3・1運動、キャンドル革命、そして「真理の出来事」 / 李南周

 

創作と批評 183号(2019年 春)目次

 

 

李南周(イ·ナンジュ)
聖公会大学教授、政治学。著書『中国市民社会の形成と特性』、共著『変革的中道論』、編著『二重課題論』などがある。

 

 

2年前の冬、週末ごとに街を明るく照らしたキャンドルは正当性を喪失した権力を弾劾し、社会変革の流れを生み出した。この劇的な変化はキャンドル革命と規定され、2017年5月の繰り上げ大統領選挙を経て誕生した文在寅政権もキャンドル革命の継承を公言した。そして興味深いことに、今年100周年を迎える3・1運動を革命と規定すべきだという主張が広がっている。学界ではこの主張が数年前から提起されていたが、最近ようやく社会的関心と支持を集めはじめた。1これは韓国社会でイデオロギー的に不穏と見なされてきた革命という概念が、キャンドル革命を経て社会の大転換への渇望を込めた表現として受け入れられ始めた変化と関係がある。そこで、革命とする規定が可能か否かはさておき、3・1運動の性格をめぐる論争はキャンドル革命の意味をより豊かにし、社会の大転換と関連する政治的思惟を進展させうる契機を内包している。だが、3・1運動を革命として召喚することが、単にこの政治運動の表皮的側面、特に抵抗の形式をロマン化する方式だけで進められるなら、それは社会的大転換への熱望の高揚期に起きる、一時的な言葉遊びに終わってしまう可能性が高い。それよりも、革命の名で召喚しようとする政治的想像とは何なのかを点検し、社会の大転換への思惟を活性化することが必要である。これを通じてキャンドル革命の性格と、キャンドル革命が進むべき道をより明確にできるはずだ。2

 

1.国民主権を召喚した3・1運動とキャンドル革命

3・1運動とキャンドル革命の連結は、単に3・1運動が100周年を迎えるという外的契機だけで提示されたわけではない。キャンドル抗争という抵抗方式が3・1運動に起因したものだという認識はかなり広範に共有されているが、これを超えて二つの政治運動は韓国近・現代史に非常に重要な作用を及ばした政治的理念と志向を共有している。3・1運動を革命と規定しうるという最近の学界の主張は、これを機に朝鮮の王権政治が事実上終結し、民主共和制が独立国家の政治モデルとして確固たる地位を占め、こうした志向が大韓民国の建国につながったという事実を主な論拠とする。例えば、1919年4月臨時政府が制定した大韓民国臨時憲章第一条は「大韓民国は民主共和国制とする」である。また、臨時政府が国内の漢城(現ソウル)支部、ロシア領の大韓国民議会と統合して制定した大韓民国臨時憲法(1919年9月11日)の第二条は、「大韓民国の主権は大韓人民全体に在る」となっている。3

そして、大韓民国憲法第一条は「大韓民国は民主共和国である。大韓民国の主権は国民にあり、すべての権力は国民から生じる」であり、これはキャンドル革命を象徴するスローガンになった。大韓民国憲法が大韓民国臨時政府の憲法の延長線上にあるので当然だともいえるが、街頭でこれがスローガンとして再び登場したのは確かに意味深長である。憲法条項が街頭で叫ばれること自体が珍しい現象だが、何と100年という時間を飛び越えて二つの政治運動が同じスローガンで連結されたのは示唆に富んでいる。ここで、この連結が政治的立ち遅れの表象なのか、あるいは新たな可能性の表現なのか、と問うことができる。

「民主共和」という理念がある程度は常識になった現代社会で、この理念が召喚され続ける現象は政治的後進性の証拠と見なされやすい。実際、韓国政治の問題点を西欧に比べて遅れた政治制度に求めようとする発想が、韓国社会でもかなり一般的である。しかし、西欧政治の今日が韓国政治の明日になるべきだという考えは、二つの面で私たちの現実に対する間違った認識をもたらす。第一に、韓国の政治発展が西欧とは異なる経路で進行するしかなかったという事実から目をそらさせる。植民地主義と分断体制が韓国社会に及ぼす制約を考慮しなければ、3・1運動からキャンドル革命まで民主と共和という理念は何故訴える力を持ち続けるのかを理解するのは難しいし、こうした訴えが持つエネルギーを活用するのも難しい。第二に、こうした抵抗がもつ可能性を正確に捕えるのを難しくする。代議民主主義あるいは法の支配という形式は、民主主義または国民(人民)主権という理念内部の解放的性格を去勢する過程でもあった。その上に形式的領域、主に代議制で達成した進展すら、最近深刻な挑戦に直面している。反面、キャンドル革命は街頭で民主共和という理念を召喚し、それに関連した社会的論議を触発することで、人類社会を近代に進入させながら現在は閉ざされているかのような「政治的可能性」を再び切り開いた。したがって、民主共和というスローガンは後進性の表現ではなく、新たな可能性と見なすべきである。3・1運動とキャンドル革命のこうした内的関連性は、キャンドル革命後に直面した問題の性格に対する明確な理解と、問題解決のための政治的思惟の道を開いてくれる。

この思惟を進展させるのにバディウ(A.Badiou)の「出来事」と関連した議論が参考になる。出来事という概念は社会の質的転換を極めて断絶的に説明するもののように見えるが、必ずしもそうではない。まずバディウは状況と存在構造に対立する、すなわち「状況が、そしてその中での日常的行動様式が説明できないこと」、そして「私たちに新たな存在様式の決断を強いる」ものを「出来事」と定義した。しかし、出来事によって新たな存在様式がすぐに確立されるわけではない。こうした出来事が召喚する主体が出来事的な剰余的付加物の観点で状況に関係するものを「忠実さ」として、その忠実さが状況の中で生産するものを「真理」と称する。4

こうした観点からみれば、歴史における新たな秩序の樹立は急激な政治的変動とともに完了するのではなく、出来事に対する公的宣言(主体化)と出来事的忠実さにより支えられる真理の工程を通じて実現される。実際、歴史の中で革命と呼ばれる様々な真理の出来事も、真理の工程を触発する契機であって、それが招いた政治社会の変動が真理の完全な実現と見るのは難しい。極端には、出来事―以後の過程は線形的発展ではなく、中断や深刻な後退もしばしば起こる。3・1運動も一つの真理の出来事として到来し、国民(人民)主権の宣言とそれへの忠実さが支える歴史的シークェンスが進行してきた。キャンドル革命はそのシークェンスで、もう一つの高揚期であり、それ自体が真理の出来事的意味をもつ。キャンドル革命の特別な意味は過去の民衆抗争・市民抗争とは違い、手続的・形式的な民主主義がある程度定着したという認識が支配的な状況で、再び民主主義と国民主権を召喚する大規模な市民抗争が進行したという点にある。5

 

2.新たな革命と二重課題

3・1運動からキャンドル革命までの過程を「出来事」以後のシークェンスと認識すれば、革命に対する認識の地平が広がる。これを通じてキャンドル革命の革命的意味を去勢しようとする傾向はもちろん、革命をロマン化する傾向と区別する実践空間を構成できる。

この二つの傾向は相反する実践的志向を伴っているが、革命に対する慣習的な理解を共有している。すなわち、革命は暴力を伴う大規模な抵抗による政治権力の急激な交代、そしてこれを通じた旧体制から新体制への急進的な転換として認識する。だが、歴史の中で革命と称される事件のうちこうした定義に適うケースは思ったより多くない。革命の概念が政治的、歴史的言語の中で確かな位置を占めるようになった契機である名誉革命も上記のような意味には程遠い。6

米国革命(1775~83年)、フランス革命(1789~99年)など、比較的典型的な近代革命の場合も復古的な志向と斬新さへの志向が非常に複雑に相互作用しながら革命を触発した。もちろん、革命が進行して斬新さの追求が前面に登場して「革命」という用語が新たな意味を獲得し、7こうした趨勢がロシア革命(1917年)まで続き、革命に対する上記のような定義が確立して広範に受け入れられた。こうして革命は歴史の劇的な断絶を象徴するが、あらゆる革命がすぐに革命精神を忠実に反映する新体制の確立につながりはしなかった。革命に対する伝統的イメージを確立する重要な契機であるフランス革命の場合、革命後も王党派など前近代的な政治・社会勢力が長い間支配的な影響力を行使した。そればかりではなく、王党派などの政治的影響力が消滅して近代的な政治秩序が確立された後も、フランス革命の精神が完全に実現したのかについて疑問が提起される。つまり、革命とは大部分が一定の時期内に達成された政治・社会体制の転換という側面とともに、新しい政治・社会秩序に対する想像が触発される過程の始まりなので、革命精神が具現化されるには相当な時間がかかるし、完全な具現という思惟自体が問題にされうる過程である。前者の場合に限っても、私たちが考えるよりもっと長い時間、古いものと新しいものの複雑な相互作用を経るものだ。

「非革命的方式によって革命的課業を達成する」キャンドル革命の場合、一層そうである。キャンドル革命の革命的意味も、国民(人民)主権に対する公的宣言を通じ真理の工程を持続させうる契機を作り、このための新たなエネルギーを創出したという点にある。つまり、キャンドル革命は長期的に見れば、出来事としての3・1運動が触発した歴史シークェンスの中にあるが、その中で重要な進展を達成した一局面である。そして、現在の実践がある程度の進展の達成を決定づける進行中の革命でもある。

同時に、キャンドル革命という表現が、慣習的またはロマン的革命論を召喚する結果につなげてはならない。慣習的というのは革命を相変わらず短期間で旧体制を刷新して新体制に転換するものと認識する態度を指し、ロマン的というのは新体制に対する想像が欠如した状態で漠然たる新しさに期待する態度を指す。こうした態度が、現在の暮らしへの不満と急進的な変化への熱望を含みうるだろうが、社会の大転換に意味のある実践につなげるのは難しい。現在、キャンドル革命を経て高揚した要求と、現実の間の落差が大きいのは事実である。だが、主観的な熱望だけでその落差を消滅させることはできない。ならば、国民主権という真理を生産する過程の中で、キャンドル革命という段階で獲得できる成果と、そうではない目標または志向を区分し、実践の道を選択しなければならない。キャンドル革命の革命的意味を去勢して現実に安住しようとする傾向と、革命を性急に完遂させようとする傾向との間で大転換の道を求めようとする態度が必要だという意味である。

この点で、バディウの「真理の出来事」概念の曖昧さを克服する必要がある。バディウは真理の出来事が断絶して新たな普遍性の構築に進む契機を提供すると主張するが、新たな普遍性の内容を明確にしていない。いわゆる「()文字的(、、、)()()」という表現に、バディウのジレンマがよく表れている。8出来事に対する忠実さは主観的信念に転落しうるし、本当の「真理の出来事」と偽の「真理の出来事」は区別しがたいという批判が提起される理由がここにある。9存在と出来事を対立させる方式も、実践上の難題を提起する。実践は存在する状況の中で進行されねばならず、これを超越した空間では進行できないからである。バディウもパウロの例をあげて「普遍」を、状況内の特殊性を否定したり抑えつけたりするのではなく、これに無関心で、これを横断するものと説明し、普遍が状況内の特殊性と結合し、これを活用する可能性を示唆した。10しかし、全体的にバディウの論議は断絶を過度に強調し、存在と出来事を二分法的に定義するという問題点を否定しがたい。11

バディウらが真理の内容を構成するのに注意深い態度をとらせた原因は察するに難くない。現実の社会主義での実践の挫折、特にソ連での実験が失敗と規定され、資本主義に対する代案モデルを提示することに注意深い態度を取らざるをえなかった。その注意深さが、政治から倫理に関心を移させたり、違いに注目させたりしたのだが、政治で普遍主義的な真理観を固守しようとしたバディウも、真理の内容を下手に構成するわけにはいかなかっただろう。しかし、「真理の出来事」の宣言に込めた志向と真理のプロセスに入ろうとする主体が直面する現実との間隙を狭めうる実践空間を見つけられなければ、真理のプロセスを持続させるのは難しい。つまり、バディウの出来事に対する思惟が主体化と真理の実現と関連した新たな地平を切り開いてはくれるが、新しさを現実にどういう方式で記入していくのか、という問いの前で困難に直面してしまう。

こうした苦境を打開するのに、近代の適応と近代の克服を同時課題として遂行すべきだという二重課題の観点が役に立つ。近代は、その始まりから克服への志向を内包していた。資本の形成とともに資本を消滅させる要因が一緒に生成される構造を明らかにしようとした『資本論』(Das Kapital)に、こうした認識がはっきり表れる。だが、資本主義が内的矛盾を抱えているにもかかわらず、資本の論理が世界を完全に支配するようになった状況を超えるのは簡単ではない。政治的実践が最も基本的な土台である一国的レベルで、これを近代との断絶を通じて一挙に克服しようとする試みは次々に深刻な失敗に帰結した。これが前述したように、資本主義世界体制の代案を想像する能力を大きく制限した。同時に、グローバル次元でこれへの順応以外の道はないというイデオロギーが強化された。二重課題論は、資本主義世界体制内で真の変革は適応と克服を同時の課題として推進するところに道を求めうると主張する。12こうした接近で出来事の断絶的な力が単なる逸脱へと突き進むのではなく、世界の中で作用するようにできる。こうした認識があっても、現実では適応と克服の間の緊張が崩れる可能性は常に存在し、これが実践的に克服や順応に偏向した結果を招きうる。したがって、具体的な実践が常に二重課題の視点から評価され、省察されれば、資本主義世界体制内で真理の生産過程は持続しうる。 

3・1運動からキャンドル革命までの過程も、二重課題的な実践地平と関わりが深い。3・1運動で提出された「民主共和」という目標は、表面的に見れば近代的な政治モデルを追求したように見えるが、内容的に近代克服の意思を含んでいる。13その志向が朝鮮半島と韓国でどのように追求され、どういう挫折を経たのかは、その後の歴史がよく表している。それに対する詳しい論議は本論の主題ではないが、二重課題的な緊張が維持され、新たな実践地平を切り開いていくよりは、克服と適応とが対立する方向へと事態が展開した点は指摘しておこうと思う。一方では克服の側面が極端に追求され、他方では克服の地平を排除する順応が主流を形成した。その中で順応は一定の成果を上げたが、その限界も明らかである。何よりも、キャンドル革命のような市民の抵抗が繰り返された歴史がこれを立証する。こうした歴史は前述のように、制度政治の立ち遅れを意味するだけでなく、国民(人民)主権という代議民主主義の形式として消化できない、さらに資本主義体制と容易に和解しがたい根源的な解放の要求を問題化し続ける過程である。特に、分断体制により民主共和制の形式すら根本的に脅かされる条件が、むしろ民主共和という理念に対する忠実さをより強化した。白楽晴はキャンドル革命の革命的意義を、韓国現代史で初めて反共・反北のためなら憲法や法律を守らなくてもいいという古くからの慣行、つまり一種の「ウラ憲法」を無力化し、国民主権を明記した憲法がまともに作動できるようにして南北関係の転換を促し、この流れの逆進を不可能にした点に求める。14つまり、3・1運動からキャンドル革命まで市民抗争のような抵抗運動を通じ、民主共和の解放的志向を実現するための流れが続き、その中で二重課題の緊張も維持されてきた。これは、欧米では新自由主義が招いた問題に対して国家主義的・人種主義的な傾向の対応が主流をなすのに対し、韓国のキャンドル革命ではより平等で民主的な社会への転換を追求する傾向が中心となったという点でも再確認できる。

 

3.キャンドル革命の進むべき道;「平和と協力」の朝鮮半島体制

では、歴史のシークェンスの中で真理の最終的な実現ではなくても確実に進展させるために、キャンドル革命はどのような方向に発展すべきか。韓国社会が革命という名に見あう変化をしているのかという疑問が、最近増えている点も憂慮される現象である。こうした疑問は、高まった変化の期待についていけない現実に起因することもあるし、またキャンドル革命の精神を色あせたものにしたり、革命精神に反する方向へと事態が展開したりすることに起因してもいる。先ほど強調したように、前者の状況を漸進的な方式で進めるしかないキャンドル革命を否定したり、こきおろしたりする理由にしてはならない。主観的期待を前面に押し立てて客観的状況に対して悲観的情緒を拡散させるのは、その意図とは異なり、キャンドル革命の進展に障害となる。のみならず、キャンドル革命がすでに達成した成果を見過すという問題もある。

キャンドル革命の第一の成果は、民主主義の地平を広げたことである。過去の民主化は中央権力に対する牽制装置を強化させたが、家庭や学校、職場のような社会の基礎単位は権威主義や家父長主義の影響から自由ではなかった。いわゆる「権力者の横暴」に対する持続的な暴露と社会的公憤の表出は、生活空間での民主主義を進展させる重要な契機を提供している。中でも、性差別への社会的感受性が飛躍的に発展し、韓国社会を変化させるメイン・パワーになっている。最も隠蔽されていた差別と抑圧構造への強力な挑戦が進んでいる。もちろん、社会に偏在する「権力者の横暴」を問題化させて構造的亀裂を覆い隠す、実は「非権力者間の葛藤」を引き起こし、真の「権力者」の問題が隠蔽されないように注意する必要はある。

さらに重要な点は、キャンドル革命が南北関係の転換を導いて朝鮮半島の平和プロセスを進展させることで韓国社会、ひいては朝鮮半島の決定的転換を促していることだ。今は分断後のどの時期よりも、「平和と協力の朝鮮半島体制」構築の可能性が高い。何より南と北、双方の敵対関係に依存して既得権を守ろうとする試みでは、持続可能な人間らしい暮らしを保障する方向への進展は難しいという認識が広がった。最近の南北関係の進展は偶然や情勢的対応の結果ではなく、朝鮮半島の大転換の必要性に対する高レベルでの共感帯が形成された結果である。朝鮮半島を取りまく周辺国の利害関係は依然として複雑だが、朝鮮半島が統制不能の状況に陥れば、自らの国家利益に大打撃を被ることもありうる点を認識し、周辺国も朝鮮半島の平和定着に今までになく真摯に接近している。交錯と進展を繰り返す米朝関係の変化によって速度は変わるだろうが、朝鮮半島の平和プロセスを持続できる動力が形成されている。この過程が持続すれば、朝鮮半島レベルでの新しい秩序の構築とともに、南北双方で分断体制の下、抑圧されていた解放的パワーが画期的に活性化するだろう。そしてこれによって、キャンドル革命が切り開いた可能性の具現化はより促進される。

ところで、そのためには主体的側面で解決すべき問題がある。まず韓国社会の変化を朝鮮半島レベルの変化とは別問題と見る態度を克服しなければならない。朝鮮半島の平和プロセスが進展するにしたがい、以前同様、北に対する敵対的な依存関係を活用してキャンドル革命の進展を妨げようとする守旧勢力の策動は一層強まるだろう。朝鮮半島の平和が自らを墓場に送るだろうという事実を、誰よりもはっきり認識しているからだ。いわゆる「合理的保守」を自称する政治家でさえ、大統領に対して金正恩の代弁人などと非難して南北関係の進展を断固妨げようとするのも、こうした理由からだ。こうした態度が克服されない限り、韓国政治で合理的保守が意味のある政治勢力として成長するのは難しい。昨今の状況で、北との協力関係を進展させて平和プロセスを逆進不可能にさせるよりは、北の存在を思惟の地平外に追い出す方式で分断問題を解決しようとする試みは、意図とは異なり、キャンドル革命が切り開いた可能性を反共・反北攻勢で挫折させようという守旧勢力に力を貸す結果を招きうる。そうした流れの影響力を助長させれば、南北関係も新たな困難に直面しうる。南北協力を新しいレベルに高めてこそ、分断体制を克服して新たな朝鮮半島体制の建設が可能である。15

そして、分断体制の克服作業が本格化する現段階において、新たな朝鮮半島体制のビジョンが具体化されねばならない。新たな朝鮮半島体制は、平和の定着過程に基づいて非核化と平和協定の締結というヤマ場を越えた時、その建設を本格的に推進することができる。だが、この過程が肯定的な方向に進展しても、非核化自体の複雑さと平和協定の締結に関連した新たな議題などを考慮すれば、短期間に取りまとめるのは難しい。のみならず、南北の合意に基づいて推進できることも増え続けている。したがって、朝鮮半島体制の建設は平和プロセスに基づくにせよ、これに全面的に左右されるべきではない。今や朝鮮半島での平和定着を超え、南北が朝鮮半島レベルで新たな政治的・社会的・文化的秩序を構築し、ひいては朝鮮半島と周辺地域との関係調整を通じ、東北アジアと東アジアのレベルで新たな秩序を構築すべきである。こうしたことが同時に進む場合、朝鮮半島に平和を定着させるプロセスで提起される様々な困難な問題も最小化しうる。

朝鮮半島体制とは、南北が平和的・漸進的・段階的な方式で再統合する過程を、南北連合というガバナンスでの管理を基礎とする。南北連合は二つの異なるレベルの属性を内包する。一つは、南北が国家の資格で国際社会の活動に参加することと、内部に対する主権的統治権を相互に認める国家間関係としての属性である。これとともに、民族共同体意識を基礎に両者の再統合を追求する特殊な関係である。特殊な関係の属性は、単に民族統一という当為性から始まるのではない。南北分断が招いた相互敵対とその再生産を裏で支える情緒と社会的基礎を清算していく作業は、分離の法的承認ではなく、多様な領域における和解と協力の過程を必要とする。そして、こうした進展がなければ、国家間関係の規範に基づく関係の安定性も常に脅かされざるをえない。のみならず、対外的にも朝鮮半島の平和繁栄プロセスが順調に進行するためには、南北関係のこうした特殊な関係の属性に対する国際的承認を得て、これを積極的に活用すべきである。対北制裁の解除には至らなくても緩和は必要であり、南北関係の特殊性が認められる場合、開城工業団地や金剛山観光の再開などはより簡単になる。もちろん、南北関係の進展に合わせて南北連合内で、国家関係としての規範と特殊な関係としての規範の間の相互作用をどのように管理すべきかについては研究と論議が引き続き必要である。

また、南北連合という枠に対応する朝鮮半島の経済および社会ガバナンスを構築すべきである。開放的でバランスのいい経済共同体としての朝鮮半島を志向する南北の経済協力を律するための制度を構築しなければならない。これは領域別の協力から出発して包括的な経済協力に進むべきだが、その過程で中国と香港の間で締結した「経済緊密化協定」(CEPA,2011年)や、中国と台湾間の「両岸経済協力枠組協定」(ECFA,2010年)が参考になる。社会体制の場合、社会管理や社会福祉は独自に体制を構築するだろうが、南北間の人的往来と文化交流に関連した合意の規範が求められる。東アジアの協力にも新たな接近が必要である。盧武鉉政権時代の東北アジア協力論は、主に南北関係の進展が難しい条件下で非核化と南北関係の進展に有利な環境づくりと、それへの新たな動力提供レベルでの接近だった。今後は、南北関係の進展を基礎に東北アジアまたは東アジアの協力の促進により焦点を合わせなければならない。そして、朝鮮半島体制の建設と同様、少なくとも東北アジアの協力では南北の共感帯を広げて協力を強化すべきである。これらすべてが、キャンドル革命が切り開いた新たな可能性を実現していく上で、中核となる作業である。

もちろん、現在の条件で実現可能なことでもきちんとやらない、甚だしくはキャンドル革命の継承を掲げてキャンドル革命の精神に反する行動が登場しているのも事実である。特に、キャンドル革命の成果を制度や政策に反映させるべき政府与党の責任は大きいが、政府に果たしてその意志があるのか、という疑念が広がっているのは極めて憂慮すべき問題である。

非難の中心は経済問題だった。ただし経済問題に関連した論議で、すぐに暮らしがどれだけ良くなったかという調子で接近するのは適切でない。こうした接近は、経済問題を政治や理念の攻勢に活用しようとする意図に利用される可能性が高い。金大中政権と盧武鉉政権の時代に、いわゆる進歩陣営内でも「民主化後、生活は良くなりましたか」という式の批判が経済問題の解決に寄与するどころか、民主主義を落としめんとする守旧勢力に利用された前例を繰り返してはならない。経済領域では、今すぐの成果よりも方向性を問題にすべきである。この方向性に関連し、政府与党が混乱したサインを送り続けるのは問題である。例えば、財閥を敵視する理由はないが、かといって、この間大した効果がなかったのに、財閥に依存して経済成長の問題を解決しようとすれば、これは無能力の発露であり、キャンドル革命の進展にも否定的な影響を及ぼす。時間がかかっても政策の方向を明らかにして、これに対する国民的共感帯を広げる作業を先行させ、個別の経済主体との関係はこうした方向を基準に処理すればよいだろう。前者の作業を進めずに財閥の投資を期待したり、労働者の譲歩を要求したりする方式で、当面その時々の困難を切り抜けようとする試みは、問題を一層複雑化させるだけだ。市民社会も経済問題に関連して個々の事案を孤立・分散的に扱うのではなく、韓国経済の未来のビジョンにつなげて扱うべきである。例えば、南北関係の進展によって得られる新たなチャンスを、朝鮮半島住民の暮らしの質の改善に活用する方案を考えて代案を提示する必要がある。南北問題を政府の仕事と見る慣性から抜け出すべきである。

それ以上に憂慮されるのは、政府与党がキャンドル革命の成果を制度的に強固にするのには消極的で、派閥の利害を前面に押し出す姿勢がみられることだ。あらゆる政党が前回の大統領選挙で改憲を公約に掲げたにもかかわらず、いまだに改憲できていないのは、一部野党の無責任な態度に劣らぬ政府与党のキャンドル革命継承の意志の弱さのせいも大きい。特に、政府与党は分権型改憲などと関連して野党の変化を導き出すだけの果敢な動きを示していない。反対に支持率に陶酔し、既得権をより強化しようとする方式で行動し、これは野党に政争を拡大する口実を与えた。今も選挙法改定が重要な政治議題として提起されているが、各政党間・政党内の利害関係が衝突して突破口を見いだせずにいる。自由韓国党の反対は極めて失望させるものだが、予想されたことである。だが、政府与党がいまだに既得権を放棄しても政治的転換を実現しようという果敢な姿を示さないこと、特に一方では最小限の政治制度改革も果敢に推進できないのに、他方ではキャンドル革命を自らの所有物のように見なす調子の態度は公憤を覚えさせるに十分である。こうした態度に変化がなければ、キャンドル革命は政治的に深刻な挫折を味わうしかない。また、政府与党は野党が積極的に選挙法改革に取りくむようにする環境を作らねばならない。例えば、民意を忠実に反映できる選挙法の改正がなされたら、首相は議会で選出されるように政治的に約束する法案も考慮する必要がある。この程度の変化があってこそ、協治もきちんと達成される。

キャンドル革命は、今や政治的に重要なヤマ場を迎えている。民主主義の花という選挙の局面に進めば進むほど、市民はむしろ参加と発言の空間でジレンマに陥っている。党派や個人的利益を優先させる態度を牽制できる手段が不足しているので、与えられた条件で最善の知恵を絞りださねばならない。選挙を前にして分党した状態でも野党だった「共に民主党」がセヌリ党に勝利した2016年総選挙が代表的な事例である。しかし、弾劾を率いた政治連合が現在に至るまで分化し続け、この状況が今後も続くなら、2020年の選挙では2016年時より大きな難題が課せられるだろう。こうした条件の下、キャンドル革命の成果を確固とする政治局面を生み出すために市民ができることとは何なのか。

何よりも、朝鮮半島の平和プロセスを朝鮮半島体制の建設につなげていくべきだという点に市民の共感帯を広げなければならない。分断体制こそ最も大きな積弊であり、これを超えるのが積弊清算の最も重要な内容なのだ。キャンドル革命は朝鮮半島体制の構築で一つの段階を終えることができる。にもかかわらず、依然南北関係を政府与党の仕事と考えるケースが少なくない。今こそ市民が主導的に参与する「市民参与型」統一の条件を形成すべきである。南北連合を建設する事業に市民が参与できる空間を作り、広げていくことを本格的に準備すべきである。このための市民参与組織を地域と部門ごとに作っていく方法を積極的に考える必要がある。この作業が順調に進めば、来年の総選挙を守旧の政治的影響力を消滅させて進歩と保守の発展的な関係をつくる場とすることができる。 

これとともに、70%以上の支持を集めたキャンドル革命の政治的パワーを復元させるために努力しなければならない。40%前後の得票率でも過半数の議席は確保できる式の与党の勝利が2020年総選挙の目標になってはならない理由である。選挙法を改定してこそ、朝鮮半島体制の転換を実現する政治連合を構築する道が開かれる。そうでなければ、再び選挙前に連合を巡るうんざりする非難が繰り返され、成果を上げることは難しい。もし総選挙で与党が勝利しても、キャンドル革命を否定する強力な野党が出現すれば、政治状況は極度に悪化する。少なくても政府与党がキャンドル革命の初心を失わず、社会の大転換のために既得権を超える決断を示してこそ、市民もキャンドル革命の進展のための政治的パワーを結集することができる。こうした方向で、政府与党が動けるように一層積極的な介入と発言が必要である。そして、こうした介入と発言は市民社会、またはその中で自らの部分的利益を特権化する方式ではなく、キャンドル革命を「真理の出来事」と受け止め、忠実性を具現する地平において達成されなければならない。この点こそ、市民社会においてもキャンドル革命に対するより深い論議がなされるべき理由である。

 

 

(訳:青柳優子)

アラン・バディウの著作からの引用の訳出にあたっては、長原豊/松本潤一郎訳『倫理 <悪>の意識についての試論』河出書房新社、2004年と、長原豊/松本潤一郎訳『聖パウロ 普遍主義の基礎』河出書房新社、2004年を参照した。

 

 

  1. 「3・1革命95周年記念学術会議」(2014年2月26日)で、この主張が初めて真摯に提起された。関連する内容は、この会議の発表と討論を集めた『3・1革命100周年記念事業推進委員会結成式:95周年記念学術会議』、3・1革命100周年記念事業準備委員会、2014年、を参照。
  2. 白楽晴は、キャンドル革命を革命と規定しながら、これを伝統的革命とは異なる新しい性格の革命(「非革命的な方式による革命的課業の成就」)と説明した。こうした市民の平和的直接行動に基づく社会的転換は韓国的な現象だけではなく他国でも確認でき、従来の革命概念に修正を求めていると強調した。これについては、白楽晴「“キャンドル”の新社会づくりと南北関係」、『創作と批評』2017年春号(『世界』2017年5月号)と、Nak-chung Paik, “South Korea’s Candlelight Revolution and the Future of the Korean Peninsula”, The Asia-Pacific Journal Vol.16 No.3(2018.12.1)などを参照。
  3. 李ジュンシク「大韓民国臨時政府の理念的志向」、『人文科学研究』第24号、2017年、67~69頁。
  4. アラン・バディウ『倫理学』、李ジョンヨン訳、東文選、2001年、54~56頁。以下、日常的用語としての出来事とバディの用法での出来事を区分するために後者は「真理の出来事」と表現する。
  5. サミュエル・ハンティントン(Samuel P.Huntington)は、新生民主主義を強固にするには「二度の水平的な政権交代」のテストを経なければならないと主張している。韓国的脈略では、なぜ「二度の水平的な政権交代」が民主主義を強固にする基準になりにくいかについて、白楽晴とパク・ソンミンの対話を参照。白楽晴他『白楽晴が大転換の道を問う』チャンビ、2015年、316~31頁。
  6. ハンナ・アーレント『革命論』、洪ウォンピョ訳、ハンギル社、2004年、115頁。
  7. 同上書、116~17頁;チャールス・テーラー(Charles Taylor)は、革命過程では新たな政治的想像と伝統的慣習、あるいは制度が互いに排斥するだけでなく、結合したりもする点を示した。一歩進めて彼は、新たな政治的想像を盛り込む新たな正当性の原理(人民主権の原理)の適切な実現と見なされる政治的慣習の存在は、革命が新たな政治制度の構築につながるのに関鍵の役割を果たし、その存在の可否が米国革命とフランス革命の展開に大きな影響を及ぼしたと主張した。チャールス・テーラー『近代の社会的想像』、李サンギル訳、イウム、2004年、第8章。
  8. バディウも「われわれに、超―文字的な(字義を横断する)法、精神―霊法の存在という極度に困難な問を樹てるよう、強いている」と、ここで直面した困難を間接的に吐露している。アラン・バディウ『使徒パウロ:「帝国」に立ち向かう普遍主義倫理を求めて』、玄ソンファン訳、セムルギョル、2008年、167頁。バディウの普遍主義と法の関係に対する論議は非常に複雑だが、これはバディウが律法の廃棄を強調すると同時に、「超―文字的な法」という名で愛をひきいれるところで発生する。黄静雅『概念批評の人文学』、チャンビ、2015年、77~78頁。
  9. ドミニク・フィンケルデ(Dominik Finkelde)『パウロの政治的終末論』、呉ジンソク訳、図書出版b、2015年、48頁
  10. 例えば、バディウはパウロがユダヤ教の断絶を主張しなかったという点に言及した。アラン・バディウ『使徒パウロ』、72~73頁。
  11. 黄静雅の前掲書、79~81頁。
  12. 二重課題論については白楽晴「近代、適応と克服の二重課題」、宋ホグン他『植民社会の企画と挑戦』、民音社、2016年と、白楽晴他『文明の大転換を勉強する』、チャンビ、2018年、を参考。
  13. 3・1運動後、代議制民主主義を超えて平等の価値を実現する新しい民主主義を模索する流れが強固に維持されたが、趙素昂の三均主義が代表的なケースである(李ジュンシク、前掲文56~57頁)。カン・ギョンソクも3・1運動直後に作成された廉想渉の文を引用し、当時の知識人の間にも資本主義近代の克服を植民性の克服とともに考えていた知的な流れを紹介している。そればかりではなく、廉想渉が「革命をカッコに入れた実力養成論や自力養成を飛び越えた社会主義革命論」とは異なる実力養成と革命的実践を一つの課題として認識していたという点を高く評価した(カン・ギョンソク「民族文学の“停戦形成”と未堂のパズル」、『創作と批評』2018年冬号、57~59頁)。こうした指摘も、二重課題論的な問題意識を基盤にしていると見ることができる。
  14. Nak-chung Paikの前掲論文、4~5頁。
  15. こうしてみると、南北関係を国家間の関係に転換させることで分断体制から生じる問題を解決できるという発想は、南北協力を実践的地平から押し出してしまう点が最も大きな問題である。いわゆる「両国体制論」がこうした発想の代表例であるが、これについては金サンジュン「分断体制論と両国体制論」、『緑色評論』2019年1-2月号、47~48頁を参照。この論文が強調する国家間関係としての安定性は、現在南北が合意した南北連合や低い段階の連邦制という枠内でも実現できるし、さらに重要な問題はこうした枠内で南北協力のレベルをどのように高めていくのかにある。これについては、拙稿「分断解消か、分断体制の克服か」、『創作と批評』2018年春号、23~26頁を参照。