大韓民国の官僚制への大手術を提案する

2014年 秋号(通卷165号)

 

 

李東傑(イ・ドンゴル)東国大学招聘教授。金融研究院長・金融監督委員会副委員長歴任。

 

 

大韓民国の官僚問題はかなり以前から頻繁に指摘されてきた。官僚改革の必要性が提起されたのも最近のことではない。既に多くの国民的共感も形成されている。それはセウォル号沈没事件のせいだけではない。そこで本文では大韓民国の官僚制の問題とその改革方向に関して論じたい。筆者は大韓民国の官僚制が引き起こしている様々な病弊を、硬直的な職業公務員制度という観点から分析・説明したいと思う。セウォル号沈没事故などは極度に硬直的な職業官僚制の下で常に起こり得る極端的な病弊の一つの例と言えよう。このような分析と説明に基づき、韓国の現行の職業公務員制における中・上位職級の廃止の必要性を主張し、これに代わる方案を提示したいと思う。

朴槿惠(パク・クネ)政府はセウォル号沈没事故以降、官僚改革方案を発表した。セウォル号沈没事故は最初から最後まで官僚が問題だった。セウォル号事故のような悲劇が二度と起きないように官僚改革をするならば、セウォル号沈没事故に対する明確な原因究明から行うべきである。いったい官僚が何を、どのように、どれだけの過ちを犯したのか、そして、なぜ現行の制度ではそうならざる得ないのか。そういったことを明らかにして始めて、何を、どのように、どれだけ変えるべきかがはっきり見えてくる。明確な原因究明なくして、まともな改革案を作ることはできないのだ。しかし、朴槿惠政府は徹底した原因究明を躊躇っているかのように見える。専門家の意見と国民の衆知を集めるわけでもなく、数日の間に、密室で拙速に事を運び、改革案を早急に発表したところを見ると、政治的な責任回避だけが目的のようだ。朴槿惠政府の官僚改革方案に真実性と実効性が感じられない理由である。筆者は、そのような問題点を論理的に指摘したいと思う。

改革が革命よりも困難であると言われているように、容易な改革などはないのだが、その中でも官僚改革は特に困難なものである。その対象が権力を握っている強力な集団であり、しかも改革案を執行し、定着させる過程において、当事者を完全に排除することが不可能であるという、幾つかの特殊的な要因のためである。このような要因を克服するための幾つかの改革の原則も提示したいと思う。

 

現行の官僚制はどのような病弊を引き起こすか

 

米国の神学者兼政治学者であるラインホルド・ニーバー(Reinhold Niebuhr)が、名著『道徳的な人間と非道徳的な社会』(Moral Man and Immoral Society、1932)で述べているように、韓国社会でも、個人としての官僚と組織の一員としての官僚は全く異なった行動を見せている。個人の性向、人柄、道徳性などとは関係なく、官僚は組織の生理に従って行動し、結果的に集団としては、かなり利己的で非倫理的に行動することになる。その結果、我々の社会に次のような病弊を引き起した。

まず一つ目は、韓国の公務員集団は全体として、そして各部・各処別に、国家体制において固定不変の権力組織となり、その結果、公務員が「国民の召使い」ではなく、「国家の主」又は「行政部の主」のように振舞うことが日常茶飯事となったことである。公務員集団は、何があろうと交替のない集団となってしまった。これは、公務員の身分及び定年保証という趣旨が変質した結果であり、公職が所謂「鉄の飯桶(鉄で作った丈夫で壊れない飯桶という意味で、解雇の危険が少なく雇用が安定した職業を比喩的に表す言葉)」となって生じた弊害である。公職に与えられた権力に相応する義務と責任の不在、又は義務と責任への追及が不可能なアンバランスな体制(即ち無責任な体制)へと公職社会が変質したことを意味する。

二つ目は、自分の私的な利益の方が国民の安全や利益よりも優先されやすい組織へと官僚集団が変質したことだ。つまり、集団利己主義(部・処利己主義)が生じやすい組織へと構造化され、国民への奉仕とは関係なく、公職の維持・保障によって公務員集団自身の利益を容易に、そして思い存分追求できる環境を提供する結果となったのである。組織の全体利益に反しない限り(つまり、所属している組織に忠実である限り)、下部組織、又は構成員の個人利益を追求する行為が組織の内部において大目に見られ、これによって、部・処の間に、又は部・処内の局•課の間に、お互いの領域(公務員の間で使われている言葉で言うなら「縄張り」)を認め合う弊習が生じてしまった。「間違った目的関数(国民福利の代わりに公務員自身の福利を政策選択の目的とする)と歪曲されたインセンティブ構造により、公務員は「すべきことにはいい加減に」取り組み、逆に「してはいけないことには熱心に」取り組む傾向が生じたのである。「手放せない権力」は自分の利益のために、そして自分の地位と権力を一層強化するために使われやすいものだ。

三つ目は、公務員集団が誰も何の責任も取らない統制不可能な自生力を持った権力組織へと成長したことだ。官僚にとって「大統領は5年、国会議員は4年、外部から任命された長官は1年の臨時職」であるが、公務員は「終身正規職」である。「臨時職」ではない「終身正規職」の公務員に対して、持続的で一貫した統制は不可能である。公務員の「福祉不動」も、何とか踏ん張れば全てが維持されるために生じた現象である。時折試みられる公務員への改革も「公務員によって」行われるので、満足のいく結果が出るわけがない。「公務員による公務員改革」の虚構性は、公務員年金の改革、開放型任用制、部・処における組織改変などの例からも既に証明されている。

四つ目は、民官癒着などの不正腐敗が日常化及び深化したことである。所謂「天下り」現象(又は全ての権力機関を包括する「コネクション」現象)は、民と官の双方の利害が一致して現われたものである。両者の関係は、「官」の圧力と横暴により「民」が一方的に克服したり犠牲になったりするような関係ではない。官僚の立場からすれば、退職後の高額の給料、地位の維持、権力への復帰などのための「ポスト」が必要であり、傘下団体及び公企業は勿論、私企業の立場からしても、退職した高級官僚の招致は収益性の高い投資となる。従って、権力機関へのロビー活動、利権の依頼、及び「保険」(問題になった際の揉み消し用)のために、民間側から政府及び国会出身の影響力のある人物を積極的に物色・招致する場合も多い。官僚は、権力又は権力への「コネクション」が競争力と利権となる経済環境を作り上げることによって在職中に自らの影響力を強化し、退職後の高額の再就職のために与えられた条件を満たそうとする。その一方で、彼らを受け入れる機関は、正常でない利権確保のためにそれを積極的に利用しようとする。ゆえに民官癒着は深化したのである。「公職退職後の巨額の給料」は便方的、且つ迂回的な方法による賄賂と同じだ。

五つ目は、集団利害、集団利益が強化されながら、公務員組織は巨大な既得権集団となり、保守化されてしまった。そして公務員個人も理念的に保守化傾向が強くなった。既得権集団は、一般的に既得権の観点から(手に入れたものを守るために)、そして既得権を強化する方向へと(もっと手に入れるために)行動するため、自ずから保守化するのである。公務員集団だからと言って例外ではない。公務員集団は、自らの利益に反する場合、もしくは自分と直間接的に利害関係を共にする集団の利益に反する場合、政策サボタージュをも辞さない。このような政策サボタージュは集団の保守化傾向によって自然と進歩的な政策に対し、一層激しく行われるのである。官僚集団は進歩的傾向の強い政府が正常的に国政を運営するにおいて深刻な障害要因ともなった。特に韓国の公務員は保守傾向の強い政府の下で訓練され、業務を行った経験が多いため、保守傾向の強い政策に慣れている。従って、たとえ経験と訓練を積むとしても進歩的傾向の強い政策には拒否感を示す傾向が見られる。
六つ目は、官僚組織を一つの軸とする保守的な権力同盟体制が構築されていることである。既得権集団は自分の権益を維持・強化・拡大するために同様の利益を追求する集団同士で連合する傾向が強い。特に保守団体は目的が概ね単純・明確であり、性向も比較的に同質的なため、連合しやすいだけでなく、目的達成のための交渉も巧みである。韓国社会には、財閥-保守官僚-保守メディアの権力カルテルが構築されており、その周辺には、それを理念的に支持し支えている保守派の知識人や教授などが情熱的に活動している。財界、保守メディア、そして保守知識人は、時には保守官僚集団を公開的に厳しく批判し、官僚改革を唱えたりもするが、その裏では、強い絆で結ばれた同業者的な関係を保っており、お互いに助け合うという慣行が維持されてきた。カルテル化した権力は保守既得権集団の権力と利益を一層強化し、同時に韓国社会の進歩的な発展を一層困難にした。即ち、公務員組織が進歩的な発展を妨げる障害要因となっているのである。

 

病弊の核心的な原因は硬直した職業公務員制度

 

韓国社会に現れている全ての官僚的な病弊は根本的に職業公務員制度から生じたものである。勿論、職業公務員制は多くの長所を有する制度であり、それ自体に本質的に問題があるわけでない。韓国の特殊的な歴史的・社会的環境の中で、職業公務員制度が変質・歪曲してしまい、長所は消え去り、短所だけが増えているということである。職業公務員制度が硬直することによって韓国の官僚組織は決して変化しない無責任な権力組織となり、倫理的に鈍感な保守既得権集団となってしまった。つまり、「官僚硬化症」が病弊の原因と言えるだろう。

公職は公権力を行使する位置であり、そのような位置を生涯職業として保障するのが職業公務員制度である。従って、職業公務員の権力の誤用・乱用をしっかりと統制し、彼らに責任を問うことのできる上部機構、又は制度的牽制装置を設けない限り、問題の発生を避けることはできない。勿論、如何なる社会にも公職者の権力の誤用・乱用と私有化による副作用はありがちだ。それは、理論的にも地代追求論(rent-seeking theory)と公共選択論(public choice theory) 1、非対称的な情報によるモラル・ハザード(moral hazard)とエージェンシー問題(agency problem) 2 、 そして規制の虜(regulatory capture) 3論などによって説明されている。成熟した先進社会では、それなりに透明で合理的な社会的統制、もしくは牽制装置を設け、「官僚硬化症」の副作用を解決しつつある。

しかし、韓国の場合はかなり事情が異なる。昔から「官尊民卑」思想に浸りきっている韓国社会では、権力に対する成熟した民主的統制及び牽制装置や伝統が定着する前に、非民主的な権威主義の独裁政権の下で「権力を定年まで確実に保障」する職業公務員制度が根付いてしまった。独裁政権の下での職業官僚は、独裁権力行使の野戦部隊であったと言っても過言ではない。このような状況において官僚による権力の誤用・乱用及び私有化は深刻化するしかなかったのだ。社会全般にわたって「官」優位思考が一般化し、公務員集団は特権意識と選民意識を持つようになり、そのような誤った認識が今も受け継がれている。

誤った特権・選民意識を持った一部の職業官僚は、自らが日常的・普遍的に犯している過ちを全く認識できずにいる「悪の凡庸さ(banality of evil)」症状がかなり危険なレベルにまで達しており、それによって国家の日常的な行政にも深刻な変質・歪曲がもたされることが多い(セウォル号の惨事を見よ!)。十分な公務員年金をもらいながらも、退職後に再就職して数億ウォン、又は数十億ウォンという高額をもらうことに対して一抹の倫理的罪悪感もなく、当然の権利と考える傾向がある。

公務員の身分及び定年、そして政治的中立を保証している理由は、安定的に専門性を積んでもらい、国民に絶えず奉仕できるようにするためである。しかし、韓国の職業公務員(特に一般行政職)は専門性を積むわけでも、国民に奉仕するわけでもない。

公務員任用制度(公務員試験制度)が度々批判されたりもしたが、試験制度自体が問題なのではない。幅広く人材を集めるためのもので、全国民が対象となる制度であるので、それ自体としては排他的でも閉鎖的でもない。倒産する心配もなく、適当な給料をもらい、さほどのミスを犯さない限り定年まで働くことができ、しかも退職後に十分な年金までもらえる、最近ではめったにない職場を得るための機会が公平に提供されるという意味では、力もなくバックもいない一般庶民にとっては、却って一筋の希望と言えよう。最近、公務員試験の競争率が100対1を上回っているのを見ても、その人気を実感することができる。ただ、競争で敗れた数十万人の若者の費やした時間や努力、費用がもったいないとは思われるが、それ自体が官僚的病弊の原因ではない。問題は任用後の公務員体制の運営の閉鎖性・排他性と上命下服の位階秩序の構造のせいでこの集団が変質しているという点である。5級公務員試験出身の身内主義によって少数の非公務員試験出身の公務員は多数に同化されるか、もしくは排除されるしかないのが現実である。つまり、任用の関門は実質的には公務員試験に限られているのだ。

公務員体制が排他的・閉鎖的に運営されている原因には、現行の職業公務員制度の下で、公務員が非常に狭い意味で定義されているという点も重要な要因となっている。これによって公職への登用・進出の機会が少なくなり、結局、外部人物の中・上位職級の公職への進出の機会が実質的には妨げられてきた。中・上位職級への高い壁が作られ、職業公務員は、任用と昇進の機会を実質的には独占することになった。外部からの競争がないため、職業公務員が権力を容易に独占できる体制が作られたのである。公職に関心のある有能な外部人物が在職中に公職へ移ることを躊躇うのも当然のことであろう。職業公務員制度を補完するために導入した開放型公務員制度が失敗せざる得ない理由である。

韓国の公務員の考える公務員とは、一般的に「任用試験合格+公務員研修+政府組織法上の各級機関所属+生涯公務員として勤務」する人という、つまり職業公務員のことである。このような狭い定義に当てはまる職業公務員同士では、お互いに強い連帯感と同質感を保つ一方、非公務員試験出身であり、一定の期間にだけ公務員として働く予定の公職任用者に対しては「外部の人」、又は非正規職の「2等公務員」としての扱いをし、各種の不利益を与えるなど、排他的な待遇をする。

しかし、公務員になれる権利(公務担当権)は、憲法によって、全ての国民に保障されている権利である(第25条)。従って、方法、方式、期間を問わず、誰であっても公務を担当することになれば、公務員になって公権力を行使することができるのである。即ち、「公務員」を定義する前に、まず「公務(国家が行う公的業務)」を定義し、その後に所定の法律に従って、その公務を行う人物を公務員として幅広く定義するのが正しい。そうすれば、公職は全ての国民に幅広く解放されることになる。「官僚硬化症」を解消できる方法でもある。

先進国の場合、公務員をこのように幅広く、開放的・包容的に定義している。我が国の憲法精神に従ったとしても同様である。韓国の職業官僚だけがこれを拒んでいるのである。

 

朴槿惠政府の官僚改革方案への評価と批判

 

これまで明らかにされた朴槿惠政府の官僚改革方案の骨子は、退職した公職者の就職制限強化(対象機関の拡大、対象期間の延長、業務関連性の判断基準の拡大、公職関連機関の公務員任命の排除など)、そして5級公務員試験出身者と民間経歴者の5:5比率での採用、この二つに要約される。その他に、海洋警察庁の解体及び国家安心処の新設、不正請託禁止法(「金英蘭(キム・ヨンラン)法」)制定などがある。

海洋警察庁の解体と国家安全処の新設は、典型的な拙速の政府組織改編案であり、ここで触れる価値も必要もない案である。不正請託禁止法は、今のところ、政府と与党の消極的な態度により、原案通りの通過の見込みはかなり薄いようだ。この法案は公務員の慣行的な不正行為を正すために非常に重要な装置であり、出来るだけ早く処理し、その後も一層強化する必要がある。

退職公職者の就職制限強化は「天下り」を阻止しようとする志が感じられ、以前よりも一歩進んだ法案として評価されるだろう。しかし、まず、退職公務員の迂回就職とロビー活動を断ち切ることができなければ「天下り」防止の実効性は半減する。また、「天下り」を阻止したとしても、他の「コネクション」を防止できなければ全く意味がない。朴槿惠政府の改革方案には、これらに対する対策が欠けている。

退職公務員の就職制限の対象が拡大されてはいるが、これを避ける便法は依然として多く存在する(小規模な法律事務所や私設研究所などを通じた企業へのロビー活動など)。従って、退職公職者のロビー活動を断ち切ることのできる、より強力な方案が必要である。例えば、不法ロビー活動の基準を強化し、それを犯した場合、公務員年金を取り上げるなどの制裁を加えたり、同時にロビーを受けた現役の公職者への懲戒を大幅に強化したりする、そのような強力な方案が必要なのだ(「ワンストライクアウト」など)。

また、天下りがなくなったとしても、それに代わって他の権力機関がその場を占めるならば、より深刻な問題が生じるかもしれない。裁判官や検事の場合は再就職の制限が困難であり、迂回的な就職も可能である。また、政界出身者の場合、専門性が欠如している場合が多く、政治家の天下りが、官僚の天下りよりも深刻な問題を引き起こす可能性が高い。一部のメディアの論説委員らの社外理事就任など、言論界出身者の天下りも民官癒着に劣らない「権言癒着」又は「官言癒着」へとつながる。

次に、5級民間経歴者の採用を段階的に拡大していくという官僚改革方案は典型的な机上の空論である。この方案によると、毎年平均3~5人の民間経歴5級採用者を各部・処に送り、彼らによる内部からの官僚改革を目指すということであるが、全く現実性の欠けた途方も無い発想である。

安全行政部の資料によると、5級民間採用の比率を来年から段階的に拡大し、2017年に5:5の比率に合わせた場合、5級民間経歴者は今年の100人から2017年には245人へと増加することになる。彼らが15部・2処・18庁・7委員会に分散任用されたら、部・処当たり約2.4人から2017年には5.8人となり、平均3.4人が増える見込みである。しかし、韓国の5級以上の一般職公務員は、20,292人であり(2012年末現在)、15部・2処・18庁・7委員会を基準にした場合、機関当たり5級以上の一般職公務員数は平均483人である。従って、平均的に見ると、長官以下の先任事務官まで、上級者が483名もいる機関に民間経歴5級の新入事務官を毎年平均3~5人送り込むことになるわけだが、わずか3~5人の新入事務官を通して上命下服僕の位階秩序の強い命令組織を内部から革新しようとするのは、全く理屈に合わない。

このような状況では、5級採用の民間経歴者は生き残るために、既存の公務員組織に同化・編入されるか、もしくは、排除されると思われるが、恐らく多くは前者を選択するだろう。つまり、彼らは、民間の経歴を活用し、公職に寄与することもできるが、むしろ、民官癒着を深化させる通路となる恐れもある。現行の開放型職位制度が元来の主旨から離れ、民間→公職→民間へと循環することによって、民官癒着のつなぎ役として悪用された例と同様の結果を生む可能性が高い。開放型職位制度が失敗と終ったように、5級民間経歴者の採用拡大も官僚改革という主旨とは離れ、民官癒着を深化させ、失敗と終るだろう。

このように朴槿惠政府の官僚改革方案は、誰にでも予想可能な問題点と副作用を無視したまま、作られた拙速な方案であるため、失敗する可能性が高い。それよりも深刻な問題は、政府が果たして本気で官僚改革を行おうとしているのかという点である。官僚改革の必要性への根源的で真剣な省察もなく、しかも根本的な方案を作ろうという努力が足りなかったところから見て、決してそうとは思えない。

 

官僚改革を成功に導くための基本原則

 

改革は本質的に難儀な課業である。なぜなら「旧秩序の下で利益を得ていた人々は改革者に対して敵対的である一方、新たな秩序の下で利益を得ると思われる人々は消極的な支持者に留まってしまう」 4 からだ。また、費用は少数に集中する一方、その恩恵は多数へと分散してしまうインセンティブ構造上、改革の対象である少数が多数を押さえ込んでしまう。 5  しかも、その少数が権力を握っている有能な官僚集団だとすれば、結果はもう一目瞭然である。従って、官僚改革を成功に導くためには広範囲の国民的な共感帯を得、地道に一貫した態度をもって推進しなければならない。それと同時に、官僚改革を成功させるためには、幾つかの原則が必要である。

まず、一つ目は、内部からの改革の成功は難しいということだ。官僚改革は外部からの強制が必要である。組織内部に存在する既得権を握っている集団(権力を行使できる非常に有能な集団)は、それを守るために改革に激しく反対し抵抗するものだ。官僚集団が自ら権力を手放し、自発的に改革をするとは考えられないし、内部からの改革が必要だと思っている人がいるとしても組織論理がそれを決して許さない。従って、改革は外部から送り込まれたグループによって強制的に行われるべきである(そのグループは改革において外部から広範囲の支援を得られるという考えは捨てるべきだろう)。
二つ目は、革命とは違い、下からの改革は必ず失敗するということだ。改革は上から行われなければならない。組織(特に命令組織)内において、パワーのない下級者は組織の改革を成功へと導くことができない。

三つ目は少数による改革は必ず失敗するということだ。改革は臨界点がある。いくら上からの改革と言えども、何人かの最上級者だけで行うことはできない。改革を成功させるためには、まず推進勢力がある一定レベルの規模は超えること、そして思い切った短期間での投入が必要である。新しい血を少しずつ献血して旧秩序の垢を洗い流そうとすると、新しい血が汚染されたり(既得権に同化されたり)、薄れてしまうかもしれないからだ。

四つ目は、段階的で漸進的な改革は成功が難しいということだ。改革にはスピードが必要である。小規模的に分担して長期的に改革を行うと、改革に対する反対、疲労感、耐性などにより、成功は難しくなる。
五つ目は、改革も長期化すると変質するということである。持続的なモニタリングと監視だけではなく、地道さと一貫性が必要である。

最後に、外部的な強制だけでは官僚改革を完了することはできない。内部のインセンティブ体系も変えるべきである。

以上のことをまとめると、次のように要約できる。官僚改革は、外部からの中・上級者たちがある一定の規模で投入され、大胆で迅速に行われなければ成功することはできない。さらに、改革を成功的に完了・定着させるためには、改革に対する持続的な監視と同時に、新たな組織だけでなく、既存の組織員の行動と態度を変えられるようにインセンティブが与えられるべきなのである。

 

責任公務員制度の導入と政治発展の方案

 

上述のように、我が国の官僚制の問題は殆んどが公職の閉鎖性と排他性から生じたものである。従って、官僚制を改革するためには、まず、公務員に対する概念を変え、官職に対する認識を転換し、国民であれば誰でも官職を受け持つことができるという考えが一般的に受け入れられるようにしなければならない。そのためには、公務員に対する定義を「公務を行う者」として包括的に定義し、公職の各段階において自由に公職に就けるように水平的な開放を強化すべきである。さらに、任用方法においても多様性と柔軟性が必要である。公職の各職位において開放性が確保されるならば、現在のような公務員試験制度は維持されても何ら問題がない。下位職級においては公務員試験制度を一層拡大し、上位職級になるほど開放性を高めることが望ましいと思われる。勿論、透明で客観的な基準は必要であろう。

公務員の定義を包括的にすれば、法的に公務員として認められていない公務担当者(金融監督院、韓国銀行、その他の公共公務を行っている公的機関の職員など)にも公務員としての地位が与えられる。彼らを公務員として体系的に管理すると同時に、各機関の各職級において解放性を高め、機関の閉鎖性による組織内の集団利己主義を解消しなければならない。
社会と国家経済において万遍なく浸透している官僚制の病弊をなくすために、現行の職業公務員制に代わる新たな官僚制度を模索すべき時点であろう。上述したように、断片的で小規模の改革では成功できない。根本的で大胆な改革が必要な時である。そのために筆者は以下のような方案を提案する。
まず、一つ目は、一定の職級以上の中・上級職における職業公務員制度を廃止し、仮称「責任公務員制度」へと改編する。政策への実質的な責任を取る中・上級職位の公務員を、大統領が任命する政務職の責任公務員へと転換し、大統領もしくは執権政党と進退を共にさせる。大統領と進退を共にする交替任用制は政策の責任性を強化するだけでなく、国民が大統領選挙で選択した政策を政府と執権与党が一貫性をもって効率的に推進できるようにすると思われる。対象の職級は3級以上から始め、4級、5級の一部まで段階的に拡大する。この場合、公務員試験は現在のように実施するが、任用期間は10年以内と制限するか、もしくは一定の職級(責任公務員の対象とならない職級)以下に制限する。しかし、下位職・特殊職・専門職に対しては職業公務員としての立場と定年を保障する。
二つ目に、このような新たな制度下において政権交替により退いた責任公務員の多数を政党が政策開発の専門家として吸収・雇用できるように政党に一定レベルにおいて国庫を支援する。それによって、政党間の政策開発競争を促し、政党政治が生産的な競争の場となるようにする。特定の政党に高級支援労働力が過度に集中しないようにし、政党間の不均衡を解消し、政策政党化を通して、政治の水準を一段階高めることもできると思われる。比例代表制の拡大、多党制などの政治改革と同時に多様な政党の政策開発能力が向上すれば、多様な社会集団の政治的な要求が政策化され、国家運営にも反映されるだろう。各政党に集まった優秀な人材が、韓国の政界を一段階アップグレートさせる人材プールとしての役割も果たしてくれる。現役中に交替した責任公務員が各自の理念と哲学に従って各政党に分散されることによって官僚集団は特定の理念に偏らないようになる。ゆえに韓国社会が理念的に健全で釣り合いの取れた社会になる効果も期待される。政党の国庫支援による財政負担は、生産的な政治、効率的な国家運営という「果実」に比べると、さほど大きくはないと思われる。特に公務員年金が節約される費用を考えると、純負担額は多くないだろう。たとえ、負担になろうとも政府革新のためには必ず必要なことである。
三つ目は、公務員年金制度を廃止し、国民年金と統合するのが望ましいと思われる。もし、中・上位職級の公務員における職業公務員制度が廃止されれば公務員年金制度は意味がない。責任公務員に該当しない公務員であっても(そして職業公務員制度を廃止しなくても)、公務員の老後年金の水準を国民の目線に合わせて統一するのが望ましいだろう。年金の赤字による財政負担解消のためにも公務員年金の改革は必要である。
官僚改革は行政職の公務員に限られた問題ではない。全ての裁判官及び検事も、開放職、任命職へと転換し、地方裁判所長官及び地方検察庁検事長は住民の直接選挙で選出するという方法も検討する必要がある。弁護士として多様な事件と多様な集団に接した経験を積んだ信望のある人物を裁判官や検事として選出することができれば、韓国の司法制度が特定の集団に偏らず、均衡を回復することができよう。
筆者が提案した官僚制度の方案が過激で実行不可能だと思われる方もいらっしゃるだろう。しかし、一般的に言われている「実行可能な」改革法案というものは、断片的で枝葉的な改善にとどまるだけで、官僚集団の性格やこれまでの態度からして、決して成功することはできないだろう。困難であっても根本的な改革を進めるべきである。そうでなければ、いつかセウォル号惨事よりも遥かに大きな悲劇が我々に訪れるかもしれない。(*)

Notes:

  1. 政府が特定人物や特定の企業に排他的権利(許認可又は独占権)を与えたり、政策的に財政支援(補助金の支給又は租税及び関税の減免)をしたりすることによって生じる利益を経済学では不労所得という意味で「地代」という。地代追求の行為とは、このような特恵性の高い利益を得るために個人や企業が政府に行うロビー活動などをいう。政府の行為には、このような特恵性の高い利益が発生するため、官僚、又は政治家が公益よりは自分の利益のための行為を行う傾向が見られる。公共選択理論は、利己的集団としての官僚及び政治家の行為を説明している。
  2. オーナーが代理人に関して(又は管理者が非管理者に関して)十分な情報を持っていないために(所謂、非対称的情報)、代理人がオーナーの利益よりも自分の利益のために行動することを防止できない問題を一般的に「エージェンシー問題」という。この場合、代理人は自分の利益のためにはオーナーが潜在的に損害を被っても構わず行動するのだが、これを「モラル・ハザード」という。
  3. 監督者が接待、金銭的な補償、もしくは退職後の就職などの報酬により、非監督機関に捕獲され、非監督機関の利益や便宜のために行動することを指していう。
  4. ニッコロ・マキャヴェッリ(Niccolo Machiavelli) 『君主論』、カン・ジョンイン、キム・キョンヒ訳、カチ2008、44頁。
  5. マンサー・オルソン(Mancur Olson)の『集団行為論』