第21代総選とキャンドル革命の新たな局面/李南周[2020.4.22]

先週の総選結果に対する評価は政治的立場によってはっきりと分かれたが、内容的にはみんなを当惑させた。政府与党は今回の結果で重くなった責任をいつにもまして深刻に受けとめざるを得ず、未来統合党などの保守勢力は一歩先も見えない今後に対して心配している。進歩政治勢力および市民社会は積弊清算の進展を肯定的に評価するが、巨大両党あるいは「1.5政党」体制の出現の中で、自らの役割を見つけるのは容易ではないだろうという憂慮も高まっている。みなそれなりに一理ある反応だが、今回の総選の画期的な結果に対する完全な解釈とは考えにくい。特に、なぜ当惑を感じるのかを真摯に省察せずに自らの狭い利害関係で総選の意味を解釈するなら、自らが認知した問題を解決するのはさらに難しくなる。

 

 今回の総選に対して最もいぶかしくも問題ある反応は、「変化」より「安定」を選んだという評価である。与党への支持は安定を選んだものであり、野党への支持は変化を願うものだったという調子の枠組は、キャンドル革命による変化を全く念頭に置かない考え方である。こうした惰性的な考え方が総選結果に対して当惑を感じさせる重要な原因である。今回の総選の政治的意味を薄めようとする人々がこれに地域主義の復活だとか、旗印の効果などというような解釈に結びつけることは十分理解できる。だが、改革側のメディアすらこうした評価に特別な注釈をつけなかったり、便乗したケースが少なくない。総選結果の原因も短期的な要因、未来統合党の舌禍や世代論などに求めようとするケースが大部分である。政治的気質を問わず、政治評論家や分析家が大体においてキャンドル革命という性格規定に否定的だった傾向を考慮すれば、こうした評価は偶然ではない。

 

 キャンドル革命という規定に否定的な人々は、キャンドル抗争から弾劾までの変化を革命的な変化ではなく、憲法精神の実現を求める「保守的」要求に基づいたものと解釈する。そして、キャンドル抗争後の「日常」の回復の中で、こうした解釈はより安易に受け入れられた。さらに、キャンドル抗争後も変わったものはないという冷笑的な反応に支えられ、現在の状況をキャンドル革命との関連の中で考えようとする試みはより後景に退けられた。白楽晴は、2020年の新年コラム「キャンドル革命という話頭」でこうした流れの問題点を指摘し、キャンドル革命という話頭を錬磨し続けることを要請したことがある。この観点からは今回の総選結果が安定を選択したものだという解釈は出てくるはずもなく、また多少急転した結果に対する選挙工学的な解釈だけにはまり込むこともないだろう。

 

 筆者もバディウの論議を借りてキャンドル革命を、一回性の事件ではなくキャンドル抗争という出来事に対する忠実性を実現させていくシークアンス(一連の事態)と規定したことがある(「3・1運動、キャンドル革命そして『真理の出来事』」『創作と批評』2019年春号)。革命という表現を使うか否かという問題よりさらに重要なのは、キャンドル抗争が私たちに新たな思惟と実践的な姿勢を要求しているという点を認識し、これを追求しようとする態度である。今回の総選結果もこうした態度の必要性を自覚する契機にしなければならない。結果に対して各自の位置から得失を測るのではなく、キャンドル革命期の有権者が本当に望む変化とは何なのかを見抜いて、その要求をどのように実現すべきかを論議すべきである。このことをどれほどうまく進められるかによって、今後の政治的成否が左右されるだろう。

 

 今回の選挙も、キャンドル革命が韓国社会をいかに大きく変化させているかを確認させてくれた。まず、災害緊急生活費や基本所得の論議が主要議題として登場するなど、社会・経済的な議題が明確に拡大された。これは新型コロナによって触発された議題ではあるが、キャンドル革命期に韓国社会の大転換を志向する様々な論議が蓄積された結果でもある。そのため、これらの議題の論議は災害に対する収拾を越え、新たな社会・経済的制度の構築へと進んでいく契機になりうる。また、総選を評価する場合にあまり言及されていないが、朝鮮半島の平和的プロセスが守旧的保守の影響力を決定的に弱めた面にも注目すべきである。今回の選挙で、レッド・コンプレックスはその威力を発揮できなかった。新型コロナ局面で、中国を狙ったジェノフォビア(外国人嫌悪)を利用してその空白を埋めようとしたが、これはむしろ保守勢力が信頼を喪失するに至った主要因の一つだった。新型コロナが触発した危機をより持続可能な社会のための制度改革へとつなげていくことと、朝鮮半島の平和プロセスを持続することが、今後のキャンドル革命の成功を推進する上で何よりも重要である。

 

 新型コロナ事態が長期化して経済に極めて大きな打撃を与えると予想される時点で、政府与党が慢心を警戒して謙遜を維持すべきだと強調することは妥当である。しかし、これは安手の処世術に転落してはならず、キャンドル革命に対する忠実さの表現であるべきだ。そのためには、時代の要求を積極的に受け入れようという意志を明確にすることも、同時に進めねばならない。当面の懸案にうまく対処することも重要だが、いや懸案を解決するためにも、何よりもキャンドル革命を進展させるための連合政治に真摯な態度を示すべきである。これは道徳的要求にとどまらない。今回の選挙における比例投票の結果を見れば、与党関連政党の支持率は40%程度である。180を超える議席は改憲を除外した大部分を単独で決定できるという意味だが、政府与党が推進する議題に対して有権者多数の支持を確保することは依然至難の課題である。70%以上の有権者がキャンドル革命の大義に同意した経験を考えれば不可能なことではないが、問題は与党の態度にある。今回の総選で比例衛星政党に関する論難が、与党の態度に対する疑念を増加させたのは、今後の国政運営に負担となる可能性が高い。選挙法、国会法、政党法などで連合政治が円滑に作動できる環境をつくることに力を注ぐべきである。現在の優越した地位と力を大義実現のために活用することほど、まじめさを認められる近道はない。

 

 今回の選挙を契機にしてキャンドル革命の新たな局面が始まった。だが、現在進行している変化はまだ理論的に十分に捕えられていない状況にある。だからといって、現実を自分が知っている既存の枠組にはめ込んで合わせる調子の思考を繰り返していてはならない。私たちの言語を超える現実にもっと謙虚になり、そこに新たな可能性を発見していく努力が、いかなる時よりも必要である。こうした努力によって、どのような位置にあっても、それに見合う役割を果たせるのか、あるいは歴史の流れに淘汰されるのか決定されるだろう。キャンドル革命という歴史の流れにアンガージュマンできる機会は誰にでも開かれている。

 

李南周(聖公会大学教授)

翻訳:青柳純一・青柳優子