代案体制の模索と「韓半島経済」

特集│新自由主義、正しく捉えて代案を探す

 

 

徐東晩(ソ・トンマン, 1956~2009) 尚志大教授、政治学。主要著書に『北朝鮮社会主義体制成立史1945~1961』『韓半島平和報告書』(共著)、訳書に『韓国戦争』〔原書:和田春樹著『朝鮮戦争』〕などがある。

 

 

1. 代案体制の模索

大統領選挙を控えて進歩改革勢力に対する支持率がそれほどの上昇をみせないなかで、金大中(キム・デジュン)−盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府に対する評価が様々なレベルで行われている。特に経済分野に関心が集中しており、これら二つの政府は市場主義 本稿においても新自由主義より市場主義ないし市場万能主義という用語を使用することにする。これについての適切な説明としては、金基元「金大中―盧武鉉政権は市場万能主義か」、細橋研究所シンポジウム「新自由主義時代、代案はあるのか」(2007.7.13)発題文参照(本誌本号の特集として収録されている ― 編集者)。 の流れに対処することに関しては大きく不足していたとする判断で、多くの論者の意見が一致している。さらには進歩改革的な研究グループおよびシンクタンクでは、市場主義に対処する様々な代案体制を模索する動きが現われている。

これらの模索については、たとえば「生態・平和社会民主主義国家論」「新進歩主義国家論」「労働中心統一経済連邦論」「社会投資国家論」「社会連帯国家論」などをあげることができる ハンギョレ新聞が進歩学界の代案モデルの模索を企画連載として整理·報道し、本稿もこれを土台として扱うことにする。これら内容を見られる著作としては、申栄福·曺喜㫟編『民主化 ― グローバル化「以後」の韓国民主主義の代案体制模型を求めて』(〈一緒に読む本〉社、2006)、韓半島社会経済研究会『韓半島経済論 ― 新たな発展モデルを探して』(創批、2007)、朴世吉ほか『新しい社会を開く想像力』(時代の窓、2006)、進歩政治研究所『未来攻防』2007年3·4月号、イム・チェウォン『新自由主義を越えて社会投資国家へ』(ハヌル、2006) 参照。 。政治的地形からみるなら、こういった模索は概して民主労働党支持ないし与党圏支持だといえ、過去の韓国資本主義論争におけるNL、PD系列の脈を引き継いでいるか、それらの間で中道的立場を標榜しているといえる。

これら諸議論のうち、南韓経済のみを独自的単位で設定する一国的モデルが三つと多数をなしており、そのなかでも南北関係の位置は副次的だ。ところが南北関係に関連して新進歩主義国家論が「韓半島経済論」を、労働中心統一経済連邦論が「統一民族経済論」を提示しているという点で、他のモデルとは対照的である。ここで特に新進歩主義国家論は、韓半島経済論を前面に押し出しつつ南北関係を示す表題をモデルのブランドにするという点で、これを最も重視しているという印象を与える。ただ、中身をみてみると、韓半島経済論ということで、その名称にふさわしく体系の有機的一部として南北経済関係を扱っているかといえば、不足した点が少なくない。むしろ南北経済関係が新進歩主義国家に接合されているという方が率直な感じだ。韓半島経済論はようやく出発したところであり、これから進化していく道のりは今なお遠い状態だからだろう。

これに比べて、内容的にはむしろ統一民族経済論のほうが労働主導型経済モデルの中で、より大きな割合を占めているという印象を与える。これは、統一民族経済論が連邦制に近接した枠組みを、韓半島経済論が国家連合の枠組みを前提しているという点に関わることだろう。ところが統一民族経済論は積極的な意欲と多くの有用なアイデアを含んではいるものの、まだ専門的研究に進むことはできていない状態だ。

本稿では、「韓半島経済論」を主な対象として論じていく。これには、その名称から経済活動空間を中心に「韓半島経済」という分析枠組みを提示した点に重要な意義があり、これを持続的に発展させる必要があるからだ。この立場は白楽晴(ペク・ナクチョン)の「分断体制論」に立脚した南北関係の論理を土台に、統一過程での南北連合を想定している。理論的な基盤をみるなら、自由主義国際政治経済学の経済統合論、新地域主義国際政治学の地域協力論、制度主義経済学の体制移行論、自由主義ないし批判理論の国際関係論などに基づいた総合的研究といえる。

概して進歩学界の性格は経済関係においては偏差があるが、政治関係では韓半島の平和および南北和解·協力の基調にほとんど異見はないようだ。南北経済関係や南北経済統合を扱わないモデルも、少なくとも韓半島の平和を自らが志向する「一国的モデル」が実現されることを核心的な与件として前提しているのだ。また、一国的モデルとはいっても、これらの論理のうち一部は労働中心統一経済連邦論や新進歩主義国家論よりも南北経済関係と一層親和的になる潜在力をもっているものもある。 李廷雨はヨーロッパ型社民主義のモデルが韓国経済にとって最も望ましいと主張し、その根拠として南北問題の解決を勘案する際にも政治地形的には社会民主主義モデルが相応しいとみなしている。李廷雨·崔兌旭「挑戦インタビュー: 韓国社会、市場万能主義の罠にかかる」、『創作と批評』2007年夏号。

 

2.「韓半島経済論」の 課題

先に「韓半島経済論」の意義を積極的に評価してみたものの、この立場は一定の限界を抱えてもいる。韓半島経済論というブランドを前面に押し出すほどに、それは理論的体系や認識的前提を備えているのか、という問題である。韓半島経済論は理論枠組みとして分断体制論を前提としている。しかし、分断体制論の経済的側面、すなわち「分断経済体制論」ないし「分断体制資本主義論」が抜けおちているという限界を抱いている。 朴玄采の民族経済論は、分断経済の克服を通じて統一民族経済を志向するという前提下で分断経済を体系のなかに含もうとする意欲をもっていた。しかし、それが学問的体系として整っているとは思われない。これに関する唯一の研究として在日同胞学者である鄭章淵の作業をあげることができるだろう。鄭章淵『韓国財閥史の研究 ― 分断体制資本主義と韓国財閥』(東京:日本経済評論社、2007)。鄭章淵は南北の経済的断絶のほかに植民地時代に形成された日本との経済的分業関係の断絶もまた「分断体制資本主義」形成の核心的契機とみなしている。しかし鄭章淵の作業も、南韓経済に限定された端緒の段階にあり、北朝鮮経済まで含んで南北全体を包括する体系にはまだ進みえていない。

分断体制論の論理は世界体制、南北それぞれの二つの体制、これを媒介する分断体制など、政治·経済·社会·文化を包括する総体的な次元で構成されているが、その主な関心事は政治的分野だったといえる。韓半島核問題の画期的進展が予想される現時点で、分断体制論が経済分野に拡大されるべきだということは、時期適切な課題だ。

分断経済体制論ないし経済分野の分断体制論は「分断還元論」に流れていかない線で、分断による南北の歴史的経済経路を分別していく作業を意味する。これは経済史的な事実確認および因果関係の整理になるが、総体的な次元において分断による犠牲またはコストを計算して見るということだ。該当時点で一国的経済を乗り越えるのにかかる機会コストを考慮することも、コインの裏表のように切り離すことのできない課題になるだろう。こういった作業は、今後の平和統一過程で念頭に置かねばならない政治戦略との有機的連関の中で南北の経済的連携を復元および形成していく糧になるだろう。

分断経済体制論の土台として特に重視されるべき学問分野は地理学であり、生態学はこれと重なり合いながら新しく結びつけられるべき認識的土台だといえる。まず、分断された南北から韓半島へと経済的·政治的空間を拡大することによる南北の連携に盛り込んでいくべき具体性は、地理学(政治·経済·社会·文化·地域的次元)の「復権」から見出さねばならない。分断とは、もっとも原初的には南北の地理的分節であり、一国体制が自然なもののように見えるように分断が体制化されることによって、社会科学も一国的な学問になってきた。この点でもっとも致命的な影響を受けた分野が地理学であり、分断体制の下でもっとも立ち後れた社会科学分野になったのである。韓国経済学において地理学的思考が自らの位置づけを確立できなかったのも、このような背景が作用したからだ。

韓半島経済論だけではなく、南北経済協力や経済統合論議は、ほとんど全面的に制度改革および統合の次元で扱われてきた。南北の異質な体制と制度を結びつける作業は、当然にしてまた必要なことである。しかし、南北経済協力ないし経済統合は、互いに分離した異なる二つの国家や体制を単に結合させることとは違った性格をもつ。韓日·韓中·韓米の経済関係と南北関係の違いは、南北が歴史的に長期間にわたる分業的連関の中で経済生活が営まれてきた空間だったという点にある。制度と体制の統合次元のみが扱われるのなら、この本質的差異は簡単に無視されてしまう。韓半島経済空間の「復元」ないし形成は、「物質経済」の連携および統合の次元を重視するという点で、経済人類学および経済地理学の観点を要求するのである。

物質経済の次元からみるなら、南北それぞれの経済水準および段階を考慮して水平·垂直的関係を含んだ複合·重層的分業関係の創出のためには、韓半島経済地図の作成が前提とされねばならないだろう。この経済地図を通じて、南北の産業はもちろん自然環境·国土·気候·資源·植生などを総合的に反映した韓半島住民たちの生産と消費生活が把握されねばならない。ここには、市場的連携を重視しつつも、現時点の南北間市場的連携が非常にわずかな水準であるだけに、これを越えた物質的関係が内在せねばならない。現在はグローバル化の流れが国際的分業関係にも圧倒的な影響を及ぼしており、より生産コストの低い地域へと生産設備を移転したり、できるだけ安価な地域で原料や部品を調逹したりするグローバル・アウトソーシングが全面化している。しかし、現時点の韓半島経済地図を作成し、これを土台に未来の韓半島経済地図を構想していくなかで、韓国経済のグローバル・アウトソーシングがどのように変わりうるのかを計算してみる作業は、必ずや通るべき過程である。

また、物質的連携には必ず生態学が結びつけられねばならない。これは、60年以上にわたった分断によってゆがめられた生態と破壊された環境を正すためであるのみならず、地球温暖化といった全地球的生態危機に直面している21世紀の時代的要求でもある。特に、南北の経済的連携が市場論理のみに委ねられる場合、南北の圧倒的経済格差はもちろん、すでに個別的発展を成したそれぞれの独自的単位の問題は、是正されることのないままにその矛盾を一層深化させる可能性がある。市場主義の弊害を是正するめにも経済地理的観点と生態的観点は重要であり、市場主義の支配が及びにくい地点もまさにこの観点の中にある。

冒頭で市場万能主義を緩和するか克服するための代案モデルの模索として、韓半島経済論が提示された点を指摘した。旧ソ連と東欧の体制転換の過程はもちろんのこと、国家管理のもとで体制移行が進められている中国の最近の変化を見る時、南北経済協力および統一は、露骨な市場万能主義が拡がる機会になりやすい。北朝鮮体制は立ち後れた経済水準を成長させていくための開発と、破綻に陥った国家社会主義体制の市場改革化という二重の課題に直面している。北朝鮮体制が外部から押し寄せる激しい市場の圧力に耐える力を、自らのうちに見出すのは困難に思われる。

南北の経済的連携は、まさに北朝鮮が直面した市場形成という課題とIMF 経済危機以後に南韓が直面した市場制御という課題が互いに結びついて善循環関係をなす、拠点経済圏の創出を志向する方向に進まねばならない。また、グローバル化および市場主義に対応する地域協力方案として、東北アジアないし東アジアの地域協力が議論されているが、この地域協力につながる韓半島経済圏の形成こそ、除くことのできない連結点なのだ。

 

3.分断経済体制の様相と韓半島経済圏の創出

経済的側面からみれば、韓半島の分断とは、長い歴史の過程で形成された地域的分業関係が断絶した状態で、南北それぞれが経済を遂行してきたことを指す。現在の南北韓経済は、45年当時の分断を所与の条件にした初期発展に持続的な制約を受けている。しかし、分断が長期間続いて体制化されるなかで、高速·圧縮成長が実現され、南北双方の分断とは、初期条件に対する「超克体制」だというほどに変貌した 超克体制とは、普通では乗り越えにくい条件を普通ではないやり方で飛び越えたという意味において、得るものが大きいほどにそれによる矛盾も劣らず大きい体制という意味である。。自ら分断を意識しえず、一国的発展がむしろ自然に感じられるほど相互断絶が固定化したのだ。

経済発展において先んじた北朝鮮は、典型的なスターリン主義的社会主義の工業化戦略によってアウタルキー(Autarkie〔自給自足〕)的発展経路を選んだ 北朝鮮の「自立的民族経済」は、当初ある程度の水準の国際分業を否定するものではなかったが、「主体経済」を主張する段階になってから、ほとんど自給的な閉鎖体制に他ならないほどに極端になった。。ここには初期条件として日帝時代以来の重化学工業という基盤が重要な土台となった。外延的発展段階においては中央集中的命令経済が威力を発揮するものとされていたし、戦後の50∼60年代にわたって北朝鮮は急速な経済成長をなし、短期間のうちに社会主義工業国家に変貌した。ただ、一国的完結体制を好む伝統的なスターリン主義的経済観が支配していたこと、そこに対外自主路線が結びついたこと、そしてなおかつ70年代中盤のオイルショックによる外債支払い停止にともない世界経済との断絶を選択したことで、人為的かつ過度なアウタルキー経済家形成された。

 

北朝鮮の先導的経済発展に脅威を感じた南韓は、60年代の初頭から朴正煕(パク・チョンヒ)の開発独裁体制の下でアメリカ、日本に資本と市場の面で依存する対外志向的発展経路を選んだ。そして60年代には軽工業を主とする輸出主導型経済成長、70年代中後盤には対外志向的重化学工業化をなすことによって急速な産業化に成功し、農業国家から工業国家へと様変りするに至った。このように対外依存度の高い発展は、民主化および88年のオリンピック以降、国民所得の増加に背を押され内需基盤を拡げたことで、一定の均衡をなす契機が用意されもした。しかし、グローバル化の流れに伴う急激な対外開放によってIMF金融危機に直面することになり、爆発的に成長する中国市場を中心とした輸出拡大を通じてこの危機を乗り越えた。その結果、88%台に達するほど対外依存度が深まり、ほとんど「都市型通商国家」だといわれるほど、かなりの人口規模や農地および山地面積をもちつつもその地理的条件を度外視した経済構造を形成するに至った。

 

韓半島経済論の新進歩主義国家モデルは、南韓経済の課題を「革新主導型経済」の実現としている。これはマイケル・ポーター(M. Porter)の経済発展段階論 M. E. Porter, The Competitive Advantage of Nations, NewYork: FreePress 1990. ポーターは技術および生産性の発展による競争力の優位を基準に国家の経済発展段階を要素主導型、投資主導型、革新主導型、資産主導型の段階に分けた。天然資源と半熟練労働力といった基礎要因、世界市場において有用な最適技術を利用するための投資および安価な熟練労働力や現代的施設といった高次の要因、技術導入より新技術創出および革新を通じた新しい産業の創出と産業クラスタ形成などの革新要因、経済的に豊かな状態で蓄積された富の主導という要因などが、各段階で競争力を形成する要因である。韓国の地理学界では朴杉沃『現代経済地理学』(アルケー、1999)がポーターの経済段階論を重要なものとして扱っているが、韓国経済に関連させてこれが検討されているわけではない。を援用したものであり重要な意味を持つが、前後の段階に対する検討を省略したまま、この段階のみを分離適用したという問題点を抱いている。南韓経済だけ見ても、先行段階が充分に成熟して次の段階へと移行したというよりは、当時の状況における政策上の必要によって短期間に無理やり移行した面があることを指摘せねばならない。南韓経済が経済規模や段階という面で革新主導型という課題に直面しているともいえるが、ある面で先行するあらゆる段階の課題を同時に抱いているという側面を軽視してはならないだろう。

マイケル・ポーターの理論を適用するならば、南韓は初期段階の「要素主導型」発展から「投資主導型」発展への進展に成功した。しかし「革新主導型」発展へと進む過程で、重大な障害にぶつかっている。さらに、革新主導型発展へと本格的に進むことができなかった段階で「資産主導型」発展が重なっている。投資主導型発展段階において過度の対外志向的発展による国内産業間の連関性が不足したことが、革新主導型発展に限界として作用していると思われる。

 

これに比べて北朝鮮は、要素主導型発展から投資主導型発展へと進むことができずに、70年代以来停滞状態に入り、80年代後半以後には危機に陥っている。北朝鮮は過度な要素主導型発展が足かせとして作用し、投資主導型発展段階から要素主導型に後退したとみることができる。もちろん、経済発展戦略のほかにも国家社会主義経済体制の内在的矛盾が作用したことがもっと根本的な要因でもあるだろう。この上さらに90年代以後の市場改革と経済開発の二重的課題に直面したが、どちらも打開できていない状態だ。

 

現在、南北韓経済の現実において韓半島経済の形成とは、南北それぞれが一国的発展に伴ってつくられた奇形性を是正することで、それぞれの発展課題を遂行するための新しい分業関係を新たにつくりだすことを意味する。韓半島経済の利点は、南北韓と周辺国の同胞など「8千万人+α」規模の市場を土台とする比較的安定的な内需基盤の形成にある。さらにこれは、韓半島統一を視野に入れた経済共同体形成の過程であると同時に、東北アジア地域協力の一部でもある。なによりも、北朝鮮体制の急激な崩壊を避けつつ長期的な統一過程のなかで漸進的改革を履行することこそがカギとなるのだ。

南北の発展段階の格差を考慮するとき、経済的相互連携に際しては水平的·垂直的分業の両面を考慮せざるをえない。垂直的分業関係においては、北朝鮮の労働力と土地空間といった生産要素の供給は、南韓経済の活力素になりうる。南韓の資本主義が北朝鮮の市場改革および発展の触媒になるような、共存協力関係の造成が課題になる。もちろん、南韓経済の必要による後発部門の構造調整および設備移転だけが支配的な誘引になることに対しては、北朝鮮だけではなく南韓内でも、その問題性が指摘されている。したがって、垂直的分業だけではなく、先端産業の形成を期する水平的分業関係創出も劣らず重要な課題である。
 
 

4.市場万能主義と南北関係

南北の経済協力は、市場論理と政治論理の連携関係として成り立ちうるものだ。政治論理とは、一次的には韓半島平和と南北経済協力が直結しているという方向において作用せざるをえない。北朝鮮核問題が解決し、朝米·日朝関係が正常化されれば、北朝鮮は対外的に全面開放の圧力を受けるようになるであろうし、北朝鮮体制の安全保障に対する脅威はアメリカに劣らず南北関係から来ることになるかも知れない。東西ドイツ統一の経験を反面教師とするなら、長期的な視野で韓半島経済が想定する南北経済統合も、南北の国家的独自性を維持しながら推進することが望ましい。これは、生産要素の側面から、北から南への労働力移動の自由が制約されざるをえないことを意味する。この点で、北朝鮮体制維持の安全弁としての南北国家連合は、北朝鮮の改革·開放を保障する機制になりうる。

したがって、南韓経済において圧倒的に作用する市場論理だけでは、南北経済協力および韓半島経済は成立しえず、これは南北それぞれおよび南北共同の政治戦略に立脚した経済政策を土台に形成されねばならない。とりわけ韓半島の平和とともに拡大するであろう南北経済協力は、北朝鮮経済に対する産業政策的な考慮なくしては、北朝鮮の経済基盤の完全廃棄につながる完全再編論へと進む可能性が大きい。資本主義市場の価値基準からすれば北朝鮮の産業施設はほとんど採算性がなく、市場論理だけに委ねた場合、北朝鮮の経済基盤が全面崩壊に陥ることも考えられるからだ。

 

現在、開城公団への南韓企業進出や賃加工方式による南北経済協力は、限界状況に瀕した南韓企業の構造調整次元で、安価な賃労働と不動産価格を利点にしているケースが大半である。しかし、このようなやり方での南北経済協力だけでは市場万能主義に帰結する恐れがある。もちろん、南北経済協力も市場論理を脱することはできないし、現時点では南韓経済の限界と問題点を補完する投資先として、持続可能な南北経済協力分野の創出が望ましい。この場合、南韓資本主義の労働柔軟化と北朝鮮の低賃金労働力の活用が結び合わさって、南韓労働階級の利害と衝突することも憂慮される。だからといって開城公団の場合、北側の労働力の競争相手は中国や東南アジアの労働力であり、南韓業社がその方面ではない開城に行くことで、南韓地域の雇用状態との連携効果もあるという点を無視するわけではない。とにかく、北朝鮮が直面している状況においては、これさえないよりはマシだといえ、限界状況に直面した南韓の中小企業の境遇も切迫している。ただ、南韓労働階級の利益と南北経済協力の相反関係を打開する道は、総体的な成長次元で南韓経済と北朝鮮経済との善循環関係の創出のなかに見出すしかない。したがって、先端産業も含んだ北朝鮮の市場改革および経済と連携した体系的な投資計画が不可欠になるだろう。このような様々な側面における南北経済関係は、市場万能主義の拡張の機会であると同時に、市場万能主義を牽制する通路にもなりうるという、二重の性格を帯びている。
 

5.経済地理的観点

南北それぞれの新しい分業関係創出のためには、国土空間の人為的分断による南北の経済発展を確認する必要がある。南北の分断経済体制は、農業を犠牲にすることを通じて工業中心的発展をなしたという共通点をもつ。もちろん、分断当時、農業国家だった南韓は、要素主導的発展として米の自給体制は維持していた。ただ南北を含む韓半島全体の食糧供給者的役割を果たした解放当時の状況を勘案するなら、南韓だけの米自給は厳然たる後退だった。これに反して北朝鮮の重化学工業体制も、要素主導的発展だった。30年代に日帝下で工業基盤がそろったからこそ可能な発展だった。

しかし、南北それぞれは分断状態の下で断絶された部分を各自が独自に補うために無理な完結体制を志向した面があり、その反対に核心要素を簡単にあきらめた面もある。70年代、南韓の輸出志向的重化学工業化に伴う国内の産業的連関性の欠如が代表的だ。反対に北朝鮮は、無理やりに食糧自給をはかったあげく、狭い耕地面積を確張するために70年代に大自然改造事業に乗り出し、これは一時的に北朝鮮農業の一定の発展をなしはしたが、結果的は農業を破綻させた。また北朝鮮産業は、対内的連関性は確保したものの対外連関性が極度に欠け、かなりの高コストおよび非効率的な体系を脱しえていない。

 

南北分断によって南北工業の地域的特性も大きく変化した。南韓は米·日との経済的連携に依存したあげく、太平洋志向的工業立地を備えるようになった。これが政治的には嶺湖南地域差別の物的土台をなすことにもなった。一方北朝鮮は、大陸志向的工業立地を備えているといえる。これは日帝による30年代の工業化が満洲侵略を目的にしたという初期条件に加え、6·25戦争〔朝鮮戦争〕以後、米軍の攻撃に対する極度の恐怖心理が作用した結果でもある。

 

忘れてはならないのは、南北経済発展における分断体制的特性は、それが経済論理によってのみ進行したのではなく、安保論理が作用したという点である。70年代、朴正煕政権の重化学工業化は、当時の在韓米軍縮小ないし撤収という見込みの中で防衛産業育成という課題と直結していた。南韓の原子力発電所建設も、中断にはなったものの、核兵器開発計画と連関していた。これは北朝鮮の場合、より一層著しいのであるが、60年代の軍需産業育成は重化学基盤を土台に推進されたものであり、爆撃の危険を避けるために工場施設が奥地に立地したり地下化する様相を見せた。80年代後半から90年代かけて朝米対立の原因になる北朝鮮の原子力発電所建設と核兵器開発推進もまた、経済安保化の一面である。

経済地理的観点から見るなら、生産分野における南北経済協力は、一次的には南北の同一産業を比較して相互に連関づけるところに見出すことができる。現在の南北の経済段階および技術格差を勘案する時、北朝鮮の非鉄金属を中心とした地下資源以外に、南韓経済に直接的な利益になりそうな価値ある分野は見出しがたいことがわかっている。最近の南韓の軽工業物資支援と北朝鮮の地下資源開発の結合は、このような北朝鮮経済の実態を考えて、難しいながらも探し出した善循環方式といえる。しかし、その他にも技術および労働力、工場敷地といった生産要素の諸側面で、南北の同一産業間の連関関係の利点を見つける必要がある。

 

国土空間の側面から見れば、韓半島経済の形成は分断された南北それぞれに閉じこめられ、海洋と大陸にかたよった国土計画から脱し、韓半島と大陸、海洋を視野に入れた均衡のとれた国土空間の活用の道が開かれるようになるであろうことを意味する。まず、南北をつなぐ様々な水準での局地的経済圏の形成をはかることができるし、例えば開城公団が成功していくなら、開城―坡州―首都圏をつなぐ経済圏が形成されうる。もっと広く見て南北と日本、中国、ロシアなどを包括する環黄海、環東海〔日本海〕経済圏など、地域協力との連携につながっていくのなら、南韓において相対的に遅れている西海岸および東海岸の一部地域が、逆に新たな発展の中心地にもなりうる。この点で、南北をつなぐ物流網の建設を南北の産業的連携と連関させるような総合的計画が構想される必要があり、「鉄のシルクロード」構想にも現われているように、これは東北アジア地域協力につながらざるをえない性格を有している。

 

南韓の首都圏分散のための地方均衡発展政策は、南北経済協力と直接的な関連の下で推進されたものではなく、現在の不動産価格暴騰という副作用を起こしているが、南北の地方連携の契機になる潜在力をもっている。この点で、鉄道·道路といった対北インフラ建設支援は、南韓の不動産バブルの軟着陸および建設資本の順調な構造調整の出口であるとする観点を積極的に評価する必要がある。南韓の超土建国家化と分断による国土空間の奇形的活用とが一定の連関をもつことを認めるなら、これを単純に、南韓資本の矛盾を北朝鮮になすりつけることだと否定的に見るだけではだめだろう。なおかつ南韓では非生産的な分野が、北朝鮮においては生産的な役割を果たすのなら、これは望ましい南北間の善循環分野の創出にもなりうる。もちろん、これは南韓における乱開発および環境破壊の主役が土建資本だったという反省を通じて、南韓で進められた否定的な開発方式を環境にやさしく生産的な方式へと切り替える契機にすべきだという認識のもとでなされねばならない。

 

核およびミサイル開発問題によって、遅れた経済水準に比べて北朝鮮の軍需産業が肥大化しているという問題は広く認識されている。これに反して、南韓の資本主義がもつ軍事ケインズ主義の実態については、まだこれといった認識がなされていないという点で、綿密な研究が進められねばならない。このような作業を土台として、韓半島の平和体制形成において、南北軍縮は、南北それぞれの軍需産業を民需産業に転換することを核心的な課題として含んでいくことになるだろう。
 

6.生態的観点

生態的観点の意義は地球温暖化など環境災害に対する対応のみならず、南北平和と統一の情緒的·地理的アイデンティティの次元においても見出すことができる。南韓の市場論理による乱開発が環境破壊を駆り立ててきたとすれば、北朝鮮の国家社会主義中央集権型経済は、南韓より一層深刻な自然破壊をもたらしたと思われる。その実態を具体的に確認することはできないが、かつて旧ソ連および東欧の体制転換過程で現われた環境破壊は、資本主義体制よりはるかにひどいものだったという点で、北朝鮮の実態も推測することが可能だろう。
 
 
分断体制の下、南北経済による生態系破壊は許容限界を越えている。まず、韓半島共同体形成のための情緒的アイデンティティの回復と形成における生態的観点に、再び光をあてねばならない。分断による生の空間および自然の断絶、6·25戦争過程の甚大な破壊は、南北住民たちの情緒に深い傷跡を残しているのだ。

 

さらに、南北それぞれの経済規模が分断によって低迷し縮小したといっても、それぞれの空間活用は慣性をもつものであり、結局、分断による無理な国土空間の活用は、産業および都市空間の不足をもたらしたと考えられる。住民が移動の自由をもたない国家社会主義体制の性格上、北朝鮮では都市への過度な集中現象を防ぐことができた。これに反して南韓では、首都圏一極集中が大きな弊害を生むに至り、盧武鉉政府になってからは首都行政機能のうち一部の移転を推進しはじめた。また、南北双方の地理的条件を乗り越えるために、過度な自然改造に乗り出していった。農地拡張を目的として西海岸一帯に膨大な干拓地を造成したのは南北ともに同様であり、先に言及したように、北朝鮮はトウモロコシ農業用の段々畑を造成するために山地まで開墾するに至った。

南北の工業一辺倒の発展がもたらした生態的結果も深刻だ。南韓の都市過剰集中は不均衡発展政策に主な原因があるが、分断による住居および産業空間の不足も大きく作用したはずだ。それに南韓では農·山村に対する都市資本の支配、建設資本の過剰による超土建国家化が地域の乱開発を拡げていった。南韓の不動産価格の暴騰は、誤った住宅政策に起因したところも大きいが、分断による国土空間の奇形的活用とも一定の連関があるだろう。

南北の自然条件を越えた開発もまた、南北間に相反した結果をもたらしている。南韓のゴルフ場およびスキー場建設は環境破壊の側面を一旦おくとしても、気候および地理的条件で限界にぶつかっている。一方、北朝鮮は土地の無理な農地化で豊かな観光および山林資源を破壊している。これと反対に、地理的条件のうえでは南側の農地化、北のレジャー施設建設が、より適合するかもしれない。 最近政府が出した農地転用半額ゴルフ場建設案は、南北韓全体を視野に入れた国土空間活用という観点から全面的に見直す必要がある。同じく平昌冬期オリンピック誘致計画の場合も、国土空間はもちろん気候条件まで考慮するならば、南韓の単独開催は無理なプロジェクトだ。

したがって、南北環境協力は、南北関係が生態的観点からみれば運命共同体であることを確認させてくれる最も核心的分野である。もちろん南北環境協力には他のどんな分野よりも莫大な費用が必要となるだろう。また、後れた北朝鮮の経済開発に対する意欲は、南韓や外部からの環境保護圧力と相反する素地が大きい。京都議定書をめぐる先進国と開発途上国間の利害関係の衝突が、南北関係においても先鋭化する可能性がある。微弱ではあるが北朝鮮の植樹運動などですでに確認されたことだが、北朝鮮の破壊された自然を回復する作業には莫大な費用がかかることと予想される。

 

しかし、環境協力は新たな経済価値を生む分野になりうるという認識も必要だ。京都議定書が発効したら、南北環境協力は二酸化炭素排出量の南北取引を媒介に新しい次元で脚光を浴びることになるだろう。南北環境協力を通じた環境産業という先端産業分野を新たにつくりだすことのできる、新しい機会が開かれうるのであり、南北農業協力も産業経済の次元だけではなく環境協力の次元から改めて規定される必要がある。
 

7.加えて ― 韓米FTAと「都市型通商国家」

盧武鉉政府は韓米FTAを推進し協定文に署名して、あとは国会での批准を残すのみとなった。これは誤った選択が生んだ政策だが、別の角度から見れば、IMF金融危機以後、大きく変わった南韓経済の構造的帰結という側面ももっている。すでに90年代から経済開放の流れの中で農林水産業および関連産業が持続的に沒落と荒廃化の道を歩いてきた。さらには首都圏および都市集中も、全国の首都権化だといえるほどに深まっていった。これに経済危機以後の対外部門の過度な比重が結びついて、南韓は「都市型通常国家」の道を志向するようになったと考えられる。

 

南韓経済はIMF 金融危機を経て、輸出入合計がGDPの54.4%(1993年)から88.6%(2006年)へと持続的に拡大した。特に97年(67.9%)から98年(84.1%) の間の上昇が、韓国の経済構造の質的変化をもたらした。このような実態は、人口1億 2千万規模である日本経済の対外依存度が20%未満であることとも対照的だ。その裏面には、準備なき開放による内需基盤の急激な崩壊という現実が横たわっている。そのうえ輸出産業は持続的に成長しているが、その成長が中小企業の成長および一般国民の所得増大に帰結しないということに根本的な問題がある。南韓経済は、国民経済の内的連関性を喪失して外的連関性に支配されているのだ。

 

このような状態は、南韓経済における国民経済の意味は何かという根本的疑問を提起する。英米式株主中心資本主義体制の方向へと金融産業が再編されることによって、経済が急速に金融化し、長期的投資が萎縮している。先に言及したように、非生産的建設資本が異常肥大化 (超土建国家化)し、資産所得における不動産価値の比率が過剰に大きくなっていった。これは、社会的格差の拡大と階層間不均衡の深化を生みだし、経済先進化に要求される福祉 ·文化予算増額および資本形成にとって深刻な制約になっている。韓米FTAをめぐって激しい議論が起こったのは、拙速な推進過程についてはもちろんであるが、それが韓国経済のこのような問題を解決するというよりは、より深化させると予想できた点にある。

 

さらに、韓米FTAが発効したら南北経済協力の独自性および韓国政府の対北産業政策の自律性は確保されるのかという疑問が提起されている。開城公団をめぐる交渉は韓国政府がそれなりに問題意識をもって努力したものであるが、その結果は流動的だと考えざるをえない。開城公団の生産品の南韓製品認定は、北朝鮮核問題解決の時まで留保されているし、その時点でも労働と人権などの国際基準に符合しなければならないという条件が付いた。これは、北朝鮮体制の性格に関わる事柄であり、むしろ南北経済協力をアメリカの対北政策に縛り付ける毒素条項として作用する余地を残している。そのうえ投資者―政府提訴制度など、他の毒素条項が韓国政府の対北産業政策の自律性に否定的な制約として作用する余地もある。したがって、韓米FTAの拙速批准を阻むために徹底的な検証作業が進められねばならず、このような否定的余地を最小化するための努力をやめてはならない。また、これにとどまらず南北の経済関係を含めてもう少し根本的次元における代案体制を模索することができる契機として活かしていく必要があるだろう。(*)

 

 

 

訳 : 金友子

 

季刊 創作と批評 2007年 秋号(通卷137号)
2007年9月1日 発行
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