先制攻撃の迷信、21世紀の野蛮/徐載晶 [2022.03.30]

 

 「攻撃は多くの場合に……最も確実な防御手段である」。
 1799年6月、ジョージ・ワシントンはジョン・トランブルに手紙を送って嘆息した。この「自明の真理」を米国人に納得させることは容易ではないというのだった。当時、米国はフランス海軍と散発的に衝突し、相手国の商船を捕獲する宣戦布告なき戦争、「擬似戦争」を行なっていた状況で出たタメ息だった。

 

 フランス革命後、革命勢力とヨーロッパの君主らの同盟の間で行われた戦争に巻き込まれないために中立を宣言したが、イギリスの圧迫により結局はフランスと戦争ではない戦争をしていた米国だった。それでも、ワシントンは現職大統領ではなくて幸いだったというか。米国は戦争拡大を避けた。1800年にはモルトフォンテーヌ条約を締結して事態を円満に解決させた。3年後にはルイジアナ領土をわずか1500万ドルで購入し、一夜にして領土を2倍に増やしもした。ワシントンの言葉とは異なり、攻撃しなかったために戦争も避けられたし、広大な領土をほぼタダで得ることもできた。

 

 約百年後は、とても多くの人々がこの「自明の真理」を信じて支障をきたした。「攻撃は最善の防御だ」。アルフレート・フォン・シュリーフェンドイツ帝国軍元帥が初めて使ったと知られるこの言葉を、ヨーロッパの多くの指導者が信じていた。ドイツ帝国軍の参謀総長だったヘルムート・フォン・モルトケ将軍も、戦争史学者で当代最高の人気作家として「戦争は神聖な業務」だと説破していたフリードリヒ・フォン・ベルンハルディもこれを信奉した。ジョゼフ・ジョフルフランス軍元帥も同様だった。「フランス軍隊は攻撃以外の他の法則を知らない。それ以外の他の概念は戦争の本質に反するものとして排斥すべきだ」。イギリスもロシアも同様だった。当時ヨーロッパのすべての指導者、軍事戦略家は攻撃の優越性にわずかな疑念も抱かなかった。

 

 第一次世界大戦を触発させたシュリーフェン・プランは、こうした確信の下で作成された。ドイツの作戦計画は精巧だったが、その出発点はフランスに先制攻撃を加えた上でロシアを叩けば勝利するという迷信だった。フランスも有事の時は先制攻撃するという戦略を採択し、ロシアも素早く軍隊を動員して先手を打とうとした。すべての主なヨーロッパ国家がこうした迷信に捕われていたために、突発的な状況が発生するや、先制攻撃のための軍事動員が連鎖的に起こり、この闘いは収拾できない程に拡大して世界大戦へと転化した。誰も願わなかったが、誰も中断させられなかった。

 

 攻撃が防御よりも有利という迷信は、1980年代米国の国際政治学者の主要な研究テーマになった。ジャック・スナイダー、スティーヴン・ヴァン・エヴェラのような錚々たる学者が、第一次世界大戦の原因を研究した論文で「攻撃の迷信(cult of the offensive)」を指摘した。当時、米国の学者はなぜこれに注目したのか。1980年代にレーガン大統領が登場して先制攻撃ドクトリンが勢いを増しはじめたのが、その背景である。1970年代までは米・ソがそれぞれの核兵器で「恐怖の均衡」に至り、相互に抑制する態勢を維持していた。しかし、1980年代になってレーガン政権は“スター・ウォーズ”というミサイル防御体系を構築しはじめた。ソ連の核報復の可能性を除去し、米国を安全にするという名分だった。それで、ソ連による報復の可能性が完全に封鎖されれば、米国は憚ることなく「先制攻撃」をしかけられるようになる。そうなれば、ソ連も黙っていられなくなる。先制打撃の能力を確保するための軍備競争と危機の相乗を招いた。スナイダーとエヴェラらは、この迷信に米国とソ連が陥れば、第一次世界大戦をはるかに上回る悲劇を招きうることを警告しようとしたのである。

 

 野蛮の時代だった20世紀が終わって20年もたったが、「先制攻撃の迷信」は依然として世に横行している。まず米国のジョージ・ブッシュ政権が21世紀を先制攻撃で切り開いた。大量殺傷兵器を事前に除去するとしてイラクに侵攻し、テロリストを除去するとしてアフガニスタンに侵攻した。ヨーロッパで北大西洋条約機構(NATO)を拡大しつづけ、その東端にミサイル防御体系とミサイルを配置してロシアに先制的に打撃を与える能力を追求してきた。バイデン政権になってもミサイル防御体系と超音速ミサイルなど先制攻撃能力を向上させる兵器体系を開発しつづけ、生産している。核兵器の先制使用はしないとしたバイデン大統領の安保公約は、最近核兵器の先制打撃は可能という「戦略的曖昧さ」へと急転換した。その上、連日ロシアのプーチン大統領を「戦犯者」「虐殺者」と非難した末に、「この男を権力の座に残し続けてはいけない」と政権交代を示唆する発言で波紋を広げている。

 

 中国の習近平政権も焦っている。時間がたつほど台湾との統一は難しくなり、領土完整の夢が遠のくと憂慮しているからだ。その憂慮は戦略的不均衡にも根ざしている。中国は核戦力で米国にずっと遅れている。だが、米国が戦略兵器の圧倒的な優位に頼って台湾独立勢力に力を与えているので、自らも戦略的軍事力を拡張すべきだと考える。こうした認識により、中国は核戦力を拡大すると同時に軍を現代化し、少なくとも局地的な先制打撃が可能な能力を確保し、今までの「最小なる核抑制」戦略から離脱し、領土完整を可能にする戦略的環境の造成を追求している。

 

 ロシアのプーチン政権は先制攻撃を実行に移した。もちろん、軍事作戦を計画通りに遂行するのに多大な困難を経ているが、ウクライナを廃墟にして人道的な危機状況を生みだすには十分である。コピー戦略があるとすれば、こういうものではないか。警告状をもらったヨーロッパは、むしろ「身体づくり」を始めている。ヨーロッパで「先制攻撃の迷信」が復活しているのだ。

 

 コリアでも南と北がともに20世紀の迷信を追っている。「先制打撃」を公言していた尹錫悦大統領当選者だけではない。実は、文在寅政権も板門店宣言と9・19南北軍事合意にもかかわらず歴代並みの軍事費拡大を続け、「3軸体系」という名前を変えただけで先制打撃能力を構築していた。ただ、文在寅政権が「力を通じた安保」をコリア平和プロセスと同時に推進する矛盾をついに克服できなかったとするならば、次の政権は「力を通じた安保」だけを追求する態勢である。2018~19年米朝首脳会談の決裂にもかかわらず、核兵器・ICBM実験を実施しなかった北も手をこまねいていたわけではなかった。その結果の一つを、何日か前にお披露目しただけであり、今後はより示してくるだろう。昨年10月までは、「我々の主敵は戦争それ自体」であり、軍事力の目的は自衛だとしていた金正恩総書記も「火星17号」発射後は発言がより強硬になった。「真の防衛力は強力な攻撃能力」だと。シュリーフェンの発言とそっくりだ。

 

 いま私たちは朝鮮戦争を終結させ、平和体制と非核化を達成するという目標が純真だと思える状況へと突進している。コリアだけでなく、世界の目が血走っている。みんなが先制打撃を追求し、そういう力を育てている。先にこぶしを振り回すことが頻繁になり、それを制御する制度と道徳律が力を失っている。そうなるほど、「先制攻撃の迷信」が世界の信仰になっていく。
 「野蛮の時代」は繰り返されるのか。一度は悲劇で、再びはより大きな悲劇で。

 

 

徐載晶(ICU政治・国際関係学科教授)

翻訳:青柳純一