アメリカの金融覇権の動揺と新保守主義的軍事化

特集|アメリカという我々の難題

 

 

 

全鋹煥(ジョン・チャンファン) jch6577@hanshin.ac.kr

 

ハンシン大学国際経済学科教授。主要著書に『アメリカ式資本主義と社会民主的代案』(共著) 『危機以降の韓国資本主義』(共著) などがある。
 
 
 

1. はじめに

 

 

2000年代初頭にアメリカはこれまで経験したことのなかった二つの危機に直面した。一つは90年代に高成長―高株価―低失業―高賃金―高生産を謳歌したアメリカの「新経済」が2000年3月、IT・株式のバブル崩壊をもって終わりを告げたという事実である。90年代の株式に対する熱気は1920年代末の大恐慌直前の株式ブームを上回るものであっただけに株価暴落によるショックもかなり大きかったであろう。もう一つはソ連の崩壊以降、「孤独な覇権国」となったアメリカが他の強大国ではなく単なるテロ集団ごときに攻撃を受けたという事実である。アメリカを象徴する二つの高層ビルが飛行機テロによって崩壊された9・11同時多発テロ(以下、9・11)がアメリカ国民に与えた衝撃は想像を絶するものであった。

ここで我々が注目すべき点は、これらの二つの危機がそれぞれ新自由主義的金融化と新保守主義的軍事化と密接に関係しているという点である。IT・株式のバブル崩壊は株主価値の極大化を至上目標とする金融資本主義と新自由主義的金融化の内的矛盾が劇的に表面化した事件である。9・11は80年代から影響力を拡大し続けてきた新保守主義者等が軍事化を中心にアメリカの対外政策決定において核心勢力として登場する切っ掛けとなった。さらに注目すべき点は新自由主義的金融化と新保守主義的軍事化傾向が当分の間、強化されるであろうという点である。従ってこれらの両傾向は今後アメリカ経済の変化とアメリカの対外政策を理解するにおいて極めて重要であろうと思われる。

この論文では過去6、7年間アメリカ経済がIT・株式のバブル崩壊による衝撃に対してどのような方法で対処してきたのか、さらにその過程においてどのような構造的な問題に直面しているかを明らかにしたいと思う。また同時に9・11以降多くの注目を浴びている新保守主義者とはどのような考えと論理を持っており、且つ彼らが重視している軍事化が対内外的に果してどのような危険性を孕んでいるかを考察してみたいと思う。

 

 

2. バブル崩壊以降のアメリカ経済

 

 

IT·株式のバブル崩壊と構造調整

90年代のアメリカの「新経済」はIT部門への投資ブームと投資収益に対する過度の楽観主義、そしてIT関連株に対する盲目的な投資ブームで特徴付けられる。1995~2000年にかけて IT投資が実質ベースとして23.8%と暴騰したのは情報通信市場においての幅広い自由化処置やインターネットの急速な普及などが大きく作用したのが、それと同時にIT部門の技術革新と価格の値下がりも大きな影響を与えた。その結果、情報通信関連企業の業績が好調の波に乗り、技術株を中心に株価が上昇し始めた。

しかし株価上昇を決定的に加速化させたのは金融化された経営エリート等の株主価値極大化経営と資本(株式)市場特有の内的な論理であった。 1990年代のアメリカの高株価形成メカニズムに関する詳細な内容は 全鋹煥(ジョン・チャンファン)の「新自由主義的金融化と金融主導の資本主義」、『社会経済評論』 18号、韓国社会経済学会2002 参照。 即ち、企業経営者の報酬において現金の代わりに株式基盤の報酬の比重が増え、経営者は収入及び資産は最大に膨らませ、負債と損失は最小限に縮小しようとする会計捏造の誘惑にさらされた。J.C.Coffee、「A Theory of Corporate Scandals: Why the USA and Europe Differ?」 Oxford Review of Economic Policy、 Vol.21、No.2、2005、202頁。 その結果経営者は革新などを通して企業の長期的な内在価値を高めるよりも短期的な財務業績の改善を通しての株価管理に執着する結果となった。個人投資家だけでなく、機関投資家までも市場の流れを主導する投資家の投資方式を真似る傾向が強まった。

IT過剰投資により企業業績が悪化し始めたにも関わらず企業経営者の短期主義とファンドマネージャーの投資ブームが相まって情報通信関連企業の業績とそれに対する資本市場の評価の間に急速に隔たりが拡大されていった。結果的にIT部門の過剰投資により企業業績が悪化しつつある状況下にてエンロンやワールドコムなどの一連の会計不正事件が重なり、IT投資は急激に減少し始めた。2001年にはIT投資が実質ベースとして 11%、名目ベースとしては17%の減少を示した。このような流れは2002年度にも続きIT投資の増加率が一桁台に留まった。 2004年になるとようやく実質IT投資の増加率が回復の兆しを見せ、二桁(15.6%)台を記録した。

ナスダックの株価指数の変動推移を見ると、90年代の情報通信企業の株価にどれほどバブルが形成されていたかが端的に分かる。1995年1025.1であった株価指数が1998年には2倍(2192.7)に上昇し、2000年3月10日、5048.62と史上最高値を記録した。バブルが崩壊しながら株価指数は1335.5と暴落したのだが、これは最高値の1/4にも至らないレベルであった。最近ナスダックの株価指数(2006年8月2日2061)がかなり回復したとは言われているが、やはり最高値の半分にも及ばない。

このようにIT·株式のバブル崩壊以降、アメリカ経済は急激な投資減少などにより2001年3月から不況に陥った。2001年、アメリカは 1992年以降最低成長率を記録し、2001~03年にかけては深刻な経済沈滞と雇用減少を経験した。ところが興味深いことにアメリカは、住宅·株式のバブル崩壊により10余年間、長期沈滞に苦しめられた日本とは違い比較的速やかにIT部門と株式のバブルを取り除き、2004年以降再び成長率を回復し始めた。2004年には実質GDP増加率が実に4.2%にも至った。

 


「力動的な」資本市場と「柔軟な」労働市場がスピーディーなバブル調整と経済回復に一定した貢献を与えたことをあえて否定するつもりはないが、だからといって全てが米国特有の資本·労働市場のお陰とは言えない。バブル崩壊以降、企業部門、特にIT部門において大規模な構造調整が進められた。この余波として成長率が一定的に回復したにも関わらず、雇用沈滞は深刻であった。2004年3月以降、IT産業において雇用回復の兆しが僅かながらも見え始めたがその内容を覗いてみると非正規労働者の割合が非常に高いことが分かる。さらにインドなど英語圏の第3世界国家へのオフショア・アウトソーシング(offshore outsourcing)の急増はアメリカ内のIT部門の労働市場に非常に不利な影響をもたらしている。なぜならばアメリカでソフトウェアー開発者の時給が60ドルであるのに対してインドでは6ドルに過ぎないため、オフショア・アウトソーシング費用がアメリカ国内に比べ、著しく安いからである。

 

連邦準備制度理事会の金利政策と住宅市場の過熱

 

米連邦準備制度理事会(FRB、以下 連準)はIT·株式のバブル崩壊による急激な経済沈滞を懸念し、2001 年l月から2003年6月にかけて金利引下げを13回も行った。これによって連邦基金金利は史上最低レベルの1%ポイント台にまで落ちたこともあった。当時借入による株の買入れに乗り出した企業が株式のバブル崩壊によって思いもよらぬ莫大な損害を受けると連準は金利の引下げを通して企業の損失負担を和らげようとした。M.Aglietta & A.Rebérioux、「Les Régulations du Capitalisme Financier」、La Lettre de la Régulation、 Janvier、2005、4頁。しかしそれは極端な低金利を通して企業の損失負担を家計へと転嫁したに過ぎなかった。

 

2000年初頭の連準の低金利政策は深刻なリスクを抱えていた。

 


何よりも低金利の基調は家計の借入と家計赤字を大幅に増加させただけではなく、住宅ブームとバブルの形成に多大な影響を与えた。先ず2001年の金利引上げ以降、住宅購入のための家計借入が大幅に増えた。さらに住宅需要の増加により家計の住宅資産価値が一気に上がるとそれと伴って多様な形の住宅融資が増え始めた。2000年度の住宅価格指数を100として算出されたアメリカの住宅価格の推移を見ると、1970年、約 80ほどのレベルから始まり30年間で25%程伸びたことがわかる。注目すべき点は2005年末にアメリカの住宅価格が30年間の平均に比べて約1.5倍程高いレベルでEU地域と共に最高値を記録しているという点である。2006年1/4分岐のアメリカ全域の住宅価格上昇率(前年度比較)も12.5%に達しており地域別にはアリゾナ州の住宅価格の上昇率が32.81%と最も高かった。OFHEO(Office of Federal House Enterprise Oversight、連邦住宅企業監督庁)、House Price Index for the First Quarter of 2006、June 1、2006、12頁、(www.ofheo.gov/media/pdf/1q06hpi.pdf)

 


連準の低金利政策が齎すと思われる二つ目のリスクは、低金利によりアメリカへの資本流入の要因が弱まると財政収支赤字と経常収支赤字を円滑に補填しづらくなっていくという点である。結局連準は2004年6月から連邦基金金利を引上げる方向へと転換してから2006年6月末まで総17回、累計幅としては4.25%ポイント金利を引上げた。連準の連続金利引上げは原油価上昇によるインフレ圧迫と期待インフレ心理の早期鎮火にも大きく作用した。

 

連準の金利引上げ処置にも関わらず長期金利が上昇せず安定的なレベルを保つと、大幅に増加していた家計の長期住宅担保ローン(モーゲージ・ローン)は衰える兆しを見せなかった。 しかし追加的な金利引上げ圧力は低金利時代に借入を大幅に増やしたアメリカの家計にとってかなりの負担となっている。現在仮処分所得比較家計貯蓄率が2005年5月以降12ヶ月間連続マイナスを記録している異常現象とも関連していると思われる。一部の地域では住宅価格も下がり始め、家計の返済負担が一層重くなる見通しである。このような状況下において今後アメリカでは個人消費と成長率が伸び悩むであろうと予想されるのは無理なことではないだろう。

 

 
世界最大の債務国である金融覇権国家―経常収支赤字と財政赤字
 

 

一般的にアメリカは金融覇権(financial hegemony)国家と言われているが、これはアメリカが世界で最も金融が発達した国であるということを意味する。アメリカの資本市場と為替市場の取引規模は世界最大であるだけではなく先端金融技法と金融工学を駆使する大型の投資銀行が広範囲に及んで存在している。さらに機関投資家も資本市場にて多大な影響力を及ぼしている。アメリカが金融覇権国家としての位置づけを確保した理由は先に指摘したように様々な金融·為替市場のインフラも重要な要因ではあるが、やはり国際通貨としての地位を保っているドルが決定的な役割をしているであろう。ところがこのように世界で最も強大な金融ヘゲモニーを握っているにも関わらずアメリカの金融的地位は対外的には世界最大の債務国となっている。なぜこのような矛盾が生じるのであろうか。そして世界最大の債務国であるにも関わらずアメリカが他の国家とは違い債務返済の制約や通貨危機に直面しない理由は何であろうか。

 


2005年アメリカの経常収支赤字が年間8000億ドルを上回り史上最高値を更新している根本的な理由は貯蓄率が極端的に低いのに対して投資率が高いからである。まさにこの国内貯蓄―投資のアンバランスが対外的には経常収支赤字として現れているのである。経常収支赤字のまた違った理由として90年代半ば以降のクリントン(Clinton)政府が固執してきたドル高政策に注目すべきである。ただでさえ消費志向が高く、輸入が増加している状況下にてウォール街周辺の金融資本のためのドル高政策が長く持続するにつれて、財貨·サービスの輸出は抑制され輸入は一層増加した。しかしアメリカの貯蓄率を高め投資率を抑えることは容易なことではない。投資率を抑えるとそれだけ景気鈍化の恐れがあるからだ。これは近頃深刻な投資不振を見せている韓国とはかなり対照的な姿である。

 

このように形成されたアメリカの経常収支赤字はアメリカとは正反対に低い投資率を見せている日本、ドイツ、そして中国、台湾、韓国などのアジア国家の豊富な貯蓄と莫大な経常収支黒字、対米資本投資(流出)によって補填される。特にその中でも中国を中心とした東アジアの対米経常収支黒字と対米資本投資(流出)が圧倒的に多く、特に東アジアの対米経常収支黒字の半分は中国が占めている。

 


アメリカの経常収支赤字の補填メカニズムをもう少し詳細に考察してみると幾つかの事実が明らかになってくる。まず一つ目は国際収支表上に計上されているこれらの黒字国家の対米資本投資(流出)が主に黒字国家の公的機関(中央銀行、財務省など)によって行われているという点である。二つ目は黒字国家の公的機関の対米資本投資が黒字国家へと流出されている民間ポートフォリオ資本と経常収支黒字を合わせた金額よりも圧倒的に多いという点である。そして三つ目の最も注目すべきは黒字国家の公的機関の対米資本投資(流出)が実は黒字国家のドル表示外国為替保有額という点である。最後に黒字国家公的機関の対米資本投資、即ち黒字国家のドル表示外国為替保有額がアメリカの国債や政府機関の債権買入と保有として現れているという点である。即ちアメリカの貯蓄不足と経常収支赤字は黒字国家にて生じた過剰貯蓄が公的機関の対米資本投資(流出)を通して過小貯蓄国家であるアメリカへと吸収されることにより埋められるということである。全鋹煥 「東アジアのドル本位制とウォン切り上げ圧力のジレンマ」、2006(未発表)。

 


一部ではアメリカの経常収支赤字問題を次の二つの理由をもって深刻に見ていない傾向もある。一つ目はアメリカの経常収支赤字はアメリカの産業構造が競争力の高い金融·サービス業を中心に形成されており、軽工業や伝統的な重化学工業、そしてITハードウェア部門の国際競争力は比較的低いため、避けられない現象であるという見方である。二つ目はアメリカの輸入が世界経済の牽引役割を果たしているためアメリカの経常収支赤字の順機能の方が大きいということだ。特に金融及びサービス市場の開放が製造業部門に比べ不振な点、そしてサービス業部門の多国間協商が膠着状態に陥っているという点を考慮すると当分の間アメリカの経常収支赤字を大幅に減らすことは困難であろうという見方が強い。

 


だからといって天文学的な数値で増えている経常収支赤字をこのまま放置することはできないだろう。なぜなら経常収支赤字の補填のためアメリカがより多くの海外資本を引き入れるとなるとそれだけ金利を追加で引上げなければならないからである。金利引上げによりただでさえ家計の借入返済負担が重くなっている状況において続けて金利引上げ圧力が加われば負担は一層大きくなるだろう。それよりも重要なことは金利引上げ圧力が株式市場に与える打撃である。

 


このような事情を考慮しブッシュ(George W. Bush)政府は2002年2月より経常収支赤字を減らすため為替レート調整政策を繰り広げた。即ちクリントン政府からほぼ10年間持続してきたドル高政策を諦めドル安政策を採択したのである。当初はドル安政策を緩やかに進めたが2004~05年にかけては非常に攻撃的な態度で推し進めていった。ブッシュ(Bush)政府のドル安政策はドル本位制と結びついている主要な東アジアの黒字国家に多大な通貨切り上げ負担として作用した。中国、韓国などは通貨切り上げ圧力を緩めるため無理な財政·金融負担を覚悟しながら外国為替市場にてドル及びドル表示資産を買入れた。これがまさに現在の東アジア黒字国家の莫大な外国為替保有額である。

 


現在アメリカ経済において経常収支赤字に劣らず深刻な問題となっているのが財政赤字である。先ほどの表でも明らかなようにクリントン政府時代にようやく達成した財政黒字がブッシュ政府以降赤字となった。その理由は2001年と2003年にそれぞれ断行されたブッシュ政府の大型減税ブッシュ政府は2001年執権直後所得税の引下げと相続税の撤廃、2003年度には配当税の引下げなど大型の減税案を引き続き発表した。によって税収が減少したのに対して9·11以降政府支出が急激に増加したためである。 2005年には2001年のブッシュ執権以降初めて財政赤字が前年度に比べ減少したが減少傾向が 2006年まで持続することはなかった。

 


このように財政赤字が再び増加し始めた裏には何よりも歳出増加が大きく作用したのであった。まず2006年のイラク戦争など、対テロ戦争費用が前年度比較20%ほど総額された。次に2005年アメリカの中南部地域に発生したハリケーン被害による復興費用が急激に増えた。そして最後に高齢者を対象としたメディケア(Medicare)と低所得層を対象としたメディケード(Medicaid) など、医療保険費の支出が前年度比較11.4%増加した。さらに2006年1月よりメディケードの対象に処方箋薬価も含まれ医療保険費の支出は一層増加する見通しである。

 


全体的に今後アメリカの経常収支状態は短期的にはテロとの戦争に必要な軍事費、中期的にはブッシュ政府の減税延長の可否、長期的には年金·医療保険財政によって左右されるであろう。しかしブッシュ政府の任期が残り3年であると見た場合、財政赤字の縮小の鍵はテロに対する軍事費支出をどれほど減らすことができるかにかかっているということは容易に想像できる。
 
 
 
年金·医療保険の財政負担の増大と社会保障制度の民営化計画

 

最後に年金·医療保険の財政状態も穏やかではない。その理由は1946~64年に生まれたベイビーブーム世帯がこれまでは殆んど社会保障税の納付者であったが、2008年からは公的年金給与の受給者となり、さらに2011年には高齢者を対象とした医療保険(メディケア)の受給資格を確保するためである。即ち近年までもベイビーブーム世帯の殆んどが現役として社会保障税を納め、これを財源として比較的少数である退職世帯が年金給与を受けていたため年金財政が 1700億ドルの黒字を記録した。しかし2008年以降はベイビーブーム世帯の内、納税者よりも年金受給者の比率が徐々に増え、年金財政に圧迫を加え、年金財政収支が悪化するであろうことは言わずと知れた事実である。これに対するシミュレーションの結果はマクロ経済の条件に対してどのような過程を行うかによって多少の違いは見られるが、保守的なシミュレーションの結果を見ても2020年からは年金財政が赤字となることが予想される。

 


このような状況を打開するため、ブッシュ政府は早くに社会保障制度(公的年金制度)の改革に関心を示した。特に執権2期に入り年金制度の改革を最優先的に推進するということを明らかにした。現時点で出されている社会保障制度改革の具体的な方案を見てみると、先ず個人勘定を導入し、加入者の判断に従って給与の12.4%に該当する社会保障税、特にその中でも一般労働者の負担となっている6.2%のうち、一部(4%ポイント)を自らの個人勘定に積立てるようにするという方案である。そして二つ目は特に注目すべき点であるが、その個人勘定の積立金を株式に投資可能にするということである。

 


しかし問題はそれほど単純ではない。まず現役世帯の納税により退職世帯の給与を補っているような現在の賦課方式(pay‐as‐you‐go system)において現役世帯の負担している社会保障税の一部が積立式個人勘定に流れ込むとしたら既存制度下で受け取る年金給与は減少する。それだけでなく、賦課方式の既存の制度にて支払うべき年金給与金額を全額支払うことのできない積立不足状態が生じるであろう。つまり賦課方式の現公的年金制度の下、積立式個人勘定を新たに導入すれば制度導入初期の追加的な財政負担は避けられない。いわゆる移転費用が当初10年間1兆から 2兆ドルへと増加すると考えられる。減税と財政赤字の縮小を至上目標としているブッシュ政府としてはかなりの負担と言えるだろう。

 


一種の社会保障制度の民営化ともいえるこの改革案は二つの面で以前の社会保障制度とは大きく異なる。先ず一つ目は世帯間の相互扶助と世帯間のバランス原理を廃棄する代わりに所有者の個人的な利害を前面に押し出すという点である。二つ目は個人勘定に限り株式投資を容認することにより社会保障制度に金融収益性論理を明確に導入したという点である。これにより80年代以降急速に拡散していった金融化と金融収益性の極大化(株主価値の極大化)論理が一層強力な力を発揮することと思われる。

 


ブッシュ政府の年金改革が予定通りに実施された場合、最も得をするのは庶民の年金貯蓄を株式市場へと引き入れ莫大な収益を得ようとするウォール街勢力であろうことは明白である。実際、彼らと関係の深い共和党議員等が年金給与削減に対する国民の反感を恐れ、このような社会保障制度民営化案に露骨には賛成できずにいるが、内心積極的な支持をおくっていることは言うまでもない。
 
 
 

3. 新保守主義の台頭と軍事化の危険

 

 
90年代初頭、ソ連の崩壊により戦後40年間に及ぶ冷戦体制が終わりを告げただけでなく、それ以降アメリカ経済が「新経済」時代を謳歌したにも関わらず世界の政治経済は自由主義者の予想と反して経済的繁栄と平和よりは一連の経済危機と政治軍事的紛争へと向かい始めた。90年代、約10年間に及ぶクリントン政府時代にアメリカの軍事的武力介入が過去40年間に及ぶ冷戦体制時代よりも多かったC.Serfati、「Armed Globalisation」www.internationalviewpoint.org、October、2002。という事実は新自由主義的金融世界化と金融自由主義の下での多様な形の統制不可能な紛争と局地的戦争が大幅に増加しているという事実を端的に物語っている。結局アメリカヘゲモニーの二大支柱である新たな金融資本と90年代の構造調整の結果として大型化した少数の軍産複合体の連合支配は繁栄と平和よりは経済危機と戦争脅威を促す結果となってしまった。アメリカが新たな世界無秩序を管理しなければならないという口実のもと、軍備強化に力を注いでいるのもこれと関連したものであろう。クリントン政府末期に現れ始めたこのような傾向はブッシュ政府に至っては究極に達した。クリントン政府のもとで影響力と発言権が一定レベルに制約されていた新保守主義者が9·11をきっかけとして前面に浮上しながらアメリカは軍事化と帝国(empire)追求へと向かい始めた。

 

 
ブッシュ政府と新保守主義的対外政策

 

クリントン政府とは違いブッシュ政府は伝統的な親共和党系の大企業、新保守主義的なシンクタンク、キリスト教根本主義者などの指示を背景にD.Pountain、「The Peculiarities of Neo‐Cons」Political Quarterly、Vol.76、No.2、April、2005、302~3頁。二回連続の執権に成功した。ブッシュ政府の中心支持基盤の一つであるキリスト教根本主義者は盲目的な愛国主義、さらには妊娠中絶と同性愛者の結婚に反対する家族重視の伝統を強く堅持している。キリスト教の根本主義者と共にブッシュの二大支持勢力の一つが新保守主義者である。新保守主義者は小さな政府を固持している自由主義者と伝統的な保守主義者を批判しながら、巨大国家を管理できる勢力として共和党を改造しようとしている。伝統的な保守主義と新保守主義の違いに関しては A.Wolfson、「Conservatives and Neo‐conservatives」Public Interest、 Winter、2006、 43~44頁参照。 従って彼らは強力な軍事力を備えた大きな政府を望んでいる。そして伝統的な保守主義者のように過去の伝統に対して憧れやノスタルジアーを特に感じはしない。伝統的な保守主義者は20世紀現代のアメリカ生活に嫌気を感じ、過去の伝統と文化から癒しを得ようとしている。一般的に彼らはバーク(Burke)的な保守主義と呼ばれている。 さらに彼らは失業や景気沈滞、福祉の衰退など、経済問題に比較的関心がなく政治を最優先としている。特に彼らはアメリカ的価値とアメリカ式民主主義に最高の意味を置く。さらには世界平和と安全のためアメリカ式民主主義の全世界への拡大がアメリカの対外政策の核心となるべきだと考えている。従って新保守主義者にとっては新興市場国家や体制転換国家に「民主的」国家形成を誘導することが何よりも重要となる。

 


東欧·ソ連の崩壊以降、アメリカ中心の単一支配体制が登場した以来、ブッシュ政府は多国間主義的な秩序や国際的ルールを重視するよりも一方主義の方へと向かっている。実際彼らは多国間主義に基づいた国際条約や協約をアメリカの主権と武力行使を制約する障害物として考えている。G.Ikenberry、「The End of the Neo‐Conservative Moment,」Survival、 Vol.46、No.1、Spring、2004、15頁。 多国間主義は強者の武器というよりは弱者の武器であるため多国間主義とルールではなくパワーに基づいた国際秩序がより望ましいという見方だ。

 

これに関連して新保守主義者は国際秩序においてマキャべりの忠告を再度強調している。言い換えれば彼らはアメリカの敵対勢力がアメリカを確実な恐怖の対象として受け止めるべきであるのに、9·11以前アメリカを恐怖の対象として見なしていなかったとしている。このような観点から見ると、ブッシュ政府がイラク戦争を通して復元しようとしているのは他でもないアメリカに対する確実な恐怖である。しかし特定国家や集団に恐怖を与えようという態度は非常に近視眼的で危険な戦略である。果たしてイラク侵攻の効果が彼らの期待ほどイランと北朝鮮に伝わっているかは非常に疑わしい。却ってこれらの国はアメリカの脅威と圧力に核兵器保有などの軍需力強化をもって対応しており両勢力間の葛藤と対立は一層高まっている。

 


このような状況にあってもブッシュ政府はテロとの戦争宣言を通して先制的予防戦争を正当化している。即ち全世界に散在している反米国家(いわゆる「悪の軸」「不良国家」)、反米勢力、そしてテロ集団がアメリカに直接的な脅威として浮上する前に軍事力をもってその根から除去してしまおうということである。さらに新興市場国家や体制転換国家、不良国家など非民主主義国家において民主主義を進めるために経済発展という長期的で間接的な手段ばかりに頼らず必要な場合には軍事力を行使すべきだと主張している。もし国際法やUNのような超国家的機関がアメリカ的な価値とアメリカ式の民主主義を拡散するにおいて妨げになると判断された場合、ためらわず無視するよう要求している。

 


9·11以降、2002年10月に過去10余年間新保守主義者によって提起されてきた主張を公式的に集大成した「国家安保戦略報告書」(NSS)が発刊された。驚くことにこの報告書はアメリカが圧倒的優位にある軍事力を一方的に行使することを正当化している。アメリカの対外政策は国益のためならば何の制約もなしに軍事力を行使できるよう推進すべきだということである。こうなるとアメリカの防御目的や最後の手段としての戦争を行うということを期待することは難しいであろう。J.Bacevich、「Requiem for the Bush Doctrine」」Current History、December、2005、411頁。 また同時にアメリカは全世界平和の見張り役であり、アメリカ人は平和を愛する国民であるという彼らの主張は説得力を失うことになる。

 


アメリカの一方主義に基づいたイラク侵攻は最初から多くの試練と抵抗に直面した。その結果、前述したように、イラクの再建費用が当初の予想よりも遥かに上回っており、これはアメリカとしては大きな負担となり得るしかない。それだけでなくアメリカの一方的なイラク侵攻はイラン、北朝鮮など、アメリカが目をつけている他の大量殺傷武器保有国に一層多くの軍事力と武力の保有を刺激していることになる。見方によってはアメリカの新保守主義者が少数の「不良国家」の軍事力強化とテロ集団養成を促している側面もないわけではない。逆にテロ集団の拡大が新保守主義者の一方的な軍事力行使の主張に力を与えている面もある。このような面において両者は敵対的な共生関係にあると言えるであろう。

 

 
軍事化と帝国の追求

 

ブッシュ政府は超国籍テロ集団との戦争のため軍事化に拍車をかけている。また新たなパックス-アメリカーナ(Pax Americana)の建設のため国防体制の改変も急いでいる。ミサイル防御計画(MD)や朝鮮半島での「戦略的柔軟性」などが全てその一環である。この過程において軍事支出の急増は何ら驚くべきのことではない。テロ勢力を完全に暴き出すことがほぼ不可能とするならアメリカ経済は今後恒久的な戦時経済(permanent war economy)K.Cunningham、「Permanent War? The Domestic Hegemony of the New American Militarism」New Political Science、Vol.26、No.4、2004。の性格を帯びる可能性が高い。

 


周知の通り、アメリカは世界最強の軍事大国である。従って世界で軍事費の支出が最も多い国であることは容易に想像できるが、驚くことにアメリカの軍事費支出はアメリカ以外の上位30カ国の軍事費支出の総額より多い。2004~05年、世界全体の軍事費の総額が1兆255億ドルであるが、そのうちアメリカの軍事費支出が5058億ドルと全体の約50%を占めている。CDI(Center for Defense Information)、The Defense Monitor、March/April、2006、2頁。 また軍事研究開発費の支出においても世界2位のフランスの7倍に値する。この他にも140カ国に存在するアメリカの軍事基地だけでも725ヶ所に及ぶ。S.Collins、「War Without End: The Domestic Economic Fallout of Empire」 New Political Science、Vol.26、 No.3、September、2004、352頁。 少なくとも当分の間は軍事力と軍事費の規模においてはアメリカと肩を並べられる競争国は現れないであろう。

 


ブッシュ政府は2009年に財政赤字を2080億ドル程度に減らすという野心的な計画を立てている。2009年財政赤字がこのように低く推算されている理由はその年の対テロ軍事費支出を0としているからである。その裏には2007年以前にイラク再建をきっぱりと終わらせようという狙いが敷かれている。けれども2005年のようにアフガニスタン·イラクの治安及び再建費用とスパイ活動費が年間約1200億ドルも支出されるとしたらブッシュ政府の財政赤字の削減計画は水の泡となってしまうだろう。従ってブッシュ政府が年頭教書にて約束した通り2009年までに財政赤字を現在の50%までに減らすためにはイラク情勢の安定化とイラク駐屯米軍の早期撤退が鍵である。しかし新保守主義者が対外政策において強力な影響を与えている限り、そしてイラク内でアメリカに対する報復テロとそれに対する鎮圧作戦の悪循環が続く限りイラク情勢の早期安定は困難であろう。イランの核兵器保有に対するアメリカの集中牽制、さらに中東及び中央アジアのエネルギー資源に対するアメリカの支配欲、そしてこれに対するイラン、イラク、シリアなどの抵抗がお互いに絡み合っている限り新保守主義者による軍事化の追及は容易には弱まらないだろう。

 


昨今アメリカの軍事化推進過程において特徴的なのは軍事力の拡充·強化と関連して民間軍需企業の地位と役割が核心として浮上している点である。特に民間の尖端情報通信技術と統合されたコンピューターネットワークが軍需と国防に積極的に活用されている。軍需部門の革新と先端技術の導入は新保守主義者の核心議題の一つと言っても過言でないだろう。A.Kundnani、「Wired for War: Military Technology and the Politics of Fear」 Race and Class、Vol.46、No.1、2004、119頁。

 


また、このような過程において戦争遂行に必要な多くの部分を民間企業への外注へ回しているため戦争遂行時の民間部門に対する依存度が高くなっている。即ち民間軍需契約企業が戦争遂行における人員の補充、軍需品の民間補給と調達、武器の修理·整備·管理、軍人の医療·保険、軍隊の訓練及び諮問、軍隊の保護及び監視、地雷除去など、戦争と関連した広範囲のサービスを国防省に提供している。C.Spearin、「American Hegemony Incorporated: The Importance and Implications of Military Contractors in Iraq」 Contemporary Security Policy、Vol.24、No.3、December、2003、28~32頁。

 


ブッシュ政府はこのような軍事化と帝国追及により対内的に安保·治安国家の性格を大幅に強化することにより権威主義的な統治形態の色を濃くしている。これは 9·11以降、国土安保省を新設し愛国者法案を制定したところからも明らかである。さらに政府関係機関が移民者に対する監視体制を強化するなど、人権と市民的自由が大きく制約されている。結局アメリカ政府のこのような形態は個人に対する国家の優越化と社会に対する国家情報機関の監視·統制の強化という最近の流れをそのまま反映している。この他にも立法機関に比べ行政機関の権限が過度に肥大化し、行政機関に対する議会の牽制と監視機能は非常に弱まっており、特に国防省の軍需契約や予算支出に関する審査と監視がかなり疎かになっている。

 


結局アメリカの軍事化と帝国追及は共和国(republic)の道徳的·政治的土台を崩すことにより民主主義と共和主義の伝統を弱化させることになった。Durham、「The Republic in Danger: Neoconservatism, the American Right and the Politics of Empire」The Political Quarterly、Vol.77、No.1、January‐March,、2006、48頁; R.Khalidi「Iraq and American Empire」New Political Science、Vol.28、No.1、March、2006、134頁。 アメリカはイラク侵攻により共和国から帝国へと完全な切り替えを行った。C.Johnsonはこれを軍事的帝国として規定している。最近は新保守主義者さえアメリカを帝国として規定している。(Durham, 2006)。アメリカのヘゲモニー衰退と関連して帝国を巡る論争を紹介している国内研究としてはベク・スンウク「アメリカのヘゲモニー衰退と帝国」、『世界政治』 春·夏号、ソウル大学国際問題研究所 2005。 実際2003年のアメリカのイラク攻撃を通したフセイン政府打倒は戦争の終息ではなく葛藤の拡散であった。アメリカのイラク侵攻は多くの人命被害を齎しただけでなく一国を一瞬のうちに焼け野原にしてしまった。アメリカが定着させようとしている民主政府と擬制的な自由市場経済が果たしてイラクの人々に平和と幸福を齎すことができるかは疑問である。現在ブッシュ政府はイラク再建に余念がないが、予定通りのレベルと日程でイラクから完全に抜け出せるかどうかは不透明である。再建過程においても米軍の蛮行と虐待、そしてこれらに対するイラクの人々の報復攻撃が続いている。さらにイラク内にシーア派、スニ派、クルド族など主要な種族間の利害関係が余りにも複雑に絡み合っていて新憲法制定を通した再建過程が順調に行くかどうか、一寸先は闇といった感じである。E.Chaplin、「Iraq’s New Constitution: Recipe for Stability or Chaos?」Cambridge Review of International Affairs、Vol.19、No.2、June、2006。 さらにこれらの種族間の問題は隣接国家であるシリア、イラン、パキスタンまでも関連しており局地的紛争と戦争が再発される可能性も省くことができない。

 

 

4. 終わりに

 

 
2000年代初頭、IT·株式のバブル崩壊と9·11テロはアメリカだけでなく全世界を衝撃の渦の中へと陥れた。IT·株式のバブル崩壊は当時盛んであった「新経済」論の虚構を浮き彫りにしただけでなく株主価値の極大化を求める金融資本主義の矛盾を明確に示した。労働者などの企業の主要利害当事者が完全に退けられた状態で流動性と統制を当時に求める株主へ多大な権限を与えたとしても金融化された経営者をしっかりと監視するには役不足である。さらに経営者の報酬が殆んどスットクオプションで構成されている状況下にて企業経営者は短期株価テコ入れを通した経営者の報酬の増大のため常に粉飾決算の誘惑にさらされている。

 


比較資本主義論の観点からするとアメリカは調整型市場経済ではない自由市場経済として区分されるが深く入ると金融主導資本主義又は株主価値の極大化を史上目標としている金融資本主義であることがわかる。また我々が見過ごしてはならぬことはアメリカが全世界に金融ヘゲモニーを握っている金融覇権国家であるという事実だ。極度に低い貯蓄率のもと、世界最大の債務を負っている金融覇権の金融資本主義が金利と為替レートの調整により果たしてIT·株価·住宅価格の急騰と急落(boom & bust)をしっかりと管理できるかどうか心配である。さらに世界最大規模であるアメリカの対外債務をどのように円滑に補うかということも世界経済のホットイシューの一つに違いない。

 


アメリカヘゲモニーのもと、世界経済·政治はアメリカ内の経済·政治よりも遥かに危険で不安である。国益のためには軍事力の一方的な行使もあり得ると煽り立てている新保守主義者がアメリカの対外政策を主導している限り、国際社会は今後も不安を抱え続けるであろう。万が一アメリカの新保守主義者がイラク侵攻に止まらず核兵器などの大量殺傷武器を保有している「不良国家」を打倒するためや、石油及び天然ガスなどエネルギーを支配するためにまた違った攻撃目標を見つけようとするならば全世界は途方もない不安と危険の渦の中へと引き込まれていくだろう。
 

 
 
訳‧申銀兒
季刊 創作と批評 2006年 秋号(通卷133号)
2006年9月1日 発行
発行 株式会社 創批
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