ロレンスの民主主義論

論壇と現場

 

白楽晴(ペク・ナクチョン)  文学評論家、ソウル大学名誉教授。近著に『どこが中道でなぜ変革なのか』『統一時代の韓国文学の価値』『白楽晴会話録』(全五巻)などがある。paiknc@snu.ac.kr

 

 

 

1. エッセイ「民主主義」

 

英国の作家D.H.ロレンス(1885~1930年)は体系的な理論家ではなかった。だが、芸術作品自体がもつ思想性はおいて、“創作”ならぬ散文を見ても、貴重な理論的洞察に満ちている。民主主義に関する発言も相当部分、今日の問題に照応していると思われる。本稿は、一方でロレンス思想の現在性を検証しながら、他方でロレンスに依拠して今日の民主主義論議に寄与したいと思う。

民主主義に関するロレンスの関心は生涯にわたって持続したが、“民主主義”をタイトルにしたエッセイを書いたのは1919年の「民主主義」が最初であり、最後だった。 D. H. Lawrence, “Democracy,” Reflections on the Death of a Porcupine and Other Essays, ed. Michael Herbert, The Cambridge Edition of the Works of D. H. Lawrence, Cambridge University Press,1988(以下、RDPと略称。

「民主主義」から引用する場合は頁数のみ表示し、翻訳はすべて筆者) .詩の場合は晩年の詩集 Pansies および More Pansiesに収録された“Democracy,”“Robot-Democracy,” “Real Democracy,” “Democracy Is Service,” “False Democracy and Real”など、 ‘民主主義’をタイトルにした作品が多々ある。この散文は1919年に4回に分けて掲載され、そのうち第1~3章が当時オランダのヘイグにて4カ国語で刊行されていた小雑誌『言葉』に、連載して発表された。 RDPの編者解説 xxix頁、および xliii頁。ただ、一般読者には遺稿集『不死鳥(フェニックス)』 Phoenix: The Posthumous Papers of D. H. Lawrence, ed. Edward D. McDonald, Heinemann 1936。に収録されるまでほとんど知られなかったが、ロレンス自身は小説『カンガルー』の作中人物を通じて、この文章の存在を想起させたことがある。 この小説の第6章で、ロレンスの自画像とよく見なされるサマーズが、「カンガルー」という別名をもつオーストラリアの政治運動家ベン・クーリーに初めて会った時、「民主主義に関するあなたの連載寄稿文を読んだ」とクーリーが言う。(D. H. Lawrence, Kangaroo, Cambridge Edition 1994, ed. Bruce Steele, 第6章110頁。)

近年のロレンス学界では、この文書が主に“他者性”(Otherness)、“差異”(difference)など、現代の批評言説の主な争点を扱った点に注目してきた。 例えば、 M. Elizabeth Sargent and Garry Watson, “D. H. Lawrence and the Dialogical Thought: The Strange Reality of Otherness,” College English, Vol. 63 No. 4 (March 2001), 409~36頁,およびAmit Chaudhuri, D.H. Lawrence and ‘Difference’ (Oxford University Press 2003), 特に第5章  “Conclusion: Lawrence’s ‘Difference’ and the Working Class” 参照。チャウドリはロレンスの「差異」概念がもつ政治的意味を強調し、「労働者階級に対する同情という位階秩序的な関係よりも“他者”との労働者階級的連帯」(180頁)を意味する、と指摘した点が際立っている。しかし、これらの研究はロレンスの政治思想自体を重視しない傾向があり、彼の思想を理解するには西洋の伝統的な考え方とは全く異なる思惟が要求される、という認識も不足しているようだ。

「民主主義」は4章すべてアメリカの詩人ウォルト・ホイットマンを論じて始まり、第1章はホイットマンの民主主義の二大原則の一つである“平均人の法則”(the Law of Average)、 『民主主義の展望』(Democratic Vistas, 1871)で、ホイットマン自らが用いた表現は“principle of the average”である。それと相反しながらも、補完的なもう一つの原理は “individuality, the pride and centripetal isolation of a human being in himself-identity-personalism”だが(第2節), ロレンスは第2章 ‘Identity’, 第3章 ‘Personality’, 第4章 ‘Individuality’で、この二番目の原理を批判的に再解釈する。つまり“平等”概念を批判することに集中している。

フランス大革命の“自由、平等、友愛”はさておき、近代初期の自由主義やその後の自由民主主義がすべて“平等”を表立てていないが、実は平等の理念に基づいたと言いうる。自由主義(liberalism)は人間を血統と身分によって不平等に振り分ける社会に対する反発だったし、こうした自由主義の“自由”を大衆に平等に適用すべきことを要求する民主主義者たちとの葛藤と折衝を経て、自由民主主義(liberal democracy)が成立した。しかし、こうして広がった自由民主主義の自由さえ、社会的弱者には無用のものという認識から社会民主主義、社会主義、共産主義など、より明確に平等を追求する路線が台頭したのである。今日に至れば、現存するあらゆる不平等にもかかわらず、「平等は政治的修辞と哲学の両方から共に一つの共通した理想として機能する。“もっと不平等な社会”を叫ぶ政治家はいないし、政治理論でも異なる立場の哲学者すべてがいかなる形式の平等主義であれ、平等主義を主張している」。 Malcom Bull, “Levelling Out,” New Left Review 70, July/August 2011, 5頁。
まさにこれこそが、近代民主主義の基本的な問題点というのが、ロレンスの診断である。

 

社会とか、民主主義とか、他のどんな政治的国家や共同体も、個人のためには存在せず、決して個人のために存在してもならず、ただ“平均人”(the Average)を確立するために存在する。……民主主義や社会主義は死んだ理想だ。それらは[民主主義、社会主義だけでなく国家や民族も――引用者]すべて一様に、国民の最低限の欲求を満たすための人工的な装置にすぎない(66頁)。

 

そして、物質生活のためのこうした装置を理想化し、“平均人”の別名である“同一性”(One Identity)を真の正体性(identity)[ロレンスが原文で大文字と小文字を使いわけた点に要注意]と誤解することで、現代世界のあらゆる混乱と不幸が引き起こされるというのだ。
ロレンスがホイットマンの核心的真理として再解釈した“新しい民主主義”は、平等と不平等を超えたところに成立する。

 

ある事物がそれ自体で唯一の場合に、比較は成立しない。ある人は他の人と平等でも、不平等でもない。私がある他人を前にして、純粋な私自身である時、私は私と平等な人間とか、私より劣った人間とか、優れた人間とか、意識するだろうか。意識しない。自ら彼自身である人とともに立ちながら、私が心底私自身である時、私が意識するのは、ある“現存”(Presence)、“他者性”(Otherness)という不思議な実在だけである。……
それで、私たちは“民主主義”の第一の偉大な目的に気づく。つまり、平等とか不平等とか、という問題に介入されることなく、各人が自然発生的に、自分自身になること――男は彼自身になり、女は彼女自身になること――そして、誰も他の男の、あるいは他の女の存在を規定しようとしないことだ(80頁)。

 

これは、現存する社会的不平等を擁護する話では決してない。上記の引用文で、「誰も他の男の、あるいは他の女の存在を規定しようとしないこと」という原則は、不平等な外部条件による“規定”も当然排撃する。実際、“平均人”が物質生活でもつそれなりの意味を、ロレンスは認めて出発した。

 

今や私たちは、“人間の平等”と“人間の権利”について、最終的に整理しようと思う。社会とは、人々が一緒に暮らすことを意味する。人々は一緒に暮らさざるを得ない。そして、一緒に暮らすためにはある基準、ある物質的な基準がなければならない。ここで、平均人が首を突っこむ。そしてここで、社会主義や近代民主主義が首を突っこむ。民主主義も、社会主義も“人間の平等”、つまり“平均人”に基づいている。そして、平均人が人類の真に基本的な物質的欲求を代表する限り、これは極めて健全である(66頁、強調は原著者)。

 

したがって、“精神の平等”を云々して物質的不平等を無視する論理を、彼は断固排撃する。小説『恋する女たち』(1920年)の第8章で、バーキンがハーマイオニに大声上げるのも、まさにその問題のためである。

 

「もしかして」と、やっとハーマイオニが口を開いた。「私たちが精神ではみんな一つであり、精神では平等であり、みんな兄弟だと納得しさえすれば――他のことは問題ではなくなりますわ。……」
……バーキンは怒りに満ちた口調で、彼女にまくしたてた。
「それは正反対ですよ、ハーマイオニ、まったく逆です。我々はみんな、精神では異なっており、不平等なんです。ただ社会的な身分の違いだけで、それは偶然の物質的条件に基づいているんです。いわば、我々は抽象的に、あるいは数学的には平等なんです。誰でも腹もへれば、のども渇くし、目が二つに、鼻が一つ、脚は二本あります。数の上では、我々はみんな同じです。でも、精神的には純然たる違いがあって、平等も不平等も問題にならないんです。……」 D. H. Lawrence, Women in Love, Cambridge Edition 1987, ed. David Farmer, Lindeth Vasey and John Worthen, 103頁(強調は原著者)。

 

実は、エッセイ「民主主義」で、ロレンスは自由主義、共和主義、保守主義だけでなく、社会主義、ボルシェビズム、共産主義なども一まとめにして「すべて同じだ」(81頁)と断罪しているにもかかわらず、実際マルクスと相通ずる面が少なくない。例えば、政府というのは事実上「大企業家の役員会議」(67頁)という認識は、近代代議制国家の執行機構が「ブルジョアジー全体の共同業務を管理する委員会」に過ぎないという、『共産党宣言』の一節を想起させる。 また、「未来の首相は一種の執事長であり、商務長官は大規模な家庭の管理人で、運輸長官は御者のトップに過ぎないだろう。誰もが召使の親方であり、それ以上の何者でもないのだろう」(82頁)という発言も、国家の究極的な廃棄に対するマルクス、エンゲルス、レーニンなどの思想に通じる点である。より重要なのは、平等の問題に対する二人の立場がよく知られているよりも似ている点である。マルクスは階級社会の不平等を撤廃する先頭に立ったが、“平等の王国”を理想郷と見なす路線には極めて批判的だった。彼が夢見たのは、「各自の自由な発展が、あらゆる人の自由な発展の前提になる連合(Assoziation, Association)」だったし、「マルクスにはいつも共産主義は平等の実現というより、むしろ個性の実現だった」。 柳在建「マルクスの共産主義思想と‘個性’の問題」,『コギト』 69(2011.2)、 344頁。同氏は、すでに『創作と批評』1994年秋号の「マルクスの科学的社会主義と現実的科学」でも、「彼は共産主義の目標としていつも“自由と個性と連帯”を掲げるだけで、生涯“平等”というスローガンを旗に掲げていないこと」(268頁)に注目する。そして、マルクスが『ゴータ綱領批判』で、「あらゆる社会的・政治的不平等の除去」という条目を批判し、こうした漠然とした包括的な文言の代わりに、「階級差別の廃止とともに、それに由来するあらゆる社会的・政治的不平等が自然となくなると言わねばならない」と指摘した一節を引用している。ただこの場合、“個性”はロレンスの“個別性”に該当するindividuality(ドイツ語でIndividualität)で表現されたり、時には韓国語の“個性”の通常的意味に一層適合するpersonality(ドイツ語でPersönlichkeit)を使いもしたが、「民主主義」第3~4章では、両者を厳格に区別した上で対照する。ロレンスは“個性”という本来の自我ではなく、観念化された自我、「ある人間の伝達可能な効果」(75頁)だと厳しく批判しているのである。これは単純な語法上の違いでもあるが、マルクスがそうした区別に無関心だったことに、ロレンスは“生きている自我”(the living self)の個別性を語る場合の思惟に達していない理由は、別途検討すべき問題である。ともあれ、個性(Persönlichkeit)に対する好意や“各自の自由な発展(Entwicklung)”の強調からして、教養小説(Bildungsroman)の時代に成長したマルクスの教養主義がうかがえるのは事実である。

 

2.「新しい民主主義」と指導者の問題

 

近代民主主義や資本主義、さらに近代(モダニティ)一般への激烈な批判という点で、ロレンスの民主主義論はニーチェを想起させる面も多い。ロレンス自身が生涯を通じてマルクスよりニーチェをはるかに多く言及して、直接的な影響もより多く受けたと思われる。特に、ロレンスが傑出した個人の指導力と社会の位階秩序を主張していると、ニーチェの超人(Übermensch)思想や多数の弱者に対する強者の支配の擁護を連想するようだ。だが、ニーチェ自身も決してファシズムの先駆者ではないにせよ、ロレンスの民主主義批判はニーチェとどの程度の共通点があるのか、もう少し詳しく考察すべき問題である。

「民主主義」では、指導者と追従者の位階的関係の問題は印象に残らない。これは議論が“平等性”とか“同一性”よりも、“生きている自我”の個別性と独自性に焦点を当てているからでもあるが、寄稿した雑誌の急進主義的な性格とも関係があるかもしれない(RDP,編者解説XXX頁を参照)。とはいえ、「民主主義」より4年余り前にバートランド・ラッセルに送った手紙で、ロレンスは「知恵をもった人々の貴族政治があるべきだし、大統領とか民主政治とかいう代わりに統治者、カイザルがいるべきだ」 Bertrand Russell 宛て 1915年7月14日(?), The Letters of D. H. Lawrence, Vol. 2, ed. George J. Zytaruk and James T. Boulton, Cambridge Edition 1981, 364頁。と力説している。もちろん、これはロレンスの一貫した立場ではないが、彼の政治思想で無視できない一側面を表出したのは明らかである。

「民主主義」の翌年に執筆した「人民の教育」によれば、社会革命より教育を通じて新しい社会を作っていかねばならない、という方向に焦点が移動する。だが、社会には階級があるべきだし、これに対応した格差教育が実現されねばならないと主張する。また、男性間の同志関係は「英雄に対する新たな畏敬の念、同志に対する新たな尊重の念」 “Education of the People,” RDP 166頁。この文章は、ロレンスの生前にあえて発表されたことがなく、『フェニックス』に初めて収録された。 という位階秩序を含めて作られるという主張は、「民主主義」にはなかったものである。そのうち、格差教育論と階級論は反民主主義論の元祖と言いうるプラトンを想起させる点もあり、ロレンスが口を開くとよく批判するプラトンとどういう違いがあるのかは、後で再び論ずることとし、同志間の上下関係の問題をまず考察してみたいと思う。

男女の結婚を超えて男同士の絆が追加的に必要だという考えは、『恋する女たち』の結末にも表出している。ただ、「人民の教育」で“英雄に対する畏敬の念”に言及したロレンスは、『米国古典文学研究』のうちホイットマン論の現存する2番目の草稿本に該当する文章(1921~22年)で、男性間の同志愛には指導者と追従者の上下関係が必然的であり、各指導者はまた自分より立派な指導者を見て追従し、結局は「最後の指導者、偉大な僭主(the sacred tyrannus)」 D. H. Lawrence, Studies in Classic American Literature 〔SCALと略称〕, ed. Ezra Greenspan, Lindeth Vasey and John Worthen, Cambridge Edition 2003, Appendix V ‘XIII. Whitman (1921-22)’, 416頁。という頂点に到達する、という主張までしている。これは、1915年書簡のカイザル論に逆戻りする感じさえ与える。

しかし、刊行された『米国古典文学研究』(1923年)のホイットマンの章では、“偉大な僭主”が消え、ホイットマンの詩「大道の歌」(Song of the Open Road)を援用した“大道”(原文と韓国語では「開かれた道」)の思想で、この問題はより円満に整理される。

 

“大道”。霊魂の偉大な住まいは大道である。天国でもなく、楽園でもない。“あの上”にもなく、また“この内”にもない。霊魂はあの上にいるのでも、この内にいるのでもない。それは、大道を歩みゆく旅人だ(SCAL,156頁)。

 

霊魂が霊魂に、大道で出会う真の民主主義。……ただ、それ自身であるだけの状態で、何の支えもなく、自分の足で歩んで進みゆく霊魂。そして、霊魂が命ずるままに、誰かが見かけても素通りされるか、挨拶をかけられるかする霊魂。偉大な霊魂の場合は、路上で崇拝されるだろう。
……民主主義。それはつまり、すべて大道を歩んでいく霊魂同士で知り合うこと。偉大な霊魂は生きる者たちの共通の道を、他人とともに歩いて旅行して、彼の偉大さをそのまま示すということ。霊魂同士の喜びを理解しあい、偉大な霊魂と、さらに偉大な霊魂たちへの、さらに親しみある崇拝。偉大な霊魂同士こそ、唯一の富だからだ(SCAL,161頁)。 この一節が明快に示すように、ロレンスは「霊魂」(soul)という語をキリスト教的あるいは精神主義的な意味とは全く異なって使用する。その意味は、むしろ仏教ないし円仏教的な意味で霊肉双全な生活者で、求道者に近い。

 

自らの個別性に忠実な霊魂が大道に沿って動いていく、この状態をロレンスは相変わらず“民主主義”と称している。これは、ロレンスの政治思想・社会思想・教育思想がプラトン“共和国”の固定した位階秩序、およびその“幾何学的平等” ランシエールは、プラトンが理想的な共和国の位階秩序は、各自の利害打算に立脚した「算術的平等」を排除し、宇宙と事物の(幾何学的な)本来の秩序に合致する「幾何学的平等」として設定したという。ランシエール自身は、まさにこうした秩序を揺さぶること自体が「政治」だという立場である。(Jacques Rancière, Disagreement: Politics and Philosophy, tr. Julie Rose, University of Minnesota Press 1999, 15頁、 63頁など;原著は La Mésentente: Politique et Philosophie, 1995)とは異なる、という点を端的に示す事実である。この“大道”の思想は、「民主主義」でホイットマンの民主主義が「単に一つの政治体制や統治の体系ではなく、さらには社会体制でもない。それは新しい生き方を着想し、新しい価値を確立しようという試みである。理想の固定化されて恣意的な統制から人間を解放し、自由な自然生動性へ導こうとする闘争である」(78頁)と語った時に予見されたことだが、『米国古典文学研究』の結末で指導者論と円満な調和を成すのである。

これに関して、最近米国のある論者は、ロレンスがエリート民主主義ではない大衆民主主義(popular democracy)の核心的性格を指摘したと評価する。

 

ロレンスはまた、“彼の偉大さをそのまま示す偉大な霊魂”に言及するが、霊魂同士の共感または理解を通じ、成熟した指導者が平等主義的な民衆の中で一時的な優位に立つのを可能にさせることを暗示する。これは重要なポイントである。大衆民主主義の批判者は、すぐに平等主義者がすべての権威を否定しがちだと非難する。実は、正反対である。大衆民主主義の実行方式が生じたのは、指導力の必要性に対する認識、彼ら指導者が“他人と共に歩いて”旅行しつづけ、イカした嘘とか、彼らが勝手に作り出した政治的な馬に乗って先走りしないように、適切な牽制とバランスを伴う指導力が必要だという認識があったからである。 Glen W. Smith, “The Promise of Popular Democracy: Origins,” Dog Canyon 2010年1月31日掲載、 2008年6月 4日 OpenLeft サイトに初めて発表されたという。

 

もちろん、『米国古典文学研究』のこの論議も、ロレンスの“最終立場”として掲げたわけではない。民主主義論を含めて、彼は最後まで多様な模索を止めなかったし、『カンガルー』や特に『翼のある蛇』(The Plumed Serpent,1926年)のような世称“指導者小説”で、権威主義的かつ反人道主義的な政治運動に好感を示した、という批判も受けている。これはもっと詳細な検討を要するテーマだが、ここでは何点か指摘して先に進もうと思う。

第一に、ロレンスのそうした模索をファシズムと連結させるのは、ムッソリーニや『翼のある蛇』の“コルテス騎士団”(Knights of Cortes)など、当時のファシスト集団に対するロレンスの明白な否定的評価に照らしても不当である。実際、こうした非難はロレンスの基本的発想を誤解した結果である。第一次世界大戦中ラッセルに、絶対的統治者を頂点とする新しい社会体制を設計してみろ、と注文した時からそうだったが、ロレンスの目標はお金を中心に回っている現代世界の抜本的な変革だった。ただ、労働者階級がその事業を担いうるだろうという期待を捨てて、上からの変革を構想することにしたのだ。これは“大道の思想”とはそぐわない路線だが、現存する私有財産体制を保存するために代議政治を否定するファシズムとは、基本的に異なる発想なのである。

第二に、“指導者小説”自体を見ても、『カンガルー』で“善意の独裁”体制を追求するカンガルーの運動に、サマーズはついに合流を拒否する。『翼のある蛇』では、土着宗教の復活を通じて新しい社会を建設しようとするラモン、シプリアーノらのケツァルコアトル(Quetzalcoatl)運動に対する、女性主人公ケイトの態度はもっとずっと曖昧だが、この運動は単純な権威主義ではなく、脱植民地主義と反資本主義を兼ねる独特な性格をもつ。 『カンガルー』と『翼のある蛇』の間に書かれた「力のある者は幸あるか」(Blessed Are the Powerful)、「貴族政治」(Aristocracy)のようなエッセイは「民主主義」という表現を使わずに、「指導者」に対する関心が際立っている。なお、ここでも指導力や貴族らしさの基準は、自らどれほど「生」(life)として充実しているかであり、人間世界に生命の気運をどれほどもたらすか、という点である。民主主義論とホイットマン論の基調が維持されている。第三に、ロレンス自身が晩年に――もちろんこれも、「最終立場」と見ることはできないが――『翼のある蛇』に対するある知人の批判にうなずきながら、“英雄”“指導者”を云々するのも古い考えであることを認めた、という事実を記憶にとどめたい。 「英雄は時効が過ぎたものであり、人間の指導者というのも古い話だ。……君の話が大体正しい。指導者と追従者の関係(the leader-cum-follower relationship)は味気ない話さ」(Witter Bynner宛て1928年3月13日付の手紙、 Letters, Vol. 6, ed. James T. Boulton Margaret H. Boulton and Gerald M. Lacy, 1991, 321頁)

 

3. 新しい思惟か、見慣れた本質主義か

 

ところで、“新しい民主主義”の根拠になる“生きている自我”とか、“自然生動的創造性”(spontaneous creativity)などこそ、人間の形而上学的本質を設定する本質主義(essentialism)だという嫌疑には、どういう反論が可能だろうか。例えば、「人間の本性は、自然生動的な創造性と機械的・物質的な活動との間でバランスを保っている。……人間は、本性のほぼ半分が物質世界に属しており、自然生動的な本性がかろうじて優位を占める」(79頁、強調は原著者)という、「民主主義」の内容についてである。ある研究者は、ロレンスが「人間本性の主な二つの要素の相対的比重を計算している」 Jeff Wallace, “51/49: democracy, abstraction and the machine in Lawrence, Deleuze and their reading of Whitman,” in: Howard J. Booth ed., New D. H. Lawrence, Manchester University Press 2009, 99면.と批判する。さらに、そうした暗黙的計算の結果、「自然生動的な創造性と機械的・物質的な活動の比率は51対49」であるようだと述べ、「“ほぼ半分”という字句は、人間を一つの閉鎖された体系とみる、空間化されたモデルを含蓄している」(同上書、100頁)と主張する。また、“現存する他者性”(present otherness)という表現も、「自我の徹底した変換不可能で、疎通不可能で、比較不可能な性格を含蓄する、極めてモダニズム的かつ唯我論的な存在論」(同上書、同頁)を表出したという。

もし、ロレンスが「生きている自我を観念(idea)にしたてあげる道はない」(77頁)と主張しながら、同時に「人間を一つの閉鎖された体系とみる、空間化されたモデル」を設定し、「極めてモダニズム的かつ唯我論的な存在論」を受容したのが事実なら、彼は明白な自家撞着に陥ったと言わざるを得ない。これは、ロレンスが「普通私たちが思考と呼ぶものを、生み出す能力が不在なこと」(incapacity for what we ordinarily call thinking) T. S. Eliot, After Strange Gods, Faber & Faber 1933, 63頁。を例示する、もう一つの証拠となるわけだ。とはいえ、そうした断定する前に、ロレンスが“核心的神秘”(the central Mystery)と“定義できない現存”(indefinable presence)について語る言葉を、一応傾聴してみる方法もある。

 

これは、それ自体で一つの抽象のように聞こえる。だが、そうではない。むしろ抽象の完全なる不在である。核心的神秘は一般化された抽象ではない。それは、人ごとに内面に宿す原初的かつ根源的な霊魂、あるいは自我である。そして、現存は神秘主義的とか、幽霊のようなものでは全くない。それは、私たちの目の前に実在する人間がいるということだ。私たちの目の前に現存する、一人の実際の人間である。一人の実際の人間が肉身をもつ、推し量れない“神秘”(Mystery)であり、他に言いかえられない事実。これこそ、社会生活のあらゆる大きな企画が土台とみなさねばならない事実である。他者という、事実なのだ(78頁、強調は原著者)。

 

こうした主張は、伝統的な存在論の範囲内で説明しがたいのは明らかである。形而上学の一分野を扱う存在論は、“存在”(being)を、たとえそれが最も一般的かつ無規定的な性格だとしても、“存在するもの”(existent、beings、存在者)として思惟する作業である。それに反してロレンスは、ある人間や事物が、その本当に独自的な存在を獲得する場合の“being”を実存(existence)の領域を超えた――「ヤマアラシの死に関する瞑想」(1925年)で、彼が“四次元”と呼ぶ――境地とみる。だから、形而上学的な“超越的存在”でも、“イデアの世界”でもない。

 

“存在”(being)は、プラトンが主張したように、イデア的なものでは決してない。精神的なものでもない。それは実存(existence)が極致に至る形態であり、実存ほどに物質的である。ただ、物質が突然四次元に入るのだ。 “Reflections on the Death of a Porcupine” 〔1925〕, RDP 359頁。ロレンスは、「四次元」を現代物理学でのように三次元空間に時間の次元を追加した概念としてではなく、当時の一般的な用法通りに、三次元の物質世界を超越した別次元という意味で使用している。訳文中の「存在」という語は、どういう形であれ、「あるもの」を意味して有無の分別を無色にする、ロレンスのbeingを翻訳するのに適した語ではないが、慣例通りに使用した。

 

「民主主義」で「自然生動的な本性がかろうじて優位を占める」(79頁)と語ったのも、まさにそうした意味だった。

こうした類の思惟を受け入れることは、西洋の形而上学を特徴づけてきた、近代世界を建設して維持するのに決定的に貢献をしてきた考え方から逸脱せずには不可能である。これは、仏家で有無を超越した境地を思惟するのに匹敵する作業が必要になる。実は、20世紀の西洋哲学でもハイデッガーの“存在”(das Sein)やデリダの“差延”(différance)のように、形而上学の支配から脱しようとする努力がなくはなかった。例えば、ハイデッガーは“四角い丸”という実在しえない矛盾だが、“規定された全的に無規定なものとしての存在”(das Sein als das bestimmte vollig Unbestmmte)という矛盾の中におかれた私たちの立場は、「私たちが頼もしい(wirklich)と呼ぶ、他のあるものよりも頼もしく、犬や猫、自動車や新聞よりはるかに厳然たる現実である」 Martin Heidegger, Einführung in die Metaphysik 〔1953〕, Max Niemeyer Verlag Tübingen 1966, 59~60頁(英訳本はAn Introduction to Metaphysics, tr. Ralph Manheim, Anchor Books 1961, 66頁)。という場合、私たちは“形而上学的本質”でもなく、“物質的実存”でもないが、それよりもはるかに実感できる、別次元を思惟するように要求されているのだ。

 

4. 政治と暮らし

 

ロレンスの民主主義論で、こうした要求が一層挑戦的な性格を帯びるのは、“四次元”とか“核心的神秘”に対する知的認識を促すのに留まらず、「社会生活のすべての偉大な企画が土台とすべき事実」の問題だと主張するからである。韓国社会だけを見ても、この間何とか進展させてきた“民主化”が危機に瀕し、危機を克服する過程で“社会生活の大きな企画”を新たに組もうという論議が活発だが、果たしてロレンスの民主主義論はどういう助けをもたらしうるのか。時代も場所も異なり、彼自身の政治参加の経験もほとんどなかったロレンスから、韓国民主主義の今後のために、具体的な指針を期待するのは難しい。その反面、より一層原論的なレベルでいっても、誰も気がつかなかったなら、彼の民主主義論はロレンス研究者が専攻知識として探求すれば十分な分野に過ぎないだろう。少なくとも1987年以後、韓国の政治と言説の地形は世界的レベルの民主主義論を受容して検証する基盤が作られたので、ロレンスの現在性もまたここで検証しておく必要があるだろう。

2008年のロウソクデモ以後はますますそうである。ある意味では、最近世界各地で展開される“ウォール・ストリートを占領せよ”デモの先駆者は韓国のロウソクデモの群衆だったし、“ロウソクデモ”のためにより切実に国内政治の議題がすぐに世界的な議題ともなった。例えば、代議制民主主義と直接民主主義の関係をめぐる問題がそうだし、大衆の主権行使を“ポピュリズム”と刻印して民主主義と共和主義の衝突を強調する保守的言説もまた世界的趨勢の一部である。さらに、人民主権を確立して国家機構の代表性を確保することと、本来の意味の民主主義は全く別のものだという主張も台頭したが、 例えば、高秉權『民主主義とは何か』(グリーンピー、2011)は、近代民主主義、さらに近代政治一般が「主権-人民-代表の三角形構図」をとっていることを指摘する(47頁)。つまり、「近代“人民=主権”の完成は……全体として強大な権力が作られた過程だが、同時に限りなく弱体化した個人が作られる過程(68頁)であり、これを可能にするのがまさに「“代表”の媒介」(69頁)である。そして、「広い意味で、近代政治はすべて“代議制”(代表制、表象制)である。…… 代議制は民主主義を実現する方式として発明されたものではない。むしろ、近代民主主義こそ、代議制の一つとして登場したと言うべきである」(71頁)という主張を展開している。これは外国の民主主義論議でも極めて急進的な言説に該当する。

これに関連して、国内にも広く紹介されて大きな影響を及ぼしているのが、ランシエールによる“政治”(politics)と“治安”(police)の区別である。 Rancière, Disagreement, 第2章など参照。この区別は、彼の後続著作 The Hatred of Democracy, tr. Steve Corcoran, Verso 2006(原著 La haine de la démocratie, 2005)でも堅持され、『感性の分割:美学と政治』 (図書出版b 2008;原著は Le Partage du sensible: Esthétique et politique, 2000; 英訳本 The Politics of Aesthetics, tr. Gabriel Rockhill, Continuum 2004)など。彼の美学論議にも登場し、韓国内の評論界でも少なからぬ関心を集めた。  私自身も「現代詩と近代性、そして大衆の暮らし」で、その論議に介入したことがある(拙著『文学とは何か、再び問う』、チャンビ2011、特に84~85頁を参照)。普通私たちが政治と呼ぶものは、与えられた枠内で社会を管理し、住民を治める治安活動に該当し、“デモス(demos)の力”で枠組自体を揺さぶって変えていく行為こそが、真の意味の政治だというのである。両者間の乖離ないし衝突という問題を意識して闘ってきた“政治哲学”として、ランシエールは次の三つの形態をあげる。第一に、プラトンの『共和国』に代表される“原理政治”(archipolitics)、つまり正当な原理に立脚した治安行為こそが正しい政治であり、これを揺さぶる民主主義は統制の対象だという立場、第二に、アリストテレスの『政治学』が見事に整理した“超政治”ないし“準政治”(parapolitics)、つまり民主主義的要求を現実の一部で認めながら、与えられた状況に応じてそれと適切なバランスをとって国政運営を追求する立場、第三には、マルクスのように政治を真実の歪曲された表現であるイデオロギーの領域として設定し、社会の実質的な動きを通じてそうした政治(および国家)を廃棄しようとする“上位政治”(metapolitics)である。 Disagreement, 第2章 ‘From Archipolitics to Metapolitics’.労働階級の運動自体は排除された集団の主体化という“民主的政治”の性格を帯びるが、“すべての階級の解消”という上位政治的名分は、「原理治安(archipolice)の最も急進的な形象」(同書90頁)を登場させる一助となったのである。その上、社会主義陣営の没落以後、勢いを強めた“合意民主主義”(consensus democracy)は国民世論と国家競争力への専門家の科学的判断を名分として政治を完全に排除しようとする、事実上プラトン的“原理政治”の低級な再現に該当する、と辛らつに攻撃する。 Disagreement, 第5章 ‘Democracy or Consensus’と、第6章 ’Politics in its Nihilistic Age’, およびHatred of Democracy, 第1章 ‘From Victorious Democracy to Criminal Democracy’, 第4章 ’The Rationality of Hatred’ などを参照。ランシエールは、現代世界でプラトン的な共和国にそれなりに近接する事例として、“人民共和国”を標榜しながらも公然と寡頭政治を通じて共産主義者が労働者を支配する現代中国だと見る(J. Rancière,“Communists Without Communism?” in: Costas Douzinas and Slavoj Žižek, eds., The Idea of Communism, Verso 2010, 170頁)。

ランシエールのこうした民主主義観は、多少前述したように、ホイットマンの民主主義が「単に一つの政治体制や統治の体系ではないし、さらに社会制度でもない。それは新たな生の様式を着想し、新たな価値を定立しようとする試みである。理想が固定化されて恣意的な統制から解放され、自由な自然生動性へと導く闘争である」という「民主主義」の一節と相通ずる点がある。ランシエールが平等の問題の提起を政治の原動力とみながら、今日民主主義国家だと自認する社会において、“あらゆる個人の例外なき平等”(the equality of anyone and everyone)は、新たな生の様式を開拓するどころか、既存の秩序を絶対化して人民を科学的計算の対象として固定化させると見る点(Disagreement,105頁)も、ロレンスの近代民主主義批判と合致する。

他方、“治安”に対する配慮、そして“新しい民主主義”の可能性に対する認識において、二人の立場は異なる。だが、まさにこうした点が、ランシエールの民主主義論の深刻な問題点ではなかろうか。

私も、ランシエールが“政治”と“治安”を区別しながら後者をあまりにも軽く見る傾向を指摘したことがあり、前掲、「現代詩と近代性、そして大衆の暮らし」 85頁。もちろん彼も治安のレベルや形態が彼なりに重要であると認めている(「治安は十分に良いものを調達できるし、ある種類の治安が他の種類より比較にならないほどよくなりうる」Disagreement,31頁)。とはいえ、本格的な関心を傾けてはいないようだ。ところで、“治安”は私たちに見慣れた表現としては国や共同体の“暮らし”である。大衆の日常的な生を直接的に左右する要因であるのはもちろん、実際どこまでが“政治”で、どこからが“治安”なのかを区別するのは決して簡単ではない。例えば、ランシエールは韓国のロウソクデモに特別な意味を付与するが、 ジャック・ランシエール「民主主義に立ち向かう民主主義」、アカムベン他『民主主義は死んだのか?』、金サンウン他訳、亂場 2010, 131~32頁。ロウソクデモの威力が2010年の統一地方選や、最近のソウル市長補欠選挙のような代議制政治(“治安”)の領域で持続されて、既存の枠組を一層ゆさぶり、民衆の感受性の変化の新しい可能性を切り開く複合的現象という認識はないようだ。もちろん、韓国事情に明るくもない彼が、この問題にあえて言及しなかったせいではない。問題は“政治”対“治安”という二分法の構図の中で、そうした認識の余地がどれほどあるのか、ということだ。 前掲、『民主主義とは何か』104~9頁のローソクデモ論議も、ランシエール的な二分法に縛られているという印象である。

彼に比べてロレンスは、一国の首相や大臣は国の暮らしを整備する実務者の役割に過ぎないだろうと言うが、暮らしをまともにすべきだという点はいつも前提にしている。 例えば「民主主義」でも、「売り買いはきちんと誠実にやろう……私たちは人間らしい男や女として、自分の家内を整頓しよう」(68頁)という。ここで、set our house in orderという表現は、旧約聖書「イザヤ書」第38章第1節で、先知者イザヤが死を前にした王に、「汝は汝の家に遺言せよ」(set your house in order)と述べた表現によるものだが、ロレンスの趣旨は「家内(暮らし)をまともにしよう」という意味であることは明らかである。いや「人民の教育」で、彼が初等・中等教育を中心に国民教育のプログラムを構想するのも、新しい世の中を開くために、今ここでの暮らしを整頓する必要性を痛感しているからである。

ロレンスのそうした構想が、一見プラトンの共和国を連想させる点があることはすでに言及した。その反面、“存在”に対する彼の思惟が、プラトンから始まる西洋形而上学を超える新たな性格であることも論じたが、「人民の教育」で開陳されたロレンスの人間観・宇宙観もプラトン的なものとは異なる。 こうした人間観・宇宙観をもう少し本格的に整理して刊行したのが『無意識の幻想曲』(1922)である。この著作の現代的な意義については、拙稿 Nak-chung Paik, “Freud, Nietzsche and Fantasia of the Unconscious,” D. H. Lawrence Studies (Korea) Vol. 12 No. 2 (August 2004) を参照。したがって、教育の内容や方法に対する構想も当然異なる。プラトンの主な関心が“哲学者君主”集団の養成であるのに対して、ロレンスはみんなが初等教育を一緒に受けることで共同の人間的基盤を持つべきだと述べ、この時期に“読み、書き、そろばん”以外に知的な教育はするな、と言うのも愚民化路線ではなく、「子どもたちを放っておく」(leaving the child alone) RDP 139頁、強調は原著者。という大原則に従ったのである。放っておかれた子どもたちは、自分が勝手に学ぶようになり、その過程で表れる各自の“生の気質”(life-quality)にそって将来の役割にみあう教育課程の分化を試行するというのだ。

しかし、「体系はなければならない。人々の間に階級は必ず必要であり、差別化が必要である。そういうものが無いのは、無定形の虚無(amorphous nothingness)だけだ」という主張は、どのように見るべきだろうか。ロレンスに反民主的な共同体主義の嫌疑が全くないわけではない。とはいえ、今のような階級社会でなければ、社会生活に“体系”と“階級=格差”が必要だという話は一種の常識ではなかろうか。その上、国家が民衆を“統治”する機構ではなく、国の暮らしを実務的に整える行政機構・管理機構に変わったと仮定する場合、そうした業務こそ一定の指揮体系が不可避である。さらに、“偉大な霊魂が唯一の富”になる新たな民主主義でも、それなりの秩序と指導力は必要なのではないか。

ここで私たちは、ランシエールの民主主義論で直面した二番目の問題に戻る。つまり、彼の民主主義は既存の秩序を際限なく揺さぶる力というだけで、代案的な秩序は“治安”の領域だと見なされるようだ。もちろん、“暮らし”に対するロレンスの配慮は、結局国家の廃棄よりも国家による統治を肯定する立場ではないか、という疑いをもたれうるし、実際、ロレンス自身はこの問題を理論的に深く検討してはいなかった。だが、人間に対する支配を事物に対する管理機能に代えるという思想が、単なるユートピアとして受け入れやすいわけは、まさに民衆自らの代案的秩序ないし“体系”に対する経綸の不在のためではないか。そうした社会への転換を可能にし、そのように変わった社会が自由人の連合体でありながらも、適切な指導力を持つようにする自己教育の過程と秩序の原理を探求する必要が、切実に求められているのだ。 これに関して私は、「知恵の位階秩序」という表現を使って誤解を招きもしたが(ウォーラーステインとの対談「21世紀の試練と歴史的選択」〔1998年〕、『白楽晴会話録』第4巻、チャンビ、2007年, 153~56頁)、未来社会の組織原理・運営原理の問題は物質的平等を達成した後にゆっくり考えるべき事案ではなく、当面やるべき努力の緊要な一部だという点を、円仏教の「智者本位」 原理を動員して再主張したことがある(同書に収録した方珉昊との対談「時代的転換を目前にした韓国文学の問題」〔1999年〕221~24頁)。 「智者本位」に関しては「正典」第2編第3章第2節「智者本位」を参照。ここには、「智者は愚者を教え、愚者は智者に学ぶのが原則的で当然のことなので、どういう立場にあるかを学ぶことを求める時には、不合理な差別制度に縛られることなく、ひたすら求める人の目的を達成するようにせよ」(『円仏教伝書』、円仏教出版社、1995年、22版、41頁)とある。そして、その条目を列挙後、「以上の条目すべてに該当する人を根本的に差別しているのではなく、求める時にあたってせよというのだ」(同書42頁)という但し書を付けた点は注目に値する。プラトン流の固定された賢者集団が支配する体制との違いは明白であり、ロレンスもまた児童の根機によって彼らの進路を決定するが、「いかなる決定も最終的なものではないようにする」(「人民の教育」、RDP、99頁)という但し書を付けた点を想起させる。

“大道”の思想は、まさにこの問いに対するロレンスなりの答だと言えよう。そうした社会がいつ到来するのか、本当に到来するのかは、答えられないだろう。しかし、その実現への意志と構想を持つことだけでも、民主主義は既存秩序に対する終わりのない攪乱行為に過ぎないし、大衆の暮らしをより苦しくする、という非難に打ち勝つのに決定的に寄与するであろう。

 

翻訳: 青柳純一


季刊 創作と批評
2011年 冬号(通卷154号)
2011年 11月1日 発行

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