大統領選挙の局面における連合政治と市民政治

2012年 秋号(通卷157号)

 

李哲熙(イ・チョルヒ) トゥ厶ン政治戦略研究所長。民主政策研究院副院長、韓国社会世論研究所副所長を歴任。著書に『朴槿惠現象』(共著)、『勝つ政治、疎通のリーダーシップ』、『一人者を作った参謀たち』などがある。rcmlee@hanmail.net

 

 

1. はじめに

 

李明博(イ・ミョンバク)政府が始まって以来、野圏または進歩改革陣営を蘇らせた動力は、「連合」と「市民」であった。去る第17代大統領選挙(2007)と18代総選挙(2008)を経ながら、保守の優位は構造化され、進歩の劣勢は長期化するかのように見えた。2008年4月の総選挙で民主党は無力であった。すべからく大衆の政治参与を動員するメカニズムが政党であるが、民主党はその役割を果たすことができなかった。政策と人物の面で新しく変化する姿もなかったし、市民の政治参与を導き出すアジェンダの提示や開発、または組織的連係(linkage)にも無能であった。そういう有り様を見兼ねた市民が直接行動に乗り出したのが、取りも直さず2008年5月のキャンドル抗争である。

キャンドル抗争は保守の独走にブレーキを掛けたし、それで政党政治の領域は気力を回復し始めた。民主党は4大江事業とメディア法など「MB悪法」に強力に反対し、闘争した。結局、市民政治のおかげで政党政治が新たに作動し出したわけである。「民主主義の制度が無気力で、その中心的メカニズムとしての政党が本来の機能ができないほど虚弱な時、その席に取って代わった一種の救援投手のような役割」崔章集、「キャンドル集会と韓国民主主義、どう見るべきか」、細橋研究所・進歩と改革のための議題27・参与社会研究所・コリア研究院・京鄕新聞主催の討論会「キャンドル集会と韓国民主主義」(2008.6.16)における開会の辞。を市民政治が成し遂げたのである。キャンドル抗争は2009年4月の京畿道教育監選挙と補欠選挙での勝利へとつながった。

2010年6月の地方選挙での勝利は、連合政治の役割が市民政治のそれよりもう少し大きかった。天安艦事件で北風が吹いてきたにも関わらず野圏が勝利できたのは、民主党と民主労働党、国民参与党などが力を合わせて、候補単一化などを成し遂げたからである。市民政治の仲裁も一役買ったが、それを主導したのは政党間の連帯であった。その連合政治の威力でもって保守の一方的優位という政治地形を変えたのである。注目すべきことは市民政治の活動である。天安艦事件で安保フレームが形成されながら、野党が様子をうかがい戦々恐々としていた際、市民社会は果敢に状況を突破していった。そのように攻防が形成され、保守の「安保商売」に対する拒否感が拡散できた。これに便乗して野圏は戦争対平和の対立構図でキャンペーンを繰り広げたし、それは選挙の勝利に一助となった。連合政治と市民政治が結合して創り出した2010年の勝利は、それ以後、すべての選挙の必勝公式として落ち着いた。

一方、市民政治は福祉国家論議、希望バス運動、朴元淳(バク・ウォンスン)ソウル市長の当選、「安哲秀(アン・チョルス)現象」としてその実体を持続的に現わした。希望バスはキャンドル抗争を継承しながらも、「政府政策の特定の政策と正面から対立したキャンドル抗争とは違って、希望バスの中心には幅広い社会経済的な議題が入って」金鍾曄、「よりよい体制に向かって」、『創作と批評』2011年秋号。いた。ところが、連合政治と市民政治の上昇効果は2011年のソウル市長補欠選挙を頂点に、弱くなり始めた。とうとう去る19代総選挙でその威力は著しく落ちた。こういう点から今年12月の大統領選挙を控えている今、われわれは連合政治と市民政治の新しいバージョン、両者の新しい結合方式を苦悶すべきである。

 

2. 連合政治と市民政治

 

連合政治は韓国だけの特殊な現象ではない。たいてい資本主義の下では労働や社会経済的な弱者を代弁しようとする勢力が構造的に不利であらざるを得ない。権力資本が足りないからである。「現代民主主義政治史で「連合」は特異や稀少として規定されるのではなく、持続的で普遍的な政治的現象だと言える。」 趙誠帶·ホンジェウ、「連合政治の比較政治的脈絡と韓国的適用」、『歴史批評』2012年春号。つまり、弱者が勝つために力を合わせることは、極めて正常的な政治戦略だと言えよう。

「政治では個人の知識と情報力、判断力、社会的決定を遵守する責任意識などに関係なく「一人一票」として代表される。しかし、市場では資本力、個人の生産性、契約が実現できる能力に従って生産と分配に対する決定力が違ってくる。「一ウォン一票」なのである。」趙潤濟、「産業化50年、民主化25年」、『中央日報』2012.7.7。だから、民主主義は詰まるところ一人一票の平等をもって一ウォン一票の差別を是正できるようにする制度である。こういう点で連合政治は一人一票のシステムを効率的に活用する戦略なのである。

白樂晴(ベク・ナクチョン)は連合政治が単に選挙勝利のための戦術の問題ではないとしながら、その戦略的意義を強調する。

 

今日の韓国でよく「保守」と言われる勢力は、実際にほとんどが守旧であり、真正なる保守主義者はそれよりずっと少数である。これに中道保守と、もう少し積極的な反対勢力に当たる中道改革派、進歩派などが布陣したのが韓国政治の独特な地形なのである。おまけに分断体制の変革への実質的な寄与を真の進歩の尺度とする場合、いわゆる進歩陣営の極端的・根本主義的路線がかえって分断体制の再生産に役立つ「守旧的」機能を発揮したりもする。それほど守旧勢力のヘゲモニーは破りにくい地形なのであり、従ってこのような現実で守旧に荷担する保守主義者の数を最小化しながら、中道および進歩勢力を総結集することは、単一政党(少なくとも連合型統合政党ではない単一政党)としては不可能だと見なすべきである。連合政治の戦略的意義は取りも直さずそこから出る。白樂晴、『2013年体制作り』、創批、2012、89~90頁。

 

李明博政府が始まって以来、あれこれの選挙で連合は勝利のための必須条件として機能した。連合ですべての選挙で例外なく勝利したわけではないが、選挙連合による得票の効果は相当なものであった。経験的研究によると、連合による単一候補の得票は連合参与政党らの得票総合より少ない傾向にあるという。Thomas Gschwend & Marc Hooghe, “Should I stay or should I go?” The American Political Science Association Annual Conference, Seattle, WA. September, 2008.韓国の場合もあまり変わらないが、2010年の地方選挙当時、ソウルでだけは連合による単一候補の得票率が連合参与政党らの得票総合を超える結果を産んだ。連合政治の「+α」効果が経験的に立証されたということは、2012年の大統領選挙のためにも非常に重要な参照点である。

最近の研究によると、選挙連合の得票効果は相当なものであるという事実がわかる。「ソウル地域の単一候補は、同じ広域地域の非単一候補と所属党の支持率との差を比較した際、5.1%Pの利得を記録した。競争候補であるハンナラ党の候補が同じ状況で得た1.7%Pより、非常に大きい利得である。京畿道と江原道もまた、単一候補が非単一候補に比べてそれぞれ11.5%P、5.1%Pの得票率の利得を記録して、競争候補が記録した-4%P、2.3%Pに比べて高かった。」ハン・サンイク、「第5回同時地方選挙選挙連合の特徴と効果に対する試論的研究」、『韓国政治研究』21輯1号(2012)、ソウル大学校韓国政治研究所。
連合の機械的効果(mechanical effect)がこれ位だという意味ではないが、心理的効果(psychological effect)まで発生するならば、連合の得票効果は連合した政党の得票を単純に加算する次元を超えうるという点が確認されたのである。

いわゆる市民政治は市民が政党を媒介しないで、直接行動に乗り出すことを言う。「最近、選挙に大きな影響を及ぼしている無党派層は政党に帰属感を持たないで、甚だしくは否定的態度を持つが、政治に無関心なのではなく、むしろ政治的意志の表現に積極的だという点で伝統的な無党派層とは区別される。特に2011年の10·26再·補欠選挙で見るように、このような無党派層が新しい政治空間を創り出しているわけであるが、これを積極的に専有しようとする試みの中の一つがいわゆる「市民政治」である。」 李南周、「市民政治の浮上と政党政治」、『歴史批評』2012年春号。

市民運動がその間「反政治(anti-politics)の政治」を通じて政党政治の発展を制約してきたことは事実である。既存の政党らはあまりに不信を買った立場なので、彼らのできない役割を市民運動が担当してきたことは不可避な側面がある。戦略的にも第三者的スタンスを持って政治に介入することは、実効性の面でもよりよい選択であった。しかしそれにも関わらず、そのために政党政治がうまく成長できなかった側面もある。「われわれの場合も反政治的態度が制度政治内のすべての政治勢力に対する不定的認識を強め、守旧勢力が政治的既得権を維持するに役立つこともある。特に政党政治に健康なエネルギーが投入されることに否定的な影響を及ぼす場合、立ち遅れた政党政治をより脆弱にする恐れがある。」李南周、前掲論文。このことは市民政治も留意すべき点である。

市場での差別的権力関係に影響を及ぼすものが政治なので、保守は政治の縮小を望む。政治を縮小するに、政治に対する不信ほど有用なる手段はない。そういう点で市民運動が道徳的優越感のなかで既存の政治圏に対する不信を助長したことは、批判される余地がなくはない。政治不信による打撃は、そのまま今の野圏に帰されている。安哲秀現象で揺れたのは、与圏ではなく野圏であったという点を見ても、このことは確認される。市民運動の反政治によって助成された政治不信が、大統領や官僚たちが政治を無視し、一方独走するに心理的土壌を提供したという点も認知しなければならない。

もちろん根本の原因は政党政治にある。「急激に変わってきた社会葛藤の構造と古い政党体制との間の乖離ないしは不照応のなかで──あるいはそういう不照応のために──作られたもう一つの問題は、政治の外から解決者を探そうとする大衆的欲求を絶え間なく拡大させた。安哲秀現象のように「何々の現象」が日常化され、誰も予期できなかった大規模のキャンドル集会が出来上がり、「希望バス運動」が一つの文化的現象として現れることができたのも、このような政治と社会葛藤が不照応する条件で可能だったことである。」バク・サンフン、「韓国政治、何が問題で、何が問題ではないか」、『黃海文化』2012年春号。従って政党政治が市民政治のせいにすることはできない。

だが、市民政治が政党政治に取って代わることはできない。逆に政党政治が市民政治を否定することもできない。市民政治が無くなったり、縮小されるからといって政党政治がひとりでに発展するわけでもない。両者の関係を先後や主従の観点で理解する必要はない。力動的相補関係として見なすのが適切である。経験的にも両者が互いを排斥しないで相互協力的であった時、一方がもう一つの一方に埋没されない際、進歩陣営に勝利が与えられた。去る4月の総選挙での敗北はこういう点から注目する必要がある。

 

3. 2012年4月の総選挙の失敗

 

2012年4月の総選挙で連合政治は単調であったし、市民政治は無力であった。全国的次元で包括的な選挙連合が成されたにも関わらず、選挙の勝利は保守の取り分であった。キャンドル抗争以後、市民政治が本格化したにも関わらず、総選挙のアジェンダや投票率で地方選挙を超える意味ある上昇が導き出せなかった。総選挙敗北の経験は深刻な省察的含意を投げ掛ける。単に力を合わせるからといって勝つのではないという事実が明確となった。市民政治がアジェンダリーダーシップを発揮できないと、連合政治の付き添いになることに満足するしかないという事実も明らかとなった。

有権者が票を投じない連合政治は、エリートたちの間の割り当てのための名分に転落されることとなる。連合の核心は政治エリートや政党が手をつなぐことではなく、政治勢力や政党の支持者たちが票をもって連帯することである。しかし、今回の総選挙では上層連帯のみが成功しただけで、下層連帯を導き出すことには事実上失敗した。連帯の幅も狭かった。投票率が54.3%に留まったことが今回の総選挙で連合政治の示した限界、つまり心理的効果による「+α」の足し算が成し遂げられなかったことを物語る。

4·11総選挙で年齢代別の投票率を見ると、去る2010年の地方選挙とほとんど類似であることがわかる。李明博政府が始まって以来、20~30代の投票率が上昇したことに照らし合わせてみると、失望的な水準である。問題は連合の形式ではなく内容である。総選挙で連合政治は形式の面では歴史上最も進んだ形態であったが、内容では貧弱であった。「このような(政権)審判論とネガティブな選挙戦略は、有権者たちに選挙に対する疲労感をもたらしたし、セヌリ党と選挙連合との間の政策的争点が形成され得ないことによって有権者たちは再び地域および縁故に基づいた投票決定に誘導された。」 キ厶・ヒョンチョル、「第19代総選挙、野圏連帯の成果と今後の展望」、コリア研究院『懸案診斷』214号(2012.4.23)。

19代総選挙で連合政治(野圏統合)が及ぼした問題は大きく三つである。一つは政党の革新を失踪させた点である。各種の世論調査で確然と現れ、安哲秀現象が語ってくれるように、既存政党に対する「不満」は李明博政府に対する「憤怒」に劣らずその根が深い。憤怒に対しては連合政治でもって戦線を単一化させることが必要であるが、不満に対しては革新で解くべきである。それにも関わらず、既存の政党らは人物や政策、それからリーダーシップの面で旧態依然たる姿をそのまま再演した。一時、廃れた血族の身の上から民主党の主流として再登場した親廬勢力でさえ、革新の姿が示せなかったまま盧武鉉フレームを踏襲した。革新と統合はコインの両面なのに一緒に行くことができず、統合が革新放棄を覆う役割として働いた。

もう一つは保守と差別化される政策の争点をまともに創り出せなかったことに寄与したという点である。総選挙の前に民主党は進歩性を強化してきた。このような路線の変化は、選挙の局面で具体的な争点を置いて政党間の差が明らかになってこそ、大衆が認識できることとなるし、それによって投票の物差しとして作動できることになる。「市民の前に置かれた代案がすべて同一なものであるならば、彼らは投票に特別な意味を与えないだろう。有権者たちをして投票場に向かわせるためには、各党の政綱政策の間に差が存在しなければならない。」 Anthony Downs, An Economic Theory of Democracy, Addison-Wesley 1957. そういう点で民主党や統合進歩党が総選挙で政権審判論のほかに、生の問題から出てくる争点構図を作り出せなかったのも、統合効果にのみ寄り掛かったためである。

最後に、連合政治は野圏のリーダーシップを虚弱とならしめた。統合は互いの持ち分を認め、共存を図ることである。そういう点で激しいリーダーシップ競争を生まれつき制約するしかない。それに強力なリーダーシップの登場は、既存の秩序を揺さぶる不安要因となるという点から統合とは本能的に容易く釣り合えないものである。統合フレームで野圏のリーダーシップは弱くなり、再び脆弱なリーダーシップは統合フレームに閉じ込められて冠岳乙競選(競選とは複数の候補者を立ててその中から選ぶことをいう─訳注)不正事件、金容敏(キ厶・ヨンミン)波紋などでぐずぐず受動的に引き摺られて回るしかなかった。

まとめると、こうなる。連合政治は共通の敵と対敵するために、同じような勢力が力を合わせることに留まってはならない。力を合わせて何を行おうとするのかを明確に提示し、具体的に示すべきである。「(民主党が)進歩と保守の古いフレームを破りながら、機械的な「左クリック」(左派傾向的な施策へと転向しようとすることを言う─訳注)ではない、多様な革新的民生政策を出す時にのみ、選挙連帯のため進歩党に引き摺られたとか、それとも口だけ左クリックであまり変わったことはないという批判から逃れられる。」 白樂晴、「2013年体制、どんな大統領が出るかが要」、プレシアン2012.4.23。

19代総選挙では市民政治も本来の役割が果たせなかった。いくら総選挙が地域区単位の小さい選挙に分けて行われる政党らのゲームだとしても、それ以前の選挙に比べて市民政治の役割はほとんど微々たるものであった。市民政治を導いたリーダーたちが相当数、民主統合党に合流して出馬した状態だったので、市民政治圏に一部リーダーシップの空白が出来たことと思われる。また、統合の成功で油断した側面もあったようだ。それでも市民政治が乗り出して、統合に安住し漂流していた野圏を刺激し、突き動かすアジェンダリーダーシップを発揮することは可能であったし、また必要であった。そうしたならば、政策争点なしに選挙を行うことはなかったであろう。東アジア研究院(EAI)のパネル調査によると、イシュー別に選挙に影響を及ぼした程度を見ると、市民政治がその間声高く唱えてきた福祉イシューが8.3%、財閥改革が3.7%に過ぎなかった。 朴元浩、「不動層の票心移動とイシューの影響力分析」、2012総選挙大統領選挙特集EAIオピニオンレビューシリーズ2012-03号。

 

4. 2013年体制のための連合政治と市民政治の条件

 

19代総選挙では保守対進歩の得票率が48%対48%で互角の勢いを示した。このことは去る18代総選挙や17代大統領選挙に比べたら、非常に変わったことである。17代大統領選挙での得票率を見ると、保守として分類できる李明博候補と李會昌(イ・フェチャン)候補が得たものを併せると、なんと63.7%に達する。逆に進歩候補の得票率の合計は35.0%に過ぎない。18代総選挙の比例代表選挙では57.5%対34.6%であった。ところが、去る2010年の地方選挙では44.8%対51.1%で、進歩の優位であった。去年のソウル市長補欠選挙では進歩の朴元淳候補が保守の羅卿瑗(ナ・ギョンウォン)候補に比べて7%P高かったが、今回の総選挙のソウル得票率では進歩が4.3%Pの差で勝つに留まった。

このような構図で保守の攻勢は予見されることであった。そういう中で統合進歩党の競選不正事態が起って、もう政党支持率のみを見ると、互角の勢いは崩れた。たいてい保守が45%内外ならば、進歩は35%内外に留まっている。相当な劣勢である。このような構図ならば、既往の連合政治を根本的に再検討し、市民政治も新たに接近すべきである。

総選挙における連合政治は、民主党と統合進歩党の連帯、つまり「民・進連帯」だと言える。しかし、総選挙の結果および統合進歩党の競選不正事態でもう連合政治は再編が不可避である。再編の基本方向は民主党が安哲秀現象などと幅広く連帯することである。「問題は(民主党と進歩党)両党の連帯だけでは選挙に勝てないし、いわゆる無党派層を大挙合流させなければならないが、この際、既存の野党ら、特に民主統合党が安哲秀支持勢力とどういうふうに連合をするかが要となるだろう。」 白樂晴、前掲論文。「いかなる構図が形成されるにせよ、選挙勝利のためには中道、20~40代、無党派有権者の支持確保が絶対的である。だが、彼らは皆支持結集の対象ではなく、支持動員の対象だという点が核心である。支持動員の動力は、既存野党候補間の選挙連合では確保されにくいだろう。(…) それで野圏の立場では新しい支持が動員できる安哲秀が必要であり、(…)」リュ・ジェソン、「韓国政党の退行的再配列:選挙連合および政党統合」、韓国政治学会特別学術会議「地方政治の発展と韓国政治の発展」(2011.11.18)発表文。

創り出したのは、安哲秀教授ではない。もちろん彼がいなかったならば、今のように具体的実相として存在することはできなかったであろう。また、安教授が去年のソウル市長再選挙を経ながら、安哲秀現象を引っ張っていける力をある程度確保したことも事実である。だが、それでも安哲秀現象は客観的に形成された社会的・政治的流れであって、彼を追従するファンダム(fandom)ではない。従って、彼が勝手に引っ張っていくこともできない。こう区分する理由は簡単である。民主党が安哲秀教授を迎え入れたり、彼と単一化さえすればいいといったふうに浅はかに接近すると、連合政治の完全な動力を確保しにくいからである。

7月19日、安哲秀教授が自分の考えを表わした本を出版し、23日ある芸能番組に出演してから、彼の支持率は急上昇した。一気に朴槿惠(バク・グンへ)議員を追い抜いた。朴議員の不適切な5·16発言、野圏の食傷する姿などに大衆が不便となった頃、安教授が適時に登場した「タイミング効果」のおかげであるが、彼で象徴される変化への熱望がどれ程大きいかがわかる。安教授の政治的アイデンティティは正確に朴議員の対蹠点に立っている。朴槿惠対安哲秀の構図は興味深く、鮮やかで、容易く受け入れられる。総選挙の後、民主党が敗北をもたらした民意を受容するどころか、まともに理解もできていないせいで、この構図はより強烈となった。今は社会的運動や時代的流れにまで定着している。

従って、民主党は安哲秀現象を全面的に受容すべきである。それは取りも直さず民主党が大々的に革新し変化することである。「民主党が安教授にやたらに入ってこいといっても、今のような民主党に彼が入るものか。安教授に入ってくるようにと要求する前に、彼が一緒にやっていけると感じられる政党を作る作業を先にすべきである。」白樂晴、前掲論文。要するに、民主党が先に変わるべきだということである。ところで、民主党の変化の方向はもうこれ以上進歩化(radicalization)ではない。これからは差別化(differentiation)である。

進歩化のコンセプトがアイデンティティならば、差別化のそれは代案性である。わが国民が全体的に左クリックしたのは、進歩という理念に対する選り好みではない。保守の解法では自分の生が良くならないことに対する反応、すなわち進歩的解法に対する関心である。従って進歩的解法が如何に一般の人々の生、食べて生きる問題を変えうるか示す議題の政治化が核心である。また、進歩的解法を切実に必要とする社会集団・階層・勢力によってそれが具体化され、彼らによって裏付けられるようにすべきである。こういう議題の社会化もまた、もう一つの核心である。こうするためには、保守的解法と何がどう異るか、鮮明に差別化することが要である。言い換えると、保守的解法と区別される進歩的代案を具体的に示すことに成功してこそ、民主党が執権できるということである。「自分が食べて生きる問題がつまり社会問題であり、政治議題だという事実が体感できない時、参与政府の新自由主義政策で最も被害を被った庶民と貧困層が盧武鉉大統領を懐かしみ、甚だしくはハンナラ党を支持する矛盾が起こる。社会の弱者だから支持し、連帯すべきだといったふうな態度は、それ自体で美しいが、長くは持続されにくい。」朴權壹、『少数意見』、子音と母音、2012。

功するためには、易しくて簡明に理解できる争点構図を創り出すべきだ。この観点は拙著『何をどのようにすべきなのか』(ノウルブック、2012)が参照できる。 保守と進歩を分ける、両者の解法がどう異るかを分ける区分イシュー(wedge issue)があるべきだ。保守は無償給食に対する賛否構図で完敗した。この際の学習効果で保守はもう政策、特に社会経済的政策を中心に対立戦線を構築しようとはしない。常に保守は非社会経済的イシューを中心に争点構図を作る戦略を駆使する。厶ン・ウジン、「政治情報、政党、選挙制度と所得不平等」、『韓国政治学会報』45輯2号(2011)。John E. Roemer,  Woojin Lee and Karine Van der Straeten, Racism, Xenophobia, and Distribution, Harvard UP 2007;  Alberto Alesina & Edward L. Glaser, Fighting Poverty in the US and Europe, Oxford UP 2004.保守は原則と所信云々しながら、強勢を示すキャラクターを中心に選挙を行おうとするだろう。経済民主化や福祉などの政策について語ることは、政策争点を薄くしようとすることに過ぎなく、決してそれをもって勝負しようとするわけではない。ダウンズも政党間の差が無くなると、パーソナリティーや技術的な能力、または非イデオロギー的要因が重要となると指摘した。Anthony Downs、前掲書。アメリカの政治学者であるドナルド・ストークス(Donald Stokes)の区分によると、能力や信頼、魅力などを競う合意政治(valence politics)に集中するために、賛否構図の対立政治(position politics)を避けようとする戦略なのである。 Donald Stokes, “Valence Politics,” Dennis Kavanagh ed., Electoral Politics, Clarendon Press 1992. キ厶・ユンチョル、『政党』、チェクセサン、2009。合意政治は合意争点(valence issue)を中心に、対立政治は対立争点(position issue)を中心に展開される政治を言う。対立争点は政策に対する立場を言うのであり、合意争点は現職者の利点、学力、能力、業績、経済性と、地域区事業、信頼性、個人的魅力などを意味する。参考までに、厶ン・ウジンはposition issueを「位置争点」として、valence issueを「価値争点」として翻訳する。これについては厶ン・ウジンの前掲論文と「政策中心対価値中心の選挙競争」、『国家戦略』11巻2号(2005)参照。

差別化は談論の水準ではなく、具体的な争点を通して成される。福祉を置いて本物対偽物の戦いにしてみても容易く理解されない。地方選挙で福祉は無償給食に対する賛否として現れることによって、始めて簡明に理解された。経済民主化の場合、朴槿惠議員も出馬宣言文で3大核心課題の一つとして闡明した。なので民主党や進歩改革陣営が経済民主化を核心アジェンダとするためには、差別化のための核心争点を創り出さなければならない。注意すべきことは、政策的完結性に囚われて度を越して行き過ぎることである。無償給食の論争が「子供たちに食事を提供する」問題として理解された際、勝機をつかんだように、経済民主化の論難も「食べて生きる」問題や勤め口問題として理解されるようにすべきである。要はこのようなフレームで大衆の関心と参加を導きだして賛否構図を形成することであって、その政策がどれ程本質的かの可否は重要ではない。

市民政治も連合政治に関与する役割に留まってはならない。市民政治が連合政治に参加して勢力らの間を仲裁し、合意の内容を豊かにすることはいくらでも可能である。ただし、それが主となってはならないということである。市民政治が介入する際、最も鋭敏なところが安哲秀教授が出馬する場合、提起される候補単一化の問題である。2011年10月、ソウル市長補欠選挙の朴元淳モデルに従って市民政治が安教授を市民候補にして政党政治と協議するプロセスは適切ではない。また、選挙とそれ以後の執権で政党を下位パートナーに置く、いわゆる「市民政府論」も適切ではない。中立的審判者として単一化に介入するとしても、市民政治の一部分が参与する水準に制限してこそ、大統領選挙の後にも市民政治の独自的な領域と動力が生き残るはずだからである。 一体化よりは分化が正解である。今回は社会的選挙に力を注ぐべきである。勢力が力を合わせる連合政治だけでは、投票を通して生の変化が作り出せないと思う有権者、つまり棄権層を動員するに限界を持つしかない。政党が新たな葛藤を社会化して既存と異る亀裂の軸を形成するにまだ足りないので、市民政治と連合政治が両翼を形成する編制が不可避である。

先述したように、福祉アジェンダも政党政治や連合政治によって浮き彫りにされたのではない。それは市民政治が主導したものである。「2010年の地方選挙における無償給食論争と、それを起爆剤とした福祉国家の本格的な政治議題化は、福祉問題に対する市民社会運動の介入の歴史において一つの分岐点を成す。」キ厶・ヨンスン、「普遍的福祉国家のための福祉同盟」、『市民と世界』19号、参与社会研究所、2011。そうでなくとも進歩性をかなり放棄した統合進歩党なのに、それに競選不正事態まで加えられたわけだから、進歩政党に似合うアジェンダを提起するには限界を持たざるを得ない。また、無党派を中心に勢力化した安哲秀という存在によって、アジェンダ設定において全体の政党政治が発揮できる主導性も弱化された。こういう点を考え合わせると、市民政治が進み出て先導するように仕向ける政治企画が必要である。

今、市民政治に必要なのは、民主党の変化を突き動かし、新しいアジェンダを設定するにリーダーシップを発揮することである。安哲秀現象が中道・無党派フレームに埋没されないように牽引するのも、市民政治が社会的選挙に力を注ぐ際、可能である。市民政治が2009年の京畿道敎育監選挙、2010年の地方選挙で無償給食をイシュー化する努力をしたように、これからは福祉や経済民主化を中心に争点が形成されるようにすることが重要である。このようなアジェンダリーダーシップと構図の管理、それと共に参与連帯が天安艦事件の際、見せてくれた決起が今回の大統領選挙でも見られるべきだ。

総選挙敗北の後、市民政治はこれからの方向に対する討論を進めている。総選挙で連合政治に介入した部分は注目されたが、市民政治の固有な活動が足りなかったという自省が提起されている。だとしたら、迫ってくる大統領選挙ではどうするのがいいかに対する論議は、未だ始まりの段階に過ぎない。ただ「現場で社会的懸案と向かい合いながら市民社会の要求を政策争点として議題化する、独立的で批判的な市民社会運動」李泰鎬、「4·11総選挙と市民社会運動」、『市民と世界』21号、参与社会研究所、2012。が必要だという認識が拡散されているようだ。こういう点から総選挙の前に1000個余りの市民社会団体が参加した2012年総選挙有権者ネットワークの活動経験を批判的に仕上げて、新しく発展させていく必要があるだろう。

市民政治がその間「政策モデルと戦略を作り出す専門家たち、政治市場でイシューの適切なフレーミングを通じて特定の政策モデルに対する大衆の支持を動員し、合意を作り出す政策革新家たち(policy entrepreneurs)の役割など」キ厶・ヨンスン、前掲論文。で優れた力量を示したので充分可能なことである。従って市民政治が今回の大統領選挙では連合を周旋し仲裁することより、アジェンダリーダーシップを発揮し、大衆を動員することに集中することが必要である。こういう点で金起式(キ厶・ギシク)の診断は正確である。「去る総選挙でも確認されたように、野圏を支持する有権者層は多い。問題は彼らが投票しないことである。野圏の大統領選挙戦略は朴槿惠票奪いではなく、投票しない人を投票するように仕向けることであるべきだ。投票しない人を投票するようにすることがわれわれの核心戦略である。野党支持を留保している人々の不信を払拭させることが最大の急務である。言い換えると、民主党が授権勢力として能力があるか、それを示すことが核心の要だと思う。」チャン・ユンソン、「金起式民主統合党議員インタビュー:安哲秀と民主党を合わせても大統領選挙に勝てない」、オマイニュース2012.7.13。政党・連合政治と市民政治の両翼編制は大統領選挙勝利への必須要件である。」 Steven J. Rosenstone & John M. Hansen, Mobilization, Participation, and Democracy in America, Longman 2003.

市民政治が市民的アジェンダではなく、社会経済的アジェンダに集中するためには、社会運動との連帯が必須的である。そうでなくとも労働運動は福祉アジェンダなどに微温的な態度を示してきた。ここしばらくは市民政治が労働運動を積極的に牽引して社会経済的アジェンダに積極的に関係するように手伝うことが非常に重要である。統合進歩党から離脱したり、距離を置いている組織労働の一部、非正規職を始め、政党が包括できなくて事実上政治から排除されている広範囲な社会経済的弱者などが今回の大統領選挙に介入するようにし、自分たちの利害を貫かせるようにすべきである。そうするためには、政党の外で市民運動と社会運動が結合する形の包括的(inclusive)運動政治が必要である。「人々が選挙に参与することは、誰かがそれを鼓舞したり、刺激するからである。

 

5. おわりに

 

連合政治の本領は政党や勢力間の連帯ではなく、有権者たちの連帯である。労働を始め、一つの階級や階層が多数を占めることはできないので、進歩政党が政権を掌握するためには階級の連帯が不可避である。 「政党を通じた有権者連合」(party coalitions)が要だということである。アメリカの政治を変えたニューディール連合も「1930年代の大恐慌という経済危機状況の解決策として、フランクリン・ルーズベルト行政府が行ったニューディール政策を支持しながら形成された親民主党的な有権者連合」を意味する。

ところで、今の民主党や野圏連帯が有権者連合を包括できる程度は制限的である。従って差し迫った12月の大統領選挙のためには市民政治が一翼を担うしかない。すなわち、市民政治が社会集団・運動と共に社会経済的イシューを政治化するに先駆けし、それによって社会経済的弱者たちが投票に出かけるようにする動員メカニズムの役割をすべきだということである。もちろん野圏連帯も幅を広めるべきだ。既存の民主党と統合進歩党の連帯ではあまりにも足りない。去る総選挙で登場した進歩新党、緑色党や青年党も自分のアジェンダを持って参与するようにすべきである。

2013年体制は12月の大統領選挙で勝利することで作られるのではない。社会経済的亀裂の軸を中心に、広範囲な有権者連合が編成されなければならない。ニューディール連合がニューディール体制を支えたように、その名は何であれ新しい有権者連合が2013年体制を支えるべきである。このために市民政治が政党の主導する連合政治の枠のなかに入ったり、それとも両者が並立しながら必要に添って連帯することとの中で、どのような選択をするかが戦略的に重要である。暫定的な判断では政党が主導する連合政治はそれ自身で幅を拡張し、市民政治はまたそれ自身で社会運動と結合するなどの方式でその幅を大幅広めることが適切ではないかと思う。去る総選挙の場合のように連合政治の枠のなかに市民政治の力動性を閉じ込めてしまう恐れがあるからである。また、セヌリ党が事実上の議会過半数の議席を占めている点を勘案するならば、市民政治と政党・連合政治の併行・共進構図がよりよい選択だと言えよう。

 

翻訳:辛承模

季刊 創作と批評 2012年 秋号(通卷157号)
2012年 9月1日 発行

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