広場の声を引き継ぐ日常の革命 / 白智延

 

創作と批評 178号(2017年 冬)目次

 

昨年の冬、光化門のろうそく広場で目立った標語の一つは、「動物嫌悪の無い朴槿恵退陣」である。この標語は自らピッケットを持ち上げて広場に出てくることのできない存在に対する関心を私たちに訴えた。ともに生きる存在の多様な声を盛り込んだ広場の標語や旗は、単に政権交代のみのために市民たちが広場に立ったのではないという事実を気付かせる。日常の中で差別を受け、排除される他者に対する省察こそ、今回のろうそく広場が新たに気付かせた民主主義のテーマでもある。すべての動物は多様な方法で人間と共存する。愛と尊重を受けながら生きるコンパニオンアニマル(伴侶動物)もいるが、一部の動物は虐待され、簡単に捨てられる。日常の生活において動物は特定の対象に対する非難と嫌悪を比喩する言語的手段としてよく使われたり、食べ物や商品として消費されたり、一瞬に殺処分の対象になってきた。このように動物に対する人間の多様な態度はいくつかの要因では説明しがたいほど複合的で矛盾的である。

アメリカの人類動物学者のハル・ヘアゾーグ(Hal Herzog)は、「食べて愛し嫌悪する対象」としての動物に対する人間のコミュニケーション方法に文化の差、遺伝的問題、道徳的難関が複雑に絡み合っていることを説明する。彼の言葉のように、他種の生命を理解し、それと関係を結ぶことは簡単なことではない。問題はその難しくて繊細な関係づくりに人間中心的な管理やケアの方法が投影される過程であろう。一例として、最近京畿道はコンパニオンドッグ(伴侶犬)安全管理対策の一環として「15kg以上のコンパニオンドッグのマウスガードの義務化とリード紐2m制限条例」改正を推進し、論難を呼び起こした。これは、生命でない私有財産として登録されている、韓国社会における動物の法的地位を端的に見せる事例である。体重で犬の攻撃可能性を断定する非合理的推論もそうであるが、犬の散策が匂いをかき、探索することでもあるという生命本能自体に少しも関心のない行政対策であるという点で驚くばかりである。動物と関連する事件・事故が起れば、溢れ出る嫌悪と敵対の発言もコンパニオンドッグ1千万時代に提起される多様な葛藤の重さを体感させる。生活の中に共存するすべての存在が平等に享有する権利に対する悩みと思惟がなければ、このような問題は簡単には解決できない。

他者に対する愛着とケアに絡んだ倫理的省察は、最近文学でも敏感な争点となるテーマである。金愛蘭の小説『ノ・チャンソンとエヴァン』(2016)は動物に対する愛着と罪意識、疎外と欠乏の問題を家族叙事と交ぜ織りする。父を亡くし、祖母と暮らす10歳少年のチャンソンは、遺棄犬を家につれてきてエヴァンという名前を付け愛情を注ぐ。ある日エヴァンが癌にかかったことを知ったチャンソンは治療費を工面できず、医師の勧めに従い、安楽死させることを決心する。

チャンソンはエヴァンの安楽死費用のために大変厳しいアルバイトをしたが、その報酬で携帯電話とゲームカードを買ってしまう。小説は、彼自身がきちんとケアを受けてない社会的弱者である少年が動物に愛情を求め、またその動物に対する責任を果たそうとしたが、思い通りにならない悲劇的な状況を見せる。チャンソンとエヴァンの叙事はケアの死角地帯に置かれた青少年、貧困と労働の問題、無責任な医療行為と安楽死問題、生命倫理等の重いテーマを一気に提起する。しかし、小説で暗示するエヴァンの死は実際幼い少年の罪意識や個人的責任だけで済ませるものではない。疎外され捨てられる動物の様子は、ともに生きる共同体の構成員として私たちが当然考えなければならない倫理的責任を喚起させる。少年が感じる「非常に危険な」現実の苦痛さもともに分かち合うべき開かれた問いとして私たちに返ってくる。

今年1年を振り返ると、ろうそく広場は日常の生活を新しく配置し、変えていこうとする市民の政治的意志と動力を見せた空間であったと言える。10月28日に開かれた「ろうそく1周年人権決起大会」は、差別と嫌悪のない社会において人間らしく生きたいという人々の熱望を次のような宣言文にまとめる。「私たちはセクシャル・マイノリティであり、障がい者であり、青少年であり、ホームレスであり、女性であり、後回しされたすべての人々である。政権が交代し、社会が変わったという人々に言う。私たちの生活がそのままであれば、社会もそのままである。民主主義は嫌悪とともに行くことができず、貧困と暴力の撤廃はまだ約束されていない」。「そうろく1年人権決起大会参加者一同」の名で行われたこの宣言は、ろうそく以後の生活が実質的な生活の中の転換と跳躍を必要とするという事実を再三強調する。多くの発言の中でも弾劾はともに行ったが、選挙では排除されたと嘆く青少年代表の言葉が長く心に残る。「尊重され、人間らしく生き、市民として待遇されたい」と言った彼は、「20歳を超えてから人権を享有するのではなく、今ここで尊重され、幸せになりたい」と訴える。彼の発言は「ろうそく以後の社会」がどのように変わるべきか強い暗示を与えてくれる気がする。

2016年10月29日に始まり、今年の4月29日まで計23回開かれたろうそく集会は、市民の成し遂げた民主主義の勝利を見せてくれた。累積人数1,700万名が参加し、最後まで平和な集会を維持した広場では数多くの論題が湧き出て討論が行われた。これからそれを実質的な改革へ繋げるのは政府と市民共同の役目である。政府は、市民のニーズが政治権力の交代に止まらないことを再三想起する必要があり、積弊清算にとどまらない長期的な改革のビジョンを立てなければならない。何よりも広場で熱く燃え上がったろうそくの動きが気付かせたのは、日常に潜んでいる慣習的な思惟と偏見を崩そうとする転換の試みである。隣人や他者に対する愛情と責任も自己憐憫を投射するのではなく、それを社会的に分かち合い、共存することから拡張できる。広場の声が日常の革命へとつながる作業は、このように日々の生活の中でぶつかる熾烈な苦悩や努力を通じて一歩ずつ進展できる。

 

今号の特輯のテーマは、「ろうそくの目で韓国文学を見る」である。ろうそく革命を通じて韓国文学が迎えるようになった転換的な契機と潜在的力を検討することによって、新しい社会づくりの実践的可能性を省察しようとする企画である。文学の視線を通じて新しい社会と古い社会の間隙をとらえようとする作家たちの奮闘が、どのような成就として表れるかを深く検討した平文が注目される。韓基煜は、ろうそく革命が切り拓いた新しい光をもって韓国文学の現在を照らし合わせてみようとする試みとして、文学がろうそく革命に参加するということの意味を細心に省察する。この論文は、古い社会と新しい社会、生きている生と死んでいる生の差を表す文学的実践自体が新しい社会づくりの革新的一部であることを強調する。ろうそく革命の変革的熱望と観点を中心にジェンダー平等の声に注目して最近フェミニズム小説の流れを診断し、これと繋げて韓江と金呂玲の小説が上げたろうそくの文学的成就を積極的に発掘した論文として注目に値する。沈眞卿は最近起っている性暴力ハシタグ運動及びフェミニズム論議が文学の想像力にもたらした新しい変化の地点を検討する。キム・ヒョンギョンとカン・ファギルの小説を中心に女性文学の性政治が見せる争点と限界を多角度から省察する論文である。「被害者中心主義」と「フェミニスト身元照会」に陥りやすい社会運動の限界及びこれと連動される文学の慣習的再現問題を批判的に指摘した部分が特に注目される。黄圭官はろうそく民主主義の流れの中に過去の持続に対する熱望とその抑圧から抜け出そうとする二重螺旋の構造を読み解く。政治詩と難解詩、叙情詩の慣習的傾向から脱し、新しい体(身体)をもつ詩を孕もうとする努力を強調しながら、イ・ドンウ、キム・ソニャン、クォン・ソニの詩からこのような可能性と成就を発見する。

「文学評論」欄において李城赫は2010年代詩の流れと関連する詩の美学的倫理論議に対する批判的点検を行う。他者―連帯への流れを志向する多くの詩の戦略を世代論や倫理的責任感に狭小化できないという論旨をもとに、生活の危機を露にしながら自身の実存を再創案しようとする最近の詩の成果を、イム・ソラ、シン・チョルギュ、アン・テウン、イ・ソリャの作品をもって分析する。南相旭は、ろうそく以後韓国文学の未来を考える重要な参照点として戦後日本の文学と言説の展開様相を考察する。安保闘争を経る過程において憲法秩序の危機が文学の危機とどのようにつながるのかを現在的に省察するという点で意味深い論文である。

「創作」欄の成果も豊富である。「詩」欄には金明氣から許銀実まで詩人12人の個性的な声を盛り込んだ。読者の声援と関心の中で連載された金錦姫の長編が最終回を迎えた。1年間誠意を注いで作品を執筆してきた作家と愛情のこもった視線で読んでくださった読者の皆様に感謝申し上げる。金世喜、孫元平、片恵英の新作短編も一緒にご紹介できて嬉しい。

「文学フォーカス」では、小説家の金成重を招待して対話を繰り広げる。パク・サラン、イム・ヒョン、キム・ヘジンの小説とキム・キョンフ、クォン・ソニ、チャン・スジンの詩集がもつ多様な個性と意味を考察していく有益な読み物である。半年間座談を担当してくださった朴笑蘭と韓永仁のお二方にお礼を申し上げる。「作家スポットライト」では新作詩集『河東』 を出版した李時英詩人を朴濬詩人が訪ね、繊細で内密な詩的対話を交わした。時代と個人の歴史を行き来する真摯で奥深い質問と応答が穏やかに行われながら、短い「ストーリーポエム」のもつ美学的現在性の意味も丁寧に分析する。

「対話」では、新作『女子たちはいつも同じ質問を受ける』を出版したフェミニスト著述家、批評家のレベッカ・ソルニット(Rebecca Solnit) と本誌の編集委員である白英瓊とが会い、興味深い対談を行った。ろうそく革命の展開過程の中で新たに浮き彫りになった韓国のフェミニズムリブート現象、反核・環境運動、アメリカの歴史と伝統の枯渇、アメリカと韓国の現実政治状況にいたるまで多様な話が盛り込まれている。苦痛と災難の中で生まれる連帯の可能性を絶えず模索する方法としての物書きを力説するソルニットの声が深い余韻を残す。

「論壇」において李日栄は前号(秋号)の特輯である「コモンズと公共性」を検討しながら、コモンズ論議に市場主義と国家主義を超えた新しい体制の運営原理を想像させる力があるかを細心に考察する。東アジア・韓半島(朝鮮半島)平和体制を志向する国際的・国内的努力と新しい地域分権化発展の推進力を結集するプロジェクトとして「平和コモンズ」の必要性を新たに主張するが、コモンズと関連付けられてから論議がより活発に行われることを期待する。

「現場」欄では、熟議民主主義の制度的実験と地域文学の現況を検討する論文を紹介する。河昇秀は、新古里5・6号機の公論化結果を中心に韓国社会が国家的事案に対して本格的な審議(熟議)民主主義方式を適用したこの最初の事例の功過をバランスよく分析する。李禪昱は、大邱地域の現場で実感するろうそく以後の文学の役割と地域文学の未来に対して思慮深い議論を展開する。

「散文」では、『少年が来る』で2017年マラパルテ文学賞を受賞した韓江作家の受賞感想文を紹介する。文学に染み込んだ歴史的生活の現場と、人間の残酷さから尊厳を発見しようとする小説的奮闘の時間が読み取れる文章である。「寸評」欄では、一季節の注目すべき書籍に対する誠意のこもった書評に出会える。今年固定筆者としてお世話になった梁孝実と河大淸のお二方に感謝する。読者レビューは、尹泓焙弁護士と柳眞詩人が前号の創批を細心に読み込み、感想文を書いてくださった。

今年の萬海文学賞の受賞者としては、本賞に金正煥詩人が、特別賞に黃晳暎、李在儀、田龍浩が選ばれており、白石文学賞は愼鏞穆詩人に贈られた。堅くて綺麗な時代精神と固有の文学的器量によって、今日の重要な生活の問題を深く洞察した受賞者たちに激励とお祝いを申し上げる。

本誌にもお祝いすべきお知らせがある。新任の編集委員に市民運動家のイ・テホと現代文学研究者のイ・ジョンスク、文学評論家のチョン・ジュアが合流した。今後のご活躍が楽しみである。

今年を終えるところで、わくわくしながらも慎重に一冊の本を世に出す。広場に集まった相違する多くの声が日常の実践の中に一々刻まれる日になることを希望し、気を抜かない初心で精進することを誓う。読者の皆様も変わらぬご声援とご関心、厳正なる批評の視線を贈ってくださるようお願い申し上げる。

 

訳:李正連(イ・ジョンヨン)