-2020), 2019.] を議会に提出して世界の世論の注目を浴び、低炭素社会への転換のための実行戦略として、その可能性に対する議論が活発に起こったのである。韓国では李明博政権が2008年8月に「低炭素緑色成長」のビジョンを発表し、2009年1月にその一環として「緑色ニューディール」政策を進め、グリーンニューディールの基本的なアイデアがいち早く提起された。しかしこの政策は、既存の事業を緑色で再包装し、四大河川事業を推進することに終始し、環境運動など市民社会陣営の強い反発を買って、特別な進展もなくうやむやになってしまった。マーキィーとオカシオ=コルテスの決議案とそれが呼び起こした国際的関心は、韓国では否定的印象が強かったグリーンニューディールが今一度議論されうる新たな機会を提供した。

事実、グリーンニューディールは単一の内容で使われる概念ではなく、様々な形が存在する。ただ「ニューディール」という歴史性を持つ表現にみられるように、類似の問題意識から出発しているといえる。1930年代に大恐慌に直面したアメリカのルーズベルト(F. Roosevelt)政権が、金融改革、社会保障、労働権強化、大規模公共事業投資を通じた雇用創出などを包括する「ニューディール政策」を実施したように、深刻な水準に達した気候危機に対応するためには、画期的な政策パッケージが必要だということである。グリーンニューディールに他の細部ジャンルがあったとしても、それらは概して次のような内容を共有すると思われる。まず、温室ガス排出の縮小、再生可能エネルギーへの転換、エネルギー効率改善と生態系復元などを大々的に進め、経済と社会の「脱炭素化」(decarbonization)を達成することである。問題は、化石燃料産業から離脱する過程で必要とされる費用が莫大で、失業と地域経済の沈滞のために、少なからぬ労働者と大衆が苦痛を受けうるという点である。グリーンニューディールは彼らに雇用連係、職業再教育・再訓練、社会セイフティネットなどを提供する一方、再生可能エネルギー分野とその他の脱炭素化事業で新たな雇用を創り出し、低炭素社会への移行過程で雇用と生が犠牲にならないように保障することを追求する。

しかし、このような企画とそれに含まれた課題が、それぞれいかなる政治的意味を持ち、どのようにアプローチすべきかに関しては、気候危機の主原因を何と見るのか、そして現存する資本主義体制とそれに伴う社会・生態的関係が持つ諸問題、成長と発展、市場の論理と機能、科学的専門性と技術の役割、低炭素社会への転換を阻む構造的な力と、これを打開していく動力などをどう理解するのかによって、大きな違いが存在する。これは、グリーンニューディールに対する互いに異なる内容と方向のビジョンに見られる。残念なことに、韓国内のグリーンニューディール議論は、いまだそのような違いにさほど注目していないようである。グリーンニューディールは、たいてい「気候危機の克服と経済成長という二兎を追い」[2. イ・グァンソク「グリーンニューディール、地球を救う応急処方になるか、景気浮揚用に終わるか」『京郷新聞』2019.11.28。] 、または「成長率を高めて、分配悪化と環境問題もともに解決」[3. イ・ドンハン「経済:バーニー・サンダースのグリーンニューディール公約」、正義党10月定例報告書『正義と代案』2019、12頁。] する、ケインズ主義の景気浮揚策の緑色バージョンとして単一の前提となる。これに伴って、議論の焦点は、主に、再生可能エネルギーに対する大規模な公共投資、およびそれによる雇用創出効果に合わされ、これはまたおそらく、脱政治化された技術的(technical)次元の問題に還元されてしまう。これまでの2年間、北米やヨーロッパでグリーンニューディールが主要議題として急浮上した状況も、緑色ケインズ主義の観点で評価されており、本来これを下から追求してきた政治的脈絡は看過されるのが常である[4. 例外的なケースとしては次を参考のこと。チュ・ソユン「アメリカ:グリーンニューディール(Green New Deal)に向かうアメリカの動き」『国土』2019年1月号、75~78頁。キム・ソンチョル「アメリカとイギリスのグリーンニューディールから何を学ぶべきか」『真の世の中』2019.11.25。] 。

「緑色ケインズ主義」(green Keynesianism)と表現されうる生態環境イシューに対するケインズ主義的アプローチが、十数年前、グリーンニューディール概念が初めて提起される過程はもちろん、その後の関連言説もずっと牽引してきたことは事実である。だが、草の根の環境正義運動、原住民環境運動と生態社会主義(ecosocialist)のグループを合わせた民衆指向的「気候正義」(climate justice)運動は、まさにその緑色ケインズ主義にもとづくゆえに、初期グリーンニューディールの諸提案に懐疑的だった。利潤極大化と資本蓄積を自然や人間に優先する政治経済体制こそが気候危機の根源であると見る人々にとって、緑色ケインズ主義の戦略はその場しのぎのものと映らざるを得なかった。興味深いのは、最近のグリーンニューディールの新しい波は、初期のグリーンニューディールの議論よりも気候正義運動の活性化の方にさらに起因しているという点である。2019年にアメリカ連邦議会に提出されたグリーンニューディール決議案がいい例である[5. Recognizing the duty of the Federal Government to create a Green New Deal.] 。この決議案はマーキィーが共同発議したが、実際に立案を主導したのは初当選の下院議員オカシオ=コルテスだった。「アメリカの民主的社会主義者」(Democratic Socialists of America, DSA)の会員でもある彼女は、ノースダコタ州スタンディングロック(Standing Rock)の原住民らの送油管建設反対闘争に参加したこともある活動家出身である。オカシオ=コルテスは2018年に下院議員選挙に出馬し、青年気候正義運動組織「サンライズ運動」(Sunrise Movement)、シンクタンク「進歩のためのデータ」(Data for Progress)などとともに、進歩的な脱炭素化転換方案について議論し始めたが、グリーンニューディール決議案はその結果として進められたものであった[6. Greg Carlock and Sean McElwee, “Why the Best New Deal Is a Green New Deal,” The Nation 2019.9.18.] 。

この決議案は法的な効力がなく、上院では通過すらできなかったが、民主党の主要大統領選の候補の一部と上・下院議員の少なからぬ数が賛成することによって、グリーンニューディールがアメリカ政治の核心議題として浮上することに中枢的な役割を果たした。事実、決議案の水位は、できるだけ多くの議員の参加を誘導するために、ある程度穏健に調整されざるを得なかった。エネルギー効率の改善と再生可能エネルギー分野の大規模な公共投資で数百万の雇用を創り出すという内容は、少なくとも外観上は、緑色ケインズ主義の景気浮揚策とさほど変わるところがなかった。にもかかわらずこの案は、気候正義運動の観点を反映しようと試みたという意味を持つ。人種・地域・社会・経済・環境的な不正義が構造化され、気候変化と環境破壊によって持続的に深刻化してきたことを明確にしたのはこのことを示している。脱炭素化の過程が「正しい転換」(just transition)を通じて正義と公平を実現する方式として成り立つことを強調しているのも同じである。体制変化を主張する急進的な気候正義運動の指向は、以降、バーニー・サンダース(Bernie Sanders)の大統領選候補の選挙戦公約にさらに強く見られるが、オカシオ=コルテスのグリーンニューディールも以前とは明らかに異なる道を模索するものであった。これは、緑色ケインズ主義にもとづく初期グリーンニューディール案と比較する時、より明瞭になる。

 

2、緑色ケインズ主義の戦略としてのグリーンニューディール

 

 エネルギー効率の改善と再生可能エネルギーに投資する大規模産業プロジェクトとしてのグリーンニューディールに初めて言及したのは、2007年のジャーナリスト・トーマス・フリードマン(Thomas Friedman)のコラムであった[7. Thomas Friedman, “A Warning From the Garden,” The New York Times 2007.1.19.] 。ただしこのコラムは原則的な立場を叙述することに終始した。気候変化への対応のため「緑色景気浮揚策」(green stimulus)を体系的に検討した例としては、進歩指向のケインズ主義経済学者・ロバート・ポーリン(Robert Pollin)の研究チームが2008年に発表した報告書「緑色回復」をあげることができる[8. Robert Pollin et al., Green Recovery, Center for American Progress and the Political Economy Research Institute, University of Massachusetts 2008.] 。この報告では、持続する地球温暖化を阻むために低炭素社会への転換が不可避となった条件が、逆説的に、アメリカ経済が金融危機と原油価格急騰にともなう経済沈滞から脱却できる機会を提供すると指摘する。アメリカ政府が今後2年間、建物エネルギー効率の改善、鉄道と大衆交通の拡大、電力網の現代化と再生可能エネルギーの開発に460億ドルを直接投資し、企業の緑色投資に対する税金減免や税制優遇など財政的インセンティブで500億ドルを活用するならば、低炭素社会への転換を成功的に遂行し、200万の新しい雇用を創出できるというのである。そしてこのように実現する雇用の増加は、所得と生活水準の向上、および消費の増加で、これはまた経済全般の成長につながるという主張である。

 この研究は、アメリカ民主党主流のシンクタンク「アメリカ進歩センター」(Center for American Progress, CAP)が、次期民主党政権に勧告する経済戦略を準備する過程で遂行されたものである。ポーリンは新自由主義的な金融資本主義の問題点を長らく警告し、これを改革するよりも維持・強化するのに先頭に立ってきた民主党主流の「新民主党」グループに対して批判の矢を向けてきた。だが、金融危機以降、民主党の主流内でも、拡張的な財政政策と景気浮揚策が必要だという声が高まり、ポーリンの研究チームもCAPの企画に参加するようになったようである。この報告における内容は、2009年初にスタートしたオバマ政権の政策に一部反映されることもあった。自ら新民主党グループの一員であることを宣言したオバマは、しかし、高失業率をはじめとする不振の経済状況において、景気浮揚策を実施する側に方向を定め、就任直後、「景気回復および再投資法」(American Recovery and Reinvestment Act)を通過させる。連邦政府の支出、税金減免と担保貸出などで構成されるこの法案の予算は8400億ドルに達したが、そのうち900億ドル以上が「緑色回復」が提案したのと同様に、建物エネルギー効率の改善、鉄道と大衆交通の拡大、電力網の現代化、再生可能エネルギーの開発などの分野に投資された[9. Robert Pollin et al., Green Growth, Center for American Progress and the Political Economy Research Institute, University of Massachusetts 2014, p.252.] 。

 「緑色回復」報告書はグリーンニューディールの概念を活用しなかったが、ポーリンはその後の著述で、景気浮揚策を活用し雇用創出と「緑色成長」(green growth)を追求することこそ、まさにグリーンニューディールであると主張してきた[10. Robert Pollin, “De-Growth vs. A Green New Deal,” New Left Review 112, 2018, pp.5-21; “Advancing a Viable Global Climate Stabilization Project: Degrowth versus the Green New Deal,” Review of Radical Political Economics 51(2), 2019, pp.311-319.] 。低炭素社会への転換で被害をこうむる労働者や共同体を包容する最も効果的な方法は、再生可能エネルギー産業やその他の脱炭素化事業で創出される雇用とビジネスチャンスを提供することだけに、それに焦点を合わせざるを得ないというのである。このような見解は、2008~2009年の間に公表された様々なグリーンニューディール方案でも繰り返される。2009年にUNEPが気候変化、食糧、エネルギー、水資源問題と金融危機に統合的に対処するために発議した「グローバル・グリーンニューディール」が代表的である[11. UNEP, A Global Green New Deal: A Final Report,2009.?2.] 。全地球的にGDPの1パーセントを投資することによって、炭素依存度と生態系毀損を減らすと同時に、貧困を解消することを目標としてかかげたこの案の骨格は、やはり公共投資とインセンティブを含む景気浮揚策で経済回復と雇用創出を実現するというものだった。ヨーロッパ議会の緑の党・自由同盟(Greens-EFA)の依頼で、ドイツ・ヴッパータール気候・環境・エネルギー研究所(Wuppertal Institute for Climate, Environment and Energy)が同年に発行した「ヨーロッパのためのグリーンニューディール」もそうであった[12. Wuppertal Institute for Climate, Environment and Energy, A Green New Deal for Europe, 2009.9.] 。この案は、緑色景気浮揚策を通じた経済成長が、自然資源の消費を増加させうることを認めながらも、これを脱同調化(decoupling)という解決法として、産業全般の「生態的近代化」(ecological modernization)を提示するという点で、緑色成長論の延長線にあるものであった。

イギリスの進歩的シンクタンク「新経済財団」(New Economics Foundation, NEF)が彼らより1年先に刊行した報告書「グリーンニューディール」は多少異なる立場を取る[13. New Economics Foundation, A Green New Deal, 2008.7.] 。ここでもエネルギー効率の改善と再生可能なエネルギーなどに対する大規模な公共投資を中心軸として想定する。違いは、金融規制の強化をはじめとした金融制度の改革が、グリーンニューディールの主な内容でともに進められるべきことを主張するところにある。新自由主義的な金融自由化や、脱規制が引き起こした投機的取引、信用の過剰膨張が、生態的に持続不可能な投資と消費を促進してきたという点を勘案すれば、現在の金融制度をそのままにしておいては、低炭素社会への転換も可能でないというものである。またNEF報告書は、基本的な物質的必要が満たされる限り、経済成長や物質的消費の水準が生の満足度と直結しないと強調する。グリーンニューディールを緑色成長論に閉じ込めずに、「ポスト成長」(post-growth)あるいは「脱成長」(degrowth)とつながる可能性を開いているのである。しかし、絶え間ない利潤追求と蓄積に向かう資本の論理、構造化された社会・経済・環境不平等と権力関係、公共部門の生産とサービス私有化の限界、および民主的統制の不在などに対しては問題を提起しないまま、公共投資と金融規制というケインズ主義的な介入を通じて資本主義の緑色化を試みる企画という点では、他のグリーンニューディール案と別段異なるところはない[14. NEF報告書の作成に参加した進歩指向の経済学者アン・ペティフォー(Ann Pettifor)は、最近、グリーンニューディールに関する新たな著書を刊行した。本書は以前のものと比べれば一歩進んだ内容を含んでいるが、上のような諸問題は克服できないものと思われる。Ann Pettifor, The Case for the Green New Deal, Verso 2019参考。] 。

このように2008~2009年のグリーンニューディール案は、新自由主義的な金融資本主義では気候危機に対処できないという立場を共有したにせよ、資本主義的な生産と消費自体に対しては特別な問題意識を共有していなかった。別の表現をすれば、これらは各国の政府、企業だけでなく、主流環境運動の気候変化への対応にもみられる「炭素還元主義」(carbon reductionism)の傾向から自由ではなかった[15. Michael Mendez, Climate Change from the Streets, Yale University Press 2020, pp.22-25; ハン・ジェガク「炭素ではなく社会を変えろ」『創作と批評』2019年春号、344~56頁。] 。炭素還元主義は温室ガス、特に炭素排出の縮小を通じて地球温暖化を阻み、人類の多数を危機から救うという、一種の功利主義的なアプローチにもとづく。続けて、現在の資本主義的な経済秩序の中で、企業投資に対する財政的インセンティブ、「炭素排出権取引制」(carbon emission trading),「炭素税」(carbon tax)などのような市場基盤メカニズムを活用し、費用対効果的(cost-effective)な方式で炭素排出を減らすことに邁進することを要求する。ポーリンの緑色成長中心のグリーンニューディールや、金融改革を並行するNEFのグリーンニューディールは、すべて炭素還元主義の論理を受け入れており、資本主義的な不平等と気候危機の関係が批判的に検討される余地を許容することはなかった。グリーンニューディールの概念は、その定義上、低炭素社会への転換過程で打撃を受けることになる人たちのことを考慮しないわけにはいかないにもかかわらず、提案されたグリーンニューディール案の大部分がこれを雇用創出の次元に制限しているのは、そのような限界のためであった。

 

 

3、気候正義運動とグリーンニューディールの急進化

 

 炭素還元主義にもとづく気候変化への対応は、草の根の環境正義運動、原住民環境運動、第三世界民衆運動、生態社会主義グループなどの抵抗を呼び起こし、このような流れは民衆指向的な気候正義運動の胎動につながった[16. 気候正義運動については、イアン・アンガス編(キム・ヒョヌほか訳)『気候正義』イマジン、2012を参考のこと。] 。気候正義運動は、脱炭素化の費用と気候変化の被害が不公平に転嫁される現実を強調し、労働・環境連帯運動で発展してきた「正しい転換」の概念を借用して、低炭素社会への転換が、まさに原住民、有色人種、労働者、農民、女性、移住民など、社会的・経済的弱者の生と権利を保障する過程であるべきことを力説する。合わせて彼らは、炭素排出権の取引制の問題にみられるように、気候危機と気候不平等の根源には、利潤極大化と資本蓄積に最優先の価値を付与し、自然と生を商品化する、搾取的で抽出的な(extractive)政治経済体制――資本主義、あるいは少なくともその支配的形態――が存在すると主張する[17. 「正しい転換」については、キム・ヒョヌ『正しい転換』ナルムブックス、2014を参考のこと。] 。「正しい転換」が主流の労働運動と国際機構などによって受容され、穏健なバージョンとして広がることによって[18. TUAC and ITUC, A Just Transition: A Fair Pathway to Protect the Climate, 2012.] 、「正義」と「転換」に対する一層急進的な意味を守ろうという試みも行われた。「正しい転換」は、脱炭素化と気候変化で被害をこうむる人々に、雇用、補償と救済を提供することに終わるのではなく、当該労働者と共同体が、転換の計画と実行を民主的に統制することによって、搾取的で抽出的な政治経済体制から、正しく生態的に持続可能な政治経済体制への変化を追求する過程になるべきというのである[19. ITF Climate Change Working Group, Transport Workers and Climate Change: Towards Sustainable, Low-Carbon Mobility, International Transport Workers’ Federation 2010.] 。

 内部的な見解の違いがなくはなかったが、気候正義運動の反資本主義な指向はずっと強化されていった。2010年にボリビアのコチャバンバ(Cochabamba)で開催された「気候変化と大地の権利に対する世界民衆会議」は、資本主義を気候変化の構造的原因であるとして体制変化の必要性を強調する「民衆協定」(People‘s Agreement)を採択したが、北米・ヨーロッパ・中南米・アジア・アフリカの気候正義運動の組織の多数がこれに支持を表明した[20. イ・ジヌ「気候変化世界民衆総会(CMPCC)の結果および示唆点」『ENERZINE FOCUS』13号、2010.5.18、6~13頁。] 。緑色ケインズ主義の戦略に関する気候正義運動の批判も順次大きくなっていった[21. Sean Thompson, “The Limits of Green Keynesianism,” Climate & Capitalism, 2018.10.9.] 。一方、一部では「正しい転換」が政治経済体制の変化を追求する一つの過程になりうるように、グリーンニューディールも脱資本主義に向かう転換期的プラットホームになりうるだろうという見解も提起された[22. David Schwartzman, “Green New Deal: An Ecosocialist Perspective,” Capitalism Nature Socialism 22 (3), 2011, pp.49-56.] 。その土台には、1930年代のルーズベルト政権のニューディール政策の展開を、大恐慌の危機に対抗して資本主義体制を安定化させようと考えた「上からの改革」であるというレベルだけで理解するよりは、これを圧迫した急進的失業者運動と労働運動の脈絡もともに考慮されるべきだという認識が底辺にあった。グリーンニューディールが、化石燃料資本に対抗する労働・環境・原住民・女性連帯闘争の場を作り、資本主義体制に対する非市場的な生態社会主義の介入機会を提供しうる潜在力を看過してはならないというものであった。

 グリーンニューディールを、緑色成長の枠組を越えて体制変化の契機として専有する政治的実験は、アメリカの緑の党によって初めて試みられる。2012年と2016年の大統領選挙で緑の党候補ジル・スタイン(Jill Stein)は、アメリカ社会の緑色転換の方案としてグリーンニューディールを公約として掲げた[23. ジル・ステインの演説”A People’s State of the Union: A Green New Deal for America,” 2012.1.25.] 。スタインの公約は、以前のグリーンニューディールと同様に、緑色景気浮揚策と雇用創出を追求したが、これを政治・経済・社会全般の改革につなげるという点で異なるアプローチであるといえる。緑色経済への転換の推進を、雇用・労働・保健医療・教育・住居・エネルギー基本権と公平租税を保障する「経済権利章典」(Economic Bill of Rights)の施行をはじめとして、連邦準備銀行の国有化を通じた通貨政策の民主的統制、大型銀行の解体、金融・産業分離の回復、不良銀行の公的救済金融の禁止、住宅と学生ローンの減少を含む金融制度の改革、また国防予算の50パーセント縮小などと連動するものであった。また、緑色公共投資によって創出される富が、当該共同体の労働者や住民に帰属するようにして、エネルギーの生産と消費を公的所有と民主的統制の下に置くようにした。脱資本主義を明確に標榜しているわけではないが、アメリカ資本主義の政治経済体制の大々的な改革を要求するものであった。この公約は、しかし、具体性が欠如したうえに、少数党に対するマスコミの無視で、大きく世間の注目を集めることはなかった。

 2016年のアメリカ大統領選挙の局面において、気候危機への対応を政治経済体制の急進的改革とつなげ得るという期待を呼び起こしたのは、むしろ無所属の上院議員であり民主的社会主義者であるバーニー・サンダースの民主党大統領選の候補キャンペーンであった。少数のための略奪的経済と企業権力に捕らえられた既得権政治を打破する「政治革命」をスローガンとして掲げたサンダースは、ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)が選挙戦で圧勝するだろうという予想をくつがえして突風を引き起こした。彼は気候変化のイシューにも、化石燃料補助金、キーストーン送油管建設、水圧破砕(fracking)採掘と国有地化石燃料採掘などに反対することによって、親企業的な新民主党グループを代表するクリントンと明確に異なる姿を示した。サンダースの気候変化公約は、環境正義運動陣営および気候危機に対応する運動団体「350.org」と協力して議会に提出したエネルギー関連法案にもとづいており、したがってビル・マッキベン(Bill McKibben)など様々な環境運動の人々が彼を公開的に支持したのは自然なことであった[24. 主要法案の例をあげると次の通りである。End Polluter Welfare Act (2012), Clean Energy Workers Just Transition Act (2015), American Clean Energy Investment Act (2015), Climate Protection and Justice Act (2015).] 。しかし、公約よりもさらに波及力があったのは、サンダース・キャンペーンが化石燃料資本の貪欲を強く叱責し、既得権政治と経済の根源的変化を粘り強く叫んできた点、「環境正義」と「正しい転換」を強調した点、そして草の根社会運動の組織化にもとづいているという点であった。これは気候正義運動をはじめとして、民衆指向的な社会運動活動家に相当な訴求力を発揮し、逆に彼らの運動が活性化することにも寄与した。一例としてサンダース・キャンペーン以前に6千人余りに過ぎなかったDSAの会員数は、その後3年余りの間に十倍近くに増えた。

サンダース・キャンペーンの余波は、DSA会員としてそれに積極的に参加したオカシオ=コルテスが、原住民らの送油管反対闘争を支援する気候正義行動に出て、その後下院に進出して、サンライズ運動とともに「環境正義」と「正しい転換」に立脚したグリーンニューディールを進めるに至ったことにもよく現れている。もちろん先に言及したように、このグリーンニューディール決議案は政治的な理由で水位の低いものとなった。やはり、サンダース・キャンペーンで活動し、オカシオ=コルテスの当選後に彼女を補佐したサイカット・チャクラバルティ(Saikat Chakrabarti)は、自分たちの構想が気候問題の解決に限られたものではなく、「経済全体をどう変えるべきか」に関するものであったと語る[25. David Montgomery, “How Saikat Chakrabarti became AOC’s chief of change,” Washington Post Magazine 2019.7.10.] 。だが、結局そこまで進むことはなかった。議論の初期に否定的に評価された核発電、二酸化炭素捕集・保存技術、地球工学(geoengineering)なども、最終案の再生可能エネルギーから除外されることはなかった。北米の気候正義運動で活発に活動してきた「原住民環境ネットワーク」(Indigenous Environmental Network, IEN)がオカシオ=コルテスのグリーンニューディールに支持を表明しながらも批判的な意見を出したのはそのためである。IENは再生可能エネルギーの不明確な範囲の他にも、決議案が温室ガス「ネットゼロ」(net zero)排出を目標にして、生態系の復元と保護を二酸化炭素の除去と結びつけているのは、炭素排出権取引制の正当化につながらざるを得ないと批判した[26. Indigenous Environmental Network, Talking Points on the AOC-Markey Green New Deal (GND) Resolution, 2019.2.7.「ネットゼロ」(net zero)排出とは、一国家または地域において温室ガス縮小の活動とともに炭素排出権を購入したり、山林の録化による温室ガス吸収を山林炭素排出権(forest carbon credit)の形で取引するなどの方法を通じて、名目上の炭素排出量をゼロにすることを意味する。] 。

このような気候正義運動陣営の批判は、2020年の民主党大統領選候補の選挙戦に再度出馬したサンダースが、2019年8月に発表した「グリーンニューディール公約」に大幅に受容される。サンダースのグリーンニューディールは、16兆3千億ドルに達する公共投資を通じて、2050年までにすべてのエネルギーを100パーセント再生可能エネルギーに切り替え、2千万の新たな雇用を創り出し、アメリカ経済の脱炭素化を達成することをうたっている[27. バーニー・サンダースのホームページ「グリーンニューディール公約」参照(2020年1月10日検索)。] 。世間の関心はその野心に充ちた目標と規模に集まっているが、重要なのはこの案が2008~2009年に提示されたグリーンニューディール方案と内容的に大きく異なるという点である。サンダースのグリーンニューディールは、まず「ネットゼロ」炭素排出でない完全な脱炭素化を指向しており、炭素排出権取引制を受け入れていない。市場主義的偏向で汚染者(polluter)でない一般大衆、特に低所得層に不公平な負担を与えうる炭素税も導入しない[28. 炭素税に対する批判としては、Matt Huber, “The Carbon Tax is Doomed,” Jacobin 2016.1.9を参照。] 。代わりに化石燃料補助金を撤廃し、化石燃料産業と投資家の収入および資産に対する税金を大幅に引き上げ、脱炭素化転換の負担を、汚染を提供した資本に負わせる。また、エネルギーの私有化による公共性の毀損を阻むために、グリーンニューディールを通じた再生可能エネルギーの生産はすべて公的所有にして、送・配電の場合も、地方自治体や協同組合などによって公的に所有された企業が優先的に担うようにして、エネルギーに対する民主的統制を強化する。同じ理由から、再生可能エネルギーの開発も、私企業の投資に対する財政的インセンティブを活用せずに、直接的な公共投資として進める。核発電、二酸化炭素の捕集・貯蔵技術や地球工学を、「持続可能でない」(non-sustainable)エネルギー、すなわち「偽りの解決法」(false solutions)として明示し、炭素排出低減に対する技術中心的なアプローチとは明確に一線を引いている。

「環境正義」と「正しい転換」もより一層鮮明となりその幅も拡大した。グリーンニューディールは「気候政策だけでなく、社会的・人種的・経済的正義を進展させることによって、歴史的不正義と不公正を根絶する機会」であるという点が強調される[29. バーニー・サンダース「グリーンニューディール公約」(前掲)。] 。化石燃料産業から新しい職場に移らねばならない労働者らには、雇用連係、無償大学教育を含む再教育・再訓練、移住支援、医療保険および住宅支援などが提供され、転換過程で脱産業化される共同体には再生事業とインフラ投資が支援される。グリーンニューディールによって創出されるすべての新しい雇用は、労働組合の結成が保障され、サンダース・キャンペーンが別途に進める「作業場の民主主義計画」(The Workplace Democracy Plan)によって、より一層強化された労働権を享受することになる。その他に、低所得労働者、有色人種、原住民など、構造化された不平等で、気候変化の被害に最も脆弱な状態に置かれている「最前線」(frontline)共同体のための対応も強化された。何よりも、グリーンニューディールの施行と関連した主要な意思決定に対して、彼らが参加できる権利を認めている。最前線共同体の雇用、共同体再生と防災インフラの構築のために、「気候正義復元力基金」(Climate Justice Resiliency Fund)も設置される。特記すべき点は、サンダースのグリーンニューディール案において、「経済成長」と「GDP」という表現が一度も使われていないという点である。「経済発展」も、最前線共同体をはじめとして、転換の過程で被害をこうむることになる、地域共同体の経済的安定のための支援と投資を意味するものと規定される。

要約するならば、サンダースのグリーンニューディールは、労働者、有色人種、原住民など民衆の参加が拡大するなかで、社会・経済・環境正義と生態的持続の可能性に優先的価値を付与し、炭素排出取引制、炭素税など、生と生存、自然の商品化を助長する市場基盤メカニズムを活用せず、汚染者(化石燃料資本)が汚染負担を商品価格に賦課するのではなく、自らそれを負うように強制し、エネルギーの公的所有を拡大して、私企業の投資に対する依存度を減らすことによって、脱炭素化過程、またエネルギーの開発、生産および流通を、資本の支配から脱却させる急進的な試みとして、気候正義運動が追求してきたことと符合する面が大きい。ケインズ主義的政策やポスト・ケインズ主義の現代貨幣理論(Modern Monetary Theory)による緑色量的緩和(green quantitative easing)などが部分的に活用されうるだろうが、炭素還元主義を受け入れて緑色成長を指向する緑色ケインズ主義の景気浮揚策とは明確な違いがあるのである[30. サンダースがグリーンニューディールの財政の一部のために現代貨幣理論を活用する計画なのかは確かではない。ただし、現代貨幣理論の先駆者の1人であるステファニー・ケルトン(Stephanie Kelton)が、2016年のキャンペーン当時、経済諮問として彼女は、オカシオ=コルテスのグリーンニューディール財政を現代貨幣理論で解決できると主張したことがある。Stephanie Kelton, Andres Bernal, Greg Carlock, “We Can Pay For A Green New Deal,” Huffington Post 2018.11.30.] 。この企画が、アメリカ緑の党が試みたものと似ているように、普遍的な国民健康保険、公立大学の無償教育、「作業場の民主主義計画」「21世紀の経済権利章典」「公共住宅のためのグリーンニューディール」(Green New Deal for Public Housing)、大型銀行と巨大情報技術(Big Tech)企業の解体、金融・産業分離の再導入などと並行して進められていることもきわめて重要な点である[31. バーニー・サンダースのホームページの公約参照(2020年1月10日検索)。] 。しかし、もしかしたら最も重要なのは、サンダースが、草の根社会運動の組織化と下からの圧迫なしでは、このようなグリーンニューディールが可能でないことを再三強調している点である[32. 最近、グリーンニューディールの議論の急浮上で重要な役割を果たしたジャーナリスト・作家ナオミ・クライン(Naomi Klein)も、資本主義政治経済体制の変化を指向するグリーンニューディールが可能になるためには、草の根社会運動の活性化が必須であると主張する。彼女は現在、サンダースの大統領選候補選挙戦キャンペーンを助けている。Naomi Klein, On Fire: The (Burning) Case for a Green New Deal, Simon & Schuster 2019参照。] 。そのような面で、即刻、体制変化をもたらすことはなくても、気候危機に対応すると同時に、搾取的・抽出的な成長中心の資本主義政治経済体制から、ポスト成長、脱資本主義へと進む転換期的な戦略としての可能性を担保すると見ることができる。

 

 

4、ふたたび、いかなるグリーンニューディールか?

 

 グリーンニューディールを、単にもう一つの緑色ケインズ主義の景気浮揚策や緑色成長企画でなく、それと差別される進歩的な脱炭素化への転換方案として再構成しようとしたオカシオ=コルテスとサンダースの実験は、緑色成長を主張してきた人たち、気候正義運動、生態社会主義グループ、もう少し最近では脱成長論者らの間でも少なからぬ反響を呼び起こした。2016年の民主党大統領選候補の選挙戦でサンダースを支援したポーリンは、オカシオ=コルテスとサンダースのグリーンニューディールがきわめて多くの内容を一度に解決しようとする非現実的な試みであると批判し、自らの緑色成長と雇用創出中心モデルを擁護する 。彼はまた、エネルギーの公的所有が常に肯定的な結果をもたらしたわけではないと強調する 。反面、DSAの生態社会主義ワーキンググループとイギリスの「グリーンニューディールのための労働党」(Labour for a Green New Deal, LGND)のキャンペーングループは、サンダースのグリーンニューディールの方向を支持するなかで、エネルギーの生産と消費、交通と水資源インフラなどに対する公的所有と民主的統制をより一層強化する「(生態)社会主義グリーンニューディール」が必要であると力説する 。脱成長論者のヨルゴス・カリス(Giorgos Kallis)は、オカシオ=コルテスのグリーンニューディール決議案を肯定的に評価しながら、その意味が大きな理由は、ポーリンが主に主張してきた緑色成長中心のグリーンニューディールモデルから脱却しているためであると説明する 。これは一方で、ポーリンが脱成長論を批判しながら、自らの緑色成長中心のグリーンニューディールモデルこそが気候危機に対する実質的代案であると主張したこと に対する反論でもあった。カリスは、ポーリンのアプローチと差別されるオカシオ=コルテスの試みが示すように、グリーンニューディールは成長至上主義に束縛されない可能性もあり、またそうするべきであると主張する。

 このうちどの立場が妥当なのか? 簡単に答えられる問題ではない。冒頭で言及したように、気候危機を引き起こす主原因が何か、資本主義体制の問題をどう見るべきであり、それに対してどう対応すべきなのか、最大の障害は何であり、どう打開していくことができるのか、などによって、グリーンニューディールに対する理解とアプローチも変わらざるを得ない。問題は、ケインズ主義的な景気浮揚策にもとづく緑色成長と、これを通じた雇用の創出をグリーンニューディールと等値させる傾向があまりにも強いというところにある。だとすれば、「イギリスの「グリーンニューディール」の急進的議論ですら、成長指標としてGDPを金科玉条と考える」 ような、現実とまったく異なる誤解が発生する。LGNDが刊行したグリーンニューディールに関する9つの文書のうち、GDPが言及された唯一の部分は、GDPの持続的な増加にもかかわらず、イギリス経済が生産性の危機に直面しているという内容なのにである。国内の条件だけのせいにしているのではない。世界的にその権威が認められる進歩的雑誌『ニューレフトリビュー』(New Left Review)が「緑色戦略に関する討論」(Debating Green Strategy)特集の一環として、グリーンニューディールに関する論文を依頼した筆者がまさにポーリンであった。最近の気候正義運動が支持しているグリーンニューディールの方向とは異なり、緑色成長と雇用創出中心のモデルを説明してきた彼が、グリーンニューディールの立場を代表して脱成長論を批判し論争を行っているのだから 、読者らが混乱に陥るのは、もしかしたら当然のことかもしれない。カリスは『ニューレフトリビュー』に掲載されたポーリンの論文によって、「脱成長vsグリーンニューディール」という不必要な構図が作られたと批判し、彼が説明するのと異なり、「脱成長とグリーンニューディール」として両立させることはいくらでも可能だと強調する 。

 グリーンニューディールを、緑色ケインズ主義の景気浮揚策とこれを通じた雇用創出と等値させてしまう状況こそは、気候危機と気候不平等に対抗するために、その危機と不平等を発生させる搾取的・追放的な資本主義政治経済体制を変化させるために、急進的なグリーンニューディールを模索しようとする人々には最も大きな障害物である。四大河川事業と核発電を緑色産業に豹変させた李明博政権の緑色成長政策が、「低炭素緑色成長」に対する意味ある議論をしばらく困難なものにしたように、グリーンニューディールがまた異なる緑色成長論として理解されてしまう瞬間、急進的なグリーンニューディールに関する真剣な討論は深刻なまでに制約されざるを得ない。そしてこれは「気候変化でない体制変化」(System Change, Not Climate Change)、「利潤よりも民衆と地球を」(People and Planet Over Profit)のような気候正義運動の核心スローガンが持つ意味まで、脱色させるおそれがある。

 折よく先日、正義党と緑の党が、総選挙の公約でそれぞれ「グリーンニューディール経済戦略」と「グリーンニューディール」を発表した。あわせて民主党もまもなくグリーンニューディール公約を発表するだろうという知らせもある。おそらく大部分のマスコミは、炭素の排出をいつまでにどれくらい縮小するのか、あるいは自動車の電気化をいつまでにどれくらい進めるのか、というような部分に集中するだろう。もちろんこれもまたきわめて重要なイシューだが、この論文で強調しようとしたように、さらに核心的なことは、いかなるグリーンニューディールかを問うことである。それによって、炭素排出の縮小と自動車の電気化問題にアプローチする方式、そしてそれが意味するところ自体が変わるからである。したがって問いを投げかけるべきである。あなたたちのグリーンニューディールはいかなるグリーンニューディールなのか? 炭素還元主義から脱しているのか? 緑色成長論に閉じ込められているのではないか? 技術官僚主義に陥っているのではないか? 資本主義政治経済体制の変化を指向するのか? ならばそれをどう盛り込むのか? 気候の不平等にみられる社会・経済・環境の不平等をどう理解し、また対処しているのか? 草の根の社会運動はどこにあるのか? 「正しい転換」を雇用、補償と救済の提供のレベルで制限しているのではないのか? エネルギーの公的所有と民主的統制はどう達成されるのか?――必ずや語られるべき問いである。「グリーンニューディールの意味をめぐる戦闘」 を始める時である。

 

〔訳=渡辺直紀〕

 

 

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