「核心現場」から現代アジア思想の探求へ

 
 

白楽晴(ペク・ナクチョン)  文学評論家、ソウル大学名誉教授。近著に『どこが中道でなぜ変革なのか』『統一時代の韓国文学の価値』『白楽晴会話録』(全五巻)などがある。paiknc@snu.ac.kr

 

朝鮮半島の分断体制克服運動を中心に

 

1. 沖縄を訪れて

 

沖縄で開かれる第5回「東アジア批判的雑誌会議」で第1セッションの発表をさせて頂くことは大きな喜びであり光栄でもあります。しかも、今年から始まる「現代アジア思想」例年講演の第1回を兼ねることになり、その光栄もひとしおです。今年はまた、季刊『けーし風』の創刊20周年にあたる年でもあります。心よりお祝い申し上げ、『けーし風』の象徴する疎通と連帯、および抵抗の精神が、東アジア全域に、またひいては全世界に拡がってほしいと思います。

私は今回、初めて沖縄に来ました。これもまたうれしいことですが、やや遅れて訪問した感もあり錯雑たる思いです。重要な学習と連帯の機会を逃して生きてきた、自らの薄幸に対する痛恨と羞恥を感じずにはおれません。
当然、私は沖縄に対してまったくの無知です。韓国と沖縄民衆、および知識人の連帯運動においても、これという役割を果たすことはできませんでした。そのような私が沖縄に関して、または韓国と沖縄の連帯に関してながながと話すのは分不相応なことです。ただ、沖縄を訪れた所感を兼ねて、いくつか申し上げた後、私の現場である韓国や朝鮮半島の話の方に進もうと思います。

韓国と沖縄の縁は古くなりますが、2つの地域の民衆連帯は、米軍基地反対運動を中心に1990年代後半から本格化しました。反基地連帯を特に意味深いものと考えるのは、それが現場活動家の成し遂げた連帯だけでなく、実際に相互的な連帯でもあったからです。たとえば、1970~80年代の日本では「日韓連帯運動」が活発で、韓国の民主化に大きな助けとなりました。しかし、韓国の民主化運動の側からも日本の民主主義のために協同するような運動ではありませんでした。もちろん、現実的にそのような余裕もありませんでしたが、日本の大多数の活動家の間では、(その時期あたりまで)日本の問題の解決に韓国の助けが必要だという認識は少なかっただろうと思います。それに比べて韓国と沖縄の民衆の間には、初めからかなり水平的な連帯が成立していたのです。

他方、韓国での基地問題を、沖縄のような「構造的差別」の産物と見ることは困難です。たとえば、米軍基地をソウル郊外の平沢(ピョンテク)に移転する問題が、その地域に対する構造的な差別であるとは言えませんし、差別の歴史が明確に存在する済州島の場合にも「構造的な沖縄差別」とは距離があります(そのうえ、済州島の江汀村(カンジョンマウル)の海軍基地は、最初、韓国海軍の基地として計画されたものです)。もちろん、韓国には韓国なりの構造的な問題があります。特に朝鮮半島全域を網羅する「分断体制」が決定的ですが、これについては後でさらに論じたいと思います。

とにかく、反基地連帯はそれとして堅持し発展させるべきですが、これが幅広く効果的な韓国・沖縄の民衆連帯の基盤になるためには、双方が当面する現実の構造的差異にも留意する必要があります。もちろん、沖縄でも基地反対が運動のすべてとして設定されているわけではありません。米軍基地はあくまで、私の同僚である白永瑞(ペク・ヨンソ)さんの言う「核心現場」の核心争点に過ぎません 新崎盛暉(白永瑞・イ・ハンギョル訳)『沖縄、構造的差別と抵抗の現場』(創作と批評社、2013)(原著は新崎盛暉『新崎盛暉が説く構造的沖縄差別』高文研、2012)、付録2:新崎盛暉・白永瑞対談「低い国境で作っていく東アジアの平和」、285~87頁。。単に沖縄に米軍基地が多く、住民の間に不満があり、米軍によるよからぬ思考がしばしば発生するという問題ではなく、アメリカが自らの覇権国家的な位置を維持するために、同盟国内部の構造的矛盾を悪用し助長したりもする現実を、沖縄ほど赤裸々に示しているケースも珍しいでしょう。同時に「構造的な沖縄差別」は、日本国家の性格と日本の民主主義の現住所を示す尺度です。「ヤマト」の政権が――米軍政下の韓国における済州島四・三事件(1948)のように――討伐隊を送って沖縄人を虐殺して制圧したりしていないのは、誰が何と言おうと日本の戦後民主主義の成果というべきでしょう。しかし、「米軍に提供する土地に関しては、私有地でも公有地でも、総理大臣ひとりの判断だけで収容できるようにした」(新崎盛暉・58頁/原著42頁)という、反民主的で非自主的な立法行為だけを見ても、その法が沖縄だけに適用されるという暗黙的な前提の下でのみ可能だったのでしょうが、日本社会が民主主義と地方自治のそのような後退を他人事として済ませる習性が拡がれば、ついには「ヤマト」の民主主義自体が根本的に揺らぐに違いありません。

ここでしばらく「構造的な沖縄差別」に朝鮮半島もまた一助していることを確認する必要があります。もちろん、韓国でも北朝鮮でも、第2次世界大戦中の沖縄民衆の犠牲や米軍の沖縄接収に責任を負う理由はありません。しかし、1950年に朝鮮半島で始まった同族間の争いの戦争が、日本が「平和国家」から「基地国家」へと移行する決定的な契機となり、日本は「復帰」する沖縄を「基地の島」とすることで、自ら「基地国家」の真実を糊塗してきたといえます「基地国家」論については南基正「東アジア冷戦体制下の冷戦国家の誕生と変形」、『世界政治』(ソウル大学校国際問題研究所)第26集2号(2005年秋・冬)、51~71頁参照。著者は休戦協定体制を「東アジア型冷戦体制」と規定することによって(同論文・54頁)、朝鮮半島の分断体制の地域的な含意と比重を大きく強調する。沖縄問題は同じ著者の第85次細橋フォーラム(2013年6月21日)発表の「日本の戦後史と沖縄問題――「日本=基地国家」論の立場で」において言及された。 。以降、南北朝鮮の対決状態と、これにともなう朝鮮半島の軍事的緊張は、アメリカの東アジア支配と沖縄基地の維持にきわめて便利な口実となりました。近い例として、日本の民主党の鳩山由紀夫総理が一時、普天間基地の国外または県外移設を推進しようとして挫折し、結局、失脚する過程には――根本的な原因は別にあったでしょうが――ちょうどその年、2010年の3月に韓国で哨戒艦「天安艦」が沈没し、韓国政府がこれを北朝鮮の仕業と発表し、南北朝鮮の間ではもちろん、米・中間にも緊張が最高潮に達した状態が、1つのとても重要な口実になりました。また、政権の維持を最優先の価値とし、相次ぐ核実験をいとわない北朝鮮の政権と、これに対する韓国政府の強硬一辺倒の対応が、沖縄の民衆運動に――韓国の民衆運動にもそうであるように――否定的な影響を及ぼしていることは否めません。
沖縄は、一層高い次元で、近代世界体制における国家主義の問題や、東アジアの地域連帯の性格の問題を提起する核心現場です。これについては、朝鮮半島の現実を論じながら再び言及したいと思います。

 

2. 朝鮮半島の分断体制と国家主義

 

核心現場である沖縄と多くの問題を共有するもう一つの核心現場が朝鮮半島です。私は朝鮮半島の現実をすべて把握するキーワードが「分断体制」であると主張してきました分断体制論は拙著『分断体制変革の道』(創作と批評社、1994)をはじめ、さまざまな著書に登場するが、ここでは韓国語以外の言語で発表された著書だけをいくつか紹介する。白楽晴『朝鮮半島の平和と統一――分断体制の解体期にあたって』(青柳純一訳、岩波書店、2008)、『韓国民主化2.0――「2013年体制」を構想する』(青柳純一訳、岩波書店、2012)、白樂晴等『分斷體制・民族文學』(白永瑞・陳光興編、朱玫等訳、台北、聯經出版公司、2010)、Paik Nak-chung, The Division System in Crisis: Essays on Contemporary Korea, tr. Kim Myung-hwan et al., University of California Press, 2011. それ以外の英文資料として、Inter-Asia Cultural Studies: Movements, Vol.11 No.4 (December 2010, Special Issue: Paik Nak-chung)およびPaik Nak-chung, “Toward Overcoming the Division System Through Civic Participation,” Critical Asian Studies, Vol.45 No.2 (June 2013, available at http://criticalasianstudies.org)参照。 。朝鮮半島は1945年8月、日本の植民地支配が終わると同時に南北に分断されましたが、朝鮮戦争(1950~53)が、本来の北緯38度線とさほど変わらぬ境界線を残したまま、休戦状態が停戦協定60周年を目の前にした今日まで持続し、分断の現実が一種の「体制」に固定化したというものです。このように、失敗した武力統一の試みを経験したという点が、過去の東西ドイツの分断と決定的に違っており、統一戦争はあったものの、そのどちらも成功しなかったという点がベトナムとの違いです。ドイツやベトナムで見られなかった分断体制が成立し、これまで存続している理由でもあります。

アメリカは「構造的な沖縄差別」のように、朝鮮半島の分断体制の成立にも主動的な役割を果たしました。同時に沖縄差別がそうであるように、この構造はそこから利益を得る韓国内の既得権勢力の共助があってこそ可能であり、数十年が過ぎた今日、外勢の横暴に還元してばかりもいられない国内的な基盤を有することとなりました。ですが、分断体制は、朝鮮半島内の既得権勢力が南北に分かれ、相手の打倒を主張して対立しているという点で特異な既得権構造です。しかし、彼らが単一の分断体制内部の二大勢力である以上、彼らの相互敵対関係は、分断体制を維持し、自らの既得権の守護に加勢する、いわゆる「敵対的な共生関係」です。同様の現象はアメリカとの関係においても見出せます。朝鮮半島の分断の存続によって利益を得るアメリカの国内勢力は、韓国の親米主義者はもちろんのこと、北朝鮮の強硬主義者からも実質的な恩恵を受ける場合が数多くあるのです。

一言付け加えるならば、沖縄差別に南北朝鮮が一助してきたように、朝鮮半島の分断体制の存続に日本が尽力してきたことも少なくありません。近年の例をみても、朝鮮半島の緊張を高める国際社会の対北朝鮮制裁に、日本はつねに自らのことのように率先して動きましたし、6者会談が開かれるときは「拉致問題」のような日朝両国間の問題を話題にして妨害してきました。2005年の9・19共同声明が発表された後に合意した、日本の対北朝鮮重油支援も結局、拒否しました。韓国に「家で漏れるひさごは、野でも漏れる」ということわざがありますが、国内で構造的に沖縄を差別する政府が、国際舞台に出てきちんと正しい役割をすることは困難です。ですが、私のこの話は、韓国政府もやはり、沖縄問題の解決に建設的な役割をできない、「漏れるひさご」だったことを前提に申し上げています。

抽象水準を少し高めて、国家主義の問題を論じましょう。抽象水準を高めるといいますが、沖縄でも朝鮮半島でも、国家主義は現場で毎日のように直面する現実の問題です。単にそれが「核心現場」であるばかりか、近代世界体制の全般にわたって作用する問題であるという認識で、そのように言えるでしょう。

国家が自ら絶対性を主張し、個人や内部のさまざまな共同体を抑圧することは、古今東西の歴史でよくあることです。しかし一方で人民主権を標榜しながらも他方で「排他的主権」「固有の領土」のような概念を前面にかかげ、現地で生活する住民らの要求を拒否し、遠海の岩塊にも命を賭けて隣国と争う現象は、ウォーラーステイン(I. Wallerstein)のいう「国家間体制」(inter-state system)が成立した17世紀以降の新たな現象でしょう。韓国の場合も独島/竹島をめぐる日本との葛藤があります。しかし、国家主義の本来の深刻な被害は、分断された「欠損国家」が、相手の分断国の威嚇を口実に国民の人権を弾圧し、国境線でもない休戦ライン――さらに休戦ラインでもない西海上の北方限界線NNL――を鉄のような境界線にしようという形として端的に示されます。ですが、結果的に分断国家という自らの弱点を糊塗しながら、分断体制を強化する効果も引き出すという点を考慮すれば、既得権勢力としては、ただ単に愚かだということでもないようです。

だからといって、韓国の民衆がひたすら休戦ラインだけをなくし、統一韓国を建設して、国家間体制の中の「正常国家」として「排他的主権」を行使し、「固有の領土」を確保するというならば、これは分断時代の苦難からきちんと学ぶことをしてこなかったことになるでしょう。もちろん、現在のような分断状態よりはましでしょう。問題は、このような統一国家が、国家主義の引き起こす国内外の葛藤を温存し、それがときに激化するだけでなく、そのような統一を目標にした時、それさえ達成できないのがせいぜいのところだということです。統一韓国の出現を、隣国の誰もありがたがるわけがなく、何よりもこの国家の主権を誰が行使するかをめぐって、朝鮮半島内部で――南北の当局者の間ではもちろんのこと、それぞれの内部勢力の間でも――平和的な妥結が不可能な争いが繰り広げられるだろうことは明らかです。

実は南北朝鮮の間に「鉄のような」軍事境界線を、さほど殺伐としない雰囲気で、かつ一層開かれた境界線に変えると同時に、南北の再結合についても、国家主権の絶対性を制約する過程を経た統一方案が、2000年の南北首脳会談ですでに合意しています。「南と北は、国の統一のための南側の連合制案と北側の低い段階の連邦制案が、互いに共通性があると認め、今後この方向で統一を指向させていくこととした」という6・15共同宣言第2項の合意がそれです。「低い段階の連邦制」という曖昧な文句が入っていますが、現実的に北側が、連邦制どころか連合制の導入も、体制維持に対する威嚇として感じる実情からみて、私たちの一次的な目標は、連合制であっても低い段階の連合制にならざるを得ないと思います。これすら決して容易なことではありませんが、その議論はこの場では省略したいと思います。

国家主義の緩和と克服は、東アジア地域において特に切実な課題です。中国という往年の巨大帝国が、近代世界体制の規則によって1つの国民国家として行為するこの地域の現実は、EUやASEANと異なり、主権国家中心の地域連合をほとんど不可能なものにしています。国家間の協力が当然ともないますが、実質的な地域連合は、生活上の利益を共有する住民たちの超国境的な交流と協同に大きく依存した、新たなモデルが要求されます。同じ民族という関係ですが、2つの主権国家に対する相互認定を前提に、新たなモデルの複合国家を建設していく「南北連合」であるとか、与那国町の「自立・自治宣言」(2005)や「台湾東部―八重山諸島観光経済圏」の合意(2009)のようなものは新崎盛暉、前掲書、第3章第2節「国境地域は辺境なのか、平和創造の場なのか」参照。 、まだ現実の壁に遮られてはいますが、東アジアの地域連帯のためにも意味深長な前兆です。

国家主義を克服する最も確実な方法は、国家を消滅させる、少なくとも排他的な主権国家の「国家間体制」を消滅させる道でしょう。ですが、それが一挙に成就が困難な課題である時、住民たちの生活上の利益の方を、国家権力よりも重視する方向で国家を改造していく、数多くの作業をともなう長期的な過程が必要でしょう 拙稿「国家主義克服と朝鮮半島における国家改造作業」、『創作と批評』2011年春号(日本語訳は『世界』別冊第816号(岩波書店、2011)所収)参照。 。もちろん沖縄と朝鮮半島における作業を簡単に同一視することは慎まなければなりません。2つの分断国家が対立している朝鮮半島とは異なり、日本という強力な単一型国民国家が自らの「基地国家」的な性格を糊塗し維持するために、沖縄をほとんど植民地のように利用する構造においては、新たな複合国家の創出よりも既存の統一国家の軟性化、ないしは複合化が要求されるでしょう。ある意味でこの過程はすでに進行中であるといえます。「ヤマト」の政権の形態は別に変わらず、むしろより一層硬化する面すらありますが、沖縄の民衆は、米軍基地を島外に追い出すところまでには至りませんが、普天間基地の県内移設に対する、アメリカと日本という2つの強大国の合意に対して拒否権を行使しているわけです。この拒否権の行使に日本政府が承服する日が来れば、日本国家自体がそれだけ民主化され、日本社会が均等化されるのではないでしょうか。
とにかく、核心現場であるほど、国家主義の最も深刻な弊害を除去する作業が、当該国家の画期的な改造と直結するのであり、国家主義を越えた新たな世界体制の建設にも多大な貢献となるだろうと信じています。

 

3. 2013年の韓国の課題

 

韓国の2013年は単なる政権交代ではなく、「2013年体制」とも言えるかもしれない、新たな時代のスタートになるべきだということが、私を含む多くの韓国人の念願でした。「2013年体制」という用語は私が提出したものですが2013年体制論に関しては拙著『2013年体制作り』(創作と批評社、2012)、および『韓国民主化2.0』参照。 、2012年の大統領選挙で文在寅(ムン・ジェイン)候補を含む多くの政治家と活動家が、この表現を採用しました。実は勝利した朴槿恵(パク・クネ)候補も、「2013年体制」とは言いませんでしたが、「政権交代を超越する時代交代」を公言しました。だからといって、彼女が2013年体制の建設を代行するだろうと期待するのはあまりにも純真な考えでしょう。野党の選挙敗北は、2013年に新たな時代をスタートさせようとする努力に甚大な打撃を与えましたし、この事実を冷徹に認識して対面するところから、次の作業が始まらなければなりません。

今後、朴槿恵政権が南北関係をどれほど復元し発展させられるかが、2013年の韓国民衆の対応に大きな影響を及ぼすでしょう。これは新政権が所期の成果を収めるためにも核心的な部分です。分断体制の性格上、南北対決が緩和されなくては、他の分野における改革作業も順調に進まなくなるからです。

ですが、まさにこの部分において、朴槿恵政権の方針をどう評価するがきわめて難しいというのが実情です。6・15共同宣言など南北間の既存合意を尊重するとして、対話や信頼構築を強調している点は明確に前回の政権よりも進取的です。一方、5月の韓米首脳会談の結果や最近の南北当局者会談が電撃的に合意し電撃的に失敗に終わった経緯を見ると、大統領が標榜する「朝鮮半島信頼プロセス」というものが、対話を通じて信頼を作るよりも、先方が先に信頼を示せば対話するという姿勢のように見えます。もし実際にそのようなものであれば、李明博(イ・ミョンバク)政権の接近法とさほど変わっていないことになります。そしてまさにこの部分において、李明博政権がついに克服できなかった致命的な罠に陥る可能性もあります。南北対決が悪化するほど住民間の敵対感も大きくなり、そして「先方」の方が間違っていると考え、対決的な姿勢を取る大統領に対する国民世論の支持度がひとまず上がってしまうのが分断体制の特徴ですが、これに味をしめて対決局面を持続すれば、守旧的な既得権勢力だけがより一層強力になり、大統領は、南北関係はもちろん、国内改革においても何らの成果を出すこともできなくなります。新政権が初めからこの陥穽に陥ると速断するわけではないのですが、大統領がその誘惑を最後まで拒む、豊富な経験や知性や指導力を持っているのかについても、簡単には楽観できそうにありません。

しかし、今後いかなる混乱がこようとも、それが李明博政権の単純延長ではないでしょう。「時代交代」を約束した大統領の誠意不足または実力不足で触発された、民衆の覚醒がともなう混乱になるでしょうし、新しい大統領が「経済民主化」や「朝鮮半島信頼プロセス」の達成に多少とも成果を出すならば、それだけより広くなった空間を活用した民衆の動きとなるでしょう。今は現実を冷静に見守りながら、各自がなすべきことを基本から固めていく時点であると思います。
そのような意味で知識人は、根本的な理論上の問題に対する探求にも精進する必要があります。ちょうど今日の講演が「現代アジア思想」(Modern Asian Thought)という大きな企画の第1回年例行事であるだけに、そのような理論的課題にしばらく言及することで、最後のまとめの話にしたいと思います。

「核心現場」から出発しても、世界全体の一般的な問題へと関心を拡げざるをえない事情は、さきほど国家主義と関連して少し言及しました。国家主義の完全な克服は、国家間体制が存続する限り不可能なので、さまざまな現場における国家改造事業をともなう長期的な課題として理解するべきだということでした。これは逆に、国家間体制を含む近代世界体制の変革を無視した改造作業だけでは、国家主義の問題は解決され得ないということです。

国家主義だけではなく、資本主義近代の全般的な問題をめぐって、そのような両面性に応じる対応を注文したのが、私のいわゆる「近代適応と近代克服の二重課題」論ですこれについては、2012年10月に上海で開かれた「Asian Circle of Thought 2012 Shanghai」での発表で簡略に言及したことがある。Paik Nak-chung, “The ‘Third Party’ in Inter-Korean Relations and Its Potential Contribution to Modern Asian Thought” http://en.changbi.com. com/articles/2102?article_category=articles-and-related-material), section 6: ‘Asia, Modernity, Thought’参照。 。つまり、資本主義の廃棄だけに没頭するさまざまな原理主義的な反資本主義でもなく、資本主義の改良、または「多様化」以外の根本的代案を否定する、変形した近代主義でもない、真の中道を見出そうということです 。仏教的な「中道」と、現実的な運動路線としての「変革的中道主義」をどのように結びつけられるかについては、拙稿「2013年体制と変革的中道主義」、『創作と批評』2012年夏号参照。

他の見方をすれば、これはマルクスがすでに説明した弁証法とさほど異なりません。彼が、観念の世界でない、現場の実践と結びついた弁証法を要求したという点でもそういえます。ただ、相当数のマルクス主義者(特にマルクス=レーニン主義者)が想定してきたように、歴史の弁証法的な発展法則によって、資本主義以降に社会主義が必然的に到来すると信じるよりも、「資本主義以降」がもう1つの抑圧的で差別的な社会体制に進む可能性も念頭に入れるという歴史観です。同時に「中道」という仏教的表現が含蓄するように、ヘーゲルの弁証法はもちろんのこと、マルクスの唯物論的弁証法にも依然として作動する、西洋の形而上学的な思考を超越することを――これを受容し適応しながら克服していくことを――要求します。「存在」と「無」のどちらにも偏らない知恵の境地において、資本主義の実状を正しく知り、二重課題を完遂する威力を獲得しようということです。

このように言うと、現場の問題がいくつかの特別な修行者の遥かな悟りの問題となり、観念の世界へと蒸発してしまうような印象を与えるかもしれません。「中道」を語り、アジアの思想を語りながら、西洋の形而上学と近代科学を無視するならば、実際にそのようになる危険が濃厚です。ですが、真の中道は、現実に足を踏みしめて立っても、目前の現実に埋没しない姿勢であり、近代人として近代の現実を現実として認識し適応しても、その克服を同時に試みるという、「二重課題」を抱え込むような姿勢です。ただ、このような克服のためには、近代的思考自体の限界を突破し、新たな考えの境地を開拓する作業も必須であるということです。そしてその作業が「知解」を前面に出す形でもなく、実践的な成果に執着する形でもない、個人的修行と社会的実践を現場で今、始めて、同時に進める形であるという点を強調しながら、今日の私の話を終えたいと思います。

 

翻訳: 渡辺直紀


季刊 創作と批評 2013年 秋号(通卷161号)

2013年 9月1日 発行


発行 株式会社 創批

ⓒ 創批 2013

Changbi Publishers, Inc.

184, Hoedong-gil, Paju-si, Gyeonggi-do

413-120, Korea