金大中 – 盧武鉉政権は果たして市場万能主義であろうか

特集│新自由主義、正しく捉えて代案を探す

 

 

金基元(キム・キウォン)  kwkim@knou.ac.kr
韓国放送通信大学経済学科教授。著書に『経済学ポータル』、『財閥改革は終わったのか』、『米軍政期の経済構造』などがある。

 

 

1. 金大中 – 盧武鉉政権への相反する評価

IMF事態から10年が過ぎた。これまで金大中(キム・テジュン)政権と盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は構造調整を通して危機を克服し、経済の新たな枠組みを設けようと努力してきた。その結果、底をつきかけた外貨保有率が2500億ドルまでに増加し、世界5位へと上がった。さらに一時期9%台へと上昇した失業率も3%台へと落ち、企業会計や金融監督などにおいては先進的な制度も多少なりとも取り入れることができた。さらに不法的な大選資金(大統領選挙の選挙資金)の公開により、政財界の癒着もかなり緩和された。

しかしその裏では暗い陰も存在する。1987年以降改善された分配状態が再び悪化し始め、雇用構造も劣悪な状態となった。このように両極化した事態の深刻性が最も過激的に現われているのが、非正規職と零細自営業の問題においてである。さらに米韓FTA過程でのように範囲と速度を考慮しない慎重さの欠けた急速な解放をめぐって激しい論争が展開した。信用不良者の大量発生や不動産価格の暴騰など、庶民の生活と直に結びついた問題も発生している。

このような複雑な状況を反映し、金大中 – 盧武鉉政権に対する評価は極端な相違をみせている。保守マスコミ、ハンナラ党、保守知識人などは、金大中政権を官治経済の復活、南米式のポピュリズム(大衆人気迎合主義) などと批判し、盧武鉉政権に対しては露骨に反市場的左派と結論付けている。一方、これと相反して進歩マスコミ、民主労働党、進歩知識人などは両政権に新自由主義という名を付けたがっている。筆者は大衆的な論文においては「新自由主義」の代わりに「市場万能主義」という用語を使用しようと提案したことがある。その理由として、まず一つ目は新自由主義という単語を大衆が(さらには多くの経済学者さえも)十分に理解していないということ、二つ目は「新」とか「自由」のような語感のいい単語をよくない対象を表現するのに使用するのは適当ではないということ、最後に後述の市場と市場万能主義の区別も新自由主義という単語では明らかにできないと思われるからである。しかしどちらもなぜ自分たちと正反対の批判が一方で起こっているのかに関しては論じない。さらにこのような批判は特定の政策を対象にしているというよりは、政権の性格を総体的に規定するものである。

金大中 – 盧武鉉政権の経済政策はこのように左右から挟み撃ちされているサンドウィッチのようである。まるでモザイク作品のように評者の見つめる角度、即ちイデオロギーによって政府の政策の模様と色彩が違って見えるのである。世界の先進国を並べ、そのスペクトル上から評価すると、両政権は中途右派と言えよう。しかし中途右派政権も極右派からみれば、彼らの左に位置しており、左派からみれば彼らの右に位置しているのである。しかも人々は政権の政策のうち、自分の見たい部分しか見ようとしない傾向がある。また政権の性格を極端に規定することにより、自身らの支持勢力を広げようとする政略的な判断も作用していると思われる。

しかし金大中 – 盧武鉉政権の政策への相反する評価は評者のイデオロギーや政略的な面から下されただけではない。両政権の置かれた歴史的状況事態が複雑な評価を呼び起こしているのである。韓国は朴正熙(パク・ジョンヒ)時代の開発独裁から先進社会へと移行する過渡期に置かれていたが、まさにそれが極端的な論争の基本的背景となっている。 1987年の6•10抗争と6•29宣言を通して朴正熙の開発独裁体制のうち、政治的「独裁」が崩れ、1997年のIMF事態を通して経済的「開発」体制が崩れてしまった。こうして開発独裁体制が二段階に及んで崩れていったのだが、一挙に整理されたわけではなかった。未だに開発独裁の要素が根強く残存しており、金大中 – 盧武鉉政権はこれらを処理していく過渡期における政権と言えるだろう。

このような過渡期には変化が激しく、それに対する抵抗も熾烈である。そしてこのような過渡期を経て我々が目指す先進社会は一つの模範答案だけでなく多様な形が存在し競争しているのだ。一般的に区分されている英米型と北欧型はお互いにかなり違った性格である。両者とも市場経済を基本としてはいるが、前者は市場•効率性•競争を重視し、後者は民主主義•公正性•連体をより重視していると言えよう。 金大中 – 盧武鉉政権の過渡期はこのような多様な先進社会のうち、どの方向へと進むのか、さらには先進社会のどのような調合を我々自ら創出するのかをめぐり、各勢力が熾烈に戦っている時期である。各政権に対する極端的な評価もこのような闘争の現れであろう。その上、我が国の南北分断という特殊な状況が相まって、統一韓国を作り出していく方法においての葛藤も追加されるのである。

 

2. 市場と市場万能主義の分別

進歩勢力の一部は「先進社会」という方向性の受け入れを拒否している。保守勢力がこの単語を頻繁に使用しており、さらに彼らが量的成長を強調しているという理由からだ。 しかしこれは北韓(北朝鮮)が「ドンム(仲間)」という単語を使っているからといって、韓国で使用禁止にすると同様のことである。問題は先進社会であるかないかではなく、どのような先進社会であるかが重要であろう。また先進化の概念が明瞭ではないという指摘もある。勿論、民主化や産業化に比べ、先進化は多少粗略な概念ではある。相対的な概念だからであろう。しかし民主化と産業化のレベルが世界一流のレベルに達することを先進化として定義できるのではないかと思われる。ここでいう民主化は単なる政治的民主化だけでなく社会経済的民主化までを含むものであることは当然である。文化水準を高めることも先進化に含まれるべき部分である。 金大中 – 盧武鉉政府はこのような先進化へと向かう過程にて過去の「開発」体制を止揚し、市場経済を正常化させ発展させる課題を背負った。市場経済自体を否定する極端的な左派も存在するだろうが、少なくとも現在の歴史発展段階において競争による効率性を齎す市場の肯定性を全面否定したりはできないだろう。但し、市場経済を発展させることと市場に対する偶像崇拝に陥ることとの間に包丁で豆腐を切るような明瞭な境界線は存在しない。市場の発展が過度に推進(overshooting)され、市場万能主義へと流れる危険性は常に潜んでいる。 市場万能主義者の主張に反して市場は不完全で暴力的でもある。独占や分配悪化、経済不況のような問題がそうである。従って市場経済の発展にはこれらを是正する処置が伴わなければならない。即ち、市場経済と民主主義の並行発展である。通貨危機という歴史上類のない恐慌に直面したわが国の状況においては米国のニューディール(New Deal)政策のように市場を規制し、福祉を強化するなどの市場の弊害を緩和させる処置の導入が必須的である。ところが、市場経済に対するこのような民主主義の介入が市場万能主義者たちには市場を不当に抑制する処置として映ってしまうのであろう。

振り返って見ると、金大中 – 盧武鉉政府は市場経済の発展にも市場の弊害を正す民主主義の発展にも期待ほどの成果をあげることはできなかった。市場と市場万能主義を正確に区別できなかったというのが一つの要因であろう。同様に政権の批判勢力もやはり両者を区別できなかったのである。保守勢力は政権が市場万能主義に陥らないようにすると左派であると責め立て、進歩勢力は政権が市場秩序を正そうとした場合にも市場万能主義と責め立てることもあった。財閥企業と財閥の総帥を区別できなかったという事実が財閥問題に混乱を齎したように、市場と市場万能主義を区別できなかったのという事実が政権と政権批判勢力の両者に混乱を齎しているのである。

市場万能主義とは一言で言えば「一円一票」の市場原理を万能視する思想と政策である。これは資本の利潤極大化を制約する一人一票の民主主義原理に対抗するためのものであり、資本のグローバル化が進むにつれてそのパワーが強化された。しかし市場万能主義、即ち新自由主義が資本主義の勃興初期の旧自由主義と違う点は、西欧の強力な労組と福祉政策に対する資本の反撃として登場したという事実である。

わが国の場合、1987年以降、労組、特に大企業の労組が強力になったことは事実であるが、福祉のレベルは1997年以前とさして変わりがない。さらに我々は開発独裁から抜け出し、公正な市場秩序を樹立しなければならない旧自由主義的な課題も抱えている。西欧とは事情の異なる我が国のこのような状況に関する分析はしないで保守勢力と進歩勢力は各自特定な側面だけを強調し、左派だの新自由主義だのといった西欧の概念を当てはめて無分別に使ってきたのである。

 

3. 金大中政権の経済政策

金大中政権の経済政策は大きく分けて前半期と後半期に分けられる。前半期は通貨危機に直面し構造調整を通して海外への借金返済に追われた時期であり、後半期は2001年にIMFの借金を全て返済することによりIMF管理体制から解放され政権が構造調整よりは景気浮揚に力を注いだ時期である。まず前半期の金大中政権の経済政策は財閥•金融•公共•労働の4大部門の構造調整と解放という対外的な構造調整をベースに行われた。

財閥の構造調整は大きく3つの範疇から構成される。過剰投資解消、企業支配構造の改革、財閥企業の国民経済支配体制の改革の3つである。財閥の過剰投資の解消にはビックディール(Big Deal)、ワークアウト(Workout)、退出処置などを実施し、負債比率の縮小を要求した。 企業支配構造の改革に関しては少数株主権を強化し、社外理事(外部取締役)制を投入した。財閥の国民経済支配体制の改革のためにはベンチャー企業を育成し、財閥の秘書室(企画調整室)の解体を要求したりもした。

このような財閥の構造調整を通して一部の不良企業と産業が整理され、人員の大幅削減、財務構造の改善、少数株主権の強化、相互債務保証の解消など、一定の成果を得ることができた。しかし財閥の金融支配には力が及ばなかった。社外理事制により、過去には一切開催されることのなかった理事会が開催されるようにはなったが、社外理事はただの脇役やロビイストの役割に過ぎなかった。秘書室の解体も秘書室の名が構造調整本部などと変わっただけであった。さらに財閥が国民経済を支配しようと構築した政界•官界•学会•マスコミ•法曹界とのネットワークも多少緩くはなったが、その基本構造は揺がなかった。 金大中政権の推進したこのような財閥の構造調整の性格をどのように規定すべきであろうか。ビックディールのような処置は全斗煥(ジョン・トゥファン)政権が行った重化学投資調整と同様に典型的な開発独裁政策であると言える。人員削減過程においては非正規職が大量に発生する市場万能主義の政策の側面が見受けられる。しかし殆んどの財閥改革の過程は財閥の独裁体制と政財界の癒着という前近代性を打破しようとするもので、これは市場秩序を正そうとする旧自由主義に繋がるものである。

一部では財閥改革の確実な成果と言える少数株主権の強化さえも市場万能主義と株主資本主義であると批判している。しかし総帥の不法的行為を牽制する少数株主権の強化を市場万能主義とは言えない。勿論一部の外国人ファンドが株主総会で企業の経営権に言いがかりをつけ、莫大な差益を得た事件もあった。しかしこれは少数株主権の強化とは関係なく、外国資本に対してむやみに門を開放した結果であり、同時に財閥体制が十分に改革されなかったために起こった事件と言えよう。株主資本主義と外国資本の問題に関しては拙稿「外国資本に対する合理的な認識と対応」(www.knou.ac.kr/~kwkim)を参照。

また大宇(デウ)自動車のような倒産した企業の人員削減までも全て市場万能主義と避難しては困る。倒産企業にて人員削減を断行するのは資源の効果的配分という市場原理の基本である。このような市場原理を否定する行為は旧ソ連と東欧圏のように不必要な労働力を投入し続けて結局は企業も国家経済も破局に至る結果を引き起こすことになりかねない。重要な点はそのような人員削減の過程を合理的に施行し、削減された人々を配慮することであって、人員削減自体を無条件に拒否してはならない。このような場合に市場と市場万能主義の区別が必要になってくるのである。 次に金融構造調整においては過去の累積した不良債権を処理し、将来の不実金融機関の発生可能性を最小化することを目的とした。前者の解決のために公的資金を投入して金融機関の不良債権を処理し、後者の解決のためには金融監督体系を再整備した。不実金融機関の整理として、まず回復不可能な金融機関を退出させたのだが、その結果、全体の金融機関の4分の1以上がその対象となった。そして回復可能な金融機関に対しては公的資金を投入し、資本を充実化させた。金融監督体系の再整備においては金融監督委員会を設立し、BIS比率(危険資産対自己資本の比率) など、各種の健全性の規制の基準を設けた。

このような金融構造調整の過程を通して金融資本の過剰投資の緩和、金融機関の財務構造の健全化、金融機関の道徳的緩みの防止が多少なりとも改善された。しかし金融機関の所有•支配•経営構造はそれほど改善されなかった。財閥改革と同様に金融機関の社外理事は脇役でしかなかった。さらに外国資本へ金融機関をむやみに売却することにより、一部の外国人ファンドが莫大な売買差益を得ることとなった。差益自体が問題なのではないが、外国資本の先進的な金融技法を特に得られたわけでもなく、構造調整時期の市場の不確実性を利用され不当な利益を持っていかれただけであった。

金融構造調整の性格を規定してみると、国家経済の中枢である銀行を外国ファンドへと売却したのは市場万能主義の一つの例であると言えよう。またIMFの要求により施行された利子制限法の廃止と高金利政策も同様の性格のものと言える。しかしBIS比率などによる健全性規制の強化は市場万能主義の弊害を防止するためのものであるにもかかわらず、金大中政権を非難する進歩勢力の一部は市場万能主義の中に含もうとした。大規模の不実金融機関に公的資金を投入し回復させたのも市場万能主義とはかけ離れているだろう。もし一部の庶民対象の不実金融機関の整理が過剰であったなら、それを市場万能主義ということはできるかもしれない。

一方、公共部門は財閥や金融機関ほど、経営が悪化し倒産の危険にさらされているわけではなかった。従って公共部門の構造調整はそれほど至急な問題ではなかった。但し通貨危機以降の国民の苦痛を分け合うという意味において人員削減が行われ、一部において民営化が進められた程度であった。ケインズ(Keynes)理論に立脚すると、経済危機の際は公共部門が遊休人員を受け入れなければならないのであるが、逆に人員削減を行ったのは市場万能主義の一面をうかがわせていると言えよう。しかし政府は人員削減の一方で公共の職場を失業者対策として提供していたので一様に規定することはできない。

民営化の場合にも韓国重工業などの一部の巨大企業が売却されたりはしたが、民営化されたその他の企業は小規模な企業であった。当時、韓電(韓国電力公社)の民営化をめぐり激しい論争が起きたが、市場万能主義勢力の要求のような民営化は行われなかった。韓電の民営化問題は盧武鉉政権の下、再度提議されたが、結局推進されなかった。

では次に労働部門の構造調整について見てみたいと思う。これは労働市場と労使関係の二つの次元において進められた。まず労働市場においてはIMFの要求に従い、整理解雇制(リストラ)を早期実施し、派遣勤労制(労働者派遣制度)を導入した。これは1987年以降強力化した労組に対する資本の反撃という意味において典型的な市場万能主義政策として受け止められる。但し、政府はその弊害を減らすために雇用保険制の強化、公共支出予算の増加、国民基礎生活保障制などの社会安全網を拡充する社会民主主義政策も採択した。

特に整理解雇制は大手企業の労組の強力な反発にぶつかり、施行は難航したため、市場万能主義を十分に貫き通したとは言いがたい。また非正規職のうち、派遣労働者の割合も微々たるものであり、通貨危機以降、非正規職の増加は政府政策によるものというよりは企業が強力な労組に対応し、収益性に敏感になった結果だと思われる。

わが国の進歩勢力は雇用調整のような労働柔軟性の増大を市場万能主義と非難する。しかしデンマークでは雇用調整がかなり自由であるが、市場万能主義と非難されたりはしない。その代わりデンマークでは失業者に対する社会保障が徹底しており、再就職教育も充実している。要するに雇用調整それ自体は市場機能の発展であるだけで、必ずしも市場万能主義的ではないのである。市場の弊害を是正する社会保障が十分備わっていない状況の下、むやみに雇用調整だけが施行された場合にのみ市場万能主義的であると言えるだろう。

二つ目は労使関係の次元において金大中政権は民主労総(全国民主労働組合総連盟)と教員労組を合法化し、労組の政治活動を認めるなどの改革処置を行った。さらに労使政委員会を設置し、労働時間の短縮など、幾つかの合意を導き出した。しかし一方では、失業者の組合員資格の容認などの労使政委の合意事項を十分に守れず、金融機関の退出と関連して労使政委が疎外されたり、さらには民主労総の内部の強固勢力の反発による脱退により労使政委の役割と機能も低下していった。つまり社会民主主義的な労働政策が十分に定着できなかったということだ。 金大中政権によって構造調整の対象として公表されはしなかったが、事実上重要な構造調整の内容に含まれていた対外開放は外貨自由化•貿易自由化•資本自由化の3つで構成されていた。これらはIMFの強力な要求により施行されたものであるが、市場万能主義として批判される可能性の最も大きい分野であろうと思われる。勿論対外開放は全世界の流れであって、それ自体は市場の拡大であり市場万能主義的ではない。また保守勢力が政略的に提起した国富流出論をそのまま受け入れることも、対外開放を根拠に韓国経済の中南米化を主張する一部の進歩勢力の意見にも同意しがたい。

しかし現実の解放は資本と労働を全て包括した一つの完全な自由経済圏を形成するものではなく、労働を除外して部分的に進められている。さらに資本のグローバル化に対する世界政府と世界市民社会の民主的牽制も不十分である。従って解放において損得を考慮し、範囲と速度を調節する必要がある。しかし金大中政権はドル不足による通貨危機の衝撃により、ドルを持ち込む外国資本に対して一種の偶像崇拝に陥ってしまった。そのため企業経営にはあまり関心のない外資系ファンドが韓国の銀行を所有し、株式市場を自由自在に操る状況に陥ってしまったのである。
一方、金大中政権の後半期には構造調整が一段落つくと、景気沈滞への対応に力が注がれた。クレジットカードの乱発を防ぎ、不動産関連の規制を緩和する処置が取られた。また IMFの撤退により政権の経済政策の遂行力が弱くなった一方で、構造調整を終えた財閥が再びヘゲモニーを回復し、改革は後退していった。出資総額制限制の緩和と金融系列社の議決権の容認がその代表的な例である。

 

4. 盧武鉉政権の経済政策

盧武鉉政権は金大中政権に比べ、保守勢力からは左派として、進歩勢力からは市場万能主義として一層強く非難され続けている。保守勢力は民主闘士出身傾向の濃い盧武鉉政権に対しての憂慮、逆に進歩勢力は期待が大きかっただけに実際の政策に対しての失望の表れではないかと思われる。また金大中政権の時は国家倒産いう事態に直面しており、保守•進歩勢力共にその間声高に自らの主張を唱えることは出来なかったのであろう。このような非難に追いつめられ、盧大統領は「じゃ、私が(形容矛盾である)左派新自由主義者だとでもいうのか!」と言い放ってしまった。

この種の非難は自己中心的で政略的な要素を含んでおり、過渡期の政権にとっては避けられない苦難でもある。さらに盧武鉉政権は政治基盤自体が弱く中心を保てないまま右往左往していたため、「左派」とか「市場万能主義」などという批判は一層強まった。政治基盤の弱さは勿論政権自らが招いた側面が大きい。不適切な言動や北韓秘密送金に対する特検法(特別検事制法案)、さらには政党分裂などにより政権当初から大衆的な支持が揺るぎ始めた。

しかし盧武鉉政権は金大中政権とは異なり、IMFのような外部勢力の「後ろ盾」もなく、また保守勢力の中心であった財界は構造調整を一段落させ、ヘゲモニーを回復した状況であった。従って盧武鉉政権は三星(サムソン)を中心とする財界、保守マスコミ、保守官僚、ブッシュ(George W. Bush)大統領の率いる米国という保守勢力に包囲されていた。このような制約条件を政権側は過大評価し、進歩勢力は過小評価する傾向がある。しかも保守勢力は「失った10年」に対する怒りにより強力な結束力を発揮したが、進歩勢力には中途派の盧武鉉政権をどのように導くべきかにおける戦略と戦術が不在していた。

盧武鉉政権は分断開発独裁から統一先進社会へと向かう過渡期に位置しているという点において金大中政権と同じであった。しかし国家経済の枠組みを変える大掛かりな構造調整は主に金大中政権の下で立案•施行され、盧武鉉政権はその後始末をしながら、当時扱われなかった家計、中小企業、自営業などの構造調整を課題として与えられた程度であった。南北経済協力も金大中時代の太陽政策(北朝鮮との融和政策)の延長線上でしかなかった。にもかかわらず、金大中政権よりも激しい左右派の挟み撃ちにあっている理由は先ほども述べたように政治的勢力範囲の違いからであろう。

勿論盧武鉉政権の経済政策を覗いて見ると、市場万能主義や左派と攻撃されても仕方ない面もある。特に政権末期に推進された米韓FTAなどは市場万能主義の典型として多大な憂慮を生み出している。政権側では「解放か鎖国か」といった感じで反対派の米韓FTAへの批判、即ち 市場万能主義に対する批判を市場に対する拒否として激しく責め立て協定を推進しているが、肯定的な効果に比べ、否定的な効果はかなりのものと見られる。大統領が当初目標としていたサービス業の構造調整は期待すべきものはなく、開城工団(開城工業団地)の製品の輸出増進効果も克服しなければならない多くの問題が横たわっている。一方、投資者―国家訴訟制をはじめ、農業の被害、医療費の増加などの否定的な効果に関しては政府がその深刻性を過小評価しているように思われる。米韓FTA以前の盧武鉉政権の市場万能主義の例としては海外ファンドへの外換銀行売却を挙げることができる程度だ。

しかし逆に盧武鉉政権は政府支出において保育などの福祉支出の割合を執権期間に20%から28%程度へと増やし、社会民主主義の政策も施行した。保守勢力が盧武鉉政権を分配に熱心な左派であると非難しているが、このような福祉支出を増加させた以外は両極化解消のために積極的に実施した分配政策は特に見受けられない。つまり、盧武鉉政権が市場万能主義や左派的な哲学によってそれに基づいた経済政策を体系的に実施したわけではないのである。

盧武鉉政権の経済政策の特徴は積極的な左派、又は市場万能主義というよりは、却って「中途半端」又は「右往左往」であり、庶民の生活に対する無頓着と言えよう。例えば、信用不良者問題に関しては中途半端な対策を一つ一つ出すよりは一度に画期的な政策を施行すべきではなかったかと思われる。また、不動産政策においても右往左往せず、所謂「半額アパート」のような庶民住宅政策もハンナラ党が騒ぐ前に施行すべきあった。利子制限法や零細自営業者のカード手数料の問題も同様にもう少し早く解決すべきであった。そして道徳的な意図ではあったが実際には周囲の庶民の生活を圧迫する全体主義の性格を帯びた売春処罰法やカラオケトウミ(カラオケでお客を接待する女性)処罰法を施行し、その反発の大きさに驚き、取り締まりを緩めたりもしたが、これなどは庶民大衆のための政権と謳いながら、実際には彼らの具体的な経済現実には鈍感であったことを示している。

財閥改革や金融改革に関しては、相続•贈与税の包括主義と集団訴訟制を実施し、市場秩序を立て直した。そして何よりも不法大選資金を明らかにすることにより、政財界の癒着をかなり解消したことは多大な功績である。しかし一方では、初期のカード大混乱の中、従来の開発独裁的な方法に頼り、金融関連法案の改定には中途半端な姿勢を取った。政権末期には出資総額制限制度を意味のないものにしてしまい、持株会社の規制も緩和され財閥体制を強化するという、改革とは逆行の処置を施行したりもした。

租税政策においては保守勢力の圧力に押され選挙公約を覆し、所得税率と法人税率を引き下げるなど、上流階級寄りの政策を取った。かと思うと不動産投機を抑える政策としてはその反対の性格を持った総合不動産税を新設した。これについて民主労働党の富裕税と性格の似たものになりつつあると大統領もふれた。金大中政権でも見られた現象ではあるが、財閥政策、金融政策、租税政策など、全てにおいて改革のアクセルとブレーキーを同時に踏む結果となった。

労働関連の政策も右往左往状態は同じであった。政権初期には労使政委員会を強化し、対話と妥協の先進的な労使関係を構築しようとする努力がなされた。しかし鉄道ストライキを皮切りに政府と労組の関係は悪化する一方であった。労組の強固な態度や一部の大手企業の労組の腐敗が政権の労組忌避傾向を促した面はあるが、だからといって政府が労使関係の改善を放棄してしまったかのような態度は政権の忍耐力のなさと無責任さをむき出しにしている。

特に中小企業の労働者や非正規職の問題においての対処は不十分であった。中小企業の問題を解決するために、大•中小企業の相生会議のようなイベント的なものを開催しただけで、それ程充実した政策を示すことはできなかった。政府次元からは、中小企業とその労働者問題において税金と福祉政策から接近する方がより効果的であり、イベント的な会議で解決できるような問題ではないように思われる。即ち、大手企業の税金を多く回収し、その資金で教育•医療•住宅のような問題を企業福祉ではなく社会福祉として解決することにより、大•中小企業の労働者間の実質的な格差を無くさなければならないだろう。ところが、このような解決策には目を向けることなく、また気付いたとしても不安的な政治基盤の下で実行可能であったかどうかは疑わしい。

勿論政権側は中小企業の労働者問題をはじめ、非正規職問題に対してかなり思い悩み、その結果非正規職の差別と乱用を緩和させようと法律を制定した。そのような努力まで無視する必要はない。進歩勢力の一角ではこの法律が却って非正規職を養成し、苦しめていると非難している。勿論イーランド事態から窺えるようにこの法律が十分な解決策ではなく、この法律によって非正規職を用役に転換するケースが増えているのは確かだ。しかし非正規職であろうが、用役であろうが、大した違いはなく、状況が一層悪化しているとは思えない。またウリ銀行、現代(ヒョンデ)自動車、新世界(シンセゲ)の場合のように非正規職の正規職化を導き出した肯定的な面も存在する。

非正規職の問題は、一方で賃金体系を年功給中心から職務職能給の要素を強化する方向へ変換し、もう一方では社会保障制度の充実化をベースに正規職の労働柔軟性を確保しなければ解決できない問題である。しかしこのような改革を労組が受け入れられるかという問題が解決への道を妨げている。社会保障制度の充実化を推進できるような政権の登場可能性、財界の同意可能性なども大きな課題である。しかしこれこそ社会的妥協が必要であり、また可能な部分である。もう少し説明を付け加えると賃金体系の変化は会社の退職年齢を延ばし、零細自営業者の過剰供給問題をも解決できる道を開くかもしれない。

盧武鉉政権の経済政策も、強いて分けるとするならば、それなりに改革的な人々が政府の内部で同伴成長を主張した前半期と2005年度に彼らが退き、官僚たちが何ら牽制もなく政策を自由自在に操った後半期に分けられるだろう。米韓FTAのような市場万能主義政策は後半期に現れたもので、財閥改革の後退も同様である。だからといって盧武鉉政権の経済政策を全て市場万能主義と非難することはできないということは先述での政策分析にて明らかになったところである。
再度強調するが、盧武鉉政権の経済政策は「中途半端」、「右往左往」、「庶民感覚の不足」などの印象を与える。市場万能主義という面においても一時期大統領自身が「新自由主義が大勢だから仕方なく受け入れるべきであろう」としながらも、一方では「市場がどんどん肥大化し、人のための市場ではなく、市場のための人を作り出している」とし、「市場の独占的•独裁的な支配」を批判したりもした。後者の発言は市場万能主義に対する批判でもある。実際、大統領の言った新自由主義が市場を意味するのか、市場万能主義を意味するのかは分らないが、どちらにせよ盧武鉉政権を一言で規定することは不可能であるという事実は明らかである。

 

5. 市場万能主義と市場万能主義の論争を超えて

金大中 – 盧武鉉政権に対しては左派や市場万能主義という相反する評価が共存している。開発独裁から先進社会へと移行する過渡期にはこのような論争は避けられない側面があり、さらには総体的な認識が欠如した自己中心的な考え方と政略的攻撃が横行しているわが国の状況下ではこのような論争が激化するのは当然のことである。それは中途派政権の宿命とも言えるだろう。

しかしこのような極端な評価は科学的というよりは政権打倒を叫ぶ扇動に近いと思われる。荒野状態のような福祉状況を改善したり、前近代的財閥体制を規制したといって左派として規定するならば全ての先進国は左派若しくは極左派と言えるだろう。通貨危機以降、両極化が一層深刻化したのは事実である。しかし両政権の市場万能主義のせいで社会経済的民主主義が1987年以前よりも後退したという主張は現実性に欠けている。1987年以降、実質賃金の上昇と職場内の人格的差別の撤廃、各種の社会保障制度の投入なども無意味なものではない。ジニ係数や労働分配率を見ても同様のことが言える。

金大中 – 盧武鉉政権の経済政策には確かに市場万能主義的要素が見られる。しかしそれだけではなく、市場秩序を立て直す旧自由主義、福祉を強化する社会民主主義、そして従来の開発独裁などが共に混在している。このような各自の流れがお互いに激しく競争しながらわが国なりの先進社会を目指してきたのである。西欧では重商主義以降、旧自由主義が長い間続き、その後に社会民主主義、そしてそれに対する反動として市場万能主義が展開された。しかしわが国では一種の重商主義の段階である開発独裁から旧自由主義、社会民主主義、市場万能主義が一気に展開しようとしている。これもやはり韓国経済の圧縮的な発展を物語っている。

こうした状況の下で、どの流れが支配的なのかを究明することは理論好事家たちには意味のあることなのかもしれないが、その場合に「支配的」という概念が曖昧であり、一つの支配的な傾向だけを把握するのに止まってしまったら政権の多様性と力動性を理解することは困難であろうと思われる。我々の現実を一歩でも前進させようとする立場では否定的な要素を最大限に抑制し、肯定的な要素を最大限に発展させることが支配的な要素を確定することよりも遥かに重要なことである。 また市場万能主義に対する批判が氾濫しながら市場原理に対する過剰な否定が横行している事実も憂慮すべきことである。勿論市場の不完全性と暴力性を改めることは非常に重要なことである。ゆえに市場万能主義から抜け出し、市場経済と民主主義を並行発展させるべきである。だからといって勿論競争による効率という市場が持っている肯定性を無視してはならない。また市場原理にも到達できない財閥体制のような前近代性を脱近代性と錯覚してもならない。それらを念頭において行えば市場万能主義と共に非生産的な市場万能主義論争も克服できるだろう。 金大中 – 盧武鉉政権の成果への評価には違いが見られるかもしれない。しかしその評価の対象の中に経済だけではなく政治•社会•南北関係も共に含まれるべきである。経済の場合もグローバル化という世界情勢、過去の政権の遺産、国内の各勢力集団の動きを考慮しながら政策の良し悪しを評価すべきであろう。そしてそれらの評価において道徳的な批判が重要なのではない。果たして可能な代案は何であったのか、今後はどのようにすべきかを明らかにしなければならない。それが望ましい先進社会像という大きな方向性と目の前の具体的な実践を結合する方法なのである。

 

訳 申銀兒

季刊創作と批評 2007年秋号(通卷137号)
2007年9月1日発行
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