パンデミックの時期は新たな医療を備えるか / 崔銀暻

 

創作と批評 188号(2020年 夏)目次

 

崔銀暻(チェ・ウンギョン)

慶北大学校医科大学教授。共著に『感染症と人文学』、『医学の転換と近代病院の誕生』などがある。qchoiek@gmail.com

 

 

1. はじめに

 

COVID-19の勃発はこれまで誰も予想できなかった事態へと転化し、これまで構想にのみ留まっていた未来を一段と近寄せた。史上初の社会的距離置きとオンライン開学、そしてスマート―力学調査に及ぶまで、一見人類は前代未聞の事件に晒されているように見える。

確かに新種感染症そのものが予想できぬ存在であるわけではない。1980年代にHIV/AIDSが登場して以来、感染症は現代医学が解決しがたい新たな危機として常に取り上げられた。グローバルな資本主義の発展で以前よりまして人力と生物体の移動強度がリアルタイムで強くなり、メガシティーなど都市人口の集積が全世界的に高まるにつれて、過去には知る由もなかった伝染病が新しい宿主環境を探して伝播される可能性が以前より高くなった。重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)など、これまで先例となった新種感染症はその登場だけでも大きな威力を発揮した。だが、新種感染症の中で全世界的なパンデミックで短期間に影響力を発揮したのは、COVID-19が初めてである。超連結社会となったグローバル社会全般に影響を及ぼした点、そして現在ではワクチンや治療剤など確実な医学的対応物質が不在だという点で、COVID-19は人類社会にとって難しい挑戦となっている。

有名な著述家であるユヴァル・ノア・ハラリはCOVID-19の危機について、人類が選択の分かれ道に置かれていると述べたことがある。1 一つは全体主義的監視体制と市民的力量の強化との間における選択であり、もう一つは民族主義的孤立とグローバル連帯との間における選択である。誰がどのような方式の選択をするかはまだわかりにくいが、パンデミックの下の日常であれ、向後の展望であれ「選択の時間」の中に置かれていることは明白である。平和状態において常に認識の彼方に留まっていた分配の論理と統制の論理は、危機局面で全面化する。皆が選択し、決定すべき責任の主体に追い出されたり、呼び出しされる。パンデミックの最も熾烈な現場である医療現場は、それ自体として危機の対象であったり救援の場である。この流れは参加した医療陣の英雄化(あるいは消尽)へも、またはすべてが統制できる技術に対する呼び出しへもつながれる。治療の一線にいる医療陣にはまた異なる緊密な苦悩の瞬間と時間である。

本稿ではCOVID-19事態の中で医療の時間を見てみ、パンデミックが呼び出す医療の形を捉え直したい。COVID-19事態はいわゆる「先進医学」の後発走者として見なされてきた韓国医療の位相を宣伝するきっかけとなったし、西欧の国々における医療の素顔と限界を見せてくれた。だが、COVID-19の時期において医療が直面した課題は、韓国であれ西欧の国々であれ同一であるしかない。一つは医療資源を誰に分配するかという問題、もう一つは監視と個人自由の制限という問題、最後は医療人に負荷される負担の問題である。その他にも医療が当面した様々な問題があるが、まずはこの三つの問題に焦点を当てて論じながら、今後の課題を考えてみたい。

 

 

2. 医療資源をどう分配するか決定する問題

 

 公衆保健の危機は治療システムの力量と限界を露呈する。平常の時は医療システムにそれほど多くの力量を必要としないが、パンデミックの状況では一つのベッド、一人の医療陣が重要になる。パンデミック準備(pandemic preparedness)に関して案内しているWHO(世界保健機構)、CDC(アメリカ疾病統制予防センター)など、国際社会の指針はこのような状況を仮定して、パンデミックの状況に運用できる計画を国家レベルで設け、パンデミックに備えるための力量の強化および主要事項の点検を前もって準備することを強調している。毎回パンデミックの規模と伝播の速度を予測することは難しいし、治療の期間など、新種感染症に関する情報も希薄なので、どれ位の資源が前もって必要なのか規定することは容易くない。既存の病・医院の資源を活用する一方で、パンデミックの状況に合わせて物量と人力が十分可溶できるように転換し、軽症・重症患者の分類に合わせてシステムを再配置することが治療資源分配の要諦である。しかし、病・医院資源の準備が十分であっても、パンデミックの規模によって希少な資源の分配を最前線で決定しなければならない可能性はなお存在している。十分でないベッドと人工呼吸器を用いて誰を治療し、治療しないか決定をすべき状況が続出する。 

韓国では最初の時における大邱の状況が思い出される。拡散が始まった頃、患者が一時に押し寄せた際、大邱市の国家指定入院治療病床は足りなかった。感染者の中で最大2300名まで家にとどまった時があったし、全体の死亡者の中で23パーセントが入院できずに死亡した。2 2月末、大邱市医師会の呼び出しで大邱に駆けつけてきたボランティア医療陣がいなかったら、患者が爆増する状況を抑えることは難しかっただろう。もしパンデミックが大邱のみに限られず、他の地域へ広まったならば、ボランティア運営の余力は直ちに限界に達したかも知れない。また重症疾患を伴わない若い層を中心に流行る状況だったので、死亡率が低く、医療資源の非常的運用が可能であったかもしれない。3まだパンデミックは終息された状況ではないし、いつでも第2次、第3次流行が発生しうる状況で資源力量の重要性はいくら強調してもやり過ぎではない。

大邱が力量の限界を露呈しかねなかったが、相対的に運がよかった事例ならば、イタリアとニューヨークの場合、資源の限界による臨床的意思決定の難しさを示す事例だと言える。イタリアの場合、至急の患者が急増すると、重病人医学会から「社会的有用性」を基準にして患者を分類して受け入れることを勧告するガイドラインが発表された。4 これによると、現在のような災難的状況では功利主義に基づいて期待余命の高い者、同伴疾患のない者に優先的に応急医療資源を提供すべきである。ニューヨークの場合、一部の病院で二人の患者に一つの呼吸器を使用する方針を立てたが、これは一部の患者たちに危険となり得るにも関わらず、導入した措置であった。5 十分に全量検査を遂行するよりは深刻な症状のある一部にのみ検査を行うイギリス、アメリカなどの措置もまた、検査の後、治療資源運用の不足から始められた限界的姿だと言える。

足りない医療資源は政策当局と医療陣に高度の道徳的な考慮と意思決定を求める。誰を生かし、生かさないかを決定する中で、「すべての人を生かせるように」企画された近代的生命政治はその作動を一時的に止まる。「先に到着した人々に先に医療資源を分配する」という一般的な医療資源分配の原則はかえって非倫理的なこととして理解される。しかし、どんな原則が有用なのか。外国の医療倫理学者たちは功利主義を原則とする一方で、医療陣に優先分配、回復可能性に沿う優先分配、必要な場合、同意のない延命治療の中断、類似な予後を示す場合、くじ引きで順番を決めることなど、災難状況に適切な医療資源分配の原則を投入することを勧告する。6 このような原則によると、高齢であったり健康状態がよくない患者は医療資源の分配から体系的に排除され、差別へとつながりやすい。医療資源分配の原則が公開的に、公正に決定されたものならば道徳的に正当化されうるという倫理学者たちの指摘は十分であろうか。7 障害者団体は自分たちが医療資源分配の決定から疎外されることに対する憂慮をすでに闡明している。8


国内ではどのような原則が導入されていると言えるか。マスク分配をめぐった論難で見られるように、国内において資源分配の原則は住民登録番号に基づいた平等主義的原則に近い。一見、合理的で安定的な対策として評価されるが、マスクへの接近が難しい重症疾患者などの脆弱階層、外国人勤労者たちはまだこのような平等主義的分配に含まれていない。社会的「非市民」にはマスクを分配しないという点で、完全な平等主義的分配だとは見なしにくい。平等主義的分配そのものが公正な分配なのかという質問もまた、できる。例えば、平等主義的分配はマスクが最も必要な集団については言及しない。医療陣や医療機関で働く人、人によく会うサービス業などマスクを通じた保護が必要な集団もまた、画一化した供給対象として見なされることによって、むしろ不公平な分配が発生しうる。 



平等主義的分配と異なる原則で社会に最も有用な階層に分配する功利主義的分配、弱者に一番先に分配する弱者優先主義的原則などがあり得る。功利主義的原則は平時はそれほど注目されないが、伝染病の流行のような災難状況ではより緊要に考慮される原則である。医療陣優先で医療資源を分配したり、若い年齢の患者を先に治療することなどが挙げられよう。弱者優先主義の原則には重症患者優先の原則、若い歳優先の原則などがありうる。すべて公正という価値がいかなる原則を通じて最もうまく具現されるかを考慮するものである。マスクを例に挙げると、赤ん坊・幼児や小児、障害者など脆弱階層に先に分配することが考えられる。

危機状況における医療資源の分配は、医療陣や政策決定集団など一部の医療提供集団の分け前ではない。ある方式の資源分配が公正なのか不公正なのかは、当の社会の価値であり構成員を待遇する方式によって判断されるし、構成員の参与と合意が必要である。そのような点で資源分配の決定は危機状況でより必要な社会的機能であり、互いの世話を前もって準備し、分かち合う場だと言える。一つの方式が絶対的な原則ではあり得ないし、構成員の多様な価値観が競い合わざるを得ないという点で民主主義的熟考の過程も絶対的に必要である。COVID-19を経験しながら各自の熟考と考慮、世話をする姿勢が重要となる地点である。 

 

 

3. 監視と個人の自由制限

 

COVID-19の事態は社会的(物理的)距離置き、ロックダウン(lockdown)、全方位監視などこれまでの公衆保健の介入の中で最も高いレベルを要求している。重症急性呼吸器症候群や新種インフルエンザ、エボラ出血熱の際も一部の隔離と距離置きは成されたが、今回の事態のように全社会的に成された場合はなかった。前例のない危機は前例のない方式で個人の自由を制限することを要求する。  

韓国は伝統的な方式の強制力行使より、技術を用いた方式を積極的に活用する新しいモデルで脚光を浴びている。9 韓国のモデルは検査、追跡、治療の三つの道具を結合したモデルとして、全国民の情報が照会可能な保健医療行政システムを基盤とし、遺伝子PCR検査、認識技術、経路追跡、データベースの蓄積分析など、先端のテクノロジーを結合する。このようなリアルタイム監視(real-time surveillance)システムは、韓国のCOVID-19感染者の推移を通じてその効果が立証されている。既存の伝統的なロックダウンと旅行制限、移動制限ほどの自由権の制限を行使しないながら、微視的にウィルスと人体の動きを追跡し、隔離できる方式だという点で注目される。

しかし、韓国のモデルはロックダウンによる経済的被害を最小化できるという一部の脚光にも関わらず、過度なプライバシー侵害に対する憂慮を生み出す。他の国、甚だしくはシンガポールよりもっと過度な情報を収集し、年齢と性別、分単位の移動など詳しい情報を一般の人々に配布する。10 それだけでなくこれを利用した「コロナマップ」(Coronamap.Site)のような地図までも出版されて、監視に基づいた全国民の追跡および自家隔離を誘導する。このようなリアルタイムの身元および位置の露出は露出者と感染者に対する烙印と社会的非難、差別も伴ってそれ自体、注意が要請される。国家人権委員会では去る3月9日、「感染患者たちの内密なプライバシーがやたらと露出」されていることに憂慮を示しながら、「個人を特定しないで各時間ごとに訪問場所だけを公開」すること、「感染患者が訪問した施設や店に対する保健当局の消毒と防疫現況を共に公開」することなどを勧告した。11 防疫当局も国家人権委員会の勧告を受け入れて個人を特定する情報、居住地の細部住所および職場名は公開しないし、時間的・空間的に感染が憂慮されるほど感染者との接触が起こった場所および移動手段を公開することへと情報公開の方針を改定した状況である。12 それにも関わらず、自治体ごとに公開される感染者の情報レベルと配布の範囲が異なって、追加的な被害が相変わらず憂慮される。13 感染者が訪問した場所を回避することが科学的にどれ位防疫に役立つか疑わしい。訪問場所の公開は診断の前における露出者の自覚にのみ役立つだけで、露出者たちだけでなく当の場所に対する烙印を残し、その効果も不明瞭である。

外国では韓国のモデルに対してプライバシー観念が弱いので受け入れられた処置だという視角がある。14 このようなプライバシー犠牲モデルは西欧の国家では受け入れにくいという意見もまた存在する。15 だが、韓国が儒教国家であり、アジア文化圏なのでプライバシー観念が弱いとする外国の引用は正確だとは言いにくい。海外の一部の言論は「 78.5%の応答者が全国への流行を予防するに役立つなら、プライバシー保護は犠牲にしてもいいと応答した」というソウル大学校保健大学院の研究調査を引用する。しかし、同じ調査で「人権侵害の素地のある無理な防疫対策の結果は社会不安を増幅させる」という陳述に44.3%が同意したことは取り上げない。16 韓国のデジタル技術の受容度は他のどの国より高いが、必要以上に行われる「ビックブラザー」のプライバシー権侵害がもし効果もなく、不適切だと判断された時も相変わらずそうなのかは疑問である。このようにプライバシーに対する憂慮は成功的な防疫を遂行している韓国でも相変わらず現在進行形である。事実、西欧でもプライバシー侵害的技術を受け入れてでもロックダウンを解くべきだという議論が多い。防疫技術の導入方向は国家ごと、文化圏ごとに異なり得るが、パンデミックの時期には類似な方向へと収斂される可能性が高い。

海外の国々が取るロックダウンと旅行・移動制限が伝統的な自由権行使の制限を加える方式ならば、リアルタイム監視および微視的追跡、隔離方式はプライバシーを侵害する方式である。この中でどちらがより危険で個人に深刻な危害をもたらすかを容易く判断することは難しい。移動権ほどプライバシー権も基本的な個人の幸せ追求権、人格具現の権利に当たる。もっと難しいところはプライバシー権がだんだん技術依存的権利に近寄っているという点である。スマートフォン、ビックデータ、ウェブ2.0技術などの発展は、データ収集力と共にプライバシーが侵害できる道を開いた反面、個人情報を自ら保護できる方法は個人にはない場合が多い。それだけでなく、COVID-19は向後、技術発展とデータ収集が中央集約化する道を開く可能性が高い。国土交通部は最近、「感染症予防および管理に関する法律」に基づいた力学調査の手続きを自動化する「COVID-19力学調査支援システム」を正式に運営すると明かした。17 これは大規模の都市データを収集・処理するスマートシティー研究開発技術を活用したシステムとして、過去にはカード社、通信社に有線や公文を通じて一々資料を要請したならば、これからはビックデータ方式を活用してリアルタイムで資料に接近できるようにすることである。防疫当局は個人情報の保護に万全を期すというが、第三者監視機構の設置など実質的な方法に関しては未だ説明がない。ロックダウンなど伝統的な自由権制限は一時的な方式であるに反して、技術発展によるプライバシー侵害は永久的な方向となる可能性が高いのでもっと苦悶する必要がある。

 

 

4. 「治療の義務」と「医療人ケア」との間で

 

パンデミックは全社会的な問題であるが、これに一時的に対応する主体は医者、看護師をはじめ一線の医療陣である。いくらよい防疫計画を備えたとしても、患者が治療できる医療陣が足りなければパンダミックに堪えることは不可能である。治療は究極的に新種感染症に堪えられる心張り棒である。 

COVID-19の時間は一線の医療陣にとっても不均等な時間となる。COVID-19と死闘を繰り広げる英雄として注目されるが、彼らにそれだけの待遇と補償が与えられるかは疑わしい。韓国では最初の大邱の状況で医療陣に対する宿所提供と手当などで問題が生じた。18 全世界的に医療陣が処せられた状況はより劣悪である。パンデミックの状況で医療陣に与えられる業務量は夥しく増えるが、感染の確率は非医療人に比べてずっと高い。保護装備が十分備えられないし、毎日死を目撃しながら誰を生かすか苦悶しなければならないせいで、感情的消尽に容易く露出される。19 イタリア北部の病院ではCOVID-19の感染判定を受けた看護師二名が、恐怖とウィルス伝播に対する憂慮で自ら命を絶つことも発生した。国内でも肉体的苦痛、不意に呼び出される業務、(大邱のような地方では)治療が難しかった現実などを経験しながら、情緒的苦痛を訴える医療陣が多い。20

新種感染症のパンデミック状況で医療陣の犠牲が「当たり前」なわけではない。診療に参与するかから、どんな患者を選択するかなどまで、医療陣は容易くない選択に駆り立てられる。歴史的にも医療陣の「治療の義務」(duty to care)が当然であったわけではない。1665年、ロンドンにおけるペスト菌の流行、1773年、フィラデルフィアにおける黄熱の現場、1918~19年、インフルエンザ大流行の治療現場で医療陣がいなくなった例はよくある。設問調査によると、海外の保健医療人の中で50パーセントだけが深刻なパンデミックの状況でも出勤すると答え、致命的な疾患である場合、職場を離れるという応答も19パーセントに達した。21 COVID-19の状況でも治療が絶対的で無条件的な義務になるわけではないという見解が多い。22

医療陣に治療の義務が与えられるという根拠は、主に三つの側面から提起される。23 一つは公衆保健的必要が多くなるほど、それに似合う責務も大きくなり、折りよく診療に対する医療陣の力量が一般大衆より高いという点である。もう一つは自由に職業を選ぶことで医療陣はすでにその危険を仮定したという点である。最後に医療職の独占的な地位を社会的に保証することが、このような危機状況で彼らを活用させうるという、一種の社会契約的根拠である。だが、これらの中で社会契約的根拠以外は致命的な生命の脅威状況におけるまで医療陣に治療の義務を与える論理は希薄である。特に職業を選択する際、すでに同意した事案だという論理は、われわれが職業を選択する際、当の職業の内容全部をすべて予見し、同意するわけではないという点で正しい論証となりにくい。社会契約的根拠さえも医療陣にパンデミックの状況における治療の義務を与える絶対的な命令とはなれない。最小限合理的な水準で、熟練した医療陣が受け入れられるほどの危険へと緩和できるように措置されるべきであり、これもまた社会的命令だと言えるだろう。

COVID-19の時期、多くの医療陣が治療の義務だけでは受け入れにくい不均等の危険に晒されている。例えば、医療陣の家族世話は至急であるが、解決が容易くない問題である。24 開学が延期されるにつれて子供を世話する医療陣の場合、隔離義務と家族世話の義務の両方すべての均衡を保たなければならない苦衷を経験する。世話休暇などはあるが無給であり、パンデミックの時期に有用な別途の家族世話制度はない。医療陣の消尽もまた緊急な問題である。これは医療の質、患者の安全問題と緊密に連結されるし、パンデミックの状況ではより致命的であり得る。医療陣の消尽は単に業務量の問題だけに還元することはできないし、医療陣を対象にした適切な補償と、医療陣自らを保護し、統制できる制度および権限の要素も共に考慮されるべきである。

パンデミックの時期、医療陣に与えられる過度な負担は、アイロニカルも二つの面でこれまで医療職に与えてきた厳格で独占的な権限と負担を緩和する切っ掛けとなる。一つはこれまで訓練の対象となってきた見習い生たちの投入が許容できるという点である。医科大学の学生たちを投入したアメリカニューヨーク州の措置が代表的である。25 このようなパンデミック状況下における非常措置はこれまで国内の医療界で強く反対してきた医者補助人力などを陽性化する可能性を高める。もう一つは非対面診療の必要性が増えることによって、最先端技術と結合された遠隔医療の導入などへとつながり得るという点である。26 遠隔医療は中国、日本、アメリカではすでにCOVID-19の危機に積極活用されている。医療の危機は伝統的方式の医療、医療専門職制度の危機であると同時に、もしかしたら新たな経路へとつながり得る。

 

 

5. おわりに

 

COVID-19時期の医療は未曽有の時間を通過している。20世紀を経ながら医療は伝統的な医者―患者間の領域から、国家、病院、保険、専門職など多様な要素が集結・介入される領域へと変貌した。COVID-19の時期を通過しながら、医療はどんな変化を成し遂げるか。防疫の重要性がより強調されながら、医療はもう必須的な安保力量として、政府と社会の統制が緊密に必要な分野として定立される可能性が高い。国家による計画と、技術による介入はもっと医療の主な要素として受け入れられるだろう。このような変化は医療専門職の地位の下落、医療の「人間的な面」の衰退へとつながり得ると思われる。このことはすでに巨大な先端技術産業複合体となっている21世紀医療の傾向に起因するところも大きいが、COVID-19の事態がこのような傾向を加速化するに違いない。COVID-19の時期、病院に着いたすべての人に平等と診療を提供し、個人の自由と機密維持が尊重され、医者たちをその上なく大事な社会資源として待遇するという約束が成されることは容易くない。現在、医療、そして科学技術が提供できるのは、危機から回復できるはずだという、未来に対する約束だけである。 

危機の時期に通常強調されることは「大衆の信頼」に基づいた「責務」である。信頼の対象であり象徴となった医療にとって重い責務の時間であるわけだ。韓国の場合、 COVID-19が流行ってから最初の数か月間、重大な危機を経験しながらも回復される姿を見せることによって、全世界的に模範的なモデルとなった。韓国の医療はこの時期を無事に通過したが、今後もそうできるか。あるいはその後やってくるはずの新しい医療の姿に適応できるだろうか。見慣れない時間に対する問いの重さはただ責務を持った医療(人)にだけ留まるわけではない。われわれ皆がその「医療」の恵沢を受ける当人となるはずだからだ。

 

 (翻訳:辛承模)

 

 

  1. Yuval Noah Harari, “Yuval Noah Harari: the world after coronavirus,” Financial Times 2020.3.20
  2.  「大邱のCOVID-19 傷跡と経験、連帯の記憶として残るか」、時事 IN、2020.4.1.
  3.  「韓国のCOVID-19 致死率世界最低の水準…その訳は?」TBS 2020. 3.11.
  4.  SIAARTI, Clinical Ethics Recommendations for the Allocation of Intensive Care Treatments, in Exceptional, Resource-limited Circumstances, 2020. 3; Yascha Mounk, “ The Extraordinary Decisions Facing Italian Doctors,” The Atlantic 2020. 3.11.
  5.  Kevin McCoy and Dennis Wagner, “Which coronavirus patients will get life-saving ventilators? Guidelines show how hospitals in NYC, US will decide,” USA Today 2020.4.4.
  6.  Ezekiel J. Emanuel et al., “Fair Allocation of Scarce Medical Resources in the Time of Covid-19,” New England Journal of Medicine 382 (17), 2020.
  7. Anthony Wrigley, “Coronavirus and triage: a medical ethicist on how hospitals make difficult decisions,” The Conversation 2020.4.1.
  8. American Association of People with Disabilities, Letter to Prohibit Discrimination during Medical Rationing, 2020.4.16.
  9.  Michael Ahn, “How South Korea flattened the coronavirus curve with technology,” The Conversation 2020.4.21.
  10.  Mark Zastrow, “South Korea is reporting intimate details of COVID-19 cases: has it helped?,” Nature 2020.3.18.
  11. 国家人権委員会、「COVID-19感染者の過度なプライバシー公開に関連する国家人権委員長声明」、2020.3.9.
  12. 中央防疫対策本部 患者・接触者管理団、「感染患者の移動経路など情報公開案内」、 2020.3.14.
  13. 「「コロナ烙印」消す…「感染者ルート」削除に取り掛かった自治体」、ニュース1、2020.4.22.
  14. Mark Zastrow, 前掲論文.
  15. Bruce Klingner, “South Korea Provides Lessons, Good and Bad, on Coronavirus Response,” The Heritage Foundation 2020.3.28.
  16. 韓国ヘルスコミュニケーション学会、「COVID-19 国民危険認識調査(2次)」、2020.3.
  17.  「10分内に感染者ルートを追跡…外信50社が気になっていた韓国の力学調査」、連合ニュース、2020.4.10.
  18.  「「中国留学生は幸運に恵まれている」…宿所も提供せず「医療陣大邱へ選び出す」論難」、『国民日報』、2020.2.23;「「英雄」だと言いながら…COVID-19医療陣に対する手当・待遇論難」、メディパナ、2020.4.9.
  19.  「「誰を生かすか」と問われたら…「みんな」を選ぶはずの医療陣」、『ハンギョレ』、2020.4.7.
  20. 「「COVID-19死闘」医療陣非常…「精神健康をケアすべき時」」、YTNサイエンス、2020.4.22.
  21.  Robert Nasha, “Health-care workers in influenza pandemics,” Lancet 370 (9584), 2007, 300頁; HL Barr et al., “Ethical planning for an influenza pandemic,” Clinical medicine 8 (1), 2008, 49頁.
  22. Sandeep Jauhar, “In a Pandemic, Do Doctors Still Have a Duty to Treat?” The New York Times 2020.4.2.
  23. Chalmers C. Clark, “In harm’s way: AMA physicians and the duty to treat,” Journal of medicine and philosophy 30 (1), 2005, 65~87頁.
  24. 「「COVID-19との死闘」 医療陣の子女は誰が世話するか」、連合ニュース、2020.3.21.
  25.  「COVID-19が拡散されることで現場に投入される「医科大生」:イタリア・イギリス・アメリカなど非常人力活用…韓国は否定的な雰囲気」、デイリーメディ、2020.3.26.
  26. 「COVID-19で拍車がかけられた遠隔医療…既存の立場を固守する医療界」、『青年医師』、2020.4.23.