マルクスの批判的唯物論と「単一な科学」

2011年 秋号(通卷153号)



論壇と現場

 

 

柳在建
釜山大学史学科教授、主要論文として「マルクスとウォーラーステイン」「統一時代の改革と進歩」「米国覇権主義の危機と世界史的転換」などがある。jkyoo@pusan.co.kr

 

 

 

1.はじめに

 

今日人文学と科学の分裂を克服する課題を模索する際に、19世紀の人物カール・マルクスが私たちに果たしていかなる意味があるかと問うのは、何よりも彼が自らの時代にすでに単一な科学の樹立を積極的に主張したことがあるからだ。果たしてどういう意味で科学が一つになるべきだと、彼は主張したのか。これに対する答えを求めることは一見簡単そうに見えるが、そうも言えない。それは何よりも、マルクスの思想的な発展過程に対する、つまり変化や断絶の有無に関する論争が絶えないからである。

マルクスが人間科学と自然科学を統合する単一な科学を提唱したのは二度であり、1844年の『経済学・哲学草稿』(以下、『草稿』)と1845~46年エンゲルスとの共著『ドイツ・イデオロギー』である。ところで、まさにこの両著作間の思想的な対立関係の有無――しばしば人間主義哲学と唯物論的科学と対比される――は、マルクスをめぐる論争の中でも激しい方に属するといえる。実際、両著作で単一な科学を主張する全般的な論調も多少異なる。

 

歴史自体は自然史の現実的(wirklich、あるいは真正な)一部で、また自然が人間として生成されていく現実的一部である。今後人間科学が自然科学を包括するように、自然科学は人間科学を包括するようになるだろう。そして一つの科学が存在するだろう。(強調はマルクス)

 

 

私たちはただ一つの単一な科学(eine einzige Wissenschaft)、つまり歴史科学のみを知っている。歴史は自然史と人間史という二つの側面から見ることができ、そのように分けることができる。しかし、両側面は分離不可能である。人間が生存する限り、自然史と人間史は互いに依存する。自然科学と称される自然史は、今ここで私たちの関心事ではない。  K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, K. Marx & F. Engels, Werke, Ergänzungsbande1(Dietz Verlag 1957) 544頁; K. Marx & F. Engels, Die Deutsche Ideologie, Werke 3, 18頁. 『ドイツ・イデオロギー』のこの句節は、肉筆原稿で行間に書かれた部分である。

両著作間の違いは外見にも現れており、『草稿』は哲学と自然科学が互いに分裂した現実を批判する反面、『ドイツ・イデオロギー』は「哲学」の終焉を公言しつつ、唯物論的な歴史観の輪郭を初めて提示している。だから、マルクスが「単一な科学」を主張した真意を知ろうとする場合、どちらの側に依拠するかによって見解が分かれ、更に論者自らどういう科学観を持っているかによって擁護と批判が重なり、論争が展開されている実情である。もちろん、マルクスが経済的社会構成体の発展を一つの自然史的過程として把握するとした『資本論』の主張は、『草稿』の雰囲気とはどこかそぐわないように見える。

しかし『草稿』に対してさえも、ハーバマス(J. Habermas)のように、人間科学を自然科学が包括するという発想に『資本論』で表れる実証主義が潜在していると見る人もいる。その一方で、アルチュセール(L. Althusser)のように、『草稿』は人間主義哲学の問題の枠組にとらわれた著作と規定し、マルクスの科学的著作から排除する人もいる 。 J. ハーバマス『認識と関心』, 康英啓訳(高麗苑、1983) 32~72頁; L. アルチュセール『マルクスのために』, 高吉煥•李和淑訳(白衣、1990)。 『ドイツ・イデオロギー』でマルクス思想の「認識論的断絶」が起きたと見るアルチュセールは、人間と社会を特定な関係の複合体と見る歴史科学が登場して、人間主義的問題の枠組は廃棄されたとみなす。だが逆説的に、ハーバマスとアルチュセールは相反する性向の哲学者にもかかわらず(批判と支持に分かれるが)、科学主義者としてのマルクス像を印象づける点では一致するのである。

ここで、この論争に深く立ち入る余裕はない。私の考えでは上の両著作間に断絶のようなものはなく、共にマルクスが自負した「反哲学」「反体系」の「新しい唯物論」の観点から単一な科学を提唱したとみる。マルクスの趣旨どおり、この唯物論を区分けなしに「批判的唯物論」「実践的唯物論」「歴史的唯物論」「弁証法的唯物論」のうち、どうと呼んでもいいだろう。そして、こうした批判的唯物論の立地点によって、社会を複合的関係として分析する歴史科学が可能になったが、まさにそのためにその科学は科学主義とは根源的に対立する。実際、アルチュセールが科学の独自的な性格を強調するために、イデオロギーとみなした人間の実践的関心、経験、善と美の追求のようなものこそ、マルクスが科学の土台と見ていたのではないかと思う。こうした点では、アルセチュールは徹頭徹尾哲学者らしく、マルクスのある一面を極端にまで強調して、私たちに何か新しく考える機会を与えてくれたようにも思う。本稿はできるだけ論争が多いこの問題に対し、アルセチュール式の「徴候的読解」によってではなく、歴史学者になじみの資料との対話を通じ、マルクス思想がおよそどういう方向へ進んでいくのか、追跡してみようというのである。

 

2.批判的唯物論と科学

 

マルクスが近代科学の本性に対して根本的な問題提起を始めたのは、1844年に書いた『草稿』からである。多少ごたまぜで絢爛たる文体のこの未完のノートは、近代科学主義に対する批判がヘーゲル哲学に対する批判という形で展開される点に特徴がある。実際、マルクスはヘーゲル哲学が近代的理性主義、さらに今日的意味での科学主義を代弁すると見ている。よくヘーゲルの哲学とマルクスの科学が対比されるが、マルクスにとってヘーゲルの普遍哲学は科学主義と表裏の関係にあると言える。彼のヘーゲルに対する批判の要点は、論理的抽象によって事物の質的な違いを無視するという点であり、これは貨幣がすべての事物の違いを無視して個別性を転倒させることと似ているという点で、マルクスはヘーゲルの論理学を「精神の貨幣」とも比喩した。

ところで、『草稿』は近代認識論の全般、認識と対象の一致を真理と見る真理観自体に対しても、批判的な問題提起をしていると思われる。言いかえれば、なぜ真理の居場所は頭脳の中なのかという問いである。マルクスの批判の要点は、ヘーゲルの哲学では「真正な」人間活動は知識活動なので、人間の「真正な姿」は自己意識として、事物は意識対象として想定されるというのだ。ここで、マルクスの問いは単純だと思われる。人間の思考は自然的、知的有機体である人間が現実と結ぶ様々な方式の活動の中の一つにすぎないのに、なぜ「真のもの」が観念なのかというのだ。自然は人間に自然科学だけでなく、芸術や実践的活動の対象であるにもかかわらず、ヘーゲル哲学では知識の対象になっているというのだ 。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 515頁, 568~588頁。 マルクスのこうした考えは、「近代の根本過程は世界を像として征服すること」だと規定する、ハイデッガー(M. Heidegger)の考えとも類似する 。 M. ハイデッガー『世界像の時代』(独・韓対訳書), 崔相旭訳(曙光社、1995) 53頁。 近代科学が見知らぬ自然を征服したように、ヘーゲル哲学は人間主体の前の対象世界の対象性自体を見知らぬ疎外として前提にし、それを精神的に克服しようというのだ。したがって、マルクスはヘーゲルが事物を知識対象とする際に、事物の感性が忘れられていることを問題にしつづける。ヘーゲルの自然哲学は、自然を知識として克服(つまり概念把握)すべき見知らぬ外在性として理解するので、自然の自己表現性が忘れられているという。

 

自然の目的は抽象の確認である……ヘーゲルでは、自然の外在性(Äuβerlichkeit)が自らを表現して、光と感性的人間に自らを表出する感性(Sinnlichkeit)と理解してはならない。ここで外在性とは疎外、過ち、あるべからざる違反の意味である。なぜなら、本当のものは観念だからである。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 588頁。(強調はマルクス)

『草稿』で幾度も反復される「感性」(Sinn)という用語、「感性的欲求」「感性的意識」「感性的活動」「感性的現存」、思考の「感性的自然である言語」などの表現を通じて、マルクスは頭脳的意識で捕えられない人間の生活と自然世界を強調する。抽象はここから出たものに過ぎないというのだ。だから、感性は科学の土台にならざるを得ない。

 

感性(フォイエルバッハを見よ)はすべての科学の土台であることは間違いない。科学が感性的意識と感性的欲求の二重形態で出発する場合にのみ、したがって自然から出発する場合にのみ、科学は現実的(あるいは真正な)科学になるだろう。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 543頁。(強調はマルクス)

もちろん、感性を強調する『草稿』は、まさにフォイエルバッハ(L. Feuerbach)の人間哲学を示しただけだという論者も多いが、全くそうではない。ここでもマルクスは、フォイエルバッハが活動という媒介を通じた自己産出という、ヘーゲル哲学の肯定的な点を理解できないと批判する一方で、フォイエルバッハを高く評価した理由は、まさに社会的関係を理論の根本原理と見ているという点だった。まあ、『草稿』以前に書いた『ヘーゲル法哲学批判序説』でもマルクスは、人間は「世界の外に身をすくめる抽象的な存在ではなく、人間世界、国家、社会である」(強調はマルクス)という風に、(意識できないまま)フォイエルバッハを批判し続けていた 。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 570頁; K. Marx, Zur Kritik der Hegelschen Rechtsphilosophie, Werke 1, 378頁。 マルクスがフォイエルバッハを誤解した理由について、推測できる点がある。マルクスはヘーゲルが自然自体を外在性、疎外として想定することを人間の肉身と欲求など、人間の自然性を見知らぬものと想定し、抑圧するキリスト教的伝統の延長線上にあると考え、これに対するフォイエルバッハの挑戦を画期的なものと見た。それほど、マルクスがフォイエルバッハに傾倒していたのは事実である。

『ドイツ・イデオロギー』に出てくる「生活が意識を規定する」という唯物論的命題 K. Marx & F. Engels, Die Deutsche Ideologie, Werke 3, 26~27頁。も、やはり感性と感性的活動を強調する、この問題意識と同一線上にあるのだ。大体、上下部構造論の一環として受容されるだけのこの命題は、一応思考が生活と現実的関係の表現の一部というものだが、含蓄するものがもっとありうる。生活と事物には頭脳的意識によって捕えられない何かがあるという意味でもあるし、それに「本当のもの」が何かという問いを私たちがもっていれば、生活において真理の在りかを求めるべき必要を提起する意味でもある。さらに、意識がつくった範疇と抽象、そして言語が特定な歴史的生活の関係を表現するという点で、今や「普遍的歴史哲学」と「体系」は立つ場が無くなるというわけだ 。 ハイデッガーは「体系は思惟の中だけでなく、世界が像になる場で、その力を発揮」すると述べる。( ハイデッガー、前掲書68~69頁)。

マルクスは自分の限界を忘れる科学に対する批判、すなわち頭脳的意識が生活を忘れる近代的経験に対する批判を通じ、真理の問題を感性的欲求と活動、つまり実践と連関させる方向へと進んでいった。彼は『フォイエルバッハに関するテーゼ』(以下『テーゼ』)で、「人間の思考が客観的な真理を補えられるかというのは、理論の問題ではなく実践的問題」だと主張する 。 K. Marx, Thesen über Feuerbach, Werke 3, 533頁。 ただ、私たちの時代にはマルクスという人物を「実践」という用語とともに連想すれば、狭い意味の政治的―革命的実践と受け入れる通念があるために、彼がこの概念を「感性的活動」と等値させた点を想起する必要がある。上のテーゼでも、「実践」を「感性的活動」と読み替えれば、利点もなくはない。このテーゼが実践へと拡充された知識が真理という意味ではないことがたやすく分かるようになり、真善美の同時追求なしには客観的な真理に近づけない、という意味もよく表れるようになるのだ。

ここから「本当のもの」、つまり真理の本性に対するマルクスの模索は、それ以上進展しそうもない。そうだとしても、彼がそうした発想を放棄したわけではもちろんない。彼が批判しながら否定するものが何かは明らかだが、代案は何かが明確ではないのだ。マルクスは『聖家族』で真理を理念と見るヘーゲルに対し、「それに従わねばならない」(強調はマルクス)という発想を批判した。また、『共産党宣言』で「真正社会主義者」であると自負する人々に対し、「彼らは真正な欲求(wahre Bedürfnisse)の代わりに真理の要求(das Bedürfnis der Wahrheit)」を掲げると批判する  K. Marx & F. Engels, Die Heilige Familie, Werke 2, 83頁; Manifest der Kommunistischen Partei, Werke 4, 486頁。 のを見ると、知識で捕捉された真理が別にあるという発想を排して、「欲求」(あるいは要求)の問題を提起しているのは確かだと思われる。ひとまず真理は知識にあるのではなく、感性的活動を媒介にして生活の要求と連関され、またある種の自然的生命体の経験と連関されて、生活から発生して持続されるという発想により理解できるようだ。科学と抽象はまさにここから、またその経験の理解から出てくるのだ。これが真理観に対する新たな模索を追求する発想だっただけに、マルクスがこうした発想を気軽に捨てただろうとは想像しにくい 。 白樂晴は、マルクスが1857~8年に執筆した『政治経済学批判要綱』の「序論」で、ギリシア芸術がまだ芸術的な楽しみを与え、ある面では標準や模範として通じるという事実について論じた事例を挙げ、マルクスにおいて「真理の問題がすっかり忘れられているとは信じがたい」と主張をしている( 白樂晴『民族文学の新段階』、創批、1990年、367頁)。

実際、ヘーゲルの疎外の概念に対するマルクスの批判は、近代的生の総体的な経験を問題にすることだった。古典経済学もやはり疎外された労働を自分の科学の前提として、それを不変の人間条件として固定化させるという点でヘーゲルと同じであった。精巧な包括的な体系である両者に対するマルクスの批判は、単に論理的な整合性の誤りを指摘する方式では展開されない。非歴史的な観点は、それを産出する階級的基盤と無関係ではない、つまり「感性的現存」の問題だからである。本当の実践が科学でいかに重要かを示すために、マルクスは物神崇拝を例にとる。

 

真正な実践がいかに現実的で、実証的な理論の条件であるかは、例えば、物神崇拝によく表れる。物神崇拝者の感性的意識はギリシャ人のそれとは異なる。なぜなら、物神崇拝者の感性的現存がギリシャ人のそれとは異なるからである。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 552頁。(強調はマルクス)

物神崇拝者の意識では、個別性が発現される関係と事物化された関係の判別はよくできない。これは知識の問題ではなく、生命体の体験の問題だからである。資本主義社会において資本集中化の過程を論じる場合、しばしばマルクスは生産が疎外された状態ではあるが、社会的形態に転化すると語るのを思い浮かべれば、これはたやすく理解される。生命体の体験と無関係な知識のレベルでは、資本主義と社会主義が似たようになる面もあるだろう。マルクスが『資本論』で資本主義社会を描写する場合、もしや社会主義社会を描写するのではないかと錯覚されるのも、このためである。「労働の社会化の加速化、土地および生産手段の社会的に利用される生産手段(共同的生産手段)への転化」「次第に大規模化する労働過程の協業的形態、科学の意識的・技術的応用、土地の計画的利用、労働手段の共同的使用への転化、結合的・社会的労働を生産手段として使用することによるすべての生産手段の節約」などが資本主義社会の姿なのである 。 K. Marx, Das Kapital, Werke 23, 790頁。  個別性と事物化の判別、親しみとよそよそしさのようなものは、科学的知識以前の感性的体験、総体的経験の問題だというのである。

マルクス曰く、人間の固有な個別性は知識以前の感性的体験から体得される。彼は1857~58年の『政治経済学批判要綱』でも、「個別性」(Individualität)を反省的「知識」(Wissen)および「意志」(Wollen)と対立させる。

 

しかし、あのただ私物的な関係を自然な、個別性(反省的知識および意志とは対立される)の本性(あるいは自然)と不可分な固有な関係として把握するのは馬鹿げた行為である。K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Ökonomie(1857~58), 79頁。(強調はマルクス)

マルクスは、個別性が存在と意識で存在の側、生活の側にある唯物論的範疇であることを、しばしば意識的に表現しようとした。『聖家族』では、個人の「個別性」を「自然的本質」と称して「理想」(Ideal)と対立させている。また『ドイツ・イデオロギー』では、「思考が現実的生の表現」という言葉の後で、「彼の思考は彼の個別性および彼が生きている関係によって規定される思考」だと言って、意図的に存在の側に位置づけた 。 K. Marx & F. Engels, Die Heilige Familie, 180 頁; Die Deutsche Ideologie, 433頁 ヘーゲルの観念論哲学と対比させる場合、個別性という範疇はマルクスの唯物論的思惟において核心的である。ヘーゲルの観念論において、「自由」の概念が対象において精神を貫徹させること(つまり概念把握)である反面、マルクスにおいて「唯物論的意味」の自由は、「自らの真正な個別性を貫徹させる肯定的な力を通じて」可能だというのである 。 K. Marx & F. Engels, Die Heilige Familie, 138頁。 人間の感性的活動を通じて現実と自然の個別性が現れるが、これは人間が自らの個別性を貫徹させることで可能だというのである。ヘーゲルの真理の概念が精神の自己実現からくるならば、当然真理の概念を放棄しないマルクスにとって真理は、人間の実践を通じた個別性の具現であらざるを得ず、科学はそこから抽象されたものだという話になるだろう。

結局マルクスは、こうした脈絡から単一な科学の到来を語ったのである。この間の工業と科学自体が、人間の自然的本質と自然の人間的本質、つまり人間と自然の個別性を具現してきた方便であり、科学的形式の思惟は実践的、社会的―個別的生の過程の一契機というのである。彼はその活動を通じて、人間と自然の固有な本性が一層現れるようになって、ますます科学が重要になる時代が到来したと見た。

 

工業を人間的な本質的力外部に表出するものと把握すれば、私たちは自然の人間的本質や人間の自然的本質も理解することができるだろう。そうすれば、自然科学は抽象的な唯物論的傾向や観念論的傾向を喪失し、人間的な科学の土台になるだろう。これはすでに自然科学が、たとえ疎外された形態であっても、現実的に人間的生活の土台になったのと同様である。生活の土台と科学の土台が異なるのは当初から嘘なのである。 K. Marx, Ökonomisch-philosophische Manuskripte, 543頁。(強調はマルクス)

だとすれば、マルクスが単一な科学を提唱しながら宣言した哲学の終焉は、どうしてもマルクスが新たに模索していた真理観と無関係であるはずがない。ただ、実践と真理を連結するこの模索が、西欧哲学の思考の枠組を全般的に覆すものだったので、正確に言語で規定するのが難しかったのではないかと推測される。アルチュセールは、マルクスが公言した「哲学の死」が今まで理解されてきた二種類の方式を、「実践的―宗教的な死」(理論的に実用主義に帰結せざるを得ない)と、「実証主義的な死」(唯物論的な実証的科学に至る)と表現し、自らの新しい代案を提出している 。 アルチュセール、前掲書 31~32頁。 その代案は「理論的反人間主義」という歴史科学的問題の枠組に至る哲学的な死であり、一言で科学主義的な死と言うに値する。だがその死は、伝統的な哲学を超えた実践的唯物論に根ざした、いわば人間的実践に根ざした科学への道のための哲学の死と見るべきだろう。

 

3.批判的唯物論と「個別性」

 

マルクスの科学観の基礎におかれた批判的―唯物論的思考の独自性は、ことによると、次の不可分な一対の主張にあるとも言える。一方で、人間と事物が特定な関係の複合体として存在するということ、他方で、固有な個別性がその関係から表れるということだ。マルクスは自らのこうした考えを、当代の西欧の哲学的文法ではきちんと表現しにくく、とても苦労したと思われる。『テーゼ』に出てくる「人間的本質は現実的には(in seiner Wirklichkeit)社会的関係の総和(ensemble)」 K. Marx, Thesen über Feuerbach, 534頁。 という表現は、「人間的本質」が人間らしさの具現可能性を含蓄しており、それでもかなり的確な表現といえる。バリバール(E. Balibar)は、「総和」という単語をマルクスがドイツ語 das Ganzeやフランス語tout, totaliteを使わずに、あえてフランス語 ensembleを使ったこと自体に意味があると見ている。つまり、この用語の採択は、個人をその機能的構成員と見なすだけで、全体の優位を拒否して「構成的関係」の観点を提示しているというのだ 。 E.バリバール『マルクスの哲学、マルクスの政治』、尹卲榮訳、文化科学社、1995年、 55頁。 これは説得力のある主張だ。だが、バリバールがこうした主張をしながらも、マルクスの理論的人間主義と理論的反人間主義間の認識論的断絶を設定しているのを見ると、その真意をきちんと理解していたとは思いがたい。

マルクスが『草稿』より少し前に執筆したノートでは、新たな発想を表現するための苦闘が一層ありありとわかる。彼は「人間たち、抽象ではなく現実的な、生きている特定の個人たちが、この本質である(sind)。彼らが存在する方式(Wie sie sind)が、その本質である」(強調はマルクス)と、Sein(英語のbe)動詞とWie(how)を強調する方式を選んだ 。 K. Marx, Auszüge aus James Mills Buch ‘Elemens d’economie politique’, Werke, Ergänzungsbande 1, 451頁。 その上で、人間の自然的本質、あるいは個別性が対象との関係を通じてこそ発現される、という主張につづく。

対象との関係でこそ、個別性が具現されるという発想は、アルチュセールやバリバールが強調する、複合的関係を分析する歴史科学の道へと自然に進んでいけるようにする。個別性が対象との関係において発現されるのならば、そしてそれが特定な社会的関係において抑圧されているのならば、当然その社会的・物質的関係を変化させる実践が要請されて、その関係が動かす方式を分析する歴史科学の課題が提起されうるからである。一言で言えば、批判的で唯物論的な科学の道が開かれるのだ。ヘーゲル哲学では複合的な社会的関係に関する歴史科学が生まれにくかったのは、その関係をいつも疎遠なものとして設定し、関係の特定形態からどういう違いが生成するかについて、関心をもつ必要がないからである。アルチュセールは、ヘーゲルの総体概念を生活のすべての要素を一つの内的原理に還元させる「表現的総体」とし、マルクス主義的総体を「複合的総体」と称するが、マルクスがそうした総体観へと進んだのは、疎遠な特定の関係を個別性が発現される他の特定の関係へと変化させる課題を提起したことから始まる。結局、批判的唯物論の立地点が、アルチュセールの言う、複合的関係としての総体観を可能にしたといえる。

他方、個別性が社会的関係でのみ具現されるという発想は、実存主義の先駆者とよく名指しされる青年ヘーゲル派のシュティルナー(M. Stirner)に対するマルクスの批判でも中心的なモチーフである。ヘーゲルに対するマルクスの批判が一種の近代性批判の性格を帯びているなら、青年ヘーゲル派に対する批判は最近の脱近代主義に対する批判を含んでいる。シュティルナーは1840年代に、近代社会の抽象性が具体的な人格である自我の個別性を抑圧するという問題意識から出発し、国家、社会、ヘーゲルの理性などの抑圧に対し、急進的な批判を展開した人物だった。『ドイツ・イデオロギー』は、主にシュティルナーを批判する著作である。マルクスは、抽象が支配的役割をするように見えるのは、個人の生の関係から独特な方式で疎外された力が支配しており、結局資本の生産関係から由来すると見る点で、シュティルナーとは異なる。したがって、彼に対する批判の要点は、彼が抽象性の支配を可能にした特定な物質的・社会的関係を変化させる課題を提起して分析する代わりに、人々に彼らの現在の意識を変えろと道徳的な要求を提起するという点だった。すなわち、「観念の支配の崩壊を自由な個別性の産出と同一視」 K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Ökonomie(1857~58), 82頁。するというのだ。結局、ヘーゲルと青年ヘーゲル派は互いに同一性の哲学と個別性および差異の哲学として対立するが、対象のよそよそしさに絡みとられて対象との個性的で親しみある生の関係を結ぶ境地を想像できない、という点では一致するというのだった。

ところで、マルクスは『ドイツ・イデオロギー』で、貨幣や地代、利潤などの社会的関係が人間の個別性だけでなく、「事物の個別性まで疎外させ」て土地や機械などの固有な本性を侵害すると主張して、個別性の有無を判別する尺度をとりあげて論じた。地代、利潤などは「特定な生産関係に照応する社会的関係であり、それらが現存の生産力に桎梏になっていない時にのみ個別的」(強調はマルクス)だというのである 。 K. Marx & F. Engels, Die Deutsche Ideologie, 71, 212頁。 マルクスが「個別性」の発現とそうできない尺度を生産力と生産関係の間の矛盾の有無に求めたのは、いくら個別性を実現させるのに有利な社会的条件を語っている点を勘案しても、一見単純な発想といえるようだ。

ただ、念頭に置くべきことがある。まずマルクスには、近代資本主義社会は歴史上様々な社会類型の中の一つであり、ありふれた社会ではないという点である。資本主義は個人の実践的な力が作り出した莫大な生産力の発展と絶え間ない変革を自らの生存条件とする人類史最初の体制であり、もしこの生産力を個人が自分のものにできなければ、つまり生産力の社会的存在様式が変わらなければ、その私物的な力によって徹底して隷属され、個別性の喪失が深まりゆく社会である。ことによると、マルクスにとって個別性という範疇は、資本主義社会の私物的抑圧性が局限にまで達したために気づきやすい範疇だったともいえる。個人が普遍的に発展する可能性と疎外の事実性の対立が近代的生の本質的特徴であることから、ある逆説が可能になる。「こうした観点、つまり孤立した個人という観点を産出する時代が、今まで最も発展した社会的(この観点の表現に従えば普遍的な)関係の時代」というのである 。 K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Ökonomie(1857~58), 6頁。

生産力と生産関係の矛盾がなくなり、人間および生産手段の個別性が発現される、そうした所有という意味で、マルクスは共産主義的所有を「個人的(あるいは個別性が発現される)所有の蘇生」だと称したのでる 。 K. Marx, Das Kapital, 791頁。 マルクスは、歴史上人間が生産手段および自然と親しくなり、自由な個別性が発現された経験を過去の自営小農民と手工業者の場合に見ている。したがって、個人的所有の蘇生というのは、資本主義的所有を私物的支配の所有ないし階級的所有と定義し、過去の自営小農民と手工業者が経験した親近感を集中化された資本主義の生産手段でレベル・アップして再生するという意味である。共産主義は、よく言われるように、小自営業者の所有財産を奪って集団的な所有形態に変えることではなかった。そうした個人的所有の崩壊は、資本主義が遂行したうんざりする、過酷な独占的集中化の過程だった。マルクスの共産主義思想は、むしろ過去の自営小農民と手工業者が自分の土地や自分の生産手段に対して抱いていた愛着と親近感を、疎遠かつ集中化された資本主義的生産手段による個人間の連合を通じて蘇生させ、新たな人間関係、自然との関係を実現しようとするものだと言える。

実際、今まで個別性をマルクス唯物論の核心的範疇と主張してきたが、その単語使用の是非に関わりなく、その発想だけはマルクスの思想に固有なものだといえる。よく知られた『賃労働と資本』における主張は、その点をもう少し分かりやすく表現する。

 

黒人は黒人である。特定な関係でのみ、彼は奴隷になる。紡績機械は綿の実を紡ぐ機械である。特定な関係でのみ、それは資本となる。この関係から引き離されれば、それは資本ではない。これはまるで金がそれ自体では貨幣ではなく、砂糖が砂糖の価格ではないのと同じだ。 K. Marx, Lohnarbeit und Kapital, Werke 6, 407頁。(強調はマルクス)

機械もまた資本になることで固有の個別性を喪失するという意味だが、どういう機械も特定の社会的関係がない真空状態ではありえないので、機械の機械らしさを可能にするのは、今と異なる特定な関係であらざるを得ない。マルクスにとって共産主義とは、近代の特定の(私物的で抑圧的な)階級関係を他の特定な(自由な個別性が発現される親しみ深い)関係へ変化させることだといえる。このように見ると、科学はこの特定な複合的関係の存在様式を変化させようと分析する課題を担うが、それ自体が一方では、実際の生活で個別性を発現しようとする実践の方便と言えよう。

人間と社会を社会的関係の複合体と見る視角は、マルクスの「反体系」科学で決定的に重要である。マルクスは、「社会は個人で構成されるのではなく、その中でこの個人が相互関連してつくられる連関、関係の総和を表現する」 K. Marx, Grundrisse der Kritik der Politischen Ökonomie(1857~58), 176頁。と語るほど、その複合的関係を強調した人物である。これは、個人と社会の二項対立という問題設定が誤っていることを示すと同時に、その関係における違いの生成に対する問題意識を表現するためのものである。この違いの判別は人間の総体的経験から、批判的で実践的な立地点から可能なものであり、客観的な真理の問題を実践、つまり感性的な活動からみる視角が生じてこざるを得ないのだ。そして、その関係の歴史的運動を自然史的運動として分析するのは、実践的関心が切実なことを示すもので、ハーバマスが主張したように、実証主義の証拠にはなりえない。

マルクスが現在の社会は凝固した決定体ではなく、持続的に変化する有機体というメタフォーをよく使うのは、自然史の有機体こそ複合的関係の歴史性、換言すれば、特定な総体の生成過程を他の何よりもよく示しているからである。1860年代に『資本論』の執筆過程で、彼がコント(A. Comte)とダーウィン(C. Darwin)の本を読みながら見せた反応はあまりにも対照的である。彼は、コントに対しては「くだらない実証主義」という表現で軽蔑した反面、ダーウィンに対しては、たとえ粗野なイギリス的な展開方式という弱点にも拘わらず、「自然科学のなかの『目的論』が、致命的な打撃をうけた」と喜んだ 。Marx an Engels, 1866.7.7. Werke 31, 234頁; Marx an F. Lassalle, 1861.1.16. Werke 30, 578頁。 何よりもこれは、コントの「体系」に対する軽蔑とダーウィンの「反体系」に対する擁護だと言える。そのために彼は『資本論』で、コント流の実証主義に対しては、科学で「未来の飲食店のための調理法」を書くことと嘲弄した反面、ダーウィンに対しては、動植物であれ社会組織であれ、生成の歴史的過程を分析すべき課題を提起し、好意的に評価した 。 K. Marx, Das Kapital, 25頁, 392~93頁。 このようにマルクスの「反体系」の科学は、特定な複合的関係の歴史性、そしてその関係を表現する範疇の歴史的特定性に対する自覚に基づいている点が、際立った特徴だといえる。

 

4.むすびに

 

それでは、マルクスの思想が、今日断絶が深化した人文学と科学の統合作業にいかなる霊感をもたらしうるのか。まず彼が、私たちの科学活動が社会的活動であると同時に、人間らしさを具現する実践であることを力説したという点を看過してはならないだろう。こうした点で、今日すべての学問が社会的活動であると強調して単一な科学を提唱するウォーラーステイン(I. Wallerstein)と、マルクスをしばし比較してみるのも意味があるだろう。

ウォーラーステインもまた学問活動が人間活動の一部である限り、真善美の追求が分離されがたいという点を誰よりも強調する。したがって、科学と人文学の分離を克服して、真善美を同時に追求する単一な認識論に対する希望は、分析的、道徳的、政治的知識活動の統合された地平で求めねばならないというのだ。自然世界と人間世界はともに単一の宇宙の統合された部分であり、時間性を持つ複合体という認識もまた、彼がマルクスと共有する点である。その上、ウォーラーステインは、すべての学問が過去を対象とせざるを得ず、現在時制を使用した陳述は普遍性を仮定する嘘であるため、歴史学と社会科学は一つの学問であることをずっと主張してきた。

 

すべての学問は現在の、絶えず進行する現在の活動である。いかなる学者も現在の要求を避けることができない。しかし、現在はまた瞬間的に終わるために、実在の中で最も無常なものである。そのため、すべての学問というのは過去に関するものなので、私はすべての社会科学が過去時制で書かれるべきだと固く信じる。すべての科学は歴史学的であるため、歴史学は過去に対する特別な権利がない。 I. ウォーラーステイン『私たちが知る世界の終焉』、白承旭訳(創批、2001) 298頁; 『知識の不確実性』 61~62, 232~233頁。

実際、ウォーラーステインが提唱する「歴史学的社会科学」の創始者はマルクスと言えるほど、二人は社会科学の認識論に関する見解でも共有する点が極めて多い。特に普遍主義のイデオロギーを徹底して排撃しながらも、総体性に対する追求を放棄しない認識論もまた、マルクスとウォーラーステインに共通するといえる。もちろん、マルクスは19世紀の人物である。彼はウォーラーステインが語る知識の不確実性の時代ではなく、科学の確実性の時代を生き、ウォーラーステインが影響を受けたプリゴジン(I. Prigogine)の「複雑系研究」どころか、ハイゼンベルクとアインシュタインさえ知らないので、20世紀科学の新たな転換とは全く無関係な人物である。こうした時代的背景からくる限界はもちろんあるだろう。しかし、単一な科学の樹立というかつての課題をきちんと遂行するためには、ウォーラーステインと異なるマルクスの問題意識にも耳を傾ける必要がある。

統合的な単一な科学を模索する作業においてウォーラーステインは、「歴史学的社会科学」の中心的な役割を何よりも強調する。自然科学の複雑系研究と人文学の文化研究に注目する彼は、自然科学と人文科学は与えられた胎生からくる難しさのために限界があるので、知識活動の社会的、実践的性格に慣れた「歴史学的社会科学」の役割が決定的にならざるを得ないと力説する。だから、自然科学と人文学が知識の社会的規定性を受け入れながら社会科学化されていることこそ、極めて肯定的な現象だと見る。「私たちはすべての知識の社会科学化を経由して二つの文化を克服する過程」にあり、歴史学的社会科学は「今日、自然科学と人文学に分類されるものの間で決定的な連結の環を提供できる」と言うのである 。

しかし、すべての学問の社会科学化ということは、マルクスとの対話を通じてみると、どこか知識を通じた知識の統合と思 われるために、果たしてこれが根源的なレベルできちんとできるのか疑問が沸くのは事実である。マルクスは自然科学に対しても、歴史において人間生活に莫大な影響を与えた自然科学と工業が、人間と自然の個別性が発現されることを私たちが直に見る場合、自然科学もまた人間的科学の土台になるだろうと主張した。彼は科学的形式の思惟が生活の過程の一契機として、人間の実践を通じた創造的可能性の具現の一方便であることを明らかにしながら、単一な科学を提唱したのである。マルクスが哲学の終焉を告げて新たな唯物論を提示した時、客観的真理に近づく道において、それほど感性的な活動(実践)の重要性を強調したのは、ことによると、ウォーラーステインのように、ある学問を中心においた再統合ではなく、もう少し根源的なレベルの統合を意味しただろうと思われる。19世紀の人物という点からくるある種の限界にも拘わらず、私たちがマルクスからある霊感を受け取れるとするなら、まずこうしたレベルではないかと思うのである。

追記
本稿の訳出にあたり、当然のことながら、原書からの引用文はできるだけ引用者(著者)の韓国語に忠実に訳したが、原書のタイトル『資本論』『聖家族』と、一部の短い引用句節「くだらない実証主義」「未来の飲食店のための調理法」などについては、既存の日本語訳を採用した。ただし、『経済学批判要綱』は引用者の意向を優先して原題に忠実な『政治経済学批判要綱』とした。

 

翻訳:青柳純一

季刊 創作と批評 2011年 秋号(通卷153号)
2011年 9月1日 発行

 

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