民主主義、成長論理、農的循環社会

特集│韓半島における近代と脱近代

 

 

 
金鍾哲 (キム・ゾングチォル) jckim@greenreview.co.kr

 

『緑色評論』の発行・編集人。前嶺南大学校英文科教授。著書に『詩と歴史的想像力』 『詩的人間と生態的人間』 『ガンジーの糸車』、訳書に『私たちは経済成長がなければ豊かでなくなるのか』などがある。

多くの人にとって去る12月の大統領選は、甚だ困った選挙であった。実際、選挙結果は多くの有権者が最初から投票場に行かなかったり、投票をしたとしても仕方なく誰かに票を投げたということを示している。従って今回のような選挙を通じて誰かが当選されたとしても、それをまともな民意の反映だとは言いにくい。そう言うのは深刻な言語歪曲だと言わざるを得ない。もっとも、たとえ30%の得票率ではあるものの、相手候補に比べては圧倒的な票を得たのだから自分が国民から大幅な支持を得たというふうに錯覚するのも無理もないかもしれない。

そのせいか、まだ新しい政府が構成されていないにも関わらず、いわゆる引き受け委員会が新しい政策案だといって出したものを見てみると、すべてが文字通り、畏れるところなしの専制権力でなければ敢えて想像もできぬ内容で貫かれている。いざ選挙直前にはこっそりと尻尾を巻いたように見えた、いわゆる大運河プロジェクトは、様々な論理的矛盾が暴かれているにも関わらず強行される勢いであり、両極化を更に深化するに決まっている財閥中心の経済政策が公然と提示されるかと思ったら、遂に韓国人が自分の国で自分の子供を教育するのに韓国語を捨てて外国語を選ばなければならないという、奇想天外の「英語公教育」たる政策が云々されるまでに至った。気になるのは、このようなアイデアを国家政策だと出している人々の精神構造である。しかし、それより深刻な問題は、実際に行われるのかどうかはさて置き、実に常識外れのこのようなプロジェクトを、いくら反対世論があるにしても「ゆるぎなく」強力に推し進めるといった姿勢を露骨に闡明している権力の傲慢な姿である。これは明らかに民主主義については何ら関心のない専制的な発想だと言わざるを得ない。

 

 

今の時点で考えてみるべきなのは、いわゆる「民主化以後」の時代という去る20年間、私たちが民主主義に対して楽観しすぎた態度で過ごしてきたのではないかということである。私たちはもう「民主化」は成し遂げたのだから、次の課題は「先進化」だと思っていたかもしれない。しかし、去る20年間が果たして正しい意味での民主主義社会であったかは暫し不問に付して、今現在、権力の独走を牽制できるほどの政治的対抗勢力が事実上、没落の危機に追いやられている状況下で、私たちはこのような危ない事態が民主主義に対する私たち自身の安易な認識に――部分的であれ――起因したものでないか、省みる必要がある。直選制のみ勝ち取れば、クーデターのみなければ、それから定期的に投票場に行って仕切りの中で何の干渉なしに判を押すことができれば、それが民主主義だと私たちは思っていたのではないか。考えてみると、ヒトラーも、ナポレオン3世も選挙によって登場した専制権力だという厳然たる歴史的事実を、絶え間なく思い起こす必要があったにもかかわらず。

 

もっとも、統治権の行使という名の下、世論――特に社会的に弱者たちの意見――を容易く無視するのは、「民主化」以後の政府でも痼疾的な習慣となってきた。おそらく最も代表的なのは、自分の政治的支持基盤を酷く傷つけるまで韓米FTAを推し進めた盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の場合であろう。韓米FTAは社会的弱者と自然環境を保護できる最後の合法的な手段さえも剥奪するかもしれないという点で、李明博(イ・ミョンバク)の大運河に劣らない暴力的企画だというのが、多くの説得力のある良心的証言によって、また他の国々の例に照らしてみて充分明らかになったといえる。それだけでなく、この協定に対する草の根による反対の声は、少しでも民主主義の原則を重んじる権力であれば決して無視できないほど、切実で強烈なものであった。それにも関わらず、民衆が自分の運命を決定する過程に関与できる最小限の権利さえ嘲り、盧武鉉はとうとう自分の意地を通して協定締結を完了した。それによって「参与政府」はこの国の民主主義の土台が、どれ程ひ弱なものなのかを示した。今日、私たちの民主的力量は独り善がりな権力の横暴を防げるほど、手堅いものではないという、認めたくない真実が露わになってしまったのである。

 

今更私たちが再び民主主義の危機云々するのも滑稽なことかもしれない。去る20年間、「民主化以後」の時代全体にわたって、民主主義が一度でもまともに実現されたことがあったのか疑わしいからである。寧ろ自体は段々悪化してきたと思うのが正しい判断であろう。「参与政府」による韓米FTA締結は、恐らくそのような趨勢の中でこの国の民主主義の後退を知らせる決定的な信号だったかもしれない。

 

だとしたら、民衆の立場から見る際、たとえ今、政権交代がなされ、執権党が変わったとしても、それは権力エリートたちの名前が変わっただけで、実質的に変わったことは何もないと言わざるを得ない。過去、民主化運動を行った人々の相当数が去る10年間、政府や執権党に入り活動したといって、彼らの属する政党あるいは政派が今回の選挙で敗北したことをもって「進歩陣営」の敗北云々することは実におかしいことだと言わざるを得ない。なぜならば周知のように、彼らは既得権の勢力とは些細な局面で、要らぬ政治闘争を繰り広げながらも、民衆生活のより根本的な次元、すなわち社会経済的な政策の方向では完全に意気投合して、エリート中心のグローバルー市場経済システムの外には「代案がない」という信念に屈従してきたし、その延長線上で韓米FTAを受け入れたのである。

 

残念なことは、反民衆的な新自由主義の経済論理に抵抗してきた唯一の政党といえる民主労動党も、今回の選挙で惨敗を免れ得なかったということである。私には民主労動党の敗北の原因が何なのか正確に推し量れる政治的見識がない。しかし、その敗北の主な要因が民主労動党自身の内部にあると見なす観点には同意しにくい。最近、連日報道されているように、民主労動党が自己刷新の必要とその方法をめぐって深刻な内紛に巻き込まれているということは周知の通りである。この紛争の結果、甚だしくは民主労動党自体が解体されてしまう可能性も高いという憂慮の声も聞こえる。しかし、民主労動党の内部的な問題が具体的に何であれ、明らかなことは今回の大統領選における惨敗の原因を民主労動党自身の限界にだけ求めることはできないということである。勿論、民主労動党がより手堅い内部構造を取り揃えて、有権者たちにより信頼できる党として見なされたとしたら、今よりもっと多くの支持を確保できたに違いない。しかし、もしそうだとしても民主労動党のそのような成功は極めて限られた水準を越えるものではなかっただろう。なぜならば今現在、この国の大多数の大衆は「国益」または「国家競争力」という罠にかかって、自分にとって真の利益とは何なのかを認識するのに、激しい混乱に陥っているように見えるからである。

 

社会経済的な両極化現象が深化していく状況下では、「進歩的」価値が圧倒的な多数によって支持を受けるのが当たり前であろう。しかし、残念ながら今日における実際の状況は、周知のようにその反対である。今日、韓国社会では進歩的価値について話し、民主主義について語ると、嘲笑われるだけであるという認識が幅広く広がっている。実際、「民主化以後」の時代に失望した大衆の間では「民主主義で飯が食えるのか」という冷笑主義がすでに広範囲に広がっているというジャーナリズムの報告が出て久しい。このような報告をよく引用する識者たちは、いわゆる民主勢力の執権期間中に大衆的な貧困現象が改善されるところか、却って貧富の格差が深化することによって、大衆が民主主義や「進歩的」理想に対する信頼を失ってしまったというふうに解釈してきた。勿論このような解釈が必ずしも間違っているとはいえない。しかし、今日の大多数の韓国人が本当に民主主義を望んでいないというのは真実なのか。「民主主義で飯が食えるのか」という冷笑的な態度は、もしかしたら、より真正の民主主義に対する、より深層的な願望の歪められた表現ではあるまいか。

 

考えてみると、今日の大衆的消費水準は決して低いものとはいえない。いくら貧困が問題だといっても、今の絶対的な窮乏のために、金になることなら道徳も倫理も民主主義もすべて弊履の如く捨てるということではなかろう。経済的な貧困が民主主義を塞ぐ主因だと見るのは、よくあるお決まりの観点であるが、考えてみるとこれより危ない観点もないといえる。近代教育を受けた知識人たちは、「中産層がなければ民主主義もない」というバーリントン・ムーア(Barrington Moore)の有名な言葉にやたらに同調する傾向があるが、この場合、「民主主義」とは西欧近代の所産である自由主義的代議制民主主義を指しているということを見逃してはならない。このように民主主義を狭い意味に限る際、その必然的な結果は近代以前の西欧世界を含め、世界の多様な地域の、草の根の民衆社会で長く続いてきた様々な形の実質的で活力ある民主主義を無視する、危ない偏見に陥りやすい。危ないというのは、そのような偏見では真の民主主義社会に対する展望そのものが不可能となってしまうからである。

 

民主主義とは、簡単に言って、民衆が自分の生を自ら治めるということを意味する。従って、真の民主主義の成立に何よりも必要なのは、民衆が主体的な生を営める自立と自治の条件である。要するに、奴隷の生を強いられないための根本的な条件を取り揃えるべきだということである。このような角度から見るとき、人々がよく信じているのとは違って、経済成長は民主主義の発展に少しも役に立たないといえる。経済成長は資本主義的な社会関係の深化・拡大を意味するものであり、従ってそれは益々民衆の自治・自立の力量を根源的に毀損し、不平等な社会的関係を限りなく拡大再生産する。これは極めて単純明瞭な事実である。それにも関わらず、人々は――特に近代教育を受けた知識人たちは――このような事実を認めず、常に一定の経済成長が民主主義や人間らしい生活に必須的な前提条件だと思っている。そうやって彼らは民主主義を今すぐ民衆が享受すべきで、享受できる当然の権利としてではなく、いつか与件が熟するのを待たなければならない問題として見なす。その結果、彼らは意図であれ意図せざるものであれ、民衆の自治と自立という理想の実現可能性を、絶え間なく未来の、ある地点に延ばす「奴隷所有主」の政治哲学に同調するのである。

 

勿論、貧困が問題でないということではない。大事なのは、今日の人々がよく言う「貧困」とは何を意味するものかということを、もう少し細かく見てみる必要があるということである。確かに今も絶対的な貧困問題がないわけではなく、絶対的な貧困は至急解消されるべき問題だということは言うまでもない。また、安定的な職場を確保することが益々難しくなっていく今の状況下で、低所得層の生計が根本から揺れていることも、顔を背けることのできない問題である。しかし、私たちはこのような問題を含め、今日の多くの「貧しい」人々が感じる貧しさとは、生活に必要な物資やサービスの絶対的な欠乏そのものによる窮乏感というよりは、「生活の質」の劣悪感から来る苦痛を意味する可能性が高いということに注意する必要がある。たとえ物資やサービスが足りなくても、その欠乏が災いになるのを防いでくれる互恵的な人間関係の網があるならば、そのような欠乏は却って祝福にもなり得る。少なくとも西欧的近代資本主義文明の侵略と支配を受ける以前の殆どすべての土着社会における非近代的な生は、このようは互恵的な共同性に基づいていた。相互扶助の網の目が確立されているそのような共同体的土台の上で、人々は交わって共に働き、共に楽しみながら自立・自治の生を営むことができたのである。これがガンジーが繰り返して擁護した「村自治」(village swaraj)の伝統であり、韓国の農村共同体で、国家の抑圧のもとでも長い間綿々と続いてきた「トゥレ」の伝統である。歴史的にそのような自治の共同体こそ、真正の民主主義が実現され得る実質的な土壌となってきたことも大変興味深い事実である。これと関連して、わが国の伝統村における民主主義的生活方式についての千圭奭(チョン・ギュソク)の次のような言及は傾聴に値する。

 

 

 

農村共同体の時代の村を見ると、そこで暮らす人々の姿は大抵似てましたよ。勿論、同じ村に田を三十マジギ(斗落)持った人もいるし、二マジギ持った人も、一つも持っていない人もいて、持っているものの差はあったものの、それでも生き様には大きな違いはなく、みんな似たような暮らしをしてました。ある程度の経済的平等が民主主義の前提条件だとしたら、貧しかったというその時代が寧ろ今よりもっと民主的であったと言えるでしょう。そして、意思決定を行う過程の民主性もそうでしたよ。例えば、村で大小事を議論する洞会を開いたら、一日で終わることもあるが、懸案が解決されなかったら一週間も、一ヶ月も延ばされるんですよ。全員合意がなされるまで、毎日集まります。そのような民主主義が今どこにありますか。民主主義というものが底から、草の根から上がってくるものだとしたら、私はこの社会が益々民主主義から遠のいているように思われるよ。(座談 「朴正煕(バク・ジョンヒ)時代をどう見るべきか」、『緑色評論』 2004年 9-10月号)

 

 

 

ここで描かれている村の民主主義は、ある仮想のユートピアでもなければ、またそれ程昔のことでもなかった。それは千圭奭自身が青年の時代、農民として日常的に経験した、わが国の農民共同体の実際の現実であった。千圭奭はそのように同等の資格で村のことに主体的に参加した田舎の人々が享受していたような民主主義的な生が、今どこにあるのかと問うているが、実際、そのような民主主義は朴正煕の産業化戦略、上からの強圧的な開発、特にセマウル(新しい村)運動を通じて決定的に崩壊されたということは周知の通りである。世界どこでも同じであったが、資本主義の論理による開発主義と産業化が成功するには、何よりも互恵的な関係網を土台に生きてきた草の根たる民衆の生の方式と心性を、根底から崩すことが必要であった。そうやって近代化・合理化という名目を掲げて、人々の間を敵対的で競争的な関係へと転換し、排他的な成功のために手段や方法を構わぬ利己的で貪欲的な個人を大量で出現させることが急務であった。そして、そのような転換の過程は必然的に暴力を伴うようになっている。

 

ルイス・マムポード(LewisMumford)は『機械の神話』(The Myth of the Machine)の中で近代的産業化の最初の、そして最も典型的な形態の工場が石炭鉱山だという点を指摘しているが、これは近代産業社会の労働と生の本質的な性格を理解するに大変重要な暗示を与えてくれる。自然の道理を真正面から逆らって、日差しも風も風景からも遮られた地下の閉ざされた人工的空間に閉じ込められたまま、苦しい労役を自ら耐え忍べる人間は、この世の中で一人もいない。そのような労働は、そうにしてまで働かなければ生きるすべのない「マクジャン(坑道の突き当たりの面という意味)人生」がやむを得ず選ばなければならない非自発的な労働ということは言うまでもない。従って鉱山が近代的産業労働の原型だとしたら、近代化した労働とは本質的に強制労働だと言わざるを得ない。それはいかなる精神的高揚も審美的快楽も伴わない、苦しくてつまらない労役でしかない。それだけでなく、技術の発展によって作業過程が高度に機械化・自動化され、単純化するに伴って近代的労働過程は益々労働者から人間としての自由と個性を剥奪し、疎外感を深めさせる。

 

今日、高度に産業化した作業場で、それが生産現場であれ、事務室であれ、すべての労働者たちは益々抜け目の許されぬ官僚的統制システムのもとで主体的な人間としての生を否定され、機会の部品としての役割を強いられながら生きている。これは単に序列の低い労働者やサラリーマンの場合にだけ当てはまる話ではない。産業社会が強いる官僚的統制体系は、政府や企業経営者の命令によってではなくて、資本主義システムそのものの拡大再生産の論理によって強いられ、深化していくものであるから、どんな大企業の最高経営者だとしても彼が人間的に行動できる空間は大変狭いものでしかない。それを示す例として、「ユニオン カバイド」(Union Carbide)事件と、「エクソン バルデズ」(Exxon Valdez)事件で二つの企業の最高経営者が示した行動が挙げられる。「ユニオン カバイド」事件は、1984年、インドのボパル(Bhopal)で化学爆発によって2000名が死亡し、20万名が怪我をした事件であり、「エクソン バルデス」事件は、1989年、油送船のオイル流出によってアラスカ(Alaska)の野生地域が広範囲に汚染された事件である。事件が起こると、各会社の最高幹部は驚いて公式的に謝り、「ユニオン カバイド」の会長は自分の余生をこの間違いを償うのに捧げるとまで言った。しかし、彼らは、最初に言った発言をすぐ撤回した。なれならば、アメリカの法律によると、もしある企業が利潤追求を主な目的として活動しなければ、株主たちが経営陣を相手に株主の権利を無視したという理由で訴えることができたからである。両社の最高経営者たちは自分たちが最初、「過剰反応」をしたと述べた。(ジェリ・マンダー Jerry Mander 「悪い手品――テクノロジーの失敗」(Bad Magic: The Failure of Technology), The Sun 1991年11月号)

 

ジェリ・マンダー(Jerry Mander)が言ったように、最初、「人間として行動した」経営者たちが後で全く違った反応を示したのは、自分たちが「機械の一部分であり、機械の目的は人間の目的とは異なるということ」を悟ったからであろう。ここで言う、個人が人間らしく行動できる可能性を根本的に塞ぐ「機械」とは、言うまでもなく株主資本主義のシステムである。よく資本主義経済の飛躍的な発展に寄与してきたという「株式会社」というものを、企業の「社会化」の一つの形として理解する人々もいなくはないが、株主利益の極大化という目的に焦点が合わせられるしかない限り、そのメカニズムは実に恐るべき暴力のメカニズムであることは明らかである。

 

ところが、今は政府やすべての公共組織も企業のようになるべきだという圧力が日増しに高まっている。このような状況下で今日、作業場や職場内での民主主義が生きていることを望むのは不可能なことである。実際、「民主化」以後の韓国社会で自由民主主義という制度としての形式的民主主義は回復されたかもしれないが、人々の生で実質的に重要な意味を持つ日常生活と労働の場での民主主義は殆ど失踪されたり、酷く萎縮されたという見解に異議を唱えることは難しいだろう。これは勿論、韓国社会だけの問題ではない。韓国社会で特にこのような現象が目立って現れるとしたら、それはいわゆる「圧縮的近代化」によって様々な矛盾が集中化した結果であって、決して「前近代的な」韓国社会特有のいろんな「後進的」要因がもたらした結果ではないだろう。なぜかと言うと、私たちがよく信じているように本当の意味での民主主義を塞ぐものは「貧しさ」や「後進性」ではなく、むしろ高度経済成長の体制であるといえるからである。この点と関連して、私たちはかつて1906年、アメリカ旅行中にマックス・ウェーバー(Max Weber)の書いた手紙の中で見られる次のようなくだりに注目する必要がある。
 

 

今日の――今、アメリカに存在し、またロシアへ導入されている――高度資本主義と民主主義、または自由の間に、いかなる連関性でもあると思うのは、実にばかげたことです。しかし、この資本主義はわれわれの経済発展の避けられない結果であります。問題は、高度に発展した資本主義の支配のもとで、どうすれば長期的に自由と民主主義が可能であろうかということです。自由と民主主義ができるのは、ただ自分たちは決して羊のように支配されながら生きてはいかないという、一民族の断固たる意志が恒久的に生きているところだけです。(H. Gerth & C. Wright Mills, eds, From Max Weber, 73頁から再引用)

 

広く知られているように、マックス・ウェーバーは資本主義近代がなぜ西ヨーロッパにだけ勃興するしかなかったかを解明するのに大きく寄与した、優れた「ブルジョア」社会学者である。しかし、彼は晩年に近づくにつれて、近代的合理主義に基づいた資本主義体制が必然的に官僚的支配構造の強化へ進むしかないことに注目し、そのような状況で「魂のない機械」の生を生きていかざるを得ない近代的人間の運命に対して酷く悲観的となっていった。そのような点で私たちは高度の資本主義と民主主義の両立不可能性を明瞭に指摘しながらも、人々の「断固たる意志」が「恒久的に生きている」例外的な状況を仮定しているウェーバーの言葉から、むしろ彼のより濃い悲観主義が実感できる。官僚主義による抜け目のない管理、統制が行われるシステムの中で何人かの個人のレベルではなく、ひとつの民族、あるいは国民が集団的に主体的な人間として生きようとする「断固たる意志」を持続的に持ち続けるということは、現実的に不可能なことであり、それは冷徹な現実主義者であったウェーバー自身が他の誰よりも熟知していたはずだからである。ウェーバーは、マルクス(K. Marx)のように資本主義がそれ自体の矛盾のため必然的に社会主義へ転換されるとは信じなかったし、それ以外、資本主義に対するいかなる代案も展望することができなかった。こうやって彼は生涯の最後まで悲観主義から脱することができなかったが、今から顧みると、彼の悲観主義はなまじいな代案を出すよりずっと知的に手堅くて正直なものであったかも知れない。

 

とにかく資本主義が高度に発展し、経済成長を求めれば求めるほど、権力の集中現象と官僚主義的支配構造が強められるということは明らかな事実である。経済成長は現在の社会経済的な格差を土台にしてこそ成り立つものであり、成長の結果は従来の不平等を解消したり緩和するどころか、その不平等構造を温存・深化するのに役立つだけである。そしてそのような不平等の構造は再び継続的な成長の土台となるのである。このような悪循環は資本主義メカニズムの原理に照らしてみる時、また歴史的経験に照らしてみる際には例外なく確かめられる真実である。従ってもっと多くの成長を通じた「進歩」と「共存共栄」の追い求めは、最初から見込みのないことだと言わざるを得ない。経済成長の過失が普遍的に分かち合える性質のものだと信じるのは、愚かな妄念である。今日、資本主義市場経済が求める消費形態は、本質的に浪費を制度化しているものであるが、その浪費的な消費水準が享受できる人口は、現在は言うまでもなく、未来のいかなる地点においても世界人口の小部分に限られるしかないものである。富の均霑は資本主義の成長メカニズムにとって決して許されないものであり、もし実際、均霑が実現されると、それはもう資本主義システムではないだろう。

 

それだけでなく、継続的な経済成長の決定的な問題は、権力の集中と社会経済的な格差以外にも、それが自然を絶え間なく収奪し、究極的には人類の生存そのものを脅かす、恐るべき生態危機をもたらすというところにある。実際、他のことはすべてさて置いても、今、地球温暖化問題を初め、急に悪化している環境問題を考えると、人類文明社会が相変わらず成長論理に縛られているということは、実に呆れたことだと言わざるを得ない。だが、人はいつか迫ってくるかもしれない破局よりは、目の前の現実が切実であるから、これまで慣れてきた慣性に従ってわれわれはより多くの金、より多くの生産と消費がよりよい人生を保障してくれるといったシステムの処方に順応しながら生きていく以外に他の選択はないかもしれない。

 

しかし、単なる慣性の問題ではない。われわれの生は産業化を経る間、根が抜かれて農民共同体は取り返しのつかない水準に崩壊した。都市のスラムと工場と事務室と店で新しい人生を生きることになった数多くの人々にとって、共同体の互恵的交換関係は全く不慣れなものであったり、酷く歪められた形で与えられるだけである。このような状況下で生き残るためには、それぞれが一人で生きようと図るしか方法はないという考えが広まるのは、余りにも当たり前である。こうして人々は何よりも金がないと生きていけないといった考え方に慣らされ、部分的に国家や公共機関の提供する社会的サービスに期待をかけるのである。

 

そういう意味で、例えば、「開発至上主義に対する多くの人々の同調は、確かに資本主義イデオロギーに染まった捩れた欲求によるものである。しかし、経済発展を通じて、衣食住の基本生活の充足はもとより、これをある程度超える豊かさを望む心そのものが必ずしも間違ったものではない」という発言(白樂晴ペク・ナクチョン 『韓半島式の統一、現在進行形』 253頁)は正しいものかもしれない。だが、先述したように、今日の人々が感じる「貧困」は本質的に物質的欠乏の問題というより、人間らしい生においてより根源的な意味を持つ問題、すなわち民主的で互恵的な人間関係の喪失による「生の質」の劣悪感に基づいている可能性が高い。もっとも、互恵的関係網そのものが欠けている今の状況下では、やむを得ず金を手に入れなければならないし、経済発展を認めるしかないかもしれない。しかし、いつまでもそういう方式が肯定されるわけにはいかない。物質的な富による「豊かさ」とは原理的に共生共楽を可能たらしめるものではないし、何よりも今日の生態的危機という現実がもうこれ以上、それを許さない。勿論、だからといって私たちがやたらに貧困を褒め称えることはできない。問題はどんな貧しさかということである。

 

白樂晴(ペク・ナクチョン)は上記引用に次いで「清らかで品格のある貧しさが人間のある深い欲求に相応するように、荘厳と栄華に対する欲望もまた重要な本能なのだ」と述べながら、今日、「緑色談論」の一部に、よりよい生活をしようとする「大衆の正当な欲求」にそっぽを向く傾向があるのを指摘し、これを批判している。ここで言う「緑色談論」が正確に何なのかわからないが、例えば、『創作と批評』100号の記念シンポジウムで「大国主義と小国主義の緊張」という問題に関する白楽晴の論評の中で「私たちが長期的に志向すべき面の多い小国主義では、今わが国の知識人社会で『緑色評論』のような雑誌が強調する――新しい安貧論だと言えるでしょう」というくだりがあるから(『統一時代の韓国文学の価値』 446頁)、それが『緑色評論』の立場を指すものではないかと、推測できる。勿論、『緑色評論』がこれまで「貧しさ」の美徳を強調する様々な話をしてきたことは間違いないことである。例えば、「われわれが貧しい人に慈善を行う際、それはわれわれが貧しい人に「腰を曲げる」行為ではなく、貧しい人にわれわれ自身を「持ち上げる」行為」だというアシシ(Assisi)の聖人、プランチェスコ(San Francesco)の話を引用して、「貧しさ」が私たちの人間性を高められる美徳であり得るとも述べたし、そうやって「清らかで品格のある貧しさ」を強調したとも言える。それにもかかわらず、私は『緑色評論』が貧しさそのものを褒め称えたことは一度もないということに注意を喚起したい。『緑色評論』が言いたかったのは、常に交わって共に働き楽しむ生の重要性についてであって、そのような友情と歓待に基づいた生のためには、「貧しさ」が必須的条件だということであった。なぜならば、これまで繰り返して述べてきたように、経済発展あるいは経済成長論理の根幹にある徹底した排他性の原理を見ても、生態学的限界を見ても、真の共生の論理は必ず共貧によって後押しされなければならないと信じているからである。『緑色評論』が積極的な価値として強調してきた貧しさとは、単に個人的次元で物質的欠乏状態を喜んで耐え忍ぶ生活ではなく、あくまでも共生共楽の貧しさであった。従って、これは昔の儒教社会における支配層知識人たちの、極めてエリート主義的な安貧論とは全く関わりのないものであった。

 

だから大事なのは、貧しさの程度ではなく、貧しさの種類である。共貧と安貧は質的に全く異なる種類の貧しさである。

 

物資とサービスの絶対的な欠乏、そしてそれによる悲惨さは当然克服すべき問題であり、そのような克服の努力を経済発展だとしたら、そのような経済発展の意義を否定する人はいないだろう。しかし、近代資本主義が出現して以来、帝国主義、植民主義、開発、世界化など、様々な名の下で推し進められた経済発展というものが、果たして世界における草の根たる民衆の生を実質的に改善するのに少しでも役に立ったという証拠が、その歴史全体を通じてひとつでもあるのか。勿論、経済規模と物量の総体的な増加によって、民衆の消費水準も付随して上がるということは、いわゆる滴下効果というものを挙げなくても頷ける現象である。ところが、そうやって高められた消費水準というものが、民衆の失われた共同体的な生の「豊かさ」と「自由さ」を少しでも保障できる性質のものであったか、問うてみる必要がある。実際、経済発展は民衆の「貧困」を解消するのではなく、「貧困の近代化」をもたらすということは歴史が証明している。それだけでなく、資本主義的経済発展は原理上、貧富の格差をなくすものでもない。ブルジョア経済学の立場では貧富格差は常に存在しなければならないことだし、そうでない時は経済発展も成長も不可能である。資本主義システムは、もともと「貧困」を取り除けるシステムではない。貧困をなくすという名目で繰り広げられる経済発展は、却って新しい形態の貧困を作り出し、競争力の弱い立場にある人々を惨めな苦境に追い立てるだけである。経済発展、あるいは成長の論理は生態的にも倫理的にも受け入れられるものでは決してない。

 

これと関連して、ここで考えてみなければならないことは、例えば「適当な経済成長」というものが果たして現実的に成り立ちうる概念かという問題である。白楽晴は「一度落伍すると、恒久的な弱者に転落しやすく、弱者は強者から人間同士としての待遇を期待しにくい現存の世界体制の現実で」、私たちには「金持ちの国に追いつくことを至上目標にして最大限の成長を求めるのではなく、一種の自己防御的成長を図る戦略」が必要であると述べる。実はこれと同じような意味の発言は、いわば「近代適応と近代克服の二重課題」に関して語り続けてきた白楽晴の近年の作業の中でよく繰り返されてきた。彼は「資本主義世界経済の枠のなかで成長をし競争力を求める限り、ある程度の環境破壊と人間性の毀損は避けられない」ということを知っている。それにもかかわらず、彼は「現時点で韓国経済が一定の成長動力を維持することは民主主義の進展のためにも」必要だと述べる。(『韓半島式の統一、現在進行形』 268~69頁)

 

続ければ環境も破壊し、人間性も壊す経済成長ではあるが、だからといってしないわけにもいかない。――このようなジレンマに打ち勝っていくためには、実に並外れた「知恵」が必要であろうことは言うまでもない。その結果、恐らく苦心の挙句白楽晴の出した処方が「防御的な競争力路線」、あるいはもう少し簡単に「適当な経済成長」という概念であるようだ。しかし今のところ、この「適当な経済成長」というものが一つの抽象的な言述としては成り立つかもしれないが、果たしてそれが具体的な現実の中で何をどうしようという戦略なのか、定かでない。これはあたかも「近代適応と近代克服の二重課題」という言葉が抽象的な言述としてはもっともらしい概念でありながら、いざ具体的に何をどうするということなのか、その実践的な状況を考えると極めて曖昧なものになってしまうことと同じだといえる。実際、このような事態の模糊性については、白楽晴自身がすでに、ある程度の不安感を示したことがある。

 

近代の世界体制が、限りない資本蓄積とそれに従う競争の論理から顔を背ける一定規模の集団(だけでなく実際には殆どの個人) に不幸を与え、甚だしくは滅亡を来たす限り、ともかく最小限の適応と競争力が求められるのは事実であろう。もっとも、一度その過程に飛び込んでから「最小限」で留まることが果たしてできるかどうかは頭を悩ます質問として残るのではあるが。(「朝鮮半島における植民性の問題と近代韓国の二重課題」、『創作と批評』 1999年秋号 18~19頁)

 

経済成長という競争の中に飛び込んだ以上、その中で「最小限」で留まることができるのか、それは「頭を悩ます質問」になろうという留保的な発言でもって、すでに白楽晴は「適当な経済成長」というものが実現しにくい難題であることを認めているわけである。だが、それにもかかわらず、上記引用でも明らかなように、白楽晴の強調点はこの難題を賢く乗り越えるべきだというところに置かれている。そうすることが取りも直さず「責任のある姿勢」だと彼は見なしているのである。

 

しかし、確かなことは、資本主義経済の枠に一度「適応」することを前提とする限り、いかなる場合も「適当な経済成長」というものはあり得ないという事実である。資本主義の論理に基づいた経済成長とは、常に稼動できるすべての人的・物的エネルギーを全面的に投入することを求める。経済成長は節制という概念と決して両立できない概念であり、従って「自己防御的な成長」とは空しい言葉遊び以上の、ある実質的な意味を持たない可能性が高い。高度経済成長だけでなく、いかなる経済成長であれ、その実現のために必ず求められるものは、資本と国家の結合による一種の総動員体制である。従って、成長志向の国家とは本質的に軍事国家、あるいは権威主義専制国家と同一な暴力の論理によって動く体制といえる。

 

勿論、白楽晴の発言にこのような根本問題に関する認識が欠けているとは断定できない。重要なことは、その認識がどれ程徹底なのかということである。「21世紀韓国と朝鮮半島の発展戦略のため」(『韓半島式の統一、現在進行形』)という文の中で彼が提示する「生命持続的な発展」というものもそうである。「生命の発展には一定の物質的与件が必須的であり、ある領域では物質生活の持続的向上が求められることもあり、このような必要に応ずる積極的な開発もあるべきなのだ」(254頁)という彼の考えは正しいものかも知れない。しかし、そのような考えに基づいた「生命持続的な発展」という理念が、主流の環境論者たちの言う「持続可能な発展」という論理と根本的にどう異なるのかは曖昧である。彼の言う「生命持続」のための発展が、現実でどう具体化され得るかは相変わらず疑問なのである。

 

くり返すが、私たちが生命の持続に必要な物資的与件を改善しようとする努力そのものを拒まなければならない理由は何らない。問題はそのような「物資的与件」を改善する作業が具体的にどういう性質のものなのかということである。それがなお物資とサービスの浪費を構造的に強いる近代的生活を維持・拡大するための量的成長を意味するものであれば、それはあまり意味あるものだとは言えない。今私たちに必要なのは、どれ位の適正な消費水準を享受できるかどうか、あるいはどれ位柔軟な成長をするかどうかではない。本当に必要なのは、「適当な成長」であれ何であれ、成長なしには存続できぬ近代的方式に対する「適応」を議論するのではなく、成長論理とは無関係の、質的に全く異なる生、すなわち非近代的方式へと方向転換しようとする急進的な努力である。

 

近代的生とは、根本的に災いであり、惨たらしくて残忍な罠である。かつてドストエフスキー(Dostoevskii)は「私が幸せになるためには、他者の不幸を当然視しなければならない」近代的人間の宿命に関して語り、すでに20世紀始めの日本で夏目漱石は敏感な魂にとって近代的生というものは、その中で「狂うか、宗教に帰依するか、それとも自殺するしかない」残酷な足かせだということを鋭く意識していた。

 

このような根源的な意味の暴力性、あるいは野蛮性は、近代が本質的に自然――人間本性をも含めた――を逆らうことを原理的に強いる文明だからである。しかし何よりも、エコロジー(Ecology)の観点から見る際、資本主義近代文明の根本問題はそれが循環の法則によって回っている世界の中で、絶え間なく直線的な「進歩」を追い求めるよう強いるメカニズムに従属されたシステムだということである。この根本的な矛盾が解消されない限り、遅かれ早かれ資本主義の終焉は必然的だといえる。いや、このままだと、資本主義の終焉より先に、世界の終末が迫ってくる可能性がずっと高いといえる。そのような不吉な兆しは、今日益々深化する環境危機によって段々明らかに現れている。

 

従って至急なのは、継続的な生産力の増大を通じた「進歩」の追い求めを諦め、人間の生を、自然的過程に順応する循環的な生活パターンへと転換させる努力である。このような転換の問題を度外視して、これまでやってきた方式通りに金と技術とエネルギーをもっと多く、あるいはより効率的に投入することによって、ある効果を期待するということは、せいぜい弥縫策にすぎない、空しい努力でしかない。

 

ここで注目すべきことは、かつてこのような循環的なパターンの重要性について優れた認識を示したマルクスの先駆的な洞察である。一般的にマルクス主義者たちは生産力や科学技術による「進歩」について、大抵、盲目的な肯定の態度を取ってきたし、そのため彼らに対して今日の生態主義者たちは甚だしく批判的である。しかし、『マルクスのエコロジー』(Marx’s Ecology)の著者、ベルラミ・ポスター(J. Bellamy Foster)が強調しているように、少なくともマルクス自身は「物質代謝の亀裂」(metabolic rift)という概念に基づいて資本主義的産業化がもたらすはずの致命的な生態学的な結果を予見していたという点で、産業的生産力の増大を一方的に肯定したとは言いにくい。

 

マルクスが「物質代謝」という概念に注目したのは、19世紀ドイツの著名な農化学者、ユストゥス・フォン・リビヒ(Justus von Liebig)の科学的分析に基づいてであった。リビヒは当時イギリスで最も発展した形で展開されていた産業化した農業が、土壌劣化の現象を避けられなくする「略奪的なシステム」だということを明確に指摘した。近代社会で食料と繊維が農村から数百数千マイルも離れた都市へ運ばれるということは、言い換えると、質素、燐酸、カリウムのような、土壌を構成する必須栄養物質が運ばれていくということを意味する。しかし、こうして運ばれた栄養物質は――人間や動物の糞尿という形で――再び農村へ、土へ帰ってくる代わりに、都市と川と海を汚すことに帰結される。このように都市と農村、人間と自然の間の循環的な「物質代謝」が撹乱・分裂されることによって、土壌の再生に欠かせない自然的条件が破壊され、その結果、生命と富の源泉が無くなるしかないのである。このような土壌劣化の現象に対応するため、かつてから西欧の国々は植民地や海外から肥料を取り入れたり、化学合成の肥料を開発してきた。しかし、科学物質の濫用は、結局、土壌の荒廃化をもたらす。その結果、このような近代農法の拡散によって今、世界の所々で農耕地の砂漠化が急速に進んでいるのである。

 

とにかく「物質代謝の亀裂」という概念に基づいてマルクスは資本主義的生産様式がどうやって再生産の土台そのものを破壊するに至るのかについて、体系的な批判を行うことができた。

 

 

 

資本主義的農業にとって進歩というものはすべて、労働者を搾取するだけでなく、土壌までも奪い取る方式で進められる。一定の期間、土壌の肥沃度を高める過程は、その肥沃度を長期的に維持させる基盤そのものを破壊する過程となる。米合衆国のように、発展の背景に大規模の産業を持った国家ではこの破壊の過程はより急速に進展する。従って資本主義的生産が技術と生産の社会的過程を発展させることは、それと同時に土壌と労働者というすべての富の本来的源泉を潰すことによってこそ可能である。 (『資本論』 第3巻)

 

 

 

マルクスは資本主義が労働者だけでなく土壌、すなわち人間生存の自然的土台まで搾取するという点に注目しながら、この搾取過程は技術が発展し、産業化が大規模で広まれば広まるほど急速に進められるものであることを指摘する。そうなると、人間と自然の間の循環的な代謝は段々不可能となっていくのである。そうやってマルクスは小農、あるいは小規模生産者連合の重要性について次のように述べる。

 

 

 

ここから学び取る教訓は、(…) 資本主義体制は合理的農業に反したり、あるいは合理的な農業は資本主義体制とは(仮にこの体制が農業の技術発展を促進するとしても)両立不可能だということである。合理的な農業のために必要なのは、自分自身のために働く小農や、あるいは連合した生産者たちによる管理である。(上掲書)

 

「合理的農業」というものは勿論、土壌を枯渇させない、恒久的持続の可能な農事である。マルクスの論理によると、資本主義国家の産業化された大規模の農業だけでなく、社会主義社会の産業化した集団農場もまた、合理的な農業、つまり持続可能な農業にはなれない。大事なのは、小規模農民あるいは彼らの連合体である。これを明確に認識したところにマルクスの生態学的な炯眼があったといえる。

 

マルクスは資本主義体制を分析する際、常に農業問題を念頭に置いていた。それは単に人間と自然との間の関係だけでなく、人間と人間との関係という点でも農業が必須的な意味を持つと考えたからであろう。実際、「合理的な」農業とは文明社会がこの地球上で自然の法則に従いながら、循環的な生活パターンを持続的に講じさせ得る殆ど唯一の生存方式である。それだけでなく、その「合理的な農業」に必要な小規模生産者の連合体、つまり農民共同体は人間と人間との民主的で互恵的な関係を保障してくれる根本的な枠を提供するものである。

 

小農、あるいは小生産者連合体を離れては「合理的な農業」が不可能だというマルクスの洞察は、今日の私たちに何よりも大切な指針となる。現在私たちが直面している恐るべき生態的危機は、本質的に世界農業の危機として解釈することもできるからである。

 

マルクスが正確に予測した通り、今日、農業は高度に産業化され、夥しい石油と科学物質と機械による営農方式で行われている。このような現代風の「科学営農」は短期的な生産力の増大に寄与したかも知れないが、恒久的持続はできないということは、すでに確然としている。一昨年以後、国際穀物市場で小麦とトウモロコシの価格がその前年に比べ、2~4倍も暴騰したことは、色んな兆候から見て、これからこういう趨勢が広まることを予告する信号として理解することができる。世界の穀物作況のこのような趨勢は、気候変化を含めた色んな要因によるものであるが、実は長い間の産業的営農の必然的な結果として、世界全域で農耕地が広ひ範囲で砂漠化していることに因っているといえる。勿論、産業化と都市化、そして最近の生物燃料用の植物栽培地の拡大による農地の急速な縮小も欠かせない要因であろう。

 

このような状況下で最も不吉なのは、グロバール資本主義の支配下で世界全域で小農と彼らの共同体が急速に消えてなくなっているという事実である。今、農民たちにとって最も脅威的な敵は、「自由貿易」イデオロギーだといえる。グローバル資本は、「自由貿易」という体のいい言葉で農産物市場の開放を強いているが、実際、この開放の目的が農業大国、特にアメリカの余剰農産物を片付けるためのものであることは周知の通りである。そうやって膨大な土地から莫大な国家補助金までもらって生産された農業大国の余剰農産物が世界市場に廉価で溢れ出る時、「一握りしかないタンテギ(尺寸の地という意味を表す表現)と驢馬一匹」しかないメキシコや韓国の小農たちがそれに対抗するということは、根本的に不可能なことである。

 

それなのに、例えば韓国の権力エリートたちと主流の経済学者は「自由貿易」の拡大を擁護しながら、農業が生きるためには「競争力」を付けなければならないと、数十年も続けてきた空しい言葉を繰り返している。いや、いまはより進んで殆ど露骨的に農業そのものをやめようとする主張までもが公然と出ている。もう彼らは「高い地価は企業競争力を落とすから供給拡大が必要であり、従って「農地保存」という土地政策は諦める必要がある」と言ったり、甚だしくは「食料安保のためには食料備蓄が必要であって、農地を持っている必要はない、農地よりは穀物ディーラーを確保することがもっと大事な安保手段である」という大胆な発言までためらわない。(「亡国病 高い地価――専門家座談」、『毎日経済新聞』 2007.4.25) 恐らくこのような思考、あるいは思考力の欠乏は、今この国の既得権層はもとより、いわゆる進歩的な知識人たちの間でも幅広く広がっている農事軽視の風潮を極端的に反映する現象であろう。案の定、李明博の、引き受け委員会も様々な「改革案」を出している最中で「絶対農地」制度を廃止すると公言するに至った。

 

ところが、極めて現実的な問題を考えても、果たしてこのように農業を疎かに取り扱い続けることができるのか甚だ疑わしい。韓国は今、石油エネルギーの輸入としては世界7位、農産物輸入は世界4位の国家である。それに、たかだか20%代の食料自給率も益々落ちる可能性の高いのが今日の現実である。もうすぐ世界の石油生産が頂点に立つという警告が出て何年も経っているが、もしこのような予測が現実となって石油の価格が暴騰すると、どうなるのか一度冷静に考えてみる必要がある。そうなると、これまで石油という原料を安く輸入して、それを加工して輸出することによって成長してきたし、短期間で圧縮的産業化をも成し遂げた韓国経済はこれまでやってきた方式をこれ以上続けられるのか。さらに、これまで殆どすべて、石油に頼ってきた近代的農業そのものも――韓国だけでなく、世界全域で――根こそぎ潰れることが明らかであるが、そうなると、たとえ金があるとしてもどこから食料を仕込んでくるだろうか。

 

それに今、世界経済を支配しているグローバル金融資本主義システムの根本的な脆弱性を考慮に入れると、農業・農村・農民の存在意義はより切実なものである。今日、金融資本主義体制は、バブル経済を土台としたその虚構性のために、いつか崩壊するしかない運命である。すでにその崩壊の兆候が段々露になっている状況下で、私たちはこの危機から私たちの生を守ってくれ得る究極的な土台が、どこにあるのか深く考えてみなければならない。こういう点からも、自立的農民経済とそれを巡った支援体系の復旧は、至急の課題だと言わざるを得ないだろう。

 

私たちは一日も早く産業文明が農業文明に対する進歩を示しているという近代主義的発展史観の罠から解放される必要がある。現在、中国の指導的な農業思想家で小農中心の郷建設運動を主導している恩鉄軍(ウォン・テジン)によると、「人類社会が産業文明に入ったこと」を進歩と見ることや、東アジアの小農社会を「落伍した社会」と見なすことは大した錯覚であり、今日、遅れた近代を追い求めてきた東アジア社会がアメリカやヨーロッパのように大規模の農場を建設して完全に近代的な設備を備えた現代風の農業を夢見るということは、愚かな妄想である。彼は工業化の原理を当てはめて大規模の機械化農業を追い求めるなら、その結末は東アジア農業の破滅でしかないと述べる。さらに彼はそのような「現代風」の農業とは「ヨーロッパの人々がかつて世界の所々で行った大規模殺戮の産物」であるということを明確に認識すべきだと力説する。(「世界化と中国農村」、『緑色評論』 2006年 3-4月号)

 

私たちが小農とその共同体に基づいた生態的循環社会を志向しなければならない理由は多い。しかしそのすべての理由は「大量殺戮」に基づいた文明を私たちがもうこれ以上擁護してはならないというところに集約できる。あらゆる兆しから見て、状況は楽観的な展望を少しも許してはいない。恐らく暫くの間、資本主義近代の暴力的な独走が続くだろう。しかし、この独走に向かい合って「非近代的な」生の様式を保存・確保しようとする、世界全域に渡る草の根の抵抗運動が今、この時間でも多様な形で粘り強く組織されているということを私たちは記憶する必要がある。私たちは、すべての努力を尽くして、そのような抵抗運動に合流するところから希望の道を見出すしかない。 (*)

 

 

 

訳=辛承模
 
季刊 創作と批評 2008年 春号(通卷139号)
2008年3月1日 発行
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