[巻頭言] 「安哲秀」現象と2013年体制

2011年 冬号(通卷154号)

 

 

金鍾華

ジャスミン革命に始まって福島原発事態を経て、“ウォール街占領”で秋を迎えた2011年が終わろうとしている。構造的危機と政治運動の出現という二重の世界史的な流れは、わが社会でもそれなりの形で現れている。分断体制を解体してきた87年体制もまた大きく揺れ動き、その動揺の振れ幅はますます拡大しながら、韓国社会は新しい体制への移行という内的圧力に直面している。そうした状況で、「希望バス」やソウル市長の補欠選挙を通じて現れた20~40代の世代・階級同盟は、構造的危機を克服する資源が大衆の側面で熟していることを示している。

とはいえ、それが実を結ぶには、連合政治に代弁されてきた政治的代案と、2013年体制論という新しい体制ビジョンが結合しなければならない。このためには、代案とビジョンを作る作業が、常に大衆の欲求を深く傾聴しようとする姿勢で遂行されなければならない点に留意すべきである。

こうした点で、私たちが一緒に深く考えてみるべき課題の一つが“安哲秀現象”である。安哲秀教授の履歴が広く知れわたって、彼が韓国社会の若者を慰め、励ますことに力を尽くしてきたことで積み上げた信頼という資産は大きいにしても、韓国政治史上でこれほど強力かつ急速に一人の人物が有力な大統領候補に浮上したことはなかったからである。

そのため、すでに様々な分析が安哲秀という人物を探求したし、彼に向けて凝集された社会的欲求の内容が探索されてきた。安哲秀現象の十分な意味は、この二つの分析が総合される時に明らかになるであろうが、安教授の政治への投身が不透明な時点で、まず必要なことは、彼が示したいくつかの特質に投影された社会的熱望に注目することだ。この社会的熱望は、今後の政局でも重要な作用をするはずだからである。

安哲秀現象は、何よりも「反ハンナラ、非民主」という彼の立脚点に由来しているようだ。李明博大統領と与党のハンナラ党が執権後に示した偏狭な階級的利益の追求、古い成長モデルに立脚した経済政策、そして権威主義的な統治と南北関係の悪化に、大衆は深い反感を抱いてきた。この間、野党勢力が各種選挙で勝利できたのは、大衆の反李明博情緒とそれに対応しようとする野党の連合政治が遭遇したからである。だが、野党勢力の連合政治が持続的に発展し、今回のソウル市長補選でも一歩進んだ姿を見せたとはいえ、大衆の感動を引き出すほど気分がすっきりするものにはならなかった。大衆の目には、野党勢力の諸政党が自分ら内部の交渉能力も十分でない上に、大義のために感情的対立を解きほぐす大様さもない集団として映った。

安哲秀は、嫌悪すべきハンナラ党と支離滅裂な野党勢力という、二者択一的な政治構図の枠外に位置した代案だったといえるが、彼への熱狂的な支持は、大衆がこうしたうんざりするような構図からいかに脱却したがっているかを物語っている。そのため、安哲秀現象は野党勢力にも重大な警告を発しているといえる。連合政治の当事者たちが、今までより一層大胆な姿を示せなければ、より大きな危機が野党勢力に襲いかかりうるのだ。

安哲秀教授に対する世間的評価の中には、彼が成功したCEOである点を指摘し、わが社会にCEOに対する幻想が依然根強い、という批判的な視線もある。とはいえ、成功したCEO安哲秀に対する支持の底辺には、尊重されてしかるべき大衆の願望が含まれていると見るべきであろう。安哲秀教授の成功と富は、積極的に公共の利益を追求し、価値ある生産物を創造して得られたものである。彼を支持する大衆は、彼のように公的な大義と私的な成功と幸福が連結される人生を願っているのだ。2013年に新しい体制を実現しようという努力も、私的な幸福と公的な大義の結びつきを重要な課題とみなす必要がある。

CEO安哲秀への支持には、より深い分別意識も作用しているようだ。安哲秀を支持する人々の中には、韓進重工業の趙南鎬会長を批判するだけでなく、金鎮淑指導委員を支持するため「希望バス」に乗りこんだ人も多い。これと似たように、“ウォール街占領”運動の参加者も金融資本は批判するが、スティーブ・ジョブズの死は心から追慕する。こうした態度から、資本家は資本家なだけであり、よい資本家と悪い資本家に区別する大衆の認識は矛盾している、と見る視角は皮相的である。

むしろ彼らは、安哲秀とスティーブ・ジョブズが価値ある生産品で私たちの生活を豊かにしてくれたのであって搾取者ではないということ、市場経済と資本主義は違うということ、そして資本主義とは市場経済の上に便乗している巨大金融資本と独占資本だということを、微かとはいえ把握しているといえる。実際、資本主義は腐敗やエリートの官職独占によって国家機構を掌握し、公共資産を侵奪して法体系を操作し、言論の歪曲とか、世論を統制して超過利潤を取得する場合、私たちは体制としての資本主義に対してものを言うことができるのだ。そのため、資本主義世界体制が危機に陥った時期に新しい体制を構想する作業は、大衆がすでに直感的に理解している市場と資本主義の峻別という、ブローデル的洞察に立脚すべきであり、そうした場合に広範な説得力を持ちうることを忘れるべきではない。

今月号の特集「東アジア地域文学は可能か」は、今年春号の東アジア言説を地域文学という枠組で引き継いだ。崔元植は、東アジアが世界体制に対してもった関係がそうであったように、地域文学もまた内的連帯を通じて世界文学を更新すべき分権の創造的な場と呼ばれていることを力説し、そうした可能性の流れを小説家の方玄錫、劉在炫、全成太、金衍洙の作品を通じて解き明かそうとする。尹志寛は東アジア地域文学の位相を、フレドリック・ジェイムスンを経由して大胆な政治的隠喩の中で究明する。国民国家間の力の極端な不均衡を形式的平等によって取り繕う、現在の世界体制を克服するためには、国民国家が超国家的な地域政治共同体に参加し、その共同体によって世界政治が遂行されるモデルを考えてみる必要がある。同一線上で、世界文学もまた地域文学との交流の中で新たに構想されうるはずであり、そうした場合に私たちは政治と文学の両方で覇権なき世界を実現しうるであろう。

安天と白池雲は、その可能性をもっと個別的な事例を通して検討する。まず安天は日本文学における東アジアの位相を考察する。彼によると、第二次大戦以前には東アジア言説が存在したが、帝国主義の言説に束縛されていた。それにより、戦後日本の文学で東アジアへの問題意識は大江健三郎のような作家の例外的な成果にもかかわらず、まともに発展できなかった。これに比べて、白池雲が検討した台湾の郷土文学は困難な時期に韓国と日本に伝達されて受容されたし、さらに台湾文学におけるリアリズム/モダニズム論争の様相は、韓国の民族文学論争とも一定の類似性がある。さて、韓・中・日の作家5人の交流経験を描いた散文はまだ底が浅いが、明らかに存在する東アジア地域文学の流れを実感させ、未来を構想しうるようになるだろう。

「対話」欄では、最近の進歩・改革陣営で論議されている2013年体制が集中的に論議された。2012年の総選挙と大統領選挙を新たな社会的ビジョンと体制の樹立へと連結させようとする参席者たちは、世界資本主義の危機と韓国社会の構成員が感じる不安の構造的要因を、民主政府10年の成果と限界、および李明博政権の失政と結びつけて分析する。また、財閥改革と代案的な成長戦略、南北関係の改善や望ましい福祉政策についても論議し、これを実感するための政治連合とガバナンス改編の方向を模索する。

「論壇と現場」欄の文章は、現在変化の途上にある韓国社会に様々な示唆を与える。今まで、主に小説家としてのみ知られてきたD.H.ロレンスを、彼の民主主義論に基づいて再照明する白楽晴の文章が耳目を引きつける。白楽晴は、ロレンスのエッセイ「民主主義」が、近代民主主義が解消できなかった平等と代議体制の問題を正面から論議している点に注目し、彼の論議を政治と治安の両面での新しい発展と成熟という、韓国民主主義の「二重課題」遂行のための資産にしようと論じる。ウォーラーステインの文章は、『近代世界体制』の刊行後37年間に受けてきた各陣営の批判を回顧して、これを一つずつ検討し、世界的な碩学の知的探検記として読める。第一回社会人文学評論賞の受賞者である黄承炫の文章も興味深い。俳優・韓イエスルの撮影現場からの失踪騒ぎを素材にして、韓国社会の右派言説の核心論理を“二重話法”という概念で捕らえて批判する彼の文章は、「江南(裕福な)左派」の対極にいる「サントンネ(貧乏な)右派」への政治的啓蒙を文化批評的に遂行している。この受賞作を掲載して今年の社会人文学の連続企画は終わる。この他、『新朝鮮』創刊号に掲載された洪命憙の歴史論説を発掘・整理した資料も楽しく読むことができる。

殷熙耕の長編小説の連載はいつしか3回目を迎えた。相変わらず緊張感を持って話を引き出す作家の熱情に応援を送る。短編小説では成碩済、金鍾光、白秀麟が個性ある小説世界を示し、新人小説賞の受賞作もまた注目に値する。詩作も豊富である。萬海文学賞の受賞者の千良姫から新人詩人賞受賞者に至るまで、13人の詩人の多彩な作品を鑑賞できる。

「作家照明」欄では、洗練された叙情と社会現実に参加する活動で注目を浴びている詩人の沈甫宣氏を招待した。「文学評論」欄では、今年夏号の韓基煜の文章に対する金永賛の反論を収録する。断絶論的な時代認識だと批判される彼は、自らの現代韓国文学に対する診断が、2000年代以後韓国社会の構造的変化と文学主体の対応から出てきたもので、これを徹底的に認識すると、2010年代韓国文学の進路が模索できると主張する。

第13回白石文学賞の受賞者は詩人・都鍾煥に決定した。熱い倫理意識と純情な詩心で、私たちの身近にいる“愚直なリアリスト”にお祝いの言葉を伝える。第5回チャンビ長編小説賞と2011年チャンビ新人文学賞(詩・小説)は、それぞれ奇ジュニョン、李智鎬、千ジョンワンに決まった。社会人文学評論賞の受賞者とともに、わが文壇と論壇に新鮮な活力になってくれることを望む。最後に、一つ一つ紹介できなかったが、情熱をこめて深みのある内容を寄せてくれた「文学焦点」、「寸評」、「文化評論」欄の筆者に心からの謝意を表する。

 

翻訳:青柳純一

季刊 創作と批評 2011年 冬号(通卷154号)
2011年 11月1日 発行

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