[卷頭言] キャンドル連合の再構築のために / 姜敬錫

 

創作と批評 196号(2022年 夏)目次

 

キャンドル連合の再構築のために

 

 

姜敬錫

文学評論家

 

 

確かに、この5年間韓国社会を最も強力に規定してきたのはキャンドル革命だった。キャンドル革命なしには説明できない現象が多々起きた。キャンドル政府を自任した政権の様々な失政にも拘らず、市民が「ともに民主党」に単独過半数をはるかに上回る圧倒的な国会議席を与えたのは異例のことだった。その後、議員経験もない30代の保守野党党首が誕生し、政治交代の熱望に押されて与野二大政党の大統領候補に国会議員の経験が全くない人物が選出されて熾烈にぶつかり合うなど、先日の大統領選挙まで異変が続いた。特にこの2年余り、コロナ・パンデミックという未曽有の事態を前に、韓国人が示した高い市民意識はキャンドル革命がもたらした覚醒と決して無縁ではない。しかし、キャンドル革命でかつて審判された勢力に再び政権を返納してキャンドル政府第2期の成立に失敗した今、キャンドル革命は今も進行中なのか。

まず、政権移行委員会の発足から新大統領が就任した最近までの状況に注目する必要がある。やはり以前になかった現象が展開しているからである。新政権の国政哲学や政策の方向は具体的に定まっていない代わりに、検察改革のような前政権の核心テーマが選挙の敗北にも拘らず、むしろ争点化している。そうかと思えば、新大統領への期待が退任した大統領の最後の支持率にも及ばないという調査結果が度々出ている。「新政権の抱負が展開されるよりは、大統領選挙の延長戦が続いているような状況が持続し、むしろ騒然とした雰囲気」(李日榮「政権移行委員会50日、何を示したのか」『チャンビ週刊論評』2022年5月11日)という観察が説得力をもつ理由である。大統領選挙当時、尹錫悦候補を支持した有権者集団の中にもすでに緩みと亀裂が生じているわけで、過ぎし5年に区切りをつけて新たな5年に向けて進んでいるという感覚が幅広く共有されるのは難しい。

ここで、キャンドル大抗争後に行われた二回の大統領選挙を比べてみる必要がある。第19代大統領選挙の結果を見れば、民主党の文在寅候補は41%の得票に留まったが、キャンドル大抗争に参加したいわゆるキャンドル連合の合計得票率は70%を超えた。伝統的に保守傾向を示す有権者の相当数もこの緩やかな連合に参加したからだった。これに比べ、第20代大統領選挙の結果は尹錫悦48.56%、李在明47.83%、沈相奵2.37%の順だったが、これはひとまずキャンドル連合に参加していた保守傾向の有権者の大部分が離脱したからだと言える。それなら、尹錫悦候補を当選させた有権者が示す最近の緩みはどのように説明すべきであろうか。

キャンドル連合に生じる乖離作用を管理できなかった第一の責任は前文在寅政権と民主党にある。だが、今回の大統領選挙の結果だけでキャンドル連合に破産宣告を言い渡すのは早い。尹錫悦政権の誕生を支えた、または支えている支持層の構成とその結合はそれほど安定的ではないのも、キャンドル連合の求心力がまだ生きているからだ。現在、尹錫悦政権に対する期待は歴代大統領の就任直後の支持率のみならず、先日の大統領選挙で自らが得た得票率にも及ばない実情なので、キャンドル連合の緩やかな外郭を占めていた人々の尹錫悦政権からの離脱が構造化する可能性も常に存在している。

新人政治家の大統領当選という異変が解釈の焦点である。直接選挙制度の下、韓国の大統領は長い政治経歴を通じて「検証」された大物クラスの人士やその後光を背にした、好きであれ嫌いであれ、象徴性が強い存在だった。その象徴の内容は、例えば産業化と民主化に大別された一種の巨大言説とでも言うべきだが、尹錫悦新大統領の場合は全く異なる。彼はシンボルというよりもプラットホーム的な人物である。言いかえれば、一つの時代精神を代弁して核心テーマを投じて衆知を結集して引っ張っていく、求心的かつ価値形成的なリーダーではなく、様々な既得権の利害集団の欲望が随時集まっては散らばる時勢反映型のハブ(hub)に近いものである。ある意味では、何の象徴的内容ももたない存在であり、言説的な装いすら面倒に思うあらゆる既得権集団の赤裸々な欲望が接合する場として選ばれたのだ。もはや韓国社会の代表的な利益集団になってしまった検察や、世論の偏りを助長してでも影響力と利益の増大を図る言論機関などが代表的であり、私益のためには水火も辞さない態度を世の中の唯一の秩序と見なす既得権勢力がそこに網羅された。キャンドル革命の時代精神を前に、これを否定できなかった守旧保守勢力は新しいテーマや言説による求心力の代わりに選んだ苦肉の策がこうした既得権層の連帯だった。そのため、価値連合には至っていない彼らの構造的な不安定性を、ともすれば自然に見せたりする。

いずれにせよ、三金時代のような象徴的なリーダーシップの時代の再来は難しい。民主社会における現実政治はすべてを備えた一人の聖人君子が担うものではなく、権限を委任された多数の代理人によって遂行されるのだ。そのため、既得権連合を壊すためには新しい「多数」を組織するキャンドル連合の再構築が政治過程の中心にならざるをえない。キャンドル革命で始まった政治交代の輿望を反映し、多様化した政治的意思の代表性を強化する政治改革が絶対に必要である。現実的に民主党というツールの重要性は今までになく高まった。だが、キャンドル連合が民主党と進歩改革勢力の単純な合計以上のものだったことを忘れてはならない。現在の民主党と進歩改革勢力、そして彼らを補強し、督励してキャンドル革命を一段階進展させようとするキャンドル市民には自らを刷新する知恵が切実に求められる理由である。重量挙げに例えれば、今はジャークの直前と似た局面である。あごの下までは持ち上げたが、頭上に一気に持ち上げることには一度失敗したのだ。安易に考えるべきではないが、今回の大統領選挙で民主党と正義党の得票だけを合わせても過半数に達した。問題は、キャンドル連合を再構築する制度的な土台と合意の形成である。

 

自分と自分が属する集団の利害が現実的な唯一の論理であると安易に承認してしまうと、よりよい共同体に向けた模索も無用のものになるものだ。世界的な文明転換が求められる中で、わが社会が一歩でも前進するためになら、世界に対する感覚自体の刷新を先決課題とすべき理由である。こうした刷新こそが文学の長年の存在論的な根拠であり、目的だったという点で、今回の特集は最近の文学はどのように世界を感じているのか、その変化の脈絡や意味を点検する方向で企画した。

最近わが知性界の主要な関心事の一つであるケアと女性の現実という問題を中心に金杏淑、李謹華、朴笑蘭の詩世界を分析した宋鍾元は、「自立性・独立性ではなく相互依存性・脆弱性を中心にして」、人間の主体性を再び思惟することを注文する。こうした問題意識は農婦詩人・崔貞の作品を照明するに至って90年代の生態主義文学の刷新という次元にまで拡張される。これを通じて筆者が提示する“緑色文法”と“生態的な文章読解力”という核心テーマは、人間と自然の新たな関係を模索する上で重要な糸口を投げかける。

英語圏世界の文学論議と作品に眼を向け、文学と気候危機の相関関係を考察した柳煕錫は、インド出身の作家アミタヴ・ゴーシュ(Amitav Ghosh)を参照しながら、表面では葛藤するように見える気候危機の原因と解法が、実は、近代的な科学主義の世界観・人間観が生んだ双生児であることを力説する。したがって、近代的な世界観・人間観をいかなる文学で突破すべきかが関鍵であるが、筆者はゴーシュのような作家はリアリズムの古典について抱く偏見も鋭利に指摘し、「リアリズム長編文学が依然としてもつ威力」を米国の女性作家バーバラ・キングソルヴァー(Barbara Kingsolver)の長編小説『Flight Behavior(飛行習性・行動)』を通じて丁寧に立証する。

世界的なコロナ禍が「“人間”に関する理解が根本的に再編される流れ」をもたらしたことで、非人間存在に対する文学的な再現が活発化している。田己和は、こうした変化に留意しながら「植物とサイボーグ、外界人、幽霊など仮想の」存在を扱った最近の韓国小説を幅広く点検する。非人間の形象化を通じて人間に対する通念を揺さぶる金草葉と千ソルランの長編小説を繊細に比較分析し、伝統的な解冤叙事の外部で見なれぬ幽霊の話を披露した林ソンウ、金メラの短編を隈なく探索する。非人間存在に対する注目が新たな感覚を目覚めさせ、この世界とより緊密に絡みあう契機になることを特有の物静かな筆致で説得する。

グローバル資本主義の中で、超連結社会という新たな現実はケア、生態、気候などに訪れた危機だけでもこの世界を大きく変えてきた。姜受丸は、特にパンデミック後により先鋭に感じられているデジタル環境のダイナミックな変化を“分裂”と“連結”の間で奮闘する小説を通じてとらえる。無数に分けられてデータ化されて分けられた主体性というキーワードを出発点とし、チョ・ウリ、朴素瑩、玄ホジョンの注目すべき最近作を考察し、主体の分裂が起きる仮想空間がむしろ新たな主体化の土台になりうることを力強く論証する。

ウクライナ戦争と国際秩序の変化を扱った本号の対話もまた、今まで世界を見渡してきた感覚に大きな修正を要請する。李東奇の司会で尹錫俊、諸成勲、黄琇暎が参加したが、今回の戦争は脱冷戦後に米国を中心にして維持されてきた国際秩序が一つの転換点を迎えた事件という認識を共有し、その原因を診断して結果を予測する。ウクライナ戦争が朝鮮半島の未来にもたらす影響まで多角的に考察する。

論壇では二編の文章を収録した。姜美淑は、作家D.H.ローレンスの“思惟冒険”が朝鮮半島の思想的・宗教的遺産と出会う、思いがけない地点だと捉えた白楽晴の著作を細密に読みながら、文明的な転換期を越えていく力と知恵を模索する。先日の大統領選挙の過程を中心にして言論報道の現況を分析した李奉洙の文章は、理念的に偏向した言論情況が民主党の選挙敗北に決定的な影響を及ぼしたという観点から事細かく根拠を提示し、言論改革の必要性を力説する。

現場欄では、大統領選挙後により大きな関心を集めている20代女性の政治参加の問題を追跡した金銀智の文章と障がい者の地下鉄移動権の闘争現場の声を生き生きと伝える金秀暻の文章を収録した。この2編の文章には差別と嫌悪を踏まえて湧き上がる新たな主体の面貌に出会う生きがいが際立つ。

作家照明は、最近長編の連載を終えて2作目の小説集まで編纂した小説家・金裕潭が主人公である。ケア問題と女性の現実に集中して活発な創作活動を続けている作家に、文学評論家の李知垠が会って深みのある対話を交わす。人並外れた躍動感で人間関係と家族、社会の変化をとらえている作家の抱負がしっかりと伝わってくる。

文学評論欄では、最近の若い詩人が資本主義と対峙した緊張関係を扱った新鋭評論家の成炫児の文章を紹介する。“憤怒しない若い詩”がただ主体性の矮小化のためではなく、憤怒の外部で遂行される新たな模索と関連するという点を崔伯圭と崔志認の詩を中心に論証する。文学評論家の梁景彦の進行で金多恩記者と詩人の朴卿喜が参加した文学焦点もまた、詩と小説で実現した最近の成果をむらなく点検する先鋭な批評の舞台である。

前号に続いて散文欄の連続企画“私が暮らすところ”では、溶接工として働き、コラムニストとしても活躍してきた千鉉宇の文章を掲載する。ソウルから来た採用提案で故郷を離れることになり、誠意溢れる別離の辞が長い余蘊を残す。 12人の新作詩と金恵珍、朴善友、成慧玲の小説、そして二回目となる李柱恵の連載長編小説は創作欄を多彩にしてくれるし、多様な分野の最近作11冊に対する豊かな寸評も幅広い問題意識と興味深い観点に満ちている。

 

今号の編集を終えながら、韓国社会が抱えている宿題は簡単に解決できないという実感を、いつの時よりも強く感じた。大統領選挙が終わって新政権が誕生し、国内政治や社会問題も新たな転換点を迎えているようだし、ウクライナ戦争が触発した国際環境の変化も多くの考えるタネを播いている。しかし、他方では今までの世界を克服し、よりよい世の中を創ろうとする動きもまた幅広く可視化されている。そうした動きに目と耳を向けて一翼を担おうとするチャンビの努力は今後も続くだろう。

 

 

訳:青柳純一