革命の再配置 / 姜敬錫

 

創作と批評 188号(2020年 夏)目次

 

姜敬錫

文学評論家。主な評論としては「民族文学の『停戦形成』と三・一運動:未堂パズル」「私たちの歪んだ『リベラル』:批評という仕事に関するメモ」などがある。
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1. 繰り返されながら一新される「今日」

 

黄貞殷の中編「何も言う必要がない」(『ディディの傘』、創批 2019、以下「何も」、頁数のみ表記)は、話者の「私」キム・ソヨンと恋人のソ・スギョンが一緒に住む家にキム・ソヨンの妹のキム・ソリとキム・ソリの幼い息子のチョン・ジンウォンが一緒にいる午後のシーンから始まる。

正午が過ぎた。全員寝ている。昨夜あまり眠れなかったので、やむを得なかったであろう。そうはいえ、神秘な午後である。このような時間帯にこの家に集まって寝ている。全員集まっているのに、こんなにも静かである。このようなことがまたあり得るだろうか(150頁)。

「私」は小説を書くために、食卓兼デスクとして使っているテーブルの前に座っており、他の人たちは全員眠っている。ところが、このシーンが「神秘な午後」と宣言されるべき理由を読者としてはすぐ知る由もない。これは、実際風景そのものがそうだというより、それを眺める「私」の視線にある変化が起こったという意味に近いだろう。しかし、それゆえ、本当に「神秘な」何かのように風景が更新されるような印象も一定に受けるようになる。文末で明確になるが、話者が「今日はどのように記憶されるだろうか」を繰り返して自問せざるを得なかった「今日」は、2017年3月10日、「第18代大統領の朴槿恵」が「憲法裁判所裁判官全員の賛成で大統領職から罷免」(313頁)された日である。

まず、作品の独特な形式にアプローチしてみる必要がある。この作品の最初のシーンと最後のシーンは同じ日、同じ場所を背景にしているが、単に回想を経由した循環構造というにはどこか説明が足りなさそうな面があるからである。極端にまとめれば、それは一つの重なり合う点のようなものである。重なり合う点ではあるものの、向かい合って互いを止揚している二つの「今日」といった方がよいだろうか。「何も」は、話者の個人史的回顧と他人の伝言、歴史的事件―例えば、ホロコスト、6月抗争、韓総聯(韓国大学総学生会聯合)事態、2008年キャンドルデモ、セウォル号惨事など―の記録と論評、ジェンダー不平等問題をはじめとした社会批評、読書随想などで満たされているが、そのすべては「今日」に収斂されると同時に、「今日」から新たに生成されているものであるので、明確な方向へ叙事が進むという印象はほとんど与えない。全12章は、話者の想起した話題や対象の範疇によって区分されるだけで、時間順序の線形的支配力は相対的に弱い。それにもかかわらず、この作品を最後まで読み終えると、最初とは違って読む「私」が別の次元に一歩移動しているという強い実感に包まれるようになる。少し長いが、なかなか省略を許さない作品の最後の一部分を記してみる 。

 

革命が到来したという今日を私はこのように記録する。

 

私たちがここに集まったと。
昨夜眠れなかった人たちが洗顔だけし、この場に集まって遅い朝食を作って食べたと。キム・ソリがチョン・ジンウォンにあげるおやつとして一晩玉子に浸けた食パンを持って来たが、量が多くて私たちがそれにバターをつけてトーストにして食べたと。オレンジも食べて。何でもないことにもコロコロ笑いながら、急いで食事の支度をしてみんな一緒に食べ、オリーブ茶も一杯ずつ飲んだと。男は泣いちゃいけないと言いながら、隅っこに隠れて泣く子について話したり、その子にどのような話を聞かせながら生きていくべきか心配もしながら。サム・スミスのカミングアウトについて話し合う中で、普遍性と特殊性に対して会員らと小さな口論をしてしまったことも話しながら。憲法裁判所へ入る裁判官の髪にピンク色のヘアロール二個が巻かれていたことを私たちは見たものの、そのようなことはちっとも重要だと思われなかったので、それに関しては別に話し合わなかったと(317-318頁)。

 

最初のシーンの繰り返しと敷衍にすぎないこの部分が、ある新しい照明の中に置かれているという感じは錯覚ではないだろう。人々が一緒にトーストとオレンジを食べ、お茶を飲みながら話し合う、普段の日課がある種のユートピア的輝きを放つと同時に、喪失の予感やノスタルジアに包まれるような理由は、それが「革命が到来したという今日」「私たちがここに集まった」という例外的契機によって高揚されているからである。平凡な日課が前例のない躍動感を帯びるのはもちろんのこと、憲法裁判所裁判官のような一見特別に見えられる存在が「ピンク色のヘアロール二個」の場、つまり「そのようなことはちっとも重要だと思われなかったので」の場所へと下りてくる。平凡さであれ、特別さであれ、あるいはそれが何であれ、その場に来れば、私たちが知っていたお決まりの何かとは確実に違うもの―単純な位階の転倒ではなく―になってしまう。「革命が到来したという今日」のニュアンスににじんでいる「革命」に対する懐疑的距離感は、一部で革命といわれるそれ、例えば、弾劾審判の引用決定等が革命のすべてかのようにとらえる不注意で浅い認識に対する距離感なのである。人々が一緒に集まってトーストとオレンジを食べ、お茶を飲みながら「男は泣いちゃいけないと言いながら、隅っこに隠れて泣く子」に関して、「サム・スミスのカミングアウトについて話し合う中で、普遍性と特殊性に対して会員らと小さな口論をしてしまったこと」に対して見解を交わす行為なしではそれさえもできなかっただろうと、お決まりから脱する日常のまさにそのような瞬間から「ガリア(Gallia)の雄鶏の鳴き声」のようなことが聞こえ始めると、「何も」は語っているようである。要するに、従来の革命という観念を止揚し、更新する革命(例えば「革命の革命」)、それゆえ読む人たちをいつも新たな出発点と開かれた可能性―高揚感と不安感を同時に贈る―に置いておく革命、少なくともこの作品の語るキャンドル革命とは、まさにそのようなことではないだろうか。

 

2. 真理工程としての「13回目の小説」

 

それゆえ、「クィア(Queer)になること(『何も』もこれを遂行しているので―引用者)が自身の身体や欲望を見つめて訓練し、周辺の物質的条件および人間関係と自身を調律していく循環的過程に近いというならば、『クィア-書き』の叙事的特性は固定された範疇への安着ではなく、その『~になること』を再構成する更新過程として読解される時に表」1 れるという注目できる原則の提示にも関わらず、「何も」を「女性であり、レズビアンカップルであり、養育者の立場から同時代の起点であるキャンドル革命が看過した広場の歴史を検討する」作品としてとらえるキム・ゴニョンの読解は、その趣旨が理解できないわけではないが、なんだか説明は足りないと言わざるを得ない。これは、「何も」のいう革命が「革命の革命」を含む概念であることを看過した結果だからであろう。彼が「たかが男性支配集団が統治順序を交代することが革命だというならば、それは何の意味があるのか」と反問せざるを得なかった理由でもある2。ところが、もし先述の解明とは関係なく、「何も」が言おうとした革命さえ「弾劾が行われれば、革命が完成される」(313頁)という「人々の言葉」(314頁)を準用したことにすぎないことであれば、それゆえ「キャンドル革命が看過した」「女性であり、レズビアンカップルであり、養育者の立場」があるがままに、キャンドル革命の欠如や空白または構成的外部(constitutive outside)にすぎないことであれば、この作品は事実上変わったことが何もない「今のまま」の温存を遂行的に強化したり、既定事実化しながらそのような現実を暴露し告発―これに対してはまた後述するが―する作品にとどまってしまう3

このような読みは「何も」の連載(『文学3』ウェブ、2017.10~12)直後早くから発表された姜ジヒの論文4にすでに定着したものであったが、いざ姜ジヒ自身は単行本『ディディ(dd)の傘』の解説(「世界のすべての存在に、傘を」)で微妙な旋回の痕跡を残す。「広場で抜け落ちた声の復元」という明快な断定を留保しながら、彼が敏感にとらえたのはセウォル号惨事追悼集会シーンに入り込んだ一文章「もっと行ってみようか」(290頁)である。警察のつくった車壁(車両を並べてつくった壁)によって封じ込められた列の中で、「私」はふと「もっと行ってみようか」とつぶやく。姜ジヒは、「d」では「これからどうしようか」という言葉が諦めのつぶやきだったが、「何も」ではこの言葉の後に「もっと行ってみようか」という言葉が続き、「積極的な質問と応答を構成する」と分析した後、「この驚くべき違いは、作家がある可能性を見ていることを意味するのか」(328頁)と問う。「その革命が引き起こした跳躍の痕跡を読み取ろう」(327頁)と奮闘したおかげで、次のような姜ジヒの結論はそれ以前に比べていっそう新しい力を受けるようになるのである。「革命が行われた日は今日ではないだろう。日常の中で軽くとらえられてきた問題や消された存在のために、無限に多くの革命が続かなければならず、本当に革命が到来するその日には「何も言う必要がない」(316頁)代わりに、全員が言うようになるだろう。」(342頁)

田己和が鋭く見抜いたように「テーブルは常にすでに広場である。」それが「常識という名で常にすでに侵入している広場の影響に関する問題意識」に支えられたものであることは言うまでもない5。このように「何も」の解釈と評価においてキャンドル革命をどのようにとらえるのかはカギといえるが、ここでの革命とは決して弾劾や政権交代のような現実政治的変化だけを指すのではなく、作品の「今日」が高揚感と不安感を同時に発散するところから見られるように、依然として進行中の、それゆえその限界がまだ定まってない何といえる。要するに、「キャンドルの現場とは巨大なスペクタクルとして私たちの前にある「客観的相関物」ではなく、意識的な次元の性状を壊しながら、各自が今必要だと判断する話とイメージを構築する場、そしてそれが互いに向い合って葛藤し、競合しながら、新しい社会が遂行的につくられる場」6なのである。

12章で配列された「何も」の構成的外観もそのような革命観を一定に支持する要素である。導入部に登場する次のような話者の告白は見落とし難い。「私には短編として完成できなかった11本の原稿と長編として完成できなかった1本の原稿がある。(・・・)12本の原稿。すべて未完成なので、合計12回の試み、正確に言えば、それらの痕跡といった方がよいかもしれない。」(151頁)黄貞殷作家の「何も」が率いる12章と作中の話者が遂行した「12回の試み」は妙な類比を成しながら、相互連想を刺激する。「その痕跡」の代理補充(supplement)として12章がそれぞれ提示されたことであれば、そこにある秩序を与えてそれらを配列し、総体化した話、つまり「13回目の小説」が「何も」ということができる。「何も」は、それ自体が遂行性のアナロジーなのである。「歴史において新しい秩序の樹立は急激な政治的変動とともに完了されるのではなく、事件に対する公的宣言(主体化)と事件的充実性によって支えられる真理工程を通じて実現」されるが、「事件-以後の過程は線形的発展ではなく、中断や深刻な退化も経験したりする。」7「何も」が「革命が到来したという今日」新たに始めようとする話も、まさにそのような事件的充実性によって支えられる真理工程の一環であり、それはその「中断や深刻な退化」との戦い、そして古い正常性に対する批判的省察を含む。作家がキャンドル革命の場で6月抗争、韓総聯事態、米国産狂牛病感染牛肉反対キャンドルデモ、セウォル号惨事等を取り上げる理由も同じであろう。それゆえ「何も」は、「私たちに新たな存在方式を決めるよう強要する」事件8として、キャンドル革命に即して「女性であり、レズビアンカップルであり、養育者の立場」という文学的思惟と実践の新しいプラットフォームを遂行的に考案した作品といえる。

 

3. 告発の場、跳躍の瞬間

 

あまり注目されなかったことであるが、「何も」の話者である「私」の名前は一回しか登場しない。会社同僚のKが年休を取って休もうとする「私」を悪意に侮辱しようとするシーンの時である。(「私」は少し前にKの求愛を断ったことがある。)「Kは昨日私に書類を渡しながら嘲笑うような表情をして、キム・ソヨン主任、明日休むんですって?どうしてですか?何か観にいくんですか?それで何がしたいんですか。どうするつもり?と当てこすった。(・・・)彼はこのように言いたいようだ。あんたがいかにつまらなくて無力で気に喰わない存在なのかを知れ。」(197頁)このシーンが、日常化した女性嫌悪とジェンダー不平等の現実を狙っているのは明らかであるが、ここで最初で最後に「私」の名前が呼ばれるのは、例の嫌悪と差別が、「私」がこの世に生まれてから受け入れざるを得なかった、まさにその名前にすでに刻まれていたことを意味する。しかし、このシーンを引っ張っている直前の二つの文章にも同等の注目が必要である。「今日はどのように記憶されるだろうか。私は今日を記憶しておこうと年休を取っており、明日は今日を記憶として大事にしたまま、出勤するであろう。」(196頁)「今日の記憶」という異なる地平のスポットライトを受けるようになった時に初めて日常の暴力の繰り返しさえもいっそう如実に露わになるという事実が、ここで確認されるからである。その点から考えれば、後回しにしておいた「暴露と告発」についてもう少し検討すべきだが、その前に「政治的正しさ(political correctness)」問題について少し検討したい。

この言葉は、大体不意の現実における直接的な暴露と告発が文学または芸術の領域において起こせる、あるいは起こすと看做される逆機能を批判するために動員される傾向があり、文脈上「政治的正解主義」に近い意味として使われたりする。ところが、「政治的正しさ」フレーム内では、「書く人」が何のために書くのか、また「読む人」がなぜ読むのかなどの問題が「美学のための美学」の問題の中へ吸収されてしまう。正確にいえば、「既存の言語では表現できなかった美学現象を予想し、悩む契機」を逃してしまう。それゆえ、それ以後の議論は再び「私たちの」美学vs.政治、自律性vs.社会という方式に縮小され、空回りする様相を見せたりもする9。言い換えれば、「政治的正しさ」は大体いつも少なく語るということである。「政治的正しさ」フレームの美学的不毛性をこのように指摘しながら、金美晶は最近論難となってきた『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ、民音社、2016)を積極的に擁護する。「この小説の読者はこれまで代弁されてこなかった自己を読みたいのである。10」読者の変化に着目した彼女がこの論文で強調しようとしたのは、漸増する政治的・文学的代議不可能性である。彼女はrepresentationの辞典的重意性に基づいて政治的代議と文学的再現を果敢に重ねて書く。代議政治制度と直接民主主義的要求との拮抗を根拠に文学的再現の位相を尋問することが、理論的飛躍ではないか、読者が「これまで代弁されてこなかった自己を」『82年生まれ、キム・ジヨン』において読んだのであれば、この作品こそ典型的な代議・再現装置ではないか11と疑問を提起することができよう。何よりここでいう「既存の言語では表現できなかった」や「私たち同士」のような範疇が、彼女の前提することほど自明でない可能性があるという慎重さがこの論文にはあまり見られない。

しかし、このような反論が度々中心を失い、滑っているように見えざるを得ない理由は、一次的に彼女が「誰も私を代弁することができない」という集合的覚醒として、「フェミニズム・リブート」をはじめとする「足元の動揺」を積極的に受け入れ、「私たちが経験したことのない変動の始まり」を予告し、その中で自らを企投することに「決め」たという事実に起因する。彼女は「足元の動揺」が「非可逆的事実」であることを断固に宣布する。「非可逆的事実の前に選択肢は何があるだろうか。まったく聞こえても、見えてもないこととしてとらえ、躊躇するにはすでに逃した時間が短くない。12」それゆえ、その「足元の動揺」はある次元移動を必然的に強制する面がある。直言すると、社会的・文化的資源と権力の革命的再分配の必要性、またはその切迫した必然性を−とくに、ジェンダー不平等を中心に−強調しているこの論文において、何を言うのかと同じくらい重要な争点はどこに立っているのかであり、大半の文脈において後者は前者に先行する。

このような次元移動に一緒に参加することにすれば、最近文学に登場した暴露と告発の直接性についても「政治的正しさ」にまだ回収されない他の討論の可能性が開かれる。対話そのものの語用論的条件と状況が変わるからである。例えば、「何も」においてオラフ・ハウゲ(Olav Hauge)の詩「新しいテーブルクロス」またはアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(A. Saint-Exupéry)が「星の下に敷かれているクロス」に比喩したという「平らな高原」(205頁)をもって暗示しようとした、一種の「リセット」を通じた認識と実践の地平転換は、例の暴露と告発に対して新たな検討を求める契機になったりもする。発話者が立っている社会的位置に注目した尹イヒョンの短編「小さな心同好会」(『小さな心同好会』文学ドンネ、2019、以下頁数のみ表記)は良い例である。

この作品は「小さな心vol.1」という本をつくるために集まった人々、本を読んで文を書く女性たちに関する話である。彼女たちがなぜ本をつくるのかは、次のように明らかである。「私たちの初めての具体的目標は、子どもを預けて参加したい政治的集会に参加することであった。そのために各自の立場と考えを書いて集めた本が必要であった。それを私たちの集会への参加を阻止する人々に読ませよう。説得しよう。彼らを、そして『果たしてここまでして必ずそこに参加しなければならないのか』と頻繁に呟こうとする私たち自身を。」(12頁)作品の導入部において「各自の立場と考え」を代弁する「私」キム・ギョンヒの内的独白は、この短編を力強く牽引する白眉の一つである。女性の現実における桎梏を告発する声は、直接的かつ煽動的であり、反論の余地のない信念で満ちている。煽動性と信念が直ちに反美学になるわけではないが、この作品がまさにそのような例でもある。そして、この右顧左眄しない文体内へ現実が殺到する。

 

私たちはバイリンガルである。私たちの言葉は、半分は自分のものであるが、半分は私たちを苦しめる人々のものである。私たちはしばしば喧嘩する中で喧嘩する対象を弁護し、諦めてしまう。その後、怒り、辛い気持ちになって、自身を責めてついに傷付けたりする。いくら嫌でも私たちの口からはしきりに「おばさん」という言葉が出てしまう。私たちが私たち自身を卑下するその言葉が。
そのようなことが嫌だった。そこで目標を決めた。もうこれ以上自分自身を苦しめることはやめよう。(12頁)

 

「小さな心同好会」という名称、本または旗は、広場のどこかの別の場所に「大きな心」でつくられた本陣が別途あるだろうという漠然とした仮定と決別した人々の様式であり、かつ決して抜け落ちることのできない自身の位置に対する確認であろう。しかし、「足元の動揺」に自身を任せた彼女たちの位置確認が必ずしも順調なわけではない。彼女たちは言う。「文に書き残したら、ちょっと変です。私たちが本当にこのような人なのか?(・・・)私の言語で正確に「私」を表現することができないんです。ああやってもこうやってもなんかちょっとぎこちないんです。」(17頁)この部分は、話者の「私」が古くからの友人であるカン・ソビンと別れた理由が提示された直後に登場する。結婚して子どもを持っており、小説家の夢を諦めた「私」は、イラストレーターとして最近名声を得ている非婚女性のカン・ソビンに肖像画をプレゼントされる。ところが、返礼しようとする「私」にソビンは自身の話を題材にした小説を書いてほしいと求めてきたのである。この出来事は、「私」が自身の劣悪な社会的存在条件を強烈に、かつ辛く喚起する契機になったと思われるが、とはいえ、ソビンとの決別が「私」の劣等感のためだけだったとは言い難い。友人が自身の夢を取り戻してほしいと願ったカン・ソビンの善意は、事実上彼女の考える「私」の姿を実際の「私」に強要し、命令する行為のように作用したからであろう。それゆえ、彼女たちの決別は彼ら各自の人生の持つ経験的違いを構造的に位階化する社会文化的力学と、そのような力学がそもそも存在しなかったかのようにイデオロギー的に無意識化してしまったカン・ソビンの「善意」があいまってつくられた合作品といえよう。ところが、カン・ソビンも「正常な家族」を追求する既婚女性との関係の中で、「私は実際いつも付き添い人にすぎなかったという」(18頁)疎外感に苦しんでいたので、「私」は彼女を非難することもできない心理的二重拘束状態に束縛されてしまう。「鋭くて冷たい刀が心を切ってしまうと、温かいスチームタオルがそこから流れる血を拭き続けているようであった」(19頁)という文章以上に、そのような二重拘束状態を強烈に喚起するのは簡単ではないだろう。

偶然にもカン・ソビンが「小さな心同好会」の本づくりに参加するようになり、彼女の結婚と妊娠の話を聞くようになった「私」は、完成した本とともに生まれてくる子どものためのプレゼントを渡したが、その場から帰ってくる間ずっと二重拘束に苦しんだ。「ソビンにまた会えて本当に嬉しかったし、ソビンが本当に憎かった。」(21頁)ところが、ここに亀裂を起こす契機はどこか釈然としない面もある。同僚の伝言を通じて、カン・ソビンの稽留流産について知るようになった。このような設定がなぜ必要だったのか。「私」は「行く所々に血痕の残る女」(21頁)の話を小説として完成させ、ついにソビンからの昔の要請を成就したが、結婚後「私」の前轍を踏むようになったソビンは結局出産に失敗することによって、彼女たちの間の位相差は消されるか、転倒される。見方によれば、これは例の社会体制のまだ変更されてない力学内で作品の無意識が行う象徴的処罰のように見えたりもする。では、二人の間はある程度公平になったのだろうか。しかし、続く話は違う方向の解釈を開いてくれる。最後の集会シーンで二人は結局邂逅する。やはり話者の声である。

 

3回目に旗を発見して近づいた時、そこにその人がいた。寒風で頬が赤くなり、足をバタバタしながら、他の人たちと一緒に。(・・・)
ソビンが微笑みながらカイロを差出した。
私はそれを受け取って両手で包んだ。私が寒かったということ、非常に寒かったということを、その時やっと気付いた。(23頁)

 

作品は、まるでそのような傷を負っていなかったら、ソビンが「私」に真に共感することはできなかっただろうと、あるいは逆に「私」がソビンを受け入れ難かっただろうと仮定するようである。ソビンに与えられた治癒者としての資格は、他のものと比較したり、交換できない固有の傷を所有することによって与えられたものである。ソビンと「私」は社会的位置の差を消すことによって、「公平」になったというより、従来の間隔を維持し、保つものの、まったく違う原理の介入を通じて、そのようになっていく途中かもしれない。何より作品のこのようなシーンが「正常な家族」のケア労働によって、自己実現の機会を剥奪された既婚女性の「私」と、社会的に成就した非/婚女性のソビンの間を分ける位階イデオロギーを、治癒される者と治癒者の間の相互認定と信頼のネットワークに交代しているからである。作品は外見では何も変わってないように見えるが、実は根本的に変わってしまった各自の位置と関係を言葉のない行動で見せているが、キャンドル革命のシーンを背景に「私」の心で起こる跳躍の瞬間を、作品は次のように意味深長に見せる。

 

誰かが叫んだ。あっちへ行きましょう!人々が走り始めた。秩序整然としていたが、速かった。私には速すぎた。
深く考える暇もなく私も走った。このようなことだったのか。このようなことだったんだな。実際は大したことでもなかったが、だから大したものだったんだね。なぜか笑いが出て、涙も出ようとした。最初はこのようなことがこんなに不慣れるまで放置しておいた私自身にすまなかったが、スローガンを一緒に叫ぶなかで少しずつ私が本当に大統領を退陣させるために、この場に出てきたのだろうかと気になってきた。これが私の限界なのか。ハードルなのか。(22頁)

 

「何も」の「もっと行ってみようか」と出会うこのような跳躍の契機の前で、作品は初めて自身の位置を再構成しながら「実際は大したことでもなかったが、だから大したもの」だった目の前の「ハードル」一つを乗り越えていく。

 

4. 誇りと恥、そして次

 


「存在を決めるある連続的なパターンは、いわゆる存在の仕組みとしての体質といえるが、その時の体質とは生まれ付きのものではなく、社会から習得したものである。逆に考えれば、個々人のそのような体質が社会の体質―英語で「体質」(constitution)に「憲法」という意味もあるように―を構成することでもある。それゆえ、この絡み合っている体質を変えることが革命になるのである。」13このように簡単で意味深長な革命の定義を見ていると、「実際は大したことでもなかったが、だから大したもの」だったという表現の含意が当該作品の脈絡以上に豊かにみえ、私たちの日常の至るところで起こっている大小の変化を改めて注目するようになる。もちろん逆に「変化が始まる時『今のまま』がどのようなものなのかいっそう明確になる」14ということもできよう。このような時にその「絡み合っている体質」または「今のまま」の実状と来歴を追跡してみようとする文学的試みが現れるのは自然であり、それもまたキャンドル革命が創り出した真理工程の一環といわざるを得ない。そのような作業の時空間的下限に線が引かれるのが大体1987年民主化頃であったという点も納得できる。なぜならば、今日「キャンドル革命の特別な意味は過去の民衆抗争・市民抗争とは違って、手続き的・形式的民主主義がある程度定着されたという認識が支配的な状況において、再び民主主義と国民主権を叫ぶ大規模の市民抗争」15として行われたという点にあるからである。要するに、「手続き的・形式的民主主義がある程度定着されたという認識が支配的な状況」でなかったら、一切提起されなかったか、それとも提起されたとしてもこれほど強烈に提起されることはなかったはずの議題が、むしろ87年民主化以前の時期を「歴史」にしてしまった傾向があるという意味でもある。キャンドル革命が87年憲政体制がつくっておいた枠内での合憲革命だったという事実ももちろんこれと無関係ではない。

黄貞殷の「何も」も最初の政治的目撃談として「その年6月の数日」(215頁)をリアルに伝える。「目や頬はこすりすぎて赤くなったまま腫れた彼らの顔を見て、キム・ソリと私は母と父がどこかで悪いことを経験し、たくさん泣いたのかなと恐怖を感じたが、両親は二人とも楽しそうだった。彼らはあいつら、あいつらと言いながら爆笑し、互いを見ながら笑って当惑したりする私たち姉妹を見ながらも笑い、顔が痛いと笑い、あまりにも激しく走りすぎてふくらはぎが痛いと笑った。」(216頁)作家はこのように「その年の6月の数日」をあふれる喜びと誇りの日々として描く。しかし、その他のいかなるシーンでもそのような気分、感情は再演されない。「私」の政治的原体験というべき出来事は1996年延世大学韓総聯事件であり、それは喜びや誇りどころか、恥と侮蔑のトラウマになったからである。孤立から解放された「私」に父親は言う。「あんたたちがデモする理由がどこにあるのかと、彼は苦しみながら言った。今は独裁ではない。全斗煥も刑務所に入る時代である。名分もない。旗を持ち上げるな。デモに参加するな。北朝鮮に行くとでしゃばるなんて。アカがやることだ。」(217-218頁)誇りと恥の明確な対照の中で当時の社会情勢を鋭い陰画(ネガティブ)に表すこのシーンは、キャンドル革命以前まで韓国社会に存在していた革命的想像力が大体6月抗争を契機に形成され、90年代後半「アップグレード」または「ダウングレード」を終えたバージョンであったことを暗示してくれる。当時の韓総聯を依然として支配していた全民抗争路線、つまり学生運動が先頭に立てば、労働者、農民が連帯し、ついに良心的市民層が後方で結合することによって、革命・闘争を果たすだろうという路線は、むしろ学生運動組織の内部弛緩と社会的孤立を招いた。延世大学で起こった韓総聯事件は、このような弱い連帯関係に深く入り込んだ公安政権の故意的過剰封鎖によって恥と外傷の記憶へ転落しており、これは1998年現代自動車労働組合のリストラ反対闘争とともに「誇りの時代」を黄昏に導いた象徴的契機となった。

金成重の最近の短編「チョン・サンイン」(『創作と批評』2019年夏号、以下頁数のみ表記)は、「韓総聯最後の世代」である主人公を立て、1990年代後半と現在とを対面させ、その中身を理想主義者だったある先輩に対する回顧で埋めていく。後日談系によくある構成を繰り返しているようにみえるが、単純な復古的享有ではない。社会文化的感受性のはらはらさせる分岐を鋭くとらえた次のシーンは興味深い。

 

韓総聯の最後の世代であるジュヨンは強力な予感にとらわれた。先輩たちの武侠小説のような時代が幕を下ろし、こちらをしきりに覗き込んでも「今日で旗を下ろす」のような話しか聞こえてこないことを。心の中に幻滅なのか、失望なのか、よくわからない霧が立ち上がったが、ジュヨンは、それが嫌いではなかった。その中キャンパスを「キャン」と縮めて言う先輩の話を注意深く聞いたが、キャンパスはキャン、共産党宣言は共宣言、マルクスは当然マッス。このように縮約語を使えば何というか、その世界に親近感を持ちながらも専門的に向かい合う感じがする。キャンパスをキャンと呼んだら、平凡な大学街が一つの陣地のように丸く固まるようであった。(114頁)

 

革命的理想主義の残余物がむしろ所属感の獲得を通じた自己啓発心理に動機を与える、このような中途半端さの中で、作品が核心的に探究するテーマも時代錯誤の惹起する「恥」である。社会科学サークルに参加した主人公が討論時間にラジオを付けておく慣行に疑問を呈したら、盗聴のためだという答えが返ってくる。「デパートで流している国民体操の音楽と同じくらい不条理劇のようですよ。マルクス云々しながらキム・ゴンモや緑色地帯の歌を聴くのがどんなにおかしいかわかりますか。不自然なことはですね、恥ずかしいことですよ・・・」(123頁)おそらくその恥に関するものと思われる先輩の原稿を渡され、主人公は「またバトンを継承された気分に」なって外から聞こえてくるデモ隊の喊声を聞く。「考えの髄鞘が揺れ、ジュヨンはあの喊声の中に入っている他のデモ隊の姿を、各自の銀河へ旅立つデモ隊の姿を思い浮かんでみた。ジュヨンは最も遠い未来へ飛んでいき、彼らを眺めてみたいと思ったが、盗聴されるはずのないこの心を誰かにバレてしまうような気がして、ぱっと立ち上がった。」(133頁)作品は、1990年代以後社会的に構造化された恥と武力の体質が今ここでどのように更新されているかを見せるより、その曖昧な契機を―外のデモ隊は誰なのか―浪漫化するところに止まる。それは、作品の限界かもしれないし、読者の前に置かれたハードルかもしれないが、ともかくそれはその恥が私たちにとって何だったのか、そしてその次は何なのかを再び問わざるを得ないようにさせる。次を問うということ。いつもそれが最も重要である。

 

訳:李正連(イ・ジョンヨン)

 

 

  1. キム・ゴニョン「今、交差するクィア叙事が拓く時間」『文学トンネ』2019年冬号、110頁。本稿は、最近韓国文学でクィア-フェミニズムの交差性に関連する主な争点を明瞭でかつ幅広く浮き彫りにしており、良い参考になる。
  2. 前掲書、124頁。
  3. キム・ヨソプも「『私たち』という一つにまとめられていた経験をこれ以上信頼することができなくなった際、私たちは各自の『私』に戻る」とし、キャンドル革命から「排除」された存在を強調する。「それ以後の人々:韓ジョンヒョン・黄貞殷小説と多元化した世界」『文学と社会 ハイフン』2019年秋号、149頁。キャンドル革命をどのように解釈するにせよ、「私たち/私」「共同体/個人」のような見慣れた図式を振り返すことは再考する必要がある。
  4. 「広場で爆発する知性と明朗」『現代文学』2018年4月号。本稿は連載「何も」を「勝利した広場が看過した声を引き上げ、形式的な転換点を見せる小説」(339頁)として読解する。
  5. 田己和「また黄貞殷」『創作と批評』2018年秋号、342頁および脚注8を参照。
  6. 梁景彦「戦いと希望」『安寧を問う方式』創批、2019、165頁。
  7. 李南周「三・一運動、キャンドル革命、そして『真理の出来事』」『創作と批評』2019年春号、64頁。
  8. アラン・バディウ『倫理学』イ・ゾンヨン訳、ドンムンソン、2001、同上論文64頁を再引用。
  9. 金美晶「揺れる再現・代議の時間」ソ・ヨンヒョンほか『文学は危ない』民音社、2019、238−39頁。
  10. 同上、248頁。
  11. このような疑問は結局何がより良い、再現らしい再現なのかに関する問いを必然的に召喚する。
  12. 同上、258頁。
  13. 韓基旭「主体の変化とキャンドル革命」『創作と批評』2018年冬号、24頁。
  14. 黄静雅「社会の基準はすでに変わった」『創作と批評』2018年春号、2頁。
  15. 李南周、前掲書、65頁。