[卷頭言] 今年を平和プロジェクトの元年に (2005 春)

白永瑞

 

 

今年は歴史的記念日がひときわ多く、いつになく歴史にかんする関心も高まっている。よく挙げられるものだけでも、乙巳條約百周年、光復六十周年、韓日協定四十周年、南北首脳会談五周年などが数えられる。いずれも東アジア秩序の変化とともに韓半島の行く先に大きな影響を与えた宿命的な年代と言わざるを得ない。これらの周期をもって未来を構想する想像力の糧にするためにはいかにするか、またわれわれの歴史のなかでいかに記念するか、を考えるべきである。そういう意味で今年は、韓国国内の平和と東アジアの平和を定着させるという二つのプロジェクトはじまる元年として記憶されたい。

 

かつて、19世紀末、東アジア秩序は中華帝国(中華世界)の没落とともに多中心が競争する不安定な局面に陥った。一世紀を経た今、中国の浮上とともに、この地域の秩序が再び激変期を迎えようとしている。このような転換期に東アジア諸国はそれぞれ長期的な国家発展戦略を組み立て直そうと急いでいる。

 

19世紀末、東アジアに受け入れられた以来、日常生活にまで影響を及ぼした社会進化論は、新自由主義のグロバール化という名前で甦り、また国家競争力というスローガンで国境を越えその勢いを振るっている。それとともに、制度・非制度の領域における地域内相互依存の動きが多方面で進められ、東アジア共同体という構想は、次第に勢力を獲得している。アジア+3体制を粘り強く進めていった結果、来年開催される東アジア首脳会談にかんする政府間合意を引き出し、地域内交易の増加とともに民間のさまざまな文化交流や連帯運動なども進み、東アジア共同体にかんする議論は一層活気付く見通しである。

 

しかしながら、韓・日に次いで韓・中の間も‘歴史戦争’の最中におり、なにより北核問題がともなう葛藤は東アジア共同体をめぐる議論に悪影響をもたらした。核兵器保有にかんする北朝鮮側の初の公式宣言を行い、再開されるべきだった六者会談にたいして、北朝鮮の外務省は無期限参加ボイコットを発表し(2月10日)、かけっぷち外交という土壇場を見せつけたのである。北核問題を平和的に解決することが切に求められる時期である。韓半島の平和が制度として定着しない限り、東アジア共同体というのは、見込みのない構想にすぎないものである。したがって交渉による問題解決の原則をまだ諦めていない北朝鮮を引っ張りつつ、六者会談を早速進展させ、一次会談以来、五年間開かない南北首脳会談が今年中開催できることを願う。50年前にバンドゥンに集まった非同盟国家たちが、朝鮮戦争によって強化した冷戦体制を克服するために、その代案として‘バンドゥン精神’(平和十原則)を採択したことを思いだし、現今東アジア平和プロジェクトの推進を具体化し国内外の条件を整えるための努力を惜しみなく進める時期である。

 

東アジア平和体制の樹立という課題を果たしていくためには、それを遂行する内部の力量を育まなければならない。ところが、現在、韓国社会には深刻な分裂と葛藤が蔓延している。景気の沈滞や貧富の差のみならず、あらゆる社会懸案にたいする世論は両極端に分れている。

 

まず求められるのは、社会の平和ムードである。今年の初め、保守と進歩両陣営をふくめた社会の元老または各界の代表的人物が集まり、経済的・社会的な両極化を解消し、積極的な雇用創出や成長の新パラダイムを組み立てようという‘2005 希望提案’に大きな注目が集まったのもそれゆえであろう。このような‘汎国民的社会協約’的な精神を作り出していくためには、労働者側・会社側・政府側が参加する社会的協議に政府が積極的な仲立ちとして出、妥協案を導き出すべきであろう。しかし、こういった妥協案が弥縫策に終わらないためには、一方の集団に犠牲を押しつけるのではなく、参加集団の議論による社会的・政治的な妥協を引き出さなければならない。必要なのは、当面の分裂や葛藤の原因について議論し、真の妥協案を見い出していく努力である。

 

それの一環として1987年を見直したい。現在、韓国社会が直面しているさまざまな葛藤や膠着状態の背景には、1987年の民主化移行過程において形成された社会体制の特徴、すなわち‘87年体制の不均衡状態’という問題があるのではないかと冷静に振り返ってみるべきであろう。つまり、1987年を経て政治的民主化という成果は収めたものの、朴貞熙型発展モデルに代わる新しいモデルは作り出せず、社会・経済の民主化に進んでいくことは困難であった。社会発展は遅滞し、社会葛藤の深まる一方、現在の体制から得る既得権の維持または強化することに熱中するなか、状況はより悪化していくのではないだろうか。もはや87年体制を越え葛藤を民主的に調整し、真の社会的な平和を定着させるためのプロジェクトを後回しできない時期にたどり着いているのだ。東アジア諸国間の平和と韓国社会の平和という両方のプロジェクトは、さまざまな主体がそれぞれの役割を担い、またその成果を相互連動していくなか、連鎖的な波及効果をもたらすはずである。その連鎖のつながりにおいて本紙は要的な役割を果たしていきたいと考える。

 

本紙は今年、東アジア平和と87 年体制の克服という二つの課題をめぐる議論を続けていく企画を立てている。今回の特集が最初のもので、東アジア秩序変化に対応する韓国社会の戦略について模索していく。まず、座談は今年の基調になるもので、変化する東アジア秩序の性格を究明し、それに対応する内部改革の課題として87年体制克服とそのの可能性について重点的に議論した。参加者たちは東アジアにおける韓国の積極的な役割を期待し、今年中に87 年体制克服の方向を見い出すことを望むという点において一致している。しかし、87 年体制の代案や市民運動の役割、政府の働きなどについては若干異なる意見を提示した。なかには、具体的な政策案をめぐる類似した意見や興味深い議論もあって、希望の政治、社会的な大妥協に向かう可能性を試みるという点において有意義な議論となったと思われる。

 

李南周は、人文学のほうから進めた韓国の東アジア言説と社会科学者たちの東アジア協力体にかんする制度の議論とをつなげる役をつとめた。とくに東アジア秩序形成は、国家と市民社会がともに介入するというさまざまな出発点からはじまり、複合的な秩序(一般的な国際関係と共同体的な要素の結合)へ進んでいく多元的なプロセスになるという、氏の主張は示唆するところが多い。李日榮は分断体制の物質的土台である‘分断経済’の代案として、南北韓および東北亜協力発展戦略、中小経営体を中心とした革新・市場化、地域拠点・特区化という政策混合を提示した。和田春樹は東北亜諸国のかかわり合う記念日を紹介し、これらが歴史認識の分裂を助長する側面もあるのだが、逆にこれをきっかけに東アジアの人々が狭い民族主義を越え、相互協力していけば‘東北亜共同の家’が建てる可能性は大きいと見通した。

 

変化する東アジアと韓半島の現実において構造的な変数になるアメリカの問題を特集で扱わなかったことが残念だが、論壇に載せた二篇のエッセーがそれを補ってくれた。柳在建はアメリカの覇権が動揺し世界の政治的・経済的・イデオロギー的な支配構造に亀裂が生じている現在のような世界史の転換期において、東アジア平和体制構築という地域単位の創造的な対応が可能になると展望する。またこれをアメリカ問題にたいする巨視的なアプローチーとすれば、鄭旭湜のものはアメリカの韓半島政策において韓国側が積極的に対応できる四つの微視的アプローチーを関連させ、その‘立体戦略’を当面の北核問題の解決法として、さらに韓半島平和体制を定着させる重要な課題として提示した。

 

以上のような特集や論壇の問題意識は時評にもつながっていく。李必烈は、民主化が進展した現在において環境運動が政府と緊密に協力しつつ極端に反対運動に回るという両極を往来するようなやり方ではなく、前向きな議論と代案中心のものに改革していくべきだと主張する。これは87年体制克服という課題が市民運動にいかに適用されるべきかを示唆するものである。

 

ほかに景気両極化や貧富の差が深刻であるという韓国経済の危機は、政府が前向きに産業金融システムを建て直し解決すべきだとする申璋燮の経済時評。アメリカの政策がイラクにもたらした惨状を生々しく伝えたフリー・ジャーナリストDahr Jamail の現場通信。日本における韓流ブームが東アジア共同体に影響を及ぼす可能性と限界を探り出した黃盛彬、議論になった映画「あのときの、あの人たち」における風刺と省察機能を指摘した成銀愛の文化評。それから10 冊の著書にたいする寸評などすべてが筆者たちの苦労がこもった大切なものである。

 

今季号の文学欄は読者の関心に応えようと心掛けた。まず、詩欄をみると、詩人高銀をはじめ、中堅詩人文貞姬や久しく会う李宗郁の作品など、個性豊かなかれらの詩心を汲み上げた。小説三篇、いずれも確かなものである。李惠敬は父の死と子供の養子入りを同じ時期に向かえた、ある不妊女性をつうじて家族間コミュニケーションと他者との関係を省みた。具孝書は桎梏の歳月を歩んできた一人の女性の人生流転を繊細な眼差しで描き出し、特別な感動を与えてくれた。見知らぬ都市で内面にしたがい、‘夫’を探していく過程を描いた趙京蘭の短編も読者の期待に応えるだろう。

 

評論においては、趙泰一の詩の世界を斬新な目でみつめた孫宅洙がテクストと心地好く交流しながら、つねに強烈な詩のエネルギーを発散する故人の詩の現在性を蘇らす。李崇源は詩の叙情的主体と対象の問題を突き詰め、高在鍾、羅喜德、文泰俊の作品を精緻に讀んでいく。それから1980 年代初、チャンナムス、ソクジョンナンのような女性労働者たちの文学世界を客観的かつ冷静に分析したRuth Barraclough のものが異彩である。

 

今季号から復活した季刊評に筆者の都合により小説評が洩れたのは残念だが、河鐘五、咸敏復、李文宰、金芝河等の詩を「沈黙」と「生命」というキーワードで読みとった朴瑩浚の深みのある時評は、最近の詩壇における誠実な模索を生き生きと伝えている。

 

昨年の春号についで今季号も「第三回大山文学賞受賞作品集」を別冊付録として刊行する。また昨年から編集委員陣を整備してきた本紙は、今年の初め、詩人・文学評論家金思寅と市民運動家河勝彰、お二人を編集委員(非常任)として迎えた。来年度、本紙は創刊40 周年になる。創批をめぐる内外の変化を真摯に応えていく、新しい跳躍の土台にしたい。その準備のために、今年一年、内部刷新や力量強化に励んでいくことを読者に約束申し上げる。

 

訳 : 洪善英

季刊 創作と批評 2005年 春号(通卷127 号)

2005年3月1日 発行
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