これで生きてるといえるのか―世代を超える連帯の問い

特輯 | 「李明博(イ・ミョンバク)以後」を準備して

 

 

厳奇鎬
徳成女子大学文化人類学科講師。著書として、『これがどうして青春じゃないというのか』『誰も他人の世話をするな』『グローバル化何て、黙れ!』などがある。uhmkiho@gmail.com

青春が話題だ。不況だという出版市場でも、青春と関連した本はよく売れるアイテムである。

 


『苦しいから青春だ』は刊行後、全分野総合で第1位を占め続けて意気盛んである。『レアル青春』『熱情はいかに労働になるのか』のように、20代の現実を彼ら自らが率直に告発する本から、『20歳、絶対に負けないこと』のような自己啓発書の変形に至るまで、青春をキーワードにした本が氾濫している。青春は就職できずに資本主義市場の外に追いやられているのに、それとは反対に、青春をめぐる話題は資本が目をつける最も魅惑的なアイテムになったのだから、まことにアイロニカルである。

なぜ青春がキーワードになったのか。言うまでもなく、彼らが直面する総体的な難局のためである。韓国史上最大のスペック(specification:履歴・資格などの明細書。韓国では求職する人々のなかで学歴、学業成績、TOEIC点数などを合わせたことをいう)を積み上げたとしても就職できるかどうか、というご時世である。求人市場を見ても新卒より経験者を好む。新卒を採って教え、熟練させる費用を支払いたくないのだ。自ずと、労働市場に進入する最初の壁がひどく高くなる。みんな不安にならざるを得ない。それで、生き残るために必死に努力せねばならない。スペック競争である。学業成績と英語は基本、第二外国語だ、資格証だ、インターンの経歴だとかいって、自己紹介書を一行でも増やすためにあらゆる努力を注がねばならない。
今や青春は疲れはてた。全力を尽くしたが、自分がちゃんとやっているのか、このようにすればうまくいくのか、不安にならざるを得ない。自分がこんなに努力しても、結局社会から必要のない存在、「余計者」になるのではないか、という不安が時々刻々浸透してくる。だから、自然に慰めと激励に飢える。「まあ、お前たちは大丈夫だ。いま疲れたといって、人生が終わったわけじゃないさ。お前たちは青春だ。また立ち上がれる。元気を出せ」。世の中にこれほど甘い慰めがどこにあろうか。当然、青春を慰める本が氾濫せざるを得ない。

進歩的な人々は、青春が覇気をもってこの状況を突破しようと努力せずに、個人的次元の慰めだけを求めるのがとても気に入らない。学費問題にしても、そうだ。はじめ学費問題でロウソク文化祭が開かれた時、多くの人は「ついに大学生が!」と叫んだ。だが、その火種は期待とは違って野火にはならなかった。むしろ政治圏の動向によってあちこち揺れ動き、収まってしまった。「486世代」(1960年代生まれで80年代に学生、今は40代の人々)の目には、こうしたことが1980年代に起きたなら、全国の大学生が大同団結して国中を騒然とさせただろう。だが、近頃の青春は自分の問題なのに、心配するだけか、誰かが解決してくれるのを望むだけで、自ら力を合わせて解決しようとはしないようだ。だから、彼らへの不満が高まらざるを得ない。

本稿は現在の韓国の青春、その中でも大学生の文化的特徴を解釈し、それがどういう社会的脈絡で形成されたのか、考察してみようと思う。以前と比較して大学生の社会的・経済的位置がどれほど墜落し、こうした条件の変化が社会と他者に対する彼らの態度をどのように変えたのか、追跡するだろう。しかし、これは文化的な特徴を「世代論」で解釈する文化批評的な作業ではない。世代論とはその時代の特徴を一世代の特徴として転倒させたものに過ぎない。むしろ私たちがすべきことは、世代を通じてその時代に対する認識へと深めていくことだ。世代はその時代を表出する窓であって、その時代に対する同時代人の責任を回避するアリバイではありえない。本稿は文化理論に立脚し、現在の大学生の文化的な特徴から、逆に私たちの時代の同時代性(contemporaneity)を表出して、同時代人を形成する政治的作業になるだろう。

 

急に貧しくなる

 

大学生と話をすると、高校時代まで自覚できなかった貧しさを大学に入って実感するようになった、と打ち明ける学生が意外に多い。相当数の学生が、以前は欠食する何人かの友だちの問題だと思っていた貧困が、自分の問題としてぐっと近づいてきたと証言する。隠されていた貧困が生の前面に登場するのだ。この中心に学費がある。大学生活で浮き彫りになる貧困の問題を深刻に受けとめられないなら、なぜ学費闘争にあれほど多くのエネルギーが集中したのか理解できない。以下、二人の学生の事例を見てみよう。

セヒョン(仮名)は、地方からソウルの大学に入学した。夢のような新入生の最初の学期を送って故郷に戻るや否や、父は彼に奨学金をもらったのかと、まず聞いてきた。久しぶりに会った子どもに成績の話からするのが恨めしくてカッとなると、父は静かに言った。お前は長男で一生懸命勉強したから、無理をしてソウルに送ったのだ、家の経済状態からお前の弟妹たちはソウルに送るなんて夢にも考えられないから、何としてでも奨学金はもらわねばならないのだと。その瞬間、セヒョンは自分がとても恥ずかしくなった。弟妹にあわせる顔がなかった。自分のために弟妹が犠牲になるのも同然だった。その話を父から聞いた瞬間、セヒョンの大学へのロマンは終わった。次の学期にソウルに戻ってからは、大学生活が何かを考える余裕もなく、必死に勉強した。奨学金がもらえなければ、それは父母に対する罪であり、弟妹に対する犯罪行為だった。

ヒョンジョン(仮名)の家は、1997年IMF危機で大打撃を受けた。しばらく前にすべての借金を何とか返済できた。それでも、父母は相変わらず肉体労働をして暮らしを立てている。当然、学費や生活費は彼女が全責任を負わざるを得ない。他人はスペックを積むことに気を使うというが、ヒョンジョンの最優先は父母にできるだけ迷惑をかけないことだ。学校の内外で片端からアルバイトをした。それでも不幸は彼女の周りから離れなかった。母が工場で働いていて、機械に手を巻き込まれて骨が砕けた。学業やアルバイトを全部辞めて家に戻った。早朝から父の出勤と弟妹の登校の準備をし、家事を終えてすぐに病院に行き、母の看護をした。貧しいというのがこんなに悲しいとは思わなかったという。ヒョンジョンが家にいる間、最も心配したのは米の値段だった。家族全員が家にいるので、米がなくなるのが恐ろしいほど早かったという。

米の値段の心配だとは。人々が飢えて死んでいく、あの遠いアフリカのどこかの国のことだと思うだろう。こうした学生の話を聞いていると、私は今いつの時代に生きているのか、こんがらかる時がある。だが、これは1960年代の話ではない。地方の大学に通うある学生は、毎月20日になるとお金がなくなるので、自炊の部屋の外に出ていくなど思いもよらない。ラーメン一つを二つに分けてお昼に半分、夜に半分食べてなんとかしのぐ。この学生の家もIMF危機で家計が傾いた。当時の経済危機は15年以上の長い間、私たちの生に影響を与えている。彼らだけではない。学生に学費の負担について話すように言うと、貧困と飢えと労働搾取、そして長男一人のために他の家族が犠牲になって献身する、あの「ヨンジャの全盛時代」のような話が無限に繰り返される。

他方で、大学は相対的貧困を実感させる空間になっている。学生食堂が安い食堂の代名詞だった時代は過ぎた。依然として多数の学生が利用するのは価格が相対的に安い方だが、同時に高級レストランが大学内にも入ってきている。一食1万ウォンを遥かに超すこうした店を、学生は「ブルジョア食堂」と呼ぶ。以前まで学生用の施設を運営していた生活協同組合はなくなるか、大幅に縮小し、代わりにスターバックスのような大資本が蚕食した。何年か前に大学を出て、懸命にお金を儲けて奨学金を全部返済したある卒業生は、学生時代に自分が最も羨ましく、やりたかったことはスタバのコーヒーを持って講義室に入ることだったという。それがどれほど高いものかと思われるだろうが、一杯のスタバのテイクアウトのコーヒーは金持ちの父母の下で余裕ある生活を送る学生と、自力で大学に通わねばならない苦学生の間を分かつ象徴だった。彼女は、奨学金を全額返済した日、このように返せるとわかっていたら、あの時一回やってみるべきだったと後悔したという。卒業後に就職できるかどうかわからない、「不安が魂を蚕食していた」時だった。

 

「勉強」するので「勉強」する暇がない

 

何よりも深刻なのは、「貧しければ勉強することができず、勉強するほど貧しくなる」状況が深刻化しているという点である。数年前、ある番組で報道された内容だ。法律家を志望する「江南地区の金持ちの家」の学生が、自分は幼い頃から父母がすべて準備してくれ、今も大した心配なしにロースクールの準備をしていると言って、自らお金を稼いですべてを解決しなければならない友人を見ていると気の毒だ、というインタビューだった。これに反し、ある苦学生は自力で学費を作って大学に通う立場では、ロースクールは思いもよらないことだといって、親が金持ちで学費の負担なしに通う友人を見ると羨ましくもあり、とても競争にならないと思うと語った。学生間の競争が激化するほど、勉強に集中できる学生とその時間に働かねばならない学生の溝がますます開いているというわけだ。

この問題をより深刻化させるのが、最近の大学間の競争である。大学もまた生き残るために無制限の競争を展開している。特に、企業側から大学がきちんと訓練した人材を輩出できないという不満がぶつけられると、大学は学生にとんでもなく多くのことを要求しはじめた。韓国の大学の序列で下がるほど生存競争は熾烈になり、みなが就職率を高めるために血眼になっている。各大学は自分の学校の卒業生こそ準備された働き手という認識をうえつけるために、あらゆる努力を尽くす。例えば、卒業認証制度を作って TOEICやTOEFLのような英語の能力試験で何点以上取ったとか、IT分野の資格証をとってこそ卒業資格を与える。また二重専攻、複数専攻、副専攻のような制度は選択ではなく、ほぼ必須のように奨励する。すると、学生が遂行すべき課題は莫大な量になる。一日中アルバイトをして学費をようやく貯める学生には手に負えないことだ。

大学も不安だし、大学生も不安だ。生き残るためには何であれ、職にありつかねばならない。取り柄のある人間、取り柄のある機関であることを証明するために、絶えず企業と市場に向けて秋波を送らねばならない。だから、ますます屋上屋になっていく。「うちの学生は熱情と覇気、チャレンジ精神とリーダーシップに加えて経験まで備えている」と宣伝するのは古典的である。これを証明するために、前述したようなあらゆる制度を導入している。企業側から卒業生の成績インフレがひどいと不平が出ると、多くの大学はすぐに相対評価を導入した。厳格な成績管理を通じて人材を選ぶ学校と印象づけねばならないからだ。2.5以下の成績だと次の学期に申請できる単位を制限する受講単位制限という制度も生まれた。これで苦しむのは学生だ。

この競争で生き残るため、学生は最低限B以上が取れるまで受講を繰り返す。そのため、学期外講義が必須のようになった。成績を「洗濯」するためにわざわざ卒業を遅らすケースもよくある。いくつかの学校では成績を消すこともある。本人が望むなら、卒業前に二科目に限ってFをつけられた記録を成績表から削除してくれる。受講申請を誤って無理に履修した学生だけの話ではない。ひどい場合は、前の学期まで一生懸命に勉強した学生が就職するので講義の後半は授業に出られずCをつけると、私に電話で、むしろFにしてくれ、と頼む。誰よりも熱心に勉強し、授業が好きだった学生だが、自分の成績表についたCが今後の進路に大きな障害になるだろう、という不安から自分の勉強の歴史を消してくれと申請したわけだ。

こうした類いの成績管理は、彼らが大学に入って期待していた勉強とは大きく異なる。学生に聞くと、ほとんどの講義は高校の授業にも及ばないと不満をぶちまける。教養科目は形ばかりになって久しいが、少なくは50名から多くは数百名を一つの講義室に押し込む。教授や講師からまともなフィードバックは受けられない。こうした講義は教授や講師もまたフィードバックなど思いもよらない。それで、相当数の講義は一方的な知識の伝達に留まり、それさえも一学期が終われば頭の中からきれいさっぱり消えさる。大学で教授と熱心に討論し、論争するロマン的な幻想は一学期が終わるとすっかり消えてしまう。それで学生は、「勉強するので勉強する暇がない」と自嘲的に語る。何かを一生懸命にしたことはしたが、何をやったのかさっぱり分からず、残るものが無いというのだ。大学が勉強を経験する場だとすれば、スペックというスペクタクルのみ残して、経験としての勉強は死んだと言えよう。

 

父母より出世しにくい世代

 

皮肉なのは、彼らが韓国史上最大のスペックを持っていても、わが現代史で最も畏縮している世代という点である。個人としてみれば、彼らほど立派な能力と資格の所有者も珍しいだろう。英語の実力は基本で、海外旅行やインターン経験、文化的創意性などあらゆる分野で彼らは断然優れる。それでも彼らと話をすると、妙に自分に対して畏縮しているのを発見する。就職の不安だけが問題ではない。むしろその核心には彼らが父母より出世とか、抜きん出た存在になりにくい世代、歴史的な認定闘争の危機を経験する世代という点がある。

一部の例外を除いて大多数の学生は、自分が父母より良い学閥や職業をもちにくいということを早くから知っている。特に上位圏の大学であるほど、父母と子どもの学閥が似ているか、あるいは子どもは父母に及ばないケースが多い。医学部で講義しながら、こうした側面をよく理解できた。学生に夢は何かと聞くと、「父母のように生きること」という答がとても多かった。彼らは自分の父か母が医者で病院を所有しているのは本当に幸せで、自分はそれを引き継げばいいと語った。医療市場も飽和状態なので、自力で市場に進入して開業したら失敗する確率がとても高いと言う。だから、父母が医者ではない学生は必死に努力して大学病院に残らねばならないが、その場合も父母が医学部の教授とはゲームにならないと気にした。結局、これら上位圏の大学生でも、どんなにうまくいったとしても、その上限は父母というわけだ。

彼らにとって、父母は生涯後見人であると自認する。いくらうまくいっても父母を超えられないので、釈迦の手の平の孫悟空扱いされる場合が多い。友人関係から大学や就職に至るまで、徹底して父母の企画と管理の下に「成長」する。そうかといって、強圧的なだけではない。子どもの現在と未来に介入する父母の方式はとてもヘゲモニー的である。したがって、彼らは父母が自分よりもっと合理的で、状況判断が早いことを認める。交際相手が「学校も、家族もそれほどでもない」から別れろという母親の要求に、「その言葉は正しいようだ」と素直に受け入れるほどだ。ある国際会議を組織して江南出身の上位圏の大学生と働いてみた一学生は、彼らは「本当に自己管理が徹底しており、仕事もできるし、賢い」と言いながら、でも決定的な何かが一つ欠けていたと言った。その何かがいつも気になっていたが、ある日ふと彼らが重要な瞬間には何の決定も下せないのを見て、決定はいつも誰かが代わりにしてくれて、彼らはそれを着実に遂行してきただけという点に気づいたという。自分の生の決断を下せないという点、成長が停止した20代に関してはすでに色々と言われている。

多少図式的ではあるが、貧しいとか下層に行くほど生存がキーワードになり、父母より出世しにくい中産層以上では存在価値が疑問視され、彼らは歴史的な認定闘争で失敗している。端的に言って、「父母連合」のような極右の老人たちは非常に自負心を持って今の時代のイシューに介入する。彼らは、自分が大韓民国を建設して朝鮮戦争のような極端な状況でも国家を守ってきたと考える。彼ら老人集団が地球上で最も貧しかった国をまともな経済大国に育てた点に自負心を持っているなら、次の世代は非西欧国家の中でいくつにもならない市民社会と民主的な政治秩序をつくったと自己評価する。圧縮的な近代化の過程で、歴史の段階ごとに要求された跳躍と発展を達成したという自尊心と歴史的認定闘争が、わが社会の世代論の核心である。そうした点で今彼らの目には、20代がある歴史的価値をもって、この「国」に寄与できるとは見えない。個人的にのみならず歴史的にも、父母より本当に成功しがたい世代なのである。

 

所有の門前で留まる

 

20代が一つの世代として自負心を感じる唯一の領域がまさに文化産業の分野である。スポーツからIT、あるいは大衆文化に至るまで、彼らは上の世代とは比較できないほどの飛躍を達成した。彼らがオリンピックで受けとる金メダルは、過去に先進国などが得意と考えていた水泳やフィギュアスケートのような高級スポーツの種目だった。話題も多く、問題も多いが、韓国の大衆文化は今やアジアを超えてヨーロッパにまで進出している。東南アジアを旅行すれば飲み屋や食堂だけでなく、デパートでも韓国の歌謡曲をかけているケースが多い。文化産業の質的な飛躍こそ、彼らが歴史的に認めてもらえる唯一の領域である。だから、韓国の10代の半数以上が芸能人になることを夢見ており、大学生も創造的で自我を実現できる進路として、映画監督や放送作家のような職業を思い浮かべる。

しかし実情は、この文化産業こそ熱情を搾取する最も過酷な賃金と労働構造を備えている。極少数のスターを除けば残りは底辺で、三食ともラーメンを食べて結婚は思いもよらず、熱情を搾取されざるをえない。「ドングリ」(サイバー・マネー)ではなく肉が食べたい、と歌って夭折した歌手の月光妖精逆転満塁ホームランとか、報道の過程で問題があることはあったが、貧困に苦しんで死んだ故チェ・コウン作家の例は、実は極端なケースではなく、文化産業の底辺でよく起こる現実だ。彼らみんなが「世に出さえすれば」を念じて耐えている。この過程で労働だけでなくアイディアや作業の全成果を搾取される場合も多い。教授が大学院生の研究成果をかすめ取るとか、作家が門下生のアイディアを借用するケースは無数にある。今や熱情と自我実現というものは、資本が20代に仕掛けた最も残忍な罠になった。彼らの労働は近代的な意味での賃金労働というより、人身すべてが売られてゆく奴隷労働に近い。

また文化産業の問題は、その特性上何人かのスターだけが浮彫りにされて、集団的な努力として再現されないという点である。国を建設して経済を起こし、民主化を達成した上の世代の成果は、それ自体で「集団的」努力として再現された。だが文化産業は、キム・ヨナやパク・テファンあるいはポロロ(アニメのキャラクター)のように、何人かの個人の天才性と努力の結果であって、決して世代全体の集団的な参加と協力の結果とは見えない。つまり、国を食わしてくれる何人かの天才と、消費に明け暮れる分別なき「ブランド好き」や「余計者」に両極化されるのだ。文化産業が20代の間で脚光を浴びれば浴びるほど、大多数は歴史的な認定闘争から脱落して非難の対象になる形勢である。

文化産業の領域で存在価値を認められるためには、必死に自分自身を表出せねばならない。伝統的な意味でのプライバシーとは文化産業の時代になって終末を告げた。近代的な意味で市民の生は、世間から身を引く個人的な空間としての部屋と、自分を公的存在として表出する参加の空間としての広場へと二重化されている。近代的な人間の核心的価値である真正さは、まさにこの省察と参加の弁証法的な結合によってこそ可能である。二つのうち一つが崩れれば、他の一つも自動的に崩れるようになっている。

20代が政治的空間としての広場にめったに現れないというのは、逆説的に彼らに省察と身を引く空間である私生活さえも崩壊していることを意味する。代わりに、自らの私生活を商品価値のある見世物として再現し、絶えず市場に差し出さねばならない。そのため、彼らは広場に出て集団的参加を通じて自らを公的に表出する歴史的意識よりは、私的な所有としての私生活に対する感覚がより発達せざるを得ない。

「自分のもの」に対する所有意識が「共通のもの」に対する感覚よりはるかに優先する。共通のものを作ってそれに参加するより、自分のものを守る方が重要である。いつ、どこで、誰かが、自分のものを搾取、盗用するかもしれず、そうした場合は面倒な状況に直面しやすい。だから、彼らの顔には表情がない。大学で講師や教授の多くが、最近の学生の顔を見ても何も読みとれないと訴える。講義室でも何の反応もなく、文字通り、無表情な顔で座っている。だが実際、彼らは講義をよく聞いている。ただ、自分が何を考えているのか知られたくないだけだ。表情が無いというのは、参加と意思疎通を拒否する行為である。

なぜ彼らは意思疎通を拒否するのか。ここには失敗に対する強迫観念がある。私たちは自らの意思疎通が失敗に帰結しうることを覚悟して他人に話しかけ、表情に表す。実際、意思疎通は即刻的な理解ではなく、誤解と葛藤の連続なので、人間的価値をもちうる。私たちが絶えず考えて反省し、省察する理由はまさに意思疎通が不完全だからだ。不完全なゆえに、そこに考慮と熟考が加わって責任が伴う。だが、表情を隠すのは失敗したくないし、責任を取りたくない意志を表すものに違いない。

意思疎通とは他者に対する積極的な要求である。彼らの生において、この「他者への要求」に代わるものが、まさに「正当な代価」だ。代価として還元できない、すなわち交換不可能な価値があるということに思いいたらない。また、代価を受けて所有する個人を超えて、共同体的で「共通のもの」に向かっても進まない。学費問題でもこうした様相が表れる。街頭で他の学生が絶叫しているが、上位圏の大学の余裕ある学生だけでなく、学費による厳しさでは同様な学生でも、今の学費が高いとしてもそれなりの効用さえあれば自分は構わないと言って、大学が出した金に見合っていないのが問題だと指摘する。彼らは正確に正当な代価を求め、交換価値の論理で動いているわけだ。厳しく言えば、彼らの認定闘争と権利闘争は「所有」の前に留まっている。

 

共有される問い、これで生きてるといえるのか

 

ここまで、なぜ20代が自らの絶望を集団的な参加ではなく、個人的な慰めを消費する形で解決しようとするのかを考察してきた。何よりも彼らの未来はあまりにも不透明である。近代人が夢見てきた偉大な理想は、人間が自分の生を予測し、企画できるようにすることだった。しかし、新自由主義は「自由」という名でこの予測と企画の可能性を突き崩した。代わりに、その場に残されたのは不安だけである。貧しさと脱落の不安が魂を支配する。必死に努力してスペックを積みながらも、自分が何をしていて、どこに向かって進むのか、絶えず虚しさを感じる。だから、誰かが激励して慰めてくれ、うまくいっていると言ってくれねばならない。したがって、彼らにとって最も必要な言葉は「その道ではない」ではなく、「焦るな」というのは極めて当然である。「お前だけでなく、俺もそうだった」というのが、この不安をしばしでも鎮めることのできる鎮痛剤である。

では、なぜ集団的な参加ではなく個人的な慰めなのか。これを理解するためには、彼らの認定闘争と権利意識の存在様式を考察しなければならない。彼らには生存だけでなく存在自体の意味が疑問視されている。中産層の場合には、父母より出世したり、父母と異なる存在になるどころか、死ぬまで父母の後見と計画の下で生きていくように慣らされている。自らの歴史的価値を集団的に経験してアイデンティティを形成するのは極めて難しい。代わりに、自らの価値を表出するために天才的な創意性のようなものを発揮せよ、という文化産業の論理に捕えられて、それを自己実現だと理解している。この過程で「共通のもの」をつくっていく広場だけでなく、身を引く空間であるプライバシーもまた崩れた。その場を代わりに埋めたのは「正当な代価」という言葉で代弁される、個人的な補償と所有の方式、つまり私的所有権に対する強迫観念である。これに正確に照応するのがまさに「慰めの消費」である。

ところで、これは一世代の文化的特徴なのか、あるいは私たちみんなが共有する今の時代の問題なのか。実は、私たちが生きているこの時代の感受性とハビトゥス(habitus)は所有権に基づいた個人的な権利意識の伸張として、集団的ではない個人的な創意性の価値を誇張し、生産の社会性を無視する方向で形成されてきた。この世代は、そうした韓国資本主義の発展方向の結果として形成されたのであって、原因ではないわけだ。そのため、すでに指摘したように、私たちがなすべきことは世代を通じてその時代へと進んでいくことであり、その時代を世代の問題へと転倒させることではない。

それならば、彼らの文化的特徴から私たちはどういう同時代性を発見できるのか。何より個人の権利意識の発展が「共通のもの」に対する感覚を育てるよりは、排他的な所有権を強調する方向へ流れていることが分かる。その結果、私たちは保守勢力が「権利」という言葉を乱用し、正義や人権のような共同善の問題を「権利相互間の衝突」にすり変えようとする試みを時々目撃してきた。この試みは確実に成功したように思われる。私たちは社会的葛藤を権利の衝突として再現する知識―権力に捕らわれている。学生人権条例の場合、それが公論の場に登場するや否や、それなら教権はどうなるのか、という質問に直面した。ここでも教師の権利と学生の権利が衝突するものとして再現され、認識される。鉄道やバスのストライキも、労働者のスト権と市民の移動する権利の間での衝突が醸成される。2010年ソウル広場の条例改定案に関する論争も、広場の使用権限がソウル市にあるのか、あるいは市民にあるのかをめぐって展開された。つまり、広場が誰の所有なのかが核心的な問いである。所有権をめぐるこの権利の大衝突の前で、誰のものでもない「共通のもの」に対する感覚が形成されていく可能性はない。

それでは、新しい連帯が形成されたり、政治的空間が出現する可能性はないのか。いや、ある。最近、筆者は学生と対話するたびに、不思議に世代を超える新たな「共通の問い」が思い浮かんでくるのに気づく。まさに「これで生きてるといえるのか」という問いである。次第に多くの学生が「これで生きてるといえるのか」と懐疑し、生自体について問うている。ところで、この問いこそ、実は私たちみんなが共有しているものではないか。

不安が魂を蚕食すればするほど、人々は生自体について問うようになる。これがまともな生なのか。果たして生と呼べるものなのかと問い、答えようとする。これはとても巨大な問いであり、それ自体が不安を増幅させるために、正面から凝視するよりは暖かい慰めに傾きもするが、私たちが肯定すべきはこの問い自体である。こうした問いを投げかけるということは、人々が再び根本を省察しはじめたという兆候だ。そして、この問いを共有する人々がまさに同時代人である。資本は私たちの生から「共通のもの」をとり除こうと努めるが、私たちの生から共通のものが除かれれば除かれるほど、むしろ生自体に対する「共通の問い」が世代と場所を超えて提起されるのだ。

この問いがまさに新しい連帯、新しい「社会的なもの」の可能性である。私たちはその一つの芽をトゥリバンに連帯した闘争に見ることができた。トゥリバンとは、弘益(ホンイク)大学の近くにある小さな手打ちウドン屋だった。トゥリバンが借りている建物がある日突然巨大資本によって再開発され、適正な補償も受けられずに追い出される立場におかれた。作家でもあったトゥリバンの主人は、屈辱的に追い出されるのではなく、生存と自尊心をかけた闘いを決心した。このトゥリバンの闘いに結集したのは伝統的な運動組織ではなく、弘益大学の周辺に生息していた若い文化創作者たちだった。そして、誰も予想できなかった方式でトゥリバンの闘いが始まった。

何よりも、彼らはトゥリバンを活動拠点としただけでなく、実際にそこで生活した。彼らは撤去の危機におかれたトゥリバンで資本の急速な蚕食によって崩れていく自らの「運命」を見たと語る。多くの人が弘益大学の前をクラブとアングラ・ミュージシャンの空間と見なすが、そうした自生的な文化空間としての「弘大前」はすでに資本によって乗っ取られ、枯れ死寸前の状態である。だから、彼らはトゥリバンで自らの運命を見たというのだ。

誰かの苦痛から自分の運命を共感する人々、彼らがまさに同時代人ではないか。だから、彼らの闘争は連帯ではなく、同時代人の闘争である。誰かを助けるのではなく、お前の運命が俺の運命と変わらないこと、つまり当代の運命を「共通のもの」と受け入れる体験が、彼らをトゥリバンで暮らすようにしたのだ。それはトゥリバンだけではない。平沢のテチュリ里、済州島のカンジョン村に至るまで、今日連帯の方式は交換できるものではないが、共通の運命を直視した人々がともに居住し、生を整えていく方式で変えている。

弘益大学の清掃労働者との連帯もまた象徴的だ。大学と下請け業者の契約破棄によって労働者が集団解雇されると、彼らは雇用の継承と待遇の改善を要求して50日間の座り込みをくりひろげた。ところで、最初にこの闘争が問題化した時、弘益大学の総学生会が見せた反応は、「外部勢力」は干渉するなというものだった。弘益大学は弘益大学人のものだから、弘益大学人でない他の人々は第三者であり、介入する資格がないと言った。「所有」に基づく権利意識の一つの極端な例を示す反応だった。だが、これに対してすぐに「外部勢力連帯論」が提起された。清掃労働者の闘争現場には「外部勢力は団結した。内部勢力は覚醒しろ」という垂れ幕が掲げられた。所有が権利であり、権利が政治であることを正面から拒否するスローガンだった。

トゥリバンと弘益大学の清掃労働者の闘争の共通点は、生の基盤を守るための闘いだったという点である。誰かにとってトゥリバンと弘益大学は金を稼ぐ手段、それ以上でも以下でもなかったが、他の誰かにはその空間は生計手段という意味を超え、日々が他人と関係を結んで生きていく「生の基盤」である。ある者は、学生が貼った「掃除の母さん、父さん、ガンバレ」というスローガンに「労働者」が落ちているので、資本主義に対する構造的な認識が不十分だと批判するが、私たちは事態を正反対に見なければならない。「父さん、母さん」という呼称は、ここが学生と掃除人が顔を合わせて具体的に関係を作っていく「生の基盤」であり、この基盤が破壊されているという事実を見抜いた認識を反映するものである。

そのため、両方とも「これで生きてるといえるのか」といって生自体を問い、生を防御するものであり、世代を超えた同時代人の闘争である。生の基盤を守るという点で、所有に還元されない「共通のもの」が私たちの生に存在し、そうした共有地が必要だという点で、この二つは同じ闘争である。今の時代の最も根源的な問いを共有することこそ、新たな連帯の出発点である。この連帯は、所有を超えた「共通のもの」として、生の基盤を再び磨く過程である。これは遠い未来に闘いとれるものではない。「共通のもの」をつくり出すこと自体が「共通のもの」を享受する過程である。すでに世代を超えてこの連帯を実践し、実現している人々がいる。

 

翻訳 : 青柳純一

季刊 創作と批評 2011年 秋号(通卷153号)
2011年 9月1日 発行

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