世界を知る力、東アジア共同体の道: 寺島実郎・白永瑞 對話②

対話 ①

 
 

白永瑞  では日・中・韓のネットワークと北朝鮮との関わり、韓半島の分断の問題についてはどのようにお考えですか?

寺島実郎寺島実郎   台湾と中国との問題、韓国と北朝鮮との問題については、日本人は慎重であるべきで、緩やかに支持していく(endorse)ことが重要です。韓半島の問題について日本が役割意識肥大症になっています。我々はこの問題を解決できるという幻想を持つべきではありません。韓半島に住んでいる人々が責任を持って向き合い解決していくべきあること、周辺にいる国としての限界をしっかり認識することです。統合の足を引っ張ることもいけません。また、変な役割を日本が果たそうとしてもいけないですし、それが日本のボトム・ラインだと思います。どんなに時間がかかっても緩やかに韓半島が民族の自立と統合を果たす方向に向かっていくことを心から期待します。台湾の問題もそうです。台湾問題に関する不干渉、つまりかつて日本のテリトリーであった時代を背負っているからこそ日本は余計なことを言ってはいけません。微妙な問題を与えてしまうので、このボトム・ラインはとても大事だと思います。台湾独立を日本が支持するわけでもなければ、そういうことを言うべきでもない。これは中国と台湾のあいだの叡智で片付けていくべきです。しかも、我々が思っている以上に、台湾と中国のコミュニケーション・チャンネルは分断されていないということ、グレーター・チャイナというなかで大変な連携が相互に深まっています。北朝鮮と韓国も我々にはうかがいしれないコミュニケーションがあります。ですから日本は奇妙なことを言うべきではないし、慎重でなければいけません。水が上から下へと流れるように、歴史は必ずこの問題をひとつの方向に収斂させていきます。東西ドイツの統合がなされたように。私の認識では、北朝鮮問題は米中問題なんです。つまり米中問題の力学が変わってくれば、韓半島の問題も変わってくると認識しています。

白永瑞  北朝鮮と韓国の問題が米中問題と関わっていることは基本的には理解できます。韓半島の住民がどのような役割をするか—

寺島実郎   韓半島に住んでいる人は米中問題として考えてはいけません。

白永瑞  もちろんです。民族問題でもあります。ですが私が指摘したいのは、先生がおっしゃったどのような形や段階の東アジア共同体であっても、そこに向かう過程で韓半島の分断の解決は必須不可欠だという点です。これと関連して私は、韓半島での国家連合の必要性を語りたいと思います。これは2000年に南北の首脳が合意した6・15共同宣言の第2項に出てくる「低い段階の連邦制」、すなわち事実上の国家連合です。この構想を韓国、北朝鮮が統一に向けた「中間段階」であり、現在のこの危険な過渡期を安定的に管理する装置として実践しようと強調することです。このような国家連合構想、すなわち緩やかで開放的な複合国家形態を選択する時、それが東アジアの協力体制の形成にとても肯定的な作用をすることは明らかです。中国の台湾やチベット、新疆の問題や、日本の沖縄に、一層さらに充実した自治権を持たせる創意的な方案を触発することはできないでしょうか(これについては『世界』5月号の白楽晴先生の論文に詳細に言及されている)。韓半島の統一以前にこの不安定な状況をどう処理するかが問題で、たとえば連邦制や国家連合という緩やかな結合体の創造があり得ると思うのですが、これについて先生はどうお考えでしょうか?

寺島実郎   それは次のステップへと移行するひとつの知恵かもしれませんね。韓半島の問題を韓半島に住んでいる人たちが主体的に解決していく方法論としてその種の考え方が出てきても私は驚きません。それが段階的に接近していく具体的な話かもしれません。たとえばどちらかの体制が崩壊するというようなことよりも、互いに知恵を出し合って歩み寄っていくことが大事であるという気がします。シュミットによれば、北朝鮮は冷戦孤児のようなもので、まだ冷戦は終わっていないと思い込んでいる、囲い込まれた地域になってしまっていて、世界が見えているようで見えていないところがある。だから、冷戦孤児のような人たちに、冷戦は終わり、世界が変わり、世界のいかなる国もこのグローバル経済のなかで孤立していては疲弊していくんだ、ということを段階的に理解させていかなければいけません。柿が熟して落ちるように、あのねじれた体制の国民のなかから自ずと世界が見えてくれば自然と新しい方向観が見えてくると思います。

白永瑞
 先生は以前、姜尚中先生との対談で、北朝鮮に対して、経済力から見て日本で一番小さな島根県や鳥取県にもはるかに至らないが、「弱者の恫喝というか、大騷ぎしているからそれなりの存在にえるけれど、実は途方もなくちっぼけなんですよ」と言ったことがあります。また、東アジアのどもとに刺さった骨であるとも言いました。ですから時間をかけてしつこく対応するためには、非常に老練な戦略やビジョンが要求されるということです。それとともに韓半島の問題を米中の交渉だけにまかせ、日本は後で金だけ出すということに批判的でした(『時代との対話――寺島実郎対談集』2010、60~61頁)。そのような立場から見る時、韓半島の問題、特に北朝鮮問題や統一の問題に関して、今の民主党政権はどのような役割を果たすと思われますか? たとえば、拉致問題に関して、今はまったく動きがありませんが。

寺島実郎    そうですね。たとえば小泉訪朝のあと、極端に言うと日本が主体的に朝鮮半島との関係を整理し、一歩前に動き始めるのかという歴史的な局面が確かにありました。ところが、その後アメリカのジム・ケリーが平壌に行って、核の問題を持ち出し、北朝鮮は核装備しようとしている国だと、つまり北朝鮮に対する「ならず者国家」(rogue state)論を展開します。そこで日本は、拉致問題が国民のある感情を逆なでして、拉致と核の間に挟まってどうにもならない状態になったんですね。別の言い方をすれば、北朝鮮問題がなぜ米中問題なのかということにつながりますが、中国も当面は韓半島がふたつに分断されていた方がいい、あるいは現状のままの方がまだマシだという判断をしていると思うんです。東アジアにおける中国の影響力を最大化するためには、6か国協議を仕切り、中国の存在感を高めるために、北朝鮮は存続していた方がいいはずなんです。だからこそ北朝鮮という国は存続しているんです。それは中国が北朝鮮に食料とエネルギーを支援しているからで、このピンを外したら北朝鮮は自然崩壊するぐらいの状況に置かれるはずです。一方、アメリカも何だかんだと言いながらも、中国の認識をしっかり観察していて、韓半島の統一には時間をかけた方がいいと思っているはずです。たとえば核の問題で追い詰めたり、いわゆるガンジーの言う「分断統治」、これは欧米列強の常套手段ですが、分断しておいて自分の影響力を最大化するという方法を使ったり。問題はその状況を越える認識を当事者である人たちがどう築くかです。同じことは日本においても言えます。私が、日韓が同じ状況に置かれていると思うのは、戦後、両国ともアメリカを通じてしか世界を見なくなってしまった。そういう路線を取ったから理解はできますが、冷戦が終わって20年も経った現在、自分の頭でものを考えるということが問われてきています。普天間基地の問題も、固定観念のようにアメリカの抑止力が日本を安定化させ守ってくれているんだという議論が繰り返されています。ところが3月5日から言い始めているように、オバマ政権自身が、核の抑止力という議論は冷戦時代の産物・遺物、つまり過去のものだと言っているのに、日本はそのロジックにいまだに寄りかかっているんです。思考を普通の常識へと転換させる必要があります。日本もアメリカを通じてしか世界を見ないという世界観を脱却すべきです。アメリカの軍事力の抑止力が日本に平和をもたらしているという冷戦時代の認識から一歩前に進めて、アジアの相互理解と協調関係のなかで東アジアに安定と安全を作っていくという方向に頭を切り替えていくべきで、そうしない限りいつまで経っても用心棒のガードマンがいるから俺は安心だというロジックを言い続けることになる。本来は外国の軍隊が自分の国のなかに存在していること自体が不自然なことで、用心棒なしで隣近所の人々と理解や協調、信頼関係を深めながら、自ら安心できる環境をつくっていくことが正しいはずです。韓半島、中国、日本もそういう信頼関係を築くためのゲームに自らを向けていかなればいけないというのがボトム・ラインです。いつまでも欧米のガードマンを雇い、ここに安全と安定を守るためにいて頂かないと困るという力学にしがみついていてはだめです。これがこれからのアジア人の健全な共通認識にならなければならないんです。

白永瑞  では具体的な政策の問題についてお伺いします。ふたつありまして、ひとつは分断問題を含めた韓半島問題に関する民主党の新しい政策があるかということ、もうひとつは民主党が米軍基地の問題をどう捉えているかということです。

寺島実郎
    民主党が今の質問に対して明確な回答を出せるほど機軸のある政策論を持っていると思わない方がいいです。民主党が混迷している状況にあるということをまず認識すべきです。たとえば北朝鮮問題について、制御(governance)が利いていて、この政策にはこの政策論で立ち向かうという合意が形成されているなどと思わない方がいいです。基地の問題もそうですが、日本人もそのことにやがて気がつく、気がついていかなければいけないと思います。普天間基地が徳之島かどこかに落ち着くことによって問題が解決すると思う方が間違いです。それは持ち時間内にジグソーパズルのパズルをどこかにはめて一件落着という類のことではなく、日本における米軍基地のあり方や日米安保のあり方そのものについてしっかり方向づけをすべき問題で、そうしないと普天間問題は解決したことにはなりません。日本のメディアや民衆が、今まで通りに基地がどこかに落ち着いてくれて話が収まってくれれば、めでたし、めでたしと思ってるとしたら、それは見当違いというものです。覚悟を決めてアメリカとの関係をしっかり政策論として確立しないかぎり、この問題の解決はありません。5月末までアメリカも賛成し沖縄の人たちも納得のいくシナリオを考案するなんてあり得ません。そもそも普天間問題はおかしな方向に話が進んでいます。2004年8月に沖縄国際大学の校内にヘリコプターが墜落するという事件が起こり、街中に基地があるのは危険だから移しましょうということで基地移転問題が浮上します。だとしたら、事故を起こしたアメリカ自身が基地がどこに移ろうが、その安全性に責任を持たなければいけない。ところがいつの間にかアメリカはその責任の外に出ていて、日本が代わりになる場所を見つけたら動いてやるというような変な方向に話がいってしまったんです。つまり問題の核心がズレてしまったんですね。歴史が今、民主党政権に求めているのは、普天間基地が徳之島かどこかに落ち着いてくれればいいという回答ではなく、日本における米軍基地のあり方そのものです。アナロジーに言えば、日本と同じ敗戦国であるドイツは、1993年にドイツ国内の米軍基地をひとつひとつテーブルにのせて議論し、それぞれの基地の使用目的を吟味しながら主権を回復していきました。そういうことを日本もやるべきなんです。ところが1990年代の日本は、自民党の単独政権である宮沢内閣が倒れてから合従連衡の短命政権ばかり続いたためにその機会を逃したんです。ドイツ的な方法を取らないまま20世紀を迎えてしまったんです。そうして9・11テロが起こり、アメリカのアフガニスタン・イラク侵攻についていかざるを得なくなり、米軍再編論に引っ張られてしまったんです。日本や韓国の米軍基地はもはや極東の安全ために機能しているのではなく、ユーラシア大陸全体をにらんだ基地としてアメリカの戦略のなかに組み込まれてしまっているんです。ですから正気を取り戻さなければいけないんです。何の目的のための基地なのか。アメリカの戦争に協力するための基地であってはならないんです。なぜか、イラク・アフガニスタンの戦争が証明しているように、それはアジア、日・中・韓の力学においては意味のない戦争なんです。我々は反米でも何でもなく、むしろその逆だからこそアメリカを制御しなければいけない。この意識がとても大事です。

白永瑞   この問題が決まらなかったら、鳩山政権への圧力や不安定性がだんだんと高まってくるのではないかと思うのですが、こういう考えは間違っていますか?

寺島実郎   いや、間違っていません。不安定性も高まるだろうし、政権が持ちこたえるかどうかわからないという状況にさえなるかもしれない。しかし我々が今見ていかなければいけない歴史意識とは、ひとつの政権がつぶれるという問題ではなく、何を本質的に変えていかなければいけないのかということに気づくことです。実はこのプロセスを通じて日本人も少しずつ気づき始めています。基地移轉候補地として取り沙汰されている徳之島で大規模な集会があって政権が困っているように見えますが、日本全国のどこに移転しても、たとえば東京近郊だとか、大規模のデモが起こるだろうし、どこに行っても反対されます。つまり沖縄だからいいという話ではないんです。寄ってたかって沖縄に押し付けてこの問題は終わりというのではない、問題の本質が次第に見え始めているんです。結局どこに行っても反対されて普天間から動かないという案になったとき、日本人自身が自らの問題の捉え方をおかしいと思うはずです。普天間基地の海兵隊は60機のヘリコプターをオペレーションしていますが、実際には今、操縦士がいない状態なんです。みなアフガニスタンに行ってしまっている。そんな基地を日本の安全のためだと思い込んでいることに対して疑問はないのかと私は言いたいのです。つまり歴史はごまかせない、流れは次第に見えてくるということです。なにも鳩山政権が5月までに行き詰って困りますという話ではありません。それを越えてやらなくてはいけないことがあって、それが現代の「条約改正」です。韓国も同様だと思います。日・中・韓でコミュニケーションを深めつつ平和を築くならば、北朝鮮問題も含め、この地域に生きている人たちの自覚が必要なんです。北朝鮮にはソ連と中国が後ろ盾として存在しているなどという構図や発想から脱して、まともな自立した思考を取り返すことが重要です。韓国も親分頼りの構図から脱して、自分たちで運命を切り開いていく覚悟を決めるべきで、それがなかったらまったく話になりません。我々の叡智で東アジアをどうしていくか、そういうゲームに変わりつつある歴史観を築かなければいけないと私は思います。

白永瑞 今の先生のお話しと私の考えについて言いますと、政策より「思想の力」や「世界を知る力」であるという意味合いに重点が置かれていると思います。先生は鳩山総理と親しかったり影響力があるという話を聞いたことがありますが……。

寺島実郎   友達なんです。

白永瑞 ええ、その鳩山さんとの関係についてお聞きしたいのと、もうひとつは政策やビジネスだけではなく、思想家という雰囲気が先生にはあります。先生は現在、多摩大学の学長であり、さまざまな分野でご活躍されていますが、先生の著書を読んで特に『世界を知る力』という主張に深い印象を受けました。近代西洋から来た知の体系・学問をどうやって越えるかという先生の知に対する立場は、我々と相通じるところがあります。これについてお話しください。

寺島実郎    あなたが書いた近代の超克論に関する評論(『創作と批評』2008年春号に掲載された「東アジア論と近代適応・近代克服の二重課題」の日本語版)を読みましたが、よく研究されています。大変よく研究されていますよね。竹内好の本を読んだりして。先生の姿勢はよく理解できます。新たな問題意識としての近代の超克論に私も大変興味があります。先祖帰りの話だけではなく、要するに「全体知」です。この点で互いに通じるところがあると見ます。

白永瑞 私が強調するのは、アカデミー制度だけではなくて、制度の外部の問題なんですよ。

寺島実郎寺島実郎   その通りです。私は政策科学を研究し、経営戦略論を企業で展開してきた人間ですが、その根底、つまり自分たちの方法論を支えている思想や哲学のなかに、西洋近代の社会科学があります。そうやって政治学や社会学などで身につけた知と、日本で言えば空海や鈴木大拙の知(禅の研究者である鈴木大拙に大変興味があるんですが)、つまり西洋と東洋のあいだである種の緊張感をもって立ち、その全体感のなかでアジアを理解し認識を深めるべきだと思うんです。西洋の社会科学の限界を越え、日本人としてアジア人として、早稲田大学の校歌じゃないですが、東西古今の文化が流れついた島として、その全体感のなかでこの国の進路を取っていくべきだと思っています。韓国にとっても同様だと思います。そういう意味で私自身の興味からくるキーワードが「全体知」だったんです。世界に対して視界を広げれば広げるほど、戦後なる日本、戦後65年間の日本は非常に特殊な期間であることを知ります。長い2000年にわたる日本とユーラシア大陸の関係を考えたとき、その期間は極めて特殊で、特殊な影響力を受け、特殊なものの見方や考え方が生まれました。日本の近代という期間もそうです。ですから、そういう時期の特殊性を認識しながら、それを否定するだけでなく越えていくこと、そういうところに我々は立っているんです。近代の超克論は、戦争の美学、戦争を正当化するような話として便宜的に使われたところがあるんです。今はそんな話ではなく、新しいアジアの連帯の思想・哲学として近代の超克論が求められていると思います。

白永瑞 私は基本的には先生の「全体知」という発想を支持しています。これは新しい発想で、この知の体系をどうやって制度内で実現するかという問題に、私は大学で教えている者として興味があります。学長としての先生の立場からこういった問題をどう考えておられますか?

寺島実郎   私は制度化のなかを生きてきた人間です。具体的な問題に直面し、そのつど具体的な問題を解決する方法論を経営に対して提示してきました。たとえば、イラン革命が起こった後の三井が抱えていたAJPCというプロジェクトに深くのめり込まされたりしました。つまり問題解決のための制度論のなかを具体的に生きてきた人間なんです。そういう人間は、大学で理論を学び、理論から現実を解決する方法論を求めるのではなくて、現実のなかから現実を体系化し、先生のおっしゃる制度化する思想というものにアプローチするんです。そのなかで「全体知」を求めている。おそらく先生とは方向観が逆なんだと思いますが、目指しているところでは近接してくると思います。要するに「全体知」のなかで制度を解決しろというのではなく、解決するアプローチのなかから全体観が見えてくる、これが私の生き方だったんです。なにしろ日本の商社の現場で生きていましたからね。鈴木大拙が50数歳まで英語の先生に過ぎなかったように、つまり具体論のなかから体系化するわけです。そしてさらに体系化のなかから具体論へと問題を転換しようとしている、それが私の位置感覚です。

白永瑞 先生はいろいろな仕事なされていますが、コンフリクトはまったくないですか?

寺島実郎   というよりむしろシナジーですね。教育というジャンルと産業というジャンル、私のやっていること同士がスパークし合うというか。私はまだ三井物産の戦略研究所を率いているし、公共政策機構のシンクタンクにも関わっています。その三角形のなかでスパークしてシナジーが生まれている。日本ではめずらしいと言われますが、アメリカなどでは決してめずらしくないですよ。学者のなかには産業界とアカデミズム、政策論とのトライアングルのなかで生きている人がいくらでもいます。確かに産官学のなかでループを作り、シナジーを作っている人は日本ではめったにいませんね。忙しいけれど利益相反(conflict of interest)は起こりません。

白永瑞
 そうですか。私は2つの分野にいますが、ひとつは延世大の教授、もうひとつは44年の歴史を持つ『創作と批評』という雑誌の主幹をやっています。

寺島実郎  
これはすばらしい雑誌ですね。

白永瑞
 この2つの領域を行き来するだけでも忙しいと思っています。もちろん楽しいですが(笑)。

寺島実郎   楽しんでるんでしょ? それが大事なんです。

白永瑞  最後の質問ですが、日本の戦後を考えたとき、たとえば鳩山総理がやめたら民主党の展望が変わるというようなことはありますか?

寺島実郎  
民主党という党はもともと合従連衡のように、かつての社会党のソーシャリストのグループから来た人もいれば、小沢一郎のように極端に言えば自民党の右派のような人もいて、つまり混ぜこぜの党なんです。選挙を目的として作られた混ぜこぜ集団です。そのなかで鳩山氏は祖父の時代からのDNAを受け継いで、おそらくリベラル保守という位置に立っている。彼自身が強い政治的哲学を持っているリーダーシップのある人間だとは思いませんが。

白永瑞  鳩山のリーダーシップが弱いと批判する発言もあるようですが。

寺島実郎  
そう、そういう類のほんわかしたマシュマロのようなことを言ってますが、民主党の力学がどういう方向に行くのかはわかりません。菅直人のように市民運動から出てきた人物が中核になっていくのか、それとも松下政経塾から出てきた人たちが中心になっていくのか、これからいろんなうねりがあると思います。日本の政治全体をにらんだとき、鳩山氏個人は別にして、リベラル保守に思想の軸を取った政策論を持った政党が、むしろ今後の政界再編を含めてできていくべきだと私は思っています。私自身の立ち位置がリベラル保守ですからね。リベラル保守とは、外交的には近隣との外交を重視して、アメリカとの協調を軸にしつつ「親米入亜」を計るという立場です。右のナショナリストでもなければ、かつてのソーシャリストのグループでもないところで外交を固めます。国内的には一種の新しい経済主義を打ち立て、日本の産業の創生に力点を置いた政策論を実現しなければいけないでしょう。そういう政策を中心とした政治の塊のようなものができてくれば、日本は安定してくるだろうと思います。鳩山政権はそういう大きな物語の始まりだと思った方がいいです。

白永瑞
 そうですか。ただ残念なのは、金大中、慮武鉉という2人の元大統領の時代は民主党と同じ路線を行っていたと思います。ですが、李明博政権の時代である現在は、ちょっと変わってしまってとても残念です。言ってみれば時差のようなものが感じられます。最後に『創作と批評』の読者に一言ご挨拶をお願いします。

寺島実郎   最初の頃の理念が非常に熱くなったように、我々はわだかまりを背負っているんだということを認識しながらも、大局に立って歴史を切り開いていくことです。韓国にも日本にも腹にひとつの勇気と覚悟が必要な時代がきています。つまり脱冷戦、冷戦の枠組みのなかでもがいていた時期から、今後、主体的にアジアに友好と連携の仕組みをつくっていく覚悟と勇気が問われています。その枠組みのなかで力を合わせていくべきで、これには相当な度胸が要ります。細かいことを言い出したらきりがありません。韓国の人が日本の問題点を言い出したらきりがないだろうし、歴史意識のなかでそういうものをすでに背負っていると思います。日本でも特に若い世代には、私たちより上の世代の人たちが持っているような偏見がありません。素直な気持ちで東方神起を追いかける空気があるし、逆に日本の文化について共鳴してくる韓国の若い人たちも多い。日本人がかつての韓国に対してもっていた構えた意識というか、差別意識のようなものを今の若い人たちは持っていません。むしろ私たちより上の世代が抱えている空気の方がよほど問題で、若い世代は韓国に対して愛着やリスペクトを持っています。そういうところに可能性を感じますね。

白永瑞 先生のおっしゃる過去の責任ではなく未来の責任ですね。

寺島実郎   はい、そういうことです。

白永瑞
 ではこの辺でインタビューを終えたいと思います。長い時間、本当にありがとうございました。   (*)

対話を終えたが、何かまだ議論が尽きていないという感じを拭えなかった。分単位に移動するという秘書の話のように、日程があまりにも過密な彼と充分な時間を持つことができなかったためである。しかし、日本の懸案である駐日米軍問題をはじめとする主要課題に対する彼の考えの一端を直接聞くことができたのは有益だった。

独立国の日本に外軍の軍隊が65年間も長期間駐留しているという事実、その米軍駐留経費の7割に達する年間約6千億円を日本が負担するという事実を、私たちはたびたび忘却して過ごす。さらに現在、米軍は1997年の鳩山政権の時になされた米日ガイドラインの改正で、日米同盟の本来の目的が変質してしまったのではないだろうか。日米安保の対象を極東に定めた「極東条項」が変わり、日本の安保が威嚇されれば、適用範囲を世界に拡大できるように拡大解釈されることによって、日本はアメリカの全世界戦争に一層さらに深く加担することになったのである。

彼は対話の過程で具体的に言及しなかったが、彼が構想する米軍基地問題の解決法は、まず、米軍基地の管理権をアメリカの意のままにならないように変え、第二に、日米安保条約自体も再検討し、東アジアに軍事的な空白を作らないことを前提に、駐日米軍基地のひとつひとつの使用目的を検討し、目的が達成されたら削減して、10年以内に半減することを目標にするべきといった現実的な内容である。

そしてさらに根本的には、アメリカのオバマ政権さえ「核のない世界」を語り始めているこの時こそ、日本が「核の傘」に単に身を任せる姿勢を脱却し、「核のない世界」に達することを構想しなければならない局面であると彼は判断する。そして、アメリカが現在の行っているアジア太平洋戦略が同盟国日本を機軸にした時代において、日本と中国を含む相対的なゲームで本質的な変化をとげた情勢に対応し、アメリカの「力による正義」やアメリカ的価値である「ダブルスタンダード」を批判しながら、日本がアメリカ的価値に追従するだけでなく、主体性を確立して非核平和主義という普遍的価値に立ち、非核国の先頭で核廃棄のリーダーシップを発揮しながら、アジアとアメリカをつなぐ架け橋の役割をすることを提案する。

このような主張が米軍駐留基地と北朝鮮核問題をかかえる私たちに示唆するところは大きい。だが、このような日本の新しい外交戦略は、新しい内政戦略なしに実現されえないことはもちろんである。内政問題と関連して対話を進めることはできなかったが、彼は新しいパラダイム転換を要求しており、おりしも民主党政権も「セメントから人間へ」というスローガンをかかげて改革に邁進している。ならば、はたして彼のいう「グリーンニューディール」の可能性はどこにあるのか。彼はこれまで習熟してきた大規模集中型の文明体系から分散型ネットワーク社会への転換を主張する。そして分散型ネットワークへの転換はむしろ日本において可能性があると楽観する。その根拠に日本のもの作りの執着と技術への敬愛、すなわち日本の技術と産業力をあげている。私はこれと関連して、日本の小国主義の遺産を再評価することを薦めたい。ここで韓国の発展戦略として、小国主義と大国主義の緊張の中で「中位国家」の発展戦略を提案した『創作と批評』誌の構想も、参考にできるだろうと考える。

なによりも彼にとって、韓半島の歴史と現実(特に分断体制)を取り上げることなくしては、彼の構想が全て実現されることはないという事実を充分に伝えることができずに残念だが、アメリカが主導する世界秩序が変化する現時点において、韓・日の市民が共有できる課題が少なくないということをあらためて確認したことは収穫にちがいない。

対話がおこなわれた場所である「寺島文庫」(2009年1月にオープンした6階の建物)が、靖国神社のすぐ近所であることが、私には偶然のように思えなかった。彼の思惟と実践の創造的拠点の向こう側で、日本近代史の矛盾を突破し、東アジア連帯の活力が出てくるように願いたい。

 
〔訳=渡辺直紀〕
季刊 創作と批評 2010年 夏号(通卷148号)
2010年 6月1日 発行

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