[書評] 泥水のなかの韓国政治を受け持ちながら : 『金大中自叙伝』

洪錫律(ホン・ソクリュル) / 誠信女子大学校教授、韓国現代史srhong@sungshin.ac.kr

 

 
 

故金大中(キ厶・デジュン)元大統領の自叙伝が出版された。「準備された大統領」の準備された自叙伝という感じである。一般的に自叙伝は、特に最高政治指導者の自叙伝は文字通り一人で自ら書いていく方式では作成されない。まともな自叙伝を執筆するためには、本人の残した記録はもちろんのこと、関連公文書と新聞記事など広範囲な資料収集と検討が必要である。資料に基づいて記憶を喚起しなければならないし、日時と場所、出来事の背景なども一々確認すべきである。政治指導者の場合、関係した出来事が非常に多いので、何をいかに自叙伝に残すかも苦悶である。専門家たちの諮問と参加が必須的である。『金大中自叙伝』はこのような過程を充実に経て作成されたものと思われる。自叙伝の執筆経緯と、それに参加した人々が本の最後に詳しく示されている。

だが、自叙伝は本質的に「私」の観点から自分の人生を整理した個人的な記録である。誰が原稿を作成しても著者が修正、削除、補完に対する最終的な判断を行なう。著者の意図に沿って、または無意識的に、強調されたところと簡単に取り上げたところがあるに決まっている。この本で相対的に強調されたところは、主に国際関係、南北関係に関わる出来事である。金大中は1973年、東京で拉致され、その後投獄と家宅軟禁を余儀なくされ、甚だしくは死刑宣告まで受けた。特に韓米関係で金大中問題はよく外交的争点となった。彼は民主化闘争の過程で多くの外国人に助けてもらい、彼らと親交を深めた。彼らとの私的なる関係および対話内容を相対的に詳しく述べた。大統領在任期間を取り上げた第2巻の場合、このような様相はより著しい。

2000年の南北首脳会談は、この本のクライマックスに当たる。6·15共同宣言文を導き出すため金正日(キ厶・ジョンイル)委員長と交わした対話の内容は、対談備忘録のように発言一つ一つを挙げながら劇的に描かれている。統一方案の問題から、署名の際、肩書きの表記可否まで争点となったすべてを詳しく述べている。特に対話中、金正日委員長が東北アジアの力学関係から見て、平和維持のため統一後も米軍が朝鮮半島に駐屯すべきだと述べたというくだりは注目される(2巻、290頁)。南北首脳会談以後、朝米関係の進展に関する叙述も興味深い。クリントン大統領が任期末、北朝鮮を訪問しようとしたが、2000年11月に行なわれたブッシュとゴアとの大統領選挙の結果が長い間確定されず時期を逃したという逸話はすでに知られている。ところでクリントンは12月21日、金大統領に電話で自分の訪朝が最終的に取り消されたことを知らせ、その代りに2001年1月中、金正日委員長をワシントンに招請すると言ったとのことである。この本によると、実際クリントンは金正日に手紙を送り、アメリカ訪問を要請したが、北朝鮮がそれに応じなくて霧散されたそうだ(2巻、380~81頁)。今後、様々な論難を惹き起こすような証言である。

自叙伝における国内政治関連のくだりは、主な事件と争点に殆んど触れているが、国際関係に比べて相対的に疎かに扱われている。野党政治家の時代、在野人士など民主化運動の勢力と結んだ関係に対する言及は詳しくない。1987年大統領選挙の過程で金泳三(キ厶・ヨンサム)候補との単一化問題を巡った論難も、すでに知られている主張と論理が繰り返されるだけである。夫人の李姬鎬(イ・フィホ)女史は自叙伝の『同行』(ウンジン知識ハウス、2008)で、選挙の二日前(12月14日)、「候補単一化の決断が下せる最後の機会があったものの」、最後まで「4者必勝論」「勝利は必然」と主張する人がいたという。また野党圈の候補単一化の失敗に対して、「私もまた、歴史と国民の前で大きな罪を犯した感じであった」と述べた(286면)。一方、『金大中自叙伝』には選挙の二日前にどんなことがあったかについての言及がない。ただ候補単一化の問題に対して自分でも譲るべきだったとしながら、「本当に悔やまれることである」と記している(1巻、536頁)。夫婦両方とも自叙伝を執筆した例は相当珍しいことであろう。二人の回顧録を読むと、共に経験したことであるが、その叙述に微妙な差が生じているところもある。二つの本を比べながら読むと、より興味深い。

大統領在任期間中における国内政治に対する内容はより簡単である。例えば外国指導者との出会いと対話内容は詳しく述べたが、野党党首であった李會昌(イ・フェチャン)ハンナラ党総裁を始め政治家との関係や対話内容は簡略に扱っている。金大中は自分が朴正熙(バク・ジョンヒ)大統領に直接会って対話を交わしたことは、ただ一回しかなかったという。1968年、新年挨拶のついでに靑瓦臺に行ったとき、立ったまま5分ほど話をしたことが全部だという(1巻、381頁)。韓国政治で疏通がどれ程不在であったかがよくわかる。

金大中は政治とは「深山幽谷に咲いた純潔なゆりの花ではなく、泥水のなかで咲く蓮華のようなものである」と言った(1巻、21頁)。彼は泥水を一生受け持って生きてきたが、避けていきたい心情も全くなかったわけではないようだ。しかしこの自叙伝で強調されるものは、泥水ではなく「蓮華」であるのは確かである。この本は監獄から青瓦台まで、実に多様な内容となっているが、ある一貫したメッセージがある。それは「正義は必ず勝利する」ということである。死刑囚から大統領となり、さらにノーベル平和賞までもらって世界の認める指導者となった彼の人生そのものが、このようなメッセージを自然と、感動的に傳えてくれる。

政治家金大中の語る正義とは、具体的には民主主義と南北関係の改善として集約される。彼は自分が考えた正しいこと(正義)のため、様々な苦痛に耐えて原則を守ってきたと自負する。ところが彼の民主主義観は基本的に中間層中心的である。これは1960年4月革命と、87年6月抗争に対する説明で中間層の役割と重要性を強調することからもよく示されている。また外交や南北関係の面で優れた柔軟性を見せたが、基本的には韓米同盟を絶対視する立場である。それから金大統領は在任期間中、外国為替の危機は克服できたものの、所得の両極化が深まるのを防げなかったことを率直に認める。それによる庶民たちの相対的な剥奪感を「知っていながら仕方なかった」(2巻、483頁)と述懐する。彼は一生、韓国で、またはアジアで民主主義は不可能である、南北の和解と統一は不可能であるという主張に反駁しながら、その可能性を提示しそれを実現するため奮闘した。正義は必勝という言葉と、知っていながら仕方なかったという言葉とは、何となく互いにかみ合わない。

この本は政治家金大中が献身的な努力で成し遂げた成就を示すとともに、彼の限界、彼の残した課題をも知らせている。政治家金大中が提示した正義の方向に共感した人々、それで絶対的に、相対的に、または批判的に彼を支持した人々が、これから克服し、受け持つべきことだと思う。このように成就と限界をすべて指し示しているからこそ、やはり「準備された」自叙伝である。

 

翻訳・辛承模

季刊 創作と批評 2010年 冬号(通卷150号)
2010年 12月1日 発行

 

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